火トカゲの皮衣
ルークはいつものように、迷宮に入る前に新しい依頼が来ていないか酒場に寄った。
酒場の親父に声をかけると、返事にちょっとだけ間があった。
「…おう、いつもいつも…ご苦労さんだな」
何か言葉を探しているような調子に、何度か瞬く。一体、何があったのやら。先日の3日間クエスト以上に面倒くさい依頼でも押しつけるつもりだろうか。
カウンターの前の丸イスに腰掛けると、親父は磨いていたグラスをカウンターに置き、ちらりと店の中を見渡した。それから、心持ち身を乗り出し、声をひそめて聞いてきた。
「お前さん…エトリアの英雄<ナイトメア>ってぇのに、聞き覚えはあるか?」
「聞き覚えったってさぁ。俺、これでも吟遊詩人よ?当たり前っつぅか何つぅか」
さらっと流したルークを、親父はまた目を細めて何かを探すようにじろじろと見つめてきた。
何となく、今までとは異なる調子に、これはばれたかな、とちらりと思う。
「つまり、だな…大公宮から、依頼が来てるんだが…これが、その…エトリアの迷宮の謎を解いた<ナイトメア>を率いてたリーダーが作ったギルドであるところの<デイドリーム>を名指ししててだなぁ」
あぁ、とルークは苦笑して頷いた。
確かに<デイドリーム>という名のギルドは棘魚亭に出入りしている、もしもそれがそうなら名誉なことなので吹聴したい、しかし<デイドリーム>違いならえらいことになる…とまあ、そんなところだろう。
「依頼の詳しい内容は、例によって、大臣から聞けってとこ?」
「まぁ、そうだ。…けどなぁ、もし、お前らん中に<ナイトメア>出身がいないってんなら、悪いこた言わないからやめとけ。ああ見えて、相手は大公宮だ。嘘ついたらタダじゃ済まねぇぞ?」
「どこからばれるのかねぇ」
ルークは溜息を吐いて、丸イスから降り立った。
ま、最初の最初でギルド長にばれた気はしたが、それ以降何のリアクションも無かったので、すっかり忘れそうになっていたのだが。
「冒険者の中で、2層に降りたのは、約半分っつってたっけ。…半分もいるんなら、何もうち名指しで来なくてもいいだろうに」
基本的にルークは目立つのは好きでは無い。最高峰のギルドと言われて任務を押しつけられるのは、もう勘弁して欲しい。
けれど、嘘をつくつもりもない。嘘は嘘を呼び、最初の嘘は些細なことでも、ばれた時には最悪の事態になる可能性だってある。何も犯罪者じゃあるまいし、そこまで完璧に否認する理由も無い。
「ま、そういうことなら、ちょいと行って来ますかね」
いつもの飄々とした調子で肩をすくめたルークに、まだ疑心半分の親父が唇を歪めた。
「ちなみに聞いておきてぇんだが、お前らん中のどなた様が英雄なんですかね?」
はは、とルークは苦笑して頭を掻いた。正直、若い頃に比べると、少々髪の量が少なくなったのが指先に感じられる。
「まずは、俺。英雄かどうかは知んないけど、<ナイトメア>のリーダーやってたよ」
うげ、と親父が喉を妙な具合に鳴らした。仮に元<ナイトメア>がいても、目の前の男がリーダーだとは思っていなかったらしい。
「んで、<熊殺し>だの<処刑者キラー>だの<平静なる執行者>だのという物騒な二つ名を持ってたのが、うちのアクシー」
今度は親父の目がぎょろりと剥かれた。そりゃまあ、あの外見と二つ名が結びつかないのは分かる。ルーク的には、むしろこういうのを<ギャップ萌え>って言うんだぜ、と主張したいが。
「後は、メインで組んでないけどネルスとショークス、んで採集レンジャーのクゥちゃんがエトリア組だな」
そう言っている間に、その他のメンバーの顔が思い出されて、何となく胸に郷愁に近い感情が沸き上がる。
「あ、一応言っとくと、俺はあの頃からずっとこんな調子だから。のんびり適当にやってたはずなのに、何故か気づいた時には最先端ギルドになってたってぇか」
「…そうかい」
親父の顔が、くるくると変わったが、結局これまでと同じ若僧をからかう皮肉っぽい表情に落ち着いた。
目の前の男が<元・英雄>だったとしても、何も変わることは無い。そう決めたらしい。
「はぁ…何か夢が壊れた気がすんぜ、この野郎」
「そりゃそりゃ悪かったな〜」
「ま、いいや。お前さんたちが何でも…お、そういや、この情報は握り潰した方がいいな。いやな?空飛ぶ城に最初に到達するのはどこのギルドだってな賭があるんだけどよ、今んとこ、お前らは赤丸急上昇とはいえまだ穴扱いだが…こりゃひょっとすっとひょっとするかもなぁ…うん、俺もお前らに賭けとくか」
元<ナイトメア>と知れたら、倍率がぐんぐん下がりそうだ、と親父は首を振った。
「気の長い賭だなぁ」
さっさと解き明かす気が無いのんびりした反応に、また「大丈夫か、こいつ」という不安は過ぎったが、こう見えて迷宮では凄腕なのかもしれない、と思い直す。
「ま、しっかり活躍してくれよ?そうすりゃうちの箔も付くってぇもんだ」
「…どこかの看板背負うのは、もう勘弁。うちは、のんびりマイペースで行くんだから」
と言いつつ、かなりのハイペースで突き進んでいるルークは、もう一度溜息を吐いてから親父に手を振って酒場を後にした。
酒場の親父が、<ナイトメア>のリーダーに『破滅の歌声』なる二つ名があったことを思い出したのは、もうルークの影も形も見えなくなってからのことだった。
ルークはその足で大公宮に向かった。宿に寄って他のメンバーも連れていくことも考えたが…服装を整えていたら余計な時間がかかる。何の用だか知らないが、早めに聞いた方が良いだろう。
公宮で名乗ると、すぐに大臣のところまで通された。相変わらず、こっちはただの冒険者だというのに腰が軽いことだ。
「ようこそおいで下された、<ナイトメア>の者よ」
「お呼びとあらば、即参上…と言いたいですが、今のギルドは<デイドリーム>ですんで」
一応釘を刺してみたが、大臣はさっくり無視して続けた。
「ギルド長から聞いての。よもやあのエトリアの迷宮を制覇した伝説のギルドが我が国に来ておるとは知らず…しかし、聞いて得心致しましたぞ。つい先日この国に来られたばかりと言うのに、我が国の衛士を救出し、キマイラを倒し…昨日には、もう8階に踏み込まれたとか。さすがは<ナイトメア>じゃわい」
「…いや、ですから、うちは<デイドリーム>…」
「8階に行ける実力と見込んで、この老体からの依頼を聞いては下さらんか?」
「…いや、聞けや、じじぃ」
ぼそりと言ったのが、壁際の衛士には聞こえたのだろう、ぶふっと吹き出しかけて、何とか咳払いで誤魔化していた。
ぶつぶつと反論しながらも、ルークは頭の中で内容を吟味していた。公宮直接の依頼、というのは、酒場の依頼とは段違いに責任を伴う。名誉だとか評判だとかそういう類のものには興味が無いので断っても良いのだが…向こうからしても、冒険者という<無頼の徒>に依頼する場合、信用度の高いギルドに任せたいという気持ちはよく分かる。
自分たちの信用度について吹聴する気は毛頭無いが、それでもこれまでの経過と<ナイトメア>の実績からすれば、他のギルドよりも信用度が少々高くなるのも理解する。
内容にもよるが…こっちも公宮によって認可されている冒険者の身だ。むやみに逆らう必要も無い。
「何なりと、とまでは言いませんが、とりあえず内容をどうぞ」
「おぉ、そうか。それは助かる」
まだ受けるとは言っていないのに、何食わぬ顔で受けるのを前提に大臣は話し始めた。
「これは、まだ国民には知られておらぬことじゃが…我が国の王は病に冒されておるのじゃ。今は姫様が王族としての務めを果たされておる。姫様は、いずれそなたたちが空飛ぶ城を見つけ出したならばご尊顔を拝する機会もあろうが、それはもうご聡明でお美しく成長され…」
「…俺はもう可愛い奥さんいるんで、姫様の顔には興味無いんですが」
どうも大臣は姫君を我が子のように可愛がっているようだった。しばらく夢見がちな表情で、いかに姫様が素晴らしいかについて語っていたが、ようやく本題に戻ってきた。
「我が国は、空飛ぶ城から舞い降りられた初代女王がその英知を持って興されたとされておる。その国の興りの時代の書物が、我が城の書庫から見つかったのじゃが…その中に、如何なる病をも癒すという聖杯についての記述があったのじゃ。姫様がそれに興味を持たれたのは無理も無い」
興国時代だとか、聖杯だとか、長々とした話については、まあ吟遊詩人的には興味深かったので邪魔せず聞いていたが、それがどう8階に繋がるのかは分からない。まさかこんな低い階に、その聖杯とやらがあるとは思えないし。
「その聖杯に入れる材料として書かれておったものの一つが、火トカゲの羽毛なのじゃ。8階には大いなる炎をまとう魔物が棲まいておるのじゃが…我が国の衛士も挑んだが、到底かなわなんだ。じゃが、ある程度の情報は集まった。羽毛は、魔物を倒して皮を剥ぐ必要は無く、定期的に脱皮をしておるようなのじゃ。それを巣より拾って帰って来て欲しい。それが、依頼内容じゃ」
「…すっごく、さらっと言われましたが、衛士は随分消耗してますな」
この間、鹿でも十人単位で死んでいるはずだし、その炎の魔物相手にもおそらく数十人単位で死んでいるのだろう。この国の規模からすれば、衛士隊が壊滅しました、と言われても不思議では無いような気がする。もっとも、補充も頻回に行っているのだろうが。
その衛士たちが束になっても敵わなかった相手に、冒険者が何をしろと、と思わないでも無かったが、これまたこっそり巣に忍び込んでアイテムを盗んでくるというのは、衛士よりも冒険者向きなのは間違いなかった。
「ま、いいや。衛士とも満更見知らぬ他人って訳でも無し…」
こっちが断ったせいで、また衛士に犠牲が出たと言われると、義理は無いのだが何となく良心が咎める。
「OK、とにかく8階でその火トカゲの皮を奪って来ればいい、と。ご依頼、承りました」
「おぉ、姫様も御喜びになることじゃろう」
「成功してから喜んで下さいなっと」
ルークは、こきりと肩を回した。
まだ見ぬ火トカゲの生態は分からないが、ワイバーンの卵を取った時のように、相手の行動パターンを読んで、巣に忍び込んで糸で逃げ帰れば良いのだろう。
糸と呼び寄せの鈴と持っていけばいいか。最悪、間に合わなければ糸で帰って再挑戦すればいい。
「んじゃ、これから行って来ますんで、吉報をお待ち下さい」
「少しお待ち下され、衛士の生き残りがおりますので、周辺の地図をお渡しいたします」
「あ、そりゃいいや。ついでにちょっと聞きたいこともあるし」
そうして、直接火トカゲの巣に行ったという衛士から話を聞いて、ルークは考え込みながら公宮を出たのだった。
宿に帰ってくると、すっかり探索に行く気満々のサナキルたちが待っていた。
「何をしているのだ。早く出ないと、もう昼に近くなるではないか」
「ちょっとね、大公宮から依頼があってね…」
特に急ぐ理由があるわけでもないのだが、サナキルは午前中に探索に出かけようとする。まあ、さっさと出てさっさと帰って夜には眠るという健康的な生活リズムが体に合っている、というのが、最大の理由のような気もするが。
ちょっと酒場に寄るだけのつもりだったので、遅くなるとは言っていなかった。さぞかしイライラと待っていたのだろう。
言い訳するでもなく、経過を話せば、すぐにそちらに興味が移ったのか、真剣に考え込んだ。
まだ磁軸柱周辺しか描かれていない地図に指を滑らし、ふむ、と頷く。
「つまり、ここに、その火トカゲとやらがいるのだな?」
衛士から入手した地図を重ねると、そうなる。
「何とかして、火トカゲを誘き寄せ、その間に奥に入り込み、羽毛を探す、か。他愛のないことのように思えるが」
簡単なことのように言うサナキルに、ルークは苦笑した。実際、そう言ってしまえば簡単なのだが、衛士たちが苦戦するのにもそれなりの理由があるのだろう。
「帰りのために、糸は必須ですね」
一見、行き止まりの地図に、アクシオンが荷物をチェックする。
「この、手前にいるのが、どう動くか、だな」
その<巣>にいるのは、火トカゲだけではないらしい。入り口には2体の別の魔物が見張っているということだ。入り口のには、羽毛はあまり生えていない、ということだが…幼生なのだろうか、それとも下位種族なのだろうか。たとえ、下位個体なのだとしても、戦って奥のを引き寄せたら全滅必須だろう。何とかかわして奥に行くしか無い。
「ま、いつでも糸で帰る覚悟で、一度行ってみるしか無いわな。…そういうお仕事だから、坊ちゃんはどうかな〜とも思ったんだけど…」
サナキルが、きょとんとした顔になった。
「公宮からの依頼なのだろう?何も後ろ暗いことでもあるまいし、僕で何の不都合がある?」
「…鎧がうるさい」
ぼそりとジューローが呟いた。
サナキルは、怒りもせずに、むぅ、と唸った。
「それは、無論、半裸のお前に比べれば、鎧が音を立てるだろうが…相手が火を吐いたらどうする。お前など、一瞬で丸焦げだぞ。やはり僕が行って、盾にならねばなるまい」
火トカゲの吐く熱がどれほどのものかは分からないが、もしも火竜と同じようなものなら、半裸だろうが金属鎧だろうが、どのみち一発で消し炭だとは思ったが、ルークはそれは口にしなかった。ひょっとしたら、微妙な威力のブレスで、本当に鎧の有無が生死を分けるかもしれないし。
そもそも、ルークが気にしていたのは、この仕事がワイバーンの卵と同じような感じなら、『窃盗』とか『こそ泥』に近い仕事だということだった。もちろん、ルーク自身は全く気にしないが、お坊っちゃんがどう言うかと思ったのだが…案外、サナキルも冒険者に染まってきているらしい。
「じゃあ、このメンバーで行くか。一応、音が少なくなるような工夫はしておいてくれ」
「分かった。布でも巻いておくことにしよう」
あっさりと頷いて、サナキルが立ち上がる。
「念のため、確認しておくけど。…正々堂々じゃなく、空き巣狙いだけど、行ってから文句言わないでくれよ?」
「はっきり、空き巣、と言われると、騎士道には悖るが…強盗よりはマシだろう」
「…皮肉か?」
「そういう趣味は無い」
苦笑しながら答えたサナキルに、ジューローがぼそりと呟いたが、あっさりと流した。
4階でのキャンプ中に、ジューローが過去をサナキルに告白したのは、ルークもうっすら知っている。一応リーダーとして、やばい展開になったら止めなくちゃ、と意識を3割ほど起こして聞いていたのだ。
どうなることかと思ったが、サナキルの中ではさして波風は立たなかったらしい。大物というか、何というか。
ちなみに、ルークもジューローが犯罪者だと分かったところで、何も変わりはしなかったが。どうせ、最初から推測されていたことに、裏付けが出来ただけのことだ。
むしろ、拘っているのはジューロー自身のように思えた。何だってわざわざサナキルを怒らせるようなことを言うのかは分からなかったが…いや、何となく、子供が気になる相手にわざと意地悪をしているような感じもしないでもないのだが、さすがにそんな年齢でも無いだろうし。
何にせよ、ジューローが反応を期待しているのはルークではなく、サナキルである。それがよっぽど度を超さない限りは、二人に任せていればいい。
そうして、8階の磁軸柱から、火トカゲがいる広間へと向かう。
別の小さな火トカゲだの、赤くて丸っこい蛇だのを倒しつつ、そこへ通じると思われる扉を見つけた。
相変わらずの赤く染まった光景だが、扉付近の草は、やや元気がなく萎れていた。焦げていないだけマシだと思いたいが、やはり扉の中から熱気が溢れているような気はした。
「さて、と…行きますか。ショークス、手前2体の動向を頼む」
「了解」
先頭のサナキルが、扉を押し開ける。
「…暑いな」
ぼそりと呟いた通り、中はまるで真夏のようだった。
熱気が肌をひりつかせるが、汗はあまり出てこない。むしろ乾いた痛いような暑さだ。
扉の両脇に、左右対称に黒っぽい巨大な爬虫類がいる。爬虫類、といっても、下の襲撃者のバランスとは異なる体つきだ。
「まあ…通り抜けるしか無いんだけどさ」
どのくらいの速度で駆け寄るのか、とか、その場からもブレスが遠くまで届いたらどうしよう、とかあるのだが、こうして眺めていても仕方がないので、とりあえず向かって右を選んでゆっくりと進んでみる。
その門番は、こちらの姿を認めはしたようだが、何となく「面倒くさいなぁ」とでもいうような調子で、動きはゆったりしていたので、速度を上げてさっさと奥へと入ってみる。
「…追ってはこねぇな。あそこから動く気はねぇらしい」
両方が動いたら挟み撃ちになる、どうしたものか、と思っていたのだが、何とかなりそうだ。
しかし。
衛士の地図では、奥に巣があり、そこに脱皮した羽毛がある予定なのだが…その正面に、巨大な魔物が蹲っていた。
あれをどうにかしないと、奥へは進めない。
しばらく眺めていたが、身動き一つしないので、向こうを見ている間にこっそりと、という作戦は無理だろうと思われた。
「引き寄せの鈴はどうだ?」
下の階ではうまくいった作戦だが、この位置では門番まで引き寄せてしまいそうだ。何より、引き寄せてから逃げ込む場所が無い。
「こうやって、見ててもしょうがないんだが…」
「では、少し近寄ってみればいいのだな?」
坊ちゃんは、結構大胆だ。
ずかずかと火トカゲの前に歩いていったが、金属鎧の隙間に布を詰めているので、どこか操り人形のようなぎくしゃくとした動きだ。
こちらが肝を冷やしたが、火トカゲのすぐ近くまで行ってから、サナキルは首を傾げつつ戻ってきた。
「寝ているのか?反応が無いぞ。むしろ、今のうちにあの体を乗り越えるというのはどうだろう」
「いや〜さすがに踏んだら起きるんじゃないかな…」
「巣は、この辺りから続いてはいるようだが…あれはトカゲと言うより鳥に近いのか?尻尾の方に羽も生えているし、トカゲの巣というのは、このように木の枝で作られてはいな…」
ぱきり。
サナキルが、巣を覗き込もうとして踏み込んだ足が、乾いた木の枝を踏んだ。
「…起きたー!」
サナキルの背後で、火トカゲの親玉が顔を上げたのが見えた。そんな場合ではないのだが、どう見てもトカゲな顔立ちをまじまじと見てしまう。鱗も見えないが、羽毛も生えているようには見えない。むしろ蛙のようなぬめったような光り方だ。
門番とは違い、すぐさま追ってくる気満々の親玉に、慌ててサナキルを呼び寄せる。
「とりあえず、逃げるぞ!」
来た道を慌てて走って戻る。
「きっちり追いかけてきてっぞ!」
背後を確認してショークスが叫んだ。
角を曲がって、扉から抜けるかどうするか一瞬で考える。
背後から怒ったような鳴き声はするが、追いつかれそうなほど早くはない。このままの速度で走れば、十分逃げられる…予定。
しかし、門番は相変わらず「え〜?なに〜?」と言った風な、やる気のない態度で方向転換しているだけのように見える。親玉と同じように追いかけてくるようなら詰むが…これなら行けるかもしれない。
「よし、そのまままっすぐ!」
親玉に追いかけられたまま、扉には向かわず左側の門番方向へ向かい、ぐるりと角を曲がる。
すると、無事に空っぽになった巣に入り込むことは出来たが…怒り狂った顔(たぶん)の親玉が迫ってきている訳で。
「手分けして、羽毛っぽいもの探せ!サナキル手前の方、アクシー奥、ジューロー中間地点、ショークス奥に抜け道無いかどうか確認!」
言いつつ、ルークも巣を横目で見つつ周囲の道を確認していく。
「…ただの抜け羽だな」
ジューローが大きな羽を手に呟く横で、ルークは左へと抜けられそうな道を発見した。
「おそらく脱皮したっぽいもの発見しました!」
奥からアクシオンが叫んだので、ルークは巣の入り口を確認した。
「サナキル、こっちへ!皆、ここから抜けるぞ!」
サナキルが顔を上げてこちらに向かって走り出す。
しかし、音がしないように鎧の関節に布を詰めたせいで、いつもよりも動きが悪い。
アクシオンとショークスを先に抜け道に押し込んで、ルークはサナキルの姿と、その向こうから迫ってくる火トカゲの距離を目で測った。
ち、と舌打ちの音が聞こえたので、ちらりとそちらを見ると、ジューローが抜け道の脇で、同じようにサナキルの方を睨んでいた。
抜け道は人一人が通るのが精一杯の広さなので、さっさと通ってくれる方が嬉しいのだが、イライラとした様子ではあるものの、どう見てもサナキルを待っているとしか思えないので、せっつくのは止めておいた。
サナキルはそれなりに全速力で走っているようだが、表情に焦りの色は無い。後ろを振り返ることもなく、着実にこちらに向かっている。
これなら間に合うな、とルークが計算したのと同じくして、ジューローが抜け道に入った。まあ、最後まで待たれても邪魔くさいが…自分はサナキルの安全に興味がありません、という風を装うには少々タイミングが遅すぎる。
「ほい、坊ちゃん、ご苦労さん」
「うむ、さっさと布を外したいものだ」
軽口を叩きながら抜け道に入ったサナキルを追うように、ルークも抜け道へと身を投げ出した。
「…うっは」
背後を駆け抜けた熱に、後ろ髪を押さえながらルークはその狭い道を走り抜けたのだった。