その頃の縛りパーティー




 3日間の休養を宣言されたエルムは、ついにカーマインの家に行く機会が出来た、と喜んだ。たとえ、初日で捕まえることが出来なくても、3日もあればいつかは会えるだろう。
 今回は手土産は無いが…キマイラ戦の話で勘弁して貰おう。
 キマイラ戦の疲れをゆっくり取ってから、遅い朝食の後に出かけようとした。
 「どこ行くん?」
 ピエレッタがエルムの姿を見咎めた。こちらは新しい術を習得するべく、ネルスに教えを乞うていたはずだが、意識を逸らしてもネルスは注意はしなかった。
 「…えっと…居住区に」
 「赤いのんとこ?うちも行くわ。…先生、ええやろ?」
 「俺は別に構わん」
 苦笑してネルスはさっさと立ち上がった。これまた3日間あるので急ぐことはないと思っているらしい。
 「ほな、ローブは脱いで来るわ。ちょっと待っててな」
 エルムの許可は取っていないのだが、それは気にしていないらしく、ピエレッタが身軽な動作で階段を駆け上がっていった。まあ、強く拒否する気はエルムにも無いのだが…喧嘩にはならないといいな、とだけ願う。
 樹海に潜るのは、全てが新鮮だし自分が強くなっていくのが分かるのでとても楽しいのだが、こういうまったりとした空気も悪くない。
 のんびりとピエレッタを待ちながら、エルムはほんわかと笑った。

 バースは、少々退屈していた。
 ギルド内の女性のうち、ファニーはどうも若様の護衛という任務を負っている、つまり引退したバースよりも身分が上だし、ピエレッタは孫の獲物だし、クゥには恋人がいるし、フロウは今いないし…やはりギルド外で可愛い女の子を見つけるべきじゃろうか、と真剣に悩む。
 さて、今日はどの辺りに向かうべきか、と悩みながらのそのそと朝食をつついていると、女将が食器の引き上げに来た。
 「あれ、まだ食べて無かったのかい?」
 「いやいや、実に美味な朝食でしたぞ。全部食べてしまうのが勿体ないほどに。ワシが後10歳若ければ、こんな旨い食事を作ってくれる女性にプロポーズしたんじゃがのぅ」
 「ふふふふふ、イヤだよ、口が上手いんだから」
 「いやいや、ワシはいつでも本気でしてな。あぁ、女将さんのような地の塩を手に入れられた御夫君が実に羨ましい」
 とりあえず。
 フロースの宿の女将も、バースの守備範囲に入っていた。
 さて、いつあの丸ぽちゃの手を握りしめるべきか、とタイミングを計っていると、背後から冷たい空気が流れ込んできた。
 すわ、フロウが帰ってきたか、と振り返ると、ひんやりした目のエルムが戸口のところに立っていた。
 「…爺ちゃん」
 「おぉ、孫よ、ワシは何もしておらんぞ」
 「爺ちゃんの趣味に、口は出さないけど。…でも、他人様の家庭を壊すことはしないでね」
 「おぉ、おぉ、分かっているとも!」
 ぱっと両手を上げて、何もしていませんと主張しているバースを横目に、宿の女将は上機嫌で食器をまとめ、どすどすと足音高く出ていった。
 「エルムよ、ワシは軽やかな会話を楽しんでおっただけで、じゃな…」
 「うん、それならいいんだけどね」
 敬愛する祖父の下半身を全く信頼していない孫が、じろりと睨んできたので、バースは片手を胸に当て宣誓の姿勢になった。
 「ワシはここに誓おう。決して、お前を揉めごとには巻き込まぬ。後腐れの無い相手だけで楽しもう、と」
 仮にも騎士の従者としてはどうか、と言う内容にエルムは指をこめかみに当てたが、それ以上は文句を言わなかった。下手にがちがちに縛ると、どこかでイヤな方向に爆発しそうだったので。
 「じゃあ、僕はちょっと出かけてくるけど…」
 「そうか、頑張って女の子の知り合いを増やすんじゃぞ〜」
 「…そういう目的で行くんじゃないんだけど…」
 せっかくの可愛い顔に、いかした服装(バース選定)をした少年は、首を振りながら男の友達を増やしに出かけたのだった。

 ファニーはイライラしていた。
 サナキルが3日間の休養をするならば、その間に若様の道が平坦になるよう、探索を進めるつもりだったのに、サナキルは依頼を受けて樹海に潜ってしまったのだ。
 それはそれで、新しい階層の探索を進めたいのに、<仲間>は皆うろうろと遊んでいるし、許可証がないと樹海には潜れないし…と思ったようにことが進まない。
 ならばせめて自己鍛錬に励めば良いのに、エルムとピエレッタは居住区に出かけてしまった。最近の若い子は、すぐ遊ぶことを考える、と自分も若いことは棚上げにしてぶつぶつと呟いてみる。
 せめて明日にはしっかり鍛えてやらねば、と決心していたのに、夜になってもエルムとピエレッタは帰ってこなかった。
 この場合、バースは頼りにならない。孫がついに初陣か、と応援するのは目に見えている。いくら何でもまだ早すぎるだろう、まだ出会って2週間の若い男女が朝帰りは頂けない、とファニーが目尻をきりきりと吊り上げていると。
 夕食の途中だと言うのに、女将さんがばたばたと足音を立ててやってきた。
 「ちょいと、大変だよ!エルムくんとピエレッタちゃんが、牢屋に捕まってるって!ごめんよ、カーマインなんかと付き合ったりするからこんなことに…」
 「はぁ!?何をやってるのですか、あの二人は!騎士の従者としてたるんでいます!」
 「…騎士の従者という意識は、彼らには無いのではないか」
 ひっそりとネルスに突っ込まれて、ファニーは立ち上がったまま深呼吸した。
 祖父であるバースは動揺した姿は見せずに、暢気にスープを啜っている。
 「いやぁ、若い時にはそのくらいのことはせねばのぅ。ワシも若い頃には相当やんちゃをしたもんじゃ」
 「貴方の若い頃のことなど興味がありません、この不良爺!」
 きーっ!と叫ぶファニーをよそに、ネルスが落ち着いた声で女将に尋ねた。
 「それで、その牢屋とやらはどこに?」
 
 女将に描いて貰った地図を手に、ネルスとバースとファニーは牢屋に向かった。
 「若様の従者に、前科持ちがいるなど…あぁ、サヴァントス様に知られたら、何と言われるか!」
 「そうは言うてものぅ…ワシも牢になどさんざ入っておるしの」
 「…俺も元カースメーカーだからな…騎士とは相容れぬ存在だぞ」
 どいつもこいつも!と叫びたい気分で、ファニーはふんわりメイドスカートでざかざかと歩いていく。
 この男たちに比べれば、エルムとピエレッタはまだしもマシな部類に思えていたのに、一体何をしでかしたのやら。
 で、牢屋に辿り着いてみると、そこはファニーが想像していた城の地下牢のような本格的なものではなく、ちょっとした警備所に見えた。鉄兜はせずに顔を露にした軽装の衛士が、こちらの身分を聞いて苦笑した。
 「あぁ、あの子の保護者か。すまないが、一晩は泊まって貰うよ。規則だから」
 どこか気の毒そうな響きさえ滲ませた暢気な様子に、あまり大したことはしていないのだろうとファニーは胸を撫で下ろした。
 「あの〜すみません、何をしたんでしょうか〜?」
 「まあ、ちょっとした騒乱罪かな。別に罪人の烙印も付けないよ。その点は安心して貰っていい。罰金も安いし」
 「すまんですが、孫と話をさせては貰えませんかのぅ」
 じじぃ口調でバースが哀れっぽく頼んでみたが、衛士は首を振った。
 「朝になったら解放するよ。宿で待っていてくれ、冒険者たち」
 「はぁ…お世話をお掛けいたします」
 無理を通して心証を悪くするほどの場面でもない。
 彼らはあっさり引き下がって、宿へと帰っていったのだった。もちろん、ファニーは道すがら、ずっとぶつぶつと文句を呟き続けていたが。

 その頃のエルムは。
 「すみません、お二人まで巻き込んでしまって」
 「おぉ?いや、むしろ、俺たちがあんたらを巻き込んだんじゃないかと思うんだが…」
 ぺこりと下げたエルムに、金髪を後ろで縛った青年が目をぱちくりとさせた。カーマインがエルムの肩を抱き寄せ、ぐりぐりと頭を撫でる。
 「よしよし、相変わらずお前は真面目だなぁ。あ〜も〜可愛いったら」
 「…余所者を巻き込むなよ、カーマイン」
 この金髪の青年は、通称365。<ナンバーズ>の現リーダーである。
 エルムはカーマインのところに辿り着く前に、<カラーズ>と<ナンバーズ>の抗争の場面に行き着いてしまったのである。で、喧嘩の真っ最中に、<カラーズ>の新メンバーとして紹介されてしまったエルムとピエレッタは、何となく行きがかりで一緒になって喧嘩に参加し…衛士が笛を鳴らしながら駆け込んできた時に、逃げ損ねて捕まった、と。
 で、二人を見捨てる訳にも、と戻ってきて付き合いで捕まったカーマインと、同じく様子を見に来た365が揃って牢屋の一室に押し込められている、という状況だ。
 もっとも、牢屋と言っても入り口が鉄柵なだけで、普通に居住に耐えられる部屋に思えたが。欠点は、ベッドが一つしか無いので4人では狭いというだけだ。
 「あのさぁ、あんたらの事情がよぅ分からへんのやけど、仲悪いんとちゃうん?」
 ピエレッタが交互に指さしたので、カーマインと365は顔を見合わせてどちらからともなく苦笑した。
 「まあ、対立はしてっけどよ」
 「本気で険悪な仲じゃあないんだ。無理だって言うか」
 「俺らは主に職人地域のメンバーで、こいつらは主に商人地域の奴ら。ってぇこたぁ、いずれは商売付き合いする相手でよ」
 「まあ、喧嘩出来るのも、一人立ちしてない子供のうちってことさ。…俺もこいつも、そろそろ卒業の頃合いだが」
 職人は原料を商人から購入し、生産したものを商人に卸さなければならない。商人は職人から商品を仕入れなければならない。いずれはずっと付き合いを続ける間柄なのだ。
 「大人になったら、喧嘩をし辛くなるからよぉ。色々としがらみってぇの?付いて回るからよ」
 「今のうちのガス抜きだ。商売上の付き合いだけじゃなく、喧嘩相手って付き合いをした方が、後々いろいろと言い易いっていう、何代も続いている生活上の知恵だな」
 何代も続いた対立に、ある程度の喧嘩を容認してからおもむろに散らしに来る衛士、という、まるで芝居の台本のように決まり切った手順に、今回はエルムとピエレッタという異分子が混じってしまったのだ。<カラーズ>と<ナンバーズ>の抗争では、最後に衛士を如何に撒くか、というところまでが組み込まれていたのだが、それを知らないエルムが、何でみんないきなり走り出したんだろう、と首を傾げている間に捕まってしまった、と。まあ、知っていても、エルムは逃げられなかっただろうが。
 「すみません、僕のせいで」
 もう一度謝ったエルムの頭を、カーマインがぐりぐりと撫で、ピエレッタがその手を抓った。
 「あんたなぁ、一応確認しとくけど、エルムくんによからぬことを考えてないやろな?エルムくんはええとこの子でちょっと世間知らずやからあんたに付きおうとるんやからね?好かれとるとか勘違いせん方がええよ?」
 「…えーと、ピエレッタさん…」
 まずはどこから反論しようかとエルムが頭を悩ませていると、カーマインが真剣な顔で覗き込んできた。
 「なぁ、お前、俺のことが嫌いか?」
 好きか、嫌いか、と聞かれれば。
 「いえ…好きですが…」
 「ほれみろ、勘違いじゃなく、好かれてるんじゃねぇか」
 わざとらしくぎゅむぎゅむエルムを抱き込んで、カーマインはピエレッタに舌を出してみせた。
 「あかんて!エルムくん、世の中にはなぁ、男やのに男の子の方がええっていう変態もおってなぁ…あ、変態言うたらまずいか、師匠や先生もそうやしな」
 とりあえず自分で突っ込んでおいてから、ピエレッタはカーマインの腕で半分顔が隠れたエルムと何とか目を合わせようと努力しつつ続けた。
 「エルムくん、可愛いし、気を付けとかんとあかんよ?エルムくんは男好きなわけやないやろ?」
 「…カーマインさんも、そういう意味で僕に構っているとは、全く思わないのですが…」
 お稚児さん趣味は貴族の嗜み…とまでは言わないが、それなりに騎士階級でも普通に有り得る趣味なので、エルムも知識としては知っていた。己がその対象になりうる、という点は、全く論外だったが。
 「おうよ、俺もブルーが可愛いとは思うが、男の尻には興味ねぇぞ、さすがに」
 ピエレッタをからかっていたカーマインも、本気で疑われていると気づいたのか、きっぱりと否定した。
 「…やったらええんやけどなぁ…なーんかあやしくてなぁ…」
 可愛がるのにも程度ってものがある。何となく、普通に年下の少年を構っている、と言うよりも濃厚なものを感じているピエレッタは、まだ眉間に皺を寄せたままカーマインをじろりと睨んだ。
 「…こいつが、その手の趣味は持ってない、というのは、俺も保証するが」
 苦笑しつつ眺めていた365が壁にもたれながら口を挟んだ。対立しているとはいえ、赤子の時からの知り合いである。その恋愛失恋経験は、熟知している間柄だ。
 「それにしては、なんかなぁ…」
 「ところで、君はこの子の姉さんか?」
 納得し難い顔で首を捻っているピエレッタに、あからさまに365が話題を変えた。その様子に軽い苦笑いをしているカーマインを感じ取って、エルムは内心首を捻った。カーマインが、そういう意味で自分を狙っているとは思わない。だが、それに触れられたくなさそうなのは何故だろう。365にも分かっているようだが。
 「うち?うちはただの…冒険者ギルドの仲間やよ」
 「そうか。訛が全く違うと思ったが、どの辺りの出身なんだ?」
 「うちはねぇ、この痣のせいで国技団に売られてねぇ…育ててくれた人が、この訛やったからそうなっただけなんよ。どの国の生まれなんか、覚えとらんわ」
 結局、365がうまく誘導して話題が変わっていき、カーマインがエルムに執着する理由は聞けなかった。
 狭い部屋に男が3人、女が1人、という状況にも関わらず、全く色っぽい空気にはならないまま、見張りの衛士まで巻き込んで一晩中他愛のない会話が続けられたのだった。
 
 「さて、今日こそは自己鍛錬を…」
 「…すみません、徹夜になってしまったので、今日は休ませて頂けると…」
 「うちも寝たいわ…」
 迎えに来たファニーが額に青筋を立ててぷるぷるしているのは分かっていたが、エルムはこっそりとあくびをした。同じようにあくびをしたピエレッタと目が合って、くすくすと笑う。こういう「二人だけの秘密」みたいなのは初めての経験なので、何だかとてもくすぐったい。
 「もう来るんじゃないぞ〜」
 「お世話になりました」
 呆れたように笑っている衛士に頭を下げ、盛大に伸びをしながら居住区へと向かっているカーマインと365に手を振る。
 もちろん、冒険者として探索をするのも楽しいけれど、たまにはこういうのも楽しいな、とエルムは、冷たい床に一晩中座っていたせいで強ばった足を引きずりながら、宿へと帰っていったのだった。



諸王の聖杯TOPに戻る