無傷の襲撃者




 縛りパーティーが帰ってきたのが遅かったため、出発が午後になってしまった。
 これ以上遅れるのも何だし、と依頼達成の報告は、ネルスが起きてからゆっくりしておいてくれ、と頼んで、こちらはさっさと樹海に入る。
 磁軸を降り、鹿の広間に入ると、もう酷い臭気は薄れていた。だが、地面にはまだ血の痕が残り、誰が供えたのか小さな花束が幾つか転がっていた。まあ、草食動物にやられて一部はぼろぼろになっていたが。
 いずれ乱れた草は伸び、そこで惨劇が起きたことなど分からなくなるのだろう。どれだけの人間が死のうと、樹海は変わらない。
 いつかはこの鹿たちを倒して衛士の仇をとってやろうと思いつつも、今はただまっすぐに扉を抜けるだけだ。
 早く強くなりたい、とサナキルは改めて思った。盾の扱いには、それなりに自信があるが、それでもこの樹海において自分がまだまだ弱いことも理解している。いつかは、誰からも頼られる盾となることが出来るだろうか?
 アクシオンのTPが豊富で回復が余裕なこともあり、今の時点でサナキルの盾が活躍することはない。雑魚相手には攻撃を優先するようリーダーに命じられるのだ。もっとも、サナキルの攻撃力など、ジューローの1/3に過ぎないのだが。
 時折攻撃される際に、自分でもうまく防御した、と思うこともあるのだが、それも100%ではない。
 敵を挑発して自分だけに攻撃を集中させ、更にそれをかわすという戦術で行こうと思っていたのだが、むしろ特定の人間を守れるような盾の技術を覚えた方が良いのかもしれない。
 4階の敵は、氷系が効いてくれる。つまり、ジューローの新しい刀(氷属性付き)がかなりのダメージを与えてくれるのだ。逆に言えば、ジューローが攻撃できないと、ダメージをちまちまとしか与えられない、ということだが。だから、ジューローを守るのがパラディンとしての使命だと思うのだが…なかなか思うようにうまくいかない。
 「さて、と。ここいらから新しいとこな〜」
 ルークが地図を見ながら宣言した。縛りパーティーが言っていた衛士のキャンプの跡は見あたらない。もうどこかに移動しているのだろう。
 地図の空間からすると、そろそろ5階への階段が見つかりそうなものだが、まだ発見できていない。
 両脇の木立を確認しながら進んでいくと、見覚えのある巨体が横切ったので一瞬、息が止まった。
 ちらりと右を見ると、ジューローの眉間に皺が寄り、手は刀の柄にかかっていた。
 1階で戦ったドラゴンのような魔物だ。頭が大きく鋭い牙を持った肉食獣。
 一撃も与えられなかったジューローからすれば、リベンジのチャンスだというのは理解する。理解はするが…賛成は出来ない。サナキルは、あれが運の良い勝利であったことを知っている。
 「ここは、通り抜けるべきだろう」
 「…お前にでも、倒せるのだろう?」
 手を挙げて制止しかけたのに、ジューローはうるさそうに腕を振ってサナキルの手を払い、鋭い気合いを発した。当然、通り過ぎようとしていた魔物がこちらに気づく。
 背後でルークが「あちゃあ」と呟きながらオカリナを取り出す。
 「…一応、やるだけやってみるけど…撤退の覚悟もしておいてな〜」
 「我々の装備も、少々レベルアップしてますけど…あっちもピンピンしてますよ」
 下にいたのは、大怪我をして休んでいた魔物だ。治って暴れていたはずなので同じだろうと思ったが、今目の前に駆け寄ってきているのは、そもそも怪我もしていない元気一杯の魔物だった。どうも動きも違うような気がする。
 「この僕が相手だ!」
 サナキルは大きな盾を振り、魔物の気を引いたが、魔物は突進してきたその勢いのまま、ジューローを牙で引っかけて弾き飛ばした。
 「…もう、ここまで来ると、笑っちゃうね」
 またしても攻撃の一つも出来ずに一撃で殺されたブシドーを横目で見ながらルークは予定通りオカリナを吹いた。
 先に弓を射ていたショークスが、あっさりと答えを出す。
 「あぁ、全然駄目だわ。また死ねそう」
 「だよね〜、撤退準備!」
 何とかジューローの死体も拾い上げつつ、一目散に逃げ出した。

 しつこく追ってくる魔物から逃れて、よく見なければ分からないような木立の隙間から奥へと飛び込んだ。
 背後から魔物の雄叫びは聞こえたが、どうやらこの道には入り込めなかったらしく、どすどすという足音が徐々に遠ざかっていった。
 「やれやれ」
 肩をすくめて、アクシオンはサナキルにリザレクションを渡した。何でまた僕なんだ、と言いたかったが、復活した後用らしいキュアの調合に入っていたので、諦めてジューローを蘇生させる。
 またしてもサナキルの膝で目覚める羽目になったジューローは、無言で上半身を起こし、アクシオンが差し出したキュアを飲み干した。
 やっぱり無言で睨んでくるので、サナキルはルークやアクシオンの顔を窺ったが、何も言う気が無いのか素知らぬ顔をしているので、仕方なく口を開いた。
 「…今度は、僕も逃げて来た」
 お前が死んでいる間に倒したのではない、と言えば、不機嫌そうにそっぽを向かれた。どうせ「倒した」と言っても機嫌を損ねる癖に。
 「つまり、だ。僕たちは、まだあれに挑むには実力が足りず、もっと容易に倒せるようになってから……何故、僕がそんなことを言わねばならんのだ。そういうことはリーダーが言うべきだろう!」
 何で僕がジューローに睨まれる役をしなければならないんだ!と両腕を振り回して抗議すると、ルークはにやにやしながら答えた。
 「いやー、坊ちゃんが言う方が堪えるかと思ってさ〜」
 そりゃもうイヤそうに唇を歪めているジューローに、アクシオンもくすくすと笑いながら告げた。
 「具体的には、せめて一撃、持ちこたえられるようになってから挑みましょう。予定では、一撃耐えたら、次からはサナキルが攻撃を受け持ってくれるはずですから」
 「そ、そうとも!挑発した僕のところに来るはずだ!」
 ちょっと、自信をなくしつつあるが。
 「で、一撃耐えてくれたら、キュアしますから。それが出来るレベルになるまでは、堪え忍んで下さいね」
 「…分かった」
 渋々ながらも頷いたジューローに、何となくもやっとしたものを感じる。何故、アクシオンの言うことなら納得するんだ。
 無意識に頬を膨らませて不満そうにジューローを見つめていたらしい。立ち上がったジューローが、腰の刀の位置を調整してから、そっぽを向いたまま低く呟いた。
 「…言いたいことがあれば、さっさと言え」
 絶対に、自分から口にはしなかったが、ジューローは、この件に関しては自分が悪いということを自覚していた。ついサナキルに張り合ってしまって、相手の実力と己の実力を鑑みなかったのは愚かとしか言いようが無い。
 蘇生されたこと自体も僥倖だと思うが…まあこのギルドはどうも見捨てるということはしないようなので、全滅しない限りは蘇生されるようだが…その後、責められるだろうと思っていたのだ。己が突っ走ったせいで、危険な目に遭わせたのだから。
 ところが、どいつもこいつも「今後」についての注意をするだけで、ジューローの行為については文句の一つも言わない。
 落ち着かない。
 さっさと責められた方がマシだ。だったら反発も出来るというのに。
 面白そうに見ているルーク、アクシオン、ショークスはともかく、このパラディンは説教じみたことを言いそうな気がして、促してみたのだが。
 沈黙が続いたので、ちらりと様子を窺うと、白磁を思わせる顔がうっすら桜色に染まっていた。何だ?と今度ははっきりと顔を向けると、子供のように腕をじたばたと振り回して上擦った声で怒ったように叫んだ。
 「何で、お前は、あのメディックの言うことは素直に聞くのに、僕のいうことは聞かないんだ!」
 「…何故、お前の言うことを聞く必要がある」
 「内容は似たようなものだっただろうが!僕にそっぽを向くなら、メディックにもそっぽを向くべきだ!」
 何のことやら。
 しかし、本人は本気らしく、桜色の頬で睨み付けてきていた。
 無視しても良いのだが…ジューローは、ゆっくりとアクシオンを人差し指で指した。
 「年上」
 その指をサナキルに向かわせる。
 「年下」
 サナキルは、何度か瞬いてから、冷静に頷いた。
 「なるほど」
 …自分で言うのも何だが、よくそれで納得できるな、とジューローは思ったが、面倒なのでそれ以上言わなかった。
 「いや、待て、だったら僕の言うことは一生聞かないということか?無論、年上は敬うべきなのだが…何かおかしい気がするぞ」
 サナキルは指を唇に当ててぶつぶつと呟いた。正論のようでいて、誤魔化されたような気がする。
 その二人の様子を面白そうに見守っていたルークとショークスは、同時に背後を振り返った。
 何かの気配を感じたのだ。
 走っていき、木立の合間からそっと奥を覗いてみる。
 「…あはははは、ここにもいるわ〜」
 「でもよ、道が続いてんぜ?」
 「うまくかわせればいいんだけど…」
 少し離れたところに向かったリーダーが、人差し指を口の前に立てながら来い来いと手招きしていたので、頭を冷やしながらそちらに向かう。
 壁のようになった木立に身を隠しながら、ルークが小さく言った。
 「…出来れば、うまいこと通り過ぎてくれたら、奥に向かう」
 何が、とは聞かなかった。
 足音と、鼻息が聞こえてきていたのだ。
 ちらりと隣のジューローを見たが、さすがに殺気を出したりはしていなかった。
 どすんどすんという足音が徐々に近づいて来る。
 肉食獣特有の、腐敗臭のような口臭まで感じたような気がする。
 だが、そこまで近づいても相手はこちらに気づかなかったらしく、まっすぐにどすどすと歩いていった。
 その背中が小さくなってから、ルークが無言で奥を指さしたので、そぅっとそちらに向かう。
 まあ、そぅっと、と言っても、相変わらずサナキルの鎧は派手な音を立てたが。
 「…その音は、何とかならんのか」
 うんざりしたように言われても、どうしようも無い。鎧の隙間に粘土を詰めるわけにもいかないし。
 「あぁ、大丈夫みてぇだな。あいつも巡回パターンらしい。あっちに向かって一直線だ」
 ショークスが気軽な口調で親指で背後を指さした。少々の音では、こちらに向かって来ないらしい。
 「一直線…じゃあ、奥まで行ったら?」
 「こっちに向かって一直線?」
 「うわお」
 もしも奥が行き止まりだった場合、糸で帰るしかなくなる。
 リーダーたちのイヤな推測通り、奥はそのまま道が途切れていた。左に通れそうな道が無いでも無いのだが…どういう仕掛けなのか、一歩踏み込むと奥から矢が途切れなく飛んできたのだ。
 「やばいぜ?方向転換して、こっちに向かってる」
 仕掛けを調べている間に、魔物がターンしてきたらしく、ショークスが緊張した声で促した。
 糸で帰るか?とルークが懐を探っていると、サナキルが盾を掲げた。
 「僕が先頭で行く。僕が全部受け止めれば、通れるだろう。上から降ってくるのだと、全員に当たってしまうが、幸い、あれは前からしか来ていないだろう?」
 「坊ちゃん、行ける?」
 「そのためのパラディンだ」
 パラディンが持つものにしては、少々小さめの盾だが、少しくらい逸れても鎧で弾けるだろうと踏んで、サナキルは胸を叩いた。
 「よし、OK。ジューロー、サナキルの後ろにぴったりくっついとけ。お前が一番薄いんだから」
 ジューローは非常に不本意そうではあったが、元々の隊列から言ってもその順番だし、何より背後から地響きが迫ってきていたのでそれ以上は文句は言わなかった。
 「では、行くぞ」
 サナキルは盾を前にして進み始めた。
 かんっかんっと矢が盾に当たる音と衝撃が、方向の正しさを教えてくれる。自分の目で方向を確かめたいのは山々だが、盾から顔を出すと射抜かれる可能性もあるので、地面を見ながら進むしかないのだ。
 後ろからちゃんと来ているのか、とか、魔物はここには入れないのだろうか、とか、ちらりとは思ったが、己のなすべき仕事に集中して、ひたすら前進し、ついに矢の音が途切れた。
 どこから発射されていたのか分からないが、ともかくは小部屋の中に抜けたらしい。
 「あ、宝箱だな」
 あれを守るための仕組みだったのだろうか。サナキルは駆け寄って箱の蓋を開けた。 
 「何が入ってた?」
 小部屋の周囲を確認していたルークが、離れたところから聞いてきたので、サナキルは新しい盾を掲げて見せた。矢でぼろぼろになった今のものよりも大きく堅い盾だ。
 「入った甲斐がありましたね。それじゃ、サナキルがそれを使うということで」
 あっさりと自分のものになった盾を眺めてから、サナキルは矢を引き抜いてぼろぼろになった小盾を背中に負った。
 これで、もっとうまく皆を守れればいいのだが。
 「さぁて、んじゃ、今度はあっち側だな」
 魔物が去っていくのを追うように、中央まで戻り、またしばらく待ってから今度は逆側の道へと向かう。
 今度も何やら罠が仕掛けてあるようだった。
 複雑に絡み合った糸が無尽に張り巡らされている。
 「…下手に触ったら、何か起きるよな?」
 「そりゃそうでしょう」
 その<何か>が何かも分からないが、それでも危険なのには間違い無いだろう。
 「えーと、これがこうなって…あれはこっちに繋がってて…」
 「…どうも、じっくり見てる暇は無さそうだぜ?」
 「それが問題」
 パズルのような糸を相手に、自分で解き明かしたいのは山々だったが、何せ魔物が来るまで、という時間制限があるので、ルークはあっさり諦めた。
 どうしよう、帰るか?と言いかけたところで、ジューローが一歩前に出た。
 腕を振った様子は、「下がれ」と言っているようだった。口で言えばいいものを、とサナキルは思うのだが、ジューローの様子があまりにも集中しているようだったので、口を挟むのは控えておいた。
 ジューローはゆっくりと刀を抜き放った。刀身に氷がまとわりついていく。
 左手を前に突き出し、右は引き…一息に踏み込んだ。
 一点。
 複雑に絡み合う糸の巣の、ただ一点を貫いた。
 ぴん。
 ぴんぴんぴんぴんぴん。
 連鎖的に糸が弾けていく。
 何も言わずに刀を収めて先頭で狭い通路に入っていくジューローに、サナキルは慌てて追いすがった。
 「待て、お前一人では危ないだろう!」
 「…ふん」
 「いや、後ろがつかえてるんで、どっちもさっさと行ってね〜」
 魔物に追い立てられるように、残りの3人も通路に入った。
 糸の罠は全て解除されたらしく、何も起きない。
 「…まあ、何だね、ああいうのは、ブシドーの刀でないと無理だったね」
 「そうなのか?」
 周囲の木を調べながら言うルークに、サナキルは本気で聞いた。罠の大事な一点が分かれば…その一点を突き止めたという時点で、それも凄いとは思うが…とにかく、剣を持っていれば誰でも切れたのではないかと思うのだ。
 「坊ちゃん、剣出してみ?」
 小部屋に入ってから、サナキルは言われたとおり剣を抜いた。ブシドーのものより幅広で分厚い両刃の剣は、突きには向いていないが斬撃にはそれなりに破壊力がある。
 ルークは、木の枝から垂れ下がっている糸の端を持って、ぴんっと張った。
 「坊ちゃん、これ、切って」
 「うむ」
 サナキルは真上から剣を振り下ろし、その糸を切った。
 半分の長さになったそれを持って、今度はジューローに言う。
 「ジューロー、これ切って」
 無言のまま、ひどく無造作に刀が抜かれてひゅんっと空を切る音がした。
 「で、坊ちゃん、違いが分かった?」
 「…切れたことに違いは無いように思うが…」
 あえて言うなら、あちらの方が刀身が細いので、ああいう複雑に絡み合った糸の一本を切るには向いていただろう、というくらいで。
 ルークは、んー、と呟きながら何かを探すように木立の周りをうろうろした。隣のジューローが「…どうでもよかろう」と低く唸ったので、かえって、リーダーがサナキルにも分かり易いように説明しようとしているのだと理解する。
 この部屋に入る、という目的だけで言えば、もう達成できているのだし、何もサナキルが納得しなければならないことはないのだし、口で説明するのでも良いはずだが、己の頭で考えさせるタイプらしい。
 「あぁ、これでいっか」
 ルークは目当てのものを見つけたのか、比較的長く残っている糸を拾い上げた。
 それを両手で持って広げる。
 「んじゃ、二人とも、ゆっくり一緒に刃を下ろしてみて」
 面倒くさそうに鼻を鳴らしながらも付き合うジューローも意外と人が良い。あるいは、ブシドーの刀の優位性を証明したいだけなのかもしれないが。
 サナキルは、ジューローと同じ速度で刃を下ろしていった。
 ほんの僅かな手応えがあった、と思った途端、手応えが無くなった。
 切れたのではない。ジューローの刃が糸を切断して糸が垂れたのだ。
 「坊ちゃん、分かった?」
 「…つまり、こういう剣では糸を切るまでにたわみが発生するが、ブシドーの刀ならば糸に力がかかり罠が発動する前に切断することが出来る。…そういうことか?」
 「お、坊ちゃん、頭いい〜」
 ぱちぱちと拍手するルークに苦笑してから、剣を鞘に収めた。
 剣は刀と違って、重みと勢いで肉を断つ。おかげで、サナキルの筋力でも、それなりのダメージを与えることが出来るのだ。
 「適材適所というものだな。今回は刀が剣に勝ったかもしれないが、剣が優位な時もあるだろう」
 「傷口は剣の方が大きくて、痛みを与えますからね」
 相変わらずおっとりとした口調で残酷なことをメディックが言った。
 「なら、ジューローが剣を持てば、もっと強くなるのか?」
 サナキルは自分で言ってから、その姿を想像してみて眉を顰めた。
 「…似合わんな。やはりジューローは刀でないと」
 「そーそー。みんな違って、みんないい。宝箱から武器が出てきた時も、みんな得物が違う方が喧嘩にならずに嬉しいし」
 リーダーが妙な方向に話をまとめ、また魔物がターンして去っていくのを、木立の合間から顔だけ覗かせて窺った。
 無事その通路を通り抜け、更に周回している魔物をかわして奥へと進み、5階への階段を見つける。
 磁軸柱を起動させて、ルークはサナキルとジューローの顔を見比べて、にやりと笑った。
 「はい、二人とも活躍ご苦労さま。今日は平等に活躍出来て良かったねっと」
 ジューローはふいっとそっぽを向き、サナキルはむっとして唇を尖らせる。
 「僕は、これと張り合うつもりはないぞ」
 「切磋琢磨は良いことですよ?」
 「それはそうかも知れないが…」
 張り合おうにも、攻撃特化と防御特化と対極に向かっているのだから、比べようが無いと思うのだが。
 そう、サナキルは、ジューローに競争を仕掛ける気は全くなかった。サナキルにとってジューローは守るべき相手であって、打ち負かすべき相手では無いのだ。
 本気でそう思っているところがまた、ジューローにとってはむかつくのではあるが。
 苛立たしそうに舌打ちしたジューローに、アクシオンが背伸びをして頭を撫でた。
 「…何をしている」
 「いえ、可愛いなぁ、と思いまして。とにかく、大きく息を吸って、ゆっくり吐いて下さい。無駄な緊張が解けます」
 可愛いなんぞと言われて唇を歪めたジューローだったがこのメディックに逆らっても良いことがあるようには思えなかったので、言われた通りゆっくりと深呼吸した。
 ほんの少しだが、胃のあたりを灼いていた感情も、薄れる気がする。
 そうして、その素直にメディックの言うことを聞いているジューローを見たサナキルは、代わりにちょっと胃のあたりにもやもやしたものを感じたのだった。



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