通せんぼ
「なぁ、ホントに大丈夫なんやろな?」
「さぁな。カマキリが同じ行動をとるなら、扉までは辿り着けるだろう」
交代で3階にやってきた縛りパーティーは、ネルスの指示通りにカマキリ部屋を歩いていた。
このルートを取れば大丈夫、と言われても、迫ってくる威圧感に背筋に汗が浮かぶのを感じて、ピエレッタが震える声で何度目かの確認をすると、ネルスが平然と答えたので一安心したところに、さらっと続けられた。
「もっとも、昼も夜も同じ行動を取るとは限らないのだが」
「…ええええええ」
悲鳴を上げたいところだが、がさがさ言う音が聞こえるほどカマキリがすぐ近くにまで来ていたので、それは掠れた小さな喘ぎにしかならなかった。
「エトリアにも同じ種類のカマキリがいると仰ってましたが?」
ファニーの問いに、ネルスは首を振った。
「俺が加入したのは、すでに奴らが16階を進んでいた頃でな。カマキリがいたのは、ここと同じく3階だったと聞いている。俺自身は見たのは初めてだ」
そのカマキリを1ターンでやれる実力が、たった6年ですっかり鈍るものなのか、というのはおいといて。
「いやぁ、それでも助かりますのぅ。そういう知識が無ければ、ここを抜けるのには、さぞかし苦労したに違いない」
ネルスは肩をすくめ、一歩止まったカマキリをちらりと見て、そのまま歩き続けた。
「相手の習性を読む観察力と、敵が迫ってきても冷静でいられる度胸があれば、初見でも何とかなるだろう。そうでなくては困る。これ以降、エトリアと同じ敵が出るとは限らぬのだからな」
ネルスとしては、別にショークス組と競い合うつもりも無いのだが、それでもあっちが踏破したところだけをなぞるような真似もしたくない。ということは、自分たちが新しい道を切り開き、新しい敵と戦う覚悟もすることになる。いつまでも、誰かの予備知識で楽な探索を続けるつもりはない。
「そうですね…むしろ、我々が新しい敵と戦い、相手の特性を調査せねばなりません」
「若様のために?」
「えぇ、若様のために」
ピエレッタは皮肉で言ったつもりなのだが、ファニーは当たり前のように頷いた。
周りにどう思われようと、ファニーはサナキルのために地図を書き記すのを当然だと思っていた。本当は、サナキルにはさっさと領地に帰って頂きたいのだが、頑固…というか上から命令されたことが無い僕ちゃんなので、下の者の言うことなど聞いてくれるはずもない。ならば、せめてその<冒険>が少しでも安全であるよう露払いをするくらいしかファニーには許されていないのだ。
出来れば、今日、サナキルを置いて出て来たくは無かった。あんなに傷ついて、生きて帰ったのが不思議なくらいの状態であったのだ。自分も宿に残って若様のお世話をしたかった。
しかしそれも許してくれなかったので、仕方なく別の方法でサナキルの役に立てるよう頑張っているところなのである。
「地図を見たところ、磁軸近くに抜け道があるはずなのです。そのショートカットを開いて、次からはカマキリと遭遇せずに奥へと進めるようにするのが、本日の目的です」
「…まあ、妥当なところだな。…さて、抜け方は分かっているな?」
カマキリ広場を抜け、カマキリが詰まっている通路でネルスは4人に確認した。3人までは頷いたが、エルムがおずおずと手を挙げた。
「…あの」
「何だ?」
「雑魚の…気配が…カマキリの前に、一度、追い払った方が…」
ぼそりぼそりと言われる言葉の内容を認め、ネルスはしばらく周囲の気配を窺った。レンジャーほど得意ではないが、しばらく山で暮らした分、小動物の気配には敏感だ。
そして、エルムに頷いた。
「理に適っているな。少し、戻るか」
カマキリの目の前に出る前に、その辺をうろうろして敵を誘うと、思った通りほどなくしてテントウムシが羽ばたいてきた。
それを片づけると、周囲はまたしばし小動物の気配が消える。
「…よし、今のうちだな」
冒険者に仲間がやられたのが分かるのか、雑魚が息を顰めているうちに、カマキリを誘い出し道を繋げる。
「ここで雑魚に関わっていては、背後からカマキリが突っ込んで来るからのぅ。エルム、よう気づいた」
さくさくと草地を踏みしめ、カマキリに追いつかれないよう角を曲がっていく。
バースに誉められたエルムは、うっすら顔を赤くして、何も言わなかった。
また雑魚が周囲に集まり始めたが、カマキリが迫る道から曲がって撒いておく。
「よし、ここからは新規だ」
ネルスは地図を確認して呟いた。ここまでは午前中のパーティーが地図を書いている部分だ。ここからは、情報のない新しい場所となる。
抜け道を確認しつつ進んでいって、扉を開いた。
ピエレッタは、前衛に続いて中に入ろうとして…急に立ち止まったエルムの背中にぶつかった。
「うひゃ!何やの!」
「…すみません…」
エルムが少しだけ動いて隙間を作ったので、バースとエルムの間から中を覗き込む。
前方には、くるくる回る綺麗な金色の箱。
それはいいのだが。
「…さて…余計な動作をする余裕はなさそうだな」
「地図は完成出来ませんが…仕方ありませんね」
こちらをじーっと見ているカマキリを見つめ返して、ピエレッタは小さく悲鳴を上げた。
「何ね、まさか入るんやないやろね!?」
「まっすぐ行って、箱だけ開けて中身回収してすぐ戻る。…そのくらいなら、何とかなりそうだが」
地図を書こう、なんて色気を出さなければ。
「…ピエレッタさんは、ここで、お待ちして下さっていても…」
カマキリから身を隠すようにエルムの上着の背中をしっかり握っているピエレッタにそう呟いたが、ネルスに否定された。
「いや、もしも計算が違ってカマキリが早かった場合、糸で抜けるからな。一人離れていては、取り残すことになる」
「わ、分かってるわ。うちかて行くけど」
なぁに、来ないの?と首を傾げているカマキリをもう一度見て、ピエレッタは古びた鈴を握りしめた。雑魚にすら効いたことのない術が、あれに通じるとは思えないが、それでもカースメーカーにとっては唯一の武器なので縋りたくもなる。
「行くぞ」
あっさり言って、ネルスが歩き始める。
ピエレッタは左手でエルムの上着を掴んだまま、仕方なく一緒に部屋に入っていった。
宝箱にはあっさり辿り着いた。
出てきた剣をバースが装備して、ちょっとだけ攻撃力が増したところで、くるりと方向転換する。
カマキリが「待ってよ〜」としゃかしゃか足を動かしていたが、こちらも脇目もふらずに扉に戻った。
扉を閉めて、ピエレッタはようやく息を吐いた。ただすぐに、もたれた背中で扉を引っ掻く振動を感じて、また飛び上がったが。
「ひょっとして、うち、冒険に向いてないんやろか」
他の4人が淡々と進めているのに比べて、一人だけ慌てているような気がする。
「いやいや、うら若き女性が怖がるのも無理は無い。むしろ可愛いが…出来れば、ワシにも頼って欲しいのぅ」
バースにからかうように言われて、まだエルムの上着を掴んでいたことに気づいて、ピエレッタは慌てて手を離した。
「ごめんな、エルムくん」
「いえ…少し、動きにくいだけですから…」
そこで「全然問題ありません」とは言わないあたりが馬鹿正直だ。
「はぁ…うち、何も役に立っとらんよね?」
「カースメーカーは、大器晩成型だからな」
元カースメーカーが平然と自画自賛した。
「術を極めれば、パーティーに無くてはならない存在になる。それまでは経験を積む、と割り切っていればよい」
「ほんまに、うちに出来るんやろか〜」
「自分で自分の術を疑っている間は、敵にも効かぬ」
「そうは言われてもなぁ」
ピエレッタは、古い鈴をちりちりと振った。
とりあえず覚えているのは睡眠の術。国技団で仲間に催眠術を教えて貰っていたので、とっかかりとしては適しているだろうと選ばれたそれは、未だに敵にかかった試しがない。
本当に、敵意満々の魔物が寝てくれるんやろか、と半信半疑どころか8割くらい疑で術をかけている。それがいけないのだ、と言われるが、一度も効いて無ければ、疑いたくもなるというものだ。
「焦らぬことだ」
「…はい、先生」
幸い、ピエレッタが役に立たなくても、他のメンバーの攻撃力は高い。レベルは先行パーティーよりも低いのだが、あっさりと敵を倒していけている。
今は、無いよりマシ程度の杖を振って、敵を倒すという経験を積むしかない。
そうしてどんどん進んでいくと、何事も起きないまま地図はしっかりと埋まっていった。
一つ開かない扉はあったものの、何かの鍵が必要なのだろう、とメモだけして更に進んでいく。
ようやく磁軸柱近くまで降りてきて、ファニーは歓声を上げた。
「やりました!ここを抜ければ、ショートカットが出来るはずです!」
「…そうだな」
ネルスが攻撃用ではなく腰の手斧でその辺の茂みを刈り取っていき、近道が完成する。
これで今日の目的は終了したが。
「残りTPは?」
「そうですのぅ…まだ少し残っておりますな」
ネルスは少し躊躇った。「気を付けろ、その『あと少し』が、命取り」というのはエトリアでさんざん味わっている。
しかし、余力を残して帰る、というのも無駄だ。
「この辺りの探索だけ、少ししておくか。もしも怪我をしてキュアを使うようなら、その時点で帰る」
まっすぐショートカット目指して来たため、地図上ではまだ空間が残っているのだ。上か左か、どちらかの道の手応えくらいは調べておきたい。
もちろんファニーも賛成したので、まずは左に向かってみる。
その道はあまり広くはなく、別れ道も行き止まりになっていた。
最後に向かった先が、ようやく広場になっていたが、そこには宝箱も何も無かった。
地図を埋めただけになったか、と思っていたが、奥の方で樹木が生い茂った場所があった。
「えっと…たぶん、伐採が、出来るんじゃ、無いでしょうか…」
「そうだな、クゥたちに頼んでみるとしよう」
自分ではどれが役に立つのか分からないし、上手な刈り取り方も分からないが、その辺の木立とは違う種類の樹木に見えるので、おそらく売れるものが採れるのでは無いかと思う。
ネルスもその辺の木の枝を確かめて、そのしなり具合に、ふむ、と頷く。おそらく弓の材料になりそうだ、と考えてから、これが依頼のしなる枝なのだろうと思い出す。もっとも、既にもっと威力の高い弓を持っているので、あまり有り難みは無いが。
エルムもその辺に転がっている大きな丸太を見て、これが良い家具の材料になるならいいのにな、と思っていた。もちろん、レンジャーが採集したら売り飛ばしてギルドの資金にするのが筋だが、もう少ししたら小遣いで買えるかもしれない。カーマインのところに訪ねていくなら、手土産は菓子なんかよりもこういうものの方が喜ばれそうだ。
そうして伐採場所を確認していると、魔物が出てきた。いつもと特に変わった種類ではないが、アルマジロが3匹で出たのは初めてだ。こちらの攻撃力が高いとはいえ、防御力が高いのは厄介だ。
「よし、ピエレッタ、睡眠をかけろ」
「え、ええええ?…わ、分かりました…」
斧を構えたネルスに言われて、ピエレッタは鈴を手に持った。
ぶつぶつと手順を呟きながら鈴を鳴らす。
エルムとバースの攻撃が終わり、アルマジロたちが次々に体を丸め…傷ついた一匹だけが、丸まらずにその場にぐんにゃりとしていた。
傷ついて倒れているのかと思えるが、よく見ればその体は呼吸に合わせて動いている。
「…あら、ひょっとして…寝てます?」
照準を合わせていたファニーが予定通りそれに弾丸を撃ち込み…キィ!と上がった悲鳴に、そう呟いた。
ネルスは真ん中のアルマジロに斧を叩き込み、引いてから頷いた。
「そうだな。一体だけだが、効いたようだ」
「…えええええ!?ほんまに!?うちの睡眠、効いたん!?」
術をかけた本人が一番びっくりして大声を上げる。もしも魔物が寝ていたら起きるだろう、という声だったが、残念ながら残り2体は起きていたので何も変わりはしなかった。
そうして後は普通に攻撃して3体とも倒してから、左端のアルマジロを調べてネルスがもう一度頷いた。
「…よし、確かに寝ていて無防備だったのだな。…これで、己の術が通じることが分かったろう」
「ほんまに…うちの術、かかったんや…」
呆然と鈴を握りしめてピエレッタは呟いた。
「これで、ワシのTPも節約出来るのぅ」
「今の時点では、3回使えば終わりだが…敵が多い場合には有用だろう」
ピエレッタの睡眠の術が使えるようになったのが当然と言うような言葉に、ピエレッタは鈴を握る手に力を込めた。
役に立つようになったのは嬉しい。大した威力もない杖で打ちかかるより、術が効けばこちらの受けるダメージも少ないし、相手に与えるダメージも大きいのだ。
けれど、もし、今のが気のせいだったらどうしよう。ひょっとしたら、傷の痛みに気絶しただけかもしれないし。
ホントに通じたのだとしても、たった1体しかかからなかったのだ。それも傷ついて、どちらにしても次の一撃で死ぬような奴が一匹だけ。
全部を眠らせられたら有用かもしれないが、ずっと1体くらいしかかからなかったらどうしよう。
そうやって「かからないかも」と自分の術を疑うのが、よけいかからない原因になっているのは分かっているのだが、つい考えてしまう。
「…大丈夫、だと、思います」
こちらに半ば体を向けた中途半端な姿勢で、エルムがぽそりと呟いた。ピエレッタに言っているとも独り言とも取れるような距離で、視線も地面に向けたまま続ける。
「僕の、アームボンデージも、確率は、きっと、低いし…1%が、10%に、10%が、20%に、なるために、練習、するんですから」
とりあえず技をちょっとだけ取るだけ取って、筋力と技術向上に努めているエルムは、技のかかりの悪さについて全く気にしていなかった。一朝一夕で何とかなるなら、迷宮なんて今頃とっくに制覇されている。
「…僕が、鞭でコップを割らずに取るのに…半年、かかったけど…ピエレッタさんには、先生が、いらっしゃるんですから…もっと、早い、はずだし」
エルムは俯いたことで目にかかった空色の髪をぱさりと払った。
ピエレッタの表情を確認しようとしたのか、、ちらりとこちらを見たその藤色の目を見て、ピエレッタはほんわかと笑った。この普段は無口な少年が、何とか励まそうとしてくれているのが分かったからだ。
「エルムくん、おおきに」
ピエレッタにとって、エルムは『見ていて危なっかしい草食動物』であった。身長だけはひょろりと長いが、まだ筋肉も付いていない生まれたての子鹿のような愛らしい動物を見ている気分だ。
だから、その守るべきひ弱な生き物が、力を振り絞って慰めようとしてくれているのは、心が和むというか、率直に「あ〜頑張らなくっちゃ〜」と思わせるというか。
「せやね〜。焦ることもないんやしね。うん、4階に行く頃には半分以上がかかるようになりますようにって目標にしとくわ」
にっこりと心から笑うと、エルムも地面を見たまま、ほんの少しだけだが恥ずかしそうに笑った。
「あ〜もう、エルムくん、可愛いなぁ!」
思わずぎゅうぎゅう抱きしめたい気分になりつつも、一応自重して、頭を撫でるだけにしておいた。
その光景を見ていたバースは、どうやらピエレッタは孫の獲物らしいと気づいて、心の中の『可愛いおなごウハウハ帳』からピエレッタを削除したのだった。
元の位置に戻って、今度は上へと向かってみると、すぐに広場になっていて、奥に扉が見えた。
その扉の脇に人影が見えたので、ネルスは目を細めてそれを見定めようとした。
少し近づいて、その人物の脇に森狼が見えたため、ショークスに聞いた何とかいう騎士だろうと見当づける。
狼に向かって何やら話していたその男は、こちらが歩いていくのに気づいて立ち上がった。
「…見ない顔だ。どうやら、初めてのギルドのようだが…」
昼間に会ったギルドの別メンバーだ、と言う説明は面倒なので黙っておいた。
「私はフロースガルという。この奥には強大な敵がいて、多くの衛士が犠牲になっているらしく、レベルの低い冒険者が奥に行かないよう、公宮から見張りを頼まれているんだ」
「…いつまで?」
永遠に見張りを続けるつもりではなかろう、と聞いてみれば、フロースガルは気遣わしげな目を扉にやってから、またこちらを見た。
「衛士が取り残されている可能性があるのだが、それの救出を公宮でミッションとして発動したらしい。それを受けたギルドがやってきて、奥の確認を済ませたら、通行を許可するらしいよ」
「何故、貴殿が行かれないのですか?」
口調からして、このあたりに来るギルドよりも腕がよいはずである。たった二人、いや一人と一匹とはいえ、凄腕のギルドだと言うなら、彼らがそのミッションを受けても良いだろうに。
ファニーの言葉に、フロースガルは苦い顔をして首を振った。
「我らが向かっている間に、他のギルドが足を踏み入れれば、犠牲者が増えることになる。故に、我らが見張り、公宮まで行って、衛士の救出を名乗り出たギルドが奥へ向かう、と言うことにしたのだが…」
フロースガルが拳を握ったのか、手のあたりでガチリと鎧が鳴った。見上げるクロガネの頭を撫でて、フロースガルは苦い顔のまま続けた。
「…当初は、大して時間はかからぬだろうと思ったのだ。すぐにどこかのギルドが名乗り出てくれると思ったのだが…少々脅しすぎたのか、まだ誰も来ない。かといって、一度約束したことを放棄も出来ず…」
ぎり、と奥歯を鳴らし、フロースガルは大きく息を吐いた。辛うじて笑みを浮かべて言う。
「もしも、君たちが衛士たちを救出してくれると言うなら、一度公宮に行ってミッションを受けて来てくれたまえ。そうしたら、喜んでこの道を開けるとも」
「…聖騎士というのも、大変だな」
自分の成した<約束>に縛られて、望みの行為も出来ないなんて。
「仕方があるまい。これ以上進めぬというなら、一度、帰るとするか」
半ばフロースガルに告げるつもりで大きめに声を出し、ネルスはきびすを返した。
扉から離れたところで、もう一度TPを確認する。
「あちらとしては、可及的速やかに公宮にでミッションを受けて戻ることを期待しているのだろうが…我らはそろそろ活動中止時間だ」
「…若様には、ご内密に……は、無理でしょうね」
ファニーが自分で言っておいて、がっくりと肩を落とした。
どう考えても、サナキルに言わなくても磁軸柱からショートカットを通じてすぐにここに至り、フロースガルから話を聞くに違いない。そこでいきなり突っ込まれるよりも、最初からそのつもりで準備していってくれた方が遙かにマシではある。
「もしも若様が、昨日の疲れが残っておいでだと仰るなら、ワシらが来れば良いことじゃ。ともかくは、我らも帰ってゆっくり体を休めようではないか」
「そう…ですね。今の状態では、わたくし達も魔物を避けて衛士を救出、なんて出来そうにはありませんし…」
出来れば危険なことは若様にはさせたくはないが、かといって自分たちが現在疲労困憊一歩手前で、大きなミッションを引き受けられる状態では無いのも自覚していた。仮にこちらが引き受けるとしても、とりあえずは少し休んでからにしたい。
「では、帰って休むとするか。ひょっとしたら、朝までにどこかのギルドが解決するやもしれんしな」
既に明け方近い時刻である。今頃公宮に向かってミッションを受けてくるギルドがどれだけいるかは分からないが。というか、望み薄なのはネルスにも分かってはいるのだが、若様若様言ってる二人の気を楽にしてやりたかっただけだ。
まだTPは残っているのだが、早く帰って休んで、何とか若様に知られないようにミッションを受けてここに戻りたい、と思っているようなので、撤退の決断をする。
ま、ネルスが内密にする気が無い時点で、このパーティーがミッションを受けることはないとは思うが、それは言わなくても良いだろう。