エルムの日常




 2階の探索は、なかなか進まなかった。
 うっかり扉を開けた途端に鹿とごっつんこして命辛々逃げ出したり。キャリオンクローラー3体相手に逃げ損ねたり。
 それでも隠れた通路を見つけて入ってみたら、更にちょっとした仕掛けのある部屋を見つけて良い武器を手に入れることが出来た。
 エルムはその時のことを思い出して、ファニーさん格好良かったなぁ、としみじみ感心した。ただのメイドという仮の姿を脱ぎ捨てて、ガンナーであることを露にした女性は、木々の奥の小さな的を見つけて、照準を合わせて的確に撃ち抜いたのだ。その銃をくるりと回してホルスターに収める姿は、非常に手慣れていて熟練の職人を思わせた。
 もっとも、太股に巻いた皮のベルトにホルスターが付いているのはどうかと思うが。いちいちスカートをめくらなければならないし、何より撃った直後の銃は熱くないのだろうか。
 そうしてふんわりとしたメイドスカートが降りると、とても銃を持っているようには見えなくなるので、それが目的なのだろうとは思うが…樹海の中でそれは必要なのだろうか。
 まあ、エルムは疑問を持っても、わざわざ口に出して聞いたりはしないのだが。それよりも、こうなのだろうか、それともひょっとしてああなのだろうか、と色々と思索を巡らせている方が好き。
 銃の他に、鞭も少し攻撃力が高いものが手に入った。それはエルムの得意分野である。
 上の方に張り出した枝に鞭を巻き付け渡っていく、という方法は、エルムにとって走るよりも容易いことであった。だから、カースメーカーの少女が手放しで誉めてくれたのは恥ずかしかった。何だか、当たり前のことを凄い凄いと言われてるみたいでどう言えば良いのか困る。
 そのピエレッタは、ネルスの指導を受けて、『本当の』睡眠の呪言を覚えていっているところだ。まだまだ実戦には役立たないが。
 それでも、だいぶパーティーがうまく行きだしたんじゃないかな、とエルムは思う。
 地図を埋める、という目的があってさえ、リーダーが決まっていない時には、分岐を前にすると微妙な緊張感があったものだが(誰がどっちに行くのか決めるのか、という探り合いのような空気だったのだ)、今はネルスが決め、皆でそれに従う。敵が出ても、戦うかどうかはネルスが決める。潤滑に探索が進むようになったと思える、ということは、ネルスの負担が大きいということでもあるだろうが、本人は淡々としていてそれを感じさせない。
 まあ、時々寝室からなかなか出てこなかったりするので、それなりにストレス発散はしているのだろうが。
 どうやらネルスも男同士で恋人のようだが、エルムは不快感は感じなかった。実際にいちゃついている姿を目にしていない、というのもあるが、それよりもネルスの『大人の男』としての魅力の方に憧れている気持ちの方が大きいからだ。もちろん、『そういう』意味ではなく、純粋に同性から見て格好良い、ということだ。
 エルムにも父親はいるが、仕事で家にはほとんどいない。エルムにとって最も身近な『大人の男』モデルは爺ちゃんだった。爺ちゃんは引退したとはいえ武芸にも秀でているし知識も深いし、尊敬に値する人物だ。…ただし、下半身除く。
 爺ちゃんを敬愛しているエルムだが、それでもバースの下半身事情についてだけは、少々納得できないものを感じていた。男たる者、女を渡り歩くのがステータス、というのも、脳のどこかで理解はしているが、騎士の従士として教育を受けた身としては、やはり女性とのそういうことはお互いを尊重し合った上で唯一の相手と契りを結ぶべきだと思うのである。
 そんなことをつらつらと思いながら、小さな中庭に出て洗濯物を干していると、玄関の方から宿の女将が顔を覗かせた。エルムを見つけて破願する。
 「あぁ、ちょうど良かった、あんた、ちょっとこれ運ぶの手伝ってくれないかい?」
 エルムは女将の顔と、まだ洗濯物の入った桶を素早く見やってから、ちょっとだけ「このまま乾くとシャツが皺になるんだけどな」と思ったが、女性の頼みを断るほどのことでもないと判断して女将の方に向かった。
 女将が指さしているのは木で出来た小さな机である。食堂に置くには小さすぎるそれは、何かの台だったんだろうか、と思う。
 エルムがそれを無言で持ち上げると、女将が庭の奥を指さした。
 「悪いねぇ、あっちの隅に置いといてくれるかい?」
 ひょこひょこと言われた通り運んでいると、裏口の扉から顔を覗かせたピエレッタが慌てたように飛び出してきた。
 「エルムくん!何やっとるんね!そんなん、うちがやるよ!」
 「いえ…こういうのは、男の仕事だと、思いますので」
 「でも、エルムくんは…」
 ピエレッタの視線が腰に落ちたのを感じて、エルムは苦笑した。
 そのまま、やっぱりひょこひょこと左右に揺れながらも、机を言われた場所に運び終えて、手を出したそうにうろうろさせながら付いてきていたピエレッタに、ぎこちなく笑いかける。
 「大丈夫です。このくらい、出来ます。…そうじゃなきゃ、迷宮になんて、行けないし…」
 「そりゃ、そうやけど…」
 眉を寄せて心配そうに見ている年上の少女を見下ろして、エルムはもう一度言った。
 「大丈夫、です。たぶん、僕の方が、力、強いですから」
 ぱんぱんと手をはたいて、また洗濯物を干そうと戻っていると、角のところから2,3歩こちらに入ってきていた女将が、エルムの全身を上から下までまじまじと見た。
 「あらぁ…あんた、足、悪かったのかい?そりゃ悪いことしたね」
 エルムは少し首を傾げて、ぽんぽんと腰を叩いて見せた。
 「大丈夫、ですから。あの中を歩いて、魔物と戦う、くらいのことは、出来るので…普通のことくらい、出来ますよ」
 「いや、あたしが悪かったよ。そんな格好して、カーマインなんぞと付き合ってるような不良少年ならこき使ってやろう、なんて思ってさ」
 「うわ、ひっでぇ、俺のせいにしてんじゃねーよ、おばはんが」
 「うるさいね!とっとと仕事しな!」
 聞き覚えのある声に、目をぱちくりさせていると、角から真っ赤な髪がひょっこりと現れた。
 「よぉ、ブルー。お前が来てくれないから、こっちから来たぜ!」
 <カラーズ>の赤ことカーマインが笑いながら手を振っていた。
 出会って数日が経過しているのだが、どういうタイミングで訪ねていけばいいのか、あるいは訪ねていくのは社交辞令をまともに受け取った空気読めない行為なのだろうか、などと考えていたため、あれから居住区には行っていなかったのだ。
 やっぱりもっと早く訪ねていった方が良かったのだろうか、と思っていると、横からピエレッタが叫んだ。
 「何ね、エルムくんにつきまとったらあかんで!ほら、迷惑やろ!」
 いきなり振られたのでエルムは慌てて首を振って否定した。
 「ほら見ろ、ブルーは迷惑じゃないって言ってんじゃねーか、お前は引っ込んでろ、パープル!」
 「やから、勝手に人を色で呼ばんといてや!」
 「名前知らねーよ」
 「あ、そやったわ。うちは…って何で名乗らなあかんねん!」
 言い合っているピエレッタとカーマインをどうしようかと交互に見ていると、宿の女将がカーマインの耳を捻り上げた。
 「いてててて!」
 「ほら、あんたは仕事に来たんだろ!さっさとやんな!」
 「ちっ、糞ばばぁが…」
 「何か言ったかい!?」
 「おい、ブルー!」
 「…はい」
 「後で話ししような!…くそ、離せよ、ばばぁ!」
 エルムが返事をする前に、カーマインは女将に連れられて行ってしまった。
 まあ、探索に出るのは夕刻からだし、それまでに、その『仕事』が終われば話す機会もあるだろう。
 そう思って、エルムはまた洗濯物を干し始めた。
 「エルムくんは、暢気やねぇ…よし、やっぱりうちも付いとったるわ!」
 どーん、と胸を叩いて請け負ったピエレッタに、エルムはやっぱり少々苦笑いを浮かべた。ピエレッタは好きだが、ピエレッタとカーマイン、そして自分、という構成だと、どう考えても前者が喋りまくって自分は呆然と見守るだけ、という気がするのだ。それでは、会話術の練習にはなりそうにない。まあ、会話術初級、まずは見て覚えましょう、という段階かも知れないが。
 ピエレッタが洗濯物にまで手を出そうとするのを遮って、腕に何枚かかける。
 「…男の、洗濯物、ですから」
 さすがにパンツは部屋の中に干しているが、自分の下着を女性に干させるのも気が引ける。
 素直に手を引っ込めたピエレッタは、エルムの隣で空を見上げた。
 「洗濯日和やねぇ」
 「…そうですね…」
 他の冒険者のものと思わしき洗濯物が、はたはたとロープに揺れる。
 北方のどこかどんよりとした青空だったが、それでも太陽が射す時間は暖かい。
 「よーし、うちも枕を屋根裏で干させてもらおかな」
 屋根裏の階段から上がってすぐの真ん中部分は部屋にはなっておらず、窓を開けると日差しと風が差し込んで、何かを干すのにちょうど良いのだ。自分の部屋の窓は、南向きではあるのだが、柵が無くて干すところが無いし。
 裏口から入っていくピエレッタと共に、桶を持ったエルムも中に入った。
 階段を上がっていくのを見送って、さて、と考えてから、エルムは表に回っていった。
 そこでは、一般客用食堂から運び出したらしい机に向かって何やらしているカーマインがいた。
 真剣な顔で机を押さえ、バランスを確認しているらしい姿に、声はかけずにしばらく眺める。
 見える範囲に女将はいない。何だかんだ言って、カーマインを信頼しているらしい。
 天板に手をかけて、体を伸ばして脚の裏側を見ようとしているので、エルムは声をかけた。
 「何か、お手伝い、しましょうか?」
 「おう。傾けろ」
 脚を見たまま、必要最低限の単語で指示したカーマインに、エルムは天板を持ってテーブルを支えた。
 「戻せ」
 テーブルの周囲を回りながら、天板を押さえてどこが浮いているのか確認する。
 「ひっくり返す」
 今度は完全に仰向けにしたテーブルの脚の一本を、薄く削って鑢で整える。
 「戻せ」
 またテーブルの周囲を回って確認しているが、今度はがたつきが無いので、うん、と頷く。
 終わったのかと思えば、今度は天板の節を平らに削り出したので、エルムはそれをじーっと眺めていた。
 相変わらず人工的に染めたような真っ赤な髪で、黒地に赤いペンキをぶちまけたような派手な上着を着ているので、どう見ても街の不良だが、その仕事ぶりは職人だ。
 「…こんなもんか」
 テーブルが納得したようなので終わりかと思えば、今度は椅子にも手を入れ始めた。
 結局1時間ほどして全部終わったらしく、カーマインは腰を伸ばして、そこで初めて気づいたようにエルムを見た。
 「おう、見てたのか」
 手伝ったのは何だと思われていたのだろう。
 「んじゃ、中に運び込むから、そっち持ってくれ」
 「はい」
 エルムの足が悪い、ということは先ほどの会話で知っているはずだが、そんなことは一切口にせず、当たり前のように手伝えと言ったので、エルムも当たり前のように机の片方を持った。
 食堂に運び込むと、幼い少女がびっくりしたように二人を見て、奥に駆け込んだ。
 「逃げなくてもいいだろうがよ!」
 「うちの娘に近づくんじゃないよ、不良少年!」
 女将が台所からどすどすと足音を立てて出てきて、テーブルに手を突いた。
 「ばばぁが体重かけんなよ、割れるだろうが」
 「どんな手抜きしてんだい」
 罵り合いながらも、テーブルの出来に満足したのだろう、横のテーブルに置いてあった白いテーブルクロスをそれにかけた。
 「さて、と。お茶くらいは出してやるよ。1杯10enでね」
 「ふざけんな」
 けっ、と言い捨ててから、カーマインが外に出たので、エルムも付いていった。てっきり怒ってもう帰るのかと思えば、単に椅子を運び入れるためだったようだった。
 そうして椅子を並べていると、お茶とお菓子がテーブルに載せられた。
 「糞ばばぁが、最初っから出せよ」
 「何言ってんだい、修理代から差し引くよ」
 どうも、これが『子供時代からずっと知り合いな環境』の見本の一つらしい。赤の他人に向かって罵り合えるなんて凄いなぁ、とエルムはしみじみと感心した。エルムの環境では、悪口どころか、普通の会話でさえ絶対に悪口に聞こえないように神経を配るよう教えられていたのだ
 行儀悪く片足を椅子に立ててカーマインはお茶を啜った。
 「おう、お前も飲めよ」
 まるで自分ちでお茶を出したかの如く言われて、エルムは「はぁ」と生返事をして、申し訳程度にカップに口を付けた。
 「で、どうよ。お前んとこ、3階まで上ったって?早ぇよ、すっげー」
 「えぇ…まあ…一応、3階に行きましたが…」
 前回の探索で確かに3階には足を踏み入れた。踏み入れたが、糸も持ってないし、まだ見ぬ敵と出会うのは危険だろう、ということで、そのまま歩いて帰ってきたのだ。今頃、サナキルたちが本格的に3階の探索をしている頃だろう。
 「お前、鞭の腕凄かったもんなー。どこで覚えたんだ?」
 その鞭でカーマインには恥をかかせた形になっているはずなので、少々戸惑ったが、どうやら本当に興味津々と言った顔で見ているので、エルムは眉を寄せながら呟いた。
 「えっと…最初の、使い方だけは…爺ちゃんに」
 エルムは時間稼ぎに一枚クッキーを取って囓ったが、カーマインが別のことを話し出さなかったので、考えながら続けた。
 「僕は、その…病気で、しばらく寝たきり…だったので。…これ、便利、だったんです。…ベッドから、動かないまま、テーブルの上の、コップ取ったり、とか」
 エルムは、腰の鞭を取り出して、手首を捻った。
 隣のテーブルの上に飾られていた細い花瓶を手元に引き寄せ、左手で受け止める。それから、またそれを元の位置に戻す。
 「数年…手の代わりに、使っていれば…イヤでも、上達しますよ」
 誰でも出来ることだ、と真剣に言えば、カーマインは目を細めてエルムの髪をくしゃくしゃと撫でた。
 子供にするようなそれに目をぱちくりさせていると、カーマインは何事も無かったかのように、目を光らせて身を乗り出した。
 「そういやよ。お前んとこのソードマンが、公宮に剣の指導に行ったって?」
 「あぁ…ネルスさんですね。…依頼に、ソードマン、としか無くて、内容が無かったので…斧を使う、自分で良いのかって、後で、ぼやいてました」
 衛士に剣術を教えるのなら、最初からそう書いておけばいいのに、とエルムは思ったが、大々的にそう書くのも、公宮の対面的にまずいのかもしれない。
 カーマインは、エルムの言葉に首を傾げた。
 「でもよ、すっげ評判良かったみたいだぞ?<デイドリーム>ってお前んとこだろ?」
 「えぇ…そうですけど…」
 エルムも首を傾げて、前の前の男を見た。街の不良少年。で、たぶん職人。で、地元民。…地元民は、公宮の中の衛士の評判まで耳に入るのだろうか。
 「あの…公宮の中にも…知り合いが?」
 「ん?おお、うちのホワイトが公宮勤めなんだよ。そいつは今度4階探索任務が当たったっつってたけど、行く前に話してくれたんだ。今度はパラディンも募集するってさ。また名を上げるチャンスだぞ?ま、お前んとこのパラディンの腕前によるけどな」
 はは、とエルムは苦笑した。パラディンとして力を貸せ、なんぞという募集を知ったら、そりゃもうサナキルが飛びつくことだろう。そして、任務の最中にも「このサナキル・ユクス・グリフォール〜」と散々名前を売るに違いない。いや、本人に売名意識は全くないだろうが。
 「ちなみにブランは…あ、ホワイトの名前な、濃い灰色の髪なんだが、前の方の、こう分け目あたりだけ白髪なんだよ。若白髪。お前らが4階行ったら、会うこともあるかもな」
 「そうですね…と言っても…衛士の方は、たいていヘルメットを、目深く被ってるので…たぶん、分かりませんけど…」
 「そういや、そっか」
 声を上げて笑ったカーマインが、食堂に入ってきた客にちらりと目をやった。
 それは普通の一般客だったが、そろそろ昼食の時刻だという意味でもある。
 カーマインはがたりと立ち上がった。
 「おう、それじゃ、俺は次の仕事に回るからよ。また今度…」 
 「あ、あの」
 エルムも釣られて立ち上がりながら、もう視線が出口に向かっているカーマインに声をかけた。
 「あの…カーマインさんは、その…大工さん、なんですか?」
 「へ?」
 カーマインは振り返ってまじまじとエルムを見てから、声を上げて笑いながらエルムの頭をぽんぽんと叩いた。
 「いやー、大工さんってーと、家を建てる奴っぽいなー。いや、でも、家具職人も大工なのかね?」
 「す、すみません…」
 木工は全部『大工』だと思っていたエルムは、頬を赤くして俯いた。
 カーマインは手をエルムの頭に置いたまま、くしゃくしゃと髪を掻き回して、親指で自分を指さした。
 「つっても、まだ家具を一から作るとこまでやらせて貰ってないんだけどな。手直しが精一杯」
 「え…でも、他の人が、作ったものを、直すのも、大変じゃ、ないですか?」
 「いやー、まだそんな高級品を弄らせて貰ってないからなー」
 誰かが作ったものの価値を落とすことなく修復するのは、それはそれで非常に細やかな作業だとエルムは思うのだが、カーマインはあっさりと否定した。
 「<カラーズ>は主に職人地域のメンバーで構成されてんだ。だから、他の奴らも職人の徒弟が多いんだぜ?…やっぱ、お前、今度こっちに遊びに来いよ」
 「そうですね…また、今度。時間があれば…是非」
 誤魔化しているように聞こえるだろうか、と、「是非」という言葉を慌てて付け加えたエルムに笑って、カーマインは手を振りながら出ていった。
 残されたエルムは、空になったカップとクッキーの皿を重ねて、カウンターへと運んでいった。
 「あの…お代は…」
 「あぁ、いいよ、別に」
 宿の女将は豪快に笑って、皿を受け取った。
 「カーマインもねぇ、悪い子じゃないんだが…いろいろあってねぇ」
 流しに運びながら、話を続けそうな女将に、エルムはきっぱり言い切った。
 「すみません、聞きたくないです」
 食器を置いて腰を伸ばした女将は、じろりとエルムを横目で見た。
 「何だい、興味ないのかい?それとも、あたしと世間話なんぞ出来ないってかい?」
 「いいえ。逆です。興味が、あるので、他の方からの噂ではなく、カーマインさん、本人の口から、お聞きしたいと、思います」
 カーマインが公宮の衛士の噂を知るように、カーマインの生い立ちや出来事なども、地元の人間はほとんどが知っているのだろう。
 何があったのかは知らないが、「いろいろある」と言うのなら、それを他人の口から聞くのは失礼だと思うのだ。
 「もしも、僕が、知って良い話なら、カーマインさんは、話して下さるでしょうし…聞かれたくない、話なら、誰の口からも、話されたく、ないでしょうから」
 エルムが、考え考え言った言葉に、女将はじろじろとエルムの顔を見た。何かおかしなことでも言っただろうか、女将の機嫌を損ねただろうか、とエルムが不安になった頃、女将は苦笑いを浮かべて首を振った。
 「…あんた、見かけによらず、真面目だねぇ。あんたみたいなのと付き合って、あの子らももうちょっと真面目になったらいいんだけどね」
 ここに来てから何度か言われた類の言葉に、エルムは首を傾げて自分の格好を見下ろした。
 真剣な顔で聞く。
 「見かけは、不真面目ですか?」
 「そうだねぇ、あたしは若い子の服はよく分かんないけどねぇ」
 「僕も、分かりません」
 でも、せっかく爺ちゃんが買ってくれた服なので、これを着替える気は無い。動き易いし、暖かいし、それなりに気に入っているのだ。
 「ホントに、何であんたみたいなのが、ダークハンターやってんだろうね」
 しみじみ言った女将が、入ってきた客の注文を聞き始めたので、エルムはその場を離れた。
 そういえば、ピエレッタはどうしているのだろう。確か、一緒にいる、と言ったように思うのだが。
 エルムはカタコトと階段を上がっていった。
 念のため、枕が干されているか屋根裏を覗こう、と更に上がっていくと。
 そこは日差しが降り注ぎ、とても暖かかった。
 確かに、枕はあった。
 けれど、ピエレッタも付いていた。
 横向きになって、すーすーと寝息を立てているところを見るに、お昼寝中らしい。確かに夕刻から深夜に探索したので眠いだろうが…こういうところで眠るのはどうかと思う。
 「ピエレッタさん、若い女性が、こんなところでは…」
 エルムが遠慮がちに声をかけると、ピエレッタが僅かにもぞもぞと身動きした。
 うっすらと目が開き、エルムを認める。
 「…あぁ、エルムくんか…気持ちええよ〜…エルムくんも、おいでぇや」
 「体が、痛くなりますよ?」
 ふんわり幸せそうに微笑まれて、エルムは少し視線を逸らした。
 「まあ、そう言わんと…おいでぇな」
 来い、来い、とゆったり手招きされて、エルムは溜息を吐いてから、「じゃあ、少しだけ」とピエレッタの隣に横になった。
 白く差し込む光に、埃がきらきらと舞っている。
 ぽかぽかと穏やかな空気に、瞼が落ちかける。
 今は良いが、1時間もすれば太陽の位置が変わって寒くなる、とか、こんな堅い床で寝たら体が痛くなる、とか、そもそも若い未婚の女性がこんなところで寝るのはどうなんだ、とか、いろいろと問題はあったが、気持ちよく上がっていく体温に、どうでもよくなる。
 まあいいか、とエルムは心の中で呟いて、ゆっくりと瞼を閉じたのだった。



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