芋虫注意




 日も昇り、寒さが和らいだ頃合いにサナキルたちは迷宮へと入った。
 1階のショートカットを抜け、相変わらずじっとしている魔物の背後を通り抜けて2階へと行く。
 採取組が売り飛ばした戦利品のおかげで、少々だが装備のレベルアップが計れたので何とかなるだろう、という目論見である。もっとも、毒のダメージは固定なのだが。
 ファニーが書き込んだ地図は、階段から伸びる通路と部屋が二つ、その先の大部屋で途切れている。
 「鹿、注意、か」
 ルークの呟きに、サナキルが同じ方向を見る。
 「鹿如きにやられるようでは、グリフォール家の面目が立たぬ」
 「やー、普通の鹿ならそうかもしんないけど、相手は鹿の格好をした魔物だからさ」
 「…ふむ、それならば、仕方が無いな」
 割とあっさり納得したサナキルに、ジューローが鼻で笑った。
 「お前の大事なぐりふおぉる家とやらの面目は、その程度か」
 他人が聞いても挑発以外のなにものでもない悪意に満ちたセリフだったが、サナキルはむしろ堂々と胸を張って己の胸に手を当てて自信に満ちた声音で答えた。
 「無論、悪魔と戦い討ち滅ぼすのも、神の僕(しもべ)である聖騎士の役目であろう。だが、己の力を顧みずに無意味に突撃するのは愚か者のやることだ」
 いつの間に鹿が悪魔になったのか聞きたい気もしたが、せっかく若様が大人しくしておくならそっとしとくか、とルークはその部分には突っ込まずにおいた。
 サナキルとしては、何もおかしなことを言っているつもりはない。<ただの鹿>ではなく<凶悪な魔物>、つまり、<鹿の擬態をした悪魔>という解釈をしたのだ。敵が悪魔であるならば、無闇に命を捨てることは神の道から外れる。こちらのレベルアップを図り、圧倒的な力でもって討ち滅ぼすことこそ、聖騎士としての務めである。
 「いずれ、あの鹿も全て退治するのだろう?」
 「まぁねぇ。たぶん、そうなるだろうな」
 「では問題ない」
 きっぱり言い切ったサナキルは、少し一人離れていたショークスが戻ってくるのをわくわくした面もちで見守った。何だかんだ言って、目新しい場所を切り開いていくのは興奮するのである。たとえ強敵とは当たらないようにこっそりと抜けるとしても、だ。
 「おぅ。やっぱ単に巡回してやがるだけだな、あいつ。うまくやりゃあ、全然気にせず他の扉から抜けられそうだぜ」
 この微妙に丸っこい広場の中、正方形に草地が荒れている。たとえ目の前にハリネズミが駆け抜けようと、鹿は変わらず大角を振り翳しながら歩き続けているだけらしい。
 ショークスの報告を受けたルークが、現在の鹿の位置を確認する。
 「えーと…んじゃ、こっちの扉から行くか」
 鹿からなるべく離れた方向から地図を埋めていき、扉を開く。
 「…また、いるではないか」
 入ってすぐ右手側に彷徨いている鹿を見つけて、サナキルは誰にともなく呟いた。
 「んじゃ、ショークス、鹿の巡回確認」
 「あいよ」
 ショークスの意識をそちらに向かわせておいて、他のメンバーでショークスを守りつつ、鹿と逆方向から地図を埋めていく。
 「んー、やっぱ、あの辺回ってるだけだな」
 鹿の巡回パターンを読んだショークスの指示の元、扉を抜けるたが、そこは小部屋になっていて行き止まりであった。
 採掘場所は見つけたが、それ以上は道が無かったので元の道に戻る。
 時折出る大きなサボテンの攻撃力で傷を負いながらも、死ぬことも無かったので、ひたすら探索を進める。
 毒アゲハも全員で集中攻撃すれば何とか毒を撒かれる前に倒すことが出来ている。もっとも、3群一気に出たら分からないが。
 「…しっかし…ひょっとしたら、このパーティーって攻撃力があっちに負けてるかもしんない」
 ルークがちょっとひきつった顔で呟いた。
 レベルは上がっている。その分、攻撃力は上がるし防御力も上がっているし、死んで帰ることもないのだが…とにかく苦戦している気がするのだ。
 サナキルは盾マスタリーを伸ばし、オートガードを取ろうとしている。アクシオンはリザレクション狙いで回復マスタリーを伸ばしている…もっとも、戦後処置だの博識だのも持っているが。で、ショークスはアザステのためにAGI伸ばしてステップ系、ルークは猛き戦いの舞曲を伸ばしている。
 つまり、純粋に攻撃力を伸ばしているのがジューローただ一人なのである。
 攻撃力を伸ばしているソードマン、ダークハンター、ガンナーのいる縛りパーティーに比べて、補助職が多いのだ。
 ルークの呟きを聞き咎めたサナキルが、平然と言った。
 「何を言う。生き延びてこそ、次の攻撃に繋がるのだ」
 「リザレクション取ったら、次は俺も攻撃伸ばしたいですね」
 「いや、そりゃ俺の舞曲も全体の攻撃力底上げにはなるんだけどね?…大器晩成っつーか…厳しいなぁ」
 威力が目に見えるほどになるには、まだ遠い。
 まだまだ敵も雑魚のはずだし、もしも大群で出てきた際に、殲滅力に難があるのは拙いかもしれない。
 「ってことで、ジューロー、頑張ってくれよな」
 唯一の攻撃専門職に声をかけると、我関せずといったように素知らぬふりで歩いていたジューローが驚いたように振り向いた。
 「…俺が?」
 「や、他に誰がいるんだ」
 ルークの呆れたような言葉に、ジューローはまたくるりと前を向いた。
 「今の時点で、ジューローの攻撃力と、俺の攻撃力で敵を殺してるようなものですからねぇ。俺のはマイマイクラブの威力ですが」
 採集組を率いてレベルアップのための狩りに勤しんだ結果、カタツムリの尖った殻をふんだんに使った杖…というより釘バットより凶悪な外見のクラブを手に入れたアクシオンがくすくすと笑った。
 「正直、ジューロー一人でショークスと俺とサナキルの3人分のダメージいってる気がする」
 「えー、そこまでは、いってねぇんじゃねぇ?ま、二人分は余裕でいってっけどよ」
 適当な石を拾い上げながら、ショークスが反論した。言葉ほどには不機嫌では無い。どうせエトリアでもネルスの補助で始まった冒険なので、己の攻撃力が後回しになるのには慣れているのだ。
 「そうか、それほどに差があったか。では、やはりお前が倒れぬようにせねばなるまいな」
 サナキルまであっさりと言ったので、ジューローは少々驚いて横目でちらりと見た。
 てっきり、何でも自分が一番でないと気が済まないのではないかと思ったのだが。
 「しかし、お前だけを守る、と言っても、他の人間も防御に難があるからな。やはり、僕一人が攻撃を受けるようにせなばなるまい」
 全ての攻撃を受ける気満々で胸を叩くサナキルに、アクシオンが苦笑した。
 「敵を挑発するのも結構ですが、集中攻撃されたら死ぬかも知れませんし…まずは自分の防御力を高める方に集中して下さい」
 「む…」
 サナキルは、パラディンとして己が皆の盾になることは当然だと思っている。そのせいで死ぬことを厭うつもりはない。己だけ防御力を高める、というのは、己だけ生き残ろうとしているかのようで好ましくないのだが。
 「言っときますけど、俺、リザレクションは最低限しか取るつもりありませんから。そもそも死なないでくれるのが一番です」
 蘇生をするメディックがそう言うのなら、仕方が無いな、とサナキルは頷いた。
 仲間を守り死ぬことはパラディンの誉れではあるが、己が死んだ後も敵が生き残っていて結局皆が傷つくのでは意味が無い。
 「…そうだな。最後まで生き残り、立っていることも、僕の役目であろう」
 たとえ仲間が傷つき倒れても、最後の砦であることがパラディンの任務。
 そう、それも、やはり騎士道に基づいているだろう。
 そうして改めてサナキルが冒険者のメンバーとしての己の立ち位置を確認している間に、ジューローは余計に混乱していた。
 もっとも、混乱と言っても、元々が感情を噛み殺した顔つきのため、他人には見えなかったが。
 ジューローにとって、冒険者をやるのは、街道警備隊からこの国に逃げ込んできた結果であり、熱を入れることでもない。かといって、冒険者を止めて外に出れば、捕縛されて死刑にされる可能性もあるため、仕方なくここにいるだけだ。言うなれば、ここでいる限りは自由に動けても、外には出られない、巨大な牢獄にいるようなものである。
 そんな考えで冒険者をやっているので、<仲間>というものに対する連帯感は無い。そもそも、<仲間>など持ったことが無いので、どういうものかすら分からない。
 前にいたギルドでは、ジューローは『攻撃力は高いがすぐ死ぬ厄介者』という扱いであり、頼りにされることは無かった。いつ壊れるか分からない不安定な攻撃用アイテムのようなものである。
 だから、死なないようにしろ、だの、守ってやる、だの、一番の攻撃力として頼りにしている、などと言われると…正直、困る。
 落ち着かないのは、照れているのではない。断じて違う。
 喩えて言うなれば…そう、余計な期待をかけられる不愉快さだ。
 <仲間>を守るためにここにいるのではない。俺は俺のためにこうしているだけだ。
 ジューローは唇を固く噤んで、まっすぐ前を向いて歩いていった。
 胸が焼け付くほど不愉快だが、このギルドから離れるほどでも無いだろう。ギルドを抜ければ、また別のギルドに所属しなければならない。それもまた面倒だ。
 少なくとも、このメディックは一つ正しいことを言った。
 強くなるのは、悪くない。
 いつかギルドを抜け、冒険者を止め、この国から出ていく時に、一人で警備隊を斬り捨てて逃げ延びるためにも、強くなるのは、悪くない。
 己を鍛える、という目的があるのならば、このギルドでもいいだろう。人を殺した者が頭である、このギルドなら。
 もっとも。
 己の左側に立っている、この金髪碧眼の青年は、どうにも気に食わないが。
 自分を正義だと信じ込み、正しいことだけを行っているなどと思っているこの男。
 いつか、お前が守ろうとしている男は、外では犯罪者なのだと言ってやりたいものだ。
 お前は人殺しを命がけで守ってきたのだ、と言ったら、どんな顔をするだろう。
 怒るのだろうか。狼狽えるのだろうか。それとも訳の分からない慈愛の抱擁でも寄越すだろうか。
 お前は正しくなんぞ無い、と知らしめてやったら、さぞかし楽しかろう。
 ジューローは<その時>のことを想像して、喉を鳴らした。
 それまでは、大人しくしてやっていてもいい。<仲間>としての<信頼>とやらを育てていた方が、裏切られたと知った時の憤怒と絶望も大きかろう。
 それを果たす時の悦楽を思えば、今の状況も耐えられるというものだ。


 結局、その道は行き止まりで、何やらリスが駆け登ってきて荷物に入り込み、また出ていっただけだった。
 「何か木の実でも持ってりゃ良かったか」
 「…あれは、魔物ではなく、ただのリスであったのか?」
 「さぁな。ただのリスじゃないかもしれねぇが、少なくとも攻撃はされなかったしよ」
 基本、小動物は可愛がるものだと思っているショークスは、リスで遊べなかったことを残念がっているらしい。もっとも、食えない小動物に限るが。
 戻ってきて、小部屋の中で宝箱を発見する。
 喜んで一番に駆け寄り蓋を開けるサナキルに、ジューローが「…ガキか」と呟いたが、気にせず中身を取り出した。
 「えーと…これは何だ?糸巻きか?」
 「お、アリアドネの糸だ。迷宮脱出アイテムで重要なんだが、100enするんでまだ買ってないんだ」
 「ほぅ、これが…」
 サナキルは、糸がぐるぐると巻かれた棒をまじまじと眺めた。どう見ても、ただの糸巻きだ。
 いろいろ弄っていると、ルークがひょいと取り上げた。
 「はい、あんまりいじくってて留め金外れたら帰っちゃうじゃんか。万が一の時のために置いとこう」
 命は金では買えないのだが、金もまた命では買えないのだ。もっと稼ぐまで、地道に歩いて帰って節約するしかない。
 と、そう決めたのに。
 「キャリオンクローラー3体!?」
 中央の鹿広場から更にまた鹿のいる部屋を抜けた先の通路で、一匹でも手こずる芋虫が3体まとめて出てきた。
 「よし、この僕が相手…」
 「…斬撃」
 「舞曲は奏でるけど…やばい?」
 顔をひきつらせながらも奏でた猛き戦いの舞曲で少々攻撃力は上乗せされたものの。
 「…守るのでは無かったのか?」
 ジューローが溜息がてら言った言葉は、サナキルにはもう届かなかった。さすがのパラディンも今の防御力では、キャリオンクローラーの攻撃を2回もは耐えられない。
 まだぴんぴんしている2匹と、後一撃で落ちるだろうがまだ生き残っている芋虫に、ルークは一声叫んだ。
 「撤退!」


 サナキルが目覚めたのは、薬泉院の処置台の上だった。
 何度か瞬いて、最後に見た光景と、現在の居場所についてを摺り合わせる。
 巨大な芋虫が回り中に牙の生えた口を大きく開けて迫ってきて、肩に衝撃が走ったかと思うと、今度は腹部が熱くなり…。
 「…そうか、僕は、死んだのか」
 「初めてですか?ご感想は?」
 しみじみ感じ入っているというのに、隣から聞こえてきた声は笑いを含んでいて、内容も随分と暢気だった。メディックのくせにそれでいいのか、と顔を回すと、同じく処置台に乗ったアクシオンがルークに抱き起こされているところだった。
 「久々ですねぇ…死ぬのも、ネクタルじゃなく蘇生して貰うのも」
 「速攻で糸使っちゃったよ」
 はは、と苦笑して、ルークはアクシオンの脇の下に腕を入れ、ひょいと台から降ろした。
 「あ〜、ネルスが心配してっだろうなぁ…つぅか、してるわ。この距離でも、がんがんうるせぇ」
 「悪いな」
 「いや、迷宮に来たからにゃ覚悟してるけどよ」
 ショークスもぶつぶつ言いながら台から降りる。耳ごと頭を押さえているところを見るに、ネルスからの思念が大音量で聞こえているらしい。
 ショークスは左手の薬指をがりりと噛んだ。
 「うるせぇよ、生きてるよ、こん畜生」
 ぶつぶつ一人で言っている姿は、サナキルにはかなり奇異に映った。事情を知っているルークとアクシオンはともかく。いや、こちらの二人にしても、思念はネルス→ショークスの一方通行だという認識なため、ショークス→ネルスの連絡法が分からなかったが。
 「大変でしたねぇ。やはり樹海の中は危険です」
 最後にジューローを蘇生させた院長が手を拭きながら皆を心配そうに見やった。
 逃走に失敗した挙げ句に、最後に何とかルークだけ逃げられたのだ。そこから4人の死体を担いで糸で戻ってきた、と。糸が宝箱から出ていなかったら、全滅していたかもしれない。
 「どうしたもんかねぇ。レベルアップに励むか、最初から芋虫相手には全力で逃走するか、誰か逃走準備に振るか」
 AGIの高いショークスか、LUKの高いルークか。それとも、実力を付けることに力を注ぐか。
 「ま、何にしても、今日は帰って休むぞ」
 4人分のキュアを調合したアクシオンが、死体組の回復をしていく。
 「むぅ…出来れば、僕が最後に残りたかったのだが」
 「仕方ありませんよ、前衛の方が攻撃を受ける確率は高いんですから」
 一番に死ぬとは、何たる失態。
 やはり自分はまず防御を高めなければなるまい、とサナキルは改めて決意した。分厚い鎧を着込み、大きな盾で敵の攻撃を受ける。効率的な攻撃とは真逆の方向に伸ばすことになるがやむを得ない。攻撃は攻撃役に任せ、防御に特化するのが盾の役目だ。
 サナキルは身軽に処置台から降り立って…眉を顰めた。
 脇腹を押さえたのに気づいたのか、院長が素早く振り返る。
 「どうされました?まだ痛みますか?」
 「キュア、足りませんでしたか?」
 怪訝そうに言うアクシオンに、サナキルは辛うじて笑みを浮かべて見せた。
 「…いや、気のせいだ」
 鎧のない柔らかな腹部から皮膚を食い破られ、はらわたを引きずり出された感覚が、まだ残っている。熱く焼け付くような、空虚に寒いような、イヤな感覚。
 サナキルは傍らに置かれていた自分の鎧を着けようとして、手をぎゅっと握った。
 初めて傷を負った時と同じく、手が震えている。
 あり得ない。
 このサナキル・ユクス・グリフォールが、ローザリアの聖騎士たるこの自分が、死を怖れるなど、あってはならない。
 仲間の盾となり、傷を受けるのが役目だと言うのに。
 唇を白くさせているサナキルを、鎧を着る必要のないジューローが、さっさと身支度を終えて冷ややかな目で見つめていた。
 新たに増えた傷はどれか分からない。そんな上半身を露にしたブシドーは、嘲笑を隠しもせず呟いた。
 「…怖じ気づいたか」
 ぎり、と奥歯を噛み締め、サナキルは一瞬強く瞼を閉じた。
 暗赤色の視界のまま、死に慣れした男に、ゆっくり告げる。
 「僕は、死ぬのは、初めてだからな」
 「ふん…死ぬのが怖ければ、女中のスカートの中にでも隠れていればよかろうよ」
 女中、というのがファニーを指しているとは気づいた。あの場にいなかったジューローは、ファニーが護衛だとは知らないはずだが、サナキルを守ろうとしている女だということくらいは分かっているらしい。
 「馬鹿を言え」
 サナキルは、ゆっくりと目を開けた。
 脇腹を撫でながら、重大なことを宣誓するかの如き口調で告げる。
 「死ぬ、という感覚は、不快なものだ」
 それがどうした、と言うように、ジューローの眉が上がったが、口を開く前にサナキルは続けた。
 「それは、僕であろうと、たとえお前であろうと、変わりは無かろう。この感覚に、慣れるべきでは無い。これは受け容れ難い…いや、受け容れてはならないものだ」
 サナキルは、震えの止まった自分の掌を見つめ、よし、と頷いた。
 「誰もが、受け容れるべきでは無いものならば、僕だけが死んではならないのではない。他の誰もが死ぬべきでは無い、ということになる」
 碧眼をまっすぐジューローに向けて、サナキルは言った。
 「だから、僕は、お前を守る。人は、死ぬべきではない」
 漆黒の目を細めて、ジューローは如何に相手を罵ってやろうか、と言うように唇を歪めたが、結局は鼻で笑った。
 「何だ、俺に惚れたのか?」
 サナキルは溜息を吐いて手のひらで己の額を覆い、まるで舞台に立っているが如く優雅にその手をひらめかせて掌を天井に向け、肩をすくめた。
 「無論、他の者も守らねばなるまい。ただ、お前が死ぬ回数が多い、と聞いているのでな。もっとも盾が必要なのはお前であろうと思っただけのことだ」
 死ぬのは、怖い。それは確かだ。
 だが、死ぬのが怖いと思えなくなることは、もっと恐るべきことではないかと思うのだ。
 だから、この死に慣れしているブシドーを守るのが、己の責務だと思う。他人を守るためならば、ちゃんと立っていられる。他人が死ぬのを防ぐためならば、たとえ己が死にそうな時にでも、誇りを持って行動できる。
 よし、ともう一度サナキルは自分自身に頷いた。
 サナキルが聖騎士なのは、たまたまグリフォール家に生まれたからかもしれないが、聖騎士であり続けるのは、己の意志で選び取ったことなのだ。



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