2階へ
結局、採取場所を見つけただけで、後はあの眠った大物の奥の扉しかない、ということになった。
幸い、アクシオンのTPは十分あるので、そのまま行ってみることにする。
今は見逃すことに決めたサナキルは、魔物を見ても無駄に殺気を放つこともなく、普通に横をすり抜けていく。
むしろ、サナキルの鎧ががしゃがしゃ鳴る音に冷や汗を掻いているのはルークの方だった。おいおい、そんなに近づいて刺激しないでくれよ、と思うが、本人は涼しい顔で寝ている魔物を間近でまじまじ見ている。大物なのか、恐いもの知らずなのか。
同じく魔物の背後から眺めていたショークスが首を伸ばして何かを探しているようなので何だろうと思っていると、とんとんと自分の足を叩いた。
「血の臭いがするからよぉ、どっか怪我してんだろうな、とは思ってたんだが…太股あたりをざっくりやってんな。それでここまで逃げ込んだか、体力回復に努めてるってとこだな」
ちらっと、相手が怪我をしてるなら今のうち、という考えが過ぎらないでも無かったが、おそらく移動力は減っていても、あの牙と爪の威力には変わりないので、やっぱり全滅コースのような気がする。
「そーっと抜けるか…でもその前に、周囲だけでも確認するぞ」
鼾をかいている巨大爬虫類を観察しているサナキルとジューローはおいといて、ルークとショークス、アクシオンで部屋の周囲の木立を確認していく。すると、入り口近くに抜けられそうなショートカットが見つかったので、広げておく。これで、もしもこいつが起き上がっても、さっさと入り口まで抜けられるってものだ。
大物の尻方向の扉をくぐり、進んでいく。
採取場所を見つけたが、そこはそれで行き止まりだったので、別の道へと進んでいく。
地図上で隙間のある部分を目指していくと、そこはやはり行き止まりだったが、金色の箱がふよふよと浮いていた。
「む、あれは宝箱だな」
嬉々とした足取りでサナキルがそちらに向かう。昨日も見たが、不思議な箱だ。浮いているのに触ると、ゆっくり回転していたそれが止まるが、手を離すとまたゆるゆると回り始める。
少し沈めてみたり止めてみたり、と面白がって箱を弄っていると、ルークやアクシオンは苦笑しながらも微笑ましいものを見ているかの如き目で見ていたが、ジューローがまたあからさまに馬鹿にしたように鼻で笑った。
おそらく意図的に挑発しているのだろうとサナキルは判断した。いや、むしろこちらの気を惹こうとしているのかも知れない、それなら可愛いものだ、とサナキルはジューローを見向きもせず、思う存分その金色の箱を堪能した。
そして、おもむろに箱の扉に手をかける。
かちり、と音を立てて蓋が開いた。
中に棒のようなものが入っていたので取り出してみたが、それがどう見ても箱よりも長い代物だったので、一体どうやって入っていたのか、と何度か瞬きをする。もう一度箱に入れてみようとしても入らなかったし。
諦めて、手の中のものを見る。
「…これは、剣か?湾曲しているようだが…」
それに随分と細い。こんな剣ではすぐに折れてしまう。かといって、刺突用にしては曲がっているし。
首を傾げていると、ジューローの低い声が聞こえた。
「…脇差し。刀の…こちらの言葉で何と言ったか…予備の武器…とでも言うか」
「ふむ、これはブシドーの武器か」
異国の剣を見たのは初めてだが、ブシドーが特殊な剣を扱うことは知っている。サナキルはもう一度その湾曲した剣をまじまじと見てから、ジューローにそれを差し出した。
ジューローの眉がぴくりと動き、ほんの瞬き一つ分くらいの間を空けてから、ジューローはそれを受け取った。
しばらくその重みを感じていたようだが、ゆっくりと右手で鞘から抜き取った。
「…刃こぼれは、なさそうだ」
何故新品の脇差しがこんなところに入っているのか、というのはおいとくとして。
ジューローは、ひゅ、と軽い音を立てて空を斬り、それを鞘に収めた。
ルークが軽く拍手する。
「おー、やっぱブシドーには刀だよなー」
「ま、まあ、東国においては、そのような剣術が主流なのだろうな」
サナキルも、不本意ながらその流れるような動作に見惚れてから、そっぽを向いて頷いた。
ジューローが唇を歪め、左手に下げた脇差しを無言でルークに差し出す。
「…は?何?俺にやれって?」
いくらバードが剣も使えるって言っても、それは護身術の域を出ないものなので、ブシドーの刀などどちらが上かすら分からないのだ。リーダーの権威ってやつを試されてるのか?とルークが不審そうに見ていると、ジューローも少し怪訝そうになった。
「…迷宮内で得たものは、すべてギルド共有財産になるのでは無いのか?」
「あ、そういう意味ね」
そういえばジューローは(死にまくっていたとはいえ)既に他のギルドで冒険者をやっていた経験があるのだった。どこのギルドもその辺は似たり寄ったりの管理らしい。
ルークは脇差しを受け取り、すぐにジューローに突き出した。
「はい、受け取りました、で、ギルド全体の攻撃力アップを考えて、ギルド内唯一のブシドーのものになる、と」
ジューローが、何度か瞬いた。
「…金に、替えるのでは無いのか?」
「これ、売ってた?」
アクシオンに聞くと、東国の武器は分からない、と言っておきながら即答された。
「いいえ、もっと小さなダガーに似た程度のものしかありませんでした」
「んじゃ、これは金では買えない価値があるっと。仮に売ってたとしても、売りとばして、また買うよりお得じゃん」
ルークとしては当然のことを言っているつもりだったのだが、ジューローはまだ少し眉間に皺が寄っていた。
無言で腰のダガーを背嚢にしまい、脇差しを替わりに下げる。位置を調整して、それから顔を上げた。
「…そうか。俺のもの、でいいのか」
まるでお茶だと言われて出されたものがスープだった、というような表情だ。
「いや、何か変か?これで店で刀買わなくて済んだ、ラッキー!…じゃないの?」
なぁ?とアクシオンに同意を求めると、小首を傾げていたアクシオンが、んー、と呟いた。
「ひょっとして…今まで、分け前ってものに縁が無かったんじゃないですか?ほら、探索から帰る時には、いつも死んでた、とか」
おっとりとした調子で言うには少々殺伐とした内容だが、ジューローが否定はしなかったので、どうやらそんなところらしいと見当ついた。
低レベルで一人死人が出ると、そこで探索を切り上げて帰らなければならないし、死体は荷物になるし、帰って蘇生代はいるし…お前に分け前なんぞやらん!となっても不思議ではない。しかし、攻撃力を増やすことは、パーティー全体の生存確率にも繋がるんだがな、とルークは首を傾げた。
「厳密に言えば、これは『平等』では無いな」
最初に同じギルドに属する冒険者は、みな平等に扱う、とリーダーに言われているのだが、とサナキルは面白そうに言った。
「だが、パラディンしか扱えぬ盾が手に入れば、それは僕のものになるのだろう?」
「ん、そういうこと」
「では、長期的な観点では、それは平等な扱いになるのだろうな。不平等を平均すれば、それはいずれほぼ同一となる。面白い」
目先のことだけ考えれば、ジューローのみに良い武器を与えるのは不公平となり、公平にするために他のメンバーにも同程度の武器の支給を行うか、金銭で補填することが『平等な扱い』になるだろう。だが、探索は1階で終了するものではない。これから先、まだまだ続くのだ。宝箱に何が眠っているのか、あるいはそもそも宝箱が存在するのかすら分からないが、いずれは誰かが突出して厚遇されているという事態にはならないに違いない。
サナキルは腕を組んで、半裸のブシドーを眺めた。
まだどこか落ち着かない様子で何度も腰の脇差しに触れている様子が可愛らしいと思う。まるで初めてプレゼントを貰った子供のようだ。
「メディック、まだTPはあるのだな?」
「まあ…ありますけど、さすがに半減してます」
それでも半減で済んでいるのが凄い。バースならそろそろ切れている頃だ。
内心舌を巻きつつ、サナキルは宣言した。
「では、続けて探索するぞ。2階への階段はあと僅かに違いない」
「ま、ねー」
地図を確認しつつ、ルークも同意した。まあ、ルークとしては、そろそろ帰る時間かな、とは思っているのだが、確かに後少しで地図が埋まる、という誘惑は、マッパーには強烈だった。
「では、行くぞ。…お前も、試し切りをしたいだろう」
「…ふん」
そっぽを向くブシドーが素直では無いので、サナキルは少し笑った。何かと突っかかる無礼な男だが、それなりに可愛いところもある。
サナキルはわくわくと心を躍らせながら、残りの道を歩いていった。
もっとも、階段を上がってすぐに、ルークに引き戻されたが。
「はいはい、毒蝶、毒蝶。もうちょっとレベルアップするまでお預けな。せめて2ターン保つくらいには」
2階上がってすぐのまっすぐな通路の奥に、紫色の蝶が乱舞しているのが見えたらしい。
どうせならこの勢いで2階も進めば良いのに、とは思ったが、1階に戻ってきてから、ハリネズミやモグラ相手に攻撃するジューローの姿が、やたらと生き生きしていたので、まあ今日こそ生きて帰らせることを目標にするのも悪くは無いな、とあっさり思い直したのだった。
無事1階の地図を完成させ、2階への階段を見つけた、ということで、本日のお勤め終了、と帰ってきたら、ちょうど夕食の時刻だった。
服を買いに行っていたピエレッタも帰ってきていて、全員が揃っている。総勢13名の夕食をテーブルに並べた宿のおばちゃんが、ルークの肩をばしんと叩いた。
「なかなかやるじゃない。どんなのんびりしたギルドかと思ったらさ、たった2日で2階まで行けるとはねぇ」
「いや、2階への階段見つけただけだからさ、2階で通用するかどうかは別って言うか」
「そうだねぇ、あたしにゃよく分かんないけど、結構みんな2階で苦労してるみたいだからねぇ…死なないように頑張りなよ」
「はは、どうも」
宿のおばちゃんの覚えもめでたく、ギルド<デイドリーム>は下宿の一棟を借りることになった。もちろん、その分稼がないといけないが、屋根裏があったり、個室に分かれた部屋があったりで、なかなか便利になった。…もちろん、ルークとアクシオン、ネルスとショークスにとって、という意味だが。正直、どこかの連れ込み宿に別泊しなくちゃならないかと思っていたところなのだ。
そのネルスとショークスだが、一応こっそり聞いてみた。
「あのさ、こっちはアクシオンと一緒にしといてさ、そっちは別パーティーにしちゃったの、まずかった?やっぱ一緒がいいよな?」
そうすると、ネルスとショークスは顔を見合わせて、同時に首を振った。
「いや、別に構わねぇよ」
「我らに空間的距離は、あまり意味をなさないのでな」
何かもの凄くのろけられたような気がしつつも、ルークは更に言った。
「でもさ、パーティーが交互に探索に行くと、すれ違うって言うかさー…つまり、やる暇無いって言うか」
「そりゃHはそれなりにするけどよぉ、毎日ってわけじゃねぇし、適当に合間見計らってやるし」
「…むしろ、その方が燃えるやもしれぬし…」
「それは勘弁しろ」
ショークスに軽く流されつつ、ネルスはふと真面目な顔でルークを見つめた。
「我らのことは気にするな。ギルドにとって都合が良いようにすれば良い」
「そ。こっちはこっちで適当にやるからよぉ」
「…あ、そお?」
口々に言っている様子は、全くもって同じ思考を共有しているようにも見えたが、探索という危険な状況で別行動でもいいっていうのは何だかなぁ、とルークは首をひねった。
まあ、ルーク自身が、アクシオンと離れて行動しても良いとは思っているが。それは、愛が薄れたのではなく、単にアクシオンなら大丈夫、むしろアクシオン以外の誰に任せられるってなもんだ、という信頼があるからだ。きっと、この二人も同じなんだろう、とは思いつつも、念のために確認しておく。
「…倦怠期、とかじゃ無いよな?」
また二人顔を見合わせて、同じように笑う。
二人の間で、言語化はされていないが無数の会話が成されたらしく、ショークスの表情がころころと変わった挙げ句に。
「…そうだな、いつもと違うやり方、というものを教えて貰うのもやぶさかではないが」
ネルスが喉で笑いながらルークに向かって言ったので、ショークスが景気良くすぱーんとネルスの頭をはたいた。
「マニアックなやり方はいらねぇよ。普通でいいんだ、普通で」
「…いや、マニアじゃないのよ?俺も…」
ぶつぶつとルークは呟きつつも、どうやらこの二人は相変わらずのラブラブだと再認識した。
まあ、あんまりどちらも死なせないようにするしかないか、ということで、己の良心の呵責と摺り合わせることにしておく。
ちなみに、夕食後に採取レンジャーに付き合ったアクシオンによると、むしろ心配すべきは兄妹の仲の方だろう、ということだった。
レンジャー二人に、ショークス、アクシオン、それからフロウというメンバーで行ったのだが、クゥとショークスの間がそりゃもうささくれ立っていたのだそうだ。
「これは、推測ですが…」
寒いのに汗ばんだ額から髪を掻き上げつつ、アクシオンはルークの胸で囁いた。
「どうも、思春期特有の潔癖性が今頃発動したみたいですね。大好きな兄ちゃんが女に取られるのはイヤ、ということでネルスとくっついたのは喜んでましたが、実際男同士で性交をしているのには拒否感が出たんでしょうね。…クラウドに子供が出来たのにも、ショックがあったのかもしれませんが」
「…それ、俺らも嫌われてる?」
「どうでしょう。俺たちは、クゥちゃんにとって他人ですから」
温かな体を抱き込みながら、ルークは少し考え込んだ。
自分たちの立場を考えれば、むしろネルスとショークスの方を応援したくなるのは山々だが、クゥだって可愛いギルドメンバーだ。出来れば、仲直りしてくれればいいと思う。
「…つーか、ひょっとして、ネルスはそれが分かってて、別パーティーでもいいって言ってんのかな〜」
意外と神経の細やかな男だから…というか、ショークスの家族だというだけで盲目的に愛情を注いでるというか。
長らく側にいたネルスが、少しショークスと離れて、クゥを刺激しない方が良いと思っているなら、それに合わせておこう。そのうち、クゥも軟化する日が来るだろう。
「しっかし、今回は、何となくギルド内がギスギスしてるよなぁ…」
サナキルとジューローといい、サナキルとファニーといい、ネルス&ショークスとクゥといい。
今頃、縛りパーティーはどうしてるだろうか。ネルス:無口、エルム:無口、ファニー:サナキルと別行動で不機嫌…ピエレッタとバースが、うまく取り持ってくれればいいのだが。