パーティー組み替え




 「何をやっているのだ!」
 サナキルは思い切り不機嫌に叫んだが、少女の顔をしたメディックの表情は変わらなかった。
 予想よりも随分と早い帰還に、話を聞いてみれば、早速ジューローとフロウが死んだので薬泉院に帰ってきたついでに、昼食を取りに来たのだ、という。
 「お前もエトリアでの冒険の経験がある、ということでは無かったのか!?」
 「えぇ、そうですね。出来れば、俺かネルスに攻撃が来て欲しかったのですが」
 さらりさらりと平然とした顔で流すアクシオンを睨み付ける。
 彼らは探索に出て、言葉通り左半分に向かったが、地図を埋めるどころか1/4ほどで二人も死んで戻ってきたのだ。サナキルにしてみれば、そんな醜態をさらして、よくも平気な顔でいる、と言いたいところだ。
 「お前は、回復よりも攻撃を重視しているのか!?死んでは、何にもならないだろうに!」
 「一撃死だったもので…回復どころではありませんでした」
 いくらサナキルがぎゃんぎゃんと喚き立てようと、アクシオンの表情は変わらない。自分の描いた地図をルークのものに描き足して、ふぅ、と溜息を吐いた。
 「レベル1にキャリオンクローラーは拙かったですね。倒せはしましたが…一撃で死なないとしても、俺が回復で手一杯になります。おまけに、向こうの攻撃の方が早いし」
 「あ〜、こっちに出るんだったのか〜」
 ルークも溜息を吐きながら地図をなぞった。でっかい芋虫が1階では最大の敵になる、とは聞いていたが、自分たちは出逢わなかったので、出現確率が低いのだろうと踏んでいたのだが、単に生息地域が違っていただけだったらしい。
 正直、誰が遭遇しても危険な相手だ、というのがルークの判断だ。
 だが、サナキルはそうは思わなかったらしい。自分たちが死人の一人も出さずに地図の右半分を埋めたのに、さっさと死んでくるとは何事か!ってなもんだ。
 「経験者だと言うから、お前に任せていたと言うのに…」
 「すみませんねぇ、頼りにならなくて」
 のらりくらりとアクシオンはかわしている。随分と大人になったものだ。
 その辺で買ってきたらしい魚のフライを食べながら、ショークスが口を挟んだ。
 「ま、しょうがねぇよ。誰も攻撃スキル持ってねぇんだもん」
 そう、ひたすら通常攻撃なので余計に死人が出た、というのもある。いや、フロウは氷の術式を使おうとはした。ただ、発動前に一撃で殺されただけだ。
 「あまり出現率は高くなさそうですし、そのうち地力が付いて、倒せるようになりますよ」
 地道に入り口あたりでレベルアップをしよう、という方向には向かわないらしいアクシオンに、サナキルは唇を噛んだ。死んでいればそのうち強くなる、などという方針が、パラディンに認められようはずもない。
 死んだはずのジューローは、アクシオンとサナキルの会話をどこ吹く風と言った顔で無視している。本人も、死に慣れしていて、あまり重大な出来事とは思っていないらしい。
 だが、サナキルは違う。
 初めて<仲間>が死んだのだ。
 たとえそれが昨日出会ったばかりの<仲間>であっても、仮にもこのサナキル・ユクス・グリフォールの<仲間>として登録されている人間が、あっさり死ぬなどという事態を看過していて良いのか、いや良くない。
 「…よし、分かった」
 サナキルは押し殺した声で呟いた。
 がたんっと席を立ち、大仰に手を己の胸に当て、堂々と宣言する。
 「この、僕が!守って見せようではないか!」
 素晴らしい宣言に感動を覚えた人間はいなかった。
 エトリア経験者は、冒険者なんて死んでなんぼ、くらいの感覚が染みついていたし(仲間を大事にするルークでさえ、かなり染まっている)、従者は不在だったし、ファニーは目を剥いて両腕でペケを出したし。
 「だ、駄目ですよぉ、若様!前衛には、もうエルムとバースがいて、ブシドーさんを入れる余地はありませんよぉ!…若様がお下がりになるのなら、ともかく」
 ぼそりと追加した部分に眉を顰めて、サナキルはファニーに向き直った。
 「何を言う!この僕が前面に立って、皆を守らずしてどうする!」
 サナキルとしては、特にジューローを守る、と言った覚えは無いが、ファニーの反応から、最も守るべきは薄いブシドーと気づいて、余計に熱意を燃やした。
 「このサナキル・ユクス・グリフォールの名に賭けて!そこなブシドーを守って見せようではないか!メディックなどに任せておけぬ!」
 アクシオンが悪し様に罵られるのを、さすがに眉を顰めて聞いていたルークだが、その言葉を聞いてファニーの顔を確認した。どう見ても、歓迎していない。それは分かっていたが、良い機会だろう、とテーブルの上に紙をちぎって並べた。
 「はい、注目。ちょっと席を外してる奴もいるけど、ご相談だ」
 ルークは手早くその小さく切った紙に、各自の名前を書き入れた。
 「実はね、もうちょっとパーティーは組み替えたいとは思ってたんだ。ただ、何てーか…そっちが、もうちょっとこっちを信用してくれるようになってからかなー、とは思ってたんだけど」
 苦笑しながらルークはファニーとサナキルを交互に見たが、サナキルはきょとんとした顔でよく分かっていないようだった。どうやら自分がファニーやバースにお守りされていて、二人がそう易々と他人にサナキルを渡しはしない、ということを理解していないらしい。
 「して、どのように、組むつもりだったのだ?」
 興味津々、と言った様子で身を乗り出すサナキルに、ちょっと苦い顔をしているファニーの姿は見ないようにして、ルークは指先で紙を2枚、別のところに動かした。
 さすがに気になるのか、ジューローも横目で窺ってきている。
 「まず、回復役は、それぞれに」
 アクシオンの名がある紙を右に、バースを左に置く。
 「で、味方を強化したり、敵の強化を解いたりするのは、バードとドクトルマグス。つまり、俺はこっちの方」
 自分の紙をアクシオンの下に付ける。
 「さて、それとは別に、縛りが得意なメンバーがいる。どうせならエクスタシー狙いの方が良い。防御の代わりに、敵の攻撃力を減らすっていうか」
 そう言って、二つの真ん中にエルム・ピエレッタを置き、ちょっと離れたところにファニーを置く。
 「まあ、ブシドーの小手討ちやソードマンのヘッドバッシュもあるんだけど、まあとりあえず。で、出来れば属性攻撃が出来るメンバーが各自にいた方がいい。もっとも、これはバードの歌でもカバーできる」
 ファニーと別の場所に、フロウを。
 「で、死に易いブシドーにリザレクションは不可欠っと」
 ジューローの紙を自分の下に付けると、サナキルが眉を上げて自分の紙を無言でその下に置いた。
 「となると。人数的に、エルムとピエレッタはバースの方に回る」
 この時点で、アクシオン・ルーク・ジューロー・サナキル、そして、バース・エルム・ピエレッタの組が出来、残りはファニー・フロウ・ネルス・ショークスだ。
 「で、こっちは前衛がサナキル・ジューロー・アクシオン、となると、必然的にネルスはこっちの前衛に回るわな。後は後衛3人なんだけど、出来ればファニーにはレッグスナイプあたりでこっちに行って欲しいと思ってたわけ。ただ、そうすると」
 ルークは苦笑して、アクシオングループの下にショークスとフロウをうろうろさせてから、サナキルの紙を指で押さえた。
 「坊ちゃんが、一人離れるんだな。だもんだから、もうちょっと信用して貰えないと、この案は言い出せないかなーって思ってたとこ」
 ファニーやバースどころかエルムまで引き離してサナキル単独でこっちチーム、なんて、まず無理だろう。本人はともかく、お供の人間が、そんなのを許すはずがない。せめて何日も経って、お互いの気心が知れてからなら、託して貰えなくもないかなー、くらいには思っていたが。
 だが、お供の心なんぞ知りもしないし、知ろうともしないサナキルはあっさりと言った。
 「よし、では、このメンバーで行ってみれば良い。早速、今からでも…」
 「若様〜!」
 「うるさいぞ、ファニー。そもそも、お前は僕の家出に付いてきただけの者ではないか。本来、お前は人数に入っていない」
 「そうは仰られましても〜!若様?若様はグリフォール家の大事なご子息であられて、もしもこんなところでお怪我などされましたら、ご両親は如何にかお嘆きになることか、お分かりになっておられます?」
 サナキルは、鬱陶しそうに手を振ったが、ファニーは身を乗り出してサナキルを真正面から見つめた。
 「若様〜。お願いですから、危ないことは…」
 「うるさいぞ、ファニー!」
 サナキルの声が金切り声に近くなる。ジューローは肩を竦めて、席を立った。
 「…決まったら、呼べ」
 どうやら、これ以上聞きたくないらしい。如何にもうんざりした様子で部屋から出ていく。それを横目で見送ってから、サナキルはファニーを睨み付けた。
 「いいか、ファニー!お前は、僕の何だ!」
 「…メイドですぅ…」
 「僕の命令を聞くのか、それとも一人で帰るのか!今、選べ!ここで!はっきりと!」
 どう見ても、お坊っちゃまのヒステリーだが、サナキルはサナキルなりに勝算があってのことだ。これだけ他の面々がいる時に、ファニーがごねることは無いだろう、と。
 ファニーは元々八の字の眉を更に下げて、はうーと情けなく呟いた。
 「…若様ぁ…それは無いですよぉ…」
 同情を引くように周囲を見つめたが、生憎バースは不在だったし、ルークは基本的に本人の意思を尊重するつもりだったし、残りはグリフォール家がどんな家なのか分かっていなかったりで、助けは出そうに無かった。
 「若様はぁ、昨日出会ったばかりの方々を、そこまで信用なさる、と仰るのですね…いえ、ファニーも、悪い方々だと思っているのではないのですが、それでも、心配ですぅ…」
 「何を言う、危なっかしい面々だからこそ、この僕が守ってやろう、と言っているのだ」
 サナキルが偉そうに腕を組むのとは対照的に、ファニーはますます肩を落とす。
 これ以上、言っても無駄だろう、とはファニーにも分かっていた。
 ファニーはサナキルを守ろうとしているが、サナキルは自分が守られるべき人間だとは思っておらず、むしろ他人の盾になるのが当然だと思っているのだ。そもそもの立ち位置が正反対なので、どちらもが納得できる案が出るはずもない。だから、せめて自分もサナキルと同じ組にいたかったのだが…。
 ファニーの怨ずるような視線を受けて、ルークは苦笑した。
 「ま、なるべく危ないことはしないよ。…ただなぁ、今の時点じゃ、パラディンだろうがバードだろうが、大して防御力に変わりが無くてなぁ…絶対サナキルだけが堅い、とも限んないのが、問題なんだけど…」
 ルークにもファニーの気持ちが分かるだけに、坊ちゃんを盾にする気はあまり無いのだが、何せ本人がやる気満々だ。
 「まあ、バースさんの意見も伺わないといけませんしね」
 アクシオンもフォローしているつもりらしいので、ルークはうんと頷いて立ち上がった。
 「ま、軽くこのメンバーで行ってみる?また不都合もあるかもしれないし」
 「まだTPは十分残ってますので、行けますよ」
 「よし、では、このメンバーだな。えー、僕、お前たち、ジューロー…で、どちらが行くのだ?」
 ショークスとフロウの紙を指で押さえたサナキルに、少し離れたところから聞いていたフロウが片手を上げた。
 「私、悪いけど、今日は外して貰うわ」
 「なに?どこか痛むのか?」
 蘇生されたばかりの女性に気遣わしげに言ったサナキルに、フロウはにっこり微笑んだ。
 「いいえ、そんなにヤワじゃ無いのよ。…ただ、私も迷宮を軽く見ていたみたいね。炉を手に入れてくるわ」
 へ?と振り返ったルークに、アクシオンがさらりと言う。
 「えぇ、フロウはあの姿のままで探索に行きまして。炉も無しで氷の術を使おうとしてました」
 「…そんなこと、可能なのか?」
 「さぁ…本人に聞いて下さい」
 フロウは錬金術師御用達の炉付きガントレットがあるべき部分を手で撫でながら呟いた。
 「体質だけじゃあ無理だったわね…距離があるとさすがに凍り付かせられなかったわ」
 フロウは、ぱしりと自分の拳を打ち鳴らし…それが優雅な仕草をしていた己には似つかわしくない行動だと自覚したのか、その白い繊手で濡れたような黒髪を払った。
 「私、雪女をやる前は、錬金術師だったのよ。炉さえ手に入れれば、何とかなると思うわ。…もっとも、炎系を使う気は無いけれど」
 何となく、普通の錬金術師の行動とかけ離れているような気はしたが、おそらく深く突っ込んでもかわされるだろうと踏んで、ルークは口に出さなかった。
 そもそも錬金術師の戦い方を目にしたことのないサナキルは、炉無しで術を放つことの意味が、よく分かっていないらしいし。
 「てことで、ショークス、頼めるか?」
 「あいよ」
 残った魚のフライをネルスに押しつけ…嫌そうに顔を顰められたので、また紙の袋を奪い取ってテーブルの上に置き、ショークスも立ち上がった。
 アクシオンは、続き間の扉を開け、ジューローを呼ぶ。
 「今度は死なないらしいですよ。行きましょうか」
 「…別に、どうでもいいが」
 「何言ってるんです、どうせなら強くなりたいでしょう?」
 相変わらずの半裸姿で、ジューローがのっそりと扉から現れる。
 前衛にサナキル・ジューロー・アクシオン。後衛にショークスとルーク。属性攻撃は出来ないが、1階にはまだ物理で通らない敵はいないのでよしとする。
 「さて、と。んじゃ、左半分を埋めるつもりで行くか」
 「もちろんだ。何なら、2階に上っても良い。行くぞ」
 「…いや、坊ちゃん、そこまでは無理だと思うよ…」
 張り切って盾を手に取り歩き出すサナキルを追いかけ、ルークは顰め面で見送っているファニーの肩をぽんと叩いた。
 何も口には出さなかったが、なるべく危険な目には遭わせないようにするよ、という気持ちは伝わってくれた…のを期待しておく。

 穏やかな午後。
 日差しが最も暖かく降り注ぐ時間帯にも関わらず、迷宮の中は外よりも更に暖かかった。
 まだ夜に潜ったことはないが、凍てつく寒さの中でも、世界樹に踏み込めば、そこは変わらず暖かいらしい。どういう理屈なのか分からないが、「そういうものだ」と考えない方が良いのだろう。
 サナキルは張り切って先頭を進んでいった。
 「おーい、坊ちゃん、そんなに急がなくても」
 「何を言う、この辺りはすでに地図に描いてある場所だろう」
 「…あ、ちゃんと頭に入ってるんだ。坊ちゃん、意外と頭良いなーってーか、ちゃんと地図と現実の道の変換が出来てるんだなー。結構、結構」
 「意外と、は無いだろう、意外と、は」
 軍事訓練においても、地図と地形の突き合わせは重要だ。己で地図を描いたことは無いが、地図を見て自分がどこにいるか、くらいの判断は出来る。
 「このサナキル・ユクス・グリフォール、多くの騎士を率いる聖騎士として、地形判断など初歩の初歩」
 ふん、と隣から鼻で笑う声がした。
 「何がおかしい」
 「その程度、大仰に言うほどのことか。俺でも地図くらい読める。聖騎士さま、なんてもんじゃない俺でもな」
 「これだから素人は…良いか、地図の通りに進むことなど初歩に過ぎん。地図に描かれた地形を読みとり、自軍が展開するのに戦術的に有利な場所を選ぶことにこそ、本来の意味がある」
 ま、本当は、そういう戦術の選択は聖騎士ではなく軍師の役割だが。
 そして、サナキルが戦場に出たことは無いので、あくまで机上の理論に過ぎなかったが、サナキルはそれが現実にも通じると信じていた。さもなくば、『お勉強』など無駄になるのだから、何かの役に立つに違いない。
 いくらサナキルが熱意を持って語っても、隣のブシドーは鼻で笑うばかりだった。ちゃんちゃらおかしい、という態度を隠しもしないので、サナキルもまたムキになって語る。
 そのうち、本人にも何を語っているのかよく分からなくなってきた頃、ようやく敵が出てきたので論争(サナキルの一方的まくしたて)は中断した。
 「モグラの方が攻撃力は高いけど、防御されると鬱陶しいんでカタツムリからやろうか」
 ルークののんびりした声に反応して、まずはレンジャーの石がカタツムリの殻を砕く。
 「坊ちゃん、雑魚相手なんで防御より攻撃してね」
 「分かった」
 ダガーでちくちくと敵を攻撃し、ジューローがざくりとカタツムリを葬り去る。
 そうしてモグラが倒れる頃には、少々怪我はしていたがアクシオンのキュアですぐに全快した。
 「早く坊ちゃんの武器も買わないとな〜」
 「…俺の刀も何とかしてくれ」
 同じくダガーで敵を攻撃していたジューローが、うんざりした調子でダガーを鞘に収めた。小さなダガーを刀と同じ調子で腰に差している様子がちょっと可愛い。
 「つーか、何でダガーのままなんだ」
 「ジューローが『店に行くなど面倒だ。好きにしてくれ』なんて言って入ってこなかったんですよ。東国の武器はよく分からなくて、ついそのままに」
 ころころと笑いながらアクシオンが返事する。どう見ても罪悪感の欠片も無いが、己の武器はちゃっかり新調しているあたりがせこい。
 「俺もスリングじゃなく弓が欲しいぜ」
 「売ってないんですよねぇ」
 「知ってる。これは、ただの愚痴」
 ショークスは溜息を吐いて、皮のスリングをぐるんぐるん指で回した。
 「それによぉ、俺、今度こそ弓伸ばしたかったんだけどよぉ。…ひょっとして、俺のアザステねぇと回復がやばくねぇ?」
 「…まあ、エトリアの時も、俺の回復で頑張ったんですけどねぇ…ちょっと2〜3人死ぬ覚悟なら、何とかなりますが」
 回復が遅いと、2撃以上耐える体力が必要になる。おまけに、無駄撃ちの可能性も高くなる。出来るだけ回復が早い方が良いのだが…生憎、杖を持っていると調合速度が遅いのだ。
 サナキルに、その辺の感覚はよく分からなかったが、バースの回復よりもアクシオンの回復の方が速度が遅い、というのだけは分かった。ドクトルマグスの方が回復に優れているのではないか、とこっそり思う。
 メディックとしては、医療技術は巫術のような大雑把なものではない、厳密に薬の量を調整しなければならないのだから、遅くても当然だ、と主張したいところだ。その分、ドクトルマグスよりも回復の効率が良い。…まあ、このレベルでは、どのみちキュアレベル1でHPが溢れるほど回復するのだが。
 「んー、でも、どうせアザステもまだまだレベルが足りないだろ?」
 「まぁな」
 「んじゃ、とりあえず好きなように取っといてくれ。後で効率考えよう」
 「あいよ」
 かく言うルークも、どれから伸ばすか悩んでいるところだ。守護曲からいってみていたが、どうせ回復が間に合わないならむしろ猛戦歌の方が良いんじゃないか、とか、どうせならSTR、とかいろいろ考える。
 「正解、なんてどこにも無いんだから、試していくしか無いわな」
 「正解が無いのか?しかし、効率の良い方法、というものはあるのだろう?」
 サナキルには理解しがたい感覚だった。目的がきっちりと設定されているならば、それへと辿り着くための手段もまた、ある程度限定されるものではないのか。
 「その効率の良い方法ってのも、千差万別。例えば、回復がメディックじゃなくドクトルマグスだったら、無理にアザステ取らなくても早めに回復出来る」
 「悪かったですねぇ」
 「その代わり、蘇生が出来ないからネクタルをたくさん持って行かなくちゃならないわな。その分、金がかかるし進み辛い」
 今の時点で、ネクタル代500enは非常に重い。
 「ダークハンターとカースメーカーあたりも、組んだ相手によってスキルの効率が変わるわな。ま、そんな感じ」
 サナキルは、まだ完全に理解したとは言えなかったが、それでも頷いた。
 絶対的に正しい、と信じられるものが無い、という感覚は初めてで、どうにも落ち着かないが、冒険者などという根無し草の職業なら、そういうこともあるのだろう、と思う。
 少なくとも、自分が進むべき道は決まっていて、他者を守る、という信念もあるのだから、サナキルはそれに沿ってスキルを伸ばせばいい。
 とりあえず、皆を守って攻撃を受けることが出来るよう、己の防御を磨く段階だ、と分かっている。そのためにも、敵を倒し、経験を積まなければならない。
 「よし、行くぞ!まずは2階への階段を見つけるのだ!」
 「そうだねぇ、千里の道も一歩からってね」
 勢い込んで歩くサナキルを追いながら、ルークは地図を描いていった。
 そうして歩いていっていると。
 何気なしに、右手にある扉を押し開け。
 ぷん、と鼻を突いた獣臭さに、サナキルは眉を顰めた。
 おまけに、何か地響きのような低音の唸りが規則正しく聞こえてくる。
 サナキルの頭越しに部屋の中を見通したジューローが、唇を歪めた。
 「…大物だな」
 どこか楽しそうに言って、さっさと部屋の中に入ったので、サナキルも慌ててその隣に並ぶ。
 「一人で行くな!僕の歩みを待て!」
 「そんな義理など無い」
 「いや、二人とも、ちょっと静かにね」
 部屋の奥には、巨大な魔物が横たわっていた。
 ぐおーぐおーという響きは、その喉から発せられているようだった。
 だが、こちらが喋っていても、その響きは変わりなく、体が動くこともない。
 「…寝てるんだな。ラッキー」
 横たわっている姿は、見たことがない魔物だったが、でかい頭といい短い腕に付いている爪の鋭さといい、どうみても肉食獣なんだろうなぁ、という推測は出来た。
 「…キャリオンクローラーの何倍?」
 「そうですねぇ、寝てるのではっきりしませんが…ざっと5倍」
 「あぁ、そりゃ無理だわ」
 芋虫ですら一撃でこっちを殺したのだ。このでっかいのなら下手すりゃ一撃で前衛、二撃目で後衛をざっくり全滅させそうだ。
 「戦わぬのか?」
 「坊ちゃん、無理言うわー」
 まるで相手が何であれ戦うのが当然、と言った風なサナキルと同様に、ジューローも腰のダガーを撫でて言った。
 「…何だ、戦わんのか?挑み甲斐がありそうだがな」
 「はっきり言って、今、あれに挑むのは勇ましい死に方じゃないですよ。犬死にです」
 心外そうに肩を竦めたサナキルとジューローは、二人が同じ動作をしたのに気づいて、お互いがそっぽを向いた。
 ショークスが目を細めて奥を見る。
 「扉があんだよなぁ。寝てるままなら、行けるかもしれねぇけどよ」
 「起きたら死ねるわな。…後回し」
 リーダー権限でそう宣言し、そっと入ってきた扉から出ていった。
 安全な…まあ、扉を開けてまでは追いかけて来ないだろう、というのはこちらの勝手な希望なので安全とも言い切れないが、ともかく…場所まで出てから、ルークは改めてサナキルとジューローを交互に見た。
 片や正々堂々真っ向から戦うのが当然というパラディン思考、片や「死の美学」だか何だか知らないがやっぱり敵と真っ向から相対するのが正しい行為というブシドー思考。
 どう言ったもんか、とルークは頭を捻った。
 何せ冒険者、というやつは、それほど正々堂々に拘らない…というより拘っていたら死ねる。エトリアでも、もしワイバーンの卵を奪うのに正々堂々討ち果たして…なんてやってたら今頃双葉だ。
 「えーと、とりあえず。敵が明らかに強い場合、逃げるか、最初から戦わないか、そういう選択することもあるってのは分かってるかな?」
 ジューロー、とりあえずどうでも良さそうにそっぽ向き。全く仲間意識だとか協調性だとかは見られないが、同じように探索に対する熱意も見られないので、その分敵に背中を向けるという行為に対する拒否感も薄そうだ。まあ、こっちは説得次第で何とかなるだろう。
 問題はパラディン坊ちゃんの方だが。
 眉を顰めてサナキルは考え込んでいたが、ふと目を閉じた。ぶつぶつと口の中で呟いてから、目を開ける。
 「…あれは、無辜の民に何ら迷惑をかけてはいないな?」
 「まあ、今のところそうみたいだなぁ。こっちがちょっかいかけない限りは、大人しくしてるみたいだし」
 「良かろう。では、今は見逃そう。我々には、空飛ぶ城を見つけるという使命があるのだからな。そのような些細なことに構ってはいられまい。…ただし」
 サナキルは、それが当然というように自然な口調で言い切った。
 「もしも、あれが他の者を傷つける、迷惑をかける存在であると分かれば、僕は聖騎士として見逃せん。この身を盾として戦いに投じよう」
 あぁ、まあ、パラディンならしょうがないかな〜、せめてあれが暴れるのがこっちがレベルアップした後なら良いんだが…つーか酒場の噂を聞かせないようにすりゃいいのか、とルークが曖昧に頷いていると、ジューローが明後日の方向を向きながらぼそりと呟いた。
 「赤の他人が傷つこうと、それに何の関係があると言うのやら。…馬鹿馬鹿しい」
 当然サナキルの耳にそれは入ったので、きりりと眉を上げる。
 「力無き民を助けるのは、力ある者として当然のことだろう」
 「はっ、力無き民がどうした。力が無いことそのものが己の罪だろうよ。…力無き者は死に、力ある者は生き残る。それだけのことだ」
 相手を論破しようと言う熱意もない、気怠い口調で言い捨て、ジューローは足を進めた。
 「聞き捨てならんな」
 相変わらずこっちは相手を論破…と言うよりも教唆する気満々でサナキルが追いすがる。
 アクシオンは軽く肩をすくめて後を追った。
 「…元気な坊ちゃんだねぇ」
 ショークスも呆れたように首を振って歩き始め、ルークも足は前に出した。
 「やっぱ、あの二人組ませるのは、まだ早かったかな〜」
 人にはそれぞれ育ってきた環境で、常識の違いだとか何に重きを置いて判断するかだとかが異なる。せめて、それを認められるだけの度量があればいいのだが、己のみを正しいと思いこんでいるような状態では、協調することなど難しい。
 なら、ただ仕事のために協力しているんだ、という距離の取り方もあるのだが、それもままならないらしい。主にサナキルの方が。
 エトリアの時は、何だかんだ言って、大人がうまく協調してたんだなぁ、としみじみ思う。
 ま、まだ戦いの時に影響が出るほどでも無いからいっか、ということにしておこう。



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