増える仲間




 ルークたちを送り出したアクシオンは、まず部屋の掃除を開始した。ベッドが硬いだの狭いだのはどうしようもないが、せめて清潔な環境にくらいは出来るだろうし。基本的にこの宿は悪くは無かったが、どうしても冒険者たちがいた分、床や壁に傷が多くて傷んで見える。
 階下に置かれていた桶に水を汲み、雑巾で窓枠を拭くところから始める。
 腕まくりをしてせっせと掃除していると、何をするでもなくそれを見つめていたジューローが、ゆらりと立ち上がった。
 「…おい」
 「はい?」
 雑巾を持った腕を掴まれ、振り向いた途端に、床に押し倒された。辛うじて、桶を蹴り倒しそうだった足を引っ込める。
 「…お前は、あの吟遊詩人と夫婦(めおと)なのか」
 「そうですねぇ。ルークはそう思ってます」
 男に押し倒された状態でも、にこにこと笑いながらのんびりと言う台詞を吟味し、ジューローは勘違いしたようだった。
 「ふん…お前は、そうは思っていない…ということか」
 どうやら自分に都合が良いように解釈したらしいジューローを見上げて、アクシオンは目を細めた。
 「まあ、男同士ですからねぇ。性交した以上、男として責任を取って、俺を妻として大事にする、というルークの心は嬉しいですが、ベッドの中での役割はともかく、俺としては対等なつもりでいますから。夫婦、と言われると、どうも妻が夫に従う、というイメージがあって、俺としてはどうも…まあ、恋人、という段階は通り過ぎた気もするので、あえて反対はしていませんが」
 説明すると、ジューローは何とも言えない顔になった。
 「…男同士」
 「えぇ。男同士」
 眉が顰められ、ゆっくりと手首に加わる力が弛まったが、完全に力を抜く直前に、また握り締められる。
 「…なるほど、だから、あの男は、大事な<妻>を、他の男の二人きりにしても平気なのか」
 いや、たぶん違うだろうとは思ったが、ジューローの次の反応を待つ。
 「気を抜く、お前たちが、悪い」
 く、と唇を吊り上げて、ジューローが顔を寄せた。
 「おや、男でもOKな口?」
 「…ふん…お前くらい女のようであれば、構わぬさ…」
 「そうですか…まあ、俺としても、貴方の嗜好なんてどうでもいいんですが…」
 アクシオンは、何人もの男を騙したとっておきの白衣の天使専用笑顔を浮かべて、ゆっくりと告げた。
 「俺を襲うなら、死ぬ気でかかってこい、坊や」
 「やれるものなら、やってみろ」
 両手首を戒めた状態では何も出来ないと踏んだのか、ジューローが口だけで笑ったので、アクシオンは呟いた。
 「ま、いっか。5enだし」

 アクシオンは後悔していた。
 どうせ殺すなら、もっと薬泉院の近くで殺せば良かった。
 気を遣う義理は無いので、足首を縛ったロープを掴んで、地面にずりずりと引きずりながら歩くアクシオンの姿(と顔面を地面に引きずられている死体)を見て、道行く人がぎょっとしたように足を止める。
 「…おーい、重いなら手伝おうか?お嬢ちゃん」
 声をかけてくれる冒険者もいたが、にっこり笑って断る。
 「いいえ、自業自得ですから。お気遣い、ありがとうございます」
 まあ、これも筋肉強化訓練と思えば、と肩に担いだロープを引っ張って、どうにか薬泉院まで辿り着いた。階段があったが、やっぱり70kgの物体を抱き上げる気も無かったので、がんがんと顔をぶつけながらも引きずっていく。
 「こんにちはー。ジューローの蘇生をお願いしますー」
 奥から出てきた院長は、アクシオンの顔と引きずっている死体とを驚いたように見比べたが、どうやら白衣の天使の行動にはやむを得ない事情があったのだろうと良いように解釈したようだった。
 「どうぞ、こちらへ…あ、こちらで運びますから、こちらで休んでいて下さい」
 「よろしくお願いします」
 言われた通りに、部屋の外で待つ。手で自分の顔に風を送りつつ、体が鈍ってるな〜としみじみ思う。
 やがて自分の足で出てきたジューローが、眉を顰めながらこちらを見やったので、財布から5en取り出して院長に払った。
 「どうも、お世話になりました。早く自分で蘇生出来るようになれば良いのですが…」
 「いいえ、どうぞお気をつけて」
 にこやかに挨拶を交わす間、ジューローはぶすっとして待っていた。
 こいこいと手で招いて、一緒に宿への道を歩き出す。
 「死んだ時の記憶はありますか?」
 「…少し」
 「そうですか、少しですか。今度は、もっとゆっくり死なせてあげます。そうじゃないと、お痛を止めないでしょう?」
 さぁ、どんな殺し方にしようかな〜とわくわくとした面もちで語るアクシオンの横顔を見下ろして、ジューローはゆっくりと首を振った。
 「いや…もう結構。…楽しいものでも、無かった」
 「そうですか?それは残念。そもそも、何故俺に?俺は良く一目惚れされますが、貴方はそういう気配はありませんでしたが。単に性欲が溢れて、穴があれば誰でも良かった、という感じですか?」
 露骨な単語に苦笑して、ジューローは足下を見ながら呟いた。
 「…下克上、という言葉を、知っているか」
 「いえ…東国の言葉ですか?」
 「仕えるべき主君を裏切り、己が上に立つことだ。…この辺りの言葉で言えば…ただの衛士が実力で将軍の地位を奪い取る…あるいは、将軍が王位を簒奪する。…そういった類のことだ」
 「なるほど。勉強になりました。東国は、なかなかに平穏な世の中とは言えないようですね」
 「…そうだな」
 ジューローは、しばらく黙って歩いていた。アクシオンも、特に続きを促したりはしなかった。
 やがて、ジューローは、投げやりな口調で言い捨てた。
 「ブシドーならば、己の主君のために命を投げ出したい、という忠誠心と、下克上にて己の力を知らしめたい、という野心を持っている。…俺は、後者が強い。…それだけのことだ」
 「己の力…ね」
 アクシオンの手がふわりと上がる。
 その手に握られたメスが首筋に触れる、ひんやりとした感覚をジューローに伝えていた。
 歩みを止めないまま、顔は笑っているので、道行く人々には、まさかアクシオンが人殺しをしようとしているようには見えないだろう。
 「もしも…リーダーであるルークを殺したい、なんて思っているのなら。今すぐ失せろ」
 「…相手が、ブシドーか、ソードマンであったのなら、考えたがな…吟遊詩人では、下克上にもならんだろう」
 「そういう妙な拘りを持つくらいなら、他人のものには手を出さない、くらいのわきまえはして欲しいですね」
 「主君の妻を寝取るのも、ある種の下克上かと思ったのさ」
 やはりどこか他人事のような投げやりな口調だったが、どうやら真実らしい響きを感じ取って、ふむ、とアクシオンはメスをしまい込んだ。どうやらジューローなりに一貫した行動原理はあるらしい。もっとも、ブシドーでもなく、東国の習慣も知らないアクシオンには、理解出来る、とは言えなかったが。
 暇つぶしに拾った男だが、案外興味深い。
 下克上、というのは、要するに上昇志向、ということか。それも、まっとうなものではなく、裏切り、という要素も含んでいるらしい。
 かつてエトリアで出会った文旦と小桃のことを思い出す。彼らは、己の力を純粋に鍛えることを目指していたが…どうやらジューローは違うらしい。
 ただ己の力が純粋に増すことを喜ぶのではなく、分かり易い方法でその力を誇示したいと望む、ということは、実際には『己の力そのものを信じられない』のだろう。
 何があったかは知らないが、強烈なコンプレックスの存在を推測させる。
 「ま、俺は貴方が何を目指そうと、どうでもいいです。ルークに害をなさない限りは」
 ふとジューローの足が止まったので、アクシオンは振り返って小首を傾げた。
 「どうされましたか?」
 「…俺は、お前を襲ったんだが」
 「そうですねぇ。俺も久々に楽しませて頂きました」
 「良いのか?こんな男を、側に置いて」
 「残念、もう貴方の興味が俺から離れてるのは分かってるんですよ」
 アクシオンはジューローの主君では無い。ルークも、その職業からジューローの興味外のようだ。だったら、何の問題も無い。
 …まあ、ギルド内には、お偉いさんの坊ちゃんもいるのだが…あれを下克上すべき相手と思うか否かは、ジューローにしか分からないし、それはアクシオンが気にすることでもない。
 「ま、少なくとも、10en分くらいは働いて貰わないとね。そのうち、死んだ方がマシだって弱音を吐くくらい、こき使ってあげますよ」
 だからお前はギルドにいろ、と言うアクシオンに、ジューローは無言で頷いた。
 どうやら、己が認めた相手には素直に従うらしい。ブシドーのもう一つの特性の方か。
 もっとも、それが『忠義』の類であるとは、アクシオンも全く思っていないが。とりあえず、値段分だけは仕事をしてくれれば良い。
 そしてついでに、もっと長くギルドにいて、じたばたと足掻く人間くさいところを観察させてくれればもっと良い。生命に執着していないと見せかけておいて、その中心にはきっと、他人よりも濃い執着心が眠っているんじゃないかと思うから。本人も自覚していないそれを、引きずり出してやったらさぞかし面白かろう。


 宿に向かって歩いていっていると、声がかけられた。
 「あの…ひょっとして、アクシオンさん?」
 振り返ったアクシオンの目に映ったのは、赤茶色の飛び跳ねる髪を帽子で押さえ込んだ女レンジャーだった。
 「え…ひょっとして、クゥちゃん?」
 随分と女性らしい体型になっているが、計算すればクゥも20歳になっているはずである。そう聞き返してみれば、ぱっと顔が明るくなった。
 「やっぱりアクシオンさんだー!うっわー、ホントに変わってないー!」
 「…いえ、少々成長しているはずですが…」
 「だって、あたしより若くて美人じゃーん!もー信じられなーい!」
 アクシオンの手を握ってぴょんぴょんと跳ねている姿も、20歳には見えない。
 「…俺は、先に宿に帰っている」
 「はい、お疲れさま。気が向いたら、掃除の続きをしておいて下さい」
 「…何故、俺が」
 ぶつぶつ言いながら去っていくブシドーを見送って、クゥが声をひそめる。
 「え、あの人、ギルドのメンバー?リーダーは?」
 「ルークは、今、ちょうど探索しているところなんですよ。俺は今回お留守番です。彼は、昨日仲間になったブシドーです。…まあ、俺たちも、ちょうど昨日着いたばかりなんですけどね」
 「そっかー。昨日立ち上げたばっかなのかー」
 うーん、と腕を組むクゥを計ってみる。…さして、ベテラン、というのでもなさそうだ。もちろん、クゥにもエトリアでの経験はあったはずだが、こちら同様冒険者からは離れていたらしい。
 「クゥちゃんは、やっぱりこちらに冒険者しに?」
 「そうなのよー、それがまた、長い話で…」
 クゥが一端口を閉じて、辺りをきょろきょろと探した。どうも身を隠そうとしているような仕草に、何か追われているのか、と眉を顰める。
 クゥは片手を顔の前に立て、片目をつぶってみせた。
 「ごめん、今は急いでるんだー。リーダーもいる時に、話しに行きたいな。宿はどこ?」
 「フロースの宿、というところですが…」
 「じゃ、夜には行くから!じゃあねー!」
 手を振って慌ただしく駆けていくクゥを見送って、アクシオンは首を傾げた。
 クゥは、明るく素直な良い子である。少なくとも、6年前は、そうだった。
 まさか犯罪沙汰に巻き込まれてはいないだろうが…何故人目を憚るような態度だったのか。
 そもそも、ここには何をしに来ているのか、もうどこかのギルドには所属しているのか……まあ、考えていても仕方が無い。夜になったら、向こうから現れるだろう。



 やっと帰れる、とルークは公宮を後にして、冒険者ギルドへの道を歩き始めた。どうやらこれを提出して、メンバー分の公国証を貰ってくる必要があるらしい。
 あたりはそろそろ夕暮れとなってきている。今日はもう探索終わりだろうか。また宿の女将に冷たい目で見られそうだ。
 もっと人数が増えたら交互に行けるのだが、この人数ではどうしてもぶっ続けになる人間が出てくるので探索時間も限られてくる。
 こうしてめでたく公国認定ギルドとなったからには、さっさと人数集めした方が良いかもしれない。
 そんな風に考え込みながら歩いていると、目の前を遮るものがあった。
 黒い塊…いや、黒いローブに身を包んだ人間だ。
 「その公国証、頂く!」
 あぁ、若い女の声だな、というのだけは分かった。だが、それ以上考える暇は無かった。
 ぶわりとローブが広がり、しまった、カースメーカーか!?と思った次の瞬間、その黒い布から白いもものが飛び出したのだ。
 真っ白、ではない。
 あくまで肌の色としての白い塊が迫ってきて、腕を突き出した。
 それをどうにかかわして、ルークはそれを観察した。
 紫色、という人間離れした髪色の若い女性が、ほぼ全裸で向かってきている。
 どうやら懐の公国証を力尽くで取り上げようとしているらしいが、格闘術としては大したことがない。ルークもかなり鈍っているとはいえ、元は高レベル冒険者である。相手の見極めくらい出来る。
 突き出した腕が空振ったのに体勢を崩したが、そのまますんなりした足が大きく上げられ、蹴りの姿勢になった。
 それもかわしておいて、ルークは数歩下がり、びしぃっと人差し指を突きつけた。
 「出オチの一発芸!」
 「な、なんやて!?」
 今の方言は何だ、と思いつつも、ルークは指をそのままに続けた。
 「その全裸もどきは相手の意表を突くためだろうが、最初の衝撃を通り越したら、その後の発展性が無い!むしろ、男相手なら、『あ〜見えそうで見えないな〜どうなってんのかな〜』というチラリズムの方が有効!」
 「な…な…な…」
 2mほど離れたところで片膝を立てている女は、口をぱくぱくさせていたが、いきなりがばりと頭を下げた。
 「師匠と呼ばせて下さい!」
 「はっはっは、苦しゅうない…って、何でだ!俺は、ただのレベル1バードだっての!」
 「いや、貴方こそ、うちが付いて行くに相応しい相手やと思いました!お願いです!うちをギルドに入れて下さい!」
 全裸で土下座している女に、ルークはちょっと後ずさった。こんなところアクシオンに見られたら…見られたら…どうにもなることはないが。
 ルークはぽりぽりと頬を掻いてから、改めて全裸女を見た。
 仲間が欲しいと思っていたのは確かだが…そもそも職業が何なのかすら分からない。
 「とりあえず…服着てから、事情を説明して貰おうか」
 「はい」
 ちなみに、全裸には見えるが、肌色にそっくりかつぴっちりと体に合った服を着ているようだった。乳首や股間にはペインティングがなされているあたりがあざとい。
 その全裸スーツの上から黒いローブを羽織って、紫色の髪を三つ編みお下げにした女は数歩前に出て、胸に手を当て一礼した。
 「うち、ピエレッタ言います。…いや、マジ、本名なんです」
 女は自分の左目付近を指で押さえた。
 頬から目にかけて綺麗な星形の赤いマークがあり、いかにも道化師の化粧であったが、よく見ると、その他の肌を白く塗ったりはしていないらしい。
 「これ、生まれつきの赤痣なんですわ。それで親がピエレッタなんて名前付けて、国技団に売られました」
 国技団、というのが分からなかったが、おそらく国お抱えのサーカスなのだろう、と見当付ける。
 「うち、そこで名前の通りピエロやったり他の演目もちっとはやったりしとったんですけど…ちょっと…その…いわゆる一身上の都合、言うやつで…逃げてきましてん。うちの公国証、国技団のメンバーとしての登録ですし、この国、とにかく公国証が無いと、何も出来ませんねん。それで、ちょっと…他の人のを貸して貰おか、と…」
 「貸して貰お、じゃ無いって」
 とりあえず裏手で突っ込んでおいてから、ルークはふむと考え込んだ。色々と突っ込みたいところは山ほどあるが、ともかくは。
 「その強制借り出し、他の奴にもやった?」
 「いえ、師匠が初めてです。うまいこと弱った男が一人で歩いとるところに行き合わんかって。たいてい、レベルが低い人は大通り通るし」
 言われて初めて、自分が細い道に入り込んでいることに気づいた。どうやら考えながら歩いているうちに、無意識にショートカットしていたらしい。
 まずいなぁ、ちゃんと自分がレベル1だってことを自覚しないと、と思いつつ、ルークは2本目の指を立てた。
 「では、2つ目。その一身上の都合ってぇのは、犯罪がらみじゃ無いんだな?」
 ピエレッタはもじもじと指を突き合わせていたが、ちょっぴり視線を斜めにしながら頷いた。
 「…まあ…厳密には、犯罪かもしれんけど…団長、殴り倒しましてん。でも、若い女、襲おうとして殴られた、なんてあっちも恥ずかしゅうて言えんやろから、衛士には訴えんやろと思うんやけど…」
 「…あ〜…ありがち」
 「すんません、オリジナリティがのうて…」
 「いや、君が悪いんじゃないんだが」
 まあ、とにかく、犯罪者ではなさそうだ。てことは、匿っても問題は無い。
 「で、君は、何が出来るって?ピエロ技能は冒険者には無いんだが」
 ピエレッタは、ぱっと顔を輝かせて、手で自分の胸を押さえた。
 「あ、うち、カースメーカーの術が使えます!仲間が教えてくれましてん。『は〜い、貴方は眠くな〜る、眠くな〜る…』ってお客さんにやるの、見たことありません?」
 「…いや、あるよ、あるけどな…」
 それはカースメーカーの術なのか、という根本的な問題が。
 かつてネルスに教えて貰ったことによると、カースメーカーの技は、練習次第で誰にでも出来る可能性はある、ということではあった。もちろん、向き不向きはあるが、それでも習えば使える、と。
 ただ、一般人に技を教えるカースメーカーなんてものが存在しないので、カースメーカー一族以外の呪術使いがいないだけだ、と。
 …しかし、実際にそう自己主張する人間を目の当たりにするとは思っていなかった。まあ、エトリアとはまた事情が異なるのかも知れないが。
 ただ、もしピエレッタがカースメーカーになれるとしても、それ以上の発展があるかどうか。その技を教えてくれる人間がいなければ、習得のしようもない。
 「…まあ…うちも、まだ立ち上げたばっかだし、カースメーカーが欲しいなぁとは思ってたのも確かだし…とりあえず、来ればいっか。レベルアップの道は、またおいおい考えればいいし」
 「おおきに!」
 飛びつこうとしたピエレッタを、辛うじてかわす。殴られたり蹴られたりする時より、よほど焦る。
 「いや、俺、奥さんいるんだわ。とびきり過激なのが。だから、抱きつくのは勘弁」
 「あ〜、ごめんなぁ、つい嬉しゅうて」
 ピエレッタが素直に身を引いてくれたので、ルークもほっとして息を吐いた。
 そもそも向かおうとしていた冒険者ギルドの方向へと足を踏み出そうとして…今度は白い影に遮られる。
 「フロウ!何ね、あんた、まさかうちを連れ戻しに来たんや無いやろね!」
 ピエレッタが半ばルークの陰に隠れながら叫ぶ。
 どうやら知り合いらしいそれをまじまじと眺める。
 この国は寒い。
 来た季節も悪かったが、それを除いても十分寒い。道は石畳が見えているが、その周囲は1mほど雪が積もっていたりする。
 そんな中での全裸スーツ+ローブ、というピエレッタもいい加減寒そうだと思ったが、目の前にいる女性はそれどころでは無かった。
 まるで周囲が真夏ででもあるかのような薄衣一枚の女性は、ゆったりと微笑んだ。
 「あら、酷い。私はピエレッタを心配して付いてきたのに…」
 「…ほんまに?」
 「えぇ、本当。私も、あの男には飽き飽きしてたから…」
 うふふ、と艶やかに笑って、フロウと呼ばれた女性は、ルークの顔を覗き込んだ。
 何故か、一段と寒い気がする。そんな気温の中で、フロウの肌には鳥肌一つ立っていない。
 「私、フロウ。見てたわ、貴方、ピエレッタを仲間に入れるのね?」
 「う、うん、まあ、そうなんだけど」
 「私も一緒に入れてくれない?私も今は冒険者では無いけれど…凍り付かせるのは、得意なの。…とても、ね」
 うふふふふ、とフロウがまた笑った。
 これまた冒険者技能を持ってるのかどうか不明な女性のご登場だ。
 どうしたもんか、と思っていると、ピエレッタがおそるおそる背後から顔を覗かせた。
 「…ほんまに、フロウも抜けるん?」
 「そうねぇ、私、自由契約だし…あそこにいるより、ピエレッタと一緒に行く方が面白そうなんですもの」
 そろそろ夕暮れのオレンジ色から紺色に変わってきた空の元、フロウは色の薄い唇を吊り上げた。
 どこか非現実的な雰囲気を漂わせている女性だが、それもサーカスという演出に馴染んだせいなのかもしれない。
 「師匠、フロウは『トゥエイツの雪女』言う演し物に出る人やねん。どんな仕組みかよぉ知らんけど何でも凍らせてしまうんよ」
 「…雪女、ねぇ…」
 氷系錬金術と手品の合体だろうか。
 トゥエイツ、というのはルークにも聞き覚えがあった。確か更に北の険しい山だ。それこそ、夏でも雪が積もっているような、雪女がいると言われても不思議じゃない山。
 「まあ、何にしても…」
 ふるり、とルークは震えた。
 立ち話の間に、足下からじんわりと冷え込んできていた。
 「冒険者ギルドで登録するわ。ピエレッタはカースメーカー、フロウはアルケミストってことでいい?」
 「はい!よろしくお願いします、師匠!」
 「ふふ…私も、よろしく…」
 紺色に近くなった空気の中で、雪のような肌を青く染めてフロウが微笑んだ。雪女、と言われても納得できる雰囲気だが…それも演出だろうか。
 薄衣を羽織った女性たちを背後に、ぬくぬくコートを着込んだルークは、くしゃみを一つした。



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