フロースの宿
ルークは、自分たちの名前の後に、新しく仲間になったメンバーの名前を書き込んだ。
サナキル:パラディン。バードの知識として、グリフォール家がローザリア王国で1,2を争う名家であり、ついでにリヒャルトのセントレル家とは微妙に反目し合っている、というのは容易く思い出せた。まあ、想像するに、リヒャルトがエトリアの迷宮を制覇したので、自分もハイ・ラガードの迷宮を制覇しようと思い立ったというところだろう。
バース:ドクトルマグス。今まで、巫術というものを見たことはないが、存在は聞いたことがある。どうやらサナキルの爺やであったらしい、というのはすぐに見当付いた。
エルム:ダークハンター。ただし、ダークハンターとしての知識は無いようだ。ただ、鞭の腕だけは確からしい。何だって騎士の従者が鞭なんぞ使うのか聞いてみたい気もするが、どうも人懐こい、というのとは真反対のタイプのようなので、おいおい聞いていくことにしよう。
ファニー:メイド…じゃなかった、ガンナー。ガンナーというものもルークは初めて見る。硝石やら火薬やらは貴重品で、高額で取引されているはずだが、北方ではそれなりに流通しているのだろうか。そうだとしても、何でメイドがそんなものの扱いに慣れているのか、という。バースも初耳っぽい反応だったが、主であるサナキルは悠然としていたので、まあいっか、と納得することにした。何の武器も持たずにメイドアタックなんぞかまされるよりは余程マシだ。
「さぁて、人数だけは最低限揃ってるが…」
ルークはこきりと首を鳴らした。
「さぁ、迷宮はどこだ?早く向かおうではないか」
サナキルの意見は、はいはい、と流しておいて、ギルドで貰った街中心部の地図を眺める。
「ファニー、銃は持ってるか?」
「いいえ〜、きのみ着のまま、という状態ですので〜」
「ってこたぁ、やっぱ武具屋にも行かないとな…」
「俺も、施薬院か、その類の施設にご挨拶に行きたいです」
「…まずは、拠点を探すか」
どうやらここのギルドに部屋は与えられないようだし。
人の流れの合間を見計らって、ルークはギルド長に地図をひらひら振って聞いた。
「宿のおすすめはある?」
「…そうだな…」
ギルド長は、ちらりとルーク及びその他メンバーを見て、地図の一点を押さえた。
「フロースの宿などどうだろう。気のよい女将がなかなかうまい料理を出す。…愛らしい娘がいるので、素行の怪しい冒険者には勧められないが…君たちなら、大丈夫だろう」
「どうも〜」
人畜無害、と太鼓判を押されたルークは、苦笑しながら地図を胸にしまった。
「はいはい、んじゃ、まずは宿を確保しに行くぞ〜」
子供の引率のように、両手をぱんぱんと鳴らして出口に向かうルークを、ギルド長が引き留めた。
「なに?」
「先ほど提出して貰った書類だが…」
「え?何か不備があった?」
「いや…」
ギルド長は少し躊躇ってから、口を開いた。
「バードのルーク、メディックのアクシオン…というのは、これもあやかろうとしてのことか?」
「…や、本名なんで、どうしようもないってーか…」
ぽりぽり頭を掻いてから、ルークは気まずそうに体を小さくした。
「もう体が鈍り切ってるんで、初心者同然。恥ずかしいから、俺たちは新参者ってことでよろしく」
「…そう、か」
ギルド長が何やら考え込んでいるようだったので、ルークは逃げるようにその場を立ち去った。悪名の方は耐えられても、賞賛されるのには耐えられない。
後から、バードのお約束、口先三寸でうまいこと逃げ切れば良かった、と思ったが、後の祭りであった。
ギルド長お勧めの宿へと向かうと、そこはルークが想像した『冒険者向けの宿屋』とは少々趣が異なっていた。あれ〜、地図だとここで良いはずなんだけどな〜と建物の前で佇んでいると、少々腰回りが裕福な女性が桶を持って出てきた。
「あれ?何だい、お客様かい?」
「あ〜…えっと、ギルド長に紹介されてきたんだけど…何か、宿屋ってより、普通の家みたいなんて、ちょっと吃驚してたとこ」
「あぁ」
納得したように頷いて、その女性は水の入った重そうな桶を地に置き、腰を伸ばした。
「そうだねぇ、いわゆる宿屋ってのとはちょっと違うからねぇ。ま、とにかく、中に入りなよ。ギルド長の紹介なら、安心だ」
「はぁ、どうも」
入り口も、中に入ってロビーのはずの空間も、『宿屋』からはかけ離れている気がする。何だかアットホームな、まるでちょっと広いだけの民家、と言った空気に、他人の家に踏み込んだようで何だか落ち着かない。
背後のサナキルがぶつぶつと
「僕はもう、宿屋、というのは嫌だぞ。大勢の人間と生活を共にするなど、うるさくてかなわん」
文句を言うのに、あっさりとアクシオンが遮った。
「そうですね、自分たちの家を買えるほど、早く稼げるようになれば良いですね」
「いいか、僕は金を稼ぐために来たのではなく、グリフォール家の名誉のために…」
「そうですね、でも、良い装備を買うにも、良い部屋に泊まるにも、お金が必要ですから」
相手の意見を受け入れているように聞こえて、次の瞬間なだめている様子はさすがとしか言いようが無い。この一見おっとり風美少女の本性がばれるのはいつだろう、とちょっとルークは遠い目をした。
それにしても、リヒャルトもいい加減世間知らずだと思っていたが、これほどでは無かった。あれで苦労していたのか、それとも屋敷に常駐していたというソードマンからしっかり話を聞いていたのか。
自活したこともないお坊ちゃまがどこまで耐えられることやら。
女将らしき中年の女性が戻ってくる。
「はい、お待たせ。あんたら、人数はそれで全員かい?」
「んー、今日ギルド立ち上げたばっかなんだ。これから人数増やす予定」
「何だと、この僕だけでは不満だと言うのか!」
「えーと、ですね、貴方が採掘したり伐採したりはしないでしょう?迷宮の中の素材を採集してくるようなメンバーも必要なんですよ」
「…む、冒険者には、そのような端仕事も必要なのか…そういうことなら仕方がないな」
背後でさっくりとアクシオンがなだめている様子を聞きながら、ルークは女将に苦笑いしてみせた。
「…えー、ってことなんで、最終的には10人から15人ってとこかな」
「へー、本格的に迷宮に挑むつもりなんだねぇ。そりゃ結構。いやね、他国からの食い詰め者だのお尋ね者だのが冒険者って名乗っときゃいい、くらいの態度で適当にやってることが多いんだ。あたしゃ、そういう奴らが嫌いでねぇ。いい若いもんが、可能性ってもんに賭けなくてどうするんだ!ってね」
「まー、そういう奴らが多いから、未だに迷宮が謎のまんまなんだろうけどねー」
うんうん頷いていると、女将がにやっと笑って、糸目の奥からルークを覗き込んだ。
「あんた、初心者じゃないね?今までも冒険者やってたんだろ?」
「…いやー、ブランク激しいんで、もう初心者同然。暢気にちまちまやってくわ」
女将は笑って、ルークの肩を叩いた。
「ま、いいさ。とりあえず…そうさねぇ、あんたらにはあっちの棟の2階を貸すよ」
ドライフラワーがわさわさと下がっている窓から辛うじて覗いている建物を指さして、女将は歩き出した。
素直に付いていっていると、説明してくれた。
「うちは宿屋ってよりは下宿屋なんだ。冒険者たちには、一泊だけの貸し部屋よりも、荷物を置いておける自分の部屋ってやつが人気でね。泊まる人数じゃなく、部屋に対しての賃貸料金になってるのさ。最初はお安くしとくよ。でも、レベルが上がったら、それなりに貰うからね」
そうして提示された料金が随分安かったので、ルークは眉を寄せた。
「…これで商売成り立つの?」
「あははは、さっきも言ったろ?レベルが上がったら、それなりに貰うさね。気が咎めるってんなら、早く実力付けて、いっぱい払っとくれ」
「あいよ」
口には出さなかったが、おそらく全滅した冒険者が部屋に残した荷物の所有権も持っているのだろう。それなら、そこそこに経営が成り立つはずだ。もちろん、故意に全滅させられるような阿漕な真似をされる可能性は頭の片隅に置いておいた方が良いだろうが…今のところ、ただの気のよいおばちゃんにしか見えない。
通された部屋は、それなりに家具もあって、本当に家のようだった。
「今はこの二部屋だけだけどね。本当に15人にでも増えたら、この建物全部貸すよ。ちょうど今空いてるんだ。昨日、一組叩き出したとこだしね」
「はぁ、なるほど」
随分とエトリアとは違うシステムだ。もっとも、ギルドに部屋が無い、ということは、どこかに部屋を借りるか宿に連泊するかしか無いのだが。こうやって元からの住民の経済も潤そうというところは、エトリアよりも住民寄りなのかもしれない。
糸目の顔を懐かしく思い出しながら、宿のおばちゃんのその他の説明を聞いた。
少なくとも、5時になったら問答無用で追い出される、ということは無いらしい。まあ、朝食のために起こされるようだが、荷物ごと放り出されるよりはなんぼかマシだ。
後は、貴重品の預かりもしてくれるらしい。が、それなりに安全な保管に金をかけているので、一品につき100en、と今の段階では手が出せないサービスだが。
そういうのを色々聞いているのはルークとアクシオンだけで、サナキルは一番良いイスに腰掛けているし、ファニーはいそいそとお茶の用意をしていた。
すっかりくつろいでいる様子を見て、女将が呆れたように腰に手を当てた。
「暢気なもんだね。あんたら、まだ公国証すら貰ってないんだろ?」
「あ〜、それ、どうやって手に入れるのかな。公宮に行くの?」
女将はますます呆れた顔で首を振った。
「大丈夫かい?あんたら、今の時点じゃ、まだ冒険者には認められてないんだ。まず、冒険者をやっていけるかどうかの試練ってやつを済ませないと、公国証を貰えない。公国証を持ってないと、衛士が迷宮に入れてくれない」
「…エトリアの最初の試練みたいなもんか」
こっそり独り言を呟いてから、ルークは背後を振り返った。
あの連中を率いて、何とかなる試練なら良いんだが。
まあ、誰もが通っている試練なら、逆に言えば、冒険者なら誰もが情報を持っているってことだ。
「今はおやつ時…てこたぁ、買い物に行ったり酒場で情報収集したりしたら、夕暮れになるな」
「さっさと行かなくて良いのかい?こんな暢気な連中は初めてだよ」
すっかり冷たくなった女将の目に、ルークは困ったように笑った。どう言われようと、危険は避けるに越したことはない。
「見たこともない、初めての迷宮に入るのが夜になるのはイヤだし。ま、明日からゆっくり始めるわ」
酒場に情報収集に行くというルークとは離れて、アクシオンは薬泉院に向かった。
それなりに冒険者が来ていたが、エトリアの施薬院ほどでもない。聞けば、回復薬だのの類は、ここで開発された後は各交易所に卸されているのだという。
ということは、ここは蘇生や石化治療などといった特殊な治療と、薬品の研究などを主に受け持っているだけで、あまり冒険者と密接に関わるというのではなさそうだ。
それでも、中の人物の力量を確かめるためにも、一言ご挨拶をしてこう、とアクシオンは階段を上っていった。
忙しそうだったが、中の人物が相手をしてくれる。どうやらメディックとしてはキタザキには劣るもののかなりの腕利きらしいが、柔らかな物腰が微妙に腰が低いようにも見える。
ともかくは、これからお世話になります、という挨拶をしてから、アクシオンはさらっと切り出した。
「ところで…ここは死体安置所も兼ねているのですか?」
一見駆け出しの少女に見えるアクシオンに、先生のような態度で接していた院長が、一瞬何を言われているのか分からない、といったように目をぱちぱちさせた。
「…えーと…いえ、冒険者の方々のご遺体は、公宮の方が管轄となっておりますが…」
「そうですか」
アクシオンは、頷いてから、やっぱりさして深刻でも無い口調で続けた。
「いえ、こちらに参るとき、入り口にミンチ肉が捨て置かれておりましたものですから、ひょっとして、ああいう類の処理もこちらがされるのかと…だとしたら、少々衛生面に問題があるかと思いましたものですから」
「…は?ミンチ肉?」
呆然とオウム返しに繰り返してから、若い院長は、「すみません」と手を挙げてから、ぱたぱたと駆けていった。助手が慌てて追いかけ、アクシオンはその後をゆったりと歩いていく。
入り口の階段横に、ずた袋のようになった真っ赤なものが放置されていた。道行く冒険者にも、薬泉院に入る冒険者にも、ちらちらとは見られつつも捨て置かれているそれを見つけ、院長は助手と一緒にそれを運び入れた。
アクシオンは平然とそれを見守り、診察台の上に置かれて顔(らしきところ)を拭われるところまで、背後から覗いていた。
「…ジューローだな…ついに全滅…いや、ここまで運ばれているからには、それは無いでしょうね、ギルドの方々には、後できつく言っておかないと…」
眉を顰めて治療の準備をする院長に、アクシオンは聞いてみる。
「ご存じの方なんですか?」
「えぇ…ジューローというブシドーの方なのですが…あまり防御をされないようで、こうしてよく蘇生していたので、顔は見知っているのですが…」
あまりにも死ぬので、ついにギルドに見捨てられた、というところだろう、とアクシオンは見当つけた。駆け出しの冒険者に、蘇生代は少々辛いはずだ。それも何度も、となると、いい加減切りたくなるのも分かる。
「蘇生代はおいくらですか?」
「レベルによって頂く金額は異なりますが…ジューローならたった5enですよ。たった5enすら惜しんで、何を得ようとしているのか…」
義憤に駆られたらしい院長とは対照的に、アクシオンは冷静に判断していた。何度も何度も死んでいるらしい、ということは、それなりに何度も探索に加わっているはず。なのにレベル1ってことは、よほど死にまくりなのだろう。そりゃ足手まといにも思えてくるだろう。
だが。
「分かりました。当ギルドが5en払います」
「え…」
院長はよほど驚いたのか、手を止めた。
助手に促されて、慌てて作業に戻りながら、感激の面もちで口走る。
「素晴らしい!そうです、彼も、ちゃんと回復出来る仲間がいればやっていけるんです!彼は、あなたのいるギルドに加わるべきです!」
もちろん、そのつもりで投資している。
たった5enで恩に着せられるなら、安いものだ。
しっかり酒場で顔つなぎと情報収集をしたルークは、フロースの宿に帰ってきた。
出迎えてくれたアクシオンが、にっこり笑ったが、その顔が業務用だったので、何かあったのか、と部屋の中を見回すと、出てきた時より1名増えていた。
「ルークのいない間に、肉約70kgを5enで買ってきました」
「安っ!…じゃなかった、そんなに肉いらないし…じゃなかった、ひょっとして…あれ?」
こっそり指さしたら、アクシオンが満面の笑顔で頷いたので、余計に心配になる。
「アクシー…まさか、通りすがりの人間を叩き潰した挙げ句に蘇生したんじゃないだろうな…」
「まさか。最近リザレクション用の薬剤、全然調合してませんし」
「じゃあ、新人を騙して連れてきたとか…」
おそるおそる聞いてみると、アクシオンが不満そうに頬を膨らませた。
「あれ…せっかく『俺がいない間に他の男を連れ込むなんて』って焼き餅を妬く方に向かうかと思ったのに…」
「いや、正直、アクシーが浮気するより、通り魔的撲殺犯になる方が確率高そうって言うか…」
6年連れ添った夫婦の信頼、というやつである。
だいぶ違うか。
それはともかく。
ルークは、やはり業務用の笑顔を浮かべながら、その新入りに近づいた。
ぼさぼさの黒髪を一つくくりにしているのは、東方のちょんまげ、というやつだろうか。上半身が裸なので、その体が傷だらけなのがよく分かる。細かい傷からこれは致命傷だろうという大きなものまで、数える気にもならないくらい新旧混在した傷が皮膚を覆い尽くしていた。何だってブシドーって奴は鎧を着けないんだろう。
窓際に座って、片膝を立て、片足を投げ出しているその男は、ルークを見上げて、かすかに頷いた。どうやら会釈のつもりらしい。
「どうも。ギルド<デイドリーム>の一応リーダーやってるルークです」
差し出された手をちらりと見てから、その男はルークから目を逸らした。
「…ジューロー。…ブシドー」
陰鬱な声が、必要最低限の単語だけを吐き出した。
「ジューローがこれまで所属していたギルドとは、薬泉院の院長が話を付けてくれるそうです。本人も納得しましたし、<デイドリーム>のメンバーということで登録してきました」
早くも冒険者ギルドで所属書き換えしてきたらしい。その手の早さに、少し眉を顰める。
アクシオンは、基本的にルーク以外の人間は、その辺の芋カボチャ状態である。そのアクシオンがこうもこだわるのは珍しい。
その疑問が分かったのだろう、アクシオンは天使の笑みを浮かべて言った。
「ブシドーらしく『ブシドーとは死ぬことと見つけたり』と思っているようなので、メディックとして放置出来ませんでした」
嘘つけ。
そりゃ普通のメディックなら、そんな風に言ってもおかしくはない。しかし、アクシオンが言ったとなると、何か裏がありそうだ。
「…その心は」
「そういう人に、血反吐を吐いて這いずりながら『生きたい』と言わせたら面白いだろうな、と」
ルークは片手で顔を覆った。
ベッドの中では意外とMいのですっかり忘れていたが、そういえばこいつは基本天然Sだった。
こんなところで発動しちゃったのか〜と考えていると、サナキルがきびきびした態度でこちらに向かってきた。どうやら途切れ途切れだがやりとりが聞こえていたらしい。
「うむ、生き抜く、ということは、最善の行為だ。生き延びてこそ、次に繋げることが出来る」
「…だね。パラディン様の仰る通り」
ブシドーは、自分の生命を省みず敵を葬ることを考える。
パラディンは、敵を倒すことよりも、自らが生き残ることを考える。
どちらも極端な思考であるが、どちらも間違いではない。
うまいこと噛み合えば、最高の組み合わせになるだろうが…その、うまく噛み合う、が出来るやらどうやら。
サナキルは自信満々の笑顔で、東国の戦士を見下ろした。
「案ずることはない。この僕が、お前のような人間も守ってやるからな」
もちろん、返答は「ふん」という馬鹿にしたような鼻で笑う声だった。
お坊っちゃんが怒り出すかな、と思ったが、意外と神経が太いのか寛大なのか、とやかく言いはしなかった。まるで「困ったものだ」とでも言うかのように肩をすくめただけだった。
しかし、どう見ても、大らか、というよりは、上から目線の他人を小馬鹿にした態度にしか見えないのが難点だ。
ゴージャスな金髪を片手で払って、サナキルはまた元の椅子へと戻っていった。
少なくとも、今すぐこの二人を組ませるのは止めとこう、と思う。
さて、それじゃどう組もう。
ルークは、手をぱんぱんと鳴らして、自分に注目するよう合図した。
「はい、それじゃ、明日のために、その1」
皆が集まってきたのを確認して、床に紙を広げる。
「まず、ギルドが冒険者として認められる最初の1歩は、地図づくり。どうやら、迷宮に入ったら、衛士によって1階の奥の方に連れて行かれて、そこから地図を書きながら帰ってくるってのが、最初の試験らしい」
「どこも一緒なんですか?だったら、ジューローが少し頼りになりますが…」
「いや、ギルドによって違うらしいよ。まあ、1階は1階なんで、1階の記憶が全部出来てれば大丈夫だろうけど…」
ちらりとジューローの顔を見たが、全く表情に変化が無かった。死にまくりでは、あまり記憶もしていないだろう。
サナキルが悠然と腕を組む。
「ふむ、そのような容易いことなのか。ならば、問題あるまい」
「…や、坊ちゃん、地図書いたことある?」
「この僕が?…爺、お前が描け」
「爺が、でございますか?申し訳ございません、若様、バースはそのような仕事に就いたことがございません」
「ファニーも知りませんよ〜若様〜」
ま、そんなこったろうと思った、とルークは呆れもせずに普通に頷いた。
「それは、俺がやるわ。慣れてるし。ただ、地図を完成させなきゃ、帰らせてくれないらしいのが厄介だな。初心者には厳しい敵も出るらしいし」
「そういう持久戦なら、俺が行った方が良いんでしょうけど…でも、確かに地図作製がミッションなら、ルーク向きですね。バースさんが回復は出来るでしょうが、少々メディカも持っていった方がよろしいでしょう」
見たことの無い場所の、見たことのない敵に対して、生きて入り口まで帰ってくるのが試練、ということだろうが、さて、それに有利なのは、と。
「まあ、前衛3人、後衛2人だな。後衛の一つは俺、マップ係。後、このメンバーで後衛は…自然とファニーだわな」
「頑張ります〜」
「で、前衛で回復役が一人。あと攻撃役2人」
「もちろん、この僕が行かねばなるまい」
当然のように頷くサナキルを見て、そのお供の面々を確認する。どうせレベル1じゃ大したスキルは無いから、誰でもいいといえば誰でも良いんだが。
「まあ…回復重視で言えば、爺ちゃんとアクシー両方行けば良いんだが…火力としてはちょっと落ちるかもなぁ。てことで、ジューローが行くか、エルムが行くか、として…」
ジューローはどちらでも良さそうだ。自分には関係ない、といった顔で、窓の外を見つめている。
「ネクタルは手が出せません。途中で死んで荷物になるのは困りますから、ここはやはりブシドーではなくダークハンターかと。まあ、ダークハンターも鎧は薄いですけどね」
結局、サナキルご一行+ルーク、という編成になる。
もっとも、僕ちゃんのお供として来ている以上、出来るだけサナキルと行動を共にしようとするだろうから、今の段階ではなるべく一緒に組ませようとは思っていたが。
「でも、いずれは、メンバー組み替えることもあるかも知れないからな。出来れば俺以外にもマップを描けるようになって欲しいな。後衛ってことで、ファニー、明日、俺の描き方を見て覚えてくれ」
「分かりました〜。ファニーは絵心は無いですが〜記号なら描けます〜」
さらさらとした茶色の髪を揺らしてファニーが小首を傾げた。曲げた人差し指を唇に当てた表情が、自己申告の23歳よりもずっと若く見える。
「む、地図とは絵心が必要なのか?ではこの僕の出番だな」
「や、坊ちゃん、地図は機能的じゃないと困るから。こんな感じで」
入り口だけ描かれた地図を見せれば、あっさりと興味を無くしたようにつまらない顔になった。
「芸術では無いな」
「そりゃそうだ。誰が見ても一目で理解出来なきゃ意味無いし」
「冒険者とは、無粋なものだ」
「…いや、描きたいなら、自分用の芸術的な地図を描いてくれてもいいんだけどさ…」
どうやら考慮の余地がある提案だったのか、サナキルが何やら考え始めた。
それはおいとくとして、最初のミッション用メンバーは決まった。
後は、アクシオンが言っていたように採集メンバーがいた方が良い。
それとは別に、メンバーも増やしたい。どうせなら、鞭使いがいるなら、それ専用のパーティーを組みたいからだ。
最低限、カースメーカー。それに、属性攻撃用のアルケミストも欲しい。ソードマンもその生命力の高さが魅力だ。
自分たちが探索をしている間に、アクシオンがきっと適当に見繕ってくれるだろう。新参の冒険者や、仲間が死んでメンバーが足りなくなった奴らも多そうだし。
ただ…ジューローは、ここに置いておいても、何もしそうになかったが。
アクシオンが拾ってきたのだから、あまりとやかく言うつもりはないが…どうも、まだ<冒険者>の自覚が無いんじゃないか、という気がする。つまり、<仲間>と協力して、何かをする、という概念が無い、というか。ブシドーは孤高の戦士かもしれないが、ギルドに所属する冒険者である以上、それでは困るのだ。
まあ、共に行動していくうちに、だいたい性格も掴めて、何とかやっていけるようになるだろう。
…だが、以前に所属していたギルドにも、ちょっと当たってみた方が良さそうだ。
「さ、ともかくは、明日に備えて寝ること。5時に起きて出発」
寝る段になって、ベッドが硬いの一人で寝たいのとサナキルがぶつぶつと文句を言ったが、ジューローに鼻で笑われたことで
「く…これも軍事訓練と思えば…」
と渋々ながら落ち着いたのだった。