元・英雄




 ルークは相変わらずふらふらとした人生を送っていた。
 齢30を越えたが、定職にも就かずに酒場でのんべんだらりと過ごすのが日常であった。
 いや、一応、職は無いでもない。
 彼の生家は仕立屋で、ここはその彼の故郷であったから。
 アクシオンを連れて実家に帰ってきたルークを待っていたのは、親父が倒れた、という知らせであった。もっとも、死んではいない。ただ、右半身が麻痺して、もう針仕事は出来なくなった、というだけだ。
 とはいえ、女一人だけでの仕立屋は縮小する一方で、食うや食わずのかつかつの生活となっていた。
 そんなところに帰ってきたのである。
 さしものルークも動揺したし、アクシオンはさっさと手伝いに入っているし、で、なし崩しに実家に居着いてしまったのである。ルークの予定としては、ともかくは俺の嫁を紹介して、それからまたふらふらと旅に出る予定だったのに。
 そんな事態だったので、アクシオンが男だという点は完全に黙殺された。母にとって重要なのは、アクシオンは針仕事が出来る、この一点に尽きたのである。
 そう言う意味では良かったのかも知れないが…あまり良いことばかりでもない。
 ルークはそもそも、一つところでちまちまと針仕事をする、なんぞという家業から逃げ出したくて吟遊詩人になったのである。父が倒れて生活に困っている、と聞けば最初こそ動揺して手伝いもしたが、じきに飽きてしまった。
 だが、もう既にアクシオンは無くてはならない店のお針子となり果てていたし、アクシオンのふりふりワンピースが受けて、それまで大人の服だけだった店に女の子が良く来るようになって大繁盛してるし、自業自得とはいえアクシオンの仕事量も増えてルークにあんまり構ってくれなくなったし…。
 ということで、亭主の方はぐだぐだと酒を食らっている状態である。
 もちろん、あんまり誉められた状況でないのはルークも自覚していた。
 ちなみに、右半身麻痺の父親の方も、自分が役立たずになったのを憂いて酒浸りであったので、これはもう遺伝なのかもしれない。
 そんな毎日の中で、一つの噂を耳にした。
 北方のハイ・ラガード公国で、世界樹の根本に迷宮が見つかった、と。それは上へと伸びており、空飛ぶ城へと繋がっているのだ、と。
 まだ明かされていない迷宮の存在。
 そして、各地の冒険者たちが流入している、という活気のある街の噂。
 うずうずうずうずうずうずうず。
 本当は、今すぐにでも飛び出したかった。
 だが、現実に目を向けると、仕立屋は繁盛しているとはいえ、それは主にアクシオンの存在によるものであって、もしもルークとアクシオンが旅立ったら、また顧客を失い、お針子は母だけとなって貯蓄も目減りしていくこと請け合い、という状況である。
 さしものルークも、この状態でふらふらとは出ていけなかった。もちろん、アクシオンを置いて自分だけ旅に出る、という選択肢は問題外。
 ひたすらに迷宮へと焦がれ、でも何が出来るでもなく、ただもう日々が過ぎていくだけとなって。
 いっそ、迷宮が制覇されたと噂が聞こえれば、この焦燥も無くなるのに、と毎日酒場で噂を聞いて過ごすだけだったある日。
 いつものように明け方帰ってきて、ごろりとベッドに横になると、アクシオンの姿が無いことに気づいた。
 最近とみに忙しくて、あまり夜のお相手もしてくれないとはいえ、この時間帯にいないのはさすがにおかしい。
 酒に浸かった頭で、ぼんやりと部屋の中を探す。
 アクシオンの姿は見つからなかった。
 そのうち、ベッドには寝た形跡すらないのに気づいた。
 ざーっと酔いが引く音が聞こえた気がした。
 がたり、と大きな音を立ててベッドから飛び降り…というか転げ落ち、何か無いか、ときょろきょろする。
 くらくらする頭を押さえつつも窓を開けて曙光の明かりを部屋に導いて探してみると。
 机の上に白い紙が置いてあった。
 「ルークへ
  さすがに、堪忍袋の緒が切れました。
  さようなら。
    アクシオン」

 ドライなアクシオンらしい簡潔な手紙(いや、手紙とすら言えない)を何度か読み返し、どう自分を騙そうとしてもこれは三行半ってやつだと認識して、今度は血の気まで引いてきた。
 がたがたと慌てて廊下に出ていくと、寝ていたらしい母親が不機嫌そうに部屋から顔を覗かせた。
 「うるっさいねぇ。朝っぱらから何やってんだい」
 「か、母ちゃん、アクシー知らないか!?」
 「はぁ?」
 母親は眉を上げ、それからつかつかと歩み寄ってルークの手から書き置きを取り上げた。
 読み終えて、ふん、と鼻を鳴らす。
 「良かったじゃないか。これでお前も、普通に女の子の嫁が貰えるってもんだ」
 「…は?」
 「いくら針仕事が上手って言ってもねぇ、男じゃあ跡継ぎも産めないし、世間体も悪いし…ま、あんたもいい加減腰を落ち着けて、女の子の嫁を貰いな。子供でも出来りゃあ、責任感も生まれるだろうよ。…まったく、誰に似たんだか…」
 呆然として、ルークは母親を見つめていた。
 うまくやってる、と思っていた。
 「あらぁ、本当にアクシオンさんはお針が上手で助かるわぁ」
 「いえいえ俺なんて飾りで誤魔化しているようなものですから、まだまだお義母さんにはかないません」
 「ほほほ、お上手ねぇ」
 いや、待て。
 バード同盟でも良くある話じゃあないか。嫁と姑の水面下の争いってやつが。知らぬは旦那ばかりなり、みたいな…まさかうちの母親に限って…と思ってるうちに嫁に逃げられるとか…。
 「まさか、母ちゃん…アクシー追い出したんじゃ…」
 「さぁね。何にせよ、出ていったんだろ?忙しいったりゃありゃしない。さっさとあんたも飯食ったら仕事しな」
 「出来るか〜!」
 ルークは身を翻して、自分たちの寝室に飛び込んだ。
 とにもかくにも目に付いた旅装と荷物をひっつかんで、また部屋を飛び出す。
 「くっそ、俺はアクシーがいないと駄目なんだよ!もう帰って来ないからな、糞ばばぁ!」
 「あんだと〜!母親に向かって糞ばばぁたぁ何だい、このどら息子が!きっちり稼げるようになってから帰ってきなってんだ!」
 罵りを背後に聞きながら、ルークは家を飛び出した。
 走って走って、街の外れの街道に出る。
 一瞬迷ったが、徒歩で追いつけるはずもなく、出ようとしている馬車に飛び乗った。

 「…まったく…ホントに、誰に似たのかねぇ、この甲斐性無しは」
 ぼやきながら、ルークの母は白髪を掻き上げ、夫を起こしに行った。
 「ほら、起きなよ、あんた。今日から忙しいんだからね!あんたがだいぶ動けるようになってんのは分かってんだ、いつまでもぐだぐだ酒飲んでられる余裕は、うちにゃあ無いんだよ!」
 
 夜明けに馬車に乗って、日が暮れた頃に次の街に着く。
 なけなしの金を払い、目に付く宿屋と言う宿屋に聞き込みを開始する。
 奥さんに逃げられた情けない亭主を演じれば…いや演じるまでもなく事実であったが…馬鹿にされながらも情報が入ってきた。
 どうやら、アクシオンがこの街を通ったのは確からしい。ただ、相手も馬車らしくて、全く追いついてはいない。
 よほどこのまま歩き続けようかと思ったが、翌朝出発する馬車に乗る方が確実であったので、逸る気持ちを抑えてその夜は宿に泊まった。
 また夜明けと共に出発する。適当に出てきたので、あまり手持ちが無い。
 更に次の日、もう次の街からは徒歩だな、と覚悟して最後の寄り合い馬車に乗る。
 馬車の後部に腰掛けて、街道を歩く人間をいちいち確かめておく。
 …いた。
 オレンジ色にも見える、赤みがかった金髪の10代後半美少女が、すたすたと歩いていた。
 「馬車、止めてくれ!…いや、いい、先払いしてるんだ、降りる!」
 「へ〜?お客さん、危ないっすよ!」
 慌てて御者が言うのも聞かずに、ルークは馬車からひらりと飛び降りた。
 まあ、体が鈍っているので、足が付いていかずに思い切り転んだが。
 慌ててメディックが駆け寄り、癒しをかける。
 「大丈夫ですか?」
 だが、返事もせずに、ルークはアクシオンに飛びついた。勢い余って地面に押し倒しているが、それはともかく。
 「アクシー!俺が悪かったから!俺が悪かったから、捨てないでくれ!」
 「…えーと…何と言いますか…」
 困ったように呟くアクシオンに顔を寄せ、必死で喚き立てるルークを見てから、アクシオンはちらりと別方向を見やった。
 「あの…ともかくは、もっとゆっくり話が出来るところで話しませんか?」
 馬車が止まっていた。
 馬にも勢いというものがあるので、すぐには止まれなかったため、少しは離れているが、それでも御者も乗り合い客も興味津々といった様子でルークとアクシオンを見守っている。
 「逃げない!?」
 「…逃げようも無いと思いますが…」
 しっかりと押し倒しておいてから、ルークはぐるぐると考えた。
 もう夕刻になっていて、今から昨日の街に帰ろうとすると、どこかで野宿になる。そのくらいなら、このまま馬車に乗って次の街に向かって泊まる方が良い。
 そう判断して、ルークは渋々と立ち上がった。しっかり掴まれた手首に苦笑してから、アクシオンは御者に向かって礼をする。
 近寄ってきた御者は、にやりと笑ってルークの肩を叩いた。
 「ま、今回は特別っすよ。そちらの方も、一緒に乗ってくれていいっす」
 「ありがとうございます」
 おっとり笑ったアクシオンを眩しそうに見てから、御者は馬車へと向かった。ルークもアクシオンと共に馬車の後部から乗り込む。
 にやにや笑われたり、こそこそ言われたりはしたが、曖昧に頭を下げて、馬車の隅へと座り込んだ。もちろん、アクシオンを奥に、自分は出口側に座っている。
 「なぁ、アクシー、街に着いたら、土下座でも何でもするから、捨てないでくれよ〜」
 「いえ、土下座はいらないのですが…」
 「まさか、母ちゃんがアクシーに辛く当たってるなんて思ってもいなかったって言うか、ごめん、気づかなかった俺が悪いんだけど、お願いだからチャンスを…」
 かき口説いていたルークの話を興味津々で聞いていた行商人らしきおばさんは口を挟んだ。
 「あ〜、そりゃあんたが悪いわ」
 「だ、だよなぁ。いや、ほんとに俺が悪かった!だから、機嫌直して、この通り!」
 「嫁、姑ってのはね、そりゃもう男には計り知れない溝があるもんさね。いいかい、男の器量ってのは…」
 おばさんの説教が始まり、ルークはひたすらぺこぺこと頭を下げつつそれを拝聴する。
 アクシオンは、苦笑いのまま無言でいた。
 街に着き、同乗者に生温かく見守られながら、ルークは宿を探した。あんまりぼろいところも…と良いところを選ぼうとすると、アクシオンに反対されたので、結局いつものようなそこそこの宿に部屋を取る。
 荷物を降ろし、アクシオンが静かに口を開いた。
 「さて。話し合いましょうか」
 「は、はいっ!」
 捨てられたらどうしよう、と、戦々恐々と姿勢を正したルークに、アクシオンは溜息がてら言った。
 「何故、この道を選びましたか?」
 「…へ?」
 「あの街から、俺の実家に帰るなり、エトリアに向かうなり…他にも馬車は多方面に向かっていたのに、何故この道を選んで来たんですか?」
 「へ?…えーと…ほら、最初に着いたとこで、アクシーらしきのが泊まってたって聞いたから、あぁ合ってるな〜って…」
 でも、まずは、その方向かどうか分かっていなかったのに。
 確かに、ルークはアクシオンが家を出たと聞いた途端に、馬車を選んで飛び乗ったのだ。聞き込みもせずに。思い返せば、ぞっとする。もしも間違った道だったら、いつまで経ってもアクシオンに追いつけないところだった。
 何で、俺はこっち方向を選んだんだ?
 考え込んでいるルークに、アクシオンは困ったように笑った。
 「ご自分でも、分かっていなかったんですか?この道が、どこに繋がっているのか」
 「へ?…えーと…この先は…」
 北へ、と向かう道。
 アクシオンの若草色の瞳がルークの目を覗き込んだ。
 「貴方は、無意識にでも、想定していたのでしょう?馬車に乗って、北方へ…ハイ・ラガードへ向かうことを」
 「…う…」
 想像だけだった。
 でも、確かに、もしもハイ・ラガードに向かうならこの馬車を使おう、この街で乗り換えてあちらへ向かおう、と、想像だけのつもりだった。
 けれど、確かに自分が選んだのは、その想像通りの道で。
 「本当にもう…ルークは優し過ぎるから困るんですよ」
 アクシオンは溜息を吐き、ルークの頬をそっと撫でた。愛撫に近いそれに、嫌われてはないんだな、とふと思う。
 「相談、してくれれば良かったのに。俺だって、ハイ・ラガードの噂は聞いています。ということは、ルークはもっと噂を耳にしているはずです。…行きたいのなら、どうしたら行けるようになるか、相談してくれれば良かったのに」
 行けない、と思っていた。
 両親を置いて、行けやしないと思っていた。
 以前より少しだけ成長して、10代後半美少女の顔になったアクシオンは、ルークの顔を覗き込んで柔らかく笑った。顔の造りだけではなく、表情も以前よりは大人びて、本当に穏やかに笑うようになったと思う。
 「俺は、貴方もご存じの通り、実際的な人間ですので、すぐにお義母様に相談しました。俺たちがいなくなることによる収入の減少や店の信頼度などを計算し、何とかならないかとやりくりした結果、「いいから出ていきな、夫婦二人くらい何とかなるさ」というお言葉を頂きました」
 「……へ?…姑に、虐められた嫁…じゃなかった?」
 ルークの言葉に苦笑して、アクシオンはそっとルークの頬を引っ張った。少しだけ咎めるような目でルークを睨む。
 「貴方は、ご自分を育てて下さったお義母様が、そんな方だと思ってるんですか?それから、俺が多少の嫌味にへこたれるような人間だとでも?」
 「あ〜…いや〜…でも、あるのかな〜って…」
 息子が言うのも何だが、母親はどっちかというとあっさり系の人間で、あまり嫁虐めをするキャラだとは思っていなかった。だからこそ、今回の事態に非常に驚いたわけで。
 しかし、バードの知識として、息子に対する母の態度と、嫁に対する母の態度は全く異なる可能性がある、というのがあったために、信じてしまったのだ。
 むしろ、それよりは、アクシオンが姑に負けるタイプじゃない、という方が説得力がある。皮肉だの嫌味だのも、実害が無ければ問題なし、と軽やかにスルーしそうだし。
 「メディックとしてお義父様のリハビリもしていましたから、以前のように針は扱えないにせよ、布の裁断や在庫整理、一般の家事などは出来るところまで回復されました。後は、俺が引き受けた依頼を全て納入してしまえばおしまい、というところまで来たのですが…」
 またアクシオンは笑った。
 困ったような、仕方がない、と容認しているような、そんな顔で小首を傾げる。
 「肝心の貴方が動かないものですから。ハイ・ラガードに行きたい癖に、口にすら出せない優しい貴方のために、一芝居うったんです。よほど勢いが無いと、貴方はあそこから離れられそうに無かったので」
 もちろん、お義母様も了承の上で、と付け加えたアクシオンに、ルークは頭を抱えた。
 何だか母の声で「この優柔不断の甲斐性無しが!」と脳内に再生された気がする。
 どう考えても、母の評の方が正しい。アクシオンは優しいと表現するが、決断出来ずに何も動かないのはただの間抜けだ。
 30歳にもなって、そこまでされる俺って、と自己嫌悪に陥っていると、ルークの様子をどう捉えたのか、アクシオンが慰めるように言った。
 「あの…しばらくはやっていけるはずですから。俺たちの装備も全て売り払って残して来ましたし…詐欺や泥棒に引っかからない限りは、一生食うには困らない予定なのですが…代わりに、俺たちは最低限しか持ち合わせていませんけどね」
 「いや…うちの両親のことは良いんだけどさ…あっちだっていい大人なんだし…」
 ふぅ〜っと大きく息を吐いて、ルークは顔を上げた。
 「ま、そこまでされて追い出されたんだ。ハイ・ラガードの迷宮を踏破するまで帰れないわな」
 「逆に言えば、また全て謎を解き明かせば、いつでも帰れば良いんですし」
 よし、と腹をくくる。
 「もうすっかり鈍ってるけど、一から冒険者生活の始まりだ。アクシー」
 「はい」
 「一緒に、ハイ・ラガードの迷宮の謎を解き明かそう」
 「はい」
 こんなだれきった生活で、気合いを入れた表明をするなど恥ずかしいとは思ったが、アクシオンがうっとりとした目で見上げているため、つい拳を握ってそんな風に言ってしまう。
 両親に対して申し訳ない気持ちも確かにあるのだが、こうしてアクシオンを目の前にした今は、また冒険が出来るのだ、というワクワクが勝ってきている。
 「よぉし、しっかり情報仕入れて行かないとな〜」
 「イヤでもその機会は増えると思いますよ。持ち金を思えば、徒歩で行くより他無いんですし」
 馬車ではなく、ひたすら徒歩で向かえば、その分宿代や食費もかさむが、それは野宿や自炊で何とかしよう。もっとも、向かうのが北方であるため、どこまで野宿出来るかは分からなかったが。
 「…いや、いっそ、野宿の方が気兼ね無く出来るかもしんないな〜。宿も雑魚寝って訳にはいかないし…」
 「雑魚寝で良いじゃないですか」
 「アクシーの可愛い声を他の奴に聞かせたくありません」
 怪訝そうだったアクシオンの頬が、ぱっと真っ赤に染まった。
 6年経っても初々しい反応に満足しつつ、ルークは夜用の声でアクシオンに囁いた。
 「お仕事溜まってたのかもしんないけど、あんまり相手してくれなかったら、俺はもう寂しくて…」
 「は…はい、それは申し訳ないと…」
 「んじゃ、今夜はしっかり構ってくれるよな?」
 アクシオンは眉尻を下げて、困ったような顔でルークを見上げた。だが、その潤んだような瞳に余計にそそられて、ルークはいそいそとアクシオンを押し倒したのだった。

 
 ハイ・ラガードに着いたルークとアクシオンは、他の新参者同様、入り口で世界樹を見上げた。
 「は〜…相変わらず、でかいなぁ」
 「そうですね…幹の具合や樹冠の形、葉のタイプが同一に思えます。おそらくは、同じ種類の樹木かと」
 同じだとしたら、やっぱり世界の浄化のために植えられたというものなのだろうか。この世界に複数の世界樹が存在するのだと考えると、エトリアの世界樹の一本を活動停止させたのくらい、大したことないような気がしてきたが。そもそもエトリアのも、ヴィズルを倒し一瞬乾きかけたが、そのまま立ち枯れもせずに青々としているし。
 「この地下にも、滅んだ文明があるのかねぇ」
 「…どうでしょう…空飛ぶ城へと繋がっている、という迷宮ですから、上へと向かっていると考えた方が良さそうですし、そうなると、地下を確認することが出来ません」
 「そりゃそうか」
 エトリアの迷宮の謎を全て解き明かしたのは<ナイトメア>だが、全てでは無いにせよエトリアの迷宮に潜った冒険者は多い。そういう人間がこぞってここに来ているのなら、同じタイプの迷宮であればさっくりと解き明かされそうだ。
 たぶん、エトリアでも冒険者をしていた、というのはあまりアドバンテージにならないのだろう。さもなくば、今頃とっくに空飛ぶ城とやらの秘密が知られているだろうし。
 そもそも、ルークには油断する気も慢心する気も無い。それは、虚心で、というよりも、単純に己が鈍っているのを自覚しているからである。
 アクシオンも、今はすっかりお針子にジョブチェンジしているようなものなので、メディックとしては腕が落ちているし。
 言葉通り、初心に返って駆け出しのつもりで行動するしか無い。
 「えーと、どうせ最初は冒険者ギルドで登録だよな…すみません、冒険者ギルドはどの辺ですか〜」
 「あぁ、あちらの…そうですね、あの大荷物の人たちが向かっている、あの建物です」
 「どうも〜」
 その辺に立っている衛士に教えられて、そちらに向かう。
 「躾の良い衛士でしたね」
 「そうだな、冒険者をないがしろにしないよう教育されてるんだろうな」
 冒険者、というのは、一般に荒くれ者が多い。この国のように、冒険者であればお尋ね者でも平等に扱う、などと明言しているような場所ではなおさらだ。
 だが、衛士、という国に属する人間が、その冒険者を監視する、というよりも、親切に扱おうとしている、ということは…よほど治安が良いか、あるいは、冒険者に頼らざるを得ない何かがあるのか。
 もし後者だとして…お尋ね者に頼ってまで、速やかに迷宮の謎を解き明かしたい理由、とは何だろう?少なくとも、エトリアのように長期的に迷宮で儲けようとはしていないのだろうが。
 まあ、おいおい分かるだろう、とルークは首を振り、建物の方に集中した。
 冒険者ギルドはごった返していた。
 ルークが最初の噂を聞いてからでさえ1年以上経っているというのに、まだまだ続々と新規の冒険者が集まってきているらしい。
 衛士や役人風の服装の男がまごつく冒険者たちを手慣れた風に誘導している。
 順番を待って、ルークもカウンターまでやってきた。
 手渡された紙に、ざっと目を通していると、如何にも何度も言ったという機械的な口調で様々な注意がされた。
 それが途切れたので、あぁようやく終わったか、とルークは目の前の金髪女性と思しき鎧に問いかけた。
 「ギルド名<ナイトメア>って登録できる?」
 「出来る。ただし、<ナイトメア16>になるが」
 「は?16?」
 「伝説のギルドだからな。あやかろうと<ナイトメア>にするギルドが多いのだ。既に15の<ナイトメア>があるので、管理上、次は<ナイトメア16>になる」
 これまた何度も繰り返したセリフなのだろう、淀みなく平坦に告げられた内容にアクシオンと顔を見合わせ、同時に吹き出した。
 「ぷっはははは!い、いや、悪い…ちょっ…」
 「い、いえ、ひょっとしたら、格好良いかもしれませんよ、<ナイトメア16>!」
 あんまりにも受けたので、ギルド長は首を傾げたが、何か二人だけに通じる冗談か何かの類なのだろう、と事情を聞いたりはしなかった。
 「では、<ナイトメア16>なり、新しいギルド名を考えるなりして、あちらで書類を記入するように」
 「OK、OK。やー、久々に笑ったわー」
 目尻に涙まで滲ませながら、ルークはアクシオンと共にカウンターを離れた。
 相変わらず自分たちが伝説であるという自覚の無いルークにとっては、何かの冗談にしか思えない出来事であったが、面倒なのはこれで新しいギルド名を考えなくてはならない、ということだ。いや、<ナイトメア16>でも良いが、吟遊詩人として二番煎じのようなものは気に入らない。本家なのだが。
 「さぁて、どうしたもんかねぇ」
 「今回の迷宮にも夜清水があるかどうか分かりませんしねぇ」
 「前回が、夜活動するからナイトメア…悪夢…うーん…」
 もやもやっとした連想が湧いて、ルークは何気なく口に出してみた。
 「白昼夢。デイドリーム」
 「あぁ、それも良いですね。むしろナイトメアよりお昼寝っぽいです」
 さらっとアクシオンが賛成したので、まあいいや、とあっさり決定する。
 そして、リーダー名及びアクシオンの名と職業を書き終えたところで。
 「そこのお前!」

 前回の話に合流。



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