聖騎士の青年




 少年は、何不自由なく暮らしていた。
 彼の生家は、大国ローザリア聖十二騎士団の中でも強大な、中央五星騎士団の一つであるグリフォール家であった。グリフォール家は騎士であったがかなり王族に近く、更には俗世にもそれなりにまみれていたので、騎士団の中でも最も富んだ一族でもあった。
 騎士なのに商売に手を出すなんて、という誹りもあったが、少年の耳には入ってこなかった。ただ、自分の一族がかなりの税金を国家に収め、それが故に国家に貢献している、ということだけは知っていた。
 少年は、長男とはかなり離れて生まれた三男であった。長男とは20歳以上、長女、次男、次女とも15歳ほど離れていたので、両親や家族にそれはもう猫可愛がりに可愛がられており、世間のイヤな噂など耳に入る環境では無かったのである。
 家族や召使いの噂を聞いていると、彼のグリフォール家は聖騎士団の中でも国にとって最も重要な一族であると思われ(それはかなり事実でもあったが)、少年は幼いながらにも誇りに身を膨らませていた。
 ローザリアには、その対極にいるような一族がいた。
 セントレル家は質実剛健を旨とし、商売などには手を出さず、国から封された領地の収入のみで暮らしていたが、その武力、とりわけ騎馬能力は他の騎士団の追随を許さなかった。
 セントレル家とグリフォール家は、同じ国に仕える騎士団であり、表だって反目してはいなかったが、それでもお互いの家風を些か軽んじる気配はあった。
 もちろん、少年も、周囲に何かれとそのような話を聞かされていたので、セントレル家を煙たく思い、己のグリフォール家を誇りにしていた。
 セントレル家は、戦が無ければ役に立たない一族である。平素の貢献度でグリフォール家に勝る一族は無い。
 だが、そのセントレル家が一躍、衆目を集める事件があった。
 セントレル家の次男が、エトリアという小さな街にあるという<世界樹の迷宮>を制覇した、というのである。
 今まで聞いたこともないような街の迷宮如きを制覇したから何だというのか。
 グリフォールの家の者はそう言ったが、その迷宮から滅んだ文明の遺跡が発見されたこともあり、セントレル家の次男は時の人となった。
 本人はセントレル家から出奔した身ですから、と控えめであったが、王の興味を引いたこともあり宮殿に招かれ、他の貴族の晩餐会にも引っ張りだこ、という状態となった。
 少年も、一度は挨拶をした。
 人の良さそうな穏やかな顔の青年。驕ったところもなく、困ったように皆に訥々と説明していた。
 隣には美しい金髪の女性。
 少年には女性のファッションのことなど理解できなかったが、それでも結い上げた髪をまとめるように載せられた小さなヘアドレスが、異様なほど傾けられ、花やベールが片目の前に垂れ下がっているのが奇妙に思えた。もっとも、その後しばらくして、そのアンバランスなヘアドレスの類は『ターベルハット』などという名前を付けられ一般にも流行ったようなので、少年には分からない何某かの魅力があったのかもしれない。
 とにかく、その事件の時、少年は思ったのだ。
 平素には役に立たない一族の癖に生意気な、と。
 そして同時に、さすがはセントレル家の一員だ、武力においてセントレル家に勝る一族は無い、という風聞も聞こえてきていたので、余計に苛立った。
 グリフォールはその増え続ける富によって国に貢献している一族ではあるが、あくまでも騎士団なのである。まるでグリフォールが武力においてはセントレルに劣る、と思われるのは如何なものであるか、と。
 そう、もしも彼がもっと大人であったなら、彼も世界樹の迷宮に赴けたのだ。そうしたら、あんなセントレル家の次男などに負けようはずもない。
 あぁ、もし、僕がもっと大人であったなら。


 そうして、6年が経った。
 彼が18歳となり、一人前と認められる年に、噂が聞こえたのである。
 北方の公国ハイ・ラガードにて迷宮が発見された、と。世界樹の根本から、空飛ぶ城へと繋がる未知の迷宮なのだ、という。
 各地の冒険者たちがこぞって迷宮に挑んでいるが、未だ空飛ぶ城へと辿り着けた者はいない、と。


 その結果。
 世間知らずの僕ちゃんは、迷宮制覇、ひいてはグリフォール家の名誉のためにハイ・ラガードに向かったのである。
 

 馬車の中で、彼はぶつぶつと文句を言っていた。
 「何だ、この粗末な馬車は。こんなに座り心地の悪い馬車は初めてだ」
 「おぉ、申し訳ございません、若様。しかし、こっそりと、と申されましたので、一般人に身をやつすより他なく…」
 「分かってはいるが、それにしても…」
 「若様〜帰りましょうよぉ〜」
 青年になった彼、サナキル・ユクス・グリフォールは、いざ思い立ったはいいが、実際にどうすればよいのかはさっぱり分かっていなかった。
 なので、とりあえずは彼の教育係でもあった爺ことバースに相談を持ちかけたのである。もちろん、爺は反対した。が、自分の目の届かぬところで家出なんぞしでかされるよりはマシだろう、と巻き込まれることにしたのである。
 もっとも、ちゃんと書面で主に書き置きはしておいたので、本気で連れ戻そうとグリフォール家が思えば、あっさりとこの家出は終わるはずであるため、バースはそれほど心配はしていない。
 バースの見たところ、グリフォールの家長はサナキルを可愛がってはいたが、それは愛玩動物的可愛がり方であって、騎士団を率いる者としての教育を施している気配は無かった。つまりそれは、三男として飼い殺しにするつもりだった、ということである。これが大事な跡継ぎででもあったなら、速攻連れ戻されるであろうが、サナキルであれば、まあ余程グリフォール家の名誉を傷つけない限りは放っておけ、というスタンスであろうと推測された。
 ま、男たる者、一度くらいは世間に揉まれるのもよし、万が一、迷宮制覇でも成し遂げたらセントレル家への牽制にもなるし、程度のものであろう。
 ローザリアは大国であって、最近はあまり大きな戦も起きていない。それが故に、騎士未満の青年が国を飛び出すのも、特に国家への反逆と見なされるわけでもなく、むしろ騎士となる青年らしいと賞賛される向きがあったのも幸いした。まあ、そうでもなければ、セントレルの次男もソードマンなどになれなかっただろうが。
 バースはそこまではこの若様には解説していない。引退した元従士として教育を施した身ではあるが、この若様は基本的に甘やかされた世間知らずの坊ちゃんなのもよーく理解していた。引き留めるどころか、むしろどこまでやれるか見物じゃわい、くらいの気分である。
 バースは、本当は若様と自分、更に自分の孫の3人でハイ・ラガードに向かうつもりであった。
 ところが、サナキルが寝所を抜け出す際に一人のメイドに見つかってしまい、坊ちゃんはうまい言い訳も出来ないままバースのところまでそのメイドを連れてきたのである。
 もちろん、家出するのだと知ったそのメイド、ファニーはそりゃもう反対した。
 が、サナキルは甘ったれではあったが思いこみは激しい人間であったので、絶対に意志を曲げようとはしなかった。
 その結果。
 ぐだぐだ言い合って時間をかけたら家出が他の連中にもばれる、ということで、ファニーまで巻き込んで家出と相成った次第である。
 そのファニーは、サナキルがぶつぶつ言うたんびに「だから帰りましょうよ〜」とか「若様、おうちならふかふかベッドですよ〜」とか誘惑しているが、さすがに家出して1日目では若様もへこたれなかった。
 粗末な馬車に揺れているのは、もう一人。
 バースの孫であるエルムである。この少年は、いつもと変わらず無表情に若様とメイドの言い合いを聞いている。
 この孫はバースの心配の種であった。
 彼の家系は、グリフォール家の従士である。
 バースの長男の長男であるこのエルムも、いずれは従士になるはずだった。
 だが、8年ほど前、病が彼を襲った。その結果、エルムの股関節は歪んだまま固着し、いくら気を付けの姿勢を取ろうとしても直立にはならず、だらしなく足を投げ出しているかのような姿勢しか取れなくなっていた。
 それは、騎士の従士としては致命的である。
 そうして、当たり前のように約束されていた道は閉ざされ、エルムは酷く塞ぎがちな少年となった。
 命が助かっただけでも儲けもの、そういう慰めもあったが、それでも幼い頃から信じてきた道からいきなり閉め出されたのである。
 もちろん、エルム本人もどうしたらいいのか分からないだろうが、実はバースやその息子もどうするべきなのかさっぱり分からなかった。彼らもまた、グリフォールの従士以外の道を知らなかったのである。
 引退した身であるバースは、メディックの医術には頼っていられない、と様々な方法を模索した結果、巫術、という類のものに手を染めることになった。それは彼らの国では土着民の信仰とでも言うか、まやかしの類だと思われていたので表だっては行えなかったが、それでも可愛い孫のためなら何かをしたかったのである。
 今のところ、成果は芳しくない。
 だが、少なくともベッドから起き上がり、普通の生活であれば過ごせるようにはなった。
 その可愛い孫を家出に付き合わせたのは、世間というものを見せたかったためである。バース自身もよくは分かっていないが、きっと世の中にはきらびやかな騎士とその従者、というもの以外も無数に存在するはずであったから。
 エルムは、バースの誘いにあっさりと頷いた。
 ただ、それは本人が希望している、というのではなく、敬愛する爺ちゃんが言うことだから従った、という以上のものではなかった。
 今のエルムに「何かをしたい」という熱は無い。ただ思うように動かない足を引きずりながら、死ぬまでの日々を惰性で過ごしているだけであった。
 目の前の、年若い主の我が儘も、困ったような顔のメイドが士気を盛り下げようとしているのも、同様に興味なさそうにぼんやりと眺めている。
 ワシが16歳の頃には、そりゃもう毎日が楽しかったものじゃがなぁ、とバースは眉を寄せた。
 屋敷の可愛いメイドたちにちょっかいを掛け、主に従って宮殿にお供し…もちろん、剣の稽古も怠らず、主が過ごし易いよう心を配り、時には主の馬を見回り、ついでに馬具屋の娘に声をかけ…あぁ、あの黒髪の娘は可愛かった、身分の違いさえなければあれを妻にしても良かったんじゃが…とにかく毎日が輝いていたはずだった。
 だが、今のエルムには毎日が灰色に映っているのだろう。
 バースとしては、可愛い孫にそんな青春を送らせたくない。たとえ一時のことでも、心躍る体験をさせてやりたい。
 迷宮、というのが、どのようなところかは分からないが、エルムもそれなりに武芸の心得はある。少なくとも、毎日ぼんやりと時が過ぎるのだけを待ち続けるよりはマシだろう。

 うんざりするような馬車及び徒歩の旅を経て、ようやくハイ・ラガード公国に辿り着いた。
 話には聞いていたが、首が痛くなるほどの角度でないと頂点が見えない大樹に、サナキルは渋々ながらその大きさに驚いたと表明せざるを得なかった。
 道行く人々は、ほとんどが若く、そして身軽な姿であり、重厚な鎧を付けているのはおそらく公国の衛士であると思われた。
 「ふむ、冒険者に騎士はおらぬのか」
 「そうですのぅ…本物の騎士というものは、そうはおらぬかと」
 「全くだ。そもそも、冒険者如きに身をやつすようでは、本物の騎士とは言えぬか」
 お前が言うな、という突っ込みは誰もしなかった。
 人々の流れを見れば、特定の建物に吸い寄せられているのは明らかであったが、冒険者なるものになるには、まずどうすればよいのか、というのは、サナキルにはさっぱり分からなかった。
 ともかくは、冒険者共が向かう建物に入ってみよう、と流れに沿って歩き出す。
 その後を他の3人が付いてくる。その状態はサナキルにとっては確認するまでもなく当然のことであり、従者の方も異論を唱えたりはしなかった。
 「しかし、ファニー殿は如何なされる?ワシらは冒険者となり、世界樹の迷宮を解き明かす、という目的に向かって邁進するつもりじゃが…」
 「部屋待ちのメイドも必要だろう」
 サナキルがさっくりと言ったが、これまでの道行きでそんな余裕が無いことは分かっている。冒険者向け宿屋などというものに泊まるのは不愉快であったが、手頃な屋敷を買い取るほどの金も持ってきていないのだ。
 サナキルに、金銭感覚、というものは存在しない。自分で買い物をしたことすら無いのだ。
 バースはそれなりには用意してきていたのだが、途中でサナキルが最高級の料理や個室を選んだこともあり、すでに手元不如意となっている状態である。つくづく甘い、としか言いようが無い。
 「ファニーはまだ反対です、若様〜。お遊びにしても度が過ぎますよ〜」
 どう見てもメイド服という目立つひらひらをなびかせながら、ファニーはおろおろと両手を揉みしだいた。
 「好きにしろ。僕は冒険者として迷宮を制覇する。お前は、帰るもよし、この街で待つもよし、それとも共に来るもよし」
 「若様を置いてなんて帰れませんったら〜」
 あうー、と呻きながら、ファニーはずり下がった眼鏡を元の位置に戻した。
 「ふえええん、それでもどうしても若様が行かれると仰るなら、ファニーも一緒に参ります〜。若様付きメイドとして、精一杯頑張ります〜」
 「好きにしろ、と言ったぞ」
 サナキルは素っ気なく言って、足を早めた。背後では爺がファニーを説得しているようだったが、どうせ最終的には認めるに違いない。爺は良い奴だが、女に弱い。
 サナキルは、とある建物の看板を見上げた。
 装飾されているので読み辛かったが、冒険者ギルド、と書いてあるように見える。
 よくは分からないが、これが冒険者共の施設であることは間違いないだろう。
 ふむ、と呟きながら、サナキルは石造りの階段を登った。
 中は冒険者たちがごった返していたので、汗臭いというか皮臭いというか、あまり体験したことのない体育会系の臭いに満ちていて、サナキルは思い切り顰め面になった。
 なるべく息をしないよう無言で進み、どうやら責任者らしい騎士風の鎧の前に出た。戦いでも無いのにフルフェイスを下ろす必要はあるのか、とまじまじと見つめていると、向こうから声をかけてきた。
 「見ない顔だな。新参者か」
 「あぁ。世界樹の迷宮を制覇しに来た」
 「これは頼もしい」
 かすかに揶揄するような響きを感じたのは、何かの間違いだろう。グリフォール家の者であるこのサナキル・ユクス・グリフォールがわざわざ来てやったのに、一介の冒険者如きと同列に考えるとは何事か。
 眉を顰めていると、背後からバースが進み出た。
 「冒険者、というものになりに来たのじゃが、まず何をすればよろしいか。勝手に迷宮へ向かえば良いのかの」
 「いや…まずは、このギルドで登録する必要がある。冒険者のギルドに認められれば、それは全てこのハイ・ラガード公国民となる。たとえお尋ね者であろうと、貴族であろうと、それは皆平等に受け入れる。…冒険者である限りは、な」
 「…僕はこの国の民となる気は無いのだが…」
 「若様、ここは受け入れるべきかと…」
 「しかし、だな、この僕がハイ・ラガードの国民になるなどと、お父上が聞かれたらどんなにお嘆きになるか…」
 金髪の少年…いや青年が如何にもお育ちの良いことをぶつぶつ言うのを、ギルド長は醒めた目で見た。どうやらお尋ね者では無い方の喩えの種類であったようだが、これはすぐに尻尾を巻いて逃げ帰るのでは無かろうか。
 「無論、この国から離れる際には、公国証は廃棄し、公国民登録から外すことは可能だ。もちろん、再び迷宮へと向かうのであれば、登録から始める必要があるが…とにかく、この書類を作成し、提出するように。あちらのテーブルに、書式の見本がある」
 次の新参者が彼らの背後で待っていたので、ギルド長はサナキルたちを隅のテーブルへと向かわせた。
 無礼な、などとぶつぶつ言いつつ、サナキル一行は示されたテーブルへと向かう。
 確かにそこには書類の作成例とインク壷、羽ペンが置いてあった。
 「ふむ…名と職業…いや、まずはギルド名とそのリーダー?リーダー、というのは、何をするのか」
 独り言をこぼしていると、壁に立っていた衛士が歩み寄ってきて解説した。
 「リーダーとは、その名の通り、ギルドの代表者です。ただ、そういった書類作成や公宮でのミッションの交渉などもリーダーの役目ですので、ギルドによっては雑用係のようなものであることも…」
 「…む」
 サナキルは眉を寄せた。
 雑用係、という単語にだけ反応して、ペンと書類とバースに押しつける。
 「爺、お前がやれ」
 「若様、若様を差し置いて、この爺がリーダーとなる訳には参りません」
 「爺はこの僕に雑用係をせよと言うのか?」
 「そうではありませんが、しかし、リーダーというものは…」
 もちろんエルムは無関心だったし、ファニーはおろおろとしているだけである。
 サナキルとバースが言い合っている間に、そのテーブルに、同じくギルド長から示されたらしく書類を持った冒険者がやってきた。
 時折隣に確認しながらも、手慣れた様子でさらさらとペンを走らせる姿に、サナキルの視線は釘付けになった。
 派手なひらひら服の男は、宮殿で見る道化師のようだったが、少なくともサナキルよりはこういったことに慣れているらしい。
 その男は、書き上げた書類を指でなぞりながら確認し、隣に笑いかけた。
 「ま、こんなもんかな。まだ二人っきりだけど…」
 「きっと仲間はすぐに見つかりますよ。自分でギルドを立ち上げるのは面倒だけれど冒険はしたい、という方は多そうです。この国の書類は面倒そうですから」
 「確かにな〜。いちいち報告書が必要なんて、冒険者向きじゃないわな」
 けらけら笑っている灰色の髪の男に、サナキルはびしぃっと指を突きつけた。
 「そこのお前!」
 「…俺?」
 きょとんとして人差し指で自分の顔を指した男に、サナキルは寛大な笑みを浮かべて見せた。
 「たった二人で迷宮に挑むつもりか。この僕が、お前たちのギルドに入ってやる。ありがたく思え」
 目の前の男は、自分を指さしたまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。
 背後ではファニーがますますおろおろと両手を握り、バースがサナキルの腕を遠慮がちに引っ張っていたが、サナキルは視線を外さなかった。
 灰色の髪の男は、暢気にぽりぽりと頭を掻いてから、隣の10代後半美少女に問いかけた。
 「どうする?アクシー。渡りに船って感じではあるけど」
 「そうですねぇ…見たところ、パラディンその他ご一行、ですが…他の方の職業は?」
 おっとりした声音で聞かれ、サナキルは胸を張って言った。
 「僕はパラディンだ。それで十分だろう」
 「…いや、十分じゃないから」
 さっくりと突っ込まれて眉を顰めている間に、バースが口を出した。
 「失礼いたしました、ワシは巫術を扱う者でしてな。この孫は鞭を操ります。…えー、このメイドは…」
 言葉を濁したところで、ファニーが「はうー」と意味不明に呻きながらも片手を上げた。
 「ファニーは銃を撃てます〜。お父様がガンナーですので〜」
 え、とバースが振り返ったが、ファニーは眼鏡の奥の目をきょろきょろさせるばかりであった。
 「えー…まあ、それなりにバランスは取れてる…か。前衛と後衛と、回復役がいるってことで」
 「回復役が重複してますけどね」
 くすくす笑った10代後半美少女は、サナキルに向かって穏やかに頭を下げた。
 「こんにちは。では、改めて…メディックのアクシオンと申します」
 「俺は、バードのルーク。んじゃ、俺が立ち上げるギルドのメンバーってことで登録して良い?俺がリーダーってことになるけど」
 「うむ」
 サナキルは重々しく頷いた。
 グリフォール家の者としては、吟遊詩人などという道化に従うのは問題あるようにも思ったが、細かい雑用を行い、サナキルが冒険者に集中出来るように心を砕く召使いが必要なのも確かだと思われた。どうもバースも、サナキルよりは人生経験があるが、冒険者、という職業については素人のようであったし。
 「しかし、ギルド名はグリフォールにせねばなるまい。この僕が率いるギルドなのだからな」
 リーダーの名前はともかく、内実は自分が取り仕切るのが当然だと思っているサナキルのセリフに、アクシオンはぷっと吹き出し、ルークは少々苦い顔になった。
 馴れ馴れしくサナキルの肩を叩き、ゆっくりと首を振った。芝居がかった動作ではあったが、目は真剣であったため、素直に聞く。
 「あのね、坊ちゃん。大真面目に忠告しとくけど。…冒険者ってのは、きれい事じゃすまないことあるから。この迷宮は、空飛ぶ城に繋がってるらしいが、それがホントとして、もし上で空飛ぶ民に前を立ち塞がれたらどうする?向こうから斬りかかってきたら、殺しちまうかもしれない。そんな時、<グリフォール>が言葉も通じて独自の文化も持ってる相手を容赦なく切り捨てた、なんて噂が広まったらどうする?少なくとも、聖騎士としてのグリフォールの名に傷が付くだろ?」
 どうやら、相手はグリフォール、という言葉でサナキルの出自を見破ったようだった。もっとも、それに気づいたのは背後のバースであって、サナキル本人は、グリフォールという名が他国の人間にとっても同じように有名で当たり前、という認識であったので、さして驚きもしなかったが。
 「随分と、具体的、かつ限られた仮定での話であるようには思えるが…」
 だが、目の前のバードがサナキルを丸め込もうとしているようには思えなかった。サナキルにも、それなりに人を見る目というやつがある。
 「まあ、そのようなこともあるのだろうな。…<ナイトメア>にも悪名が付きまとっているようだ。グリフォール家に傷が付くようなことがあってはならん」
 「OK、分かって貰えてありがとう。…ってことで、もう記入した通りの名で行くからな」
 「ふむ、ギルド名は何と?」
 あまり格好悪い名では困る、と聞いたサナキルに、吟遊詩人はにやりと悪戯っ子のように笑った。
 「ギルド<デイドリーム>。まったりと穏やかに探索していきましょ。お昼寝でもしながら、ね」



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