5人パーティー




 ルークとアクシオンはしばらく二人きりでエトリアの街をウロウロしていた。
 とりあえずは食事と宿の説明だとかお互いのライフサイクルの摺り合わせなどをしていたのだ。
 冒険者なら冒険に出ろや、という管理長の嘆きも聞こえてはいたが、二人きりでは迷宮に入ってもすぐに怪我をして敗退してしまう。
 アクシオンの隣で弓を放ちながら、ルークは改めて、自分が時々数合わせに入ったパーティーは前衛がちゃんとしてたんだなぁ、と身に浸み入らせた。
 ちなみに、アクシオンはメディックだが前衛に出る気満々で、ルークを背後に庇おうとしたのだが、さすがに男の沽券に関わる、とルークも慣れもしない前衛を務めたのだが。
 「前衛が欲しいな。ソードマンとかパラディンとかダークハンター」
 宿代の節約も兼ねてエトリア郊外まで昼寝しに行きながら、ルークはアクシオンに言った。
 本当は柔らかいベッドで休みたいだろうに、文句一つ言わずに一緒に草原に転がりに行っているアクシオンは大きな目をくりくりさせながらルークを見上げた。
 「ギルドに募集を出しますか?」
 「そうだねぇ。と言っても、新しくエトリアに来る冒険者志望の奴をひっかけるしか無いだろうけどな」
 ベテランが今更メディックとバードだけのギルドに入ってくれるとは思えない。それに、あんまりベテランが来ると、リーダーとしての立場も無い。別にリーダーの権威などに拘りはしないが、アクシオンに手を出されては困るので、そのくらいの釘は刺せる相手でないと。
 草原に大の字になって青空を見上げると、隣にアクシオンがころんと横になった。アクシオンの寝方はまるで胎児のように横向きに丸まるという大変愛らしい姿である。何度手を伸ばして抱き締めたくなったことか。
 ルークの広げたマントの上でアクシオンはすぐに安らかな寝息を立て始めた。
 もー、一目惚れしたって男の前で何て無防備な、とひとしきりぶつぶつ呟いてから、ルークも目を閉じた。
 ルークにとって昼寝とは至高の一時であり何にも代え難い習慣であったが、一般論としてベッドでゆっくり休むよりも体力回復の役に立たないことは承知している。
 何だか稼ぎが悪い夫を責めもせずににこにこしている健気な幼妻みたいだな、などと余計な妄想をしてから、ルークは目だけでなく思考も閉じた。

 オレンジ色に染まる道を帰っていき、酒場に顔を出した。
 まだ執政院に認められる冒険者では無いので依頼は受けられないのだが、余所からやってくる冒険者を引っかけるなら一番に顔を出すのはギルドか酒場と相場が決まっている。宿という可能性もあるのだが、泊まりもせずに宿をウロウロするのはさすがに気が引ける。
 そんなわけで最低ランクのパンを囓りながら客の観察をしていたのだが。
 アクシオンが見つけたのは、まだ子供と言っていいくらいの少女であった。それもどう聞いても家出してきた世間知らずの小娘。
 そりゃまあアクシオンが言う通り、見過ごすのも後味が悪い。冒険者の中にはあまりよろしくないタイプの男もいるし、そうでなくても気が立っていたら乱暴になったり…まあ有り体に言って血を見た後は性欲が高まる奴もいるのだ。
 このピンクの髪の娘がまた無駄に肌を露出した服装をしているので、遊ばれた挙げ句にどこかに売り飛ばされる可能性だってある。まあ、冒険者としてやって行けなければ、家まで送ってやってもいいし、とりあえずは様子を見よう、とルークは判断した。
 ちょっぴりだけ、この娘が年齢と性別的にはアクシオンにお似合いだという点が気になったが。
 外見的にはアクシオンは俺と並ぶ方が釣り合っている、と自分に不毛な慰めを与えてみた。
 それはともかく。
 アクシオンが小娘のテーブルに移動した時に、何か危ないことに巻き込まれそうなら自分も出て行かねばと移動したテーブルに、同じように移動してきた男がいた。
 意識を半分以上アクシオンの方に向けていたので話半分に聞いていたが、どうやら相手は、小娘のテーブルに向かった金髪美女の連れらしかった。
 装備は古ぼけた簡素な防具だが、言葉の端々に育ちの良さが滲み出ている。
 どうやら悪い男ではなさそうだが、これまた家出してきた世間知らずのお坊っちゃんと言う感じだ。
 はてさて、あの金髪美女に誑かされたのか、と聞いてみれば、単にエトリアへの途上で2日前に出会っただけの仲と知った。何でも狼に襲われていた美人を助けたというきっかけらしい。
 
 何故か小娘との会話に参加してきた短髪の男にアクシオンが怪訝そうな目を向ける。
 「えっと…ルーク、そちらの方は?」
 アクシオンの視線を受けて、短髪の男が腕を降ろして姿勢を正した。元から背筋はぴんとしていたが、ほとんど直立不動になる。
 「あぁ、申し遅れました。自分はリヒャルトと申します。実は先ほどこちらのテーブルにお邪魔した金髪の錬金術師の連れでありまして、何をしでかすのか、と、そこのテーブルに腰を下ろしましたところ…」
 「同じくアクシオンに何かあったらすぐに手を出せるようテーブルを移ってた俺と目が合ったってわけ。んで、さっきまで話してたんだが…」
 ルークがちらりと視線を向こうにやったので、小娘も釣られてそっちを見た。
 …金髪美女がぐいぐいとジョッキを空けている。
 周囲の男たちが囃し立てているが、どうやら酒豪らしく顔色一つ変わっていない。
 まあ、酒飲みかどうかなんてのか関係がない。重要なのは、錬金術師だという点だ。
 「んでさ、こっちのリヒャルトはソードマンで、あっちの美人さんは錬金術師だってんで、俺たちのギルドにちょうど良いかな〜とか思ってたんだけど…」
 ギルドのリーダーはルークだが、ルークとしてはアクシオンと二人で作ったギルド、むしろアクシオンのために作ったギルドという認識である。アクシオンが不本意なら、いくら役に立つ人間でもすっぱり切るつもりだった。
 アクシオンは大きな目でルークを見上げた。残念ながら、その若草色の瞳からは、感情が読みとれなかったが。 
 「えっと…リヒャルトさんは、パラディンさんかと思いましたけど…」
 「はは…実は、実家は騎士の家系でありまして、自分もパラディンとして研鑽を積んでおりましたのですが、先日ソードマンとして生きてみたいと一念発起し、家を出た次第であります」
 「ちょっ…あんた、自分が家出のくせに、あたしに家出は両親に心配かけるのどうのって説教したの!?」
 いやいや小娘、それじゃ自分が家出娘だと言っているようなもんだぞ、とルークは思ったが、リヒャルトは何故責められているのか分からない、と言った澄んだ目で小娘を見て、ふむ、と言った。
 「いや、自分は次男ですし、男たる者、一度は自力で人生を切り開いてみよ、という家風でありますので…おそらく両親は気にしておらぬかと。年端もゆかぬお嬢さんとはまた事情が異なりますゆえ」
 やっぱり、育ちが良くて世間知らずの坊ちゃんだ。他人が自分を騙すことがある、ということを理解していないと思われる。
 家出が二人かぁ、とルークは溜息を吐いた。
 駆け出しギルドとしては高望みは出来ないが、それでも余計な面倒に巻き込まれたくないのだが。
 しかし、アクシオンはむしろそういう類の人間を保護せねばという意欲に燃えているらしく、立ち上がってリヒャルトを見上げ、ぺこりと頭を下げた。
 「それでは、よろしくお願いします」
 「いや、こちらこそ…ということでよろしいのでしょうか」
 ふとリヒャルトがルークを振り返った。
 「ん、アクシオンがいいんなら、いいんじゃない?」
 「リーダーはルークですよ?」
 「ま、ね。でも、一緒にやっていくんだから、アクシオンが嫌がる相手ならお断りするしさ」
 ルークとしては特に口説いているつもりもなく当然のことを言っているつもりだったが、ピンクの髪の小娘はあからさまに顔を顰めて、軽蔑するような目でルークを睨んだ。
 それから、アクシオンを見てぶっきらぼうに言う。
 「あんたさ、俺って言ってるけど、男なの?」
 「はい」
 もの凄くさらっとした返事だった。
 リヒャルトは目を剥いたが、さすがに育ちが良いだけあてあからさまに驚きの声を上げたりはしなかった。
 「男なら、何でこいつはあんたに遠慮してるみたいなわけ?好きな女に媚びてるみたいに見えたけど」
 「うっわー、きっついなー」
 ルークはけらけら笑って、アクシオンの肩を抱いて小娘にウィンクしてみせた。
 「いやー、俺、アクシオンに一目惚れしたからさ、立場が弱いんだよな」
 冗談半分に言ってみたのだが…実は心臓をばくばくさせていたのだが、アクシオンはほんわか笑顔で小娘におっとりと言った。
 「あ、一目惚れは、俺が19歳の男とは知らなかった時の出来事ですから。大丈夫ですよ」
 …何がどう大丈夫なのか。
 この人は危険人物じゃない、と主張してくれているのか、全く視野に入ってません宣言なのか。
 心でちょっと泣きつつ、ルークはカミングアウトがさらりとスルーされたことを、むしろ神に感謝すべきなのだろうか、と前向きに捉えることにした。
 「ま、そういう訳だから。アクシオンに手を出さないと約束してくれれば、ギルド参加は大歓迎だ」
 「出すわけ無いでしょ!あたしはもっと格好良くて強い男が好みなの!」
 「じ、自分も稚児趣味は持ち合わせておりませんので」
 よし、これで前衛二人と後衛二人……と考えてから、ルークは再び金髪美女を振り返った。
 ジョッキが増えている。
 あの錬金術師はギルドに参加するつもりがあるのだろうか。
 ルークの視線を見て、リヒャルトがテーブルの合間を縫ってそちらに向かった。
 「グレーテル、自分はあちらのギルドに加入させて頂いたのだが…貴方は如何なさるおつもりか?」
 「え?何?そんな話になってんの?」
 グレーテルと呼ばれた金髪美女は全く酔いを感じさせない動作で立ち上がった。
 周囲にいた…というか潰れている男たちにひらひらと手を振る。
 「じゃ、ご馳走さま〜。また声かけてよ。そっち持ちなら、いくらでも付き合ってあげる」
 その美貌と豊満な肉体を見せびらかすことが十分支払いとなっていることに自信を持っている態度でグレーテルはその場を離れてルークたちの元に歩いてきた。
 いわゆるぼんっきゅっぼんっな肉体をくねらすような歩き方を、小娘…カーニャが敵意を込めた目で見つめていた。カーニャも肌を露出した姿だが、やはりどこか幼いというか、胸はあるが胴回りがまだくびれていないというか、グレーテルと並ぶと明らかに見劣りがするスタイルなのが本人にも分かっているのだろう。
 グレーテルはその場にいた3人を見比べて、ルークがリーダーと見当を付けたのだろう。
 「あんたたち、冒険者のギルドなの?」
 「ん、ま、駆け出しもいいとこだけどな」
 「ふぅん…」
 じろじろと顔を覗き込まれて、ルークは深い青の瞳を見つめ返してから、抗いがたい誘惑に駆られて視線を下げた。
 真紅に光る布地の上着を持ち上げる豊かな胸のせいでそれ以外が見えない。
 女の子の好みとしてはアクシオンがど真ん中なのだが、それはそれとしてこれだけの胸を見るのはやはり眼福だ。
 「えーと、錬金術師とリヒャルトから聞いたけど?」
 「そうよ。同じく初心者だけどね」
 「…その年で?」
 カーニャが馬鹿にしたように言った通り、初心者というには些か年上のようだった。
 グレーテルは怒りもせずに肩をすくめてカーニャの頭を子供にするように撫でた。
 「そうよ、お嬢ちゃん。勉強し始めるのが遅かったからさ。…あの頃は、若いってだけでいい男が捕まえられると思ってたのよねー」
 「…いや、錬金術を覚えたら男が見つかるってもんじゃないと思うんだが…」
 「いいじゃない、私の勝手でしょ」
 にやにやしている様子は、真実を言っているようにも見えなかったが、深く追求するほどのことでもないのでルークはそれ以上言うことを差し控えた。
 アクシオンが少し首を傾げてからカーニャに向かう。
 「女性に年齢のことを言うのは失礼だと思いますよ。それに、20代後半は、勉学を始めるのに遅いという年ではありません」
 「言ってる言ってる。あんたも年齢のこと言ってる」
 「…あ、失礼しました」
 深々と頭を下げるアクシオンに、グレーテルはさばさばと言った。
 「べっつにー。私、気にしないわよ。気取ったからって若返るわけじゃなし。あ、私、28歳ね。30までには良い男捕まえて結婚したいのよねー」
 「そうですね、初産は35歳までに済ませておいた方がいいですから」
 「…いや、メディック、それは個人の自由だからね…」
 何となく微妙な問題をすっぱり言ってのけたアクシオンに冷や汗をかきつつ、ルークは気を取り直して改めてグレーテルに手を出した。
 「んじゃ、参加してくれるってことでいいのかな」
 「OK。別に他にあてもないしさ」
 あっさり言って、グレーテルはルークの手を握り返した。
 予想に反して少しかさついていて荒れた指先の感触に、あぁ、ちゃんと錬金術師なんだなぁ、とルークは顔には出さずに安堵した。
 「それじゃ、ともかくはギルドに移動して名前登録いたしますか」
 
 こうして。
 ギルド<ナイトメア>は最初の5名を集めたのだった。



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