エレベーター
ネルスは差し出された袋を、怪訝そうに受け取った。ピンクに白いレース付き、という女の子が貰ったら嬉しいだろう、という巾着をぶら下げると、中で何かが触れあってかしゃかしゃと音を立てた。
組み紐を解いてみると、中には貝殻が複数入っていた。
メディックが淡々と解説する。
「潤滑油です。衛生面を考慮して、小分けにしました」
潤滑油。
まさかあかぎれ用ではあるまい。
何とも言えない表情になっているネルスの横から、ひょこっと顔を出したショークスが中身を一個取りだした。
細い糸で縛られた貝殻を覗けば、中身は確かにワセリンのようなものらしい。
「今の気温では固体ですが、体温程度で液体に溶けますよ」
いや、そんなことを心配しているのでもない。
「とりあえず、10個用意しました」
<…10個?>
ネルスはざらりと巾着から貝殻を床に開けた。
1、2、3…12個。
アクシオンはやっぱり淡々と指先で貝殻を転がしながら説明した。
「10個が普通の潤滑油です。1つは催淫剤入り」
「…おい」
「あぁ、粘膜吸収型は女性向けのレシピしか無かったので、効果のほどは不明です。報告して下さい」
「へ?報告?何を?」
やっぱり微妙に無表情なまま、アクシオンはショークスを見つめた。
「そうですね、効果発現速度や持続時間、及び程度、といったところでしょうか」
「…どれが、そうなのだ?」
「あえて分からないようにしてあります」
確かに12個の貝殻はどれも同じようなもので、縛った糸も同じだ。
「…で、もう一つは」
「表面麻酔を加えています。痛みは無くなるでしょうが…」
そこでアクシオンは軽く肩をすくめた。
「快感も得られないでしょうね、おそらく」
「…嬉しくない効果だな」
しかし、それもどれかは分からないらしい。
ネルスはまた貝殻をざらざらと巾着袋にしまった。
頼んだ訳でも無いのにこんなものを寄越すメディックを見つめると、ふぅ、と息を吐いてちらりと背後を見やった。ルークが遠い場所にいるのを確認して、小さく言う。
「…少々、俺の好みではない場所での探索が続いていて、俺もちょっと疲れてるんです。軽い息抜きとしての趣味の調合だと思って下さい」
「…ふむ、てっきり自分たちのための実験かと思ったが」
リーダーとの仲を揶揄してみたが、あまり表情は変わらなかった。どうやら本当にテンションが低いらしい。
「そんなにイヤな場所だっけか?俺らも採掘に行ってっけどよぉ、下は雰囲気違うのか?」
「いえ、基本はあの辺りと同一ですが…下に行けば行くほど、空気が澱んでいるというか、風の一つも吹いていないし、埃やカビは積もっているし、戦闘でもすればそれが舞い散るし…くしゃみは出るし肌は痒いし」
はぁ、と大きな息を吐いて、アクシオンは癇性に手を擦った。
「閉所恐怖症のきらいは無かったはずですが、俺はもっと天井が高くて自然に近い迷宮が好みです」
「まあ、そりゃ分からねぇでもねぇけどよ。俺も1層とか2層とかが好きだし」
「…それでは、探索は進んでいないのか?」
「進んでいますとも。ルークのマッピングは丁寧ですから。ルークに任せておけば、間違いないです」
少々のろけておいて、アクシオンは立ち上がった。
「それでは。そちらも採掘の護衛、ご苦労様です」
肩を回しながらルークの方へと歩いていくアクシオンを見送って、ショークスはネルスにもたれた。
「息抜きなら、セックスすりゃいいのによぉ」
「…息抜きだったのか」
「そ、面倒なこととかイヤなこととか、全部忘れてぐっすり寝んの」
「…寝るな」
「終わった後だよ、当たりめぇだろ」
くっくっく、と喉で笑って、ショークスは本パーティーを眺めた。
「分っかんねぇけどよ。もうじき、終わるんだろうな」
「…さぁな」
見たことのない滅びた文明の遺跡を全て明らかにしたらどうなるのだろう。
迷宮というものだって、果てはある。
今まで誰も踏破したことがないとはいえ、世界樹の迷宮だって、いつかは全て解き明かされる。
「さぞかしワクワクするだろうと思ったがよ、何つぅか、寂しいような気もすんな」
<…終わり、をどう捉えるか、だな。迷宮に果てが見つかるということと、この街や我々が終わるということはイコールでは無い>
「相変わらずお前の言い方は回りくどいなぁ」
ショークスは一つ欠伸をして、ネルスにもたれたまま目を閉じた。
終わるのは寂しい。
けれど、代わりに何かが始まるかもしれない。
とりあえず…準備はしておこう。
ルークは荷物の中身を確認しながら、帰ってきたグレーテルを見上げて聞いた。
「で、男爵さまはどうだった?」
「んー…ま、分かり易い男だったわね」
肩を竦めながら両手を広げるグレーテルに、さもありなん、と頷く。
こっそりバード情報網で調べたところによると、男爵はもう50歳近くなのに妻帯したこともなく、己の身を黄金で飾ることだけが趣味のようだったから。
「ハゲでチビでおまけに足萎え。そのくせ自尊心だけはでっかくってさ、小さな自分を立派に見せるために黄金なんかで飾っちゃってんの。そんなことしたって、誰も見惚れたりしないって」
ふん、と鼻で笑ったグレーテルは、黄金色の髪を手で払った。
「ま、あんまり不細工すぎて可愛いからさ、また今度お茶しに行ってあげることにしたわ。絶対あいつじゃ行けやしない迷宮の話を肴にね」
「…あらま」
まさか、その不細工な小男に本気で惚れたりなんぞはしないとは思うが、からかいに行くくらいには興味を引いたらしい。
…まあ、玉の輿、とかそういう狙いかもしれないが。
そんなことしなくても、いい加減自分たちも金持ちなのだが。
あの滅びた遺跡から持ち込む素材はどうやら諸外国にも高値で売れるらしく、シリカ商店の買い取り価格もかなり良いのだ。シリカ商店から他に売りさばく際の値段は、心の安静のために聞かないことにしておく。
おかげでギルドの財政はかなり安定している。
5層の探索も順調で、先日は何かの機械を起動させたようなので、何か変化があるのではないか、と今日改めて上から探索をしていく予定だ。
「そっちは、今、どういう状況?」
帰ってきてぐったりしているサブパーティーに声をかけると、文旦が珍しく足を投げ出したまま答えた。
「はは…今日は久々に10人ほど死んでのぅ」
「…5人パーティーじゃん」
「いや、俺5回くらい死んだぜ?15人くらい死んだんじゃねーの?」
「我らは1回ずつくらいじゃったからのぅ」
はは、と苦笑して文旦はフレアの肩を抱いた。
カースメーカーの少女は、一層顔色を悪くして小さくなる。
「15人死んだかぁ…壮絶だったんだろうなぁ…」
遠い目をしたルークに、ミケーロが楽しそうに親指を立てた。
「おぅ!凄かったぜ!」
「自慢するでない」
「18階の清水に行こうと思ってよー、んで、16階から降りるよか20階から上がる方が敵と遭わずに済むんじゃねぇかなーって上がってみたら…」
「20階はあっさり通れたんじゃがの、19階に上がったところではしたない女どもにぶつかってのぉ」
どうやら姫君たちが復活していたらしい。
呪いと混乱とが降り注ぎ、もはや、死ぬ、リザレクションして生きてる間に一撃食らわす、呪いで死ぬ、とそりゃもう一歩間違ったら全滅の凄絶な戦闘を繰り広げたようだ。
「それでも、俺は全縛り出来たんで満足」
たらりと床に寝そべりながらも、ミケーロはにやにや笑っていた。
「ボクもシールドスマイト楽しかったにゃ」
シルバーシールドを磨きながら、シエルも楽しそうに笑った。
かなりぎりぎりの戦いだったようだが、その分達成感もまた大きかったらしい。
ただ、フレアだけは思い出したせいか真っ白な顔でがたがた震えていた。
「何だ、まだ血が苦手なのか?」
文旦とは逆側からクラウドがフレアを覗き込んだ。
「ご…ごめんなさい…」
「いや、謝って欲しいんじゃないが…」
クラウドは心底不思議そうに首を傾げた。
「女の子は血くらい見慣れてるだろうにな。そんなに苦手なら大変だろうに」
空気が凍った。
聞こえなかったふりをした方が良いんだろうか、と思いつつ、ルークは咳払いした。こういう時にはメディック、と思ったが、アクシオンはフレアとクラウドを興味深そうに交互に眺めているばかりで、何も言いそうにない。
文旦は口を開いては閉じるというのを繰り返し、小桃は僅かに頬を赤らめながらも、眉を吊り上げている。
あ、これは小桃が怒鳴るかな、というところで、あまり空気は読めていなかったらしいクラウドがさらっと続けた。
「あぁ、それともカースメーカーだから、あまり料理もしていなかったのかな」
「…りょ…料理?」
「あぁ。女の子なら、魚を捌いたり鶏を絞めて内臓抜いたり……」
そこでようやく妙な空気に気づいたのか、クラウドが周囲を見回した。
「…あれ。ひょっとして、山育ちじゃなかったら、そういうことしないのかな」
「そうですねぇ、街にはすでに毛も抜かれて血抜きもされた肉しか売られていませんし、魚もこのあたりのは小さいですからそれほど血が出るわけでもないですし」
如何にも「今の会話はただの料理関係のことでしかありません」と言うように、アクシオンがおっとりとした調子で肯定した。
「そ、そうだな、そもそもカースメーカーが自分で料理する姿が想像出来ないもんなー」
はははは、と浮ついた笑い声を上げて、調子を合わせたルークに、文旦と小桃も頷く。
クラウドは腕を組んで考え込んでいるようだった。
「…そうか…なるほど、子供の頃からそういうのに慣れていないと、血を見るのが苦手になるのかもしれないな…」
兄ちゃんは真面目だったが、その分ちょっぴり視野が狭かった。
自分の妹たちは血なんて平気な顔でざっくざっくと獣の内臓を抜いて皮を剥ぐので、「血を見るのが怖いなんて女の子らしくて可愛いなぁ」じゃなく「女の子なのに肉も捌けないのか、おかしいな」としか考えられなかったのである。
「しかし、それじゃあこの先困るだろう?女の子として、料理の一つも出来ないようでは…」
クラウドの頭の中では、フレアは妹に近いただの女の子である。それも、恋愛対象ではなく、鍛えてやらねばならぬ世間知らずのお嬢ちゃん、という認識だ。
クラウド的には、女が料理するのは当たり前であって、カースメーカーは結婚するのか、とか、料理するのか、とか、そういう疑問は一切持っていない。
「今度、時間が余った時があったら言ってくれ。鶏の捌き方くらい、教えるから」
「…は…はい…」
ちょっと呆然としていたフレアが、慌てて頷いた。
料理するか否かは別として、とりあえず兄その3が自信を持って命じてくることを、拒絶するほどフレアは根性が座っていない。
一応、兄その2こと文旦を見上げてみたが、顎を撫でながら考え込んでいるだけで、反対はしていないようなので、そのまま流されることにした。
とまあ、そういう展開なのは、見ているルークなんかには理解できているのだが、あえて反対するほどのことでもないので口は挟まなかった。
カースメーカーに鶏の捌き方は必要ないかもしれないが、知ってて困ることでも無いだろう。
何と言うかこう、エプロンしてお料理しているカースメーカー、という図は、カースメーカーのイメージ的にはどうだろう、という気はしたが。
サブパーティーと交代のように迷宮へと赴く。
いつものように磁軸から降り、扉を開ける。
「さぁて、どっか新しい道が開いてると良いんだが」
何かのスイッチは入れたし、それがヴーンと妙な音を立てて動き始めたのは分かる。
だが、それで具体的に何が変わったのか、と言われるとさっぱり分からない。
何か大がかりな仕掛けがあって、どこかの扉が開くとか通路が上がったとか下がったとかあればいいなぁ、という淡い希望を抱いているのである。
ここは滅びた文明の遺跡であって、ここで迷宮が終わり、という可能性が高いのだ。
だとしたら、先への道もなく、何かよく分からないけどこれでもう行ける場所は無くなって、はいおしまい、という微妙にすっきりしないオチだってあるかもしれない。
ただ、執政院の長の姿を見ていない。
それと、ツスクルが「最終階で使え」と言った硬いカードを使えそうなところは24階には無かったし、24階の窓ガラスは割れていた。ということは、やはりもう一階下へと繋がる道がどこかにあるはずなのだが。
レンとツスクルに聞きたいところだが、どうやらどこかに修行に出たらしく、捕まえることが出来なかった。
いつもの習慣で部屋から出てまっすぐ南へと向かっていると、何かの違和感に気づいた。
「…えーと…何か、違う?」
きょろきょろと周囲を見回すと、同じく立ち止まったメンバーが「「「あ」」」と声を上げた。
「何か、明るくない?」
「あれ、光ってます」
このあたりは窓ガラスから離れていて、真っ暗ではないものの少し薄暗くなっている区域であった。それが天井が淡く光って、まるで窓際のように明るくなっていたのだ。もっとも、外も地下なので、何で明るいんだ、という話はあるが。
とにかく、天井が白っぽくなったのは確かである。ランプの黄色い光とは違う、少し青みがかったような白さだ。
その青白くなった景色の中、一段と光っているものがあった。
取っ手のないつるつるの扉が二つ並んでいるところがあったが、その横の壁が一部光っているのだ。
そちらに近寄って、まじまじと眺めてみると、どうやら▽という模様が付いていて、それがうっすら光っているようだった。
「上も光ってますね」
扉の上の文様のような部分も一部光っている。
何だろうな〜と思いながらも▽に触れてみた。
かたん ちんっ
「うおぅ!?」
触れてもいないのに、扉が両開きに割れた。
中は部屋と言うには些か小さな空間だった。
首だけで覗き込んでいると、またかたんという音と共に扉が閉まりかけたので慌てて首を引っ込める。
「何も無いように見えたけど…一応、中を確かめるか」
「自分が扉を押さえます」
リヒャルトが扉の片側に立った。アクシオンは逆側に立っている。
ルークは中を改めて見た。
まずは正面、それから天井。
そして入ってから入り口に向いて。
何かが光っているのに気づいた。
ボタンのようなものがずらりと並んでいる。
少し躊躇ったが、扉は開いているのだからすぐに飛び出せるだろう、と適当に押してみた。
「む、閉まります…が、さほどでも」
閉まりかけた扉に力を込めたリヒャルトは、それがすぐにまた開いたので肩すかしを食らって照れ笑いした。
「…よく、分からないな」
ルークはとりあえず扉の外に出た。
リヒャルトとアクシオンが手を離すと、扉はすぐに閉まった。
「…あ、光が動いてます」
扉の上に並んでいた丸が、左方向へと動いていって、止まった。
「何か意味があるのかなぁ」
とりあえず扉が開くボタンだと認識した▽を押したが、今度はすぐには扉は開かなかった。
「また光が動いてます」
扉の上の丸はまた右へと光っていき、元の位置に止まったかと思うと、ちん、と音を立てて開いた。
「…分からん」
「何か、ごーって音がして、下に行ってまた戻ってきた気がする」
ずっと扉の脇で壁に手を突いていたカーニャが首を傾げて言った。
「なるほど。もう一回やってみるか」
ルークはまた中に入って同じようなところを押して出てきた。
そして閉じた扉に耳を押し当てる。
「…下に向かって、んで…あ、ちん、て言った」
「そういえば、下の階にも、同じような扉がありましたっけ。あそこと繋がってるんでしょうか」
改めて地図を重ねてみると、確かに同じ位置に扉があったような。
「下に、入れてない空間もあるんだよな」
ひょっとして、これでなら行けるのかも。
…とは思ったが。
「確信は無いんで、とりあえず俺一人で行ってみるわ。しばらくしたら、上でその三角押してくれ」
「危なかったら、悲鳴を上げて下さいね」
万が一、床が抜けるデストラップだったりしたらまずい、と一人で行くつもりなのだが、どうやら死んだら回収してくれるらしい。まあ、階段から回り込んだら、とっくに魔物に食い散らかされて蘇生できないような状態になっているだろうが。
「んじゃ」
扉の脇に立っているアクシオンと手をぱんと合わせて中に入った。
一番上のボタンを押し、閉まる扉に向かって手を振る。
さぁ、どうなる、と思ったが、閉まった扉がすぐに開いた。
「…あれ?」
これは扉を開けるボタンだったのか?とその下のボタンを押してみる。
扉が閉まってから、かくん、と小部屋が動き始めた。
どうやら下がっているらしいそれが、すぐに止まり、扉が開く。
…が、目の前は壁だった。
どうしたもんか、と眺めているうちにまた扉が閉まったので、別のボタンを押してみた。
結局、10個以上のボタンを押してみたが、目の前が壁じゃないのは1カ所だけだった。
それでも、何となくこれの使い方は分かった気がするので収穫だ。
これと同じような扉は、後3つあったのだし。
一番上のボタンを押すと、ひゅう、と今度は上がっていく感覚があった。
ちん、と音を立てて開いた扉から、とん、と降りる。
「お帰りなさい。早かったですね」
「ん、何となく仕組みが分かったような気がする」
「ルークは頭が良いから」
にこにこしているアクシオンの頭をくしゃりと撫でると嬉しそうに笑った。結構、心配をかけていたらしい。
「さて、んじゃ、みんなで行ってみるか」
5人全員で小部屋に入り、適当なボタンを押して壁のところに出るのと、ペンで印を入れたボタンを押してどこか別の場所に出るのを実地で説明した。
「ひょっとして、この△が上で、▽が下なのかしら」
いったん扉から出て、上と同じく壁に三角マークがあるのには気づいたが、上とは違ってそこには△しか無かった。
「もし途中の階に止まって、そこに△▽両方あったら、そういうことだろうな」
どうやら一番手前の扉からは下にしか行けそうに無かったので、次の扉に向かってみる。
そこで、仮説が実証された。
さて、新しい道は見つかるか、と思ったが、ある程度廊下は続いていたが狭い空間で行き止まりになってしまった。
地図を重ねてみると、どうやら22階の壁に囲まれていた部分に入っていたらしい。
何度もボタンを押して、これは壁、とメモっているルークを見ながら、カーニャが楽しそうな声を上げた。
「こういうちまちました作業は好きじゃないけど、でも、次はどこに行けるのかって、ちょっと面白いわね、これ」
「だな。新しいところに行けたら良いんだが…」
だが、この扉も、先に進めることはなく、ただ清水まで行くのがちょっとだけ楽になった、というだけに終わった。
同じような扉が渡り廊下の向こう側にもあるはずなので、今度はそちらに向かう。
「…なかなか最下層に行けないなぁ」
この扉でさえも行けなかったらどうしよう、最悪24階から外壁をロッククライミングで降りるしか無いんだろうか、と思いながら4つ目の扉でボタンを試してみると。
それまでと同じく上から押していって、行ける場所を確認していく。
「さて、これで最後ですよっと」
ぽちっとな、と本当に最後の最後のボタンを押して、ちん、と扉が開いた。
「良かった、どこかには通じたわね」
「今まで見たこと無い廊下だとは思いますが…さて、ここが最下層か、最下層に通じる階段があればいいんですが」
造り自体は、今までと同じに見える廊下に一歩踏み出す。
一応、すぐに行き止まりだったりでは無さそうだ。
「OK、マッピング開始」
なかなか先に進める場所がない、という精神的圧迫はあったものの、歩いた距離や敵との戦闘は大してしていないので、まだまだ皆元気である。
いつも通り抜け道を探しつつ道を探索し始める。
あまり変わった敵は出てこないものの、行き着いた窓ガラスの外を見て、ここが最下層なのだ、と知った。
「おかしな感じですね。地下へ地下へと降りてきたはずなのに、普通の町並みが外に存在している、というのは」
外には、煉瓦らしきもので囲まれた元花壇だろうなぁ、というものが等間隔に並んでいた。もちろん、それは崩れたり無くなったりしていて、中にあった植物は残骸になっていたり逆にやたらと伸びてこの建物を覆い隠していたりしているが。
その花壇(仮定)の向こう側には、たぶん整備された道だったんだろうなぁ、というものがある。幅は均等だが、これも暗灰色の石畳のようなものが残っていたり、土が見えたり植物が伸びていたり、と荒れ果ててはいたが。
「道が全部石畳で覆われていて、その両脇に花壇が並んでいたとして…すごく栄えた文明…っていうか、文明の中心地だったんだろうなぁ、という推測は出来るんだが……そんな歴史、あったか?」
地下の文明、なんて、それこそお伽噺か吟遊詩人の物語の中にしか無いと思っていたが、実際目の前にあるのは何かの文明ではある。
「地下で、植物がこんな風に育つとは思えないんだけど…」
グレーテルが自信なさそうに呟いた。生物学は範疇では無いのだが、それでも洞窟や暗い奥地の植物がこんな風に幹があって緑の樹冠があるようには思えなかった。
「じゃあ、地上にあった文明が、突然の地震で地下に落ち込んで閉じこめられた、とか」
「それにしたって、その文明は話に残ってそうだけど」
「…だよなぁ」
巨大な金属の棒らしきものが道に倒れているのを横目に見ながら、ルークは上の空で頷いた。
あれだけのものを鋳造するなら、かなりの水と熱が必要で、出てくる煙も大量になりそうだ。閉じた地下では難しそうなのだが…そもそも、こんなにでかい炉なんてどうやって作るのか。
「まあ、文明についての考察は、いずれ眼鏡にでもさせるとして。俺らはとにかくマッピングを完成させちまおう」
「さんせーい」
外には興味があるが、文明がどうのという話には付いていけなかったカーニャが一番に手を挙げた。