不死鳥




 ルークはいつも最後尾を守っている。今回も、階段を降りたのは最後になったが、一番に降りたリヒャルトがいきなり戦闘態勢になったのは気配で感じられた。
 前にいるグレーテルもガントレットの用意をしている。
 そうしてルークが地面に降り立つと、10mほど離れたところにモリビトの少女が立っているのが見えた。こちらに警告をしていた、おそらくモリビトの長にあたる少女だ。
 「ここまで入り込んだか、人間よ」
 「おかげさまで。そっちが道を開けてくれたら、殺さずに通れるんだけど」
 出来れば、殺したくはない、と両手を広げて見せたが、モリビトの長は苦々しそうに眉を寄せてルークを睨んだ。
 「何故、そこまでして我らの聖地に侵入する?人間たちの間には、貴様らの死を願う者もいると言うのに…大人しく退けば、その命、捨てずに済むぞ?」
 アクシオンがちらりとルークを肩越しに見やった。だが、それとは目を合わせずに、ルークはまっすぐにモリビトの長を見つめてはっきりと告げた。
 「俺が進みたいから。何もかも、この目で確かめるためって言うかさ」
 「…好奇心、猫をも殺す、という言葉を知っているか?今の貴様が、まさにその状態だ」
 「おかしな話だな。人間とモリビト、種族が違うのに、同じ諺が伝わってるってのは。かつては同じ一族だったのかね?」
 仮にそうだとしても、歩みを止めはしないけど。
 吟遊詩人は、少々湧いた歴史的興味は置いておくことにして、背中の弓を左手に収めた。
 「で?今ここでお嬢ちゃんが代表として戦ってくれるのかな?いい加減、ジェノサイドは気が咎めるんで、決着ついたらそっちも退いて欲しいんだけどな」
 「ふん」
 モリビトの少女は唇を歪めて一歩引いた。
 「この森は、我ら最後の聖地。モリビトの精鋭と守護者を倒せるというなら、やってみるがいい」
 身を翻して素早く駆けていった少女に、弓を射るのは止めておいた。
 「さぁて」
 動くものが何も見えなくなったところで、ルークはこきりと首を回した。
 リヒャルトは周囲を見回し、剣を鞘に収めた。
 「おかしな森ですな。小動物の気配が一切無い」
 「敵がいないの?」
 「そうではないでしょうな。恐らく、モリビトの言った通り、精鋭と守護者が待ち構えているが、雑魚は息を顰めている…といったところかと」
 「分かってくれて、嬉しいわぁ。いくら下っ端兵士が出てきたって焼かれるだけだって、やっと分かってくれたのね」
 グレーテルがくすくす笑いながらガントレットを撫でた。グレーテルとしては相手は植物であって、良心に何の痛痒も感じていなかったが、それでも弱い者虐めをしているようで面白くは無かったのだ。
 「んじゃ、いつも通り、右から行くかぁ」
 道は綺麗に左右対称に分かれているように見えたので、とりあえず右に折れてマッピングを開始した。
 左右を確かめながらゆっくり進んで行くが、リヒャルトの言う通り、小動物の気配は無かった。
 「それにしても…俺たちの死を望んでいる人間、ねぇ」
 ルークは道を表す線を延ばしながら、苦笑した。
 はっきりと言葉にされたら、もっとショックかと思ったが、案外と冷静な自分に些か驚く。いや、むしろ敵がいると明確になった分、高揚しているほどだ。
 意外と好戦的だったのかなぁ、などと他人事のように考えていると、心配そうな目をしていたアクシオンが小首を傾げてから呟いた。
 「存在するのは、確かでしょう。恨み、妬みを買う覚えなら多々あります。ですが、モリビトが知っている、となると限られるはずです」
 「どういうこと?あたしたちって、そんなにみんなに死ねって思われてんの?」
 カーニャには少々辛い話題だったらしい。酒場にもあまり行かないので、酔客に絡まれて冗談半分のように妬みの言葉を吐かれることも無く、自分たちが恨まれている、ということにすら気づいていなかったのだ。
 「大丈夫よ、大部分は単なるやっかみだから」
 グレーテルはあっさりと肩をすくめた。
 「何て言うのかな、あいつらばっかり良い素材を手に入れて大儲けしやがって、とか、執政院の飼い犬が、とか、自分の実力省みずに妬んで『あいつら死ねばいいのに』ってのが大部分」
 「…何で?自分たちももっと深いところに挑めば、それだけ儲かるじゃない」
 「だから、ただのやっかみだって言ってるじゃない」
 「何よ、それ」
 こっちはそれだけ命がけで強い敵と戦っているのに、それを妬まれたんじゃたまらない。
 「ま、それは負け犬の遠吠えとして無視するとして、ですね。問題は、本気で我々を消そうとしている人間も存在するってことですよ」
 さっくりと、その<その他大勢のやっかみ>は切り捨てたアクシオンが、本題に戻った。
 「だな。で、モリビトが知ってるってことは、こりゃもうレンツスくらいしか思い当たらないってこった」
 「え?何で分かるの?」
 まだよく分かっていないらしいカーニャに、簡単に説明する。
 「つまり、例えば、<カラカス>が『死ねばいいのに』って言ったとする。でも、酒場でうだうだ言ったって、そんなのモリビトが知ってる訳が無い。ってことは、わざわざ枯れ森まで来て、しかもモリビトに殺されることなく、交渉が出来る人間ってことになる。そんなの、現時点じゃレンツスしか残ってないんだ。次点、うち」
 あまり自覚は無いが、<ナイトメア>がエトリア最高峰ギルドであることには間違いは無い。その自分たちですら、モリビトとは交渉どころか敵対的な会話を2〜3するのが精一杯なのだ。他のギルドが世間話が出来るとは思えない。
 「でも、レンたちって、あたしたちの味方してくれてなかった?」
 「事態が変わったんでしょう。彼女たちは、長から直接命令を受けて動いてるみたいですから」
 「じゃあ、何で長はあたしたちが死ねばいいって思ってるの?」
 「さあ、何でだろうね。…とにかく、こいつらやってからにしよう」
 道を歩いていると、ずっと付いてきている気配があった。そろそろ曲がり角だが、曲がって敵がいたら、背後から突っ込まれて両方相手にするのもイヤだ。
 「さぁて、とにかく後ろのでかぶつを片づけるかね」
 くるりと方向転換して自分たちから突っ込むと、どうやら隠れる気は無かったらしく向こうもずかずかと近づいてきた。
 「しかし、何だね。モリビトの雄ってこれが初めてなんだけど…やけに体格差があるなぁ、雌と」
 「まあ、雄しべは雌しべより大きいものですから…」
 剣を構えている少女たちと同じ種族とは思えないような体格のモリビトが雄叫びを上げた。
 「ケダモノって感じ〜」
 「さぁて、どんなもんかね〜、とりあえずグレーテルは大爆炎頼む。リヒャルトはチェイス。アクシー医術防御、カーニャは…カタストロフ賭けてみる?」
 「一回だけそうするわ」
 「よっし、いっけ〜!」
 猛戦歌と共に皆が突っ込む。
 嗅ぎ慣れた医術防御の膜が覆い、敵の攻撃は大したダメージにならない。
 だが、医術防御の後に攻撃に転じたアクシオンが顔を顰めた。
 「…あまり、通じてません。亀タイプですね」
 「こっちもだ。安らぎの後に火劇かけるか」
 攻撃力を増加させるよりも火を利用した方が効果が高いようだ、とは思ったが。
 「大爆炎!」
 「チェイスファイア!」
 主にリヒャルトとグレーテルの攻撃で倒せてしまった。ちまちまとしかダメージを与えられなかったアクシオンの機嫌は斜めだが、背後を振り返れば曲がろうとしていた角から次の敵が見えていたので、文句は言わなかった。
 そうして、マッピングをしながら敵を倒していく。
 正直、雑魚が多数出てくるよりも単独で攻撃してくる方がこちらのダメージは少なくて済むので、大した危険も無しに右半分の地図が埋まった。
 「さぁて…中央に、でっかい鳥さんが見える訳だが」
 「見るからに、あれが守護者なのね〜って風格よね」
 黄金色の翼を持った巨大な鳥は、正面を向いて動かないが背中からでも周囲のモリビトとは異なる雰囲気を漂わせていた。
 「1.さっさと片を付ける。2.乱入されないよう、周りを全部片づけてから中央に向かう。さあどっちだ」
 安らぎの子守唄の成果で、TPは十分ある。どちらを選ぶことも出来る状態だが、中央の鳥がやたらと強くて倒すのに時間がかかった場合、周囲の奴らまで次々参戦してきたら面倒だ。
 「一応、守護者を倒したら周りの奴らも諦めてくれるかな〜とか思うけど…」
 「俺はどちらでも。個人的には全滅させる方が、後顧の憂いを断つと言う意味では望ましいと思ってますが」
 「あたし、呪われるの好きじゃないから、戦わなくて済むならその方がいいわ」
 「自分は、あの派手な雄にどれだけダメージを叩き込めるか、というのに興味はあるのですが…混乱は苦手でありますから」
 とりあえず、雄はどうでもいいが、あの全裸鞭女たちとは相性が悪い、という結論のようだ。
 「…ま、とりあえず鳥さん行ってみるか」
 もしもそれで全てが解決するなら儲けものだ。
 鳥以外の敵が視界には入っていないのを確認してから、背後から忍び寄る。
 「では、謹んで。いつも通り安らぎの子守唄あーんど医術防御から」
 「あたし、ショックバイト」
 「大爆炎で…」
 「チェイスファイアですな」
 まずはカーニャの剣が鳥の尻あたりを突き刺したところで、鳥が鳴いた。しかし振り返る前にチェイス組が攻撃を叩き込む。
 「うーん、いまいちかな。次は大氷嵐にしてみるからリヒャルトよろしく」
 「んじゃ猛戦歌いくぞー」
 「ヘヴィストライクいきます!」
 「ドレインしとこっと」
 適当に沈静の奇想曲を歌いつつ、合間に弓を射て。
 確かに周りのモリビトたちよりは強いが、そう苦労することもなく倒すことが出来た。
 動きを止めた黄金の鳥を横目で見つつ周囲を窺ったが、何も変化は無い。あのモリビトの少女が出てくることも無く、雑魚が湧いて出てくる気配も無い。
 「…やっぱ、あれか?この森で戦える奴全部倒すまで降伏はしないってことか?」
 「あちらからすれば、それも当然、という気もしますな」
 素材が取れないかと鳥を弄っているグレーテルとアクシオンを背中に、リヒャルトが剣を収めて苦笑した。
 出来れば一番強い奴を倒したらそれでおしまい、にして欲しかったのだが仕方がない。幸い、あのモリビト雄たちは人間の外見からかけ離れているので倒すのに罪悪感は感じないし、全裸美女たちはどうも外見があざと過ぎる。
 ルークにとって一番やりづらい相手は直剣を構えたモリビト少女たちである。あの10代前半っぽい外見の少女を倒すのがどうも…。 
 …あれ、俺ってやっぱりロリコン?
 アクシオンの外見が直球ど真ん中だし…うわあ。
 ルークが真剣に自分の性癖について考え込んでいる間に、大きな爪を切り取ったグレーテルがこちらに向かってきた。
 「ちょっと曲がった武器になりそうね」
 「シリカって思いもかけないものを作るのよね…あたしは、肋骨の剣があるから、もういいけど」
 そういえば、まだあの骨竜が出た道の下半分は行っていなかった。そろそろリヒャルトも新しい剣が欲しいだろう。
 この件が片づいたらあの道も探索に行きたいが、ともかくはモリビトと決着を付けなければならない。
 「ま、とにかく左半分のマップも埋めに行くぞ」
 「だだっ広くて歩き回るのが面倒だわ…」
 「とりあえず、焼き鳥でもしておやつにしますか?」
 そんなことを言いながら5人が揃って、少し離れると。
 「…あれ?」
 焚き火のために枝を拾おうとしていたルークは、視界の端で何かが動いたのに気づいて腰を伸ばした。
 全員、鳥の方を振り返る。
 確かに動きを止めていたはずの黄金の鳥が、身藻掻きながら立ち上がっていた。嘴で羽繕いをしているのを見ると、どうもざっくり切っていたはずの肉も修復されていっているようである。
 「不死鳥、ってな伝説を聞いたことはあるけど」
 「それって、炎をまとった鳥じゃありませんでしたっけ?」
 「うん、まあ、そうなんだけどさ…確か、火に投げ込むと復活するとか何とか…もっかいやってみようか。今度は大爆炎無しで」
 
 やってみた。
 また大爪を切り取ったが、少し離れると、すぐに復活した。

 「…無限ループ?」
 「それは困りますね」
 何故か黄金鳥はこちらを振り向かず正面を見据えたままなので、尾側でこそこそと相談する。
 「延々と戦い続けても良いけど…どうすりゃいいのかね」
 「たとえば、氷でトドメを刺したら復活しない、とか何か条件はあるはずよ。永遠に死なない生き物なんていないんだから」
 吟遊詩人の知識を検索してみるが、不死の生物なんて伝説にしかいない。
 「えーと、ただの幻覚と戦っていた、という線は…」
 「この荷物の大爪まで幻覚なら大したものです」
 「後は、傷口を炎で焼くと再生しない、とかいう不死者的存在…」
 「最初に大爆炎とチェイスで倒したし」
 「首を切り取って、胴体と離れたところに…」
 「やってみますか?」
 
 やってみた。
 氷漬けから胴体切り離し、トドメをドレインにしてみたりヘヴィストライクにしてみたり…と思いついた方法をひたすら試してみたが、大爪が増える一方であった。
 「…とりあえず、左半分を潰しに行こうか…万が一、右半分の奴らまで、こんな風に復活したら面倒だし」
 金色の風切り羽をひらひら振りながら、グレーテルが同意した。
 「何か綺麗な羽も手に入ったし、ちょっと気分転換しに行ってもいいかもね」
 7回目の復活を果たした黄金色の鳥の尻を見ながら、彼らはまだ地図にない左半分へと進んでいった。
 「…うーん、綺麗に左右対称だなぁ。ってことは、この空間が怪しいんだけど」
 道行く<モリビトの精鋭>を殲滅していって、地図を描き上げたルークは上中央を指で押さえた。
 周囲の壁は調べたので、抜け道があるようには思えなかったが、もうそこしか行けるところが無い。
 「もう一回、調べるか」
 「え〜、あたし、もう疲れた〜」
 この森を全部歩き回ったのである。戦い自体はさして苦労もしていないが、いい加減疲れるというものである。
 「そうですねぇ。18階の清水で一休みしますか?」
 「じゃ、その前にもう一回だけ鳥を倒してもも肉切り取っていこっか。わざわざヒュージモア探して倒すの面倒だもんね」
 すでに食材としてしか認識されていない鳥が気の毒ではあったが、モリビトはおやつにならないのでしょうがない。
 地図を見て最短距離で中央に向かい、鳥の背後から近づく。
 「んじゃ、何も考えずに普通にトドメって方向で」
 相手の行動パターンも読めているので、いつも通り補助をかけて突っ込む。
 鳥も少しは頭を使えばいいのに、死ぬ度に記憶がリセットされているのかそれとも鳥頭なのか、毎回同じパターンで翼をはためかせた。
 「はいはい、沈静、沈静」
 医術防御のおかげでこちらのダメージは微々たるものである。
 どうせ休憩するのだし、と溜まったブースト使って一気に攻めると、あっさりと黄金鳥は倒れた。
 「はいはい、もも肉、もも肉」
 「俺は、心臓の肉が好きなんですけどね。こりこりしてて」
 「んじゃ、ついでに取るか?心臓が無くなっても復活するのかどうかも気になるし」
 すっかり解体作業に入ろうとしていた5人に、苦い声がかけられた。
 「…おい」
 「あらま。ようやく出てきたか」
 モリビトの少女が、これ以上は無いほど不機嫌な顔で立っていた。
 「我らの守護鳥を食おうとは…これだから人間は」
 「今更、不敬だとかそういうこと言っても遅いよ?思い切り倒してる時点で、敵対行動以外の何でもないんだし」
 改めて見れば、黄金色の羽といい風格といい、確かに神々しい外見、という気はしてきたが、もうすでに『如何にして倒すべきか』という命題を抱えた不死の敵、という認識になっている。攻略対象でありこそすれ、敬おうという感情は湧いてこない。
 「いやぁ、悪いね、がさつで粗雑な人間で」
 緩やかに笑うルークの斜め前に、アクシオンが移動した。手にしていたメスはしまわれ、アルカナワンドが準備されている。
 「それで…如何なされますか?返答と次第によっては、貴方を焚き火の材料にするんですが」
 口調はやけに柔らかだが、すでに『材料』を見ている目でアクシオンは言った。
 「武器も持たぬ私に剣を向けるか。人間とはつくづく無礼な生き物だ」
 「生憎ですが。何とか話し合おうと努力したルークに剣を向けたのはそちらが先。俺は容赦する気はありません」
 自分が止めないと、本気でやっちゃうだろうなぁ、とルークはアクシオンの顔を斜め後ろから眺めながらのんびりと思った。
 モリビトの守護者までやっといて、今更モリビトと共存出来るとは思っていない。
 思ってはいないが。
 「アクシー、ちょいとお待ちなさい」
 「はい」
 あっさりと答えはしたが、構えたままのアクシオンの隣にまで歩を進める。
 「<ナイトメア>リーダーのルークがモリビトに申し入れる。素直に下への道を開け。さもなくば、お前も、目にしたモリビトも、全て焼き尽くす」
 申し入れ、ではなく脅迫なのは自覚していた。
 だが、彼女の自尊心が高すぎてこちらに膝を折るのを良しとしない以上、それを曲げさせるほどの強力な理由が必要だった。
 モリビトの少女は唇を噛み締めた。
 おそらく、彼女自身の命を盾に取った場合、彼女は屈辱よりも死を選ぶタイプだろう。だが、同胞の命を盾に取れば、話は別だ。目の前の少女は<長>であり、これ以上の犠牲を払うよりも、恭順を選ぶだろうことも分かっていた。
 真っ赤な瞳が憎しみの炎を宿らせつつルークを正面から見つめた。
 「…応じよう」
 嗄れた声で呟き、少女はまっすぐに腕を伸ばした。
 「この奥、右から抜け道がある。…下へ、と通じる道だ」
 「はい、ありがとさん。でも、先に立ってお付き合い願おうかな」
 「よもや、私が偽りを申し立てると思うているのではないだろうな!」
 「いやいやいや。でも、その辺探したけど抜け道無かったんでな。しっかり教えて貰っておく方が早いと思ってさ」
 ぎりぎりと歯を噛み締める音がした。
 植物の癖に歯はあるんだな、と妙なことに感心しつつ、ルークは少女が憤然と歩き出すのに付いていった。
 他の4人も鳥の死骸は放置して一緒に歩き始めた。
 少女は怒っているせいだろう、かなり早足だったがそもそも小柄なので難なく付いて行けた。もちろん、雑魚がいっさい出てこなかったせいもある。
 「…ここだ」
 少女が立ち止まったのは、ルークの地図では完全に壁となっていたところだった。
 かなり枝が入り組んだところで身を屈めるので見ていると、どうやらその部分だけは本物の樹木ではなく上でふよふよしていた海藻のような物体だったらしく、あっさりと掻き分けて向こうへと潜り抜けられるようだった。
 「あ〜、こりゃ気づかなかったわ」
 ある程度あたりが付いていたら何とかなったかも知れないが、ノーヒントでこの偽装を見破るのはきつそうだ。
 「自分が先に行きます」
 身を屈めたルークを制してリヒャルトがまず行った。身を屈めた姿勢は無防備なため、リーダーではなくソードマンが先行する方が良い、という判断の元だった。
 結局、何ら攻撃を受けることなく5人がその抜け道を通り抜けた。
 予想通りの小さな空間を見回すと、モリビトの少女の背後に妙な揺らぎを感じた。
 何だ?と目を細めて見たが、はっきりとは見えなかった。ただ、足下から光が射しているような気はした。炎の色ではない、もっと青みがかったような、妙な色の光だ。
 「…私の身は構わぬ。だが、これ以上、民には手を出すな」
 決然と頭をもたげて告げた少女に、ルークはあっさりと手を振った。
 「や、悪い。それは、確約出来ないな」
 一瞬黙ってから、少女は怒りに身を震わせた。
 「私をたばかったのか!?道を教えれば、モリビトには手を出さぬと…」
 「いや、だからさ。こっちは、わざわざ手ぇ出す気無いんだ。元々な。けど、そっちが襲いかかってくるのを黙ってやられるほどお人好しでも無いんだわ。要するに、そっちが襲いかかってきたら戦う。こっちからは仕掛けない」
 さっくり言って、ルークは肩をすくめた。
 「お嬢ちゃんが同胞に言ってくれりゃいい。冒険者には手を出すなってね。そしたら無駄に命は落とさずに済む。…お互いに」
 正直、自分たちは襲いかかられてもすでに脅威では無い。だが、他の冒険者たちがモリビトに殺されたという噂は多々聞いている。素直に通してくれれば、少なくとも土着の魔物以外には戦わずに済むはずだ。
 「あぁ、もちろん、そっちも自衛のための戦いってやつをする権利はある。冒険者が自分たちのテリトリーに踏み込み過ぎたら、追っ払うのは当然だわな。俺は、どのあたりがお嬢ちゃんたちの生活の場なのか知らないけど」
 広大な18階全部がテリトリーです、と言われたら、結局事態は変わらないような気はしたが、それでも少しはマシになるだろう。
 少女はまだ怒りの渦巻く目でルークを睨んでいた。彼女にしてみれば、同胞を盾に取られてこの通路を教えたのに、その同胞の身の安全は確保しない、と騙されたようなものなのだろう。
 しかし、こちらもこれ以上の譲歩は出来ない。攻撃されても黙ってろ、なんて冒険者に通じるはずもないのだ。
 ルークに良心の呵責は無い。もしも普通に通り抜けようとしているだけの冒険者を攻撃してくるモリビトがいなければ、戦闘にもならないはずなのだから、わざわざちょっかいかけてくる奴の方が悪い。
 そこまで割り切れた自分に、何か結構俺って戦うのに疲れてるのかも、とちょっと思った。
 「…分かった。人間が敵意を持って我らの土地に踏み込まぬ限りは、干渉せぬよう伝えておこう」
 モリビトを狩ろう、なんて意識で踏み込む人間には思い切り攻撃する、と言う少女に、ルークは頷いた。
 「ま、そうしといてくれるとありがたい。俺らは、もし下に磁軸が見つかったらそれ使うから、もうここを通ったりしないつもりだけど」
 「ふん…どのみち、我らの役目は終わりだ。…盟約も忘れ、禁忌に踏み込む人間よ。神の怒りに触れるがいい」
 少女はちらりと背後を振り返った。
 石で出来た奇妙なオブジェのようなものを見上げてから、唇を噛み締めて抜け道から出ていった。
 彼女の後ろ姿を見送って…と言っても抜け道を通ったので最後に見送るのは尻だったが…ルークはいつも通りその空間のマッピングをしていった。
 「えーと、採取場所っと」
 「下に磁軸があれば、ここに来るのは容易でしょうな」
 5階ごとに磁軸があるので、その間隔だと降りればすぐに磁軸があるはずである。もっとも、誰に保証された訳でもないのだが。
 「問題は、これですよね。継ぎ目が無い石…でしょうか。それとも巨大な石を磨き上げてこんな階段に?」
 アクシオンがうっすらと立ち上る光の穴を覗き込んで首を傾げている。
 カーニャも覗き込んで、笑い声を上げた。
 「ねぇ、見てよ!変な絵が光ってる!」
 一通りマッピングを終えたのでルークもそちらに向かい、カーニャの指さしたものを見た。
 緑色の四角に光るものが、穴の縁に引っかかっている。それは部分的に欠けていたが、まるで白い四角に向かって、子供が描いたような棒人間が走っていっている図に見えた。
 「…何だろな」
 「それより、何故光っているのか、の方が気になりますが」
 ランプのような揺らめきは全く無いし、欠けた隙間からは火も見えない。
 「ま、いいや。それより下に行くかどうか、だが…」
 いつもなら、ウロに開いた階段は、すぐに下へと辿り着いた。だが、今覗き込んでいるその階段は、周囲が光っているせいで奥まで見通すことが出来ているが、それでも果てが見えないほど延々下へと続いているようだった。
 「…それなりに、TPはあるんだが…仮に、下に着いた途端に骨竜3連戦とかやれる元気があるか、というと…」
 「あたし、眠い」
 「疲労は否定できませんな」
 「明らかに、これまでとは異なる光景に見えますから…磁軸があるかどうか不明ですね」
 「…だよな」
 もしも磁軸があると確信していたら、降りてそれで帰った方が良い。けれど、もしも見つからずにウロウロしなければならなくなった場合、この疲労した状態で行くのは危険だ。
 「しょうがない、いったん帰るか。嬢ちゃんには、もう通らないっつったけど、後1回は我慢して貰おう」
 「どれだけあちらが聞き分けが良いのかの確認にもなりますしね」
 「じゃ、術式使うわよ」
 グレーテルが帰還の術式を起動させる前に、もう一度階段を見た。
 太陽の光でも、月の光でも、炎の光でもない、見たことのない色の光。
 禁忌、とは、何だろう。
 神の存在というものを信じないルークには、神の怒りとやらも同様に信じられないものだったが、それでも『禁忌』というものは気になる。
 神かどうかはともかく、何某かの理由があって禁忌となったはずなのだ。
 もしも、人が触れてはならないものがあるとしたら。もしも、触れたら姿が変わるような代物が封じられているのだとしたら。
 自分に想像出来うる限りの事態を想像してみたが、ルークはゆっくりと首を振った。
 ならば、伝えれば良い。
 これこれこういう危険があるから、踏み行ってはならない、と警告する役目を負えば良い。
 それまでは、この目で確かめよう。
 たとえ、<神>が来るなと言っているのだとしても。



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