男性同士でいかがわしい事をしています。
実際にそういう描写はしていませんが、やってます。
苦手な方、及び、15歳未満の方は戻って下さい。











据え膳




 ルークの地図に従って向かった先は、確かに町外れではあるが治安の怪しいところではなく逆に他国からの観光客をターゲットにした区域であった。
 辺りは暗くなっているが明るい店先の灯りを頼りに歩いていると、身なりの良い一般人が浮いているネルスを見て目を輝かせていた。
 どうやら、<冒険者>というもの自体が観光の対象になっているらしい。
 何だかなぁ、と思いながらもずかずかとひたすら宿を目指す。
 そうして辿り着いたのは、瀟洒な雰囲気の建物であった。いかにも冒険者とは無縁な宿だ。
 本当にここでいいのかよ、と気後れしつつも階段を上がって玄関を上がると、左右に並んだ使用人が一斉に「いらっしゃいませ」と言ったので、ショークスは思わず一歩下がった。
 ものすっごく場違い。
 このままくるりと方向転換して帰りたい。
 が、すぐに正面から40代と思われる穏やかな女性が歩み寄ってきてにっこりと微笑んだ。
 「ネルスさまとショークスさまですね。お話は承っております。どうぞ、こちらへ」
 うひー!と叫びたいのをぐっと堪えて、せめて帽子は取らなくては、とわたわたと帽子を脱ぎ口布を下げた。
 「ど…どうも…」
 <…お前、故意にやっているのか?素顔でなら勝負出来るとでも?…まあ、実際、周囲の視線が少し変わったが>
 ネルスに文句は言いたいが、あまりの緊張に声が出ない。
 その高く髪を結い上げた女性に付いていくと、大人しくネルスもふよふよと付いていった。
 「わたくし共は、お泊まりになる方にゆったりとおくつろぎ頂きたいと思っております。特殊な職業の方が、その職業故にわたくし共の宿をお選びになった、というのは、わたくし共としても誇らしゅうございます」
 ほほほ、と上品な声で笑う女将に、ショークスはひきつった笑顔を返した。
 これ、絶対、冒険者の宿の10倍くらい取ってる。
 貧乏性としては、本気で逃げ出したい気分だ。そうしなかったのは、ルークが「前金払ってる」と言ったからだ。ショークスの性格を読んでのことなら大したものだ。
 案内された部屋は離れで他の客の行き来が少ない場所であった。
 「もう湯は温まっております。お料理を先に運びましょうか?それとも、入浴を済まされますか?」
 「ネルスどうする?お前、どうせなら鎖外してすっきりしてからメシ食えばいいんじゃね?」
 <…いや…鎖を外すのは…>
 「あ、鎖外すんなら、それも綺麗にしような。そうすると時間かかるか…んじゃ、先に食事でお願いします」
 「かしこまりました。室内のお茶や果物はどうぞご自由に。お湯の温め直しをご希望の際には、お呼び下さい。それでは、失礼いたします」
 強張った笑顔で女将を送り出してから、ショークスは肩の力を抜いた。薄汚れた荷物をどこに置くか悩んだ挙げ句、クローゼットではなく足下に置く。
 「すっげぇな、こりゃ」
 扉から少し折れて、最初の部屋はテーブルセットがあって、ここで食事をするんだろうな、という推測は出来る。
 更に扉の奥には小さな廊下があり、左に折れると洗面所と浴室が、まっすぐ行くと寝室があった。
 「何かもう、家?」
 <…くつろげ、と言っていたからな。家を模倣しているのだろう>
 「や、そういう理屈じゃなくよぉ、お値段を想像すると落ち着かねぇよ、こん畜生」
 ベッドの上の寝衣を確認して、ショークスはまた最初の部屋に戻ってきた。
 「風呂から出たら服に着替えようかと思ってたが、貸し寝衣があるならもう着替えてもいっか。…いや、明日の朝着替えるのが新しい方がいいか…ま、このままでメシまで食っちゃえばいっか」
 自分の服の段取りは済ませて、ショークスはじろりとネルスを見た。
 「さて、ネルスくん」
 <…くん、は止めろ>
 「どうせ風呂に入る時にゃあそれ外すんだしよ。まさかメシん時に全部俺に手ずから食わせて欲しいなんて言わねぇよな?…外せ」
 しばらく、ネルスの頭の中には拒否の言葉が渦巻いていたが、ショークスが引く気は無く、ということはつまり、どのみち食後には鎖を外さざるを得ない、という結論になり、諦めたように溜息を吐いた。
 <…言っておくが。封を解く、ということは、それなりに術が解放される、ということだからな。文句は言うなよ。お前のせいだ>
 「あんだよ、ペイントレードでも仕掛けんのかよ。宿の人に迷惑さえかけなきゃどうでもいいぜ、俺は」
 あっさり言ったショークスをじろりと見て、ネルスは手足の封を解いた。
 封じられていた呪がふわりと抜けたのを感じ、それに一つの方向を与えてやる。
  ちりーん。
 首に掛けた鈴が鳴った。
 「…うにゃ?…こ、これ、何?」
 <文句は言うな、と言ったぞ>
 ショークスが胸を押さえて目をしばたく。
 意地悪く言ったネルスが一歩進むと、眉間に皺を寄せて一歩下がった。
 <どうだ?俺が怖いか?>
 「べべべべべ別に、怖くなんかねぇよ!ネルスの一つや二つ、怖いなんてことあるわけねぇだろ!」
 <…いや、俺は二つは無いのだが>
 テラー。
 カースメーカーは他人の心を恐怖で縛る。そうして、がちがちに固めておいて、次の行動を命ずるのだ。
 <…心配無い。畏れは、そのうち消える>
 肩を抱いていた腕をゆっくりと降ろす。ただそれだけの動作にも反射的に体を震わせたショークスに苦笑する。
 カースメーカーが封を解く、ということを軽く見ているショークスに、意趣返しのような気分があったことは確かだが、実際に怯えられると些か心が痛む。
 「べ、別に、畏れてなんかいるかよ!仮にも、だなぁ、一緒にやってく相棒を畏れてて、仕事になるかってんだ!」
 <…ほぅ?>
 虚勢を張っているショークスに腕を伸ばすと、唇を噛み締めながらも上目遣いに睨んできた。絶対怯えを見せるものか!という気合いが入っているらしいが、涙目で睨まれると、妙な気分になってくる。
 更に腕を伸ばし、手の平で頬を撫でると、ぴくり、と顔が揺れた。
 おそらく、ショークスの中では、殺人鬼に刃物で頬を撫でられているも同然な感覚になっているはず。逃げもせず、怯えも見せず(いや怯えているが虚勢を張って何とか踏み止まっている)、睨み付けてくる姿は、しみじみと頑固な奴だ、と思う。
 損なことも多かろうが…それでも、可愛い、という気がする。
 「大の男に、可愛いとか言うな!」
 <怯えている小動物は、雄だろうが可愛いものだろう>
 「小動物かよ、俺は!」
 <いつでも動き回っている姿は…小さなネズミだろうか>
 「何でだ!」
 いつもよりキレが悪いながらも突っ込んでいるうちに、ショークスの反応が元に戻ってきた。
 ごしごしと目を擦り、ついでに頬に触れているネルスの手を振り払う。
 「あぁもうくそ、そんな目で見んなよ、あほぅ」
 <…どんな目だ?>
 「自覚ねぇのかよ!…別に、いいけど」
 ぶつぶつ言って、ショークスは足音高く歩いていき、ソファに腰を下ろした。
 数秒後、扉がノックされた。
 食事が運ばれてきて、テーブルの上に並べられていく。
 「本来なら、温かいうちに召し上がって頂くため、順にお持ちしたいのですが…お側には付かない方が気楽だと仰るお客様もいらっしゃいまして。如何致しましょうか?」
 「んあ?…あ〜…うん、全部いっぺんに持ってきて並べといて。好きにやらせて貰うから」
 「かしこまりました」
 慇懃に腰を折った男性が、ワインからデザートまで、全てテーブルに並べていった。ワゴンを空にして、また深々と腰を折る。
 「それでは、お楽しみ下さいませ。お片づけをお申し付けの際には、あちらの紐をお引き下さい」
 そう言って出ていったので、後はショークスとネルスの二人きりとなった。
 「何かすっげぇ食事。…ま、いっか。食おうぜ」
 向かい合わせに腰掛け、ショークスはまず手を組んで祈りを捧げた。そんな習慣の無いネルスがさっさとワインを二つのグラスに注ぐ。
 「俺、あんま飲めねぇんだけど」
 <なら、飲めるだけ飲めば良い。水もあるようだしな>
 「だな。んじゃ、とりあえず、乾杯」
 <何に、だ?>
 軽い音を立てて銅製のワイングラスを触れ合わせ、一口飲んだショークスは改めてワインの瓶を見た。
 「旨いわ、これ。結構軽いし」
 <そうか。…ショークス、カトラリーは外から使うものだ>
 「何でお前が知ってんだよ」
 テーブルマナーなんてもの、そもそも存在すら知らないショークスは、ネルスの指摘に持っていたデザート用スプーンを置いてスープ匙を取り上げた。
 ネルスも今まで腕を戒めていたとは思えない普通の動作で食事をしていく。
 「…あ、ソースにキノコ」
 <こっちに寄越せ。代わりに魚を食え>
 「了解」
 時々お互いの皿から苦手なものを交換しつつ、ひたすら平らげていく。
 一つ一つの皿に乗った料理はこじんまりとしていて、こんなので腹が膨れるか、と思っていたが、ネルスの指示に従って順に食べていくと、メインの肉料理を食べ終える頃にはすっかり満腹になっていた。
 飴細工と思しき駕籠に包まれたムースを恐る恐るつついて、ショークスは左手で自分の腹を撫でた。
 「うわぉ、結構量が多かったんだな。もう、入んね」
 <俺の魚も食べたからな。残すのなら俺が食うが>
 「んー、半分食って」
 デザートを半分ネルスの皿に移し、ようやくショークスは食後のお茶に辿り着いた。
 「あ〜、食った食った。腹ごなしに風呂だな」
 <食後すぐに入浴するのは体に悪いだろう>
 「そなの?ま、その前にお前の鎖を洗わないとな」
 <いらん>
 「直接肌に着けてるんだろうがよ。やっぱ清潔にしとかないとな。でも、鎖って何で洗うんだ?鉄で出来てんの?」
 <…擦って拭き取るくらいではないか?…意識したこともないが>
 「げー、洗ったことねぇのかよ、汚ぇなぁ」
 足を投げ出しただらしない姿勢でうだうだ言うショークスを後目に、食べ終えたネルスは食器を重ねていった。案外細かい。
 入り口の紐を引くと、すぐにメイドがやってきて、食器をワゴンに乗せ去っていった。
 かちり、と鍵が掛かった音が、やけに大きく響いた。
 ひどく静かな室内を意識して、ショークスはぼんやりと天井を見つめた。
 シミ一つ無いクリーム色の布が張られている。カーテンの色もクリーム色だ。随分と防音が良いらしく、まだ寝静まる時刻でもないのに外の音一つ聞こえない。
 ちゃり、と音がしたので目を向けると、ネルスが鎖を外しているところだった。ローブの上の赤い鎖、それから手足を戒めていた黒い鎖。
 ショークスが気怠そうに「よっこいせ」と言いながら立ち上がり、荷物を探って布とブラシを取り出した。
 「とりあえず、俺は赤いのやるから、お前は黒いのやれ」
 <カースメーカーの鎖に触れて、魂を吸い取られぬようにな>
 「あほ抜かせ」
 そのくらいで吸い取られていたら、今頃とっくに干涸らびている、とショークスは全く気にした様子もなく赤い鎖を手繰り寄せた。
 端からブラシで擦り布で拭き取っていく。
 ネルスも自分の手元の黒い鎖を磨き始めた。
 「こんな良い宿で、俺ら、何やってんだ」
 ぶつぶつ言いながらも手際よく鎖を処理していく。
 <イヤならお前だけでも先に風呂に入ればよかろう>
 「お前だけだと手ぇ抜きそうでよ」
 <…というか、まさか、一緒に入る気か>
 「洗ってやらぁ。どんだけ汚ぇのか楽しみにしてんだ」
 <馬鹿を言え。そもそも代謝が激しくないのだ、我々は>
 「血だの汗だの普通に出てんだろうがよ。うわぁ、ホントに垢だらけだったらどうしよ」
 <…だから、イヤならお前だけでも先に入れ、と…>
 ショークスが全裸で一緒に入浴して、更に体を洗ってくる、と。
 ネルスは想像して、浮かれるよりもうんざりとした。欲を鎮めるのも、いい加減飽きてきた、というものだ。
 しかし、どう言っても、どうせショークスは自分の意志を曲げないだろう、と半ば諦めて、黙々と自分の作業を全うした。
 
 地味な作業を終えて、ショークスは伸びをした。立ち上がって浴室に向かい、お湯の温度を確認する。案外それが冷めていないので、眉を顰めて周囲を確認した。
 石を焼いて沈める方法では、ある程度は保温されているがそれでも徐々に冷めていくはずなのに、それがまだ温かいってことは、最初から随分熱くしてあるか…と思ったら、壁の上の方に四角い穴があって、そこから蒸気が送り込まれているようだった。浴室そのものが湿度が高く温度も高いので、あまり冷えずに済んでいるらしい。
 外からわざわざ流し込んでるのか、凄い手間だな、と感心しつつショークスは部屋に戻った。
 「うぉい、ネルス〜。そろそろ風呂入ろうぜ〜」
 <…分かった>
 鎖を手に立ち上がって、ネルスはすたすたと奥の部屋に向かった。ショークスも荷物を持って付いていく。
 鎖を椅子に置き、寝衣を取り上げる。
 「タオルとかは脱衣所にあったぜ。至れり尽くせり」
 ショークスは寝室のカーテンをきっちり閉めて、その場で脱ぎ始めた。
 <何故脱ぐ。脱衣所で脱げばよかろう>
 「だってどうせそれを持って来なくちゃなんねぇじゃん」
 適当に丸めたぼろぼろの服を荷物に突っ込みながら、ショークスはけろりと言った。
 確かに合理的ではあるが。
 「いいじゃねぇか、廊下にゃ窓もなかったし、誰が見るって訳じゃなし、少々行儀が悪いくらい目ぇ瞑れよな」
 <俺が見るだろうが、俺が>
 「いいじゃねぇか、どうせ風呂に入りゃ見るんだし、1分くれぇ違ったって変わりゃしねぇって」
 <…それにしても、少しは隠せ!>
 すっぽんぽんで堂々と立っているショークスは、首を傾げてから、ぺらりと寝衣を体の前に垂らした。
 「細けぇなぁ、お前は。男同士で何で恥ずかしがったりしなきゃなんねぇんだよ、ったく」
 ぶつぶつ言うショークスに溜息を吐いて、ネルスはローブのまま浴室へと向かった。ショークスの後ろ姿を見るのは危険だったので、さっさと前に立つ。
 脱衣所にローブを外して置いて、浴室に入ると湯気が立ちこめていた。おかげで湯に入らずとも暖かいが、それよりも視界が悪いのが良い。
 「さぁてっと、んじゃ、その辺座れよな」
 ショークスがタオルを手に迫ってきた。心底わくわくしている声だったので、苦笑してネルスはショークスの指さすところに座った。
 <…何が楽しいのだ…>
 ごしごしと力一杯背中を擦っているのを感じながら、自分でも頭や体を擦っていった。
 「お前ってさぁ」
 どうやら疲れたのかショークスは半ば目を閉じながら浴槽の縁に手と顎を乗せて呟くように言った。猫足の優雅な浴槽はどう見ても一人用であり、二人で入ると凄いことになりそうだったので先にショークスに入らせたのである。
 「案外と筋肉質だったんだなぁ。カースメーカーの癖に、何で筋肉があるんだよ」
 <…単に脂肪が無いから筋肉が目立つだけだろう…>
 何だかいつもと違う手触りの自分の皮膚に眉を顰めつつ、ネルスはちらりとショークスを見た。
 綺麗に浮き上がった肩胛骨に、また目を逸らす。
 <お前こそ弓を射るのに、何故筋肉が少ないのだ>
 「少なくねぇよ。俺は普通に筋肉あるだろ。まあ、お前よりゃあ脂肪も付いてるけどよ」
 <脂肪などあっても無意味だろう>
 「山じゃあ必須だぜ?脂肪」
 <お前は冬眠中の熊か>
 手を伸ばして脇腹を摘んでやると、うわ、と叫んだ。
 「何しやがる!」
 <たしかに、脂肪か。薄いが>
 「そりゃ、体が重いんじゃ商売上がったりだろうが!はーらーをーつーまーむーなー!」
 <あれだけ食ったものがどこに入っているのだ…>
 笑ってから、ネルスは手を離した。
 己の土気色とは明らかに違う白さの滑らかな肌の手触りに、ぎゅ、と拳を握る。
 「あ〜も〜出るぞ!」
 ざばり、とショークスが立ち上がった。ほんのりピンクに染まった肌に、摘まれた辺りは一段と赤く染まって見えた。そんなに力を込めたつもりは無いのだが、すぐに赤くなる皮膚らしい。
 <俺も湯に浸かってから出る。水があればよいのだが>
 「わぁった。頼んどく」
 ショークスを見送って、ネルスはしばらく湯の中から天井を見つめた。
 おそらく、自分のショークスへの感情は、恋情、というものなのだろうと思う。
 そんなものとこれまで縁がなかったので、はっきりとは言えないが。
 しかし、ショークスを壊すくらいなら、今のままの方が良い。もう今となっては、自由に動いて朗らかに笑ってべらんめぇ口調で文句を言うショークスしか思い浮かべられないからだ。
 もしも、自分がこの執着を意識すると、ショークスを縛ってしまいそうだ。一時の浮かれた感情だと思って、流してしまう方が良い。
 相棒、か。
 それはそれで悪くない間柄だろう。
 相棒としてみれば、あれは煩いし頑固だし馬鹿だが…まあ、性格が分かっている分、扱い易い。
 ぽたり、と冷たい水滴を額に受けて、ネルスは首を振り立ち上がった。
 一晩寝てしまえば、明日からまた手足を縛って呪を封じ込めるカースメーカーとしての生活が始まる。
 ショークスと樹海に赴き、いずれは母の仇の冒険者を捜し出す。
 それで十分だ。

 寝衣を羽織って寝室に行くと、ショークスが重そうな水差しからコップに水を注いでいるところだった。
 「よいしょ…っと。ほら、冷てぇぞ」
 受け取って飲み干すと、体中に染みわたるようだった。
 「あぁあ。何か非日常だぜ。明日にはまたいつもの服着て樹海に行くってんが信じらんねぇ」
 同じくコップの水を飲み干したショークスが、ぼふっとベッドの上に大の字になった。
 <ショークス。そのまま寝るな。風邪をひくぞ>
 「…お前、時々、やたらと一般人だよな…常識的っつぅか」
 <カースメーカーも風邪はひく>
 「そりゃそうか…って、風邪ひくんなら、もっと厚着しろっての」
 <それでは浮かべぬではないか>
 「普通に歩きゃいいじゃねぇか」
 手足を縛って呪を高め…と反論する気にもならなかった。
 こうして自由にしていると、僅かばかりの効率を求めた己の行動がふと虚しくなってきたからだ。
 より高みを目指して、一撃必殺できる能力を身につけ、冒険者を殺す。
 目的に変わりはないが、それに何の意味があるのだ、と、倦怠感が身を重くする。
 黙り込んだネルスをちらりと見て、ショークスはよいせっと起き上がった。ぺたぺたと歩いて寝室を出ていったので、洗面所にでも行くのかと思えば、大きなタオルを持って戻ってきた。
 <…?また風呂に入るのか?>
 「いや、汚さないようにっつぅ心遣い」
 <宿のシーツなどというものは、そもそも取り替えるのが前提であって客が気を遣うものでは無いと思うのだが…>
 「いやぁ、通常に寝る以上に汚したら拙いだろうよ」
 <それは無論そうだろうが…何をするつもりだ?>
 「こっちが聞きてぇよ」
 <自分がやりだした癖に…>
 思考で反論していると、ショークスがやはりぺたぺたとやってきて、ネルスのベッドの横に立った。
 「ほれ、どけ」
 ネルスを避けさせて下にタオルを敷いたので、俺が通常以上に汚れていると言いたいのか、と、むっとした思考を送ると、腰に手を当てた偉そうな姿勢で言い放った。
 「いや、言いたかなかったんだけどな。…お前、頭ん中で、何回俺のこと犯してるよ」
 <……い、いや……何回、と言うか……いや、その前に、だな>
 「お前、知られたくねぇんなら、もっとちゃんと思考を閉じろよな。結構丸聞こえだったんだぜ?気まずいったらありゃしねぇ」
 <そ、それは…気まずい…であろうが…い、いや、ではなくて、だ。それについては謝る。それで、この状態と何の関係が…>
 「何のって言われっと、関係は大ありだっつぅか何つぅか」
 ショークスの手に従って、そのシーツの上に敷かれた大判のタオルの上に仰向けに寝転がる。その姿勢でベッドの横に偉そうに立っているショークスを見上げると、ショークスは腰の紐を抜いて寝衣をばさりと自分の方のベッドに放った。
 ぎょっとして半身を起こしかけたが、それより早く全裸のショークスがベッドに膝を突き、すらりとした足を伸ばした。
 思わず見とれているとその足は己の体を跨いできた。
 <ショークス!?>
 ネルスの腹の上に乗っている全裸のショークスは、相変わらず偉そうな自信満々の顔で見下ろしてきた。
 「頭ん中だけでやってんじゃねぇよ、このあほ。やりたきゃ、ちゃんと本人とやれよな。勝手に人の想像してんじゃねえっつぅの」
 <本人とやれって、何をやれと…まさか…>
 脳裏に一瞬で浮かんだ光景に、それを読みとったらしいショークスが不満そうに唇を尖らせながら身を折った。
 ネルスの胸に肘を突いて、顔を近づけ10cmほどの近さで囁いた。
 「…ばぁか。頭ん中で好き勝手犯されてんのが分かっても、別にイヤな気になんなかったんだから、たぶんは俺もお前に惚れてんだよ、こん畜生め」
 いろいろと。
 そりゃもういろいろな思考がネルスの脳裏に展開され、結局。
 <…いいのか?俺はカースメーカーだし、男だが>
 「おうよ。別に跡継ぎ作る必要がある訳じゃねぇし。お前となら、一緒に暮らしてもいいかなって気がするし」
 <…苦労すると思うがな。…まあ、考えてみれば、お前は馬鹿だからな。そういう馬鹿な選択をしても仕方がない>
 「そ。しょうがねぇの」
 

 ということで。
 なるようになった、翌日。
 うつらうつらしながらも覚醒しかけたショークスは、思い詰めたような思考と聞き覚えの無い呪文にはっきりと目を覚ました。
 「うぁん?おあよぉっす」
 ひどく嗄れた声に、水でも飲むか、と体を起こしかけて、一瞬動きを止めた。
 「うぉああああ。腰が抜けるっつぅのは、こういう状態なのか?いや、痛ぇから違うのか、こういうのは」
 ぶつぶつ呟きながら何とかぎくしゃくと身を起こすと、真剣な顔をしたネルスが凄い勢いで頭を下げた。
 「すまない、ショークス」
 「は?すまないって何?…っつぅか、今の何?あれ?声出てた?」
 「あぁ…声も解封した。こういうことは、やはりきちんと声に出して言わねばならぬかと思って…」
 喉元を押さえながら眉間に皺を寄せているネルスをまじまじと見てから、ショークスは拳を振り上げた。
 ぽかりとネルスの頭を殴ると
 「…つぅ…」<何をする!?>
 サラウンドで聞こえたそれにこっちも眉を寄せてから、もう一度殴る。
 「あほぅ。初めての肉声がそれかよ。普通、こういう場合は、『愛してる』じゃねぇ?」
 頭を撫でながら、ネルスが少し目を見開いて、それから笑った。
 「そうか。すまぬな、気が利かぬ男で。…愛しているぞ、ショークス」
 「…いや、真面目に言われると困るんだがよ」
 がりがりと頭を掻いて、ショークスはなるべく楽な姿勢を探そうともぞもぞした。
 「とりあえず、アクシオンが寄越した傷薬取ってくれ。俺の荷物に入ってる紙袋」
 「分かった」
 ベッドから降り立って荷物に向かうネルスの背中の爪痕に、ショークスは目を細めた。夕べは無かったので、どう考えても犯人は自分だ。そういえば塗り薬も入ってたはずだから塗ってやろう、と思う。
 「これか?」
 「おう」
 きゅぽん、と蓋を外して一気に飲むと、腰が重いのはあまり治らなかったが痛みは随分と楽になったので一息ついた。
 「あぁあ。マシになったわ。んじゃ、お前の背中に薬塗ってやるからここ座れよ」
 「背中?俺の?」
 不審そうに問い返して、ネルスは首を捻って自分の背中を見た。そして浮かべた笑顔が、初めて見るほど柔らかいものだったので、ショークスは何となく恥ずかしいものを見たような気分になって目を逸らした。
 「これは、別に構わぬ。痛くも無いしな」
 「…あっそ」
 そうして、ベッドに座ったネルスをじと目で睨むと、困ったような顔で布団を掛けられた。
 「夕べ、全部見せて貰ったとはいえ、あまり堂々とあぐらをかくな」
 「欲情するから?」
 「かもな」
 素直に頷いたネルスに、とりあえず安心する。いきなりの謝罪は、もうショークスがいらない、とか、やっぱり止めた、とかいうことでは無いらしい。
 「んじゃ、何でいきなり声出してまで謝ってんだよ」
 <何が「んじゃ」なのかは分からぬが…>
 ネルスは気まずそうな顔になり、ショークスを見ては、目を逸らして、と繰り返し。
 「…って、夕べの出来事を反芻してんじゃねぇっ!」
 ネルスの脳裏に映っている姿からするに、どうやらキスマークも残っていてそのせいで余計に連想するらしいが、ともかく、いちいち夕べの姿を思い出されてはたまらない。
 「…いや、その…だな<あまりにも心地よかったからとはいえ>俺は、カースメーカーであって、自己抑制だとか忍耐だとかには自信があったはずなのだが…」
 「忍耐なんぞねぇだろ」
 「そうだな。夕べも、あまりにも…」
 がっくりと肩を落として、また脳裏に繰り広げられているのが自分の痴態であったため、もう一発殴っておく。
 下げた頭で、視線も下のままネルスはぼそぼそと言った。
 「つまり…一度で済ませようと思っていたのだが…お前は辛そうであったし…抑制が利かず…」
 あぁ、とようやくショークスも理解した。
 一般論として、男同士のそれが体に負担がかかることだという知識はあったらしい。ちなみに、ネルスが完璧に未経験であったことは、とっくに読みとっている。
 で、本当は一回で済ませようと目論んでいたが、つい、2戦、3戦と突入してしまったことを謝っているらしい。
 「あほぅ。俺は、『いや』とは言わなかったじゃねぇかよ」
 <…と言うより、ほとんど無言だったな。しとねでもいかにか騒がしいかと思えば、感じ始めると無口になるとは思わなかったが>
 「口押さえても聞こえてるっつぅの。…喋る余裕なんざ無かったんだから仕方ねぇじゃねぇか」
 <いや、無言で耐える姿もなかなか…>
 「いや、だから、閉じるんなら真面目に閉じろっつぅに」
 いちいち夕べの出来事を反芻されてうっとりされても困る。ショークスには羞恥責めをされて悦ぶ趣味は無い。
 しかし同時に、ネルスが本気で己の行為を悔いていることも読み取れて、ショークスは顔を顰めた。
 どちらかと言えば、ショークス自身が誘った行為である。後悔だの懺悔だのされる筋合いは無い…というより、むかつく。
 「いいか?もし、俺がお前に『気持ち良いからもっと突っ込んで』とか言って2回も3回もねだったらどう感じるよ?」
 <嬉しい>
 反射的に思い浮かべられた思念に、ショークスは頷いた。
 「だろ?惚れた相手が自分の体に満足してくれてるっつぅのは嬉しいだろうがよ。俺だって同じだよ。だから問題ねぇ」
 「しかし、俺とお前とでは負担が異なるだろう」
 「男に惚れといて、この程度でくたばってたまるかってんだ」
 ふん、と鼻を鳴らしたショークスは、ネルスに力一杯抱き締められて、ぐえ、と色気のない声を漏らした。
 <お前は…本当に馬鹿だな。…馬鹿だが、そういうところが好ましい>
 「微妙に誉められてる気がしねぇ」
 <誉めてはおらぬよ。ただ愛おしいと言っているだけだ>
 「……あ、そう……」
 それ以上文句は言わずにショークスはネルスの肩に顔を押しつけた。言葉にされなくても、ネルスの気持ちはひしひしと胸に届いてくる。恥ずかしいほど。
 「…くそぅ、負けるか」
 <何に?>
 ネルスは確かにカースメーカーでショークスのノリに比べたら後ろ向き思考ではあるが、今までそういう経験が無い分、愛情はやたらと深くて純粋だ。
 そんな熱情を思考で浴びせ続けられていると、何だかそれに浸りたくなるが、男としてそれに甘んじるのはどうかと思う。確かに夕べは受け身になったが、ショークスとて男である。だったら、こっちも同じように愛情表現のお返しをするのが当然ではないか。
 …とは思うのだが、自分の発する言葉が軽いことは分かっているので、それには頼れない、ということは、行動で示せばいいのか。それは得意分野だ。
 が、こっちだって惚れてるんだぞ、こん畜生、という行動は夕べしたような気がする。だったら行動に出たのはこっちが先だったということで、俺の勝ちだ、とショークスは思った。
 勝ち負けの問題では無いのだが、とりあえず、それはおいておく。
 押し当てた頬から、ネルスの体温が上がったのを感じた。
 「いくら何でも朝っぱらからまたするってぇのはどうかと思うぞ、うん。いつ朝飯が運ばれてくるかも分かんねぇんだし」
 <…分かっている>
 肌が触れ合っているだけで欲情するむっつりすけべから身を離す。
 「さぁて、今日も一日、頑張りますか」
 「…お前は、今日は休め。体が本調子では無いだろう」
 「はぁ?俺ならもう元気一杯、何のために宿屋で休んだと…」
 ひょいっとネルスのベッドから降りて自分の荷物を取りに行こうとして…足がもつれた。
 「およよ?」
 床にへたりこんで首を傾げていると、溜息を吐いたネルスが代わりに荷物から服を取り出してくれた。
 「腰が重いっつぅか…何か変。朝一みてぇなズキズキじゃねぇんだが…」
 うーん、と考えていると、ネルスが服を被せてきたので素直に着せて貰う。
 ネルスの方はいつものようにローブを纏ったが、中の鎖は無いままだ。
 「縛んねぇの?」
 <お前を運んでいく必要があるかもしれぬからな>
 「いや、そこまでは…」
 などと言いつつ。
 朝食を終えてチェックアウトする頃でも、やっぱり腰が重かったので、ネルスの腕に縋りながら歩く羽目になったショークスだった。



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