お膳立て




 グレーテルがショークスとネルスの邪魔をしている間に、残りの連中で出来るクエストをこなしていった。
 「えーと、17階で作業する大工さんのために毒樹を退治…」
 「…まあ…確かに金鈴持って速攻で流れていけば、エンカウント無しに17階まで辿り着けるかも知れませが…大工さんって意外とチャレンジャーだったんですね」
 自分たちが切り開いたからこそ、大工さんも17階に行けるようになったんだ、とは思うが、戦闘能力の無い一般人が普通に仕事しに行っていると思うと、ちょっぴり微妙な気分になれる。
 「一般の方々の身の安全を守るのも、立派な仕事であります」
 「俺的には、最初からそんな危険な場所に行くなよ、と言いたいがな〜」
 深い場所の方が質の良い木が伐採できる、と言われても、やっぱり自分の行ける範囲で頑張って貰いたいと思う。
 まあ、依頼は依頼なので、きっちり毒樹は砕いたが。
 「…ちょろいですよね?毒樹」
 ご機嫌を伺うような響きのそれに、ルークの眉がぴくんっと上がった。
 「…アクシー」
 「はい?」
 「…ひょっとして、またギルドから依頼が出てるのを取ってきたんじゃないだろうな?」
 「…えへ」
 ぱさりと掲げたメモの陰から上目遣いに見上げてくるアクシオンに溜息を吐き、その文面を読む。
 16階か17階の毒樹を倒せ。一人で。
 「流砂に乗っていけば、他の遭遇無しに行けると思うんですよね。毒樹なんて毒以外に攻撃無いんだし〜」
 「たまにはあたしにもやらせてよ」
 「自分も挑戦させて頂きたいと…」
 「もうこの際、このシリーズは俺の役目ってことで…ね?」
 甘えたような声で擦り寄ってきても、すでに恋人となった今では通用しない。
 「確かに、攻撃力は大したこと無いがな〜。でも、わざわざこんな試練を出すってことは、それなりに難易度が高いはずだぞ?」
 どう考えても、そんなに危険は感じなかったが。仮に毎回毒状態になってしまったら攻撃の暇が無くて不便ではあるが…それほど猛毒ではないし。
 「いっそ、俺が行ってもいいくらいだ」
 「いえ、それはどうかと。早いターンで決着付ける方が良いですし」
 いきなり冷静な声で分析しているあたり、やっぱり甘え声は故意にやってるだけだと分かる。
 さて、どうするか、とルークは顔を見回した。
 リヒャルトもカーニャもやる気だし、実際この二人の方が攻撃力は高いだろう。が、リヒャルトは状態異常に弱く、カーニャは15歳の女の子だ。
 …ということは、いつも通り、適任者が絞られる、ということなのだが。
 ルークは灰色の髪をがりがりと掻いた。
 「…アクシーなら、大丈夫だろうけどな」
 アクシオンがもし死んだら、と思うと、居ても立ってもいられないのは変わらないが、それでも毒樹相手に苦戦するとも思えないのも確かだ。
 一人でも、大丈夫。
 そう信じて送り出せるのも、やはりアクシオンだけなのだ。
 「しょうがない、ギルド長に言っとくか」
 溜息を吐くルークに、アクシオンが抱きついた。


 で、そのクエストを受ける、と表明すると、何故か酒場の女将にもいつも以上に心配され、ギルド長には昔話までされた。
 聞き終えて、アクシオンは微妙な顔でギルド長を見上げた。
 「あの…今回も、貴方が付いていらっしゃる?」
 「おう。見極めるためにな。もちろん、死んだら責任持って連れて帰るってのも含めて」
 「…そうですか…今回ばかりは、お奨めしませんが…仕方ないですね…」
 いつもノリノリでクエストに向かうアクシオンが、憂いを帯びた表情でアルカナワンドを撫でたので、さすがのアクシオンもこのクエストには緊張しているのか、とギルド長は思った。
 そうして、ルークと頬にキスし合ってからアクシオンが磁軸へと向かうのに付いていく。
 磁軸に乗る前に、最後の忠告をする。
 「糸は持ったか?」
 「えぇ、1本ですが」
 「おめぇはメディックだから、リフレッシュは持ってるだろうが…」
 「は?持ってませんよ、そんな技術」
 「…へ?」
 あっさり言ってのけたメディックの顔をまじまじと見つめると、恥ずかしがるどころか胸を張って答えた。
 「そんなのより、攻撃力を増した方が、攻撃を食らう前に倒せて良いじゃないですか」
 「…いや…そりゃそうだがよ…テリアカβを使や治るがよ…」
 「β?…あぁ、そういえば…使った覚えが無いから…あぁ、1本だけ持ってました」
 鞄の底から、いつ買ったのかも分からないような瓶を取り出したアクシオンに目眩を覚えつつ、ギルド長は頭を振った。
 「毒を受けたらどうするつもりだ」
 「死にかけたらキュアVかけます」
 やっぱりさっくりと答えて、アクシオンは磁軸に踏み込んだ。
 ギルド長は、かつて仲間と共にやってきた16階を懐かしく眺めた。樹海は変わっていない。相変わらず砂にまみれて、乾いた風が吹いている。
 流れる砂の感触も変わらない。
 皆でわぁわぁ言いながら流れていったのが昨日のことのように思い出されて、ギルド長は眼帯を押さえた。
 地図も見ずにざっくりと流れていったアクシオンは、固い地面を踏みしめて採掘場所に踏み込んだ。
 ゆらゆらと蠢いている毒樹にアルカナワンドを構える。
 「…では、謹んで…心ばかりのヘヴィストライク!」
 ばきり、と幹がへこんだ。
 ギルド長は少し離れた場所で、<戦士>の戦いぶりを見つめる。
 毒樹が、ばさりと粉を巻いた。
 あぁ、あの粉に毒されて俺たちは…と眉間に皺を寄せたが、アクシオンは全く構わず杖を上段に構えた。
 気合いと共に振り下ろされたアルカナワンドに、また幹の一部が崩れた。

 で。
 乾いた木桃を手に、アクシオンはギルド長の肩を叩いた。
 「ね?…だから、今回はお奨めしないって申し上げましたのに…」
 ひたすら正面からどつき倒した無傷のメディックは、地面に向かって人生を相談しているギルド長を見下ろして、困ったように笑った。
 


 さて、その頃のアザステペインペア及びグレーテルは、予定通り7階に来ていた。
 「もう落ち着いたのね〜」
 「おぅよ!まだ納得は出来ねぇが、ネルスが止める気ねぇのも分かってるしよ」
 いつも通りの口調で元気良く言ったショークスを見て、ネルスはこっそり溜息を吐いた。
 あうあう呻いていたショークスだが、一定時間が過ぎると驚くほどすっぱりとスイッチが切り替わったのだ。
 兄は、いったん泣き出したら何をしようと泣き続けるので放っておけ、と言っていたが、あうあう呻いている時間がおそらく本来は泣いている時間だったのだろう。
 泣き終えたら気が済んだのか、いつものショークスに戻っていた。
 無論、泣かれるよりはこの方が好ましい。
 が、仮にも接吻されたのに、それまでざっくりと忘れているような態度なのは気にくわない。
 かといって、まさか本人に「キスされたことについてはどう考えているのだ」とは聞けないし、避けられるようにならなかっただけマシ、と思うしか無いのだが。
 いや、やはり何かリアクションが欲しい。むしろ避けられたらそれはそれで無理矢理手に入れるという方向に腹をくくれるのに、何もなかったように現状維持、というのが一番生殺しだ。
 自分は、こんなにも堪え性が無かっただろうか、とネルスはまた溜息を吐いた。カースメーカーとして、抑制だとか忍耐だとかには自信があったはずなのに。
 まだぎりぎりではないものの、かなり追い込まれている。暴発する前に、何とかガス抜きしないと、何かとんでもないことをしでかしそうだ。
 こうやって自分を客観視出来るのは、カースメーカーとしての訓練の賜物ではあるのだが…ついでにこの余分な感情も抑制できれば良いのに。
 「うぉい、ネルス。ちゃんと集中しろよな。敵さん、出るぞ」
 <…分かっている>
 抜け道を通って棘床の広間へ。
 錬金術師によると、本パーティーもここの踏破は諦めたのだとか。ついでに広さだけでも確認して欲しい、と言われている。
 前回は半ばほどHPを削ったところで強制的に糸で帰らされたので、残りのHPを削る必要がある。
 壁に沿って棘床を通っていくと、ショークスもすぐ近くを通っていった。
 <…おい、お前はもう少し離れてそこの床を通れば良いだろうが>
 「あぁん?お前はそこ通ってるじゃねぇか」
 すぐ横に普通の床があるのに、ネルスと同じように棘床を歩いているショークスが、あっさりと当たり前のことのように答えた。
 <俺はHPを削る必要がある。お前には無い>
 「だからどうした。文句言うな。俺はもう決めたんだからよ」
 踏み込んだ足を棘が切り裂いたので、眉を顰めながら、ショークスはネルスの目を正面から見つめた。
 「俺は、もう、文句は言わねぇ。お前がペイントレードのためにHPを削るってんなら、それを止めさせたりはしねぇ。けど、俺も棘床通る。…ま、先制されたら困るから、適当にメディカ飲むけど」
 <…意味が、無い。わざわざお前まで傷つくのは、無意味に過ぎる。そもそも俺が…>
 ぎりぎりまでHPを削りたいのは、ショークスを怪我させたくないからで、そのショークスが傷つくのなら、棘床に来る意味が無い…という部分は、意識を閉じておいた。
 「おぅよ。意味なんてねぇよ。単なる俺の気分の問題だ」
 <…マゾだったのか>
 「あほ抜かせ。自分が傷つくのも、お前が傷つくのも、趣味じゃねぇよ」
 傷ついて傷ついて血まみれになって。
 馬鹿馬鹿しい、無意味だ、と思いながら無言で男二人でずかずか歩いていく。
 部屋の隅で見つけた宝箱から取り出したものは、どうやらもう用のないものだったらしくグレーテルが舌打ちした。
 「ま、いいわ。本来、目的はレベルアップなんだし」
 さっさとサーコートを背嚢にしまって、グレーテルは現れた敵にガントレットを準備した。
 「ネルス、行くぜ」
 <ペイントレード>
 全身の痛みを敵へと投射すれば、魚もコウモリも見悶えて死んでいく。
 ぼとりぼとりと地面に落ちた敵に、グレーテルが構えを解いた。
 「あらま。二人でちゃんといけるのね」
 「万が一の時のために、構えといてくれよ?」
 「分かってるわよ。私もお客さんじゃつまらないし」
 <ここを狩り場に定めるのなら、さっさとメディカを飲め。全員HP1では、先制されたら全滅だ>
 「わぁってるって」
 そうしてショークスが飲んだのは、HPが半分くらいしか回復しないような申し訳程度のもので。
 <全快させぬか!>
 「だって、どうせお前のTP切れたら泉行ってまたここでトゲトゲするしよ。全滅しねぇ程度に残しときゃいいだろ」
 <お前が血を流している姿など見たくは無い!>
 「あほ抜かせ。このっくれぇの傷、お前のに比べりゃ大したことねぇだろ」
 <俺のは必要なもので、お前のは無意味だ!>
 「傷に意味も無意味もあるかってんだ、こん畜生」
 血まみれで口喧嘩している…らしい二人を見ながら、グレーテルは伸びをした。見た目は、ネルスがただでさえ暗い顔を更に幽鬼のような表情に変えてショークスに迫り、ショークスはそれを苛立ったような口調でかわしているところ、といったところだが、グレーテルの目には痴話喧嘩にしか見えなかった。
 「若いっていいわねぇ」
 なんて年寄りめいたことを呟きながら、こきこきと関節を鳴らして、グレーテルは周囲を見回した。何やら小屋のようなものが見えるので、あの辺りは探索しておきたいところだ。
 が、どうやら棘床を通るのはネルスの気にくわないらしい。もちろん、自分が、ではなく、ショークスが、だが。だとすれば、グレーテルが棘床を通る提案をすると恨まれる可能性がある。そこまでしてマップを完成させる義務は無いはずだ。
 口喧嘩しつつも、敵が出てくればすぐに協力してペイントレードを使い、敵が落ちればまた喧嘩が始まっている。
 良いペアねぇ、とグレーテルは地面に落ちたコウモリを拾い上げ、使えそうな翼を切り取った。

 <ペイントレードを使えるのは、後2回>
 「うわ、もうそんなになったか。俺のTPも減ってきたし…泉行くか、泉」
 ひたすらレベルアップに励んで、ペイントレードを使い続けた結果、二人のTPは切れそうになっていた。もちろん、グレーテルが大爆炎を使えばまだもう少し保つのだが、どちらにせよショークスのアザーステップが必要なのだ。
 <泉…行くのはいいが、またここに戻ってからお前が怪我をするのはな…>
 「なら途中の棘床を往復するか?」
 <一緒だろうが!…くそ、俺だけで構わぬと言うのに…>
 「うるせぇ、人が決めたことにケチつけんな」
 ぷいっと顔を背けたショークスを睨んだが、本当に怒っているのではない。
 <…まったく…お前は、本当に頑固だな…>
 「へっ、お前ほどじゃねぇよ」
 諦めて溜息を吐くと、いつものようにけけけと笑ってショークスは抜け道に向かって歩き出した。
 後ろから付いていくと、ショークスの怪我が良く分かる。
 裂けてしまったズボンから白い脹ら脛が覗き、それが棘に切り裂かれて血まみれになっていく。いくらメディカで治るとはいえ、あれだけ何度も傷つけば跡が残るのではなかろうか。
 「男に妙な心配してんじゃねぇよ。傷の一つや二つ、残ってたからって嫁に行く訳じゃなし何の問題があるんだよ」
 <嫁になら、俺が貰うから良いのだが…>
 「勝手に人を貰ってんじゃねぇ!」
 反射的に思い浮かべた反論を読み取られて、ネルスは注意深く思考を閉じた。
 それにしても、嫁に貰う、と言われて、そういう反応で良いのか?気持ち悪い、とか何とか、俺を避けなくて良いのか?
 期待、というものは、本当に性が悪い、と思う。おかげで客観的な判断が出来なくなっている。
 そもそも、白い脹ら脛を眺めながら冷静な判断なぞ出来そうにも無かったが。何で男の癖に、大して毛も生えてなくて綺麗な足なのだ。もちろん、筋肉が目立っていて女の足とは全く違うのだが、それでも幻滅するどころか欲情させる足なのは問題だ。そんな足を露にして歩かれるのは非常に困る。
 かといって、視線を上げたら上げたで、細い腰だとかやはり白いうなじだとかが目に入るので困るのだが。
 ぶつぶつと頭の中だけで文句を並べつつ、ネルスはショークスの後を付いて行った。
 ちらりと横を見ると、やはり脚線美を露にした女錬金術師がいる。一般論として、脚線美、というものに絞れば、この女の方が相応しいのは理解している。白くて柔らかそうな肌、スリットから覗く太股から膝、それに脹ら脛から引き締まった足首へと繋がる線は美しいの一言だ。
 が、美を称えるのと、欲情を覚えるのとでは、全く異なる。
 ネルスにとって、色を掻き立てられのはショークスの肉体だった。
 無論、それが問題のある意識だという認識はあるが。
 ネルスは自分の中の欲を鎮めながら、唇を噛んだ。
 自分は、いつまでショークスを壊さずにいられるのだろう?


 何度か泉と棘床を往復して、レベルアップしてから帰っていった。
 「はーい、グレーテル、下がったレベルが5戻りました〜!」
 「早いなぁ。もう18階行けそう?」
 「たぶんね。大爆炎一発で行けると分かったら、あの二人にお礼しなくちゃ。今度は私がレベルアップの手伝いしてあげよっと」
 その二人の姿はぼろぼろだ。ルークもアクシオンから聞いて、ペイントレードの仕組みとその下準備については理解しているが、やはり目の前にするとどうも気の毒でならない。
 「お疲れさん。今日はゆっくり休んでくれ。宿屋行くか?」
 破れた服を調べていたショークスが顔を上げた。
 「ネルスが行くなら行くけど」
 <…俺は行かぬ。せっかく減ったHPを回復させたら、また棘床で削らねばならぬ。お前が傷つく姿を見たくはない>
 「ネルスは行かないってさ。んじゃ、俺も行かね。隣で休ませて貰うわ」
 あっさり言ったショークスをルークは眉を顰めて見つめた。
 何か引っかかる。ネルスは回復したくないから宿に泊まらない…ってことは…。
 あ、と思いついて、ルークはばりばりと灰色の髪を掻き回した。いくら人数が増えたからって、ネルスと意志疎通が出来ないからショークスに任せっきりだったからって、リーダーとして目が届いていなかったと言わざるを得ない。
 「悪い、ひょっとしてネルスって、うちに来てから一回も風呂に入らずベッドで休みもせず、だっけか?」
 「…そういや…」
 ショークスも初めて気づいたかのようにネルスを振り返った。当のネルスは、人を呪い殺しそうな目でルークを睨んでいる。
 「いくらカースメーカーの技のためって言ってもさ、そういうのって良くないだろ。今日はネルスも宿で休むってのはどうだろう」
 「おぅよ。2週間も風呂に入らず満足に眠りもせずってか。何考えてんだ、こん畜生」
 <馬鹿を言え。さっきも言っただろうが、俺はお前が傷つく姿を見たくはない>
 「今更だろ?どうせあそこでTP切れたら泉と棘床往復すんだしよ。いいから、今日はお前も宿屋だってんだ。洗ってやるから覚悟しとけ」
 <第一!カースメーカーを泊める宿など無い!仮にあっても、俺はこの姿を他人に晒す気は無い!>
 「冒険者の宿ってんだから、冒険者を泊めるのが商売だろうよ。カースメーカーはお断り、なんてのは冒険者の宿じゃねぇだろ。それに、風呂場は……部屋に付いてるってぇのはねぇかな…あってもお高いんだろうな…」
 途中から口ごもってちょっと気まずそうに見上げてきたショークスに、ルークは苦笑した。ネルスが何を言ったのかは分からないが、ショークスの独り言から公衆浴場はイヤだと言っているのかな、という推測は出来た。
 「よし、風呂付き個室だな?ちょっと聞いてくる。もしあったら、ちゃんと泊まるんだぞ?」
 <だが、断る!>
 「おぅよ、俺が首根っこ引きずってでも泊まらせてやらぁな」
 胸を叩いて引き受けたショークスを見て、ルークは扉に向かった。自然な動作でアクシオンも付いていく。
 そうしてリーダーたちが出ていったのを見送って、ショークスは念を押した。
 「いいか?うまい部屋が見つかったら、しっかり体と鎖とローブを洗って、それからちゃんと柔らかいベッドでぐっすり寝るんだぜ?」
 <断る、と言っているのだが>
 「あほ抜かせ、2週間に一度くれぇ風呂に入っても罰は当たんねぇよ」
 <腕も足も封じることで呪を高めているのだ。意味も無く解きたくなどない!>
 「それで、どのっくれぇ高まるってんだよ、2倍か?3倍か?」
 <…いや…そこまでは…>
 「その程度なら、構やしねぇだろ、また風呂終わったら縛りゃあいいんだろうが。それ以外に何か支障があんのかよ?」
 支障なら、ある。
 この状態で、ショークスと入浴するだとか、ショークスと一緒に寝るだとか、そういうのには、非常に多大な支障がある。
 が、それは意識の奥に押し込んで、ネルスは低く<呟いた>。
 <…カースメーカーというものは、入浴だの睡眠だのというものに重きを置いておらず、そのような愚劣な習慣と封じた呪の効果を考えれば、どちらを取るべきかは明らかであって…>
 「んじゃあ、俺も寝ない。お前と一緒に起きといてやらぁ」
 ふんっと胸を張って言ってのけたショークスに目を見開く。
 <あまりにも、意味が無い。お前が入浴して睡眠を取ることと、俺がそれを拒むことに何の関係があるのだ>
 「意味がどうした、俺がそうしてぇからそうするんだ、文句あんのか、いや、文句あっても聞かねぇよ」
 全く聞く耳持っていないショークスに怒鳴りかけて、ネルスは深呼吸した。
 どうも、ショークスは脅しているらしい。
 ネルスがショークスは普通に寝かせたいと分かっていて、自分を盾にとってネルスも休ませようとしているのだ。
 <…何故、そこまで…>
 ふん、とまた鼻を鳴らして、ショークスは壁にもたれた。
 頑固な奴のことだ、絶対自分の言葉は撤回しないだろう。
 さすがに「もしも一緒にいたらお前を犯す」と言ってしまえば、引っ込めるだろうが…そこまで言う勇気もネルスには無かった。
 ジレンマに陥って考え込んでいるうちに、辺りは段々暗くなってきた。
 小一時間ほどしてリーダーたちが戻ってきた。
 「んー、やっぱ冒険者の宿には、そんな高級サービス無いってさ」
 ほっとしかけたネルスをちらりと見て、ルークはにやりと笑って言った。
 「だから、酒場の女将に聞いてみたんだわ。そしたら、ちょっと町外れだけど宿を紹介してくれてさ。もちろん、一般人向けの宿なんだが、何でも一度依頼を受けたことがあって、冒険者に偏見無い女将なんだってさ。事情を説明したら、ちゃんと風呂付きの部屋を用意してくれるって」
 <…余計なことを…!>
 ネルスが嫌がっているのは分かっているだろうに、にやにやしながらルークはショークスに紙片を渡した。
 「これ、宿までの地図。話は通してあるから、普通に行ってくれば泊めてくれるから。前金ももう渡してるから、ちゃんと泊まれよ?もったいないから」
 「ありがとさん。…高いの?やっぱ」
 「気にしない、気にしない。2週間に一回しか泊まらないんじゃ、むしろ安上がりだって」
 <俺は普通の冒険者ではなくカースメーカーであって、一般人はそのようなものを泊めるどころか見たくもないと思うものであって…>
 「さぁて、と。ってことで、ちょっと行ってくらぁ」
 <聞け>
 ショークスは今のぼろぼろの服を見下ろして、クゥと買ってきた私服を荷物に入れた。ネルスのローブには替えはないので口にも出さない。まあ、勝手に直るが。
 「ほら、ネルス、行くぞ」
 <…不本意だ…>
 まだ抵抗しているネルスのローブを掴んでひきずって行こうとしていると、目の前をアクシオンが塞いだ。
 「あぁん?何だ?」
 「いくら泊まるとはいえ、その怪我では」
 言いつつエリアキュアが振りまかれ、傷が治っていった。
 <…傷が治ったなら、何も宿に泊まらずとも…>
 「でも、怪我が治ることと体力の回復は別物ですからね。しっかり休んで英気を養って下さい」
 にっこり笑ってアクシオンは道を空け、通り過ぎようとしたショークスに紙袋を差し出した。
 「何だ?」
 聞きつつもがさがさと紙袋を開け中を見ると、陶器製の瓶が2つと貝殻が1つ入っていた。
 「まだ傷が残っていたらどうぞ。塗り薬と飲み薬です」
 「…どうも。ま、治ってる気はすんだけどな」
 「なお、傷跡を薄くする美容系の塗り薬も、ご希望があれば処方しますが?」
 「いらねぇよ、女じゃあるまいし」
 <…貰っておけば良いのに…>
 「んなに傷残ってねぇって」
 紙袋を荷物にしまって、ショークスはまたネルスのローブを掴み、今度こそギルドを出ていった。

 ギルドでは。
 「…一応、聞いておくけど…」
 「はい?」
 「…余計なもん、仕込んでないよな?」
 「えぇ、ただの傷薬ですとも。それが活用される事態になれば、悪戯も考えてみますが」
 「いや、そういうのは本人たちの希望を聞いてからにしなさいって」
 すっかり出来上がってはいるがプラトニックな恋人たちは、かなり余計なお世話をしていた。



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