アクシオンの場合




 アクシオンは、19歳の男である。
 しかし、本人には、あまりその自覚は無かった。もちろん、自分が愛らしい美少女に見えるという自覚も無かった。本人にとっては、自分の顔は自分の顔であって、それ以上でもそれ以下でも無かったのである。
 ということで。
 エトリアに来て初めて出会った冒険者に一目惚れされても、彼にとっては特に衝撃的な出来事では無かったのだった。
 あぁ、ずっと住んでたところでは、俺が男なのは当然みんな知ってるんだけど、他のところに来たらみんなは知らないんだなぁ、なんて当たり前のことにちょっと感動したりしてみただけだった。
 エトリアまでの道すがら、ルークに世界樹の迷宮とかそこに潜っている冒険者の話をして貰って、アクシオンはすっかりルークが気に入っていた。
 アクシオンは自分がのんびりしているので、どうせ一緒にいるならやっぱりのんびりした人がいいなぁ、と思っていたのである。
 いきなり昼寝しているところに出会った吟遊詩人は、大の字で気持ちよさそうに眠っていて、とても大らかそうに見えた。
 こういう人と一緒なら安心だろうなぁ、と思いながらつい自分も寝てしまったのだが、ルークは怒りもせずに笑ったので、やっぱり自分の初見での評価は間違って無かったのだ、と思う。
 聞けば24歳と年上だったが、ルークさんと呼びかけたら呼び捨てでいいよ、などと気さくに言ってくれたし、やっぱりこの人となら一緒にやっていけそうだと確信した。
 だから、エトリアに着いても何とかしてくっついていこうと思っていたら、ルークは一緒にギルドまで来てくれた。
 そこでギルドの管理長が言うことには、駆け出しのメディックとバードなんて入れてくれるギルドはそうそう無いだろう、とのことだった。特に、バードは高レベルでは役に立つが最初はなかなか、とルークの方を見ながら説明する。
 それはつまり、アクシオンだけならどこかのギルドが入れてくれるかもしれない、と言っているのだったが、彼にそんな気は無かった。
 ちらりと振り返るルークに気づかないふりをして、管理長に聞いてみる。
 「あの…それじゃあ、バードとメディックがギルドに入れて貰うには、どうしたら良いんですか?二人で冒険して経験を積めば良いんですか?」
 「いやな、お嬢ちゃん。まずはギルドに登録しねぇと、そもそも冒険者として認められねぇんだ」
 堂々巡りだ。
 アクシオンが眉を寄せて黙って管理長を見つめると、管理長は落ち着かない様子で眼帯のあたりを掻いてから、机の下から書類を取り出した。
 「ま、策はあるぜ。お前さんたちが自分でギルドを作りゃいいんだ」
 「あぁ、なるほど」
 アクシオンがあっさり頷いたので、管理長は眉を上げたが何も言わずにペンをルークに差し出した。
 ルークはそれを受け取りながら、ちらちらとアクシオンを見る。
 「いや、俺はさ、良いんだけど…アクシオンは良いのかい?その…冒険らしい冒険は、やっぱ大手に行った方が出来るしさ、アクシオンだけなら入れるところはあるんだし…」
 「俺は、ルークと一緒がいいです」
 言い切ると、ルークは何やら呻きながら妙な踊りを披露した。吟遊詩人の表現はよく分からないなぁ、と思いながらアクシオンは管理長から鍵を受け取った。
 「これがお前さんたちのギルドの部屋の鍵だ。もっと大勢抱えるギルドになりゃ、上の階の広い部屋を割り振ってやるぜ。せいぜい頑張んな」
 「はい、ありがとうございます」
 「じゃ、アクシオン、ちょっと部屋を見ててくれる?…つっても、たぶん何も無いけどな」
 「はい」
 管理長に言われた部屋は、入り口から二つ目の狭い部屋だった。
 隅には埃が溜まり、中には壊れかけの椅子が二つと壁に剣を掛けるフックがあるくらいだった。それもたぶんは備品ではなく前にいた冒険者が残していったものなのだろう。
 とりあえず窓を開けながら、ランプとか机とか買わないと、と頭の中で買い物メモを書いていった。

 その頃、受付では。
 「お前さんが真面目に冒険に出るとはねぇ」
 「アクシオンには言わないでくれよ…ま、ちょっとは言っちゃったけどな」
 管理長はギルド名に悩んでいる吟遊詩人を見ながら、けっと呟いた。
 エトリアには山ほど冒険者が来ている。それなりに毎日死んでいるにしても、これだけの日数が経ってもまだ迷宮が暴かれていないのは、冒険者たちがだらしないからだ。
 目の前にいる吟遊詩人も<だらしない冒険者>の一人だった。
 冒険のロマンだとかそういうものには興味なく、目の前の小銭さえ稼げればそれでいい、という、かつて凄腕の冒険者だった身からすれば歯がゆいとしか言い様の無いタイプの男。
 それが、何だか知らないが自分でギルドまで作ろうとしている。
 「どういう風の吹き回しだよ」
 「いや、それがその、さぁ……」
 ルークは灰色の髪をがりがりと掻いてから、溜息を吐いた。
 「その…今日も昼寝してて、会ったんだけどさぁ…一目惚れ、したんだよなぁ」
 何で昼寝をしながら会えるのか、と聞きたい気もしたが、それよりも一目惚れという部分に興味を引かれて、管理長は「へぇ」とにやつきながらアクシオンが去った方を見た。
 「ま、確かに可愛い子だったな。しっかしまだ子供に見えるが」
 「19歳の男だってさ」
 「ほぉ、19………の…男…?」
 「俺も驚いた」
 ルークはようやくギルド名と自分たちの名前を書き終えて、ペンを管理長に返した。
 「一目惚れして、思ったんだよな。俺の今の生活は、あんまり自慢できるもんじゃない。やっぱ、ちょっと格好つけてみようかな〜、なんて。…相手が男だったってのが、誤算だったけどな。ま、でも、せっかく付いてきてくれるんだし、俺もやるだけやってみようかと」
 「…いや…男…」
 「そうなんだよなぁ…あれで女の子なら、めっちゃモロ好みなんだけどなぁ」
 ルークの溜息を聞いて、ようやく管理長は立ち直った。
 どうやら、目の前の吟遊詩人は男でもOKというタイプではなく、単に女の子と誤認して一目惚れしただけだったらしい。ならばここは笑い話として思い切り笑い飛ばしてやるのが親切ってものだろうか。
 「はっはっは、ま、いいきっかけだったじゃねぇか!」
 「まぁ、ねぇ」
 ルークは扉が軋んだ音に振り返った。
 「アクシオン。どうだった?」
 「そうですね。とりあえず、箒と雑巾を貸して頂きたいと思うのですが…」
 「お前さん、マメだな。冒険者ってぇのは、あんまり部屋のこたぁ気にしてなかったんだがな」
 「薬の調合にも困りますよ、ある程度清潔な環境じゃないと」
 あぁ、そういやメディックだったな、と管理長は立ち上がって受付の裏に置いてある最後に使ったのはいつか分からないような箒と雑巾と桶を取ってきた。
 「ありがとうございます」
 礼儀正しく頭を下げるアクシオンを見送って、管理長はルークを振り返った。
 「確かにな。あれで女なら良い嫁になるだろうよ」
 「…顔はモロ好み、性格穏やかで清楚、綺麗好きでこまめに働く女の子…俺の理想だったのに〜!」
 がしがしと灰色の髪を掻きむしって天井を仰ぐルークを気の毒そうに見やって、管理長は椅子に腰掛けた。
 「ま、見た目だけでも楽しんどけや。手ぇさえ出さなきゃ、付いてても問題ねぇだろ」
 管理長は冗談のつもりだった。
 問題ねぇわけねぇだろ!という突っ込みが返ってくると踏んでのボケだった。
 …が。
 「そ、そうか…そうだよな、脳内彼女がリアルになったと思えば…」
 どこか血走った目でぶつぶつ言いながらアクシオンの後を追ったルークを見送った管理長は、己の発言がルークの今後を左右したことにはしばらく気づかなかったのだった。


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