語彙選択ミス
ショークスとネルスは相変わらず1階でうろうろしていた。
「…お、敵、みっけ。よっしゃ、先に射て…」
<待て、ペイントレードさせろ>
「えぇ?何でだよ、先にダメージ与えておきゃあ一撃でやれんじゃねぇ?」
<どうせこっちが先制しているのなら、後からお前の弓で仕留めても同じだろうが。ともかく、レベルも上がったし、試してみたい>
「まったくよぉ、好戦的なんだからぁ…」
<違う!>
頭の中で会話していても、現実にはきっちり鈴が鳴らされペイントレードが発動される。
ショークスの目には見えないが、ネルスの目を通して闇が敵を覆い生命力を吸い取っていくのを感じた。
いつも通りウーズが潰れ…中央にいた歯を剥き出した獣も崩れ落ちる。
「お?おおおお?ついにナマケモノも一撃?」
<…よし>
満足そうに頷くネルスの肩をぱしんと叩く。本当は手を打ち鳴らしたいところだが、相手は手が出ないので仕方がない。
いきなりの衝撃だったはずだが、ネルスは体勢を崩さず、ふわりと揺れただけだった。
「いやぁ、こういうのを見ると、レベルアップしたんだなぁってしみじみ思うよなぁ」
ショークスは袋を手に、傷一つ無い死体に近づいた。鼻歌を歌いながら妙な色の粘液だのナマケモノの爪だのを回収する。
<…これで、お前が傷つく姿を見ずに済む…>
安堵したような独り言は、鼻歌のせいで聞こえなかったってことにしておこう。
よいせっと腰を上げて、周囲を見回す。
「どうする?もう2層の敵には通じるってぇことは…3層に行ってみるか?カエルの面ぁ見たくねぇけど」
<…まだ早い。ようようナマケモノが倒せるようになったということは、3層に行けば撃ち漏らす敵が出てくるだろう。…またお前が死にかける>
「い、いやよぉ、その方が効率いいかなぁって…俺は丈夫なんだから、良いんだよ、うん」
<……お前が怪我をすると……俺の危険も高まるからな>
「へいへい」
すっげぇやりづれぇ、とショークスは口布を引き上げた。敵意だとか、あきれだとか、そういう感情が流れ込んでくる分には別に気にならない、むしろ便利だなぁ、なんて思っていたのだが、今ネルスから流れ込んでくるのは<好意>である。それも<仲間>だとか<相棒>だとかじゃなく、結構濃いやつ。
それを本人が気づいていればいいが、どうも無意識に漏れているようなので、何と言うかこう、自分への告白、喩えてるなら、少女が「あたしが好きなのはショークスさんなの」などと友達と言い合っているところなんかに通りかかって故意じゃないけど立ち聞きしちゃった、みたいな気まずさがある。
更に問題は。
実際、過去にそういう場面に行き当たっちゃった時には、「うわ、またかよ、めんどくせぇ」なんてうんざりしたものだったが、今回は何だか妙に気恥ずかしいのだ。
勝手に頬が熱くなるので、隠すためにいつもよりも帽子を目深に被って、布を引き上げている。
何なんだ、俺、とショークスは自分で突っ込む。
そりゃまあ、仮にも『相棒』ってくらい二人で一組なスタイルなんだし、ましてや最初は敵意満々というか全世界を憎むぜ!みたいだった奴が、好意を持ってくれる、というのは一般論としても喜ばしいことではあるんだが…一般論で片づけて良いのかどうか、という問題が。
いや、一般論だ、一般論じゃないと困る。
「…うぐわあああああ…」
妙な呻き声を上げて座り込んだショークスに、ネルスが慌てて浮遊してくる。
<どうした?どこか痛むのか?>
「い、いや、何でもねぇ…」
ああああああ、とがっくり頭を下げて両手で顔を覆っていると、ネルスの思考が<見えた>。
俯いた後頭部を見下ろして、緑の帽子から流れる金髪がさらりと別れて白いうなじが覗いて……頼むよ、そこで妙な想像してんじゃねぇ、俺に筒抜けなんだよ、気づいて自分で閉じろよ、俺が言う訳にいかねぇじゃねぇか!
ますます顔を合わせられなくなってもっと深く俯くと、ますますネルスの妄想が暴走していった。
ネルスの視界に移った己の首筋がアップになっていく…ってことは、ネルスが近づいてきてるってことだ。
ネルスの思考ではなく自分自身の感覚としてもその接近を捉えられるような距離になった瞬間、ネルスの思考がぴたりと止まった。
どうやら、我に返ってくれたらしい。
先ほどまでの熱に浮かされたような視線ではなく、探るような猜疑心に満ちた視線を後頭部に感じる。どうやらどこまで漏れていたか、気になるらしい。
…今更。
ショークスは目を閉じて、1から10まで数えた。
そして、思い切り良く立ち上がる。
「よっしゃあ!レベルがあと3つ上がるまで、ここで清水と通路駆け抜けのローテーションだぜ、こん畜生!」
<…まあ…それが無難だろうな…>
明後日の方向に向いて叫んだショークスに、やはり別方向に向いてネルスは同意した。
顔も合わさず、先に立ってずかずかと歩いていく。
たぶん、生死がかかった探索中に浮ついた気分にはならないだろう、と、いつも以上に気合いを入れて敵を探す。
ネルスの方も、先ほど思考がだだ漏れになっていたのに気づいているのか、意識して思考を閉じ気味にしているようだったので、どぎまぎせずに済んだ。
そうしてせっせとレベル上げに勤しんで、夜明けまで頑張ったのだった。
「で、そろそろ深いとこ行ってもいけんじゃね?とか思う訳ですよ、ネルスさん」
<…何だ、いきなり、その口調は>
「…いや、俺も色々とあってよ…ま、とにかく、だ。3層行こうぜ、3層」
<その前に、2層の下部、磁軸から10階に上がって試してみよう。そこですら駄目ならば、3層になど行けぬ>
「そりゃ一理あんな。うっし、そうすっか」
一眠りして(ショークスだけだが)から改めて入り口にやってきたところなのだ。
清水とは離れる分、アムリタも仕入れてきたし、ついでにメディカやネクタル(の安いの)も幾つか買ってきている。準備は万端だ。
磁軸から飛んでいって、すぐに上へと繋がる階段を登る。
どうやら戦闘があったらしく、草の乱れはあったがここにいるというケルヌンノスの姿は無かったので、そこを抜けて細長い通路を往復することにした。
上でも狩っていたウーズや蜂の他に、虎や鳥もいたが、全てペイントレードで落とせた。
「レベル、上げすぎちまったか?」
<…さあな。大して数も出ぬし、やはり下に降りてみるか>
「だから、最初からそうしてみようぜって言ってんじゃねぇか」
ぶつぶつ言いながら、結局11階に降りることにした。
蒼く染まった通路はヒンヤリしていて、上とは違って足音が硬い。
「あぁあ。俺としちゃあ、1層とか2層の方が好きだなぁ。草だの積んだ葉っぱだのを踏む感触は慣れてっけど、こういう岩場はあんまり…」
かつんかつんと足音が響く。そのくせ、天井が高いせいか反響はせずに吸い込まれていく。
「あぁもう、落ち着かねぇったら。何か息苦しい気にまでなってきたぜ、こん畜生」
まるで限界まで水底へ潜っているかのような感覚に陥って、ショークスは喉を撫でた。
<…その布を外せばいいだろうが。馬鹿か>
「ホントに息苦しいんじゃねぇよ、何つぅか、気分の問題だっての」
アクシオンに連れられてカエル狩りをした時には何ともなかったのだが…というかそんなことを感じる暇も無かったのか。
ショークスは諦めて口布を顎まで下ろした。
深呼吸してみると、冷たく湿った空気が鼻を刺激したのか、思い切りくしゃみが出た。
<…寒いのか?>
「いや、そういうんじゃねぇんだがよ」
と答える前に、ネルスのローブがするするとショークスの顔を撫でた。
「だ、だだだだだ大丈夫だっての!お、お前が巻き付いてくると、動きにくいだろうがよ!」
何だかそのローブが自分の体も巻き取るんじゃないか、という予測が働いたので、ショークスは喚きながら身を引いた。
そんなの、まるで抱き締められているみたいじゃねぇか…って、うぼわあああ!何を考えてるんだ、俺!
わたわたと手を振って、ショークスは通路の奥へと足早に歩き始めた。もう早く敵に遭うしかない。
大人しく後ろから付いてきたネルスも、敵を見つけてうんざりした思念を寄越した。
「俺だって、もうカエルはイヤだっつぅの」
増殖も出来る実力では無いし。
とりあえず蟻とカエル相手にペイントレードが一撃で通じることは分かったので、いっそ下に降りるか、ということになった。
「…ま、色違いだってだけのような気はするけどよ…」
ちょっと種類は違うが、基本的には蟻とカエル。
「もういっそ、13階まで降りてみねぇ?そしたらコウモリとか熊とかになるらしいぜ?」
<そこまでペイントレードが通じるかどうか…>
「やってみりゃ分かるじゃねぇか」
<おい、待て、ショークス>
ネルスの制止も聞かずに抜け道から13階へと降りる階段がある広間に首を突っ込んだショークスは、目の前にいる蟻の一団に顔を強張らせた。
中央に、明らかに格が違う蟻がいる。
ひょっとして、本パーティーが潰したっていう女王蟻が復活…というか代替わりしたのか?
確実に、自分たちが勝てる相手ではない、と、ショークスは突っ込んだ首をそろそろと抜いた。
振り返って苦笑いしてみせると、ネルスが思念は寄越さず「だから言っただろう」と言うような顔をした。
「あぁあ。誰かに潰して貰わねぇと下に行けねぇや。いっそ下から上がるか?」
<それも無茶だ>
「だってほら、15階はほとんど空間だろ?すぐに14階に上がっちまえば、13階も14階も似たようなもんじゃねぇか」
<乱暴な理論に過ぎる。痛いのはお前だぞ>
「そ、痛いのは俺なんだから、ネルスが気にするこたぁねぇって」
<自分が痛い方がマシだ。俺は痛みに慣れているが、お前は普通に痛いだろう>
「あ、ってこたぁお前も痛いこた痛いんだな、こん畜生。痛いんならそんな攻撃技止めろって」
<カースメーカーの攻撃技としては、ペイントレードが一番効率的なのだから仕方がない>
「効率的ってこたぁ他にも技はあんのかよ。だったらそっちにしろよ」
<テラー状態にして相手を自滅させるか仲間を攻撃させるか…どちらにしても時間がかかる。やはりペイントレードが一番だ。一撃で倒せたら…>
ネルスの脳裏に、深く斬りつけられている自分の姿が見えて、ショークスは溜息を吐いた。まあ、この姿を見たくない、というのは分かる。余程のサディストでも無い限り、見ていて楽しいものでもない。
「ま、何にせよ磁軸まで戻ろうぜ」
<…そうだな、呪いガエルの顔も見飽きた…>
「顔に違いがあんのかよ、顔に。体色だけでねぇの?違いは」
<まあな>
帰るとなれば磁軸までは早い。2回の遭遇だけで磁軸まで戻ってきて地上に出た。
「さ、16階の磁軸はっと」
<…って、ちょっと待て!>
「行ってみようぜ、いいじゃねぇか、一回くれぇ」
<だから、お前が怪我をする、と!>
「15階でさっさと敵が出てきてくれれば良いんだけどなぁ」
<話を聞け!>
ぎゃあぎゃあ頭で叫んでいるのをニヤニヤしながらスルーして磁軸に踏み込めば、ネルスもすぐに追ってきた。ローブが押し留めるように伸びてきたが、ぺしぺしとはたきながら15階へと通じる階段を上がっていく。
<…まったく…しょうのない…>
絶対ついてくると分かっていてやっちゃう自分は性格が悪いんだろうか、とショークスはふと思った。これはあれだ、兄弟間ではよくやることではあるのだが。そう、例えば、ターベルとクゥが兄たちが追ってくるのを確信して、冗談のように山に先行して駆け上がったのと同じように。
不意に蘇った光景に、ショークスはぷるぷると首を振った。
<どうした?>
「…何でもねぇ。悪い、一緒に行く」
歩調を緩めてネルスが横に並ぶのを待つと、ネルスは何も言わなかったがローブがふよふよとショークスの頭を撫でた。
どうやら、何も言わなくてもショークスが何を思い出したのか理解したらしい。
そして、先行したショークスをターベルに置き換えて何やら想像した挙げ句に、絶対に側から離れるものか、という妙な決心もさせてしまったらしい。はっきりとした言葉にはなっていないが、そんな気配だけが伝わってきた。
うぼわあああ、ここが暗いうろの中で良かった、とてもじゃねぇが、こんな顔見せられねぇ、とショークスは片手で口元を覆った。
微妙に顔を背け気味に階段を登って、明るい場所に出る前に何とか普通の顔に戻す。
そうして目の前に開けた光景に、ぽかんと口を開いた。
「…すっげぇ。何で樹の中に湖があんだよ」
話には聞いていたが、実際こんなところでこんなに広々とした水の塊を見るとは思っていなかったショークスは、目を細めて周囲を見回した。
<…さて、な。完全な水の溜まり、というのでも無さそうだが…>
「樹の中に水が溜まってたら腐りそうなんだけどなぁ。よっぽど硬化してりゃあともかく。そもそも世界樹ってぇのは普通の樹じゃねぇんだろうけどよ」
何だかんだと言いつつ、水際にぷかぷか浮いているピンク色の花を見つけ、そちらに歩いていく。
腰を屈めて、つんつんと突いてみるが、そのくらいでは岸から離れていったりしないようだった。
「この花も訳わかんねぇし」
何で向こう岸とこちらを行き来するのか。根っこはどうなっているのか。
「ま、いいや。ネルス、落ちんなよ」
<…だから、そもそも行くのを反対しているんだがな、俺は>
「まあまあ、そう言わずに。えぇっと、確か、あんまり立って乗るとバランス崩して落ちる、とか何とか…」
ショークスは腰を落としてじりじりと足を延ばして花に乗ってみた。
手を伸ばすと、ネルスが溜息を吐いてからふよふよとショークスの隣に移動してきた。そもそも浮いているのなら、水面に浮きながら移動できそうだが、一応ショークスのすぐ側で一緒に行くに決めたらしい。
後は14階に上るだけ、とすたすた歩いて階段に向かっていたら、扉を開けた途端に敵と遭遇した。
でっかいトンボとカニである。
「アザーステップ!」
<…ペイントレード…>
「…あ、カニ、かてぇ」
トンボは辛うじて落ちたようだが、カニはきっちり生き残ってハサミを振り上げた。しゃくっとカニの癖にやけに切れ味の良いハサミでショークスの腹を切り裂く。
「あぁあ。やべ、やべ。俺も弓撃つわ。ペイントレードよろしく」
<…まったく…だから、止めろと…>
ぶつぶつ言いながらネルスがペイントレードに集中する。
しかし、2回目のペイントレードの前に更にもう一回攻撃を受けてしまったショークスは苦笑いしながら地面に腰を落とした。
「マジ、やべぇ。メディカ、メディカ」
よいせっと荷物から取り出したメディカを2本まとめて飲み干す。
<…しばらくは、カエルと蟻から離れられそうにないな>
「えぇ?でもよぉ、カニ以外ならいけそうじゃね?ほら、12階から13階に降りたばっかのとこなら、カニは出ねぇし」
<ショークス>
その響きに、ショークスはメディカの空瓶を荷物に放り込みながらネルスを上目遣いに見上げた。
彫りが深い…と言うよりは落ち窪んだ眼窩の奥から深い青の瞳がショークスを見つめていた。
<ショークス>
もう一度、ネルスが思念で呼んだ。
「えぇと………はい。降参。お前の勝ち」
おどけたように両手を上げて、ショークスは立ち上がった。
「もっかい花乗って磁軸から帰るかぁ。ちっと早ぇけど、しょうがねぇ。でもよ、今後に備えて、本パーティーに女王蟻退治は頼んでおこうな」
べらべら喋りながら、ショークスはネルスの隣を通り過ぎた。
扉に手をかけ、ちょっと迷う。
その目は反則だ。
…って言うのは拙いだろうなぁ、やっぱり。
「えぇとよぉ…ごめん。先走り過ぎた」
ぼそり、と謝ると、ネルスの思念の表面に「だから言っただろう」とか「最初から素直に俺に従え」とか「また怪我をして」とか言うような意識が小さな泡のように浮かんでは消えたが、最終的にはっきり伝えてきたのは、
<…分かれば、いい>
の一言だった。
ショークスは扉に向かったまま、がりがりと頭を掻いた。
ネルスが横に回る気配がする。
<ショークス?お前が無言では、何を考えているのか分からぬではないか>
ぶつぶつ言いながら顔を覗き込んでこようとしているので、ショークスは前を向いたまま扉を押し開いた。
顔を見られる前に、ざかざかと奥に向かって足早に歩く。
<ショークス。どうした>
あー、とか、うー、とか意味もなく唸ってから、こっちはネルスの意識を読めるのにネルスにこっちの意識が分からないのでは不平等か、とショークスは少しだけ言ってみた。
「い、いや、その、よぉ…えらく、男前だな、と思っちまって…その…」
頭の中では色々文句一杯なのに「分かれば、いい」の一言で済ませる、というのが非常に度量が大きいように感じて。
「何つぅか、お前、最初に会った時にはえらく余裕の無い男だと思ってたけど、最近は落ち着いてきたっつぅか、てめぇのことだけじゃなく他人のことまで考えるようになってきたっつぅか、いや、他人つっても、俺のことのような気はすんだけど…って、いや、俺のことばっか考えてるって意味じゃなくてよ、何つったらいいんだ、大きな気持ちであたたか〜く見守るっつぅのかいや温かいっつぅより熱い視線を感じる気もするがそういう目で見られてっと何つぅか…って何言ってんだよ、俺!」
<…つまり、俺に熱い視線を送られると困る、と。そう言いたいのか?>
「いや、そうじゃねぇんだよ、いや、困るっちゃ困るんだが、そうじゃなくてつまりさっきの<分かれば、いい>はえらく男前で惚れ直すっつぅか…って、もっと訳わからねぇよ、俺!」
うわああああ、と叫び声が蒼暗い空間に吸い込まれていった。
ピンクの花を前にショークスは座り込んで、矢で無意味にその辺の地面に穴を開けた。
<…惚れ直す?>
「い、いや、どう考えても語彙選択ミスだよな!ほ、惚れ直すってぇのは惚れてるのが前提だもんな、何言ってんだ、俺!」
がっつがっつがっつがっつ。
矢が岩場を削り、細かな破片が飛んでいく。
その欠片の一つが、ぴっと頬を掠めていって、ようやくショークスは落ち着いた。
頭を切り替えよう、と目の前の冷たい水で顔を洗う。首に下ろしていた布で顔を拭い、よいせっと立ち上がった。
「あぁあ。やっぱ、俺、駄目だわ。考える前に口に出すもんなぁ。おかげで、何か訳の分からない単語選択をしちまった気がする…」
潜在意識がそれを選んだ、という可能性に付いては、考えないことにする。
「悪ぃ、悪ぃ。戻ろうぜ」
そうして振り返ってみると。
いつもの視界にネルスがいなかった。
いや、半分だけいたが。
<…そうだな…戻るか…>
ふよふよふよ。
いつもより高く浮かんでおります。
ショークスは花に乗り込み中央に座った。
行きは隣に座って(いや、座ってはいないがそんな姿勢で浮かんで)いたネルスが、帰りは随分上の方に浮かんでいたので、垂れ下がっているローブの裾を掴んでみた。
子供の頃に雀の足に紐をつけてペットのように連れて歩いた時のようだ、とショークスは思った。