アザステペインペア、誕生
口を挟むタイミングを見失ったリーダーは、こっそり隣と相談した。
「…どうする?そりゃレンジャーとカースメーカーの加入自体は構わないんだが、とても枯れ森に連れて行けるレベルじゃないよな?かといって、文旦たちもまだ初心者だし…」
「ペイントレードというのが、よく分かりませんけど…それを発動できるようになれば、自分たちで鍛えて貰えるんじゃないでしょうか。先制して呪殺、という方向で」
「いや、その発動できるようになればってそれまではどうするんだよ」
「俺が鍛えて来ますよ。ちょっとイライラしてるんで、気分転換に良いかも知れません」
「…何で、イライラしてるのか、聞いてもいい?」
「イヤです」
にっこり笑ってリーダーの追求を断ち切ったメディックが、ショークスとネルスの会話に割って入った。
「で、どうされますか?<ナイトメア>に加入されますか?それとも他のギルドに当たりますか?」
ネルスとぎゃあぎゃあ喚き合っていた(くどいようだが、他者の目にはショークスが一人で喚いているようにしか見えないが)ショークスが、目をぱちぱちと瞬かせた。いや、ゴーグルを下げたままなので、他の者には見えなかったが。
うーん、と腕を組む。
「ネルス、どうするよ。ぶっちゃけ、樹海で鍛えんなら、どっかのギルドに入るしかねぇのは確かだ。お前一人じゃどうにもなんねぇのは自分でも分かってんだろ?」
<…確かにな>
不本意そうだが理解はしているらしいネルスに頷いて、ショークスはとんとんと自分の膝を叩いた。
「まぁ、一緒にやってくんなら、俺も不本意ながら足を鍛えてやるよ。本当は弓を鍛えてぇんだがなぁ」
不本意なのはお前だけじゃねぇ、と言ってやれば、ネルスの白目がちな目がぎょろりと動いた。
呆れたような気配が伝わってきて、何を馬鹿にしてんだ、と眉を上げると、思考が伝わってきた。
<…妙な奴だな。俺はカースメーカーで、冒険者を殺しに来ているのは分かっているだろうに、何故恐れない。確かに俺の仇は特定の冒険者だが、その復讐が終われば、他の冒険者たちも殺そうと思っているのに>
「んなの言わなきゃ分かんねぇって」
ひらひらと手を振ってから、いや、他の奴らにばれるとかどうとかじゃなく、俺にばれてるのが問題なのか、と気づいたが、まあいいや、と流すことにした。
「どうせやってくんなら、お前みたいなのの方が俺的には気楽だしよ。めんどくせぇんだよ、顔は笑ってんのに実は怒ってんじゃねぇか、とか余計な気ぃ回さなきゃなんねぇのとかって」
ちらりと、ずっとにこにこ微笑んでいる白衣の少女を見やると、一段と目が面白そうに輝いたので、やっぱり腹の中では何を考えているのか分からない、と溜息を吐いた。こういう奴が一番苦手だ。
「その点、お前は絶対、嘘とかフェイクとか入んねぇもんなぁ。楽ちん楽ちん」
やっぱり呆れたような気配は伝わってきたが、悪意は感じられない。
「お前はどうよ。やっぱ思考筒抜けは気持ち悪ぃか?俺とは別口でやりてぇってんなら構わねぇけどよ」
<思考筒抜けは、不本意ではあるがな。しかし、確かに貴様と別行動を取ると、封を解いて自分で言葉を発して意志疎通せねばならんし、それは面倒だしせっかくここまで封じた呪が無駄になる。ならば、貴様を使う方が合理的だろう>
そして、初めてかすかに笑うような気配がした。
<貴様は、ほとんど考えずに喋っているようだしな。こちらも裏を読む必要が無いのは好ましい>
「OK、じゃ、二人でやってくか」
<本当に、考えずに決めているな、貴様は>
「問題が起きれば、そん時考えりゃいいだろ。で、ここに入るってことでいいか?他探すのもめんどくせぇし」
<俺はどこでも構わん>
「OKOK。ほい、決まり。んじゃ、ここに世話になるってことで。弓の支給よろしく」
非常にざっくらばんなのは自分でも自覚している。が、口うるさい兄が見ていると思うと、余計に行儀良くなどしたくないのだ。
まあ、目をつり上げたのはクラウドだけで、言われたリーダーはのほほんと気にした様子もなく頷いたが。
「あいよ。じゃ、登録してくるわ。ショークスとネルス、な。クラウド、適当に規則を説明してくれ。俺はちょっと酒場に届け物があるし…」
「俺も行きます」
うえぇ、とクラウドを横目で見ていたショークスは、聞こえてきた「俺」という単語に目を剥いた。
リーダーはどこか上の空で頷いて、金髪美女に手を振った。
「じゃ、グレーテルと…リヒャルト、クラウドと一緒にショークスとネルスの装備を調えてきてくれ」
「了解であります」
「OK。…さすがにカースメーカーを外にうろうろさせるわけにはいかないわよねぇ。防具って適当でいいのかしら」
「フレアと相談してみるよ。こっちは任せてくれ」
「あいよ、任せた。じゃ、行こうか、アクシー。…はぁ、気が重い」
ショークスには何が何だか分からなかったが、どうやら酒場に行くのは嫌らしい、ということは分かった。重い溜息を吐きながら出ていったリーダーと、心配そうに後ろから付いていったメディックを見送ってから、クラウドはゆっくりと口を開いた。
「最初に言っておく。この<ナイトメア>のリーダーはルークで、建前上、一番権力を持っているのもルークだが…まあ、権力なんて全く気にしてない奴なのはすぐ分かるだろうが、それはともかく」
ごほん、と咳払いしてから、クラウドは真剣な目でショークスとネルスを交互に見つめた。
「実際問題として、このギルドで一番怒らせちゃいけないというか…いや、怒ったところは見たこと無いんだが、怒らせるのが怖いのは、アクシオンだから。気を付けるように」
「アクシオン?」
「あぁ、自己紹介してなかったか。ルークの隣にいたメディックだ」
「俺っつってた女の子か。可愛い面して俺女ってイヤだよなぁ。確かに何考えてんのか分かんねぇって感じだったけどよぉ」
<…いや、あれは男の気配だったが>
「へ?気配で分かるもん?つーか、え?マジで男!?」
ネルスの思考に反応してクラウドを見つめ返すと、苦笑いしながら頷いた。
「アクシオンは19歳の男だ。よく女の子に間違えられるが、なかなかどうしてうちのギルドで一番苛烈だぞ。覚えとけ」
「苛烈、と来たよ、苛烈。うっわ、マジで見た目に合ってねぇ」
<冷静にこちらを見定めようとする気配は感じたがな。確かに情ではなく理性で動くタイプには見えたが…しかしリーダーに対してだけは別という気が…>
どうやら考え込むと独り言のような小声になるらしい。ただの思考なのに、声みたいに大小変わるもんなんだなぁ、とショークスは妙なところで感心した。
「アクシオン自体も怖いが、ルークはアクシオンにべた惚れだからな。アクシオンの意志が成り行きを決定することがままある。別におべっかを使えと言う気は無いが、アクシオンをサブリーダー…あるいは裏のリーダーだと思っていたら間違いは無い」
そういやリーダーだがいちいちメディックと相談してたよな、と思い返していたら、
<べた惚れ…男同士ではないのか>
「そういやそうだよ。そりゃ見た目は普通に男女だがよ…いや恋人だとしたらロリコンに見えるが、男同士だと更に…何つぅんだっけか?男同士だとロリコンじゃねぇよな?」
<知るか。興味無い>
「…念のため言っておくと、既成事実は全くないからな。ルークは実らぬ片思いを楽しんでるし、アクシオンも面白がってる。同性愛者だと後ろ指差したりしたら、兄ちゃん怒るからな」
「しねぇよ。別にリーダーが何でも関係ねぇし」
<…片思い?…そうか?>
「あん?」
<…いや…どうでもいいことだ>
クラウドは、とりあえずそれを真っ先に言いたかったらしい。ともかくはアクシオンに気を付けろ、と言っておいてから、少し表情を和らげて周囲を見回した。
「えーと…それじゃ、他のメンバーも紹介しておくか。本格的に探索するメンバーは、リーダーのルーク、メディックのアクシオン、それからソードマンのリヒャルト、ダークハンターのカーニャ、アルケミストのグレーテル」
カーニャは向こうの方で話をしていてこちらを見もしなかったが、リヒャルトとグレーテルはクラウドの言葉にそれぞれ頭を下げたり手を振ったりした。
「それから、ついこの間仲間になった第2パーティーが、ダークハンターのミケーロ、パラディンのシエル、ブシドーの小桃、メディックの文旦、カースメーカーのフレア。それに、俺たち採集組。俺はショークスの兄でクラウド。あっちのが妹のクゥ、それからターベル。…ショークスが迷惑かけると思うが、よろしくな」
ざっと説明して終えたクラウドが、ネルスに真剣な顔で頭を下げた。
<よろしくする筋合いは無いが>
「誰が迷惑かけるってんだ。むしろとろくささでこいつが俺に迷惑かけそうだっつぅの」
<いずれ貴様の攻撃力の無さが俺の足を引っ張りそうだがな>
「けっ、そういうこと言ってると、弓を鍛えちまうぞ、弓」
<俺のペイントレードが無ければ、複数の敵にやられるんだから、貴様は大人しく俺の足となるべく鍛えればいいんだ>
「そういうこと言うかぁ!?俺だってダブルショット覚えりゃ複数相手に戦えるんだぜ、こん畜生」
<ペイントレードなら一撃だ>
「へぇへぇ、そのお強いペイントレードはいつになったらご披露頂けるんですかね、初心者め」
<…鍛えたら、だ>
「それまでは大人しく俺の背後でぷるぷる震えてろっつぅの。杖持ってぷるぷるぷるぅ〜」
<誰がそんなことをしたか!>
「してたじゃねぇかよ!…つぅか、お前、その状態でどうやって杖振ってたんだよ、なんかそっちの方が気になってきたじゃねぇか」
触った感じからすると、腕は自分を抱きしめるような形で肩のあたりにある体勢で鎖で縛っているように思うのだが、どうやって杖を振る…というか持っていたのやら。
ネルスは無言で杖を漆黒のローブから出した。
そのローブがうねって杖を巻き取りふらふらと持ち上げるのを、ショークスは目を丸くして見つめた。それから、手を伸ばしてローブを掴む。
「すっげぇ!何これ!手品かよ!」
<手品ではない。念だ>
「へぇ〜へぇ〜へぇ〜おもしれぇ〜!わはは、こんな布っきれで振ってたのかよぉ〜、そりゃへろへろにもならぁな」
杖に巻き付いたローブを持ってぶんぶん振っているショークスは、心底楽しそうだ。
<…普通、人間には出来ない技だと怯えないか?貴様、本当に何も考えてないな>
「何が?…え〜と…」
ショークスは一応考えてみた。
ひたすら<何も考えてない>を馬鹿にされるのも気にくわない。
で、3秒ほど考えてから、あっさりと言った。
「俺は弓を射れる。お前は出来ない。お前は布を動かせる。俺は出来ない。それでいいじゃねぇか。別に怯えるこっちゃねぇだろ。羨ましがるところでもねぇし」
<やはり貴様はどこかおかしい>
「何でだ!」
ネルスに突っ込みを入れたショークスの頭を、クラウドがぽかりと叩いた。
「こら、ショークス!お前はまた失礼なことばかり…」
<貴様の、すぐ手が出るところは兄似なのか>
「わはは、兄貴も俺と同じ扱いされてっぞ」
「…いや、何を言われているのかは知らんが…とにかく、昔から礼儀ってものを知らない弟で苦労してるんだ。すまないな。あまりにも目に余ったら、構わないからそっちも鉄拳制裁してくれ」
「鉄拳出せそうにもねぇよ、こいつ」
<…いずれまとめてペイントレードしてやる>
「それって痛ぇの?」
反射的にネルスが思い浮かべたのが血を吹き出して倒れていく人間の姿だったので眉を顰める。
「うえ、痛そう」
<痛みもなく死なせてやってもいいが>
「俺死んだらお前も困るじゃねぇか」
<では死なない程度にペイントレード>
「痛くても足が鈍るっつぅの。…ま、気にしなくていいぜ、兄貴。こいつは別に俺のこと気にしてねぇから。ホントに不機嫌だったら、俺、分かるし。あ〜、便利だなぁ、これ」
<…気にしていないわけでも、不愉快でないわけでもないのだが…>
「わたーし、なーんにもきこえなーいねー」
<聞こえているんだろうが!>
ゆらゆら持ち上がった杖がぽかぽかとショークスの頭を殴った。慌てて手で頭を覆って、ショークスは杖を取り上げようとする。
「いてぇよ、こん畜生!…あっ、てめぇ!」
ショークスが手を振ると、杖を巻いたローブはゆらゆらと上の方にたなびき手が届かないところまで巻き上がった。
じたばた杖に向かって飛び上がっているショークスをからかうように、杖がこつんと頭を叩いては逃げていく。
<猿の知能テストのようだな>
「何じゃそら!俺は猿か!こん畜生、押し倒すぞ、てめぇ!」
ゆらゆらと器用に逃げ回っている杖を見上げてから、その根幹であるネルスを睨み、また口に出すと同時にネルスを突き倒した。
またしても頭を庇う気配もなく棒のように一直線に背後に倒れる。
がつっ!
「…いってぇ…」
<馬鹿か、貴様は>
自分で倒した癖に、咄嗟にネルスの頭の下に手を差し入れたショークスは、床とネルスの後頭部に挟まれた手を引き抜いて、ふぅふぅと息を吹きかけた。
「あででででで」
赤くなったそれをぶんぶん振っていると、もぞもぞとローブが動いてネルスが座った。
<貴様、そういうことをするなら、そもそも倒そうとするな>
「しょうがねぇじゃん、やった後で、また頭打ちそうだって気づいたんだからよぉ」
ゆらゆら動くローブの一部がショークスの手を取った。
<赤くはなっているが…腫れてはおらんな。折れてはないだろう>
「あんっくらいで折れてたまるか」
ちらりと湧いたイメージが袋に入れた氷水だったので、ショークスは目を上げて、くくくと笑った。
「お?何だ、心配してくれてんの?」
<誰が、だ>
ふん、という鼻息と共に、ローブが手にぐるぐると巻き付いて縛り上げた。
「あでででで!包帯のつもりなら、もっと、そっとやれや!」
<ふん、虐めているだけだ>
「お前もたいがい馬鹿だって!そもそもやったのは俺だっつぅの!」
<そういえば、自業自得か>
馬鹿にしたような気配はあったが、巻き付いたローブは弛まなかった。どうやら本気で固定しているつもりらしい。捻挫でも無いので、別に固定する必要は無いのだが、まぁいっか、とショークスは解きはしなかった。
ようやく口を挟む暇を見つけたのか、クラウドが呆れたように言った。
「…で、続きを説明していいか?…お前、一段と騒がしくなったな…」
「俺のせいじゃねぇっつぅの!」
<俺のせいでもないぞ>
「お前のせいだろ、お前の。お前がおもろいから突っ込みたくなるんだよ!」
<俺はそんなキャラでは無いわ!>
「いや、おもろいって…痛い!いてぇよ、兄貴!」
「せ・つ・め・い・し・て・いいか?」
「…どうぞ」
部屋の中でも被ったままだった帽子を押さえつつ、ショークスは諦めて口を閉じた。それを見て満足そうに目を細めてからクラウドは手を上げて奥を指さした。
「<ナイトメア>が探索するのは主に2パーティーで、両方にメディックが入っている。今はかなりのレベル差があるが、それでも回復が出来るのは確かなので、探索に行く場合は、もう片方のパーティーは待機して、探索パーティーに何かがあった時に備えているんだ。で、この部屋は実はルークたちと俺たち3人の8人だった時に貰った10人部屋でな。人数が増えたんで部屋を替わろうと思ったんだが、ちょうどいい空きが無くて、隣のちょっと広めの5人部屋もうちのものになった。で、奥の5人部屋はひたすら3段ベッドを詰め込んで就寝部屋にして、ここを待機部屋にしてある。…分かったか?」
また一人漫才を繰り広げられたらたまらん、とクラウドは一気に説明した。
ショークスは余計な口を出さないよう自分の手で口を塞いで、こくこくと頷いた。ネルスはどうやら、どうでもよさそうである。
「と言っても、レベルが上がったらシエルの家を改装して普通に住めるようにしようって話もあるし、女性陣は宿に泊まることも多いけどな。まあ、本当にちょっとだけ体を休めたいって時には利用してくれ」
「ういうい」
<で、交互に2パーティーが探索に行くのなら、俺たちが行くのはいつになるのだ>
「さあ?そりゃやっぱ兄貴じゃなくリーダーに聞かねぇと分かんねぇんじゃね?」
んー、とショークスはあぐらのまま体を前後に揺らした。
<少しの間もじっとしていない奴だな>
「よく言われらぁ。大人しくしてんの嫌いなんだよ」
「…お前はもうちょっと落ち着け」
「で、俺の弓は?いつ買いに行くんだよ?」
答えを聞く前にショークスはネルスを見た。ついでに少し離れたところにいるフレアも見た。そして首を捻る。
「お前ら、防具っつっても、鎧着たりブーツ履いたりすんのか?」
<せぬな。余計なものを身に着けると動けなくなる>
「買う意味ねぇなぁ、おい。んじゃ、アクセサリーの類だけかぁ。おっし、行こうぜ」
<いや…>
ネルスは僅かに目を周囲に動かした。外が眩しそうだとか暑そうだとか他人の視線がうざいとかそういう想起と共に、一言念を吐く。
<俺は行かぬ。お前は勝手に行け。カースメーカーは、あまり他人の目に触れるものではない>
「そういうもん?」
<そういうものだ。我らは畏れられる存在でなくてはならぬ>
「めんどくせ。ま、いいや、適当に見繕って来てやるよ。ついでに何か食いたいもんとかあるか?」
<無い。必要最低限のエネルギーさえ得られれば良い>
「つまらん奴だなぁ。食は人生における最高の快楽だっつぅのに」
<…それはそれでつまらぬ人生だと思うのだが>
「悪かったな」
けけっと笑って、ショークスは立ち上がった。
「んじゃあ、行ってくっか。…あ、俺がいねぇと意志疎通出来ねぇで不便か?」
<いや、あの落ちこぼれがいるから大丈夫だ>
「その落ちこぼれっての止めろって。失礼だろ」
<貴様の口から失礼なんで言葉が出るとはな>
「どういう意味だっ!」
<あれは、本当に我らが一族としては落ちこぼれ。…名すら覚えておらぬわ>
「フレアって紹介されただろうがよ。覚えとけよな、それとも覚えの悪ぃ爺ぃかよ」
<20歳だと言っているだろうが!貴様こそ脳から情報が溢れているのではあるまいな>
同時に送られたイメージがちょっと可愛い図だったので、ショークスは怒りもせずにけらけら笑った。
「ま、あんま大事じゃねぇことは覚えてねぇんだけどよ。さすがに同い年ってのは覚えてるって、爺ちゃん」
<なら貴様も爺ぃだ!>
「違いねぇや」
笑ってショークスは立ち上がった。すぐにグレーテルとリヒャルトが寄ってくる。
錬金術師が眉を寄せて座ったままのネルスを見下ろす。
「行かないの?」
「あぁ、カースメーカーは人目に触れるもんじゃねぇって。触れたらどうなるんだ?溶けるのか?」
<何でだっ!>
「ま、いいや。とにかくネルスはお留守番な」
「あら、じゃあ、3人も付いて行かなくっていいか。リヒャルト、よろしく〜」
ひらひら手を振って立ち去りかけたグレーテルがくるんっと回って戻ってきた。
好奇心満々の目でずずいっと迫られて、ショークスは思わず一歩下がった。
「そういやさぁ。クゥちゃんから聞いてんだけど」
「何を」
「小兄ちゃんはすっごいハンサムだよって。何で顔、隠してんのさ。見たいじゃない」
部屋に入っても帽子とゴーグル、それに口布を外さないショークスの顔を見通すようにグレーテルは目を細めた。
「クゥ…余計なことを」
ちっと舌打ちして、ショークスは口布を更に引き上げた。
「別に…大した顔じゃねぇし。めんどくせぇし」
「ふぅん?…ま、いいわ。その気になったら今度見せてね」
思ったよりもあっさり引き下がってくれた美女にほっとして、ショークスはクラウドとリヒャルトを見やった。
クラウドはショークスの顔には慣れているので、気にした様子もなくあっさり頷く。
「じゃ、行くか」
「おうよ」
「では、自分も」
そうしてコンポジットボウを背負ってご満悦で帰ってきたショークスは、部屋の隅にぽつねんと座っているネルスを見つけてそっちに向かった。
「たっだいま〜!や〜、金持ちのギルドっていいよなぁ!あ〜、早く樹海行って、弓、うちてぇ!」
<貴様は俺の足であり…>
「へぇへぇ分かってるって!でも、こっちが先制取ったときくれぇは射てもいいだろうよ」
最高の弓と最高の防具にブーツを買って貰ったショークスはご機嫌で懐からアクセサリーを取り出した。
「ほい、TP増えるの。アリゲーターマントとかHPが増えそうなんだけどさぁ、重そうでさぁ、お前が着てっとこ想像つかねぇし」
有無を言わさずネルスのフードを剥いで、首にネックレスをかける。
<…何故ネックレス…女ではあるまいし…>
「文句言うな。モカシン首から下げるぞ、こらぁ」
けけけと笑いつつ、ショークスは抱えていた袋を床に膝に乗せた。
「もう焼き栗が出てたんだけどよぉ、たっけぇのな。んなもん山に入りゃいくらでも拾えんのに」
がさがさと紙袋から取り出した栗を、器用にナイフで剥いて口に入れる。
「ん〜…まだはぇえって感じの味だな。ま、いいや」
また一つ剥いて、端の方をちょっと囓る。
「ん〜、まあまあ。ほれ、食え」
それをネルスの口元に突きつけると、顔を背けられた。
<いらん>
「何、栗苦手?」
<そうではなく、無駄なものを口にする気はない>
「いやお前、無駄なもんなんてねぇって。ほれ、栗は熱いうちに食わねぇと」
うりうりと口に押しつけると、嫌そうな顔をしてから渋々口を開いたので押し込んでやった。
<…うまい>
「だろ?」
反射的に味の感想を思い浮かべたネルスに、「ほれみろ」とも言わずにショークスはひたすら栗を剥き続けた。
やってきたターベルやクゥにも分けてやると、紙袋の栗はじきに無くなった。
「え〜、こんだけ〜?」
「だってよぉ、山じゃただで手に入るもんがこんなに高値かよって思うと、あんまたくさん買う気が失せちまって」
「樹海に栗は落ちてなかったもんね」
「そっかー。や〜っぱホントは山で暮らしてぇよなぁ」
「ん〜、でも結構迷宮も面白いよ?時々死ぬけど」
「死んでんのかよ。大丈夫か?」
「平気だよぉ」
全く気にした様子もなくけろけろ笑うクゥの頭を撫でていると、何だか妙に喉が詰まったような感触がした。しかし、唾を飲んでみても自分の喉は違和感無い。
「ターベル、茶ぁ煎れてくれ」
眼帯の少女が無言で立ち上がって部屋を出ていく。
しばらくして帰ってきたターベルからカップを受け取って、ショークスはふぅふぅとそれを冷ました。
「で、どうやって飲むんだよ、お前」
<…俺が、か>
「だって栗がもそもそしてたんだろ?そんな感じしたし」
<そんなことまで筒抜けか>
「便利でいいじゃん。で、どうやって飲む?自分でカップ持てんのか?」
<あまり重いものは無理だ>
「杖よりゃ軽い気がするけどよぉ。まあ、こぼしたら熱いし手伝ってやらぁな」
もういちどカップに息を吹きかけてから、ショークスは身を乗り出してネルスの口にカップを付けた。
「えーと…こんな感じか?自分で啜れよな」
あまり行きすぎて噎せないように口に少しだけ浸かるようにカップを傾ける。
<子供ではあるまいし…このような飲み方をしたのは10年ぶりだ>
口が塞がっていても、念なので関係なく感想が漏らされる。
文句を言いつつも啜ったお茶が飲み下され、何となくほっとしたような気配が伝わってきた。
「良かったなぁ、ターベル、旨いってよ」
<旨いとは言っていないが。まあ不味くもないがな>
もう少し、だとか、もういい、だとかが口に出されることもなく伝わってきたので、ショークスは指示通りに飲ませてやって、残ったお茶を飲み干した。
空のカップを盆に戻すと、ターベルが立ち上がって出ていった。
「あたしも〜」
クゥも手伝いに行って、また二人きりになる。
<妹たちは俺を懼れているようだな>
「さぁ…まあ、兄妹再会の時に他人がいたら落ち着かねぇんだろうな。まぁ、大して離れてた訳でもねぇけど」
ふぁあ、と欠伸して、ショークスは腕を頭の後ろに組んで壁にもたれた。
「ちょっと寝る。もしリーダー帰ってきて探索に行く話が出たら起こしてくれ」
<…って俺にもたれるな!>
「…ぐぅ…」
<もう寝たのか!昏睡の呪言でもここまで早くはないぞ>
背中を壁に、頭をネルスの肩にもたれさせて、ショークスは眠り込んだ。
<おい、貴様、手は痛めていたんだろうが。それに重みを押しつけるな>
ローブがうねうね動いてショークスの手を掴んで降ろした。そうすると余計に肩に頭を預けることになってしまったが、自分がやったことなので仕方がないと諦めた。
いきなり部屋の中が静かになった気がして、ネルスは息を吐いた。第2パーティーとやらが探索に出ていったので、実際人数が減ったというのもあるが、それ以上にやかましく反応するレンジャーが眠ったことが大きい。
そもそも、ネルスにとって他人とは存在しても存在しないようなものだった。だから、部屋の中に6人いても、ベッドが存在するのと同様に無視出来た。
ようやく静かな環境で考えることが出来るようになったネルスは、改めて「何故自分はここにいるのか」と軽い驚きを覚えた。
母を惨殺した<冒険者>というものに対する憎悪と怨恨を糧にここまで生きてきたようなものである。そして、ついにはそれを実行するために群を離れて地上へと向かい、ひっそりと鍛えようとしていたはずなのに。
何故、自分は<冒険者のギルド>などに所属し、樹海に向かうことになっているのだろう。
予定では、適当な冒険者を呪いで縛り、操ることで実力を付け、一気に<冒険者>というものを皆殺しにするはずだったのに。
まあ今からでも遅くは無い。レンジャーという類は足が速く他人を素早く動かせると聞いている。これを呪力で縛り、己だけに役立つように操れば、予定と同じことだ。
ちらりと隣を見る。
カースメーカーを畏れもせずに無防備に頭を預けて眠っている男。
口は悪いし、頭も悪そうだし、お節介ではあるが…根はお人好しのようだ。ネルスが<冒険者>という存在を無差別に憎悪して根絶やしにする気なのを知っているはずなのに、どうやら一緒に樹海に挑んで鍛えるつもりらしい。
そう、これはあまり頭が良くない。
ならば、まだ縛る必要も無い。もっと素早く動けるように育ってから俺のものにしても遅くは無い、とネルスは判断することにした。
思考が筒抜けなのは鬱陶しいが…その気になれば締め出すことも可能なのだ。こちらが気を付ければ良い。それよりも、他の雑音を処理してくれる方が便利だ。
『カースメーカーは、畏れられていなければならない』
それは、『冬は寒くなくてはならない』というのと同じように当然のことだと思っていた。だから、全く気にした様子のないこれと話をしているとどうも調子が狂う。そもそも、同族以外の一般人と話をしたことさえ初めてなのだが、それでも、これがかなり特殊な部類に入るのだろうとは想像がついた。というか、そうでないと困る。こんな人間ばかりだと、カースメーカーとしての自意識に齟齬が生じそうだ。
もしも、これがあまり思ったことを表に出さないタイプの人間だとしたら、こちらが一方的に意識を知られるだけとなり、殺してしまいたい気になるが…まあ、これはこうして寝ている以外の時には、何を考えているのかすぐに口に出ていて分かり易い。もしもこちらに害意を持ち出したらすぐに縛るか殺すかすればいいだろう。
それまでは、役に立つ<足>として付き合っていてやろう。前衛に立たせて、盾にさせる必要もあるし。呪縛して行動させるのは、どうしても自律運動よりも遅れるのだ。出来れば勝手に動いてくれる方が、こちらの手間も省ける。
ネルスは、そう考えて、どうにか自分と折り合いを付けた。
本当なら、<冒険者>などと馴れ合いたくはないのだが、仕方がない。