7色のバンダナ
組立式筏を手に、ルークたちは磁軸から16階に降り立った。
「さて…と。今回は左半分に向かうか」
階段から下りてきた方向から見て右側の扉から開けていった結果、大回りしてまた元の通路に帰ってくることは確認したが、まだ先への道は全く見つけられていない。
とりあえず左側の一番手前の扉を開くと、もう足下は流砂だった。
予測はしていたので、慌てて持ちこたえて筏を広げる。
「よーし、乗れー」
どうにかみんなそれに乗り込んで、ざりざりと砂が流れていくのに任せた。
「…あ、左に扉があります。たぶん2番目の扉ですね」
「だな。じゃ、あれは入らなくてよし…と」
ルークは手元のマップに流れを書き込んだ。ぐりんと向きを変えて流れていった先で、ともかくは動かない地面の上で筏を軽く畳む。
マッパーとしては、この階は好きではない。自分の足で歩いて距離を測っていたのが、勝手に流れていくのでは目測にしかならないからだ。
「…なーんか、いつもより外周が狭い気がするんだが…」
最周辺の通路は自分の足で歩いたので間違いないはずなのだが、いつもよりもこじんまりとした地図にルークは首をひねった。またどこかに隠し通路があるか、下の階から上がってくるような空間があるのかもしれない。まあ、そういうのが何もない本当に狭い階もあるのだが。
100mほど歩いていくと、また砂が流れていた。奥の流れが止まっている地面も見えたのだが、一応筏を広げて向こう岸まで辿り着く。
そうして少し進むと。
「…おや、あれは」
リヒャルトが目聡く人影を見つけた。
気配が薄いので気づきにくかったが、言われてみればゆらゆらと陽炎ではない何かが動いていた。
「ツスクルね。一人なのかしら」
たいていはレンと二人でいるのだが…上でも単独行動していることもあったし、今回もその類なのだろうと思う。
近くまで歩いていったが、こちらの気配には気づいているだろうにツスクルはただ砂の流れを見つめていた。その横顔からは感情は読み取れない。
ルークは数秒悩んだが、普通に声をかけることにした。
「こんにちは、お一人ですか?」
…ナンパのようになったが、気にしない方向で。
ツスクルはまだ砂を見たまま呟いた。
「…そう…貴方達も、もうここまで…」
ちらりと奥を見てから、ツスクルは顔を上げこちらを向いた。
「流れゆく砂…その場には留まっていないようで…でも、どこにも行けない砂。…私は、砂を見ながら、貴方達を待っていたの」
ルークは僅かに眉を上げた。
先ほどの「もうここまで」には微妙に警戒させる何かを含んでいたのだが、待っていた、というのはどういう意味だろう。
「…私は、レンが心配。…過去に囚われたまま…どこにも行けない砂のよう」
いや、いきなりそんなことを言われても。
こっちに何を期待してるんだ、まさかツスクルまで俺たちに依頼をするんじゃないだろうな、と次の言葉を待っていたら、まるで違う言葉がかけられた。
「…フレアをギルドに入れたのね。…それが良いかも知れないわ…あの子は、あのままだと次の会合の時には処分されたでしょうから…」
「会合?」
「処分…ですか」
「…貴方達に、これをあげるわ。我が一族の鈴…これがあれば、一族は貴方達を敵とは見なさないから…」
ツスクルのマントが伸びて、ルークの手に金色の鈴を落とした。ツスクルやフレアが首から下げている鈴と同じ模様のそれは、振っても何の音もしなかった。
ありがたいが、それ以上に、逆に言えばこれがなかったら敵と見なす可能性があるって部分が気になって、それを聞こうと顔を上げれば、もうそこにカースメーカーの姿は無かった。
まあ、フレアに聞けばいいか、とルークはその鈴をしまった。フレアはひどく引っ込み思案で小声なので、聞き取りには向いていないのだが、この際しょうがない。
「さて、と。とりあえず北に向かうか?」
どうせこの奥も小部屋になっていて一方通行で周囲の道に繋がっているんだろう、とは思いつつも、そう提案してみると、何やらリヒャルトが逆方向を気にしていた。
「どうした?」
「いえ…何故か、あちらから、妙に呼ばれるような気がいたしまして…後ろ髪を引かれる感覚、とでも言いましょうか…」
本人にもはっきりとはしないのか、やたらと首を捻りつつリヒャルトはそちらをちらちら振り返った。
「何、それ。背中を向けるとやばいってこと?」
カーニャも戦闘という面ではかなり経験を積んだので、背後から襲われるとまずい、ということなら理解できるようになったらしい。
だが、リヒャルトは首を振った。
「いえ、そのような危機感ではなく…助けを求めているような…申し訳ない、気のせいやも知れませんが」
アクシオンも同じ方向を見たが、すぐに肩をすくめた。
「俺には分かりませんが…でも、気になるのなら、行けば良いかと。俺としては、ツスクルが最初、そちらを向いていたのが気になりますし」
ルークは手元の地図に目を落とした。
「…ま、とりあえずそっち行ってみるか。また流れて行っちゃったら、もう一回ここに来ればいいんだし」
そう言って、皆で少し西に折れて下ってみると。
きょろきょろとしているリヒャルトが不思議そうに周囲を見回してから聞いた。
「あの〜…自分だけでしょうか、何やら呼ばれている気がするのは」
耳を澄ませてみても、聞こえてくるのは吹き抜ける風の音だの、乾いた枝が擦れる音だのというものだけだ。
アクシオンは最初から耳を澄ませる素振りすら見せずに、身を屈めて地面を見つめている。
「…風があるので、はっきりとは断言出来ませんが…でも、何だか争った気配があるような…無いような」
乾いて堅い砂地なので、自分たちの足跡すらほとんど残っていない。だが、そんなほとんど掃いたように滑らかな砂地の流れが、この辺りは何となく乱れているような気がした。
それも、よくよく見て、そんな可能性があると思いながら見て初めて「そう…なのかな」と思うくらいの痕跡である。
「んー…誰か息も絶え絶えに助けを求めてるんなら、放っておくのも気分が悪いし、とりあえずその辺探してみるか」
とは言え、隠れる場所も少ない砂地である。端から枯れ木を覗き込んでいくくらいのものである。
そうして歩いていくと、また流砂が横切っていた。これに乗ってまで探しに行くのもなぁ…と言うか、まさかこの流れに埋まってるんじゃないだろうな、と眺めていると、視界の端に何かが過ぎった気がした。
淡い紅褐色の砂と枯れ木に埋め尽くされた景色の中、鮮やかな色合い。
「ルーク、あまり身を乗り出すと、流れに飲み込まれますよ?」
知らず知らず踏み込んだ足が流砂にめり込んでいたらしい、指摘されて慌てて引き抜いた。
「リヒャルト、ちょっと手ぇ掴んでてくれ」
「了解しました」
右手をリヒャルトに預け、流砂とぎりぎりのところに足をかける。
精一杯伸ばした指の先に、枯れ木でも砂でも無い、布のような感触があったため、思い切り手を伸ばしてそれを掴む。軽く抵抗があったため、ちょっと手を振ると、ぱきりと軽い音を立てて抵抗が消えた。
じたばたと戻ってきてから左手の中のものを見る。
それは枝に引っかかった布だった。ルークが引っ張ったせいで裂けたのではなく、元々裂けたまま枝に絡まっているようだった。
流砂に巻き込まれた冒険者の手か何かから、枝に引っかかって布が千切れる。
それは容易に想像できる光景ではあるのだが…随分、下の方だったな、と首を傾げる。ほとんど流砂に付くほどの枝に引っかかっていたのだが、足に巻いていた布だったのか、それとも…倒れていたのか。
「この流砂は、他のところよりも深いんでしょうか」
アクシオンが、その辺の枝を折って、流砂に突き入れてみているが、すぐに流れに抗えずに枝が折れてしまった。
流砂は厄介だが、飲み込まれるほどでは無かったはずだ。よほど弱ってでもいない限りは、流砂のせいで死ぬことは無いだろう。
リヒャルトが真剣な目で、ルークの手の中の布を見つめた。
「…もう、呼ばれている気がしないのであります。その代わり、何やら感謝の念とでも言いますか…そのような気配が」
「リヒャルトの妖怪アンテナは、妙なもんも拾ってくるんだなー」
冗談のように言ったが、実はルークも妙な気はしていたのだ。
何故か、見つけてくれてありがとう、みたいな安堵する気配がどこかからしたような。
アクシオンが手を出したので差し出すと、絡まった小枝から丁寧に布を外した。その辺の地面と同化しそうな色合いのそれをぱたぱたとはたくと、僅かに色が戻った。
最初に見えたのは、深い青。
「アクシー、洗って」
水筒の蓋を捻って水をこぼすと、何も言わずにそれに布を浸し、擦り合わせた。
「何やってんのよ」
どうでもよさそうにカーニャが見てから、つまらなそうにその辺の枝を流砂に放り込み始めた。理由は分からないにせよ、アクシオンとルークがそれを止めないことは分かっているらしい。
アクシオンが、ぱんっと濡れた布を広げた。
「…レインボウ…」
ルークの呻くような声に、アクシオンはちらりと目を上げ、手にした布を絞ってからもう一度広げた。
赤から紫まで7色に染められた派手な布には見覚えがある。
先行している<レインボウ>のメンバーが額に巻いていたバンダナだ。
待て、とルークは必死で噂を思い出した。
<レインボウ>は確かに<ナイトメア>より先行していたはずだが、8階あたりでメンバーが怪我をして探索が止まっているはずだ。また探索を始めた、とは聞いていない。あれだけ派手な目印を着けているギルドなのだ、動き出したら噂になるはず。
だが、<ギルド>として動いたのでなければ噂にはならないかもしれない。たとえば、怪我をしていないメンバーが、ちょっと新しく開通した階を覗いてみようか、なんて気を起こしたら…。
少なくとも、ルークは新しい階に一人で行こうなんて気は起こさない。だが、そう、たとえばアクシオンならやりかねない。レインボウのソードマンは確か好奇心旺盛でぐいぐいとメンバーを引っ張っていくタイプだったはずだ。ひょっとしたら…一人で来た、という可能性はあるかもしれない。
「…ちょっと待て。仮に、一人で来たとして…何で<額に巻いているバンダナ>が足下に引っかかってるんだ?」
答えは、本当は分かっている。倒れて流れていけば、額だろうが腕だろうが、同じように地面近くの枝に引っかかる。
流砂で、死ぬことは無い。少なくとも、これまではせいぜい膝くらいの深さまでしか沈まなかった。
…だが、膝丈、というのは、頭が全部埋まってしまうには十分な深さでもある。
死んだのか、とアクシオンが広げている虹色の布を見て思う。
別に、特に親しかったというのでもない。お互い真面目に探索をしているギルドとして、酒場で会えば黙礼するくらいの知り合いに過ぎない。
けれど、そんな自分たちと同様、あるいはそれ以上に強かったはずの男が、人知れず倒れていた、というのはルークの胸を抉った。
黙祷するルークに倣って、リヒャルトとグレーテルも目を閉じた。
その間に、アクシオンは更に地面を見つめた。特に流砂のぎりぎりの地面を端から端まで確認する。
血痕は無し。もちろん、血臭も無い。
ソードマンが、血液の一つも流さずに倒れる、というのはどういう状況だ?
毒?一人旅のソードマンが解毒薬の一つも持たずに来たとは考えにくい。
睡眠?この辺りに睡眠攻撃する敵はいなかったはず。
状態異常になって自ら流砂に突っ込んだ?…いや、その場合は死ぬことはない。いくら混乱しても、死に直結するような真似はしないはず。生存本能は最後の最後まで保たれるのだから。
眉を寄せて考え込むアクシオンの脳裏に、一つの会話が蘇ってきた。
「一人?ツスクルさんは、またどっかで回復の泉係でも?」
「…いや…別の仕事だ」
こちらの推定では、執政院の長は我々が下へと向かうのを好ましく思っておらず、レンも「君たちが迷宮の謎を全て解いた時、何が起こるのか、それは考えて欲しい」と言っていた。つまり、レンとツスクルも下へと向かう冒険者を阻害する可能性がある、ということだ。
この虹色のバンダナがあった方向を、ツスクルは見つめていた。
カースメーカーは、血を流すことなく体を戒めることが出来るはず。
それらのことを併せると。
好奇心旺盛で、迷宮の謎を暴くために一人ででも潜っていた<レインボウ>のソードマンは…ツスクルに倒された可能性がある。
反証してみよう。
同じように下へと向かっている我々には、協力こそすれ妨害はしてこない。よって、彼女たちを疑うのはただの濡れ衣である。
…さて、それは成り立つだろうか?我々は、確たる目的もなく下へと向かっていると明言しているギルドであり、いつでも探索を止めさせられると思われているのかも知れないし、あるいはエトリアでも有名になってしまったために、そう簡単には手出しが出来ないと思われているのかも知れないし、一つくらいはもっと下まで誘き寄せておいて、ぎりぎりまで引き寄せてから倒すつもりなのかも知れないし…あぁ、駄目だ、全て推測に過ぎない。
アクシオンは立ち上がり、白衣に付いた砂を払った。
第2パーティーを早く育てよう。小桃とフレアがある程度強くなれば、指針になるはず。
ブシドーとカースメーカーと戦うための指針に。
今のところ、ブシドーは防御に難があり、カースメーカーは発動が遅いという弱点は分かっている。一気に畳み込めば…。
アクシオンは首を振った。まだ、早い。こちらの成長は、まだそこまで追いついていない。ぎりぎりまでのらりくらりとかわしておいて、こちらの力を蓄えられた方が良い。
ならば、この推論は誰にも言わないことにしよう。余計な敵意を持たない方が良い。
「…他には、何も残ってないようですね。行きますか?」
「ん…酒場に届けるかな、これは…確か、婚約者がいたんだよな…はぁ、気が重い…」
ルークはぱさぱさとバンダナを振った。乾いた空気に晒されて、すぐに軽くなった布を背嚢にしまう。
「へぇ、婚約者がいたんだ。…何で待ってる人がいるのに一人で来たりするんだか。女の気持ちが分かってない!」
グレーテルが苛立たしそうに足下の砂を蹴った。本気で怒っているのではなく、行き場のないやりきれなさを発散しているだけだろう。気持ちは分かる。
「やっぱ、一人で行くのは駄目だよな、いくら強くても」
「…俺のことを言ってるなら、聞きませんよ?次に試練が出たら、また行く気満々ですから」
熊とカニを殺ったアクシオンがころころと笑って言ったので、軽く小突いてやる。
アクシオンのことは信じているし、回復も防御も攻撃も出来るとなれば試練向きだと理解して送り出してきたつもりだったが、こうして実際に、強くても一人死んで樹海に消えていった冒険者を見てしまうと、また心が折れそうだ。
次にギルド長が試練を出してきたらどうしよう、むしろ出さないように手を回しておくべきか。出したらずっと枕元で歌を歌ってやるぜ、とか何とか…。
そんな風にぼんやりと歩いていると、サーベルタイガーと火ネズミの群に大ダメージを食らってしまった。
アクシオンがエリアキュアをかけてから苦笑してルークを見上げる。
「ルーク、気持ちは分からないでも無い…と、たぶん思うのですが、気分を切り替えることは出来ませんか?一応、敵地にいるんですし、集中出来ないようなら、もう帰った方が良いかと思うんですが」
たぶん、アクシオンは見知った人が死んでも、気持ちを容易に切り替えることが出来るのだろう。それは非情にも思えるが、実際問題としてこうして樹海にいる以上、その方が合理的なのは確かだ。
どうだろう、とルークは首を振った。
<レインボウ>のことは忘れて探索に集中できるだろうか。
「…やっぱ、どうしても考えちまうんだよなぁ。何か別の衝撃的なことでもあれば、そっちに意識が向かうんだが…」
せっかく見つけた採掘場所も、何が採れるのか分からなければ心が浮き立つこともないし、蠢く毒樹も単に毒を出すだけで別に攻撃力は無かったし。
アクシオンは、あっさり頷いて、ひょいとルークの髪を引っ張った。
「なるほど、それは理に叶ってます。では、こういうのは?」
頬に触れた温かな感触に、ぎょっとしてルークは屈めていた身を起こした。
思わずその場所を手で覆い、しばらくその感触を反芻する。
「うー…いや、嬉しいんだが、最初に舐められた時ほどの衝撃は…」
そういえば、あの時も棘床にうんざりしていて探索への情熱が薄れていた時だった。思わず衝撃で疲れていることを忘れてしまったが。
…そう考えると、あれか、アクシオンはルークの反応をよーく分かっていて故意にやっているってことか。怪我している人間にキュアを施すのと同じような気分でキスされたんじゃたまらないな、とルークは思った。
思ったほどの反応を引き起こさなかったことに気づいたのか、アクシオンは、あれ、と小首を傾げた。
んー、と指を唇に当て、困ったように言う。
「さすがに男にキスされるのはイヤかと思いまして、唇は避けたんですが…口にした方が良かったですか?」
「や、何つーか、あんまり気軽にされると余計傷つくっつーか」
接吻というのは、もっとこう、好き合った者同士が愛情表現としてするべきものであって、衝撃だとか気を逸らせるためにするものではない、と思うのだ。
ルークは耳年増な割に、道徳観念はむしろ厳しい。要するに、経験値が無い分、潔癖なのだが。
「アクシオンにとっちゃ、キスなんて大したことないのかもしれないけどなー。俺にとっては、惚れてる相手からの口づけってのは非っ常〜〜に大事で、もっと大切にしたいもんなの」
合理一本槍な人間の思考は理解できないが、キス如き単なる粘膜の接触だと思ってそうだ。
溜息を吐いてアクシオンの頭をぽんぽん叩くと、少しだけ困ったようにアルカナワンドをぐるぐる回してぴたりと止めた。
止めた先では、嫌悪を露にこちらを睨んでいたカーニャがいたが、ワンドを向けられて、ぷいっと顔を背けた。
「俺にとっては」
感情のこもらない淡々とした声で、アクシオンはルークを見ずに呟いた。
「ルークの気持ちを浮上させることの方が、よほど重要ですので。すみませんねぇ、失敗したみたいで」
それきり振り返らずにふわふわとした足取りで一本道を先に立って歩き出した。
アクシオンはたいてい微笑んでいるので分かり難いが…どうも怒っているような気配が。
やばいな、とルークは会話を反芻してみた。
ルークはたいていの場合、他人に嫌われないように色々と推し量って会話をしているつもりなのだが、さっきは<レインボウ>のことで頭が一杯で余裕が無かった。
それでどうやらアクシオンの機嫌を損ねたようなのだが…さて。
しかし、考え込む余裕は無かった。敵はこちらがどんな気分だろうとお構いなしにかかってくるからだ。
まあ、多少怒っていてもアクシオンの戦闘には支障が無い…というかむしろ八つ当たり気味にがっつんがっつん殴っているので問題無いが。
一本、矢を外してしまったルークをカーニャが睨む。
「あんたねぇ、色ぼけしてんのなら帰ったら?」
「や、年頃の娘さんが色ぼけなんて言葉を使うのは問題だと思うわけです、はい」
「使わせたくなきゃ、男同士でいちゃいちゃすんの止めなさいよ!」
「…仰せの通りで」
はぁ、とルークが溜息を吐いたので、カーニャは、ふんっと顔を背けた。
リヒャルトとグレーテルは何も言わないが、さっきの戦いぶりから見るに、全くいつも通りだ。
色々と考えこんでしまっているのはルークだけらしい。
「…俺…冒険者に向いてないんだな…」
非常に今更なことを呟いてみる。
前へ前へと進んでいける間は、気持ちよく探索し続けられるのだが、いったん滅入ることがあるとなかなか浮上出来ない。
ルークはがしがしと頭を掻いて、立ち止まった。
「悪ぃ、やっぱ、今日は帰っていいか?どーも集中出来ないわ」
「そりゃいいけど。あとちょっと歩けば磁軸まで歩いて帰れるけど、どうする?」
「ん、まあ、そのくらいは行けると思う」
「急ぐ旅でも無し、万全の体調で臨むべきでありますから」
皆、ルークの気性は理解しているらしい。特に反対意見は出なかった。
まあ、カーニャは如何にも「馬っ鹿じゃないの」と言いたそうに鼻を鳴らしたし、アクシオンは無言でアルカナワンドを振り、その辺の立木を破壊していたが。
…何故だ。さっきはアクシオンも「集中力が無いなら帰った方がいい」と言ったのに。
何にしても、地上に戻ってからゆっくり話し合おう、とルークはまた大きく溜息を吐いた。
ちなみに、アクシオンの苛立ちは、たった一つのことに集約されていた。
つまり。
「おのれ、せっかくキスしてあげたのに、反応無しってどういうことだ!」
アクシオンにとっては、ルークに好かれていることは既に確定事項であり、その結果として己の笑顔だとかキスだとかがルークに多大な影響を及ぼすこともまた、当然のことであると認識していた。
それがうまくいかなかったので、むかむかしているのである。
かといって、唇にキスする気にはならなかったのでしょうがない。それは、別に男にキスするのがイヤだった訳ではなく。
ルークの方が、男にキスされるのがイヤだと思ったら、こっちがダメージを受けそうだと思ったからである。
アクシオンは、確かにルークに好かれてはいるが、それがあくまで<女の子の代わり>としての<疑似恋愛>であることも知っている。
これまで、それはそれで構わない…と言うか、そうでないと困る、と思っていたのだが…。
アクシオンは思い切りアルカナワンドを振って、枯れ木を破壊した。
考えるな。考えない方がいい。
もしも、ルークが俺に興味を無くしたら?
考えるな。