猫娘
さて、休養を経た<ナイトメア>だったが、16階に挑む前に青水晶で入れるところを埋めていこうということになった。
大半は、その辺よりも良いお宝が眠っているだけの小部屋であったのだが。
「もうやだ〜!」
「はいはい、エリアキュアかけてあげますから」
「回復したって、どうせまた痛い目に遭うんじゃない!」
11階から延々上がっていった通路は、棘付きの蔦に覆われていた。
それまでの道も、待ち伏せするように敵が潜んでいて面倒だったが…面倒だと言うだけで全く苦労はしなかったのだが、この見渡す限り蔦ツタ蔦の通路が延々と延びていて、一休みすることもできないという状況は肉体的なダメージよりも精神的なダメージの方が大きかった。
敵自体は、そう強くない。3層の下層で出てきたような敵と変わりは無い。
「どこから飛んできてるんでしょうねぇ、ソードフィッシュ」
コウモリならともかく、どう見ても魚な魔物が、この一面が棘付き蔦の道のどこから出現しているのかは不明だったが。
「うーん、湖の上で、一面の水草を地面代わりに暮らしている一族って言うのも聞いたことあるからなぁ。ひょっとしたら、この下は水面なのかもしれないぞっと」
どう見ても水面どころか地面すら見えない状態で、魚が飛び出す余地がどこにあるのかは不明だ。
そうして何とかカーニャをなだめすかしながら一本道を抜けるとそこは広間だった。
…棘付き蔦で覆い尽くされた。
「もういや〜!」
何度目かになる叫びを上げたカーニャを、今度はなだめる気力も無くなっていた。
「…もー、精神的にはげそう」
「あんた、いつも髪がぼさぼさなんだから、ちょとは禿げればすっきりするわよ!」
「俺に当たるなよー」
一面の棘床を眺めてうんざりしてから、手元の地図を確認する。
「アクシー、TPは?」
「まだありますが、余裕とまでは言えません」
安らぎの子守歌をちびちび使ったり、突撃大鳥を相手にしばらく時間潰したりもしたのだが、そろそろ心許なくなってきているのだ。
「うーん…しょうがない、いったん退くか」
「え…まさかまたあの道を通って帰るんじゃないでしょうね」
「いや、あっちに行き慣れた道に通じる隙間があるはずだ。ほら、雨降りカニがいた通路」
あっちを通ったときに調べてメモっておいて助かった。そうでなければ、この広間を延々歩いてどこかに繋がる道を探し続けるところだった。
壁際を通ってそのショートカットまで歩いていき、周辺の樹木を倒したり草を抜いたりして隙間を広げておく。
「よーし、ここから清水に向かうか」
「また、棘床はありますが…先が見えているというのは、それだけで気分が楽になるものなのですな」
どこまでこの棘床が続くのか、というのと、ちょっと歩けば抜けられてその先には清水が待っている、というのとでは大違いだ。
もしもこの棘広間の中央に敵が待っているとしたら、そいつは随分頭がいいな、とルークは思った。肉体的にももちろん傷ついているし、それを治すためにTP消費もしているだろうが、何より精神的に疲れ果てている。そんな状態ではいつもの調子など出せやしない。
本当はマッパーとしてはこの広間も全て踏破したいところなのだが、さしものルークもすぐにこの部屋に戻ってくる気はしなかった。
またいずれ、気力が充実している時にでも改めて来ればいい。
清水で一休みして、帰還してきた<ナイトメア>は、ともかくはシリカ商店で荷物を軽くしてからギルドに帰ってきた。
すると、受付では文旦が見たことのない少女と話しているところだった。見たところ、カーニャと同じくらいの年齢…つまり15歳前後。
…まーた妹候補じゃないだろうな、とルークは眉を上げた。いやまあ他人の嗜好に口を挟む気は無いし、そこまで自分の趣味を押し通すならある意味尊敬すら出来るが、<ナイトメア>にはロリコンがいて少女を餌食にしているなんて噂が立ったら困るし。
他のメンバーも受付で立ち止まる。ギルド管理長が顔を上げ、溜息を吐きつつ肩をすくめて見せた。
「自称パラディン殿だ」
「…自称、ね」
ルークは改めてその少女を見る。
ミケーロのような日焼けではない生粋のチョコレート色の肌で、ピンク色のくるくる巻いた髪はやや薄汚れていて、近づくと異臭がした。
何より妙なのは、その体を覆っているのがブリキか何かという薄っぺらな金属板(というより紙に近い)を下手くそに繋ぎ合わせたものだということだ。
文旦がこちらに気づいて嬉しそうな声を上げる。
「おぉ、ルーク殿。この者はパラディンじゃと言うておる。これで我らも修行に向かえるのぅ」
「あ〜…うん、まあ、良かった…のかな」
す、とアクシオンが動いて文旦とその少女をさりげなく受付から遠ざけた。柔らかな口調で何か話しかけているので、あっちはあっちで情報収集しているのだろう。
さすがは俺の嫁、とルークはルークで管理長を引っ張る。
「…で、どういう状況?」
「いや、それがよ…」
その少女は、奇妙な格好でやってきた。子供が冒険者ごっこでもしているかのような姿でギルドに入ってきて、管理長を見てとっとこ向かってきた。とっとこ、と言っても、全く足音がしなかったのは誉めてやっても良い。
「<ナイトメア>っていうギルドがあるって聞いたにゃ!」
「にゃ…?……おう、まああるのは確かだがよ」
「ボクの仲間が困ってるにゃ。<ナイトメア>はお金を貸してくれるって聞いたにゃ」
あ〜、ついに来たか、と管理長は思った。
冒険者以外にも、金に困ってる奴はいくらでもいる。羽振りの良いギルドが借用書も無しに金を貸してくれる、それも返さなくても良いなんて言ってると噂が立てば、冒険者でもないのにそれを騙って金を借りに来る奴は出てくるだろうとは思っていた。
…が、こんなあからさまに偽物冒険者が来るとは思っていなかった。
「いや、あのな。あいつらは後輩冒険者を育てようってな奇特な志でな…」
本人たちがそんな崇高な理念を持っているとはとても思えなかったが、そこは方便というやつである。
「ボク、冒険者だにゃ!仲間もいるにゃ!」
「へぇへぇ、冒険者な。で、職業は何だって?」
「見て分からないかにゃ?パラディンなのにゃ!」
胸を張って言うちっこいのに管理長は額を押さえた。
まだしも鎧は置いてきて私服で来ました、とか言われる方が納得できそうな<鎧>だ。
さーて、どう追い払おうか、と思っていたら、階段から降りてきたのが先に口を開いた。
「おぉ、ぱらでぃんとやらか。我らの仲間になりに来たのかの?」
「にゃ?」
チョコレート色の肌の子供は目をぱちぱちとした。それから目を細めた笑ったが、よく見れば口元からは八重歯が覗き、少しつり目になったところといい髪がぴょこんと頭の上に飛び出したところといい、猫のような風体になった。
「お金貰えるのかにゃ?だったら仲間になってやってもいいにゃ!」
「稼ぎ高にも寄るじゃろうがのぅ。分け前は平等と言っておったから、給金は出るじゃろう」
「にゃはー!」
…で、現在に至る。
要するに、お金が欲しい子供(たぶんスラム辺りの浮浪児)が冒険者をかたって、<ナイトメア>から金を巻き上げようとしている、と。
ルークはぽりぽりとこめかみを掻いた。
あんまり乱暴なことはしたくないし、事態が穏やかに収まる方がいい。しかし、金を無作為にばらまく気も無い。こっちも慈善事業で冒険者やってるわけじゃないのだ。
「えーと、そこのお嬢ちゃん」
「にゃっ!?ボクのことかにゃ?」
振り返った少女が随分と驚いたような表情だったので、「ホントは少年なのか?」とも思ったが、どう見ても骨格は幼い女の子のもののように思う。そりゃ発達不良なら分からないが…とアクシオンを見ると、口が「女の子で間違いありません」と動いていたので、単に自分では男に化けてるつもりなんだろうか、と推測した。何というか、治安の悪い場所に住んでいるのなら、年頃の少女の外見なのは色々と危険だろうし。
「とりあえず、名前は?」
「シエル!」
「えーと、シエルちゃんは、仲間がいるって言ったって聞いたけど?」
シエルは、あう、と困ったように握り拳で額のあたりを擦ってから(それも非常に猫じみた動作だった)、上目遣いで言った。
「仲間がいるのはホントにゃ。困ってるのもホントにゃ。今から寒くなるからお金が欲しかったのにゃ…」
「その仲間、というのは<人間>ですか?」
苦笑しながら、アクシオンがシエルの肩から何かを摘み上げた。はっきりとは見えないが、動作からして毛のようなものらしい。
シエルは目を逸らして俯いた。
返答できないってことは、人間じゃない、つまり冒険者の仲間では無いってことだろう。
「ってことは、うちに入っても不都合は無いってことか」
「おい」
管理長が慌てたように突っ込んだ。
「いや、だってさぁ、パラディン探してんのはホントだし。どうせ他のパラディンだって、見よう見真似の紛いもんなんだから、似たようなもんかなーっと」
「パラディンたちに殴られるぞ…」
とは言うものの、確かに冒険者の中に本物の聖騎士がいないのは事実だ。それでも、聖騎士を手本としてその理念に基づき精一杯近づこうとしているのだから、こんなブリキの玩具を下げてくるような人間とは全く異なるはずだ。
「ま、所詮うちは音痴のバードと殴る方が好きなメディックが作ったギルドなんだから、半端者大歓迎」
「…誰のことですか」
苦笑しながらアクシオンが戻ってきた。
「どう思う?」
「本人のやる気次第でしょう。幸い、うちにはパラディンの技能を教えられる人がいるんですし」
「自分でありますか」
リヒャルトが怪訝そうに声を上げ、改めてシエルを見つめた。その思慮深い目には、道化じみた少女の姿は入っておらず、ただパラディンとしての資質のみを映していた。
「…ふむ、守る者がある、というのは、パラディンとしての第一歩でありますゆえ…悪くは無いかと思うのであります。無論、本人の意思次第でありますが」
意見が一致した。
要するに、シエルが本当にパラディンになって、他のメンバーを守る気があるのなら、バックアップは惜しまない、ということだ。
リヒャルトが前に出る。腰を屈めて、シエルと目線を合わせた。
「パラディンとは、皆を守る職業であります。華々しく敵を倒すよりも、ひたすら敵の攻撃に耐えることが重要であります。その覚悟はおありか?」
シエルは見開いた目でまっすぐリヒャルトを見返した。
「敵を倒す数が少なくても、同じようにお金をくれるのかにゃ?」
「無論。パーティーの皆を守ることも、敵を倒すのと同じくらい重要な任務でありますから」
「だったら、ボク、やるにゃ。家族を守るためなら、ボクだってやれるだけのことはやるにゃ」
「ほぅ」
リヒャルトはまた直立不動に戻り、ルークを振り返った。
「性根さえ筋が通っておりますなら、自分が鍛えるであります」
「んじゃ、OKだ。おっさん、名簿出して」
「…知らねーぞ、俺は」
ぶつぶつ言いながら取り出された名簿に、シエル、職業パラディンと書き込む。
「シエルちゃん、何歳?」
「15」
「あいよ、カーニャと一緒な」
ペンで意外と繊細な文字で情報を書き込んだルークは、面倒臭そうに壁際に立っていたカーニャとグレーテルに金貨を渡した。
「んじゃ、どうせ姐さんとカーニャは宿に行きたいだろうから、ついでにシエルを洗ってやってくれ。明日、みんなの装備を調えるわ」
「OK」
「くっさいもんね」
グレーテルが付いていれば、適当な服も見繕ってくれるだろう。とにかくはもう少し清潔になってくれないと、一緒の部屋に行く気にもならない。
「宿って、ニワトリの看板のとこかにゃ?」
「そう。冒険者の宿な」
「じゃあ、ボク、一度帰ってみんなに言ってくるにゃ。後で宿に行くからにゃ!」
家があるのか、ならそっちで寝てくれば…とも思ったが、家があってすらこの風体なのだ。おそらく<家>として機能していない住処だろう。まあ、明日以降に確認すれば良い。
こうして、盾の一つも持っていなければ、技能の欠片も持っていないパラディンが、仲間になったのだった。
翌日、清潔な服装になって可愛らしい少女の姿になったシエルを連れて帰ってきたグレーテルから聞いたところによると、シエルは一人暮らしで猫に育てられた猫少女ということらしい。もちろん、自称であって、狼少女のような本物とは思えなかったが、確かに動作は猫じみている。
ともかくはサブパーティーの連中と、責任としてルークとたいていはルークと行動を共にするアクシオンと師匠予定のリヒャルトという7名様でシエルの家とやらを見に行った。
てっきりスラムだと思ったが、行き先は普通に下町方面だった。
むしろ冒険者がうろうろする方が眉を顰められそうな通りを歩いていくと。
何やら異臭が漂ってきた。獣臭いとも生ゴミとも汚物とも付かない…というかたぶんそれらが全部ミックスされたような異臭。
清潔な衣服を着た母親と子供たちが遊んでいるような道には似つかわしくない臭いがどこから来るのかと思えば、奥の方に廃墟が見えてきた。
いや、近づいてみると、廃墟ではなく、一言で言えばゴミ屋敷。
「ここにゃ」
「…これはまた…」
「ひどうございますな…」
文旦と小桃が顔を顰めた。
「その辺には落とし穴があるにゃー。気を付けるにゃ」
にゃはにゃは笑いながら、ひょいひょいとシエルは玄関らしきところへと飛び跳ねていった。
それと全く同じ足跡を辿って入り口に辿り着く。
「頭に気を付けるにゃ」
何となく、トラップ屋敷という言葉が頭を過ぎった。もちろん、屋敷などではなく普通の小さな民家なのだが、いたるところに積まれたゴミとも木ぎれともつかないものが、少しでも触れたら崩れ落ちてきそうな気配だ。
それでもどうにか中に入ると、シエルが声を上げた。
「みんな、帰ったにゃ〜!」
何かが足下をすり抜けた。
「…なるほど、それでここに入ると痒いんですね…」
アクシオンが溜息を吐いた。
しかし、小桃とミケーロは思わず、と言うように叫んだ。
「か、可愛い〜!」
シエルの体に飛びついたのは、猫、猫、猫。どうやらまだ生まれて1ヶ月ほどと思わしき小さいのまで足下をうろちょろし、みーみーと細い声を上げている。
「ボクの家族にゃ!」
「…ふむ、なるほどのぅ。確かに、栄養が足りておらぬようじゃの」
文旦が足下を彷徨いていた白猫をひょいを片手で持ち上げて毛皮を引っ張った。
確かに、集団でもふもふしているので可愛らしいようにも見えたが、一匹一匹は痩せていて顔が尖っているし、毛並みも悪い。
「だからお金が欲しかったにゃ。これから寒くなるし、毛布も欲しかったのにゃ」
シエルは悪びれずに猫たちを順番に撫でながら言った。
「それは良いんだが…何でこんな凄い家にしてるんだ?近所の人に迷惑だろ、これ」
「昔からこうにゃ。ボク一人では不用心だからにゃー、こうしてれば、変な人が入り込んだりしないにゃ」
そりゃ、どう見たって価値のあるものがあるようには見えないし、浮浪者が入り込もうにも下手すれば命に関わりそうではあるが。
「ご両親は?」
「お母さんはシーパルにゃ」
シエルが抱き上げて見せたのは痩せた薄茶色の猫だった。
ルークは額を押さえてから、なるべく冷静に言った。
「シエルはこの家の居住権は持ってるのか?それとも猫たちと一緒に空き家に棲み付いただけか?」
「きょじゅーけん?」
シエルはきょとんとして首を傾げた。一緒になって猫たちも首を傾げたので、小桃が身悶えした。どうやら猫好きらしい。
ミケーロは全く我関せずで小さな黒猫の前にしゃがみ、鞭の先をぷらぷらとさせて遊んでいる。
「んー、ボクはこの家で育ったのにゃー。近所の人も、追い出そうとはしないのにゃ」
この異臭に耐えているのなら、凄い隣人だ。
ルークは唸りながら腕を組んだ。事情は後で近所の人に聞くとして…さしあたっての問題は。
「この家を、綺麗に片づける気はあるか?」
シエルはびっくりしたように目を丸くした。
どうやら防衛のためにこうして侵入しにくい家にしたようだが、どう考えても近所迷惑なのは間違いないだろう。シエルの健康のためにも、猫たちのためにも、もっと綺麗に片づけてまともに住める家にした方が良いはずだ。
ただ、その家に誰が住むのか、と言うと…15歳の女の子一人が住むのは、やっぱり危険な気がするのは確かだ。かといって、ギルドのメンバーが住むというのも、何だか家を徴収したような感じで良くないし。
「高レベルになってから考えても良いんじゃないですか?一人で10人くらいの夜盗なら撃退出来るくらいの実力があれば、侵入されても問題ありませんし…そもそも実力が知られていれば、入り込もうとも思わないでしょうし」
汚れないように白衣の裾を持っているアクシオンが淡々と言った。愛らしい猫の姿よりも不潔な環境の方が気になるらしい。
「そうだな…片づけはいつでも出来るし、その方がいいか。んじゃ、シエル、ともかくは2〜3日開けても大丈夫なようにしておいてくれ」
「ふぎゃっ!」
「やー、だって、探索に出ると長くなることもあるし、シエルはこれから鍛えなくちゃならないし、なかなか帰ってこられないんだが…」
「寝る時は帰ってきてもいいにゃ!?」
「それも一人だと危険だしなー。…まあなるべく帰すようにはするけど…」
<ナイトメア>の一員になるということは、装備も良いものを支給されるってことだ。レベル1のくせに総額1万enの装備を持ってるとなると、強盗に来たくなる人間がいても不思議では無い。
黒猫を鞭で釣り上げながらミケーロが言った。
「俺が泊まってやってもいいぜ。一人より二人の方がマシだし、俺はこの臭い、気にならねーし」
拗ねっ子小僧にしては殊勝な心がけだが、どう見ても猫に釣られているのだろう。自分が釣り上げつつ釣られてどうする。
第一、レベル1が二人いたところで、大して役に立たない。
「いや、お前、17歳の男が15歳のお嬢さんの家に泊まるもんじゃないだろ。仲間全員でってんならともかく」
「わたくし、掃除いたしますれば泊まりとうございますが…」
「小桃がそう言うのならば、拙者もその方向で話を進めたいのぅ」
フレアは文旦の白衣の裾を握っているので、これまた一緒にいるつもりらしい。
「いや、だからな、せめてレベル10になってから、みんなで掃除して泊まるって方向にしてくれ。…って勝手に泊まる話にしていいか?シエル」
シエルはしばらく猫たちに何か話しかけたが、満面の笑みで立ち上がった。
「みんな、いいって言ってるにゃ!きっと楽しいのにゃ!」
「へっへー。こいつの名は?」
「デュラル」
「ほほぅ、ではこの白いのは」
「ウンスカ。…その子はファシス、その子はノーダン」
どうやらサブパーティーの面々は、みんな猫好きだったらしい。楽しそうにそれぞれお気に入りを構っているので、まあ、この家を使わせて貰うって方向でいいか、と思う。
「まー、一段落したら、ギルドに帰ってこいよなー。装備を買いに行って、それからシエルはちょっとお勉強だ」
「にゃ」
そうして、ルークとアクシオンとリヒャルトはそこを出ていった。
先にリヒャルトだけ帰して、近所の人に聞き込みを開始する。
冒険者、ということで顔を顰められたが、アクシオンの一見白衣の天使な外見に惑わされたのか、追い払われたりはせずにともかくは話をして貰える。
で、聞いたことをまとめると。
シエルが4歳の時に、いきなり両親が行方不明になったらしい。借金があったと言うのでもなく、本当に理由もなく出ていく形跡も無く、いきなり消えたのだ。
しばらく近所の人も気づかずに飼い猫だったシーパルとシエルがその家に暮らしていたが、家の中の食料を食い尽くしたシエルの泣き声で異常に気づいた。
それから執政院が関与したり、孤児院に入れようとしたりしたのだが、シエルはすぐに家に戻ってくる。近所の人たちも、ひょっとしたら両親が帰ってくるんじゃないか、と思っていたこともあり、シエルに差し入れしたりしつつ、その家に一人で住むことを黙認していた。
で、シエルに知恵が付き始めて、何か凄いバリケードだの異臭だのし始めたし、猫が増殖して不潔にもなったのだが、自分たちも執政院に「ご近所の底力でシエルを守ってみせる」なんぞと大見得を切ってしまった手前、追い出すわけにも行かず、現在に至る、ということらしい。
そもそもが下町で、横の繋がりの濃い地域だったことが幸いしたようだ。
ルークは一応探りを入れてみたが、冒険者が住むのは治安上好ましくないが、あの家を綺麗にしてくれるのなら目を瞑る、というのが大勢の意見らしいので、いずれ冒険者が大挙してあの家を片づけるかもしれないのでよろしく、と根回ししておいた。
住むのはギルドの建物で全く問題無いと思っているルークだが、家というものがあるのも悪くは無い。さして大きな家では無いが、猫たちをギルドに連れてくるわけにもいかない以上、そちらに住む方が理に適っているだろう。
綺麗に片づけて、落ち着いたらクラウドに家具を作って貰えばいい。アクシオンも余裕があれば何か作るだろう。
ルークはそういうマイホーム計画を妄想して楽しかったが、ふと気づくとアクシオンの機嫌はおよろしくなかった。帰って速攻で着替えて凄い勢いで洗濯し始めたところを見るに、不潔な環境が我慢ならなかったのだろう。神経質なことだ。