カースメーカー
いつも通り、新しい階層に向かう前に3日間ほどの休養期間を設けることを皆に宣言した。
その間に文旦たちのパーティーを整えることにする。カースメーカーは連絡待ちとして、パラディンを何とか見つけてこないとな、と酒場に向かった。
パラディン、と言っても、本当に騎士の家系であるような冒険者はまずいない。リヒャルトが珍種なのだ。そのリヒャルトもソードマンではあるのだが。
ただの自称だけの騎士なのだが、それでもパラディンの人口はソードマンやダークハンターに比べると少なかった。何せ鎧をがちがちに着込んで盾を構え、仲間を守る職業なのだ。普通に働くよりも楽に稼げるんじゃないの、というような根性で冒険者になるような人間にはとうてい務まらない。
よっぽど縁の下の力持ちが性に合っている人間にしかなれないのだ。
そんな責任感溢れるパラディンが、その辺に彷徨いてるとも思えないしなぁ、とルークは半ば諦めつつ募集を張り出した。まあ、レンジャーだって諦めつつ募集したらすぐに見つかって今では最高の稼ぎ頭になっているのだから、諦めたらそれでおしまい、やらないよりはやった方がいい、と思い直す。
そうして依頼を確認しに酒場に飲みに行くと、金髪バードから伝言があるとメモを渡された。
「あらま。やっぱ、顔が広いな、あいつは」
独り言を呟いて、いったんギルドに帰る。
メモには、今晩23時に酒場で、とあったのだ。
随分と夜も更けた時刻なのだが、どうせしばらく探索には行かないのだから、少々夜更かししても良いだろう、と気にも留めなかった。
そうして再度出直すと、金髪バードがちらりとルークの隣を見た。
「あ、これが文旦つって、新しいうちのパーティーのリーダー予定。やっぱ、リーダーにも確認して貰わないと、と思ってさ」
「…君ねぇ。僕がそんなにすぐに紹介でも出来ると思ってんの?やっぱり駄目でしたって報告だとは思わなかったわけ?」
「や、それはそれで一緒に聞けば良いし」
けろっとしてルークは答えた。もしもカースメーカーが見つからないというなら、文旦にもそれを聞かせて、またメンバー構成を考え直さなくてはならないのだし。
「よろしくお願い申す」
眼鏡と白衣という姿とは相容れない口調で、文旦は頭を下げた。これまたびしりと姿勢が整っていて、メディックと言うよりはブシドーに近い趣である。
「…はぁ…君って、お気楽なのに、人生うまく行っちゃうんだよね…何か、だんだんむかついてきたよ」
ぶつぶつ呟きながら、金髪バードはイスから降り立った。
女将に金を払ってから、二人を従えて酒場を出ていく。
無言のまま歩き出すので、ルークと文旦もそのまま普通に後を付いて歩く。
だんだん人通りの少ない路地裏へと入り込んでいき、辺りが静まってきた辺りで金髪バードは振り返った。
「目隠しして貰うよ」
「あいよ」
「ふむ、それが必要ならばの」
あっさりと受け入れた二人に、金髪バードは溜息を吐いた。どうしてこう、人を信用出来るのだろう。こんな人間に、カースメーカーを使いこなすことが出来るんだろうか。
黒い布で目隠しをしたルークの左手首と文旦の右手首を縛り合わせておいて、金髪バードはルークの右手を掴んで歩き出した。
ぐねぐねと廻り回って、道を分からなくさせておいてから、とある家へと入っていった。
部屋の中の椅子に座らせておいてから、「もう目隠しを取っていいよ」と言う。
ルークは右手でひとまず目隠しを引き下ろした。それから文旦と繋がっている手首の布を外す。
「気配は、二人だなぁ」
室内は、目隠しを取ってもまだ暗いが、奥の方に誰かがいる気配には気づいていた。
「二人?」
「うん、お前とは別に、奥に二人。…鎖の音?」
ツスクルの姿を目の裏に描くと、胸の中央から伸びる鎖が体を戒めていたことを思い出した。ということは、奥にいるのはカースメーカーが二人ということか。
…というか、カースメーカーはみんな鎖で縛ってるのか。妙なファッションセンスだと思っていたが、ユニフォームだったのか。
「…そっか、君も吟遊詩人とはいえ、熟練の冒険者だったね。彼らの気配に気づくとは思わなかったよ」
「や、バードだからこそ耳が良いんだって。リヒャルトみたいな、気配だけ読むなんてことは出来ないぞ、俺」
金髪バードは少し躊躇ってから、テーブルの上のランプに火を入れ、それから光を絞った。それでも室内は随分明るくなって、奥の様子も目で見えるようになる。
窓の一つも無い部屋の、影に蟠るように佇んでいる二つの陰。ゆらゆらと光にランプの光に揺れて、壁に映る影は触手を持った化け物のようだった。
少し緊張したらしい文旦をちらりと見てから、ルークは座ったまま両手を広げた。
「やぁ、どうも初めまして。<ナイトメア>のリーダーのルークです。この度は、お会いする機会を設けていただいて、ありがとうございます」
言葉は丁寧だが、微妙にフランクな口調で言ってから、ルークは目を細めて奥を見つめた。
どちらもフードを被って顔は見えないが、片方は大きく、片方はそれよりも小柄だった。
さて、どちらかが金髪バードの知り合いで、どちらかが紹介されるカースメーカーなのだろうか。
ルークはゆっくりと気配を探った。リヒャルトほど得意では無いとはいえ、いい加減敵の強弱くらいは何となく見分けられるようになっているのだ。僅かに敵意を乗せると、反応したのは小柄な方だった。だが、殺意のお返しではなく、戸惑ったような気配で大柄な方を伺っていた。
すぐに敵意を消して、金髪バードの方を見た。
「で、あっちの大きい方が愛人?」
「そう、相棒…って、愛人じゃないでしょ、愛人じゃ!」
「…や、何となく、そんな気が…」
「何で!」
「だから、何となく」
頬を染めて怒鳴ってから、金髪バードはこほんと咳払いした。
「とにかく。あっちが僕の相棒。それから、こちらがその妹さん」
「妹御にござるか」
即座に文旦が反応して立ち上がった。奥に向かって深々と頭を下げる。
「拙者、文旦と申す。妹の小桃のため、このルークより呪い師がきっと力になってくれると聞き、助力を求めて参りました次第」
奥から、二つの影がゆらゆらと近づいた。
どうやって歩いてるんだ、と目を凝らして足元を見たが、どうもよく分からなかった。
大柄な方は、よく見ると緑色の髪をしているようだった。ランプのせいだろうか、と何度も周囲と見比べてみたが、やはり本当に髪そのものの色らしい。
「あ〜、ごめん、まず一つ聞いて良い?…まさか、モリビトじゃないだろうな」
「モリビトって?」
金髪バードが怪訝そうに聞いてきた。そういえば、3層に入ってから姿を見なかったので、ここしばらくの話はしていなかった。
かいつまんで14〜15階の話と執政院のミッションをざっと説明する。
「てことで、モリビトってのは、これから敵になるかもしんないんだ。で、まだ一人しか見てないが、髪が葉っぱみたいで緑色からオレンジ色しててな〜。もしあんたがモリビトなら、同族と戦うことになるんで、まずいだろうな〜と思って」
1分ほど間をおいて、緑髪のカースメーカーはぱさりとフードを外した。手も出てこなかったので、どうやって脱いだのかも分からなかったが。
露になった髪は、普通に人間の細い糸状のもので、葉っぱ系ではなかったが、やはりどう見ても色は緑色であった。
金髪バードが肩を竦めながら説明する。
「カースメーカーって言うのは、どこかちょっと変わったところがあるんだ。こいつは、普通に人間だよ。葉っぱが混じってるところは見たことがない」
てことは、やっぱりマントの下も見たことがあるんじゃないか、という突っ込みはしないでおいてやることにした。
「…これは、我が妹…カースメーカーの道を外れておる者…」
陰鬱な声だが、どこか不思議な抑揚があり、聞いているだけで引き込まれるようなリズムがあった。バード向きだな、と思ってから、それで<相棒>になったんだろうか、とちらりと思う。いや、それともバードと付き合っているうちにこうなったのか。
「道を外れておる、とは?」
「…我らの一族は、呪いをかける…他者に痛みや苦しみを与えるが道…されど、これは、それを是とせぬ…」
小柄なフードが俯き、僅かに見えたのは目を伏せた少女の顔だった。血のような入れ墨だけが、他と異なる<ちょっと変わったところ>に見えた。
金髪バードが横から口を出した。
「まずは、説明しておくよ。カースメーカーの呪いにも色々と種類がある。他人の力を奪ったり、防御を薄くしたり、体を動きにくくしたりする系統、それの頂点にある命を奪うっていうタイプの術と、呪いで恐怖を与え、自分を攻撃させたり味方を攻撃させたりする洗脳系統。大別すると、その2種なんだけど、この子は、他人が苦しんでるのを見ていられないんだ」
それは、とても少女らしいし、心優しいことだとむしろ褒め称えるところのような気はするが。
「…冒険者向きじゃないよな〜」
「冒険者は、本人の選択だけど、カースメーカーの一族は、道を選択できない。彼女が別の道を選ぶことは出来ないんだよ」
呪い師が、自らの呪いで誰かを苦しめることが出来ないとなれば…それはただの役立たずだ。それは分かる。
「で?」
「で?って何」
「いや、それで、俺らに紹介してくれようとしてるのかどうかがいまいちはっきりしないんで」
そんな少女を探索に引っぱり出すなんて極悪非道って感じだ。何というか、蛇が苦手だという少女に「ほーれほれほれ」と蛇を押しつけているようなイメージ…ちょっと違うか。
カースメーカーを紹介してくれるのは嬉しいのだが、紹介はする、でも探索には連れて行くな、とか言われると、さすがに断りたいし。
「…これも覚悟はしている…他者を殺せねば、自らの死を意味する…お前たちがこれを鍛えてくれると言うならば、預けよう…」
おいおい、カースメーカーとしてやっていけなかったら殺されるのか。どんな一族だ。…いや、その辺は、今度じっくり聞いてみたいが、今はおいといて。
「えーと、まずは確認。…って名前も聞いてないわ」
小柄な影がしばらく躊躇ってから、かすかな溜息のように答えた。
「…フレア」
「OK、フレアちゃんね。で、フレアちゃんは、何が出来て、何が出来ない?」
ゆらゆらとマントが揺れる。血を煮染めたような色のざわめきが音もなく激しくなり、フレアは俯いた。
「…私…何も…術は、まだ、何も…」
やはり聞き取りにくい小声だったが、その酷く頼りない風情に文旦は身を乗り出した。
「安心めされい。身共も駆け出し、何ら特別な術など覚えておらぬ。これより共に鍛え合おうではないか」
深みのある声は、確かに他人を安心させるような響きがあった。これが兄の底力というやつか、とルークは素直に感心した。
「てことは、文旦は気に入ったんだな?」
「無論。拙者、小桃を可愛がってはおるが、他の御仁の妹御も自らの妹と同じように愛する自信がござりますぞ!お任せくだされい!」
どん、と胸を叩く文旦は堂々としたものだが、何となく素直に頷けない気がしてルークはちらりと横を向いた。同じようにこちらを見ていた金髪バードと目が合う。
「…ちょっと。大丈夫なの?この人」
「…どうだろう…自分の妹しか見えてないのかと思ってたが、妹と名が付けば誰でも良いとは思わなかったからな〜…まあ、小桃ちゃんの盾扱いしなかっただけ、マシな気がするけど…」
「僕にも紹介する責任があるんだからね?」
「そりゃそうだろうが…ほら、妹とは結婚できないんだし、そう言う意味では安心かもしれないし…」
バードが二人でぶつぶつ言い合っているのを気にも留めずに、文旦は大きく腕を広げた。カモン!と言い出しそうな体勢で朗らかに言う。
「さぁ、兄と呼んでくだされい!」
「…駄目じゃないの、この人」
「うわああああ…これが妹萌えって奴か…」
フレアはおろおろと自分の兄を振り返ってから、ぱさりとフードを落とした。肩に付くか付かないか程の長さの茶髪がさらりと流れる。
おどおどとした伏し目がちの表情で、それでも、絞り出すように呟いた。
「…にいさま…」
「おおおおおお!新鮮じゃのぅ!にいさま、か…良い!良いぞ!」
ぐっと握り拳で悦に入っている文旦を眺めて、金髪バードは冷ややかに言った。
「……凄い人、連れてきたね、君……」
「あ〜…ごめん、これほどとは思ってなかった…」
やはり文旦は気にせずその握り拳で、どんとまた自分の胸を叩いた。
「この文旦、我が妹を誠心誠意守りましょうぞ!ご安心めされい!」
「…全然安心出来ないんだけど」
「あ〜…あっちは「我の妹だ」とか突っ込まないんだな」
緑髪のカースメーカーの様子を窺ったが、どうも気配が読みにくい。呆れているとか怒っているとか面白がっているとか、さっぱり分からない。
少なくとも、怒って叩き出されなかっただけよしとした方がいいんだろうか、とルークは改めてカースメーカー二人を見比べた。
「いや、文旦、喜んでるのは良いんだけどな?一つだけ念押しさせて」
そうしてフレアを覗き込むと、おどおどと視線を逸らされた。
「俺たちは、結構まともに探索に出てる。そりゃ文旦たちはまだ一回も出てなくて初心者だが、それでもこの先どんどん奥に進むと思う。ってことは、魔物と戦って、自分も傷ついて、仲間も傷ついて、もちろん敵は殺すんだけど…大丈夫?」
少女の顔が、悲痛に歪んだ。鎖に戒められた体を折るように縮めて、泣きそうな声で呟く。
「…分からない…私…分からない…でも…死ぬのも…怖いの…」
その言葉に、緑髪のカースメーカーが小さく溜息を吐いたので、フレアはびくりと身を竦めた。どうやらカースメーカーとしてはかなり落ちこぼれの反応らしい。
「…私…私…ごめんなさい…」
消え入るような声に、文旦がずずいっと前に出た。大きく腕を広げ、がばっとフレアを抱き上げる。
「おぉ、怖がることは無い!必ずやぱらでぃんとやらを見つけて盾にするゆえのぅ。何、フレアは拙者の背後に隠れておれば良いのじゃ」
「…駄目じゃん」
「いや、それでも、一応レベルは上がるよ、レベルは…」
それより問題は、アクシオンのような前衛型殴りメディックと違って文旦は後衛専任のため、たぶん誰かを庇うほどの強さは無いということだが。
緑髪のカースメーカーが少し興味を引かれたように問う。
「…汝らの構成は、如何なる予定か?」
フレアの細い体…というか鎖に縛られてどうなっているのか分からない…を抱き締めて背中を宥めるように叩いている文旦を見てから、ルークは口を開いた。
「えー、まずはあれはメディック。そもそもは小桃という妹がブシドーでさ、その小桃中心に考えてるんだわ。ブシドーは柔いってんで、パラディンで防御力を上げて、鞭使いのダークハンターで敵を縛って攻撃力を削ごうかなぁ、と。カースメーカーはどんなことが出来るか知らなかったんで、まだ活用法は考えてない」
「…ふむ…」
緑髪のカースメーカーは頷いてからフレアを見つめた。表情の分かりにくい男だが、その真紅の瞳には憂いそうな陰が宿っていた。やっぱり兄として心配しているのだろう。
「…では、封じの呪言を使うといい…魔物の手も足も頭も封じてしまえば、相手は為すすべも無くなる…」
「封じるだけで、攻撃じゃない?」
「…そうだ…我らのすべは、封じるのみ…」
「ん、フレアちゃん向きだ、と。…どうせミケーロだけで全部縛れないもんな〜。そういう方向で行くか。…まあ、その封じた敵を血祭りに上げるんだけど…大丈夫?」
「はは、その時には拙者がしかと抱き締め、敵が見えぬようにすればよかろう」
「いや、よかろう、じゃなくて」
文旦が抱きしめるかどうかはともかく、血を見たり敵が弱るのを見たりするのが苦手だと言うなら術を使った後は目でも背けていればいい。根本的な解決にはなっていないが。
それでも、自分が直接殺すのと、手伝うだけとは随分異なるはずだから。
「まあ…どこまでやれるか分からないけど、最高の装備で無理無い修行をさせるつもりだから。…つーか、文旦が、可愛い妹たちを危ない目には遭わせないっつーか」
「その通り!兄の名に賭けて、妹たちを守り抜く所存!」
聞けば、東方にも呪い師は存在するとか。やはり畏怖すべき存在だと言っていたのに、それでも全く気にしていないのは、ある意味凄いとも言える。
「ということで、妹さんはお預かりします」
頭を下げると、緑髪のカースメーカーのマントがゆらゆらと蠢いた。
立ち上がったとは気づかない間にそのゆらゆらが奥の部屋へと向かっていく。これで話は終わりだってことなんだろうな、と金髪バードを振り返ると、何だか苦々しそうな顔をしていた。
「僕の方から言っておくけど。カースメーカーを傷つけるのは、迷宮の魔物だけじゃない。むしろ、一般の普通の人の方が危険なんだ。フレアを守ると言うなら、世間の人からも守りなよ」
「んー…分かった。…正直、いまいち分かってないが、最初は控えめに行動するよ」
ルークにとって、カースメーカーは畏れるべき存在ではない。そりゃ呪いなんてのが原理不明で怖い術だというのは分かるが、殺傷能力って意味では、たぶんアクシオンの方が怖いし。その<熊殺し>だの<処刑者キラー>だのいう物騒な二つ名を付けられたアクシオンは別に世間に後ろ指差されたりはしていないのだ。カースメーカーも、冒険者の一プロフェッショナルだと認識されれば、そんなに魔女狩りのようなことにはならないだろう。
あぁ、執政院に根回ししておくのもいいな。カースメーカーのツスクルを愛用しているくらいだ、おかしな偏見は無いだろうし。
「よっし、んじゃ、帰るか」
立ち上がったルークに金髪バードは目隠しを差し出した。それを受け取って文旦を見ると、フレアを抱え上げているところだった。
「…いや、文旦さぁ…血の繋がった妹じゃなく余所様のお嬢さんなんだから、あんまり体に触れるのは…」
「フレアは歩きにくそうじゃからのぅ。この兄が運んでやろうと思うての」
確かに揺れるマントの裾から見えるのは、鎖で縛られた素足だったので、外をすたすた歩けるようには見えなかったが、それでも初対面から30分で抱き上げるのはどうかと思うのだが。
しかし、当のフレアは怯えたような顔で文旦にしがみついていた。
「…私…地上を歩いたことが無いの…」
「そうかそうか。兄に任せておけい」
「…はい…にいさま…」
何か、一応うまく収まっているらしい。
よく分からないが、カースメーカーというのは地下にでも棲み着いているのだろうか。
やはりちょっと変わった一族のようだが、少なくともフレア本人に害は無さそうだ。<ナイトメア>は暢気なギルドなので、カースメーカーだと言うだけで迫害するような人間はいないし、フレアにとっても穏やかな環境のはずだから、うまくやっていけるといいな、と思う。
「それじゃ、送るよ」
「サンキュー。お兄さんも、どうもありがとう」
そうしてまた連れ回されて、ギルド近くで解放された。ルークの方向感覚からすると、そんなにおかしな場所に連れて行かれたのではなく、普通に庶民の民家が建ち並んでいる小路だったように思うが、詮索する趣味も無い。
「パラディン見つけて迷宮に潜ったら、また報告するわ」
「うん、分かった。僕らもちょっと潜ってるから、いない時もあるだろうけど」
あっさり言った金髪バードの顔をまじまじ見ると、イヤそうに顔を顰められた。
「何」
「いや、二人きりで潜ってんのかと思って」
「あいつはペイントレード使いだから、僕の蛮族の行進歌があると威力が高くなるんだよ。もちろん、安らぎの子守歌も便利だしね」
「いいなぁ。やっぱ二人っきりってのは、愛が高まるよなぁ」
しみじみ言うと、キタラで殴られた。商売道具が出るほど動揺したらしい。
「相棒だよ、相棒!ただの、あ・い・ぼ・う!」
「そういやさぁ、愛棒って言うと、何となくエロくね?」
「殴るよ!」
もう一度キタラを構えた金髪バードにへらへらと手を上げて降参の意志を示す。
「羨ましがってるだけじゃーん。いいなぁ、俺もアクシーと二人旅してみたいなぁ〜」
「すればいいでしょ、勝手に!」
ふんっと鼻息荒く金髪バードはきびすを返した。そのままざっくざっくと乱暴に歩いていくのに手を振って見送る。
「んじゃ、こっちも帰るぞ、文旦」
「うむ」
もう夜中の3時であったため人通りは少ないが、さすがに冒険者ギルド近く、全く0ではない。
しかし、じろじろ見られているのはむしろ文旦のようだった。まあ、見かけはフレアはただのマントを着込んだ小柄な何かなので、それよりはサラシに袴に白衣という珍妙なメディックの方が異様と言えば異様だ。
ブシドーも実際に目にするのは珍しいため、小桃も外に出るとじろじろと見られている。と言うことは、文旦、小桃と同じグループで行動していたら、やっぱり異国の冒険者という風に見えるかもしれない。あえて騙すことも無いが、わざわざカースメーカーだと触れ回る必要も無いのだから、しばらくはその線で押してみようか。
翌朝、改めて皆に紹介した。
大らかなリヒャルトは普通に受け入れたし、グレーテルも学術的な興味は抱いたようだったがそれ以上では無かったようだし、アクシオンはそもそも実害の無いことには興味が無いし…で、3人が落ち着いているのでカーニャも落ち着いた風を装ったようだった。じろじろ見ている様子からして、呪い師を怖がっているのではなく、ただ好奇心が勝っているだけのようだったが。
肝心のサブパーティーの方は、小桃は「兄上が良いと仰るなら小桃は従いまする」と思考停止していた。どうやら兄が自分に悪いようにはしないという絶対の自信があるらしい。まあ、実際そうだろうが。
そしてミケーロは、じろじろ見た挙げ句に。
「カースメーカーって何?何がやれんだ?」
と、一般常識の無さを暴露した。
考えてみれば、カースメーカーの知識というのは、親だとか親戚とかちょっと大きな街なら流しの吟遊詩人だとかから与えられるものだ。それも事実かどうか分からないような、要するに子供を脅すためにあるような話が多い。
曰く。「夜はちゃんとベッドで眠りなさい。さもないとカースメーカーがやってきて、永遠に眠らされてしまうよ」
曰く。「お友達を虐めちゃ駄目でしょ。そんなことをしていたら、カースメーカーに腕を動かなくされちゃうよ」
もちろん、大人向けの話もある。いや、エッチな話ではなく。
ともかく、そういう伝承というのは親が子に伝えていくものである。生きるのに精一杯な生活をしていたら、そんな戯れ言を語る余裕は無い。
「えーとな、どう言ったら分かり易いか…つーか、俺も本物見たのは初めてなんでなー。むしろ、迷宮に潜ったら、一緒に行ったお前が俺に、どんな技を使ってたか教えてくれ」
「んだよ、知らねーのかよ、冴えねーな」
ちっと舌打ちして、ミケーロは直接フレアの顔を覗き込んだ。
「なぁ、これ、描いてんの?」
「…い、入れ墨…」
「え…」
フレアの顔半分を覆う真っ赤な文様をまじまじと見つめて、ミケーロは目を丸くした。フレアは怯えたように身を竦めたが、ミケーロは声を上げた。
「すっげー!あんた、尖ってんなー!いかすぜ!」
フレアは何度か瞬きをした。目の前にいる少年が叫ぶ言葉の意味は全く理解できなかったが、その金色の瞳が尊敬したように輝いたのは分かった。が、何故自分がそんな目で見られるのかは理解できず、おろおろと周囲を見回す。
ミケーロの声を聞いて、カーニャもわざわざフレアの前までやってきて、同じように見つめた。
「な?すっげーだろ!」
「何であんたが自慢そうに言うのよ!…んー、でも、そうね〜…格好良いわね」
「いいな〜、俺もどっか墨入れっかな〜」
「止めときなさいよ、ぼられても知らないわよ?」
「やっぱ赤だよな。なぁ、それってどこまで続いてんだ?」
ものすごく何気なしにマントを引っ張って覗き込もうとしたミケーロの頭に、カーニャの拳が落ち、続いて文旦が首根っこを掴んだ。
「このスケベ!変態!」
「我が妹に何をするか!」
「何すんだよ!離せよ!」
猫のように首をぶら下げられてミケーロがじたばたするのを眺めてから、ルークはフレアの顔を確認した。
呆気にとられているような表情だが、ここに来てからずっと纏っていたびくびくした気配が薄れている。
たぶん、少なくとも文旦やミケーロとはやっていけそうな気がする。
後は、パラディンだけが問題だが。何せ一般的にパラディンは優等生の堅物が多いので、カースメーカーと言うだけで眉を顰めそうなのだ。
まあ、急ぐわけでなし、<ナイトメア>の暢気な空気に馴染む人間を見つけるとしよう。