遺品回収




 11階の探索は、12階と連動していた。
 最初に落とし穴に落ちた時には先頭のリヒャルトが無防備に落ちたため怪我までしていたが、どうやらこのあたりは蟻が穴を掘っているということが分かったため、扉にはいる前に確認、進む前に地面の前を確認、と、ちゃんと穴の存在を意識して進むようになった。
 その分、時間がかかるためカーニャがすぐに飽きたが、そうしないと重量のある鎧ごと落ちていたのではいずれ大怪我になる可能性がある。穴が分かっていればロープを使ったり受け身を取ったり出来るのだ。
 そうしてマップを埋めていき、兵士たちにも出会った。
 兵士たちはちょっとした地図を渡して、仕事は済んだとばかりに帰っていったが、ルークは肩をすくめてそれをポケットに入れ、自分の地図は自分で歩いて描き入れていった。
 「面倒ねぇ。それを描けばいいじゃないの」
 「やっぱ他人の感覚と俺の感覚は違うからなー。全部自分の歩幅で統一しとかないと落ち着かないんだよ。精密な地図づくりが、抜け道発見への第一歩!」
 「単にあんたの趣味じゃないの」
 「まー、そうとも言う」
 否定はせずにルークは地図にまた線を描き込んだ。
 そして、11階と12階の地図を重ね合わせて、皆に説明する。
 「さて、これまで12階はただの通路部分にしか落ちてないんだが…この先に落ちたら、ついにこのまだ真っ白な空間に入れるはずだ」
 ついでに言えば、すでにその付近に抜け道の存在も見つけているので、一度落ちれば次からはそこから入れるはず。
 「やっと先に進めるのね…新しい道見つかったら、いったん帰って寝たいけど」
 「ま、そうだなー。ちょっとだけ様子見て帰るか。いきなり落ちた先で敵に囲まれなきゃいいんだが」
 言いながら、何だか白っぽい粘液で固められた穴の縁に手をかけた。下を覗き込んで、敵がいないのを確認し、ロープを握ってリヒャルトとカーニャという鎧に身を固めた人間を先に降ろす。
 それからグレーテルが降りてルークが降りて…ロープを持ったアクシオンが飛び降りるのを下でルークが受け止める、という方法が確立されているのだ。
 最後の受け止める、の部分が一番負担が大きい気はするが、ルークは楽しんでいるし、アクシオンも面白がっているようなので、まあよしとする。
 第一、アクシオンは見た目通りの体重しか無いので、たかが吟遊詩人とは言え一人前の冒険者としてはお姫様抱っこの一つや二つ、軽々とこなせるし。
 今回もぶら下がって降りてきたアクシオンを受け止めてから、投げ出すように勢いを付けて離すと、楽しそうに笑い声を上げながらふわりと着地した。優美だなぁ、妖精のようだ、などとカーニャあたりに知られたら「頭が沸いてるんじゃないの?」とでも言われそうな感想を思い浮かべながら、ルークはにやにやとアクシオンのめくれた白衣を下ろしてやった。
 「さて…と」
 辺りを見回すと、あまり変わり映えのしない光景であったが、ルークお手製地図では初めて入る区画であることには間違いなかった。
 「とりあえず、ショートカット広げておくか」
 もしも先に進んで逃げ帰るときにも、道が確保されている方がやりやすい。
 ともかくは引っかかりそうな枝を折ったり、岩から生えている妙なラッパのような植物を抜いたりして、一人ずつなら通れそうな道を広げておく。
 それから奥へと進んでいくと。
 「何だか…周囲の壁が、落とし穴の周囲と似たような感じになってきましたね」
 元々はざらりとした質感の岩が、何やら粘液で覆われて鈍く光っている。
 「だから、何?」
 「何と言いますか、ひょっとして…」
 「蟻の巣に突っ込んだんじゃないかなーみたいなー」
 目の前にわさっと出てきた蟻を見ながら、ルークは情けない笑いを漏らした。
 蟻が蟻を呼び、次から次へと現れて、更に兵隊蟻らしき小さなのまで呼んでくる。
 赤いのから硬いのから粘液吐くのから、もう何が何だか。
 とりあえず医術防御もかけて安らぎの子守歌もかけているので、死ぬこともTP切れも無いとはいえ、いい加減疲れるというものである。
 ひとまず目の前から蟻がいなくなって、一息吐きながらルークは言った。
 「ここで問題です。蟻の巣潰しの基本は?」
 「女王蟻の排除」
 「その女王蟻の居場所は?」
 「一番奥でしょうねぇ、普通は」
 「…だよなぁ」
 普通の兵隊蟻の部屋があったり食物貯蔵庫があったり、ちょっと奥には卵やら幼虫用部屋があって、最後に女王蟻部屋、というのが基本構造のような気がする。まあ、子供時代に掘っていった記憶では、女王まで辿り着いた経験はなかなか無いのだが。
 「蟻の巣攻めの基本は、水攻めですよねぇ。慌てて卵を持って蟻が出てくるのが楽しくて」
 基本と言えば基本だが…ここにはそこまで大量の水はないし、そもそも蟻が溺れるくらいの水攻めは、自分たちも溺れる。小さな蟻の巣を見下ろしているのではなく、自分たちが蟻の巣にお邪魔しているのだから。
 「地道に奥に進んでいくしか無いんだが…これからも一杯出て来そうだよなぁ、蟻」
 「でしょうねぇ。ここでいきなりカエルの王国になったりしたら、その方が驚きますよ」
 そりゃそうだ。
 「あたし、もうやだ〜。帰って寝る〜!」
 「はいはい、帰るけどさ」
 どうせ近いし余裕もあるし、と糸は使わず歩いて帰って、磁軸で地上まで飛ぶ。
 外はまだ明るく、ちょうど昼あたりらしい。
 「どうする?みんなで酒場にメシでも食いに行くか?」
 ちょうど遺品を探して欲しいという依頼を達成したのでその報告に行こうと思ったのだが。
 「さんせーい」
 「あたしも、おなかが空いてる気がする」
 決定だな、と思ったら、アクシオンが少し妙な顔で人差し指を顎に当てていた。これは何かを考えている時のポーズだ。
 「その前に…ちょっと良いですか?気になるんですけど」
 「それ、酒場でご飯食べながら話しちゃ駄目なの?」
 カーニャが不機嫌そうに言ったが、アクシオンは平然と頷いた。
 「えぇ、酒場に入る前に。俺の思い過ごしかも知れませんが」
 「何?」
 「ちょっと11階の地図を見せて下さい」
 周囲を見回しても、兵士が退屈そうに磁軸を見張っているだけだったので、少し離れたところで皆で輪になって座り、真ん中に地図を広げた。
 「その遺品ですが…ここで杖、ここで折れた剣…」
 「あと、ここだな」
 一応小さくルークはメモを書いているので、すぐに指で押さえられた。
 「…どういう行動をすれば、こんな結果になると思います?どうしても絵が描けないと言いますか…すっきりしないんです」
 仲間の遺品を集めてくれ、という依頼を受けていたので、探索ついでに回収した遺品は11階に散らばっていた。それも、結構奥の方で、ばらばらに。
 「えーと、私たちが取った行動順で言えば、最初に錬金術師かメディックがやられたってとこよね」
 「仮にメディックが死んだなら、それ以上回復出来ないのですから、すぐに帰ったと思うのですが…」
 何となくアクシオンの不審が理解できて、ルークは改めて腰を落ち着け、腕を組んだ。
 考えつつ、自分に説明するように人差し指を立てた。
 「まず。誰でも良い、一人戦闘不能になったとしよう。次に取る行動は?」
 「蘇生させますね」
 「糸で帰る」
 「死体も回収できずに逃げた可能性もあるかと愚考いたします」
 「…一つずつ考えよう。蘇生した可能性は?」
 「蘇生したなら、<遺品>では無いですね」
 「生き返ったら、武器は拾うんじゃない?壊れてるけど…あたしなら持って行くわ。予備の武器があれば別だけど、修理の方が新しく買うより安いもん」
 「…蘇生は出来なかった、っていう可能性の方が高いわね」
 もうすっかりカーニャも面白そうに参加している。そんなに滅茶苦茶空腹だった、というのでもなかったらしい。
 グレーテルの結論にルークも頷いた。ともかくは、遺品がある場所で死んだ、と仮定しておこう。
 「残り2人も死んでる以上、糸は無かった、と踏んでいいのかね」
 「何人パーティーかは存じませんが、3名も戦闘不能に陥るより前に、離脱をするのが普通であるかと」
 「しかし、糸が無いんなら、それはそれで磁軸に向かって逃げるよなぁ、普通」
 「逃げ回った挙げ句に、現在位置もマップもロストした、という可能性もあるにはあるんですが」
 想像してみる。
 死体を回収することすら出来ずに、逃げ出した。
 場所が分からなくなって、ウロウロしている間に一人、また一人欠けていく。
 「一応…筋は通ってるようだが…」
 だが、アクシオンはまだ浮かない顔で地図を見つめている。
 「でも、仮にこの地点で依頼者だけになったとして…その現在位置も地図もロストした状態で、ここまで逃げ帰れますかね?」
 どの地点にしても、11階の周辺の方。入り組んだ道の先で、地図がなければ迷ってしまってもおかしくない場所だ。
 自分たちが行った時には、亀がうろついていたような気がする…ってことは、それすらうまくかわしたってことか。逃げ回ってパニックになった奴が。
 「……ものすごーく、運が良ければ」
 なるほどな、とルークはアクシオンの納得出来ない様子に得心がいった。
 「依頼って、どんなのだったっけ」
 「仲間の遺品を集めて欲しい」
 「これ、酒場に持っていくわよね。で、そいつは喜んで…か、涙ながらにかは分からないけど、とにかく受け取って、お涙頂戴のお話はそれでおしまい、街から一つ中堅ギルドが消える…ってだけじゃないの?」
 「えっと、偽者が欲しがってるってこと?…でも、別に価値無いわよね、こんなの」
 カーニャが訳が分からないという顔で杖や剣を見た。もちろん一般人だとか新米冒険者だとかからすれば、この壊れた武具でも売れば多少の小遣い程度の金額にはなるが…報酬の方が多い。
 「…むしろ、11階まで降りるにしちゃあ、ちょっとレベルが低いくらいだよな」
 もちろん金が無くて新調できなかったのかも知れないが、彼らが2層に挑んだ時と同じようなレベルの武具だ。
 「詳しく見せて頂きます」
 リヒャルトがしげしげと剣を見つめた。
 「あまり…使い込んだ武器には見えませんな。比較的新品かと」
 うーん、とみんなで首をひねる。
 仮にこの依頼がでっち上げとして、何のためなのかさっぱり分からない。
 「武器を折るのは、簡単ですよね」
 「無論。その辺の岩に叩きつければ良いだけであります」
 それで戦って折れたように見えるのは確かだが、その偽装は何のために。
 「仲間、実は死んでないけど、死んだように見せかけて……何をするんでしょう」
 「借金取りに追われてるとか」
 「3人も?」
 「ま、その辺は調べりゃ分かる」
 「もう一つ、思いつきました」
 アクシオンが片手を上げたが、あまり面白そうでは無い。出来れば思いつきたくなかった可能性のようだ。
 「死んだのは迷宮の中では無いが、探索で死んだとなれば怪しまれることもない、という…」
 「<遺品>がばらまかれてるのは偽装工作か…あり得なくはないが、それこそ一人で11階をうろつくのは大変だな」
 うーん、と首を捻っていると、どこかからぐう〜という低音が聞こえた。
 きょろきょろすると、カーニャが真っ赤な顔でおなかを押さえていた。
 「…悪い、昼飯、昼飯」
 「そうよ、さっさとしなさいよ!もう、どうでもいいじゃない!」
 赤い顔のまま、勢い良く立ち上がってカーニャがコートを乱暴に払った。
 「ごめんごめん。んじゃ、先に行っといて」
 「ルークは?」
 「…俺、ちょっと先に執政院に行っとくわ。11階の地図も提出するし」
 結局。
 アクシオンはルークに付いてきて、残り3人が先に酒場に行くことになった。
 遺品を収めた荷物も抱えながら、アクシオンがぺこりと頭を下げる。
 「すみません、俺がちょっと気にしたせいで」
 「んー?や、吟遊詩人的にも気になるし。…ただの思い過ごしだといいなよなぁ」
 「…ルークは優しいから…」
 アクシオンはちょっと困ったように笑った。
 アクシオンとしては、むしろ思い過ごしでない<何か>だった方が良いと思っているのだ。その方が面白いし、何より不埒な企みを看破出来たという自己満足に浸れるのだから。
 けれど、ルークは、そんな他人を貶める満足よりも、何もなくて依頼人もただの仲間思いの冒険者であれば良いと本気で思っているようだった。
 アクシオンに、自分に嗜虐傾向があるという認識は無い。が、ルークを見ていると、自分は底意地の悪い人間ではないか、という気になってくる。
 父親にはよく「アクシオンは周りの人を気にしないのんびりさんだなぁ」と言われていたのでそう思っていたのだが、どうやら認識を改めないといけないようだ。まあ、せっかちではないとは思うが。
 それに、どうやら自分の『周りの人を気にしない』というのは、単に本当に『周りの人に全く興味が無い』だけであったような気がする。自分も相手に興味が無いし、相手からどう思われるかという興味もない。だから、自分のペースで自分の思うようにやってきた。それを『のんびり』だとか『おっとり』だとか表現されていたのだろうが…どうやら間違っていたようだ。
 たぶん。
 自分は、<激しい>人間だと思う。
 今の生活を<生きている>のだとすれば、これまでの人生はそもそも<生きて>などいなかったのだろう。好きだとか欲しいだとかの欲求が全く無かった訳ではないが、それは穏やかな日常の一部であって、無くても困らないほどのものでしかなかった。
 それが今はどうだ。
 あまり表には出ていないだろうが、かなり強い欲求も生まれてきた。
 メディックの知識として、戦場でしか生きられず平和な日常に耐えられない兵士の話、というものがあるが、自分はそれだったのだろうか。
 他の生き物と生死のやり取りをしないと、<生きている>とは感じられない人間なのかもしれない。
 無論、アクシオン本人としては、今の生活の方が鮮やかな色が付いていて満足出来るものなのだが。
 いわゆる『スイッチが入った』という状態なのだとしたら…これから自分はどうなるのだろう。欲しいものもなく、ただ淡い日常が流れていくのを眺めているだけの傍観者ではなくなった今、意志を持って動き始めた自分は、どこへ向かうのだろう。
 それはまだ自分でも分からない。
 ただ…もしも誰かを特別に好きになるとすれば…かなりタチの悪いものになるだろうとは薄々思った。
 これまで<本当に欲しいもの>が無かった分、加減が利かない。たぶん、なりふり構わず無理にでも手に入れようとするだろう。…相手の意志など押し潰してでも。
 アクシオンはゆっくりと首を振った。
 「アクシー」
 「はい?」
 タイミング良くルークが声をかけたので、アクシオンはどうも良くない方向に向かっていた思考を追い払った。
 ルークはどうやらこの<事件>について考え込んでいたらしく、アクシオンが全く別のことで考え込んでいたとは気づいていないようだった。
 「仲間を殺す…ってのは、どういう場合が考えられる?」
 「そうですねぇ…金銭のもつれ、痴情のもつれ、激しい喧嘩で故意ではなく…あぁ、この線は無理ですね、3人はいくら何でも」
 「…まあ…仲間っつっても、家族じゃなくただの仕事上の付き合いって奴らもいるだろうしなぁ」
 <ナイトメア>のようにギルドの建物に全員が住み込んで仲良く暮らしているギルドというのは、そう多くは無い。
 「うちなら…こんなことにはならないだろうになぁ…」
 何だか悲しそうにルークが言ったので、アクシオンは「俺は殺せますけどね」というセリフは言わずにおいた。
 必要なら、殺せる。むしろ弱点が分かっている分、殺しやすいくらいだろう。リヒャルトやカーニャにはまず状態異常になる薬を使ってじわじわと、グレーテルは術式を起動する暇を与えず直接殴り殺した方が良い。ルークは…。
 ちくりと痛んだ胸に、アクシオンは笑った。どうやら、自分は本当にルークが好きになったらしい。以前なら、簡単に殺すところを想像できたものだったが。
 でも、まだ殺せないとまでは言わない。他の3人に対するように、冷静にはなれないだろうが、それでも手を下せないほどではない。
 「ルークは、もし俺に殺されるなら、どんな殺され方が良いですか?」
 「へ?」
 面食らった顔に、大真面目にもう一度繰り返せば、ルークは呆れたように笑った。
 「そうだなぁ、愛で」
 「…具体的に言って下さいよ。具体的に。愛で殺すってどんな方法ですか」
 「いやー、俺も分からないなー。…そうだなぁ、腹じょ……すみません、今のは無しで」
 ふくじょって何だろう、と思いつつも、ルークが拝むように手を立てていたので追求しないことにする。その拝んだような姿勢のまま、ルークが上目遣いに手の隙間から窺うように見上げてきた。
 「アクシーはさぁ」
 「はい」
 「俺のこと、殺したい時があるのか?」
 「いえいえ、まさか。殺したいと思ったことは一度も」
 「だったら、いいけどさぁ」
 2分ほどの沈黙の後、ルークがちょっと歪んだ笑いを浮かべながらぼそりと言った。
 「アクシーは、平気な顔してるけど…まあ、男が男に惚れたの何のと言われたら、むかついて殺したくなってもおかしくないしさぁ」
 「そうなんですか?」
 アクシオンは足を止めてルークを見上げた。そこはもう執政院の前であったため、かなりの人通りはあったが、気にせず立ち止まると、ルークも止まって困ったように見下ろしてきた。見つめ合う二人を、通行人がちらちらと見ていく。
 「ルークは、俺が好きだと言ったら、むかついて俺を殺したくなりますか?」
 「まさか!」
 「なら、良いんじゃないですか?」
 「俺の好きと、アクシオンの好きは違うだろ」
 「たぶん、違うでしょうね」
 ルークの好きを暖かな春の日差しに喩えるなら、たぶん自分の好きはもっとタチの悪い蛇のようなものに喩えられるだろう。締め付けて、頭から丸飲みするような。
 「あぁもうそうやってまたきっぱりと」
 ぶつぶつこぼすルークの顔は、またいつものようにおどけた笑顔だった。そうやって、いつも自分を笑っていられるルークは強いなぁ、としみじみ思う。
 「言っときますけど、本当に俺に惚れられたら大変ですよ?ただの好きであることを神に感謝しといて下さい」
 「…そうなの?」
 「そうなんですよ」
 真面目な顔で大きく頷いて、アクシオンは執政院の階段を指さした。
 「とりあえず、用を済ませませんか?」
 「だな。アクシーが惚れたらどうなるかについては、また後で聞かせて貰おう」
 「…言いませんよ、秘密です」
 「何で」
 くすくす笑いながらじゃれ合うのはいつものことだ。
 まだしばらくはこのままが良い。
 こうやって仲の良い<オトモダチ>として付き合う方が、よっぽどいい。…食い尽くしてしまいたくなるほど、好きだと自覚するよりは。
 まだ大丈夫。そう、まだ、大丈夫。


 執政院の情報室長に面会して地図の写しを提出すると、普通に受け取られた。
 「ご苦労だった」
 「…それだけ?」
 「依頼したのは11階と12階の両方なのでね」
 「まあ、経過報告だけどさぁ。それでももうちょっと…」
 ぶつぶつ呟いている隣で、アクシオンが荷物から<遺品>を取り出して机に並べた。
 「何かね?これは」
 オレルスが怪訝そうに品々を見つめた。いきなり壊れた武具を並べられても、意味が分からないだろう。
 ルークは地図を押さえながら、依頼内容とこれらの品を発見した位置を説明し、何となく引っかかる、と伝えた。
 興味深そうに聞き終えてから、情報室長は眼鏡をくいっと上げて、「で?」と言った。
 「それで?私に何を期待してるのかね?」
 ルークは肩をすくめて、へらりと笑って見せた。
 「何も?俺は世間話をしに来ただけだしぃ」
 「こっちも忙しいんで、世間話はいらんよ」
 苦々しく言ってから、オレルスは溜息を吐いてその品々を手に取った。
 「…これは、こちらで預かっても良いかね?」
 「借用書をどうぞ」
 じろりと眼鏡の奥から睨まれたが、ルークはへらへら笑って見返した。何だかんだ言って、オレルスは職務に忠実で熱心なのである。
 「まったく、君たちが来てから、忙しくてたまらんな…まあ、面白いがね」
 たぶん最後に一言付け加えたのは、今日はルークだけでなくアクシオンも来ていたせいだろう。中身が19歳男なのは分かっていても、見た目10代前半美少女が顔を曇らせるところを見たくないのは、男性として当然の反応である。
 本当に3つの品の借用書を書いてオレルスはルークに渡した。それを懐にしまいながら、ルークは眼鏡の顔を窺う。
 「ただの世間話にそんな反応ってことは…別口で情報来てたり?」
 「…情報の漏洩はしないよ」
 「こっちでも情報収集してもOK?」
 「なるべくなら、そっとしておいてくれ」
 「了解」
 どうやら、本気で犯罪沙汰らしいと踏んで、ルークはあっさり頷いた。そういうのは性に合わないのだ。正義の味方はプロに任せておくに限る。
 出ていこうとして、アクシオンが「あ」と声を上げた。
 「君もかね。戸口から思い出したように言うのが最近の流行なのか?」
 「本当に、今、気づいたんですよ。今から酒場に合流だなって思って。…仲間には、口止めしてません。で、彼らは今、酒場に行ってます。もしも女将が話を振ったり、その依頼人がいる場合、品は集めた、それを持ったリーダーが執政院に行った…ということが相手にばれますが」
 眼鏡ががっくりと頭を落とした。
 「…最悪だな」
 「相手がそこで動揺したら犯罪人ってことですか。…見たかったですね、その場面」
 「そんな話になってないかもしれないけどな」
 「まあ、そうですけど」
 オレルスが垂れた頭でしばらく考え込んだ。
 「さて…執政院が動くと、もしも相手が気づいていなかった場合、余計に刺激することになるか…しかし、むざむざ逃すのも我らの威信が…」
 ぶつぶつ呟いてから、頭を上げる。
 「こうしよう。もしも酒場に依頼人が来ていなかった場合、話題には出さないでくれ。もしも、そいつが来ていて、逃げようとしていた場合は…」
 そこでオレルスはいったん切った。
 じーっと見ているってことは、そこから先を言葉にはしたくないらしい。
 <何か>あったら、執政院は何も関知してません、とか言うつもりか、このお上め。
 ルークはこめかみをぽりぽり掻きながら色々なパターンを考えてみた。
 「…まあ、出たとこ勝負しか無いしな。行こっか、アクシー」
 「はい。それでは、お邪魔しました」
 アクシオンがぺこりと頭を下げると、オレルスも会釈を返した。おのれ、俺だけの時とは随分態度が違うじゃないか、というか、アクシオンに笑いかけるな、と青筋を立てつつ、ルークはアクシオンの腕を引っ張って、ドアをばたんと閉めた。


 結局、考えるまでもなく。
 酒場の扉を開けた途端、何故かグレーテルがふんじばった男に腰掛けながら酒を飲んでいるのを発見することになった。
 何でも、リーダーが遺品を持って執政院に行ったと知ると殴りかかってきたため、正当防衛らしい。
 暴力を振るったという理由でしょっぴかれた依頼人を見送って、事情を聞きたがる女将やカーニャを適当にあしらいながら普通に食事をとった。
 その後、情報室長から聞いた話によると、男3人女2人のパーティーで、魔物のせいで混乱した男A・Bが女A・Bに襲いかかりむにゃむにゃの挙げ句に訴えるのどうのと言われて逆上、女の味方をした男Cもろとも殺害、探索の過程で死んだことにしようと偽装工作をした、ということらしい。
 迷宮内でのことだが、殺人罪として裁くことになる、とのことである。
 吟遊詩人としては面白いネタだったが、何というか微妙に後味が悪い。面白がっていたアクシオンも、その顛末は気に入らないようだった。
 もちろん、女性組は口を極めて男を罵ったし、リヒャルトも眉を顰めた。
 「混乱したとは言え、女性に襲いかかるなどとは言語道断であります」
 「…そもそも、本当に、混乱したんでしょうか」
 「へ?」
 「混乱させるような魔物、鹿より下で遭いましたっけ?」
 しばしの沈黙の後、ルークが腰を上げたので、アクシオンは人差し指を顎に当てた。
 「どちらに?」
 「執政院に」
 「我々が遭遇した魔物については、全て報告済みですから、あちらも分かっていると思います。むしろ、証人として呼び出されるのを覚悟しておいた方が良いかと」
 
 依頼内容の証人、及び、3層に出現する魔物の証人として公開裁判に登場した<ナイトメア>は、また無駄に知名度が上がる羽目になったのだった。



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