先輩冒険者




 「さぁて、今日からまた普通の探索の始まりだ〜」
 もう8階も9階もマップは埋め尽くしているので、ショートカットを使って10階へ降りるだけである。
 10階では、少しは今までと異なる敵も出たが、6階に初めて降りたときの衝撃に比べれば何と言うことはない。
 わっしわっしと進んでいくと、真っ赤な巨体がこちらを睨んでいるのに気づいた。
 「でっか!」
 人間が3〜4人分縦に並んだくらいの身長がある。それに生えている牙ときたら、子供の体くらいありそうだ。
 「えーと…象、とかいうのに似てるわね」
 「象?…えーと、確か牙目当てに乱獲されて絶滅したとかいう…おとぎ話では優しい性格の…」
 ぷわあああおおおおおんん!
 長い鼻を振り上げてこちらに突進してくる姿は、どう見ても凶暴だ。
 「ま、とにかく医術防御頼む!」
 「了解」
 「じゃ、いつも通りね。…ショックバイト、効くかしら。すっごく分厚そう」
 ぶつぶつ言いながら、カーニャが剣を振るう。
 雄叫びを上げながら鼻がぶんと振られ、アクシオンが吹き飛ばされたが、持ちこたえて試験管の蓋を開ける。
 「大丈夫ですね。医術防御無しでこの程度のダメージなら、まず死ぬことは無いです」
 体力の1/3を削られても、どうせ後でまとめて治せばいい、とアクシオンは医術防御をかけた後さっさとボーンフレイルに持ち替えた。
 「合理的だが…見てる方が痛いわい」
 安らぎの子守唄を歌って、次に猛き戦いの舞曲の準備をしながらルークは呟いた。どうでもいいが、ハッスルハッスル〜♪な攻撃力増進の呪歌を歌っても、その直前の心を安らかにする子守唄の効果が切れないあたりが、バードの呪歌ってものなのだろう。冷静に考えると、普通、イヤッホォォウ!とまったりは両立しない気がするが。
 まあ、それはともかく。
 無事に真っ赤な巨体を倒して牙をごりごり切り取った。
 「何だか…妙な征服感があるわね」
 クリーム色がかった白い牙をしげしげと眺めてグレーテルは呟いた。
 「俺はやったぜ!俺はやったぜ!俺はこんなにでっかい獣を倒したんだぜ!…って感じ?」
 「そうそう。…絶滅させちゃいけないんだろうけど、狩っちゃう人の気持ちも分かるわぁ」
 「まあ、本物の象と違って凶暴だし、狩らないとこっちがやられるけどな」
 結局。
 その階には複数の真っ赤な象がいたので、征服欲はがっつりと満たされたのだった。


 いったん地上に戻ってシリカ商店に牙を売り払うと、結構な値段で売れたので、ついついまた狩りをしたい気分に陥ってしまう。きっとこうやって地上の象も絶滅させちゃったんだろうなぁ、とちょっぴり反省しつつ、ルークは皆に金貨を配った。
 「では、配分を発表いたします。我々が5日間クエストで籠もっている間のレンジャー組の成果も含め。何と我々の全財産は5万を越えました。…てことで、一人1000enずつ持ってけ!」
 ざらり、と金貨が崩れる音がした。
 「1000en!1000en!結構、あたしたちってやるんじゃない!?」
 「冷静に考えると、月収2000enくらいということになり、大したことは無いような気もしますが。まあ、衣食住は別会計と考えると、そこそこですが…」
 丁寧に金貨を100枚ずつの山にしていたアクシオンがこっそり呟いた。
 まあ、今回の配当が1000enってだけで、もしもたった今ギルドを解散して8人で分けることになったら、一人当たり6500enくらいとなって、それなりの財産にはなるが。
 「ま、ケルちゃん倒したら、また報酬があるはずだしな。11階の磁軸が見つかったら、10階で見つけた伐採や採取ポイントに、またレンジャー組を駆り出すからよろしく」
 「あぁ、分かってる。こっちも、この1週間、働いてもないのに分け前を貰うのは気が引けるからな。どんどん言ってくれ」
 クラウドが3人分の金貨の山を引き取って、そう言った。もう分け前を遠慮するのは止めたらしい。ルークとしてもその方がいい。自分の働きを気にして分け前を減らすよりも、堂々貰えるように励んで貰う方が建設的だ。
 「だいたいマップも埋めたし、明日はケルちゃん戦だな。どんな相手か、さっぱり情報は無いが、雪ドリフみたいにお供が付いてくる可能性がある。体調は整えておくように」
 「大爆炎さえ通じれば、いけるわよね」
 「自分はチェイスファイアを覚えたのであります!これで複数相手でもばっちりであります!」
 「…うんうん、炎に耐性がある敵じゃないといいよな…」
 すっかり気分はもうケルちゃん戦になって盛り上がっていると、部屋の入り口がノックされた。
 「うーい」
 立ち上がって扉を開けると、ギルド管理長が立っていた。
 「おう。お前らに客だ」
 「客?」
 管理長の背後を見ると、緊張した面もちのソードマンが立っていた。褐色の肌と装備に覚えがある。
 「あー、<ライジング>のソードマン」
 ギルド名を言うと、褐色ソードマンがびくんっと顔を上げた。怒っているような困っているような微妙な表情で突っ立っているソードマンとルークの顔を交互に見て、管理長は肩をすくめた。
 「ま、いざこざじゃねぇならいいや」
 いざこざじゃないんだろうな、と確認する目でルークを見たので、へらへらと頷いて見せた。
 「おう。どうしたよ、スノードリフト倒せたか?」
 「…ま、まあよ…」
 「そうかそうか」
 一瞬、部屋に招き入れようかと思ったが、向こうからしたら喧嘩を売った相手の本拠地に一人で乗り込んだようなものである。どう考えても落ち着かないだろう、とルークは部屋の中に声をかけた。
 「ちょっと、酒場に行くから」
 数瞬、間をおいてから、軽い足音がした。
 「俺も行きます」
 もう喧嘩を売るつもりじゃないだろうから大丈夫、と言いたかったが、アクシオンは敵意の無い(いや、アクシオンなら敵意があってもあからさまにはしないだろうが)表情でソードマンににっこり笑ってぺこりと頭を下げた。
 「こんにちは、ルークからお話は伺ってます」
 いつも主人がお世話になっております調の挨拶に、ちょっぴりうっとりする。
 まあ、よくよく考えると「てめぇがうちのリーダーに剣を向けたことは聞いてるぜ」という脅しにもなっているが。
 「…う…いや、その…」
 どうしたらいいのか分からないという感じで、褐色ソードマンは唇をへの字に曲げてから、乱暴に頭を掻いた。
 「ま、とにかく、スノードリフト退治の活躍は、酒場で聞かせて貰おうかな」
 「ふふ、そうですね、他のギルドが、どうやって倒したのか、興味がありますし」
 暢気が二人で促すと、褐色ソードマンもしばらく唸ってから方向転換した。
 ギルドの建物の外に出ると、残りの4人が待っていた。付いて出てきたルークとアクシオンを見て、驚いたような顔になる。
 おでこの可愛いソードマンが褐色ソードマンの耳を強く引っ張る。
 「何やってんの!謝ってきたんじゃないの!?」
 「い、いや、話は酒場で聞くって言われて…」
 聞こえてはいるが、一応内緒話のようなので聞こえなかったふりをして比較的冷静そうな触覚メディックに声をかけた。
 「よぉ、お前ら、ちゃんとスノードリフト倒せたって?」
 「…あ、はい!どうもおかげさまで…」
 ぺこぺこと頭を下げるメディックに、ひらひらと手を振って、酒場の方を指さした。
 「まあ、詳しくは酒場で一杯やりながら聞かせて貰おうかな」
 ルークとしては、別にこの若手ギルドに含むところは全くない。が、向こうにしたら、一度は喧嘩売った相手なので落ち着かないだろう。が、それも気づかないふりをして、さっさと酒場に向かって歩き出した。
 その隣をアクシオンが歩いていく。ちょっぴり楽しそうな顔をしているので、何か企んでいるのかも知れない。あんまり好戦的なことをやらかさなければいいんだが。
 金鹿亭に着くと、いつもの金髪バードはいなかったが、別の新人バードが踊っていた。可愛らしいピンクのツーテール娘に軽く手を上げて挨拶すると、すぐに寄ってきた。
 「聞いたよぉ!ね、5日間クエストってどんな感じ!?」
 「や、今日は、この若手さんのスノードリフト退治の話を聞きに来たんだ」
 「なぁんだ。また今度、<ナイトメア>の話もしてよね!」
 「おう」
 そのまま離れようとした少女の手首を掴む。
 「まあまあ。ここの話も聞きなさいって」
 「いいの?」
 「いいよな?」
 困ったように顔を見合わせてから慌てて頷いたソードマンに、少女はへへへと笑いながらテーブルの隅に陣取った。
 「じゃあ、よろしく、<ライジング>の皆さん!」
 ぎょっとした顔で褐色ソードマンが少女バードを見つめてから、ぎこちない動きで仲間を振り返った。
 「お、俺たち、有名人!?」
 「バード同盟は、真面目に探索してるギルドのことは把握してるよぉ。大事なネタ元だもん」
 「こらこら、はっきり言うなよ」
 ルークも喉で笑ったが、否定はしなかった。
 バード同盟、舐めんな。一部歪んだ情報も混じっているとはいえ、情報収集具合は執政院にも劣らないぜ。…しょうもないネタが大半だが。
 まあ、正直<ライジング>の名が知られているのは、バード同盟ネタ元筆頭であるルークに喧嘩を売ったがゆえだが。
 女将に8人分の注文をしておいて、ルークは褐色ソードマンに話を促した。
 「お、おう。…えーと…だな…その〜、あれ、から、俺たちは、4階のフォレストウルフ相手に修行を積み…」
 あれから、の<あれ>はルークに喧嘩を売ってから、という意味なので少々言い辛そうにもにょもにょ言ってから褐色ソードマンは続けた。
 「暴れ牛とかもよ、こっちのダメージ無しに倒せるようになって、だなぁ」
 だんだん舌が滑らかになってきた。
 「で、よぉ、ついに挑んだ訳だ、スノードリフト!」
 「結局、お金が無かったので、お勧めのファイアオイルは買えなかったんですが」
 横から触覚メディックが申し訳なさそうに頭を下げた。
 話の邪魔をされて睨んだ褐色ソードマンの隙を付くように、おでこの女ソードマンが目を輝かせて言った。
 「それでね、まずは脇道のスノーウルフを一匹ずつ倒して〜、結構楽勝だったのよ!」
 「…俺が、火の術式も覚えたから…いけそうだってことになり…」
 「しかし、それまで散々他のスノーウルフに泣かされていたからな。あたしがスノードリフトのぎりぎりまで近づいて誘き寄せることにした」
 そこでピンクの髪の少女バードが興味津々と言った顔で女レンジャーを覗き込んだ。
 「どんな感じだった?たった一人で、強大な魔物の近くまで行ったんでしょ」
 「そりゃ…怖かったがな。それでも…そうだな、その時は、そうは思わなかったか。強烈な獣の気配を感じてはいたが、後ろ4体のスノーウルフに気づかれないようスノードリフトだけの興味を引こうと、じりじり近寄っていくのは…スリリングで、どこか高揚していた気もする」
 「うわぁ、さすがは冒険者!それで?それで?ちゃんとスノードリフトだけが寄ってきたの?」
 「おう!」
 褐色ソードマンが、周りの仲間を追い払うような手の動きで身を乗り出した。
 「こいつがな、じりじりと下がってきた時、その向こうから近寄って来てんのが一体と分かった俺たちは、勝利の雄叫びを上げたくなるのを我慢して、更に脇道の袋小路まで引き寄せていった!」
 「我々の背後が壁だと分かっているみたいに、スノードリフトがにやりと笑った気がしましたねぇ」
 「気のせいでしょ、相手は獣だもん。ただ、噛みつこうとして牙を剥いただけじゃないの?」
 「いやー、凄みのある笑いでしたけどねぇ」
 「そこで!俺たちは一気に仕掛けた!」
 「私のスタンスマッシュに〜、こいつのレイジングエッジに〜」
 「はは、僕の医術防御はレベル1しか無かったんですけどね」
 「…火の術式は、良く通った…」
 「ダブルショットを叩き込んでやった」
 「死闘の末!一匹だけスノーウルフが奥から参戦してきやがったが、そいつもついでに倒してついに!」
 「スノードリフトを、めでたく倒したの」
 褐色ソードマンの大声と、他のメンバーの興奮した状況報告に、いつの間にか酒場の他の奴らも集まってきて話を聞いていたようだ。
 倒した、というのと同時に、おおおおというどよめきと拍手が起きた。
 そこで初めて自分たちが注目されているのに気づいたのか、褐色ソードマンが驚いたように周囲を見回した。
 「え?え?おおお?俺たち、注目の的?」
 「そりゃ、スノードリフトを倒したのなら、中堅冒険者の一員だしな」
 自分たちが言われた時には、何の冗談だと思ったが、こうして他の奴に言ってみて初めて、そう言ってやりたくなる気持ちが分かった。
 「お、俺たちが、中堅…」
 「中堅ってことはぁ、他の冒険者さんたちにも名前が知られてぇ、バード同盟にも注目されて、活躍を語られるってことでぇす!」
 ピンク色のツーテール娘がにこにこと言った。
 「まずは、あたしが<ライジング>の勇姿を語る第一号ね!どう?あたしと専属契約しなぁい?」
 「…いや、営業はまた今度にしなって…」
 「バ、バードに活躍を語られる?俺たちが?」
 「そうだよぉ。何なら、早速…」
 少女は身軽く立ち上がって、バードの定位置に向かった。手首のタンバリンをしゃんしゃん鳴らしながら、強大な魔物と戦う若い勇者の物語を歌い始める。
 恥ずかしそうに頭を抱えている褐色ソードマンの頭越しに、おでこの女ソードマンがぺこりと頭を下げた。
 「あのさ…私たち、貴方に失礼なことしちゃって、その…」
 「お、俺の独断だったけどな!」
 「あたしたちも止めなかったからな。…正直、どれだけ通じるのか、見てみたかった」
 <ライジング>の5人は、一斉にルークに頭を下げた。
 「どうも申し訳ありませんでした!」
 ツーテールバードも、酒場の一部の人間も、こいつらが<ナイトメア>リーダーに剣を向けたことは知っているので、ある者はにやにやと、ある者はほのぼのとその光景を眺めていた。
 「いや、別に、俺は何も実害被ってないし…ってアクシーみたいな言い方だな、こりゃ」
 一人で受けて笑っていると、5人が困ったような顔で頭を上げた。
 「その〜…何か、喧嘩売ったのに、世話んなっちゃって…」
 「助言のおかげで、スノードリフトを倒せましたし…」
 ぼそぼそと各自が申し訳なさそうに言うのを、アクシオンが手を振って止めさせた。
 「良いんじゃないですか?実害は無かったんですし…それより、スノードリフトを倒してどうでした?ルークを倒すよりも、達成感があったでしょう?」
 「そ、そりゃあもう!」
 褐色ソードマンが力んで叫んだ。
 「それまで通じなかったのが、マジで倒せて、あ〜、俺たち強くなったんだな!ってすっげー思ったし!」
 「うん、そうでしょうね。かなわなかった敵を自分たちが強くなることで倒した快感とか、そういうことを、みんなに言いふらしてくれれば良いと思います。そうしたら、またよからぬ方法で名を上げようとするギルドが出たときに、思い留まってくれるかもしれませんし」
 その<良からぬ方法で名を上げようとしたギルド>は微妙に気まずそうな顔になったが、アクシオンがにこにことしているので少し気分が和らいだようだった。
 「そ、そっか…そうだよな、自分たちが強くなる方が、絶対にいいしな!…よーし、罪滅ぼしに、精一杯喋りまくってやるぜ!」
 「それ、あんた担当ね」
 「おう!」
 冷たく言われたのにガッツポーズを決めた褐色ソードマンに、触覚メディックが額を押さえた。まあ、少々突っ走り気味ではあるが、憎めないリーダーであることは確かだ。
 「そういや、お前ら、スノードリフトを倒したのは良いが…執政院は報酬くれたか?新しく湧いても、未ションは発動されてなかったよな?」
 「えぇ…我々のは、一銭にもならないただの自己満足です」
 「い、良いんだよ!俺たちは強くなった!それでいいじゃねぇか!」
 「…はぁ…弓を新調したかったんだがな」
 考えてみれば、当たり前と言えば当たり前なのだが、障害が生じた→ミッション発動→<ナイトメア>解決という流れでは、後から参入したギルドには全く旨みが無い。いやまあ、他人が切り開いた苦難の道を楽して通れる、という旨みはあるかもしれないが。
 そもそもは、スノードリフトが定期的に湧く、という時点で障害物排除を完遂したのかどうかがよく分からないのだが、迷宮の仕組みにまで責任は負えない。
 しかし、そう考えると、先に先に進む<ナイトメア>のせいで報償も名誉も全て先にかっさらわれている、と恨むギルドが出てきても不思議では無い。
 ルークとしては、先に他のギルドがどんどん下へと向かってくれてもいっこうに構わないのだが…妬むだけは一人前って奴も世の中にはいるし、やはり注意しておくに越したことはないだろう。
 ギルドに帰ったら、またみんなに注意を促しておくか、と考えてから、頭を切り替える。
 「そっかぁ、金にはならなかったか…」
 「…強くなれば、いずれ稼げる」
 「そりゃそうなんだが…」
 うーん、とルークが腕を組んでいると、アクシオンが苦笑してテーブルの下で何やら手渡してくるので受け取った。
 じゃらり、という音、それに重み。
 想像は付いたが、問うようにアクシオンの顔を見ると、しょうがないですね、と言うように笑った。
 「ルークの考えそうなことは見当つきます。先ほど分けた金貨1000枚ですよ」
 ルークは先に場を立ったので持ってきていないが、アクシオンは分けた革袋のまま持ってきたらしい。
 「アクシーの分?」
 「後でルークから500枚徴収しますよ」
 「仰せの通りに」
 正直、ルークは分け前があっても、何に使うというあては無い。アクシオンも実は同様である。裁縫の材料が少々あればそれで十分。
 「てことで、頑張ったお前さんたちに俺たちからのご褒美だ」
 テーブルの上に金貨の入った革袋を置くと、ぎょっとしたような顔で見られた。
 「ちなみに、我々がスノードリフトを倒した時に執政院から頂いたのは1500enでしたけどね。先達がいて攻略法が分かっていた、というのを差し引いて、こんなものでしょうか」
 「ええええええ!?」
 「い、いや、あの、私たちは、その…あなた方に喧嘩売っちゃって、そんななのにお世話になったのに、お金まで貰う訳には…!」
 「いくら何でも、そこまでして貰う理由が無いですよ!」
 じたばたじたばたぎゃあぎゃあ騒いでいる<ライジング>に、酒場にいた他の冒険者がジョッキを片手に寄ってきた。
 「いいじゃねぇか、くれるって言うものは貰っておけば。こいつら、稼いでるんだよ」
 「そうそう。気が引けるってんなら、スノードリフト凱旋記念にここにいる奴らに奢るって手もあるんだぜ?」
 「…お前ら、若手にたかるなよ、若手に」
 「若手っつっても、1層のボスを倒した前途洋々の中堅冒険者さまじゃねぇか。しがない俺たちに奢ってよし!」
 言葉はあれだが、これでも一応<ライジング>がスノードリフトを倒したことを祝福しているらしい。
 <ライジング>のリーダーは悩んでいたようだが、ばっとテーブルの上の革袋を取り、高々と頭上に掲げた。
 「よし、分かった!今晩は飲み明か〜す!奢るぜ、畜生!」
 「そう来なくちゃな!」
 うわあ!と歓声が上がった。
 酒盛りが始まったが、アクシオンはこっそりと触覚メディックを引っ張っていって儲かる材料の伝授をした。ルークもこっそり女将に「もしも1000enで足が出るようならうちにツケといてくれ。絶対払うから」と交渉した。女将は笑って「きっとみんな、本気でたかる気は無いわよ」と言ってくれたが。
 これから盛り上がる、と言う時に失礼だが、先に酒場を辞去することにする。
 気づいた褐色ソードマンが不満の声を上げるのに、ちっちっと指を振る。
 「俺たち、明日には2層のボスに挑む予定なんだ。若手が追いつく前に引き離してやろうと思ってな」
 「え…」
 褐色ソードマンは、少しだけ後ろめたそうな顔になった。どうやら、そんな時に引っぱり出したのを悔やんだらしい。が、すぐに口をへの字に曲げて、指をルークに突きつけた。
 「見てろ!すぐに追いついて…いや、追い越してやるからな!」
 「はっはっはー。頑張んなさい、若人よ」
 けらけら笑って、ルークはアクシオンと酒場を出ていった。
 扉を閉めた途端に、今までの喧噪が嘘のように小さくなる。非常に防音性の高い扉らしい。酒場なんて、ある程度賑わっているのが外に聞こえた方が集客力が高そうだが、周辺の皆様に迷惑をかけない方を選んだらしい。
 静かな夜の空気を味わいながら、散歩の速度でギルドに帰っていく。
 「アクシーさぁ。ひょっとして、こういう展開を予想してた?」
 「えぇ、何となくは。ルークの性格的に、彼らにご褒美をあげたくなるだろうというのは予想していましたし…それに、実利としても、こうやって我々が若手の面倒を見る金蔓だということが知られれば、襲いかかってくるより利用しようとする冒険者の方が増えるでしょうから」
 彼らに、そんなことをする義理は無いのだが、ここまで来ると、実は1000enというのは大した金額では無いのだ。カマキリ一体倒せばそれでおしまいだし。
 だったら、襲いかかられる心配をするよりも味方を作っておいた方が良い。
 「アクシオンは合理的だなぁ」
 「実利を伴っていますが…でも、ああやって喜んでいる姿を見るのは楽しかったですよ?」
 ふふふ、とアクシオンは柔らかく笑った。
 「だよな。…俺たちが、エトリアの5本の指に入る実力者とは、今でもとても思えないけどさぁ」
 「はい」
 「でも…新米を指導する立場ってのも、結構面白いもんだな」
 「そうですね」
 もしも探索を半ばで諦める羽目になったとしても、こうやって新米たちに情報を与えて助言する立場になるって道もあるんだなぁ、とルークは思った。
 実際問題として、それでどうやって稼ぐんだ、という話はあるが。
 「彼らの頼れる先輩でいるためにも、明日は頑張りましょうね」
 「そうだな」
 明日は、ついに2層ボス戦。
 <ナイトメア>が更に名を上げるのか、それとも<ライジング>その他に仇を取られる立場に陥るのか、それはまだ神のみぞ知る。



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