大暴露大会




 そうして、とりあえずは自分たちの方針を確認して一息入れていると。
 カーニャがいつもよりはちょっとだけ下手(したで)に出た表情でリヒャルトを見上げた。
 「リヒャルトは、鍛錬さえ出来ればって言ってたけど…パラディンでも鍛錬は出来るんじゃないの?…その、つまり、どういう家だったのかなーって」
 牛牧場の娘としては、代々パラディンの家系などというものとは、これまで全く接点が無かったのだ。貴族では無いがそれに近いものに憧れる感情もそれなりに持ち合わせている。何となく、それを認めるのは子供っぽい気がして言わないが。
 「そういや、聞いてなかったな。代々パラディンってどこの家だ?」
 リヒャルトは少しだけ躊躇ってから、ごほんと一つ咳払いした。
 「あ〜その〜…」
 微妙に言い辛そうな様子に、カーニャは「ひょっとしてこいつ、嘘ついてたんじゃ…」と思った。まだまだ人生経験が足りないので、その逆は考えつかないのだ。
 「その〜自分は…セントレルの一員でして」
 カーニャとアクシオンはきょとんとしていたが、グレーテルは少しだけ「げ」という顔になり、ルークは「うわお」と呟いた。
 何度も首筋を掻き、恥ずかしそうに身を縮めているリヒャルトを見て、カーニャはルークの方を振り返った。
 説明しろって言ってんだろうな、とルークは、とりあえずカーニャに一つの国名を知っているかどうか尋ねてみた。
 「し、知ってるわよ!いくら田舎の娘って言ったって、歴史が古くてでっかい国の名前くらい聞いたことあるわよ!…取引もあるし」
 「だよなぁ。この大陸でも一二を争う大国だし。…で、その王国に代々仕える聖騎士団が十二あって、中でも王族に近い騎士団が5つ。セントレルはその1つ。…要するに、精鋭中の精鋭つーか」
 王族ではないにせよ、遠く遡れば血縁関係もあるくらいの関係だ。要するに、王族予備、と言っても過言ではない家柄。
 「じ、自分は次男でありますから…それほど大した地位を持っているわけでは」
 「で、父親は?」
 「…直系の、長男でありますが」
 「要するに、だ。これで、こいつは王子様レベル1くらいっつーか何つーか」
 確かに、長男がいる限りは、そっちがセントレルの聖騎士として登城し、次男は予備くらいの扱いだろうが…それでも、一般人とはかけ離れた身分なのは間違いない。
 しかし、カーニャはそれほど驚きはしなかったようだった。単にピンときてないだけではあるが。
 「よく分かんないけど…あんたと結婚したらお姫様なの?お城に住んでるの?」
 困っているリヒャルトに、ルークはそっと耳打ちする。
 「女の子が、お城だとかお姫様とかドレスとかに憧れて聞いてるだけ。お前さん自身がどうとか思ってないから。ちょっと派手な話をしてやりゃあ、それでいいから」
 「…はぁ、なるほど」
 ほっとしたようにリヒャルトは眉尻を下げて笑い、落ち着いた声で話し始めた。
 「いえ、自分は次男でありますから、仮に結婚しましても、領地の一部の荘園あたりで主となって納まるのが関の山でありましょうな。無論、十二聖騎士では無いにせよ、その配下の騎士団の一員として、王国に何かあれば駆けつける立場でありますが」
 カーニャは目をぱちくりさせた。領地の一部、とか、荘園、とか、自分の世界とかけ離れすぎている。
 「ちなみに、我が家系は質実剛健をモットーにしておりますゆえ、女たちもある程度の武術も嗜んでおります。ただドレスや宝石で身を飾るだけの女性に、騎士は育てられぬのであります」
 そこは誇らしげに胸を張ってリヒャルトは言った。正直、一部の騎士には騎士としての役目も忘れて馬にも乗れぬほど堕落した者もいるのだが、セントレル家はいつ戦になっても堂々と戦える構えがある。
 「…でも、それが今では一介のソードマン、と。…はっはっは、吟遊詩人には格好の物語だな」
 もしもリヒャルトが『誰も成し遂げられなかった世界樹の迷宮を踏破した<ナイトメア>の一員』として有名になったら、王国での評判も上がりそうだが…ソードマンになっているのはOKなのだろうか。
 …あぁ、むしろパラディンとして有名になる方がまずいのか、長男との関係上。
 そこまで考えて、ソードマンとして冒険者になったとは考えられないが。
 「いずれご招待したいものですな。年に一度、セントレルの一族で宴会を催すのでありますが…」
 「舞踏会とか?」
 ちょっと勢い込んで聞いたカーニャに、リヒャルトは悪戯っぽく腰の剣を叩いて見せた。
 「むしろ、武闘会ですな。剣術の試合や、馬術の試合、弓の試合などを行いますので」
 さすがはセントレル家、とルークは心のネタ帳に書き込んだ。吟遊詩人としては是非それに潜り込んでみたいものだ。
 「…さっすが。いい男がいるなら紹介してもらいたいもんだわ」
 グレーテルが感心したように頷くのに、カーニャが首を傾げた。
 「王子様って、本気?」
 「あ、違うわよ?本物の王子様と結婚してプリンセスに、なんて思ってないわよ」
 グレーテルはぱたぱたと手を振ってから、少しだけ考えてから照れ臭そうに髪を払った。
 「…まあ…言うのは恥ずかしいんだけど…ま、いいわ。…私、ちっちゃい頃から、ずっと見てた夢があんのよ。夢だから、はっきり見えないんだけど、金髪で水色の目のすっごく綺麗な男がね、剣を持って立ってるの」
 「金髪に青い目って…そりゃ姐さん、自分のことじゃ…」
 「あたしのは紺色に近いじゃない。そうじゃなくてもっとこう…冬の湖みたいな透き通るみたいな水色の目なのよ。…金髪を三つ編みしてんのは、真似なんだけど」
 グレーテルは自分の三つ編みをぴこぴこ揺らしてから続けた。
 「それでね、私はその人が好きなんだけど、その人は別の人を見てんのよ。だから、いつか出会ったら絶対私の方に振り向かせてみせる!って、十代は普通に花嫁修業に明け暮れたわ。料理裁縫、お淑やかな立ち居振る舞い…」
 グレーテルはちょっと遠い目になった。どう見てもお淑やかの欠片も残ってないので、相当我慢して自分を変えていたらしい。
 「けど、他の有象無象の求婚はあんのに、私の王子様は姿すら見えないじゃない。…で、気づいたのよ、21歳の時。あの人は戦う人ってことは、私も横に並べるくらいの実力持ってなきゃ駄目なんじゃないかって。…で、遅まきながら錬金術を覚えたってわけ。…ま、全然見つかる気配無いけどねー」
 苦笑している様子からして、自分がやってることが、他人から見ればかなり馬鹿みたいだという自覚はあるらしい。
 ただの夢の人と出会えることを信じて、婚期を逃して錬金術師にまでなってるのだから。
 「もうねー、さすがに王子様はいないんじゃないかなーって気にはなってるわよ。私、結構錬金術も楽しんでるから、後悔はしないんだけど。…もう来世に賭けようかな〜って思って、他の男を捕まえるつもり」
 肩をひょいっとすくめる様子は軽くて、どこまで本気か分からない。
 けれど、この女性が、男との出会いを求める割にはお堅いということは分かっているので、実はまだ夢見てるんじゃないかなーとルークは思った。
 しかし、吟遊詩人の各地のヒーローリストを思い浮かべてみても、金髪三つ編みで水色の目の剣士なんてのは、あまり思い当たらなかった。
 「はい、私の身の上話、おしまい。…何か暴露大会みたいになってるけど…リーダーはどうなのよ。何で冒険者になったの?」
 声が微妙に上擦っているので、恥ずかしいのを誤魔化してルークに振っているらしいと気づいて、ルークは素直に乗ることにした。
 とはいうものの。
 「んー…いやー、この歳になってもふらふらしてるんで親に追い出されたっつーか…俺は吟遊詩人になるんだーって言い張ってたけど、ま、みんな聞いた通りの実力だろ?さっさと現実見てまともな職に就きなさい!ってなもんで。…で、バードならエトリアだな、と、ふらふら出てきたってだけ」
 1分で語って終わった。
 正直、恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、もう今更のような気がするのでどうでもいい。
 「何でそんな音痴が吟遊詩人なんかやってんのよ」
 「それこそ、夢でさ。…誰かが歌ってんだよな。で、その歌を知ってんのは俺しかいないんだから、みんなに聞かせてやるんだ!って…」
 「確実に、達成できないわね」
 カーニャのきつい言葉に、ルークは頭を掻いた。
 「いいんだよ、オカリナも好きだし、弓も結構好きだし、バード同盟の荒唐無稽さも楽しんでるから」
 まあ、それでも。
 本当は、あの歌をいつか再現できればいいという夢は捨てきれないが。
 「ご両親いるんだ。…アクシオンを嫁として連れて帰ったら、一悶着ありそうね〜」
 グレーテルが楽しそうに言った。
 ちょっと想像してみる。
 「…や、俺が稼いでるってだけでも喜ばれんじゃないかなぁ。それで嫁まで!ってやっぱ喜ばれるような…うち、仕立屋だし、お針子が増えた!でかした!みたいな」
 「その嫁が男でも、ですか?」
 「まー、別に子孫を残す必要性は無いしー」
 「はぁ…大らかなご両親ですね」
 いや、そんな他人事みたいに言わなくても。
 …他人事なんだろうなぁ。
 「ちなみに、アクシーが婿を連れて帰ったら、ご両親はどのような反応をしそう?」
 アクシオンは少し首を傾げて考えていたが、困ったように眉を寄せた。
 「分かりません。実の両親とはいえ、感情がどう転ぶか、いまいち確定出来なくて。怒る気もしますし、むしろ喜ばれるかも知れません」
 「喜ぶの!?何で!?」
 カーニャの心底信じられないという叫びに、アクシオンは眉尻を下げてほにゃっと言った。
 「んー…何と言いますか…うちの親、どっちも俺に甘いんですが、特に母が溺愛状態でして…『私の可愛いアクシオンが、他の女に盗られるなんて耐えられない!』と、よく言ってましたから」
 いや、男に盗られたら、もっと耐えられないんじゃなかろうか。
 「あ〜でも気持ちは分かるな〜。俺の可愛いアクシーが他の女のものになるなんて耐えられないっ!」
 がしっとアクシオンに抱きつくと、「はいはい」と背中をぽんぽん叩かれた。
 端から見れば抱き合っているように見せる様子にリヒャルトが少し眉間に皺を寄せつつすっぱりと聞いてきた。
 「その〜…アクシオンは女性が嫌い、というのでは無いのでありますよね?」
 「そうですね。俺にも、理想の女の子像というものはあります」
 「あ、あるんだっ!?」
 「…俺を何だと思ってるんですか、19歳の男ですよ?普通に持ってますよ、好みの女の子像くらい」
 ルークは改めて腕の中のアクシオンを見下ろした。
 …どう見ても10代半ばの可愛い女の子。
 うわぁ…アクシオンの前に好みの女の子が現れて、それを好きになっちゃったりとかしたらどうしよう〜…まだ思い切る心の準備があああ。
 呻いていると、アクシオンが指を折りつつ言った。
 「俺より小柄で、俺より可愛くて、でもロリコンの趣味は無いのでせめて3歳離れてるくらいまでですね」
 …………。
 かなり、高難度。
 いや、男としては、一般的な条件と言えるのだが、ことアクシオンに限って言えば…そんな女の子は滅多にいないんじゃ。
 せめて最後の項目がなければ、10歳くらいの子でアクシオンより小さくて可愛い子はいるかも知れないが…確かに19歳の男が10歳の女の子と付き合ったら見事に変態と言わざるを得ない。
 ふとアクシオンが溜息を吐いた。
 「今の時点で難しいことは分かってますよ。でも、俺だってこれからもっと男らしく成長するかもしれませんし。そうしたら、条件満たす女の子の一人や二人、見つかるんじゃないかと」
 伝説のエルフじゃあるまいし、人間の男は19歳以降に極端に成長したりしないと思うが、ひょっとしたら背も伸びて逞しくなるかも知れない。何たって、前衛で杖を振り回すくらいには筋力があるのだから。
 「そっか。あんた、まだ男っぽくなるかもしれないんだ」
 初めて気づいた、というようにカーニャが頷いた。
 「えぇ、そう期待しています。根拠の無い期待では無いですよ?そもそも、俺が少々成長不足なのは薬品によるものですから、その影響が無くなった以上、また成長する余地は残っています。…まぁ、極端な成長は見込めませんが」
 おっとり微笑みながらのセリフだったのと、やや堅い言葉だったので理解するのが遅れたが。
 「…ちょっと待て、薬品って?」
 「うちの両親がどちらもメディックだというのは言いましたよね?その昔、俺が7歳の時までは普通に怪我人や病人を診るメディックだったのですが、ちょっとした事件の後、転向しまして…若さを保つとかそういう美容系を専門に。で、主に実験台には俺がなっていた結果として、このような」
 このような、とアクシオンは自分の頬を指で押さえた。
 まるっきり10代前半少女の持つ柔らかさと張りがある瑞々しい肌で、19歳男のものではないと思っていたが…そんな事情が。
 「う、羨ましいと思ってたんだけどさぁ…それって人体実験じゃないの?」
 「いえいえ、別に生命に危険は及びませんので、決してうちの両親がマッドサイエンティストというわけでは」
 やっぱりのほほんと笑ってはいるが、実際問題として、19歳男が10代前半の少女に見えるのは事実だ。
 それって、やっぱり両親の方がおかしいんじゃ…でもアクシオンの両親を悪く言うのも…とルークが頭を抱えていると、リヒャルトが感心したように言った。
 「ご両親が美容分野に進まれたのに、よく一般の治療メディックになりましたな」
 「まあ、メディックたる者、やはり他人を癒すことにこそ本懐が…などと思いこんだ時期がありまして」
 くすくすとアクシオンは笑った。若気の至り、などと言うには外見が若すぎたが、これでも思春期を通り過ぎた成人男子なのだろう。
 「何で、両親は美容分野に?」
 「話せば長いことながら」
 やはりちょっと笑ってから、アクシオンは首を傾げた。しかし、他の面々も結構自身の経歴などを話したのを思い出して、自分も告白することにしたようだ。
 「7歳頃まで、ある街で両親とも医院を開いておりました。ある時、病気になった同い年の子が死んだのですが、その父親が乗り込んできましてね。俺を人質に取ったんです。
  『うちの子を生かして返せ!さもなきゃこいつも殺して、うちの子の遊び相手として天国に送ってやる!』
 で、そんなことがあったために、死が身近にあることは俺の精神発達上良くないのではないか、ということで全く別の街に引っ越し、治療分野からは身を引いたという…」
 「待て待て待て待て!その『そんなことがあった』の部分が大事だ!」
 アクシオンを好きな一人の男としても、吟遊詩人としても、その人質事件がどういう決着になったのかが非常に気になる。もちろんここにアクシオンが生きている以上、悲劇に終わったのではないことは確実だが。
 「どうなったの?そいつが改心したの?それともその子が生き返ったり?」
 「いえいえ、まさか。仮死ではなく、本当に寿命で死んだ場合、リザレクションなんて出来ませんから。メディックは呪術師では無いので」
 真面目な顔で手を振ってから、アクシオンはにっこりと春風を思わせるほんわかした微笑を浮かべた。
 「ちょっとね、俺の首にナイフを突きつけている男に言っただけですよ。
  もしも、俺が死んだら、天国に行ってから他のみんなに『こいつの父親に殺された〜!『って言いふらして虐めてやる!って。そうしたらきっと、他の子供たちからも『お前の父ちゃん、人殺し〜!』って仲間外れにされるよって」
 ………。
 非常にアクシオンらしい解決だ。
 悪くすれば、相手が逆上してそのまま殺されていたかも知れないが…その父親も、本当は少しは理性を残していたのだろう。
 「うちの両親は俺を危険に晒したく無かったんでしょう。そんな出来事、何度も起こるものでも無いんですが」
 はい、おしまい、とアクシオンは手を広げた。
 両親に悪気はない…というか非常に子供を大事にしているのは分かったが、それと薬の実験台に使う、というのが結びつかない。
 まあ、結果としては、単に男が19歳になっても可愛らしい少女のような容姿でいる、というだけの副作用だが…まさか、故意になのか?そりゃこの姿は可愛いが…思わず一目惚れしてしまうくらいには可愛いが…でもなぁ、いくらなんでも、自然の摂理に反してまで。
 眉間に皺が寄っていたのだろう、アクシオンが人差し指でちょんとその場所を押さえた。
 「どういう想像をしているのか分かりませんが、怪しげな薬を飲んだりしてるわけじゃないですよ?化粧品の延長のようなものです」
 化粧品の延長で5歳以上若返ることが出来るのなら、世の中の女性たちは飛びつくだろう。
 「正直、エトリアに出てくる時にも持たされたんですけどね。さっさと捨てました」
 「もったいない!」
 グレーテルが魂からの叫びを上げた。
 「すみません、重かったもので」
 けろっとした調子でアクシオンは頭を下げた。
 「今度手紙を書くときには、仲間が欲しがっていると書いておきますよ」
 「絶対よ!絶対だからね!」
 グレーテルはアクシオンの両手をぎゅうっと握り締めた。本当に、自分を磨くことに関しては熱心だ。
 その熱心さには感心しながらも、アクシオンの手を取っているのは頂けない、とルークはグレーテルの手の甲を抓った。
 赤くなった手を擦りながら、グレーテルは抑えきれないといった調子で笑顔で呟いた。
 「楽しみだわ〜。あのルンルンリンクスとか言うのと、どっちが効くのかしら」
 「…何、それ」
 「聞いたこと無い?30代からの基礎化粧品、ルンルンリンクス!山猫印の配達員が一個からお届けします!ってやつ」
 まだ若いカーニャには関係が無い話だろう。ルンルンリンクスは試供品も配っているが、本当に買い出すと高価らしいし。
 「あ、それです」
 さっくりとアクシオンが頷いた。
 「………それです…って」
 「いえ、そのルンルンリンクスです。うちの母が創立しました」
 一部(主に30代以上の裕福な女性)で有名な基礎化粧品のブランドの創始者の息子だったとか、そういうことよりも。
 「じゃあ、あんたのその肌は、ルンルンリンクスの賜物なのねっ!?じゃあ、こんだけ効くのね、あれはっ!」
 「…さあ…俺は12歳頃から試作品を使ってますから…」
 「や、やっぱりお肌は若いときの基礎が大事ってこと!?あぁ、でも30代からのって言ってるし、まだまだ大丈夫よねっ!」
 「グレーテルさんはまだまだ若いですよ」
 「そうよねっ!よぉし!とりあえず、送って貰って!肌に合ったら、絶対買うから!」
 また握り締められた手に苦笑しながら、アクシオンはルークを振り返って言った。
 「…実は…俺が家を出たくなったのは、俺がルンルンリンクスの広告塔みたいになってるのが、ちょっと気が引けるっていう理由もあるんですよね…。本当に、今販売してるルンルンリンクス基礎化粧品の成果なのか昔の試作品の副産物なのかも分からなくて」
 ちなみに。
 グレーテルが興奮して金鹿亭の女将にもルンルンリンクスを勧め、バードたちによって有名ギルド<ナイトメア>のアクシオンがルンルンリンクスを使ってあの若さと美貌を誇っているという噂が広まった結果。
 ルンルンリンクス販売部門はエトリア支部を設立するに至ったのだが、まあまだ先の話でなおかつ冒険には何の関係もない話である。

 最後の一日。
 前日は大暴露大会になってしまって、距離が縮んだような、逆に照れが入るような、と言う微妙な空気に、何となくみんな視線を合わせないままのんびりと各自好きなことをして過ごした。
 グレーテルは文献を読んでいるし、リヒャルトは鍛錬しているし、ルークはオカリナで適当に作曲してみたり話をどう繋げるか考えたりして、アクシオンはそれをにこにこしながら聞いていた。
 カーニャは何も持ってきていなかったので、リヒャルトの横で腕立て伏せをしてみたり、グレーテルに錬金術の基礎的な知識を教えて貰ったり、ルークに各地の噂を聞いたりとうろうろしていた。
 夜になって、食事も終わり、ルークは延びをした。
 「ま、過ぎてみれば、大したことないな、5日間って」
 「結構、面白かったですよね。急ぐ探索でも無し」
 「あたしは、ちゃんとお風呂に入って、美味しいものを食べたいけど」
 
 そうして、眠ってしまえば、もう5日間終了の合図。
 のんびり笑いながら帰ってきた<ナイトメア>を見て、ギルド管理長は目を細めた。
 「何だ、忍耐は必要じゃ無かったか?」
 「ん、楽しかったよ」
 けれど、キャンプだけしたのではない証拠に、魔物材料も袋一杯持って帰っている。
 管理長は首を振りながらつくづく言った。
 「お前さんたちは、大物になるよ」
 「はは、単に暢気な俺たち向きの試練だったってだけだろ」
 やっぱりルークに自覚は無かったが、それでも<過酷な試練>を<ナイトメア>がクリアした、という噂はエトリア中に響きわたるのだった。



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