コインと卵、時々飛竜
ということで、棘床を通って8階である。
卵を取るという大事業の前に、スタークのコインを探しに行くことにした。もしもワイバーンに追いかけられたら、コインどころでは無くなるのが目に見えていたからである。
言われたとおり、飛竜の巣を右に眺めながらまっすぐ歩いていって角を曲がると、前回来たときには気づかなかったが地面に何かきらりと光るものが半ば埋まっているのが見えた。
「あれかな」
何気なしに、そこまで行って腰を屈めようとすると。
「きえええええ!」
奥から鳥が飛びかかってきた。
「にょわ〜!」
「きえっ!きえっ!」
この鳥も奥で卵でも抱いていたのだろうか。もの凄く興奮していて、とてもかわせそうになかった。
「しょうがないな〜。よし、かかれ!」
前衛が普通に攻撃し、ルークも弓を射る。グレーテルの氷結がかなりのダメージを与えるところを見ると、やはり見かけ通り火喰い鳥には違いないらしい。
相手が随分興奮していたのでもっと手こずるかと思ったが、サソリの毒や花びらに比べれば対処はし易い相手であったため、普通に倒せる。
それから改めて地面を見ると…自分たちのせいだが、思い切り踏み荒らしていて、コインは見えなくなっていた。
記憶を頼りにざっくざっく掘り返して、カーニャが飽きて文句を言い出す頃にようやく銀色のコインを見つけることが出来た。それを拭って布に包み、丁寧に袋に入れてしまい込む。
「これだといいな。…というか、これ違う、とか言われても、もう分からんが」
ちなみに。
このコインは確かにスタークのものであったが、地上に戻ってコインを届けると、結局<スカイハイ>は解散していた。幸運のコインを落とした時点で、スタークの幸運も落ちていたらしい。まあ、そもそもコインに依存していなければ、解散するような羽目にもなっていなかっただろうが。
まあ、今の時点では、ルークの知る由も無い話である。
続けて、飛竜の巣にこっそり近づく。また、立木の陰から様子を窺ってしばらく観察すると、どうやら飛竜は同じ方向にぐるぐる回っているようだった。
「…理屈上は、行けるよな?」
「そうね、向こう向きになった時に近づいて、左から回り込めば、奥には行けるだろうけど…」
「結構…火喰い鳥が彷徨いてますよね…」
どうやら巨大な飛竜は魔物たちと共存しているらしい。巣の周りにも他の魔物がうろうろしている。まあ、あんまり近づいた奴は吠えられて追い払われているが。
「…あんまり、派手な術を使うと気づかれそうよねぇ」
「まー、背後で大・爆・炎!なんて、気づかれない方が嘘だよな…」
そうして、飛竜がの背後から忍び寄り、ささっと左に向かった。
尻尾を見ながら奥へと向かって、枯れた枝の山の中を探る。
「…ここには無し、と」
もそもそしていたら、枝の一部が腕に絡みついた。
「うあ、人喰い草!」
上でもお馴染みの植物魔物が潜んでいたようだ。
いつもなら気合いと共に斬りかかるリヒャルトも静かに剣だけ振るい、カーニャも主に突きを使用している。
動かなくなった植物を見下ろしてからそーっと飛竜を窺ったが、気づいた気配は無かった。あんまり耳は良くないらしい。
そうして、また巣の探索を続けると、ちょうど入ってきた道の反対側で白く楕円形の塊を発見できた。腕に一抱えほどの大きさがあるが、形は鶏の卵によく似ている。
「よーし、静かに撤収〜」
「…卵が無いのに気づいたら、どうするんでしょうねぇ。…偽物を作ってくれば良かったです」
「まあ、大きさも知らなかったから、しょうがないわよ」
また、そーっとそーっとずりずり歩いて、どうにか入り口まで戻ることが出来た。
ということは、飛竜は奥を向いた、ということで。
鋭い咆吼が空気をびりびりと震わせた。どうやら卵が無いのに気づいたらしい。
「…やっべ、みんな、走れ〜!」
後ろを振り返る勇気は無かった。ばたばたと走って細い道を抜け、左に曲がる。
「階段上がってから、糸で退却〜!」
あの細い道を飛竜が通れるかどうかは分からなかったが…卵のためなら、自分の体が傷つくのも厭わず追ってくるかもしれない。
飛竜の咆吼に恐れをなしたのか、他の魔物も道で見かけたが身を竦めていて襲いかかっては来なかった。
階段を上がる直前に、アクシオンが相変わらずののんびりした声で、
「全然姿は見えませんね。やっぱりあそこからは出てこられないのか、それとも他にも守るべき卵があるのかってところでしょうか」
とは言ったが、まあそのまま勢いで7階に戻った。
ぜいぜいと座り込んで、改めて抱えた卵を見つめる。微妙に温かくて、中身は生き物なんだなぁ、と感じてしまい、情が移りそうでいかんいかんと首を振った。
「な、何だか、悪いことを、した気分、なんだけど…」
「ま、まあ、卵泥棒、ですからな…」
カーニャとリヒャルトが、後味悪そうな顔になっているのに対して、グレーテルは髪を掻き上げてあっさりと言った。
「学術的な進歩って奴は、こうやって研究が進んでいくものなのよ。しょうがないじゃない」
割り切り派に人情派…ルークは相手が爬虫類なだけに割り切り派だったのだが、腕の中の重みにともすれば人情派に傾きそうになる。こういう時には惚れた相手に意見を聞くに限る。
「アクシオンは?」
「俺ですか?」
怪訝そうにアクシオンが問い返した。どうせ聞かなくても分かってるだろうに、という顔である。
「まあ…そうですね、こう考えてみればどうでしょう。我々はいつかあれを倒すんですが…」
「確定事項かよ!」
「その時、横に生まれたてのぴーぴー鳴くのがいたら、その方が気が咎めるでしょうからねぇ。まだしも、こうやって白い塊の時に奪っちゃう方がマシではないかと」
想像してみる。
まあ、本当にあれに挑むかどうかは別として、仮に戦って、ワイバーンスレイヤーになったとしよう。
誇らしく剣を掲げたその横で、母を奪われた仔ワイバーンがぴーぴーと鳴いている。
………駄目だ、吟遊詩人的には、こっちが悪役にしか語れない。
「その…その卵…殺しちゃうの?」
カーニャがおそるおそる、と言った風にルークの腕の中のものを指さした。
「どうかなぁ」
ルークは眼鏡の言い分を思い出してみた。
「研究、とは言ってたが、生態がどうとか言っていたからなぁ。ひょっとしたら、人工孵化して育てるのかもしれんし」
だったらいいな。
いや、ということにしておこう。
「まあ、そのためには、無事に持ち帰らないといけないんだが…よく考えたら、アリアドネの糸使うのってやばくね?」
「…まあ…ぎゅうっと締め付けられた上にダイナミックに着地ですからねぇ…」
5人の真ん中で卵が割れてどろりとした未熟なワイバーンがべっちょりと体に付きでもしたら…1週間くらいうなされそうだ。
「…歩いて帰るか。皆、頑張ってこっちに攻撃が来ないようにしてくれ…」
「まあ、しょうがないわね」
てことで。
地味に徒歩で帰ってきた<ナイトメア>だった。
迷宮から執政院に卵を抱えて帰っていると、道行く人にひそひそと指さされた。
うわぁ、卵泥棒って後ろ指差されてるよ、とがっくり肩を落としながらも、もし今誰かに仕掛けられたら困るので5人全員で執政院に向かった。
残り4人とは別れて、ルークがオレルスを呼び出すと、驚きの声を上げられた。
「早かったね。さすがは<ナイトメア>だ」
「それ、嫌味か?どうせ戦わずにこっそり奪ってきたわい」
「いや、戦えとは言ってないだろう」
一抱えある卵を大事そうに受け取って、情報室長はメディックの服装をした女性を呼び出した。
「ワイバーンの卵だ。予定通り扱ってくれたまえ」
どう扱うのか聞きたい気はしたが、イヤな答えだった場合滅入りそうなので、あえて黙っておいた。
「さて、飛竜の卵も取ってきた君たちに、新しいミッションだ」
「ついに名指しかよ!」
「飛竜の巣より先に進んだ冒険者は少ないが…記録によると、巣の奥に道が続いているという話だ」
その情報はありがたいので、黙って続きを促す。
「更に下、地下10階にいる魔物が強大でね。そのために、11階まで降りられた冒険者は、公式な記録では今のところ2人しかいない」
レンツスか、と納得してから、残りの冒険者はどうした、とちょっと首を傾げた。
<スカイハイ>と<レインボウ>は現在停滞中として、<エレメンツ>と<スティグマ>は自分たちより先行しているはずなのだが。…まあ、単に報告に来ていないだけかもしれないが。
「さて、続きは長にお願いしよう」
奥から出てきたヴィズルが目を細めた。今回は慈父のようではなく、微妙に鋭い値踏みするような気配を秘めているような気がする。昨日の今日で、何が違うのだろう、とルークはやはり顔には出さずに心の中だけで疑問を抱いた。
「本当に、君たちは優秀だな。よもや飛竜の卵を半日で取ってくるとは思っていなかったが…」
ヴィズルは首を振ってから、顔を上げた。その目には、先ほどの陰はなく、前回と同じく長らしい威厳を湛えたものだった。
「先ほどオレルスが言ったように、現在10階以降に降りられた冒険者は二人しかいない。それというのも、10階に棲み付いた魔物が強大であるからだ。我々は、古の神の名を取り、それをケルヌンノスと呼んでいる」
「…ケルちゃんですか…」
さっくりと名前を変えたルークに、また眼鏡が足を蹴ってきた。
「もしも、ケルヌンノスを倒す冒険者がいれば、探索は更にはかどることだろう。どうだろう、このミッションを受けるかね?」
「…まあ、断る理由も無いんで。どうせ下に向かえば、それを倒さないといけないんしょ?」
肩をすくめてあっさりと受けたルークに、ヴィズルは頷いてから、何気ないように問うた。
「君たちは、何のために下に向かっているのかね?」
「そりゃ、迷宮が下に向かってるからじゃないすか?」
間髪入れずに答えたルークの足を、また眼鏡が蹴ってきたので、下は見ずに後ろにキックを放った。
ヒットした感触があり、押し殺したうめき声も聞こえてきた。向こう臑に当たったらしい。
「ははは、そこに山があるから、というやつかね?それだけで命がけで挑むとは、大したものだ」
微妙に馬鹿にされてるような気もするのだが、それよりも、ヴィズルの敵意のような陰が消えた方が気になった。
前回と良い、ひょっとしてこの長は、真面目に探索する冒険者より、暢気なお気楽ギルドの方がお気に入りなのか?それにしては、レンツスを愛用しているようだが。
まあ、今度アクシオンあたりに意見を聞いてみよう。理論派ならまた違う感想を抱くかもしれないし。
ゆっくり休んで、また8階の探索を始めた。飛竜の巣から奥へ進む道を見つけ、降りてみると、これまた棘床がたっぷりとあり、何度も清水に戻ってきては回復する。
それでも、どうにか10階へと続く経路を見つけて、いったん戻ってきた。
「さて、ついに10階…と言いたいが、この辺りで5日間耐久レースに挑戦してみようか。ロリの袴は今ならありがたいが、後になると嬉しくもなくなるし」
「…ロリカハマタ、でしょ…私、ロリの袴なんて着たくないし」
「うん、ロリは辛い年齢になってるよな…いってぇ!」
グレーテルとアクシオンに杖で突っ込まれて頭を抱えつつ、ルークは涙目で続けた。
「とにかく。5日間8階から出ずに過ごすってことなんで、各自必要なものは持っていくこと。携帯用食料は用意しておく。水は…回復の清水でいいだろ」
「5日間…でありますか」
リヒャルトが考え深そうに呟いた。
「忍耐力の試練、ということでありますか…まあ行軍訓練と思えばよろしいか」
「5日間…体も洗えずに着替えも出来ないの!?」
まあ、カーニャが一番文句を言いそうなのは予測済みだ。
「清水のところで交代で体洗ったり着替えしたりは出来ると思うけどな。あそこ、敵出ないし。…最悪、人数指定は無かったんで、4人で行ってもいいが…」
「でもあの階、花びらがいますから…カーニャの素早い攻撃が無いと危険ですが」
アクシオンが小首を傾げて進言したので、カーニャは胸を張った。
「そうよね、あたしがいないと危ないもんね、あんたたち。…しょうがないから、一緒に行ってあげるわ。着替え持って」
「助かります」
にこにこ笑うアクシオンを見て、これを素でやってるのなら凄いなぁ、とルークはしみじみ思った。カーニャは傷つきやすい思春期だが、同時におだてにも弱いお年頃なのだ。
にしても、ルークは清水で5日間キャンプくらいのつもりだったが、アクシオンはひょっとしてやる気満々なのか。
「大鳥の小爪はシャインバードから取ってます。弓なりの尾骨は火喰い鳥から1個奪ってます。…後4個あれば、ボーンフレイルの依頼が達成できます」
いや、アクシオンの狙いは依頼達成じゃなくボーンフレイルそのものだろう。伊達に前衛でがっつんがっつん殴りまくっているわけではない。
「この5日間、火喰い鳥狩りですね。出現ポイントは飛竜の巣ですが」
アクシオンはそりゃもう満面の笑みを浮かべた。
飛竜の巣の広間で火喰い鳥が出現する確率が1/3〜1/4くらい。そして弓なりの尾骨ゲットは大鳥の羽以下の確率。…でも、5日間もあれば、さすがに残り4つくらい揃うだろう。
グレーテルも手元のメモに目を落として、首筋を撫でた。
「…まあ…赤石玉も、火喰い鳥を炎属性で倒せば良いみたいだから、火喰い鳥狩りは大賛成なんだけど…」
火喰い鳥ってくらいで、炎属性には抵抗があるのだが、それを炎属性で倒せば赤石玉が生成できるらしい。そりゃまあ、その後の鳥肉はスタッフが美味しく頂きました、が出来るのだから、5日間キャンプの良い食材にはなるだろうが。
「…んじゃまあ、火喰い鳥狩りを兼ねて5日間クエストってことでいいか?」
アクシオンとグレーテルは勢い良く頷いたし、リヒャルトとカーニャはそもそもキャンプで逃げようとしていたことすら気づいていなかったのだろう、当然のように頷いた。
ということで、まずは清水にキャンプを張る。そこに5日分の食料とか着替えとかを置いて、「<ナイトメア>5日間クエスト中。荷物に手を出したら張っ倒す!」と書いて貼っておく。まあ、ここまで来るギルドはそうそういないので、大丈夫だとは思うのだが。
「まー、先は長いから、ちょっと戦って、昼にはここでメシ食って昼寝って予定だなー」
「気が抜けるわよ、まったく」
ぶつぶつ言いながら、カーニャが剣を振り回した。経験が足りない分、ペース配分というものを認識していないらしい。そもそも、そんな必要性を感じたことも無いのだろうが。
わざわざこんなもんが「試練」というからには、迷宮内の決まった一階で5日間も缶詰、というのは相当神経に堪えるはずなのだ。ぼちぼち進めて行く方がいいだろう。
1日目。
予定通り、飛竜の巣をぐるぐる回って火喰い鳥を狩る。まだ卵が残っているのかどうかは知らないが、飛竜は同じように定期的にぐるぐるしていた。
だんだん慣れてくると、飛竜のすぐ背後で術を放つことにも躊躇いが無くなってきた。全然振り向きもしないし。ひょっとしたら、魔物同士の小競り合いとか日常茶飯事なのかもしれない。
「…なかなか出ないわねぇ、火喰い鳥」
グレーテルが溜息を吐いたが、他に適当な出現ポイントも知らないし、確実に1体で出るのが分かっているあの辺りで張る方がまだマシだろう。
清水に戻って携帯用食料を囓って、それから各自昼寝した。
また夕刻から狩りに出かけ、夜更けに清水に戻ってくる。
「この階には、火喰い鳥以外には美味しそうな敵がいないんですよねぇ」
アクシオンが溜息を吐いた通り、サソリだの蜘蛛だの花びらだの人喰い草だのでは食欲をそそらない。
「一応、今度スープでも作ってみるか?かみつき草とかの実の部分はひょっとしたら旨いかもしんない」
「…上に戻れない時に、もしものことがあるのは困りますから、次の機会にして下さい」
全員食中毒〜なんて洒落にもならない。まあ、そんな事態になったら5日間クエスト自体を中断して帰らざるを得ないが。
そんなわけで、結局堅パンと干し肉という地味なものをもそもそ食べるしか無かった。