初トゲトゲ




 「えーと、星形の種子、5つで良いんだっけ?」
 「えぇ、5つ。…恋のまじないに5つは多いんじゃないかと思うんだけど…」
 酒場の女将は苦笑したが、ルークはアクシオンが作った可愛らしい袋に星形の種子を5つ入れて渡した。種子にも色々あったが、なるべく形が整っているものを厳選してきたし。
 「あら、可愛い」
 「だろ?アクシオンはこういうの得意だから」
 ピンクの布地にレースのふりふりが付いている如何にも少女向きの袋を、女将は丁寧にカウンターの下にしまった。
 「これをどうするんだって?好きな相手の名前でも削るんなら、失敗した時のために複数用意するのも分かるけど」
 「さぁ…詳しくは聞いてないわ。なぁに?まじないをしたい子がいるの?」
 星形の種子を見た時のメンバーの反応を思い出して、ルークはちょっと遠い目になった。
 グレーテルは学術的興味しか無いようだったし、カーニャは如何にも馬鹿馬鹿しいという気持ちを隠そうともせずに鼻を鳴らしたし…綺麗な星形にロマンを感じたのはルークだけのようだったのだ。
 もちろん、アクシオンはまじないなど非合理的だとあっさり興味をなくしていた。
 こうなりゃ意地でも俺がまじないしてみるか?と思わないでも無かったが、24歳にもなって小娘と同じレベルというのも自分が痛い。
 「…大人なら、自分で伝えるべきだよな〜」
 いや、伝えているが。伝えまくって、さらっとかわされているが。
 「ま、それはともかく。これが、咲いた花」
 これまた依頼の花を渡すと、女将はやはり「綺麗ね」と簡単な感想を漏らしながらカウンターの下にしまった。
 「場所はすぐに分かったの?」
 「…場所自体は、まあまあ…」
 早朝に上からの日差しが通るそれなりに空間がある場所。それはグレーテルが見当づけてくれたが。
 問題は、種を植えている間に、敵がわんさか襲ってきたことだ。
 まあ、幸い対処が分かっている相手だったので、何とか追い払えたが。もし最初に右の道に来てすぐに種を植えていたら全滅していたかもしれない。ちょうど良い時刻にそこに行くことが無かったので、今回はわざわざ意識して向かったのだが、結果的にはそれで良かった、ということになった。
 「じゃ、これから下に向かうんだ。行って来る」
 「あ、ちょっと待って。新しい依頼が来てるの」
 女将は紙束をめくって、読み上げた。
 「この間、複眼を集めて貰ったんだけど…今度は濃紫の尾針が欲しいんですって。…何だか、最近感性が変わってしまわれたんじゃないかしら…」
 「濃紫の?…紫の尾針ならあるんだが…」
 「濃い紫って書いてあるから、どうかしら」
 「…まあ、見つけたら渡すよ」
 まだ見たこともないが、どれかの魔物が落とすレアかもしれない。確約は出来ないが、見つけたら、と一応<ナイトメア>が引き受けましたの印だけは付けておく。
 「それじゃ、気を付けてね。あのあたりの魔物は強いんでしょう?」
 「まあね。うちは泥臭く少しずつ進んでるから、まあ何とか」
 <スノードリフトを倒したナイトメア>という華々しい噂とは正反対に堅実な自分たちの行動を鑑みて、ルークはちょっと笑った。他に先行しているギルドもいるはずだが、そういう奴らはあまり依頼も受けずに自分たちのペースで下へと向かっているのだろう。そのため、表には名前が売れてないだけで、実際はそいつらの方がよっぽど強い。
 あんなへっぽこがこんなに下まで潜れるようになりました、というお手本としては良いのだが、執政院の思う枠にはまっているようで、ちょっとだけ不本意な気がする。
 まあ、執政院のために活躍(?)している気はないが、別に打倒執政院を目標にしているのでもないので、結局は自分たちのペースで進んでいくつもりだが。
 街の皆様の便利屋さんでも、まあいいじゃないか、とルークは思っていた。
 リヒャルトは同意するだろうし、グレーテルは金持ちの男と知り合う機会だと思っているだろうし、アクシオンは報酬があるならと割り切っているだろうし…カーニャは便利屋扱いされているのに気づいたらへそを曲げそうだが、そもそも気づいてないみたいだし、まあしばらくは暢気にやっていこう。
 

 熊をせっせと倒して奥へと進むと、下へ向かう階段に近い場所に抜けられそうな小道が見つかった。これでいちいち遠回りしなくても下へ行ける。もちろん同時に、下でやばくなった時に、上の磁軸へと帰る道が短くなるのも兼ねている。
 「ルークがまめだから助かりますよね」
 他のギルドも下へ向かっているはずだが、小道が拡張されていないってことは、どこもショートカットは使っていないということだ。
 どんどん下へ向かって最後には糸で帰る、という方法なのか、抜け道の存在など気にも留めていないのか。
 ルークたちは何度も何度も街へと帰るスタイルのため、こういうショートカットの存在は非常に助かる。
 だから、マッパーのルークは初めて通る道は、抜けられないかどうか丁寧に探すのだ。その分、遅々とした進みになるため、カーニャには文句を言われるが。
 特に、今カーニャは不機嫌だ。熊の咆吼でリヒャルトだけでなく自分まで動けなくなったことが悔しいらしい。まあ、リヒャルトは状態異常に陥ったら、ろくでもない行動にしかならないのは、もはやデフォだと思っているが。
 ちなみに、あれだけ森の中で熊さんに出会えば、さしものアクシオンもテラーの1回や2回はまっているのだが、未だに行動不能になったことがない。ここまで来ると、もはや笑って見守るしかない。もしもアクシオンを行動異常に陥らせる敵が出たら、壮大な歌で語り継いでも良い。…まあ、アクシオンが異常になるような敵だったら、全員駄目になっている可能性が高いが。
 そんな具合で。
 ともかくもついに7階へと降りる時が来た。
 階段からまっすぐ伸びた道の右側に、向こう側からなら通れそうな裂け目を見つけてチェックを入れつつ歩いていくと。
 「…何か、あからさまに床の色が違うんだが」
 そして、見るからにトゲトゲの蔓がうねっている。
 「でも、それを抜けた場所に道が続いてるんですが」
 アクシオンが指さしたとおり、どう見てもこれを抜けないとこれ以上進めそうにない。
 「…痛そうだよな?」
 「幸い、TPは余裕あります。エリアキュア8回分くらいは」
 敵に会わなければ、という前提だが。
 「あそこに宝箱が見えるんだけど。誰か行ってよ」
 「何言ってんの。敵が待ちかまえてるかもしれないんだから、全員で行くの」
 「え〜、あたし、痛いのやだ〜」
 まあ、もし転んでしまったら、胸とか太股とか露な部分が派手に裂ける可能性があるが…それ以外の部分は皮でできた衣装なので、ただの布きれをまとっているルークの方がぼろぼろになる可能性が高いような。
 「どうしてもってんなら、カーニャ以外で行くけど…一人で残ったら、それはそれで危険だろ?」
 「…はぁい」
 非常に理不尽なことを言われたかのように不満そうにカーニャは渋々頷いた。
 そして、思い切って全員で足を踏み込む。
 「いってぇ!」
 「うわ!」
 「やっぱり、やだ〜!」
 「…うん、5歩くらいでエリアキュアですかね」
 「こういう時、一人だけ冷静なのって、何か腹立つわね」
 「すみませんねぇ」
 レザーブーツの底を突き破って鋭い棘が足の裏を刺してきた。それに地面ではなく蔦の絡まりなので、沈んでは膝あたりまで棘の蔦が切り裂いていく。
 「まさか…床が赤っぽく見えたのって、これまで通り抜けた奴らの血なのか!?」
 「…えーと…色が均一ですから、それは無いと思いますが」
 あっさり否定されたが、吟遊詩人的には血の方が盛り上がるので脳内ではそういうことにしておく。
 ずぼっと棘を抜き、また前へと進む。
 ざくぅ!
 「…いででででで」
 「そこまで痛いですか?」
 平気な顔でざっくざっく歩いているアクシオンが振り向いてわざわざ戻ってきた。防具のないふくらはぎからは血がズボンに滲んでいるので普通に怪我をしているはずなのだが。
 「い、いや、まあ、慣れれば平気…だといいな…」
 「グレーテルさんは大丈夫ですか?一番軽装ですが」
 カーニャは太股までレザーブーツで覆っているが、グレーテルは足を露にしているのだ。そりゃ見ている方は嬉しいが、迷宮の中には似つかわしくない服装だと言える。
 「自慢の足に傷が残ったらどうしようって、心の方が痛いわ」
 「最悪、傷を見えなくする化粧品を提供します」
 「…責任とって嫁に貰うとまでは言ってくれないのね…」
 「いえいえ、俺はルークの嫁らしいので、嫁は貰えません。リーダーに責任とって貰って下さい」
 「こういう時だけそれかよ!」
 その気は無い癖に、ちゃっかりそれを理由に断っているアクシオンに一声叫んで、ルークは思い切ってがしがしと進んでいった。
 宝箱からゲットしておいて、別方向を見る。
 「ここで、棘床を避けるのが賢いと分かってはいるんだが…マッパーの血が許さないぜ、畜生!」
 「まあ、どこに抜け道があるか分かりませんしね」
 「あたしはイヤよ!」
 まあ、確かにこれが自分の趣味なだけなのは分かっているので、とりあえずカーニャとグレーテルには普通床に向かって貰った。
 「リヒャルトも護衛に行って下さい」
 メディックとバードが襲われるのも危険なのでリヒャルトは躊躇ったが、まあ敵が近づいたら走って助けに来ればよい、と素直に女性陣の方へと向かった。
 「アクシーも、待っててくれていいんだが」
 「バード一人で行くのはさすがに危険だと思いますので」
 ざっくざっくメモメモざっくざっくメモメモ。
 痛い!とマークを付けて地図を完成させて、ようやく合流した途端、敵が襲いかかってきた。
 棘床に似ているがこちらは動いて敵を襲ってくる魔物だった。
 「…やだ、大爆炎で削りきれない!」
 「ドレインバイト!…あぁ、怪我治ったわ、良かった〜」
 「い、痛いであります!縛られたのであります!」
 「棘付きじゃ無くて良かったですね」
 植物の癖に噛み付いたりしてくる魔物を倒すと、星形の種子が採れた。
 「……恋のまじない、効きそうに無いよなぁ」
 「女の子が植えようなんて思わないといいわねぇ」
 可愛い星形の種が、<これ>から採れたと分かったら、とてもじゃないが恋のまじないになど出来そうにもなかった。むしろ恋敵を呪い殺すとかそういうのなら効きそうだが。
 アクシオンが全員にエリアキュアをかけて、一息つく。
 「早く抜け道が分かると良いですね。毎回ここを通らなくちゃならないのは、大変そうです」
 主にエリアキュアのTP的に。
 アクシオンは痛いのはあまり気にならないのだ。生きてるんだなぁ、と改めて思うくらいで。
 「階段の入り口付近までは、まだ遠そうだなぁ」
 地図を確認して、ルークは溜息を吐いた。
 「まあ、全面棘床でなくて良かった」
 そうして、道を折れて進んでいくと。
 また棘床と、誘うかの如き宝箱が見えた。
 「いやらしい造りだよなぁ」
 「奥に何があるのか見えないよりも良いと思いますが」
 彼らはあまりアイテムは使わない。念のために各種持ってはいるが。だから、入っているものが消費アイテムくらいなら、無理して取る必要は無いのだが。
 「自分は、新しい武器が収められているのであれば…と思うのでありますが」
 「あたしは、もうやだー」
 「何があるのか、気になってるくらいなら、さっさと行く方が精神安定上良いと思います」
 「…多数決。行きたい人」
 カーニャ以外の4人の手が上がった。
 「…もうっ!新しいブーツ買ってよね!」
 大きく傷が付いてぼろぼろになったブーツを撫でて、カーニャが不機嫌に叫んだ。…が、まあ、行かないとは言ってないあたり、可愛いものだ。
 そうしてざっくざっくと歩いていくと。
 「…何だ?これ」
 「ちょっと見せて。…うーん、あの蔦に絡まった白い水晶と同じ材質に見えるけど」
 手のひら大の水晶の欠片を見て、グレーテルが首を捻った。
 「宝石?高く売れるの?」
 「さあ…ターベルに聞いてみる?」
 「まあ、また上に戻ったら、1階の水晶と見比べてみるか」
 何かはよく分からないが、面白いものを手に入れたような気がする。
 カーニャもそう思ったのか、そこから離脱するのは、あまり文句は言わなかった。
 そうしてまた入り組んだ道をマッピングしていると。
 「…何やら…尾けられているような気配がするのであります…」
 カマキリだとスノードリフトだのに感じたのとはまた異なる静かな気配だが、何となく背中がざわつく。
 「…その辺の行き止まりで迎え撃つか」
 背後を突かれるくらいなら、他の敵が来ない場所で正々堂々戦った方がマシ。
 そぅっと静かに歩いていって、適当なところで振り向いた。
 「ざりがに?」
 「…サソリでしょ!何かあの濃紫色の尾がやばい感じ!」
 「あ、こいつが濃紫の尾…ってそんなこと考えてる場合じゃない!やっぱ、毒か、あれ!」
 「可能性は高いわよ!それも、蜂より強力なの!」
 分かっていても、どうしようもない。
 いつも通り、アクシオンが医術防御をかけてルークは猛き戦歌を奏で始める。
 「ショックバイト!…毒持ってる奴って、あんまり麻痺しないような気がする」
 それに、あまり敵が動かなくなった試しも無い。
 「こういう時には、斧の方が良かったように思いますなっ!」
 剣で斬りつけつつ、リヒャルトが叫んだ。
 「氷結!」
 すぐに倒せそうには無かったが、こちらもそうやられもしない…と思ったら。
 「…本当に、猛毒だったわね」
 目の前で紫色になってぴくぴくしているリヒャルトを見ながらグレーテルは溜息を吐いた。上の蜂だのグレープゼリーだのに比べたら3〜4倍の威力だ。
 それでも医術防御の効果時間内に倒して(ちなみに濃紫の尾は壊れていた)、アクシオンがリヒャルトの横に膝を突いた。
 「記念すべきリザレクション第1号はリヒャルトですか。…まあ、そんな気はしてましたけど」
 独り言のように呟いてから、しまった、という顔でルークを上目遣いで見上げてきた。どうやら怒られると思ったらしい。
 まあ、そうやって人の<死>を軽く考えているように聞こえるのは、あまり良い気分ではないが、正直ルークも多少慣れてしまった。自分が死ぬのも、メンバーが死ぬのも。
 そんな自分に改めて気づいて、顔を顰めながら、聞こえなかったふりで通路の奥を見ていると、アクシオンがリヒャルトを蘇生させた。
 「む…自分は、毒にやられたのでありますか…」
 「まだ動かないで下さい。未熟なもので、蘇生させるのが精一杯なんです」
 一撃で死にそうにふらふらしているリヒャルトを制して、アクシオンはエリアキュアをかけ、リヒャルトだけにキュアを追加した。
 「TP残りは?」
 「エリアキュア2回分ってところですね。棘床があるか、敵に会うと辛いです」
 「…絶対、あの抜け道のところまで行けるって確信があったら突っ込むんだがなぁ…」
 しかし、歩いて磁軸まで帰るのも少々辛い。
 どうせ糸を使うならぎりぎりまで行くか、ともう少しだけ進んだが、また噛みついてくる草にやられてしまって、回復を使い切ってしまった。
 「じゃ、帰るか。次からは、ここまでの棘床は最低限で済むだろうし」
 「え〜!?じゃ、次もまた、あそこ歩かないといけないの〜!?」
 「しょうがないでしょ。棘床抜けるまで、新しいブーツはおあずけ!」
 「あたし、もうやだ〜!」
 「…それより、俺としては、糸を巻き戻した時に、あの床の上を引きずられないかというのが心配です」
 言い合っていた女性陣がぎょっとした顔でアクシオンを見つめて、それからお互いの顔を見合わせる。
 「…リーダー。棘床抜けるまで、歩いて帰らない?」
 「敵に会うと辛いんだって」
 「あたし、ドレインバイトで回復出来るもん」
 「リヒャルトがやばいの!」
 何故か防御が厚いリヒャルトの方に攻撃が集中するのだ。そりゃアクシオンに行ったらまずいが、それでも「なんでやねん」と突っ込みたい気もするのは確かだ。
 「大丈夫だろ。これまでだって、割と上の方を飛んでいったし」
 「傷が残ったら、責任とってよね!」
 「いやぁ、その時には、一緒に傷物ですから〜」
 それでも一応男性陣で女性を囲むように糸を巻いて。
 「ひょおおおおお!」
 「しみじみ無茶なアイテムですよねぇ。誰が考えたんでしょうか」
 まあ、無事に帰って来られるのだからよしとしよう。
 幸い、いつも通り天井近くを通って飛び抜けて巻き戻されたため、棘床も見下ろすだけで済んだ。


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