出会い



 俺の名はルーク。
 3度のメシより昼寝が好き、という昼寝をこよなく愛する男だ。
 それでもまあ一応は手に職というやつを持っていて、流れ流れてエトリアにまでやってきたのだが、あくせく働くのは俺の主義に反しているので、誰かのギルドに加わるというでもなく、適当に雇われ稼業で暮らしていた。
 誰かを養うわけでなし、富や名声が欲しいわけでなし、俺は俺の口さえ満たせば良いのだから、メシ代くらい稼げれば、後は昼寝。そんな生活で満足していた。
 将来?老後?
 ま、何とかなるんじゃないの?明日のことは、明日悩めば良いんだよ。
 そんな風にのんびりとした毎日を送っていて、その日もエトリアの郊外の草原で昼寝をしていた。珍種のモンスターが人を襲うのは世界樹の迷宮くらいだ。そりゃまあ、地上にも狼だの夜盗だのは普通にいるが、たいてい昼は安全だ。
 この暑いでもなく寒いでもなく、穏やかな風が吹き抜けていく昼下がりってのは、たまらないなぁ。今日は昼寝マスターの俺からしても、かなり上位にランキングされるほどの絶好の昼寝日よりだ。絶好でなくても昼寝はするが。
 そうして目を閉じ、心地よい夢の世界に浸る。
 真っ白に光る夢の中で、俺は誰かの歌を聴いていた。物心付いた時から、一番よく見る夢だ。俺は、いつしか、その歌を誰かに伝えたい、いや、伝えなくてはならない、と思い込んでしまって、バードなんて職業を選んでしまったのだ。未だに、その夢は果たせないでいるが。
 ふと肌寒い風を感じて、俺はうっすらと目を開けた。
 ふむ、日が落ちかけている。昼寝としてはこんなもんか。
 はぁあ、と欠伸をしながら身を起こして…俺は思わず息を飲んだ。
 隣に誰かが転がっている。
 気配に気づかなかった、とか、誰なんだ、とか、まさか死体、とか色々な考えが頭の中を駆け巡り、心臓がばくばくと脈打つ。
 それでもいったん深呼吸して、俺はそれを覗き込んだ。
 ………。
 別の意味で、呼吸が止まるかと思った。
 質素な旅装に身を包んだそれは、どうみても13歳くらいの幼い少女、それもかなりの美少女だったのだ。
 ちなみに、俺は24歳でロリコンの趣味は無い。
 いやいやお嬢ちゃん、俺が危ない男だったら売り飛ばされるのよ?などと思いつつ、更に顔を近づけてみた。別に、他意は無い。寝息を確認しただけだ。
 だが、その気配に気づいたのか、その少女の睫毛がふるふると動いた。
 ん…なんて可愛らしい声を漏らしながら、数度ぱちぱちと瞬きして、その顔をこちらに向けた。
 若草色の大きな瞳が俺を映す。
 端から見れば、いい年した男が少女に襲いかかろうとしている図、だったはずだが、俺は暢気にもその瞳を見て、案外と理知的な輝きをしているな、ひょっとしたらもう少し年上かも、などと考えていた。
 少女は小首を傾げてから、きょろきょろと周囲を見回した。そして、恥ずかしそうに、にこっと笑った。
 いやいやいやいや、その顔は反則だろう。俺にロリコンの気が無いから良いようなものの、そうでなきゃ思わず「いただきます」するぞ。
 「ごめんなさい、つい寝てしまいまして…」
 案外、ハスキーな声だった。ひょっとしたら、昼寝で声が掠れているのかもしれないが。
 どこか悪戯がばれた子供が照れているような笑顔で起き上がる。
 「あの、最初は、誰か倒れてるーって思いまして、でも、呼吸の乱れもなく血の匂いもしないので、あ、お昼寝してるだけなのかなぁと思い直し、でも、もし意識不明なんだったら危ないから、目が覚めるまで一緒にいようと思っておりましたところ…」
 「今日は、昼寝日よりだったからなぁ」
 「はい」
 横で俺の寝息を聞いてるうちに、自分まで眠くなったんだろう。
 自分で自分の言葉に笑っている少女から目を逸らして、俺は立ち上がって草切れや土を払った。
 少女も立ち上がってぱたぱたとマントを払っている。
 「まあ、気持ちは分かるが、それでもキミみたいな小さい子がこんなところで寝ちゃうのは危ないよ?」
 可愛い子、と言うのは何となく憚られたので、年齢のせいにしてみたら、少女はかくんと首を傾げて「え?」と言った。
 「あの…よく童顔だって言われますけど、一応もう19歳ですので…」
 「…19っ!?」
 い、いや、13歳ではないとしてもせいぜい16歳ってところかなーと踏んでたのに…よりによって、19歳!
 まさかあからさまにさばを読んでるのかっ!?とも思ったが、少女は俺の驚きようを大きな目を更に大きくして見ているだけで、人を騙しているような後ろめたさは欠片も感じられなかった。
 し、しかし、19歳か…19歳…。
 ………。
 思い切り、守備範囲。
 いやー、俺、ぶっちゃけて言うと、一目惚れしたんだがな。
 しかし、いくらなんでも13歳とかなら犯罪だろ?と思って自分を騙してたんだがな。
 見た目がこうでも19歳なら全然OKじゃないか?
 守備範囲内のモロ好み美少女が、昼寝から起きてみれば隣に寝てました。
 …どんな喜劇風味恋愛語りだ。
 俺もバードの端くれ、他人から聞いただけの話を、まさに俺が体験しましたと言わんばかりの臨揚感でもって語るのはお手の物、とはいえ…この感動と驚きをリアルに伝える術はちょっと思いつかなかった。
 これは、あれか。
 8000回は優に越えていると思われる俺の昼寝への情熱に対する、昼寝の神様からのご褒美か。
 神様、ありがとう。
 俺は貴方が与えたチャンスを最大限に生かし、彼女いない歴=年齢、というステータスから脱却してみせる。
 「…19歳かぁ…19歳ねぇ…」
 「あの…何か?」
 「い、いや、意外だなぁっと…あ、でも、キミ、ひょっとしてメディック?」
 旅の途中なのに草原で大の字で倒れている人間(いや昼寝中なだけだが)を気にして足を止め、声をかける前に呼吸数だの血臭だのを確認するような職業と言えば、メディックしか無いだろう。
 「はい。まだ、未熟な駆け出しですが。でも、誰かのお役に立てることがあればと思いまして、エトリアに向かっています」
 やはりちょっと恥ずかしそうな微笑み方だったが、それでも声には断固とした意志が感じられた。これは、案外と根はしっかり者かもしれない。
 …いかん、更に好みな部分を見つけてどうする、俺。
 「そっかー。なるほど、メディックねー。なら19歳くらいにはなってるか」
 薬品類を扱うこともある職業だ。一人立ちするのは、バードに比べりゃそれなりな年齢になっていることが多い。
 「メディックなら、迷宮では引く手あまただよ。宿代より回復薬の方が高いから。キミならすぐに、どこかのギルドに入れるさ」
 人の役に立ちたい、と言っていたのでもっと喜ぶかと思ったんだが、少女はほんの少し不安そうに俺を見つめた。
 うっ…何だ、その縋り付くような目は…お兄さん、誤解しちゃうじゃないか。
 「あの…えと…貴方は、どこかのギルドに?」
 貴方は、というのに躊躇いがあったので、そういえば名乗っても無かった、と気づいた。
 「あ、俺はルーク、な。…とりあえず、歩きながら話しよっか?ここいらでも、夜になると狼とか出るから、暗くならないうちに街に入った方がいい」
 「はい、ルークさん」
 俺と肩を並べてひょこひょこと歩きながら、少女は俺を見上げてにっこりと微笑んだ。
 「あ、申し遅れました。アクシオンと申します。よろしくお願いします」
 「へー、アクシオンちゃんね。どこから来たの?」
 …ナンパか、俺。
 少女…アクシオンは気にした様子もなく、少し離れた街の名を挙げた。徒歩だと1週間ほどかかる場所だ。
 「あの…ルークさんは、レンジャーさんですか?」
 アクシオンは俺の背中の弓を見てそう言ったんだろう。
 「いや…」
 さて、言うべきか否か。
 俺好みの子に、わざわざ嫌われるような真似をしなくてもいいような気もしたが…どうせ付き合えば分かることだ。傷は浅いうちに受けた方がマシだろう。
 俺は覚悟を決めて、2〜3小節歌った。
 「あ、バードさんなんですね」
 …俺が言うのも何だが、俺の歌を聴いて、俺をバードだと見破った人間はそうはいない。
 はっきり音痴だと言わないなんて、性格も良いんだよな、この子…くそぅ、ますます惚れるじゃないか。
 「ま、聞いた通りの腕前だし、駆け出しだし…で、俺はどこにも所属せずに、適当に雇われ稼業をやってるわけだ。誰から怪我をしてメンバーが足りない時なんかに、いないよりマシってなくらいで」
 …ふぅ…俺は自分のライフスタイルを後ろめたいなんぞと思ったことは無かったんだが…惚れた女の子の前では、やっぱりどこかのギルドに所属してばりばり潜ってます、と言えた方が格好良かったなぁ、としみじみ思った。
 「そう…なんですか…」
 アクシオンはちょっとがっかりしたように俯いた。…やっぱ格好悪いと思ったんだよなぁ…。
 「俺…エトリアに知り合いいないし…ルークさんと一緒のギルドに入れたら、と思ったんですけど…」
 うわ、可愛いことを言ってくれる!
 ついさっき出会ったばっかの男に付いて来ようなんて、よっぽど俺を信頼したのか、俺に惚れたか………いや、ちょっと、待て。
 さっき…「俺」とか聞こえたような…幻聴なような…。
 俺は横目で隣で…と言うか半歩下がって付いてくるという奥ゆかしい速度の…アクシオンを眺めた。
 ちっ、マントに覆われて、体型が分からん。
 「あ〜…つかぬことを伺いますが…アクシオンちゃんは…アクシオン君なのかな?」
 アクシオンはきょとんとした目で俺を見上げた。小首を傾げてから、分かった、と言うようににこっと笑って。
 「あ、こんな格好だと分かりにくいですよね。俺、男です」

  一目惚れした外見13歳の少女=実は19歳の男

 たった10分間の出来事であった…。



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