家出娘の憂鬱
カーニャは必死で走っていた。
「何で、こんなことになってんのよっ!」
スラム街に一人で行くのは止めておけ、とギルドの仲間には散々言われていたが、今日は緊急事態だったのだ。だから、自分だけで記憶を頼りに入ってきたのだが。
すると似たような崩れた建物が入り組んでいて迷った挙げ句に、大きな男の影が幾つも近寄って来ているのに気づいたのだ。
本能的に危険を感じて走り出してしまって、そのせいで余計に道を見失って、もうどこを走っているのか、入り口はどちらだったかも分からなくなってしまった。
そうしている間に、袋小路に追い詰められてしまった。地の利は向こうにあるのだ。たぶん、故意に追い込まれたのだろう。
カーニャは唇を噛み締めて、腰の剣を抜いた。
ゆっくりと深呼吸する。
ここを、迷宮の中だと思おう。そうしたら、少し怖いのが薄れる。
大丈夫、あたしは強い。
人間の男が何だってのよ。赤いカニに囲まれるより怖くないわよ。
背後は、壁。なら、背後から襲われる心配は無い。後は、上から襲われるか、眠り粉でも撒かれるかしない限りは、前だけ見ていればいい。
背後の壁は、ベルダ広場とは違ってぼろぼろだ。足の方に開いている穴から掴まれないよう、比較的丈夫そうな壁へと少し移動した。
カーニャは15歳の世間知らずだが、戦闘経験だけは積んでいるのだ。
「…あたしに、何か用なの?」
あたしは彼女に会いに来ただけなのに、と剣の師匠の名前を出すと、男の一人がいやらしい笑いを上げた。
「何だ、お嬢ちゃんはあの冒険者ごっこの一人かい」
「冒険者ごっこ〜?」
まだ感じていた恐怖が、完全に消えた。
自分が命がけで戦っていることを、ガキの遊び扱いされることは我慢ならない。
男に囲まれるという処女の本能的な怯えを、怒りが凌駕する。
「…言ってくれんじゃない。ごっこ遊びかどうか、確かめてみなさいよ!言っとくけど、あたし、強いわよ!」
「おーおー、勇ましいこって。そういう女を泣かせるのも楽しいんだよなぁ」
「舐めんじゃないわよ!あんた達がスノードリフトとスノーウルフの群より強いってんなら、かかっておいで!」
ほんの少し、男たちが動揺する気配があった。
だが、すぐに笑いに変わる。もうエトリアの街にはスノードリフト退治が時事ネタとして広まっているため、カーニャが本当にその<ナイトメア>の一員だとは思われなかったらしい。
じり、と男たちの包囲網が縮んだ。
カーニャの剣は、一番近くに寄ってきている男の喉に向けられた。
「…止めときなさいよ。今のあんたの腕前じゃ、ホントに殺しちまうから」
「正当防衛ってやつじゃないの!」
男から視線を外さずにカーニャは叫んだ。男たちの背後から、金髪美女と見習いダークハンターたちが現れる。
「それでも人殺しには違い無いんだからさ。…あんたたちも止めときなよ。相手は<ナイトメア>の<紅の牙>だよ?」
ざわ、と先ほどよりも本気で動揺が広がった。
「…マジか?」
「あんな子供が?」
「しかし確かにダークハンターの衣装だしよ…」
「…くそ」
薄汚れた男たちが、舌打ちしながら消えていった。
完全に姿が消えてから、カーニャはまだ手に剣を持ったままゆっくりと師匠に近づいていった。
妖艶な美女は呆れたように腰に手を当てている。
「いつもみたいに、入り口から呼べば良かったのに。いくら強くなってるって言っても、あんたまだ子供なんだから」
「…緊急事態だったのよ」
むぅ、と唇を尖らせて、カーニャは剣を収めた。
時間がある時なら、スラム街の入り口付近でウロウロしている子供たちに小遣いを与えてダークハンターを呼び出して貰っていたのだ。
「何があったのよ。仲間もいないみたいだし…」
大人の錬金術師か、世間知らずとは言えがっちり鎧を着込んだソードマンが付いてきていれば、こんなことにはならなかっただろうに。
「…まさか、<ナイトメア>に何かあったの?」
<ナイトメア>が全滅して、死体回収のために頼ってきたんじゃ、と緊張した師匠に、カーニャは首を振った。
「仲間が、今、いないから困ってんの!何とか考えて!」
1層の最奥でスノードリフトを倒した新進気鋭の冒険者ギルド<ナイトメア>。その主力とも言える、敵の生命力を吸い取るダークハンター<紅の牙>。ちなみにその二つ名は、敵の生命力を吸い取るという剣技が伝説の吸血鬼の能力を連想させたためだ。
そんな噂も流れているが、目の前にいるのは、ただの癇癪を起こした子供だった。
金髪美女は、こめかみを揉みながら、ぐるりと身を返した。
「…はいはい。まあ、あんたも可愛い弟子には違いないし。聞いたげるわよ」
実際問題として、鞭が主力だったダークハンター達に、剣を使えるダークハンターはいないか?とオファーが来るようになったのは、このカーニャの噂のおかげだと言えたので、剣使いとしては無碍には出来ない。
そうして、いつものダークハンター養成所(自称)に戻ってきて、カーニャの話を聞く。
ピンクの髪の少女は、膝に拳を揃えてしばらく「うー」と唸ってから、そっぽを向いて如何にも嫌そうに言った。
「そのー…あたし、正直言って、家出してきてるんだけど」
まあ、それはルークから聞いているが。
「…父さんが、探しに来てるの。スノードリフト倒した<ナイトメア>って有名になっちゃって、で、そこにカーニャって名前のダークハンターがいるって聞いたらしくて、ギルドに…」
どうやら、冒険者になっているとは思われていなかったらしく、人買いだとか死体安置所だとか、まずそういうところから探されていたのが、ふと入った酒場で吟遊詩人の歌を聴いたということらしい。
冒険者のギルドで眼帯の長に怯えながらカーニャという娘はいないか、と訴えている声を聞いたカーニャは、窓から逃げてここまでやってきたのだ。
そこにルークかグレーテルか、アクシオンがいれば、何とかしてくれたかもしれないが、あいにく3人とも出払っていた。ちなみに、リヒャルトがそういう役に立たないことは、最初から分かり切っているので見向きもしなかった。
「親御さんに言えばいいじゃないのさ。冒険者やってますって。安心させてあげなさいよ」
「いやよ!あたし、帰りたくないもん!」
カーニャだって、両親の思考くらい分かっている…と思う。
あの人たちが冒険者なんてものを認めるはずがない。牛だけが世界の全てで、冒険者なんて、犯罪者に近い代物だと思っているに決まっている。
もしも顔を合わせたって、力尽くでならもう勝てる自信はあるが、居場所を知られたらしつこくぐだぐだ言われる可能性がある。
「何とかして!」
かといって、どうしたらいいのか分からない。
ギルドや酒場に行けば、ナイトメアにカーニャというダークハンターがいて、その容姿がカーニャに似ていることくらいすぐに知られるだろう。
牛、牛、牛。
日の出と共に目覚めて、延々牛と付き合う日々。
カーニャは身震いした。
冗談じゃない。冗談じゃない。
あたしは、強い。敵と戦って、倒して、あたしが一番強いって知ってる。リヒャルトはよく外すし、混乱するし、アクシオンは防御や回復もしなくちゃならないし、グレーテルはTP切れを心配しなくちゃならないし、ルークなんて問題外だし。
あたしがいなくちゃ、<ナイトメア>はやっていけないんだから。
金髪美女は溜息を吐いた。
自分に親も子供もいないが、子供を心配する親の気持ちくらい理解できる。
けれど、目の前の少女には、さっぱり理解できないし、理解しようという気も無いのだろう。
ともかく、親に言うかどうかは<ナイトメア>の大人組に任せるとして、カーニャの希望を叶えるだけはやっておこう。
「サーナ呼んどいで」
「はい」
見習いの子供の一人に呼びに行かせた。
10分ほどでやってきたのは、10代後半の少女だった。肌が露な格好なのはダークハンターに共通していたが、ひらひらすけすけな衣装は、戦闘向けではなかった。
「サーナ。あんた、ちょっとダークハンターの真似事して貰うよ」
「…あたしがぁ?…戦うのなんてやぁよぉ?」
「真似事つったろ?大丈夫、素人にゃ分かりゃあしないよ」
気怠そうに頷いて髪を掻き上げる少女からは、年に似合わない色気が滴り落ちていた。
柔らかそうな肌に皮の衣装を着けて、銀色の髪を淡いピンクに染めてセットする。
真っ赤な口紅を差して立っている姿は、個々の特徴はカーニャに共通していたが、全体としては全く似ていなかった。
「あたしがぁ、<ナイトメア>のカーニャになれば、いいのねぇ?」
くねり、くねりと腰を振りながら歩く少女の艶に、カーニャは当てられたように口をぽかんと開いた。
年齢はせいぜい3つくらいしか違わないだろうに、明らかにお色気度が10年分くらい違うような気がする。
「そ。冒険者ギルドになんて近づきたくなくなるくらいにしておやり。…カーニャ、あんたはここにいな。後で迎えに来るから」
「分かったわ」
頷いたカーニャを置いて、剣の師匠とカーニャもどきは出ていった。
ギルド管理長は困惑していた。
目の前で必死に訴えているのは、いかにも木訥な田舎の農民だ。
どう聞いても、家出娘と<ナイトメア>のカーニャは同一人物のように思えるが、管理長としてはそう言う訳にもいかず、のらくらと返答をかわしているところなのだ。
さっさとリーダーでも帰ってこねぇかなぁ、とうんざりしているところに、ようやくルークとアクシオンが帰ってきた。
「…よぉ、遅かったな」
「へ?遅いって時刻じゃないと思うんだが…」
目をぱちくりさせたルークと首を傾げたアクシオンに、管理長は目の前の農夫を紹介した。
「家出娘を捜しに来てるんだとよ」
うえ、という顔になったルークの前に、するりとアクシオンが立った。
おっとりとした邪気の無い笑顔で外を指さす。
「ギルドへの依頼は、金鹿亭という酒場を通す仕組みになっていますので、そちらに行かれた方がよろしいですよ?」
カーニャのことなのは分かっているだろうに、平然と追い払おうとしているアクシオンに、管理長は頭を抱えた。ああ見えて天然Sなんだ…と遠い目でルークに呟かれた時は、何の間違いだ、と思ったものだったが、これは本当に見た目通りのおっとりさんでは無いんだな、と納得した。
「ち、違うんです!うちのカーニャが<ナイトメア>とかいう冒険者ギルドにいるんじゃないかって…!」
「カーニャ?…うん、うちは確かに<ナイトメア>ってギルドだが…」
「そうですね、カーニャという名のダークハンターはいますけど…両親はエトリアにいるはずなんですが」
嘘は言っていない。というか、嘘なのは承知しているが、カーニャ本人が主張したこと以上に嘘を膨らませてはいない、というか。
にこにこ笑うアクシオンの顔を見て、カーニャ父は少しだけ落ち着いた。冒険者なんてごろつきだが、目の前の少女はカーニャより幼く嘘をつくようには見えなかったのだ。
冒険者にもこういう可愛らしい娘もいるんだな、と思ってから、後ろに立っているむさくるしい男に騙されてるんじゃ、と胡乱そうに見ると、萎れた葉っぱを口に垂らした男は軽薄そうにへらりと笑った。
「まあ、立ち話もなんだし、酒場にでも…」
冒険者の酒場になど行ってたまるか、とカーニャ父は首を振った。ごろつきどもに囲まれて脅されたりなどされたくない。
ルークが、どうするかなぁ、と灰色の髪をばりばり掻いていると、背後の扉が開いた。
「…ただいま」
気怠そうだが、ひどく色っぽい声に振り向くと、淡いピンクのツーテールを結った少女が立っていた。
「あぁ、お帰りなさい」
さらっと答えたアクシオンに、こんな色っぽい知り合いがいたのか、とめらめらと嫉妬を燃やしてから、いや、やはりこんなダークハンターはこの黒猫印のギルドにはいない、と思い直す。歌は歌えなくとも情報網はきっちりバードのそれなのだ。
扇情的な歩き方で入ってきた少女は、するりとルークの腕にもたれて柔らかな胸を押しつけた。
おお!?とびびりつつも、辛うじて身を引くことは耐える。
「なぁに?依頼人なの?リーダー」
あん?と片眉を上げてから、しげしげと少女を見つめる。ピンク色の髪、紫の瞳、そして剣を下げたダークハンターの衣装。
なるほど、とようやくルークにも合点がいった。
「こちら、カーニャのお父様だそうですよ」
アクシオンの言葉に、色っぽい少女は微笑みながらカーニャ父の顔を覗き込んだ。
「へぇ〜…あたしの父さんなのぉ」
「え?あ?い、いや、俺は…」
「やぁよねぇ。ちょっとあたしが有名になったら、自分が父親だって名乗る男がすーぐ出てくるんだからぁ。もうこれで3人目よぉ」
くすくす笑いながら、少女は綺麗に整えた紫色の爪でカーニャ父の頬を軽く引っ掻いた。
「パパ…って呼んであげようかぁ?」
ベッドの中で囁くような声に、カーニャ父の顔が真っ赤になった。反応しかけた下半身に泣きそうになりながら、目の前のやけに色っぽい少女を見る。
「あ、あの!…<ナイトメア>のカーニャって…」
「あらぁ、俺の娘って呼んでくれないのぉ?」
くすくす笑って頬に口づけた少女をほとんど突き飛ばすようにして、カーニャ父はギルド玄関の扉に走った。
「失礼しました!」
頬を擦りながら凄い勢いで駆けていったカーニャ父の姿が消えてから、ルークとアクシオンは顔を見合わせた。
「えーと…いいのかな、あれで」
「さあ。カーニャが仕組んだことでしょう?」
くすくす笑っている少女は、腰の剣を押さえてふわりと一回転した。
「あたし、知らなぁい。あたしが<ナイトメア>のカーニャだなんて名乗ってないしぃ」
「俺も、嘘は言いませんでしたものねぇ。ねぇ?」
同意を求められて、管理長は踏み潰されたカエルのような声を上げた。こんな詐欺の証人にされてはたまらない。
「…まぁ、とにかく。これから<ナイトメア>のカーニャが活躍しても、自分の娘だとは思わないだろうけど…」
ルークは頭を掻いた。
そりゃ、今となってはカーニャがいなくなるのは困るが、両親に心配をかけ続けるのを黙認するのも、大人として気が引ける。
「そっちは、俺が何とかカーニャを説得しますよ」
ルークはそんな些細なことで悩まなくていいです、とアクシオンがさらっと引き受けた。
打ち合わせをした訳でもあるまいに、一目見てカーニャもどきの意図を察したあたり、十分詐欺師の資格がありそうなところが心配だが、基本的には悪意を持って行動する人間でないことは分かっているので、少々躊躇いながらも頷いた。
「じゃあ、あたし、帰るわねぇ」
「送りますよ」
アクシオンが行くなら、もちろんルークも付いていく。
「だな。本当は、何かお土産を買ってあげたいところだが…」
「夜ですしねぇ。普通の店は開いてませんし、冒険者用はまだお父様がいらっしゃると困りますし」
「情緒は無いけど、好きなもの買ってくれって現金でいいかな」
3人でぽとぽと歩いていると、酔漢が少女に足を止めては投げキッスを受けて脂下がったりした。どう見ても、素人の仕草では無いが、ルークもアクシオンもそれについては何も言わなかった。
「お礼なんていいわよぉ。姐さんには世話になってるしぃ」
くすくす笑って、少女は皮の衣装を引っ張った。
「あたし、これでもダークハンター崩れなのぉ。モグラ縛るより、男縛る方が楽して儲かるって分かったからぁ、止めたんだけど」
スラム街の入り口で少女を手を振って分かれると、5分ほどして金髪美女とカーニャがやってきた。
「どうだったの!?うまくいった!?」
「一応は、ね」
アクシオンは苦笑してカーニャをくるりと振り向かせ、手で後頭部を押さえた。
「な、なによっ!」
「どうもお世話になりました」
一緒に頭を下げたアクシオンを見て、カーニャも渋々頭を下げる。
「そうね…助かったわ。ありがとう」
「いいけどさぁ。でも、このままは良くないよ?」
「はい、分かってます」
アクシオンがにこやかに金髪美女にカーニャを引き受けると言っている間に、ルークは財布をごそごそと探った。
「女の子の欲しがるものって、分からないけど…300enでいいかな。あの子に何か買ってあげてくれるか?俺じゃあ無理」
「十分過ぎるって。まあ、でも迷惑料として受け取っとく」
その金額にカーニャが何か言いたそうに眉を上げたが、結局頬を膨らませただけで何も言わなかった。自分が迷惑をかけたことくらいは分かっているらしい。過小評価している気配はぷんぷんだが。
手を振って別れてから、3人でギルドに帰っていく。
「カーニャに手紙を書いて貰います。心配するな、と自分の言葉で言えば、少しは安心されるでしょう」
「え〜!?だって、エトリアにいるって分かったら、また連れ戻しにくるじゃない!」
「ですから、俺の実家経由で届けて貰うことにしますよ」
徒歩で1週間ほどかかるアクシオンの実家は、カーニャの実家からエトリアを挟んだちょうど反対方向にある。
そりゃいい隠れ蓑かも知れないが、両親がその気になれば絶対に行けないような距離でもなし、結局ばれるんじゃないか、とルークは萎れた茎を囓った。
アクシオンがそれに気づいて、首を傾げながら見上げてにっこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。事情さえ言っておけば、うちの両親も適当に誤魔化します。そういうの得意な人たちなんで」
…どんな親だ。
「ただ…そうすると、逆に、うちの母がエトリアに来そうなんですよね…」
独り言のように呟いたアクシオンに、カーニャが責めるような声を上げた。
「え!?あんた家出じゃないって言ったじゃない!」
「えぇ、そういう意味じゃなくて」
アクシオンは少し躊躇ってから、人差し指を唇に当てて「んー」と呟いた。
「何と言いますか…15歳の娘さんを匿ってやって下さい、と言うと…すわ、アクシオンの嫁候補が!って感じで、顔を見に来そうって言うか」
「…ぬぁにぃい!?」
「声が大きいです」
大声を上げたルークに、アクシオンは「めっ」と人差し指をルークの唇に当てた。その柔らかな指の腹が、つい先ほどまでアクシオンの唇に乗っていたものだと気づいて、ルークは小さく「のぉわっ」と叫んだ。
「うちの母、行動力は有り余ってますので…まあ、いっそ実際来た方が、すぐに違うと論証できて良いような気もしますが」
カーニャは微妙な表情で押し黙っていた。
この自分よりも幼く可愛らしい外見の19歳男の嫁になる気などさらさら無いが、アクシオンの方からざっくりと「全くその気が無い」と言い切られるのも何だか無性に腹が立つ。
「そ、そうだよな、お母さんが実際来たら、『娘さんを俺に下さい』を実演できるんだし…」
「うちの両親に娘はいませんが」
「じゃあ『息子さんを嫁に下さい』」
「百歩譲って、ルークを俺の嫁候補として紹介するくらいのことは許します」
「何でだ!」
自分より可愛い外見の男を恋人には欲しくない。
しかし、その可愛い男が、どう見てもむさくるしい男といちゃついているのは、もっとむかつく。
カーニャは口をへの字に曲げてざくざくと大股で歩き出した。
けれど、残り二人も同じように足を早めたので、結局二人に挟まれる形になる。
「なによ!」
「いや、まだお父さんがその辺にいるかもしんないし…」
色ぼけのくせに正論を吐かれて、カーニャは無言で足をゆるめた。
「まあ、俺の方でも事情を書いておきますから、カーニャは『自分は元気にやっている』『一人立ちしてみたい』『1年以内には顔を見せに帰る』くらいのことを書いておいて下さい。元気にやってると分かれば、ご両親も安心されるでしょうし」
面倒だな、とカーニャは思った。
帳簿を付けていたので数字は得意だが、文章を書く習慣は無かったので、考えるのも面倒だ。
だが、これからも安心して冒険を続けるには、どうやらそれが必要らしい。父親は気づかなかったようだが、執政院に行方不明人として申請していたら、向こうも行政上カーニャを引き渡す可能性があるのだ。
ほんと、うざい、とカーニャは溜息を吐いた。
自分は、ただ、牛牧場以外の<何か>になれることを証明したかっただけなのに。
そして、それは本当で、この冒険者の街の中でもかなりの腕前と認められる冒険者になることが出来た。
そう、あたしは正しい。
あたしの可能性を摘もうとした両親が悪い。
でも、正しいことをしてるのに、何だかひどく苛つくのは何故だろう。