初FOE狩り




 グレーテルを施薬院に頼んでから、ルークは執政院に向かった。
 眼鏡に二人組のことを聞くと、あっさりとその通りだ、と認めた。
 「スノードリフトと呼ばれる魔物に統率されて、狼たちが上へと向かっているらしい。非常に危険なため、スノードリフトを倒す冒険者を募集しているところだ」
 「…誰が、名前付けたんすか、その魔物」
 執政院に新しく見つけた生き物を報告すると、たいていすでに登録されていて名前が決められている。せっかくこっちはアルマジロだのタマネギだので通じているのに、公式な名前で呼べと強制されているようであまり良い気分では無い。
 「そもそも。あの二人組、強いんでしょうが。通せんぼなんかじゃなく、討伐を命じたら解決するんじゃないすか?」
 「確かに彼女たちは強い」
 眼鏡をくいっと上げて、目を細めて眼鏡が(ややこしい)言った。
 「しかし、彼女たちが倒したのでは、いつまで経っても若手の冒険者が育たないのでね」
 「…若手のって…」
 執政院の理屈も分かるような気もするし、そんなに狼発生に困ってるのなら何を暢気な、という気もする。いや、実際は、全く困ってないのかも知れない。
 執政院は、このエトリアを冒険者の街として栄えさせている。それと引き替えに失ったものもあるはずだが、その辺は一介の冒険者が関知するところではない。
 尽きぬ宝、手頃な敵、明かされない秘密。
 冒険者たちの餌として、世界樹の迷宮は申し分無い。
 で、「自分たちでも冒険者としてやっていけるんだ!」という気分にさせられる1階に、強大な敵が来たのでは皆、逃げ帰ってしまうかもしれない。だから、その階に似合わない強敵は排除する。それは、分かる。(ついでにカマキリも討伐して欲しい)
 なら、お抱えの熟練者を使えば良いじゃないか。
 …が、確かに、熟練者を使って「は〜い、もう安全でちゅよ〜」と言われたら、一気にロマンが褪めるような気もしないでもない。
 たとえば、駆け出しの冒険者として知られるギルドが、少しずつ頑張って強くなって強敵を倒した、という噂になったら。
 自分たちにも出来るんじゃないか、とまた勘違いした冒険者で溢れるだろう。
 そう、たとえば、ギルド<ナイトメア>のような集団にでも倒せる、となったら。
 おまけに、リーダーがバードで、噂を広めるには最適ときたもんだ。
 「お代官様、お主も悪よのぅ」
 ルークはちょっと呟いてみてから、それではお代官さまと越後屋のセリフが混じってる、と首を振った。
 「執政院の意向は理解しました。…で、あの二人組、見かけによらず中年?」
 「…殺されるぞ…」
 「はーい、眼鏡が若手じゃないって言ったんだ、と主張しまーす」
 「言葉のあやだ!そして、私にはオレルスという名がある!」
 叫んでから、情報室長はこほんと咳払いした。
 「で、どうする?君たちが挑戦してみるかね?」
 「一つ、確認」
 ルークは人差し指を立てた。
 「もし、俺たちがそれ引き受けたら、二人組の見張りは解除?」
 「まあ、そうなるな」
 「で、俺たちが倒せなくて狼が上まで来ちゃった場合、その責任は俺たち?」
 「…は?」
 一瞬、間抜けたオレルスの顔に、あ、これは狼が上まで来るってのは嘘だな、とルークは思った。
 「い、いや、このミッションは受ける全ての冒険者に発動される。君たちだけに責任を負わすことはない」
 うまく言い抜けたな。
 まあいい。
 どうせ本気で下に行くつもりなら、このミッションを受けなければならないのだ。
 別に執政院に恨みがあるわけでなし、素直に踊らされておくか。
 「分かりました。ギルド<ナイトメア>、雪ドリフを倒すミッションを拝領します」
 「…勝手に名前を変えんでくれ、名前を。スノードリフト」
 「あ、最後に一つ」
 出て行きかけた扉のところで止まってマントを翻してみた。有名な推理風語りの探偵役の真似だが、渋さが足りないようだった。
 「あの二人組の職業は、何なんすか?見当が付かなかった」
 オレルスは少し躊躇って、何度か眼鏡を上げてから、小さく言った。
 「…まあ…特に秘密ではなかろう。…レンはブシドー、ツスクルはカースメーカーだ。知っているかね?」
 「…マジでいたんすか、そんな一族。…うわお」
 ブシドーは遙か東国の民であるため数が少ないと言うだけで、普通に冒険者の一部だ。ルークも実際その目で見たことは初めてだが話には聞いたことがある。
 だが、カースメーカーとなると、ほとんどお伽噺か伝承のレベルだ。
 呪いによって他者の力を奪ったり心を奪ったり、最悪念じるだけで命を奪えるとか…どこまで本当か分からないが。
 言われてみれば、あの蠢くマントは気持ち悪かった。…いや、気持ち悪いのはマントであって、本体じゃなかったが。中身は普通の少女の姿に見えたんだがなぁ、とルークは思い返した。
 「敵には回したくない。…それだけ分かってりゃ十分か」
 後はバード同盟で情報を集めよう。
 カースメーカーが実在する、というのをこっちの情報として広めて良いのかどうかが見当付かなかったが。
 「ま、期待せずに待ってて下さい。俺ら、鹿すら避けてるんで」
 「…期待しているよ」
 オレルスは苦笑してルークを送り出した。
 たぶん、部屋から出した瞬間に、もう次のギルドのことを考えてるんじゃないか、とルークは思った。
 適当に敵とアイテムも報告してから執政院を出る。
 のそのそとギルドまで帰りながら、今日は少し暑いなぁ、と石畳の照り返しに感じた。
 適当に手を抜いて、昼寝しながら人生を暢気に生きてたはずなのに。
 俺、最近、生き急いでるんじゃね?と、ちょっと複雑な気分になる。
 石畳を元気良く駆け抜けていく子供。買い物籠を下げて、それを追いかけていく若い女。のんびりと白い犬に引っ張られている爺さん。
 自分は、冒険者とはいえ、そちらの世界の住人だと思っていたのに。
 何で、雪ドリフなんてもんを倒すとかいう話になってるんだろう、と自分の手のひらを見つめてみた。
 別に血は付いてはいなかったが、ほんの2週間前とは異なって、皮が固く、武器を持つことに慣れた手になっていた。
 それは、良いことなのだろうか、悪いことなのだろうか。


 ギルドに帰って、雪ドリフ討伐ミッションを受けたことを報告した。
 「今までよりも厳しい戦いになると思うが…」
 などと一人前の指揮官のようなことを言うと、隣のアクシオンがずいっと迫ってきた。
 「な…なんデスかー」
 「鹿、倒しましょう」
 若草色の瞳がきらきらしている。
 まるでダーリンにおねだりする少女のような顔で、アクシオンはルークの手を握って更に顔を近づけた。
 「ねぇ、鹿狩りです。一般論として、狼は鹿より強いはずですから、今の俺たちが狼に通用するかどうかの目安になります」
 それは理屈はあってるが。
 何で、ここまで熱心に。
 柔らかな手の感触と、甘い視線にくらくらしながら、辛うじてルークは問いを発した。
 「そのこころは?」
 「大きな獣の牙を持ち帰れば、威力の高い杖を作るとシリカ商店の店主が言ってました」
 それか。
 がっくりとルークは肩を落とした。
 前衛にいるのに、アクシオンの武器は未だナイフである。
 そりゃ、良い武器が作れればアクシオンとグレーテルの戦力が上がるのは確かだが。
 「…その、鹿と戦うのもナイフになるんだぞ…」
 「医術防御覚えましたから、長期戦で」
 びしっと親指を立ててみせるアクシオンは戦う気満々のようだった。好戦的なことだ。
 「…まあ、新しい武器はともかく。2階の敵を避けてるようじゃ、4階には潜れないわよねぇ」
 グレーテルは首を捻ってから、片手を上げた。
 「私は、鹿狩りに一票」
 「あたしも。もう強いと思うのよ、あたし」
 「自分もそろそろ…鹿肉のステーキは好物だったのであります」
 「どんな理由だ!」
 突っ込んでから、ルークはこめかみを揉みつつ考えた。
 確かに、3階やら4階に通うのに、2階の鹿を避け続けるのも情けない。
 幸い、鹿や牛は単独行動だ。ひょっとしたら、アルマジロが4匹出たりするよりは楽かもしれない。あくまで、希望だが。
 「…まあ…全滅する、とまでは言わないよな、たぶん…」
 一人二人は死ぬ可能性もあるが。
 「よし、分かった。狼の前に、鹿と牛で体力を付けよう」
 「「「了解!」」」


 てことで、鹿狩りである。
 夜だと言うのに、お前は夜行性か!と突っ込みたくなるくらい元気に吠えている鹿に、初めて自分から突っ込んでみる。
 「ショックバイト!」
 「医術防御!」
 「氷の術式!」
 「…うぅ…自分も必殺技が欲しいであります…」
 地味に攻撃をしては外しているリヒャルトが寂しそうに言った。
 その心の隙間を突かれたとでも言うのか、鹿が恐ろしい声で鳴いた途端。
 「…かぁーーっ!」
 素頓狂な声を上げて、リヒャルトが隣のカーニャを攻撃した。
 「ちょっと!何すんのよ!」
 「…うわ、隣にも敵が。…ん、まあ、医術防御かけただけマシですかね」
 頷いて、アクシオンはエリアキュアの準備をした。どうせ次には他の誰かがリヒャルトに攻撃されそうだったからである。鹿も突進してくるし。
 「ああいう状態異常を何とか…薬…」
 「ありません。施薬院にも売ってません。俺に出来るのは、リヒャルトを蹴り倒すくらいのものです」
 「…その攻撃力は、鹿に向けて欲しいかな」
 「もちろん、そのつもりです。今は」
 今はって何だ、今はって、と突っ込む代わりに、ルークは弓を引いた。やはりバードとしては、補助呪曲の一つも歌えた方が良かったかな、と後悔したが、仮に攻撃力が増していたら、リヒャルトが仲間を殺しかねなかったので、まあ結果オーライかな、と納得してみた。
 ショックバイトはかからないし、リヒャルトは役に立たないし、アクシオンはおかげで回復だけで手一杯だったしで非常に時間がかかったが、グレーテルの術式がダメージを地味に重ねていったおかげで、何とか医術防御の制限時間内に鹿を倒すことが出来た。
 「ま、まあ全員生きてるんだから、成長したよな、俺ら…」
 「かぁーーーっ!」
 リヒャルトはまだいっちゃった目で剣を振り回している。一体何が見えているのだろう。
 「カーニャ、危ないですから、こっちに」
 「…何なの、あれ。馬鹿?すっごい迷惑!」
 「んー…鹿の咆吼にやられちゃったみたいね〜」
 「かぁーーーっ!」
 ばっさばっさとその辺の枝を斬り払っているリヒャルトの首筋に跳び蹴りが決まった。
 地響きを立てて倒れたリヒャルトの後頭部めがけて、アクシオンは水袋を逆さまに開けた。
 「うぉっ、冷てっ…お?おおおお?」
 起き上がってきょろきょろしながら、リヒャルトは首筋を撫でた。手に付いた水を困惑した表情で見つめて、臭いを嗅いでいる。
 「正気に戻ったかー」
 ルークの声に、リヒャルトは首を傾げながら立ち上がって、周囲を見回した。
 「おおっ!?鹿が倒れてっ!?」
 「記憶はあるか?」
 「は?…えー…自分は、攻撃をしようと…鹿…そ、そうであります!鹿以外の恐ろしい魔物に囲まれていたのであります!あれはどうなったのでありましょうかっ!」
 ははは、とルークは苦笑した。
 もしも鹿の特殊攻撃がアクシオンに向かっていたら、全く効果が無かったんじゃないかなー、なんて思う。混乱、だとか、幻覚、だとかいうものには大変強そうだ。
 しかし、リヒャルトは真っ正直な分、この手のものに弱そうだ。
 カーニャに比べて何故か攻撃が当たらないとはいえ、立派なダメージ源だというのに、役に立たないどころか味方を攻撃されるのは非常に困る。そういう時ばかりちゃんと当てやがるし、この野郎。
 「リヒャルトは混乱状態だったんですよ」
 「自分が?でありますか?」
 「アクシー」
 あまり責めるようになるのもなぁ、と、どう言おうか思案している間に、アクシオンがさらっと答えた。その手に持っているのは牙ではなく立派な角だ。どうやら牙は使えなくなっていたらしい。
 「ちゃんと伝えておかないと。次の機会に困るでしょう?」
 「知ってれば、何とかなるってもんならいいんだがなぁ」
 まあ、それでも知らないよりは知っている方がいいのかもしれない。
 腹をくくって告げようとしたのに、カーニャが先に口を開いた。
 「あんた、混乱してたのか何だか知らないけど、あたしたちに向かって攻撃したの!もう、すっごく痛かったんだから!」
 「じ、自分が?自分は同士討ちをしたのでありますか!?な、何ということを…!」
 がっくりとまた地面に崩れ落ちたリヒャルトは、がばりとカーニャに向かって頭を下げた。
 「申し訳ございません!自分の不覚のせいで、怪我をさせたとは…この責は如何様にも…!」
 大の男に土下座されてカーニャは少し後ずさった。文句は言いたかったが、結果は予想してなかったのだろう。
 じたばたと手を振った挙げ句に、アクシオンの腕を引っ張った。
 「あ、あんたが何か言いなさいよ!」
 「俺ですか?…んー…そうですねぇ…まずは、首に蹴り入れてすみませんでした」
 リヒャルトが頭を下げたまま首筋を撫でた。ちょっと痛いらしい。
 「それで、ですねぇ。あんまり責任がどうとか言うのはまずいと思うんですよ。今度鹿に遭った時、誰が混乱するか分からないわけですし。そもそも、例えばリヒャルトが剣を使って傷を入れた、って言うのの責任は、リヒャルトにあって剣には無いって思うでしょう?で、今回のような場合は、悪いのは鹿であって道具になったリヒャルトでは無い、という風に思った方が良いかと」
 「い、いまいちよく分かりませんが…」
 リヒャルトは呻きながらも顔を上げた。
 「しかし!この度のことはこのリヒャルト、しかと胸に刻んでおき、再び不覚を取らぬよう、粉骨邁進する所存です!」
 「…ねぇ、うんこつかまえしって何よ?」
 カーニャはひっそりとグレーテルに聞いていた。明らかに違う単語だ。
 「ま、そんなに責任感じてるのなら、この鹿肉、精一杯持って下さい」
 話をしながらも解体を進めていたアクシオンが、ばらした肉の塊を差し出した。確かにいつものモグラやネズミに比べると重そうだ。
 「はっ!もちろんであります!」
 

 そうして。
 ギルドまで肉を持って帰って、清水で回復して、別の鹿に戦いを挑みに行ったら。
 「かぁーーーっ!」
 「ほーほほほにょーん!」
 奇声を上げるメンバーは、二人に増えた。
 カーニャの攻撃を受けてエリアキュアをかけながら、アクシオンはしみじみ呟いた。
 「何か、もうね…味方の方が危険って、嫌ですよね…」
 ちなみに。
 鹿はアクシオンにも鳴き声を聞かせていたが、全く効果が無かった。
 予想通りである。



 「ふふ…ふふふふふ…」
 アクシオンは妖しい笑いを浮かべて自分の武器を撫でた。
 「そこまで気に入って貰えて、ボクも嬉しいよー」
 シリカ商店の若い店主は、腰に手を当てて笑った。
 「あれだけ立派な牙だったからね。他にも使い道がありそうなんだ。またよろしくねー」
 2匹目の鹿で、無事大きな獣牙をゲットしたのである。アクシオンは速攻持ち込んでボーンメイスに仕上げて貰ったのだ。
 「ご機嫌だな〜」
 対象があれだが、可愛い子がにこにこしている姿を見るのは楽しい。自分まで釣られて笑いながらルークはアクシオンの頭を撫でた。
 「ふふふふふ…これで、混乱した人が出たら、蹴るだけじゃなく殴り倒すことが出来ます…」
 「………いや、それはちょっと………」
 ルークだけでなくリヒャルトも青ざめて後頭部を撫でた。混乱している時の記憶は無いが、醒める間際の衝撃だけは覚えているらしい。
 「リフレッシュ覚えなさいよ、メディック」
 「どうせ俺が状態異常になった時のために薬を常備しておきたいですしね。まあ、まだ開発されてませんけど」
 どうやら自分が覚える気は全くないらしい。それより攻撃力を優先するなんて、メディックとしてはどうだろう。
 そりゃ、誰でも使える薬で状態異常を治せた方が、合理的と言えば合理的だが…あぁ、そう考えるとアクシオンらしい判断だ、とルークは思った。
 
 さて、いきなり攻撃力が増して、鹿や牛にも通用すると分かったナイトメアは、2階の鹿と牛を一掃した。それはいいのだが、問題は、一晩で一掃してしまったことだ。
 「凍らせてはみたけどさぁ」
 清水で回復しつつ、鹿肉と牛肉の塊に氷の術式をかけたグレーテルは、肩をごきりと鳴らした。皆で手分けして持ち帰ったのだが、結構重かったのだ。
 「うっわー!すっごいね〜!」
 クゥがどんどん持ち帰られる肉に目を丸くした。今までのネズミやらモグラやらウサギやらに比べたら段違いの量である。
 早速焼いて貰ってかぶりついたリヒャルトは、満面の笑みでターベルに礼を言った。
 「くぅ〜…旨い!ありがとう!うちの料理人に勝る鹿肉の調理は無いと思っておりましたが、この野趣溢れるステーキも格別であります!」
 「………」
 ターベルはもじもじと指を組んで、慌てたようにカップにスープを注ぎ足してから、さっとクラウドの背後に隠れた。
 「うむ、このスープも絶妙!」
 「お口に合うようで良かったよ。俺たちのは野営料理だからな」
 留守番のついでに大量の肉を料理したレンジャー組代表が頬を綻ばせた。
 リヒャルトはもぐもぐと咀嚼してから、クラウドの背後を見透かすように目を細めてから、伺うような声で言った。
 「あ〜…出来ますならば、残りの鹿肉は薫製に…」
 「ははは、そんなに鹿肉が好きかー。よし、香りの良い木を探して切り出しておくよ。ターベル、肉を適当な大きさに切って縛っておいてくれ」
 「………」
 「楽しみであります!」
 ほっとしたようにリヒャルトは目を輝かせた。
 対照的にグレーテルは食が進んでいない。
 「そりゃ美味しいわよ?美味しいけどさぁ…焼き肉ばっかりは堪えるわね〜」
 「何よ、年寄り臭いこと言ってるわね」
 「あぁ、はいはい、年寄りですよーっだ。んー、牛肉も干し肉にして酒の肴にしてちびちび行きたいわ〜」
 「なるほど、酒の肴、ですか。…余ったら、酒場に差し入れしましょうか」
 アクシオンはそれなりに食べていたが、それでも大量の肉にはまるで太刀打ちできていなかった。いくら保存したところでものには限度ってものがある。新鮮なうちにさっさと皆に食べて貰った方が良い。
 「んー、そうだな。酒場と…あ、アクシー、ギルドのおっさんに差し入れしてきてくれ」
 「はい」
 簡素な木の盆にスープとサラダ、それに大量の肉を載せて、アクシオンは部屋を出ていった。
 シリカ商店にも後で持っていくか、宿は…まあいいや。カーニャの師匠ににも届けておくか。いっそスラムの子供たちに炊き出し…あ、一般論として、魔物肉だし、冒険者以外の人間に食わすのはまずいか、そういえば。あ、嫌がらせで執政院にも持ってってやろう。
 しばらくして戻ってきたアクシオンが、少し笑いながら告げる。
 「他のギルドが、匂いに釣られて来てますが…」
 ちらりとクラウドを見ると頷いたので、ルークは立ち上がって扉を開けた。
 「分かった。今日は焼き肉パーティーだ!」
 たまたまギルドの建物に残っていた冒険者たちが、うおー!と叫んだ。
 もう一部屋では無理なので、中庭に出ていって、本格的なバーベキュー大会が開始された。
 大きな肉の塊を炙ってはナイフで削ぎ取り塩を振って食う、というだけのシンプルなものであったが、質より量の冒険者たちには好評であった。
 そのうち、探索から帰ってきたギルドや近所の一般人まで混じってもの凄い騒ぎになる。
 一度ギルド管理長が覗きに来たが、騒がしいだけで何の暴力沙汰も起きていないのを確認して、自分も肉を削ぎ取ってもぐもぐしながら去っていった上に、酒まで差し入れしてきたものだから、その宴会は夜が更けるまで続いたのだった。
 
 その後。
 この突発的な宴会から1週間もした後には、ギルド<ナイトメア>の名はエトリアにかなり知られるようになっていた。
 本人たちにとっては、大量に肉取って来ちゃった→自分たちだけでは食い切れないぜ→みんなで食べればいーじゃんいーじゃんすげーじゃん、という流れは、ごく当たり前のことだったのだが、どうやらそもそも2階の狂える鹿や怒れる牛を倒す真面目な冒険者が少なく、そして避けられるものをわざわざ殺しに行くようなギルドは他の人間に肉を無料で配るような真似はしなかったため、「実力があるのに太っ腹なギルド」という評判が立ったのだった。
 後にそれをバード仲間から聞いたルークは、慌ててそいつに否定した。
 「お〜い、たかが地下2階の敵を倒したくらいで『実力がある』とか思われたら困るんだけどな。カマキリにびびってるくらいの駆け出しギルドなんだからさ、俺たち」
 「何、言ってるんだい〜♪君たち、もう4階の狼も倒したんでしょう〜♪おぉ、雄々しき冒険者たち、傷ついても傷ついても立ち上がり、たった一夜で倒したのは、狂える鹿を3体、怒れる牛を2体、さて、凱旋を歌いつつ…」
 「…お前か!余計な盛り上がりを付け加えてんのは!」
 だー!とルークは頭を抱えた。そりゃ、事実の一部はそうだ。しかし、実際にはいちいち清水を往復し、混乱した仲間に手こずり…そんな『雄々しい』などという単語とは全くかけ離れた泥臭い一夜だったのに。
 「だってさ、せっかくこんなに良い英雄譚だよ?バードが歌わなくてどうするのさ」
 「へーへー、悪かったな、歌えなくてよぉ〜おうおうおう」
 見てきたこと、いや、見てきた以上にドラマティックに物語るのが吟遊詩人というものである。ルークがそれをしないのは、単純に歌詞を乗せて旋律を取れないからである。バードとして、致命的。
 「ま、好きなように儲けて貰って構わないけどさぁ、俺は。でも、買いかぶられんのは困る」
 金髪のバードは、少し困ったように笑った。
 「自覚無いんだ?君たち、本当に実力付けてるよ。それから、酒場の依頼もこまめにこなしてるじゃない。無料で肉配ったり、怪我を治したり、大工仕事手伝ったり…お人好しな太っ腹ギルドって評判も嘘じゃない」
 そうなんだよなぁ、とルークはテーブルに突っ伏した。
 実力の方は実感無いが、お人好しさ加減には自信がある。自分たちの探索に支障がない限り、という条件付きだが、帰ってきたギルドで顔馴染みが怪我をしていたら放っておけるような性分じゃないし、たいてい留守番しているレンジャーたちが、庭で木工に励むついでに近所の人の棚やら椅子やらの修理をするのも、黙認どころか「いいことしたなぁ、あっはっは」くらいのノリだ。
 「いいじゃない、乱暴者ギルドとして名を馳せるよりも」
 「そりゃそうだが…」
 ルークは、改めて自分の人生というものを考えてみる。
 歌いたかった。
 誰かに、あの旋律を伝えたかった。
 が、自分には向かない、と分かって、うだうだと毎日を過ごしていた。
 で、可愛い女の子(ではなかったが)に良い格好したくて真面目に冒険者をやってるだけなのだ。そんな自分が<あの有名なギルドのリーダー>なんて思われるのは困る。
 「…まあ、俺じゃなくて、うちのギルドの評判が良いんだ、と思えば、いっか」
 「ふふふーん。<破滅の歌声ルーク><男殺しのアクシオン><ウワバミグレーテル>…順調に二つ名も付いてきてるしね〜♪」
 「付けるな!」
 しかも、何となく不名誉な二つ名のような気がする。事実ではあるが。
 だが、ルークは自分がバードなだけに、いったんバードが噂を広めだしたらそれを押しとどめることは不可能だと知っている。
 こりゃあ、いったん有名ギルドになったからには、行動に気を付けておかないとなぁ、と溜息を吐いた。
 まあ、人の噂も75日、ナイトメアが平凡な実績しか残せなかったら、また他の冒険者の噂に埋没するだろうが。


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