カマキリは転ばない




 ルークの目覚めは最悪だった。
 頭の中で鹿と牛がガスガスとタップダンスを踊っているようだ。
 喉がからからで舌が上顎に張り付いている。
 目を覚ましたのにもう一度毛布に突っ伏したルークの前にコップが差し出される。
 「はい、お水です。グレーテルさんが宿なので、氷は入っていませんが」
 のろのろと受け取って舐めるように口を付け…すぐにごくごくと飲み干した。水差しからもう一杯注がれて、それも飲みつつ、やっぱりアクシオンは俺の嫁、と考えてから、うっすらと夕べのことが思い出された。
 …思い出したくなかった。
 いや、きっと酒が見せた夢だ、そうに違いない。
 俺の可愛いアクシーがSなんてそんな。
 「それから、事後報告になりますがレンジャー3人に弓を買いました。170en×3で510enの出費です。その代わり、朝の伐採はもう済ませて来ましたが」
 思わずむせ返った。赤貧状態でいきなり510enは痛い。
 「でも、後衛から3人で弓を撃って貰ったおかげで、大した怪我をすることなしにレベルアップが出来ました。有効な初期投資ですよね?」
 天使の微笑みにルークは背筋が冷えるのを感じた。
 人が惚れているのを踏まえた上での理論展開。これでNOと言えるなら、そもそも男に惚れてじたばたしていない。やっぱり夕べのは夢じゃなかったのか…と遠い目になる。
 「…まあ…いずれ元が取れるよな、うん…」
 「えぇ、まったく。…というわけで、今朝はクゥちゃんたちが朝食を作ってくれました」
 「頑張ったよ〜!ねー、アクシオンさん、すっごいの!みんなが持ってるようなナイフなのにばっさばっさと敵を切り捨てて、それからレンジャー顔負けに皮を剥ぐんだ〜」
 うっとりとギルド内最年少の少女が手を組んだ。憧れの方向性が間違っている気もしたが、今朝は突っ込む気力も無い。
 力無く豆のスープを啜りながら、ルークは油断するとすぐに閉じかける目を無理矢理開けてアクシオンの横顔を見つめた。相変わらずつるつるの肌で疲れ一つ見えないが。
 「…ってことは、アクシオンだけ徹夜か?」
 「まあ、そうなりますね。でも大丈夫です。気力が充実していますから」
 野草のサラダをフォークに刺して、アクシオンはにっこりと微笑んだ。端から見ても、ルークの方がよほどしょぼくれている。
 個人的には、今日の探索は無理かも知れない、と思ってから、自分よりももっと無理そうな人間の顔が思い浮かんだ。
 まだまだ世間知らずで、自分が死ぬだなんて想像もしてなかったはずの家出少女。現実を思い知って、もう冒険者なんか止める!と言って家に帰っても不思議では無い。いや、むしろその方がいいのかもしれない。ルークには、あんな年若い少女の人生まで背負えない。
 「カーニャは…大丈夫かな」
 思わず独り言を言うと、アクシオンが怪訝そうに首を傾げた。
 「毒も傷も治してますので、急変する可能性は非常に低いですが」
 「…そういう意味じゃ無いって」
 相変わらずの意図の擦れ違いっぷりに頭を抱えていると、部屋の扉がおざなりに叩かれ、すぐに開いた。
 「ただいまー…って、何これ、酒くさー。何よ、人がいない間に酒盛りでもしたの?」
 「えー!?あたしが死にかけた時に、そんなことやってたの!?さいってー!」
 元気良く入ってきた女性二人組にぽかんとしていると、アクシオンが苦笑して説明した。
 「いえいえ、ルーク一人のせいですよ。カーニャを死なせたことがショックだったんです。大目に見てあげて下さい」
 けなしているのか庇っているのか。
 「あ、お二人は朝食は?まだ残ってるけど…温め直そうか?」
 「ん、宿で食べてきた」
 「そうか…じゃ、俺はお代わり」
 「もー、兄ちゃん食べ過ぎー」
 「ははは、久しぶりに戦ったからかな、腹が減ってしょうがない」
 クラウドが嬉しそうに矢筒に触れた。本当は弓矢を撃つのが好きらしい。
 「ターベルも、よく頑張ったな」
 無言でこくりと頷く妹の頭を撫でて、クラウドはターベルの前の皿にもスープのお代わりを注いだ。
 昨日、人が一人死んだとは思えないほど、長閑な光景だ。いやまあ、蘇生されてこの場に本人もいるのだが。
 出来るなら、こういう和やかな光景だけを見ていたい。
 血塗れになったり、仲間が死んだりするのはイヤだ。
 ということは、何か?俺は、カーニャが死ぬのがイヤなんじゃなくて、単に俺自身が怖いからイヤなのか?
 ぶつぶつ呟いているルークの前に、カーニャが立った。
 腰に手を当てて仁王立ちし、見下ろして鼻を鳴らす。
 「あたしを外そうとか、思ってないでしょうね?」
 「…いや、俺が外したいとかじゃなくて、カーニャが…」
 「あたしがいない間に、糸使ったんですって?すっごく面白そうなのに!おまけに、あたしだけレベルアップし損ねてるじゃない!」
 そりゃまあ死んだ人間に経験値は入らないだろう。
 「…あたし、辞めないから」
 ふん、と鼻息荒くカーニャは宣言した。
 「そりゃ、死ぬのは怖いわよ。でも、あたしがやられたら、連れて帰って蘇生してくれるんでしょ?だったらいいわ」
 ルークはカーニャを見上げて、ぱちぱちと瞬きした。
 目に入る朝の光が痛くて涙が出そうだ。
 「第一!あたしがこの中で一番敵をやっつけた数が多いんだもん、あたしがいないと、あんたたち困るじゃない」
 ぷいっと顔を背けて、カーニャは言い放った。それは事実ではあるが、たぶんアクシオンあたりだと、まだ十分代わりを考慮できる段階ですけどね、とか言いそうなレベルなのだが。
 「…そっか」
 くすん、と鼻を啜り上げて、ルークは頭を下げた。
 「ごめんなー、頼りないリーダーのせいで、痛い目させて」
 今までへらへらと渡り歩いてきたギルドでは、後衛から手慰みレベルの弓矢を放つ程度で自分も怪我もしなかったし、前衛も死にそうになるような危険な敵とは戦っていなかった。まあ、数合わせがいるような時に、本格的な探索には入っていなかっただけなのかも知れないが。
 何となく成り行きで作ったギルドとはいえ、このギルドのリーダーはルークなのだ。メンバーの怪我も死も、全てルークに責任がある。
 今まではたまたま幸運にも敵の攻撃が前衛3人にばらけて死ななかったというだけのことだったのに、もう2階の敵相手にも渡り合えると慢心していた。3体に集中されたら、余裕で死ねる程度の腕前に過ぎないのに。
 「…ばっかじゃないの?別に、あんたのせいだなんて思ってないし。…あたし、もっと強くなるんだから。そしたら、きっと、次に死ぬのはあんただわ。体力なさそうだもん」
 ふん、とまた鼻を鳴らしてカーニャは部屋の端の椅子に腰掛けた。ちなみにクラウドたちが毎日少しずつ家具を作っていているので、今では5脚の背もたれ付き椅子があるのだが。
 「いえいえ、俺も危ないですね。前衛の中では一番体力無いですし、防具が薄いですし」
 まだ初期装備のツイードとナイフという状態で前衛に居座っているアクシオンが平然と言った。
 「…死ぬ、なんて話をすんなよ…」
 「冒険者なら、避けては通れない話題ですから」
 やっぱり、その辺の感覚はどうしても相容れないようだ。
 はぁ、と溜息を吐くと、アクシオンがずりずりと近寄ってきてぐしゃぐしゃになった灰色の髪を撫でつけた。性格は多少難ありとしても、外見もろ好み美少女が白い手で髪を整えてくれるというのは非常に嬉しいシチュエーションだ。
 そのうち、顔まで近づけてきて耳に吐息がかかったので、ルークの胸が無駄に高鳴った。
 「…お酒臭いですね、まだ」
 すん、と鼻を鳴らしたアクシオンが、眉を顰めて言った。
 何だ、髪を嗅いだだけかよ!と心の中だけで突っ込み、ルークは照れ隠しにまた髪を掻き回してせっかく整ったものを無茶苦茶にした。
 「どうします?リーダー。どうやら俺たちは探索に行けるようですが、後はリーダーの体調次第のような気配です」
 「…メディックの判定は?」
 「寝ろ」
 「…簡潔な返事をありがとう」
 ルークは立ち上がって頭を振ってみた。
 くらんくらんくらん。
 「…駄目か、やっぱり。悪ぃ」
 「だらしないわねぇ。酒は飲んでも飲まれるなって言葉、知らないの?」
 「ウワバミと一緒にするな〜」
 頭を押さえて呻いていると、がたんと音を立ててカーニャが立ち上がった。
 「行かないのね?じゃ、あたし、ドレインバイト、もっと教えて貰ってくる」
 「…じゃ、私はその付き添いね」
 「いらないわよ」
 「年頃の娘が一人でスラム街なんかに行かないの!」
 グレーテルの肉体も、十分危険な餌になりうるがまあともかく。世間一般的には、錬金術師の技というのは理解不能なものとして恐れられている。あからさまに錬金術師の格好をしていけば、多少は危険が薄らぐだろう。
 「では、自分は執政院に魔物とアイテムの報告に参ります。その後、鍛錬でもしておくであります」
 「悪い、夜までには何とかするわ」
 夜から探索に行くとして…と、ちらりとアクシオンを見やると視線がテーブルに向かっていたので釘を刺しておく。
 「アクシーも俺と一緒に昼寝だな。徹夜だろう?」
 「全く眠くないんですが」
 眉を寄せて反論するアクシオンに指をびしぃっと突きつけた。
 「リーダー命令」
 「…了解しました」
 本当は趣味の裁縫でもしたかったのかも知れないが…いやおかげでクッションだのソファのカバーだの出来つつあるので便利なのだが…夜に備えて休んで欲しいのも本音だ。
 そうしてギルドの面々は散っていった。
 同じく徹夜のレンジャー組も一緒に床に転がる。
 完全に窓を閉めて光を遮り、毛布にくるまるとすぐに瞼が落ちてきた。
 穏やかな時間。
 穏やかな空間。
 これがいつまでも続けばいいのに。


 いつものように夜になってから迷宮に入る。
 「どうすっかな〜、やっぱ2階入り口でレベル上げ?」
 「戦闘不能者が出たら歩いて帰るつもりですか?糸を使うなら、2階入り口だろうが奥だろうが同じことだと思いますが」
 やはりどう転んでもアクシオンは合理的だった。
 感情的には納得しがたいが、言っていることは正しいのでルークは頷いた。
 「なら、進めるところまで行ってみるか」
 普通に一階を通って降りていき、毒アゲハにも会ったが、こっそり心配していたようにカーニャが怯えることもなく…むしろ怒ってクリティカルを出していた…いつも通りに倒せた。
 鹿を避けて奥へ行き、牛に追いかけられて慌てて逃げて、また短く行き来する鹿をかわすと。
 「…3階に向かううろを見つけちゃったよ、おい」
 2階でも死んだのに、3階に向かっていいのだろうか。
 少し悩んだが、今のところまだ大した怪我もしていないし、様子を見るだけでも、と踏み込んでみた。
 そして、やけに見通しの良い広場に降り立ったのは良いのだが。
 「…ものすんごく、後悔したくなる空気なんだが」
 「強敵の気配であります」
 「…やぁだ…何か、やだわ…死にそうって言うか…」
 何やら手を翳して遠くを見ていたアクシオンが右斜め前方を指さした。
 「えっと…巨大カマキリ?ちょっと白っぽいのでアルビノかもしれませんが、とにかくこっち見てます」
 言いながら、ずりずりっと前に出てみた。
 ずりずり。
 ぽてっとした腹を揺らしながら、カマキリ(仮)も近寄ってきた。
 「…いきなり駆け寄ってこないところを見ると、あっちは隠れて忍び寄ってるつもりなんですかねぇ」
 どう見たって草原から突き出ているが。
 また数歩前に出てみる。
 やはりカマキリ(仮)もずりずりと来て…ばっと身を伏せた。
 「…見えてます、思い切り見えてますから」
 巨大な鎌で頭を隠しているように見えるカマキリ(仮)に、アクシオンはのほほんと突っ込んだ。
 「面白いですねぇ」
 のんびり笑うアクシオンがまた進んで行きそうだったので、ルークは慌てて首根っこを掴んだ。
 「撤退!」
 「え〜」
 「とにかく、上へ!」
 皆でじたばたと木のうろを駆け上がるその背後には、カマキリ(仮)がやはり忍び寄ってるつもりらしい体勢で歩いてきていた。
 2階でしばらく黙って下を窺ってみたが、幸いカマキリ(仮)が上まで登ってくる気配は無かった。思わず気が抜けて、みんなで円陣を組んで座り込む。
 「…テリトリーとかあるのかしら」
 「それ以前に、通れないような気がしますが」
 鎌を畳んで大股開きの足も内股にすれば通れるかもしれないが…昆虫はそこまでしないだろう。
 「…どう考えても、やばい気配だったよな?」
 「強大すぎる敵に立ち向かうのは、勇気では無く無謀だと教えられております」
 「パラディンの言うこっちゃ無いわね〜」
 「死んでは、盾にもなれないのであります」
 ルークは溜息を吐いて、灰色の髪をがりがりと掻いた。
 「そういや、3階に降りたってギルドは少ないやな。…あれのせいかよ」
 「少ない、ということは、0では無いんですね?」
 「そりゃ…」
 更に行った、という話は聞いたことがある。どれだけ酒の上のホラだったかは不明だが、5階くらいまで降りてもやっぱり昼は明るく夜は暗いので、どこから光が入ってるのか分からないが助かる、という話を聞いたことがあるような…。
 「…真っ向から倒した、か…あるいは…」
 「他の可能性としては、抜け道があるとか、実は全く強くないとか、全力疾走すれば次の部屋に入って追いかけてこない、とか…まあ、あれがつい最近棲み付いた、という可能性もありますが」
 んー、と首を傾げてから、アクシオンはすっと立ち上がった。
 「ちょっと、覗いてきます」
 「…って、勝手に行くな〜!」
 「大丈夫ですから、むしろ背後を塞がないで下さい」
 さっさと駆け上がってくるとしたら、確かに後ろから付いていっていたら危険だ。しぶしぶうろの前で待っていると、数分で戻ってきた。
 「また元いたところに戻っています。どうも動く者がいると追いかけてきて、視界から外れると巣に戻る習性のようですね」
 「ん、それはあり得るわね。ってことは、どこか扉を見つけたら、飛び込んでまた閉めれば追撃は止まるってことか」
 グレーテルが地面に枝で図を書いた。
 「でも、扉なんて見えなかったじゃない」
 カーニャが唇を尖らせて文句を言った。
 「そりゃ、無い可能性もあるわな」
 「あれ、足遅かったじゃない。走れば勝つわよ、きっと」
 「カーニャは早いかもしれないけどなー」
 「カマキリも早いかもしんないわよ?私の推測だけど、あれは獲物に忍び寄ってる態度だったもの。こっちが全力疾走したら、あっちもなりふり構わず全力疾走してくる可能性が高いんじゃないかな」
 ルークは腕を組んで考え込んだ。
 2階までで諦める冒険者になるつもりは、無い。今のところ、ちゃんと奥に進んでいく気満々だ。そりゃあんまり死人が増えたら心が挫けるかも知れないが。
 てことは、あれを何とかクリアしなくちゃならないのだが。
 「とにかく。帰ったら、俺は噂を掻き集めてみるよ。奥に行けた奴を捕まえられたら良いんだが…それが無理でもバード同盟の方で何か聞いてくる」
 「…バード同盟なんてものがあるの?」
 目をぱちくりさせているカーニャに、一応説明しておく。
 「吟遊詩人ってのは、探索しない時には酒場で歌ったりする職業だろ?冒険譚なんて絶好の題材だし、それ以外にもなるべく新鮮でいろんなカテゴリーの話題を持ってた方がいい。ってことで、同盟で自分の情報を交換し合って、ネタを増やしてるんだ。まあ、同盟つーか、情報網だな」
 一応、他人の持ちネタを使う時には、そのメンバーとは違う街でやる、ということにはなっているが、もうすでに大元が誰のネタだったか分からないようなものもある。あんまり元ネタそのまんまだと気が引ける、と独自に展開していった結果、大ボラとしか言い様の無い代物になっているネタもある。
 まあ、とにかく。
 嘘を嘘と見抜けないようではバード同盟なんて入っていられない、と言われるほど荒唐無稽な話題の多い情報網なので、いまいち情報に信頼性が欠けるが、噂話に過ぎないようでも、何某かの攻略のヒントがあるかもしれない。情報は、なるべく集めておいた方が良い。
 「そういやさ。私、リーダーの歌って聞いたことないような気がすんだけど」
 考え込んでいたルークは、ぎぎぎと軋みを上げてグレーテルを見た。金髪美女は、からかうようでもなく至極まともに疑問を抱いたようだった。
 「HAHAHA、俺は安らぎ一本狙いなので、まだ呪曲は無いのデスヨ?」
 我ながら裏返った声だった。
 「攻撃力を高める呪曲があると聞いているのでありますが」
 「あはは、俺が頼んだんですよねー、TP回復させる歌が欲しいな〜って」
 まあ、確かにそれも真実だ。どうせなら、惚れた相手に一番喜ばれる歌を覚えたいってもんだ。
 それは、それとして。
 「そりゃ、私もその方がありがたいけど…」
 今の時点では、歌うどころか弓で攻撃しているだけの吟遊詩人に、グレーテルは微妙に納得し難そうな顔で肩をすくめた。
 「…俺は、ルークの歌は好きですけどね。何だか、懐かしい気がして」
 たぶん、それはお世辞ではなく本気なのだろう。どうやら最初の予想と違って、アクシオンの頭に「お世辞を言って人間関係を円滑にしよう」なんて意識はなさそうだから。むしろ「本当のことを本当と言って何が悪い」くらいの認識でぽろりとやばいことを言いそうだ。
 アクシオンさえ、そう言ってくれれば、良いような気もするが。
 しかし、いきなり戦闘時にルークの歌を初めて耳にしなければならないメンバーのことを考えると。
 ルークは覚悟を決めて、今エトリアで流行している歌を歌ってみた。
 ………。
 「じゅ、呪曲とは、このような…確かに、呪われているような気がするであります…」
 呪ってねぇよ。
 「歯が浮きそう…何なの、このぞわぞわする感覚」
 悪かったな。
 「一音一音が変調してるなんて…凄く高度な技のような気もするわ」
 はっはっは、凄いだろう、こんちくしょう。
 「…えーと…流行歌には疎くて…あの、姫リンゴを摘む娘さんがどうしたこうした、とかいう歌ですよね?」
 「「「何で分かる(んだ)(のよ)(のでありますか)!」」」
 難解なノーヒントクイズもいいところだというのに。
 全員に突っ込まれたアクシオンは、きょとんと首を傾げた。
 「違いました?」
 「…いや、それだよ、それだけどな…」
 「えー!?とても、あれとは思えな〜い!…って言うか、あたしが歌姫がだったら絞め殺すわね」
 耳の付近を荒っぽく擦りながらカーニャがずばずばと言った。
 「…リーダー」
 グレーテルが同情たっぷりにルークの肩を叩いた。
 「…何」
 「シリカ商店には、オカリナが売ってたわ」
 「へいへい、分かってますよ」
 ちなみに、歌として出す分にはこれっぽっちも再現出来ていないが、楽器の演奏には全く差し支えが無い。ちゃんと吟遊詩人としてレベルに合った技術を持っている…と思う。
 「弓、持ち変えるのが面倒なんだけどな…」
 オカリナは両手が塞がるので…いや、もちろん口も塞がるが…武器は脇に抱えておくしかない。声だけで呪曲がかけられたら、それに越したことは無いのだが。
 「楽しみですね〜、ルークの子守歌」
 「はっはっは、今夜は寝かさないぜって子守歌になりそうだがな!眠れるもんなら眠ってみやがれ、こんちくしょう」
 「…自虐は止めなさいよ、自虐は…」
 「攻撃力高める歌、欲しいけど…あ、この歌を止めさせるために、さっさと終わらせなきゃって強くなれるかもしんない」
 「はっはっは、みんなで好き勝手言ってくれやがりますね」
 
 そんな風にわいわいと喋っていたので、反応が遅れた。
 特に、カーニャが皆と一緒に(悪口とは言え)自分に話しかけてくれたいたのをひっそり喜んでいたせいか、いつもならリーダーとして警戒しているルークが全く役に立っていなかった。
 「敵!」
 一言叫んでアクシオンが前に出る。
 「え?え?え?」
 カーニャとリヒャルトも武器を構えたが、完全に敵に最初に動かれていた。
 鹿よりも小さいとはいえ立派な角を振り翳したフィンドホーンがカーニャを突き上げる。更にモグラが引っ掻いてくる。
 「キュア…」
 アクシオンが回復をしようとしたが、先に第2撃が襲ってきて。
 崩れ落ちるカーニャを横目に、アクシオンは呟いた。
 「…あ、まずいかも」
 無駄撃ちになったキュアの行方を眺めながら、他人事のように迫ってくるフィンドホーンを見つめた。
 咄嗟に腹の前に出したナイフが弾き飛ばされる。
 
 結局。
 敵は倒せたが、今度はカーニャとアクシオンの二人が戦闘不能になっていた。
 グレーテルが糸を取り出すのを見て、ルークはアクシオンを抱え上げた。
 「リヒャルト、カーニャを頼む」
 「うむ」
 糸が外れないようにぐるぐる巻きにされながら、ルークはぼんやりと思っていた。
 惚れた相手が死んだってのに、涙も出ない。
 むしろ、昨日のカーニャの方が衝撃的だった。
 施薬院に行けば、助かるのが分かっているから?
 それとも…慣れ、なのか?これは。
 仲間が死ぬことに慣れる。
 それは、<死>そのものよりも、恐ろしいことのような気がした。

 「うぉおおおよおぉぉぉぉ…!」
 「ややややややっぱりこれは慣れないわねええぇぇぇぇ!」
 
 …アリアドネの糸は、真剣に考えている時には合わないアイテムであった。


 

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