ダークハンター心得
ルークは、それを口に出すのを非常に躊躇っていた。出来うることなら、自分とリヒャルトだけにしておきたい。だが、後でばれようものなら、男扱いしなかったと言うことになってアクシオンの不興を買うような気がする。しかし、アクシオンに痛い目はさせたくない…。
何度目かの溜息に、アクシオンがちらりと目を上げた。
「ルーク?さっきから溜息が多いですが…」
「ほーんと、うっざいわね〜。何よ、今から一日が始まるってのにテンション下げないで!」
誰のために悩んでると思ってんだ、この小娘、と心の中だけで罵ってから、ルークはもう一度溜息を吐いた。
そして、思い切って、それを口にする。
「…今日の探索は中止」
途端に上がった不満そうな声の主を、ルークは半目で睨んだ。
「カーニャ。いい加減、ダークハンターの技を覚えてくれ」
「…え?あ、あたし?…あたし、強くなってるじゃない」
「普通に実戦積んだ分だけ強くはなってるがな〜。でも、全然技を覚えて無いだろ?ダークハンターならダークハンターならではの技を覚えてくれないと、ただの素人連れてってんのと変わらないじゃないか」
カーニャは唇を尖らせたが、何も言わなかった。たぶん「私、素人だもん」と言いたいのを我慢したのだろう。言われたらこっちも困るが。
「…じゃあ、どうしろって言うのよ。一人で迷宮潜れって?」
「何でだ。ダークハンター紹介してやるから教えて貰って来いって言いたいんだよ」
何とかツテを辿って、剣を使うダークハンターに頼むことが出来たのだ。
ただ、問題は。
「それは良いことだと思うんですが…何故、溜息を?」
「…いや…その、交換条件が、だな…」
目を逸らすと、グレーテルが面白そうに聞いてきた。
「何?そんなに大金要求されたの?」
「…や、金の方がなんぼかマシっつーか…」
頭を抱えて、ルークはもう一度溜息を吐いてから、思い切って顔を上げた。
「そいつ、さぁ。スラムの出でさぁ。スラムの子供たち集めてダークハンターの技を教えて冒険者として生活できるようにしてるんだけどさぁ」
「うむ、技を教えて自活できるようにするとは、なかなかの精神を持っておりますな」
スラム出身の子供たちは、結局盗人になったりしてスラムから脱出できないことが多い。そりゃ命の危険はあるが、冒険者になる方が多少はまともな道だと言えるだろう。まあ、世間一般的には、どちらも<ごろつき>だと思われているだろうが。
「で、だ。こっちが払う代償は、たった一つ。…実験台になれ」
「…何の?新薬…じゃないですよね?」
「あ〜…その〜つまり。鞭で、だ…縛るだろ?あいつら。…その練習台になれっつってんだよなぁ」
鞭でただ攻撃するだけでなく、それでもって腕や脚や頭を縛るのがダークハンターの技だ。どこでもいいから攻撃する、というのよりも高度な技である分、修練が必要なのは認めるが。
「え〜、鞭打たれるの〜?」
グレーテルが自分の顔を押さえてイヤそうに言ったので、ルークは首を振った。
「いや、さすがに男だけで良いってさ…つまり…俺とリヒャルトと…」
「俺ですね。うん、練習に付き合うくらいでカーニャに技を教えて貰えるなら、それで良いんじゃないですか?傷が出来たら治せますし」
相変わらず合理的というか自分の身についてあまり拘ってないというか。
だから言いたくなかったんだよなぁ、とルークはまた溜息を吐いた。
可愛いアクシオンが鞭打たれるなど見たくない…いや、どうせやられるなら見てみたい気はするが、いやむしろ目隠しされたり手を縛られたりいっそ全身縛られてエクスタシー!なんて金払ってでも見てみたいような…じゃなかった、傷が付いたりでもしたらどうしよう…いやまあ探索してるだけでも傷は付いてるんだが…そう、とにかく探索ならともかく不要な時にまで怪我をして欲しく無いのが惚れた男の男心ってもので。
「あの〜…俺が行こうか?」
聞くとも無しに聞いていたらしいクラウドが、ルークの気持ちが分かったのだろう片手を上げて立候補してくれたが、アクシオンが首を振った。
「失礼ですけど、俺の方が体力ありますし。第一、俺が行かないと回復出来ません」
まだ自分たちのことで手一杯なので採集組を鍛えるところまで行ってないのだ。そのため、クラウドは鞭の3発も入れば死にそうで、とてもじゃないが練習台には向いていない。
「…それ、どうしてもやらなきゃなんないの?」
カーニャが恐る恐る言ったので、ルークは却って決心が付いた。
「そ、どうしてもやんなきゃなんないの。カーニャがこれ以降も冒険者として探索続けるならな」
微妙に後ろめたそうな顔になっているのは、やはり自分のせいで仲間に余計な怪我をさせるのがわかっているからだろう。根は悪い娘ではないのだ。ちょっと反抗期なだけで。
「てことで、姐さんは留守番よろしく。勝手に飲みに行ってくれてもいいけど」
「そうねぇ。クラウドの伐採に付いて行ってようかしら」
「ん、まあ、無理しないようにな」
「言われなくてもしないわよ」
どうやら決定らしい。
はぁあ、と大きく息を吐きながら、ルークは立ち上がった。
「それじゃあ…行きますか」
スラム街の古く崩れそうな家で、カーニャは別室に連れて行かれた。ちょっと心細そうな顔をしていたが、如何に怪しげな風貌をしているとはいえ目の前の金髪美女ダークハンターが信用できる相手なのは分かっているので、頑張ってこいよーと手を振るにとどめた。
先ほどとは違うタイプの妖艶な美女が鞭で床を叩きながら彼らを満遍なく見つめた。
「ふぅん…まあまあいい男ね。躾甲斐があるわぁ」
「…や、そっちの練習台じゃないんで…」
「あら、つまんない」
豊満な胸を押しつけるようにして、今度はリヒャルトを覗き込んだ美女は、直立不動のソードマンの頬を柔らかく撫でた。
「んー…体力ありそうねぇ」
「はっ!鍛えておりますのでっ!」
「うふふ…かーわいい〜」
どう見ても妖しい光景だったが、アクシオンは平然と周囲を見回し、扉の陰に覗いている人影を見つけておっとりと微笑んだ。
「あぁ、あの子たちが練習するんですね。よろしくお願いします」
アクシオンが金髪美女に頭を下げると、それが合図のように扉から複数の人間が入ってきた。それぞれ皮の衣装に身を包み、鞭を下げてはいたが、明らかに10代の少年少女たちだった。
「それじゃ、二人で一人くらいかなぁ。遠慮なく練習していいわよぉ?」
「はぁい!」
うげぇ、と舌を出したルークの顔に、振り向きざまの鞭が巻き付いた。
「ん、ヘッドボンテージはこんな感じ。相手が喋れないようにすんのよぉ?」
「はぁい!」
金髪美女の鞭は熟練者らしくほとんどダメージ無しに拘束だけしていたので、するりと解かれた途端ルークは叫んだ。
「ちょい待ち!いきなり顔からかよ!せめて脚とか手からにしてくれ!」
「あらぁ…練習台のくせに反論するなんて生意気よぉ?」
じろりと睨め付けられて思わず手を上げつつ一歩下がったルークを見て、アクシオンはのほほんと言った。
「あの〜、避ける権利もあるんですよね?さすがに目に来そうなら庇いたいんですけど」
「…そうねぇ、棒立ちじゃつまんないし」
「じゃ、顔でもいいですよ?」
「アクシー!」
「後で治してあげますから」
「や、俺じゃなくて、だなぁ…」
「はぁい、じゃあ俺の相手は誰かなぁ?」
「聞け〜!アクシーの顔に傷を付けるな〜!」
「あ、あっちのことはお気になさらず。いつものことですから」
アクシオンは手近にいた二人の少年を手招きして少し離れたところに立った。
ルークも喚きつつも本格的に邪魔する気はないらしく、アクシオンの方を見ながらも逆方向に離れ、やはり二人の少年少女がその前に立つ。真ん中のリヒャルトの前にも二人立って、練習が開始された。
さすがに初心者は違うな〜、とアクシオンはひりひりする頬を押さえて思った。
ちらりと横目で他の二人を確認すると、それなりに頭を縛られたり、「やったー!」だの「あぁん、外れたぁ!」だの可愛い声が聞こえたりもしているのだが、どうも自分の目の前にいる少年は、極端に下手くそなのか、それともやる気が無いのか、今まで一度として縛られていなかった。
「ちょっと、ミケーロ!ちゃんとあたしの言うこと聞いてた!?」
金髪美女がずかずかとやってきて鞭を取り上げ、ひゅんと手首だけ返した。器用に巻き付いた鞭に感心していると、同じようなさりげなさで鞭が解かれる。
「ほら、やってごらんなさいよ!」
ミケーロと呼ばれた少年が唇を尖らせながら鞭を振るう。
ぴしり。
乾いた音を立てて、アクシオンの耳を鞭が叩いていった。
「全然駄目じゃない!」
「…だって、いつも使ってる鞭じゃねぇもん」
「ダークハンターでしょ!?どんな鞭でも自分の触手みたいに使えなくてどうすんの!」
…人間に触手は生えてないんだから、その表現はどうかなぁ、とアクシオンは思った。
どう見てもふて腐れてますますやる気を失っているらしい浅黒い肌の少年に、アクシオンは微笑んで言った。
「あの、慣れたもので良いですよ?」
ミケーロが無言で金髪美女を見上げる。
「馬鹿言わないで!普段使ってんのは、ちゃんと殺傷能力がある奴なんだから!」
どうやら結構まともな武器で練習しているらしい。
んー、とアクシオンは小首を傾げた。
「でも、今のままでは全く練習になってませんし。それでは申し訳ありませんから。しょうがないですよ、本当に初心者みたいだし、使い慣れたものしか扱えないのは」
本人に、皮肉を言っている意識は全く無い。
が、ミケーロはぴくりを頬をひきつらせて扉から駆け出して行った。
「ちょっと、ミケーロ!」
金髪美女は舌打ちしてから、じろりとアクシオンを睨んだ。
「知らないわよぉ?煽ったのは、あんただからね?」
アクシオンはやはり不思議そうに首を傾げただけで、残っておろおろしている青い髪の少年に微笑んだ。
「じゃあ、彼が帰ってくるまでは君が練習する番ですね」
「…え…あ、は、はい!」
縛りやすいように腕を突き出しながら、アクシオンはちらりと扉の方を見た。どうやらあの少年は、せっかく覚えられるダークハンターの道が気に入らないらしい。カーニャもそうだが、人間って押しつけられた道は、それがどれだけ他よりも平坦な道であっても気に入らないものなんだなぁ、と思う。たとえば、彼らのようなスラムの子供にとっては、カーニャの両親が揃っていて将来の仕事まで確保されている立場は羨ましいだろうし、また冒険者になるべくもない人間からすればダークハンターの技を仕込まれる彼らの方が羨ましいことだろう。
まあでも自分の道を自分で切り開く気概を持っているのは悪いことではないだろう。
ただ…単にふて腐れて機会を失ったら、そのまま転落する可能性があることを知っているかどうかが気になったが。
青い髪の少年が何とか手首を縛ったので、アクシオンは微笑んで「お上手です」と誉めた。少年が顔を輝かせたのを微笑ましく見つめる。
そうしていると、扉から褐色の肌に淡い銀髪の少年が戻ってきた。その手にあるのは、皮ではなく金属片で作られた鞭だ。
「…あんたが、いいっつったんだからな」
うち鳴らされた鞭の金属音にルークが振り向いて叫んだ。
「ちょっ…!こら、てめー!練習用使えよ、練習用!」
「すみません、この子、皮の鞭じゃ練習にならないみたいで」
ルークにぺこりと頭を下げると、その上を金属の鞭がひゅんっと通り過ぎていった。
「動くなっ!」
「あはは、すみませんねぇ」
にっこり笑ってアクシオンは少年に向いて、縛り易いように両腕を突き出した。
だが、ミケーロの鞭はそれよりも上に飛んできたので、ひょいと避ける。
「避けんじゃねぇえ!」
「敵は避けますよ?」
「てめぇは練習台だろ!?うだうだ言わずにじっとしてやがれ!」
口が悪いなぁ、とアクシオンは苦笑した。その笑いがまた逆撫でしたしたらしい。ミケーロが滅多やたらと鞭を振り回した。
「こら、ミケーロ!何やってんのよぉ!」
「うるせぇ!気に食わねぇんだよ!苦労なんざしたことねぇような面でへらへらしやがって!馬鹿にすんな!」
ひゅんっと飛んできた鞭を、アクシオンは手首に巻き付けさせた。血が流れるのも構わずそのまま掴んで引っ張り寄せる。
突然引っ張られてよろけたミケーロに、体を回転させて。
「…おーい、アクシー…ローリングソバットはちょっと…」
「さすがにATCブーストに振っているだけのことはありますな」
リヒャルトがうんうんと感心したように頷いた。目の前の練習少年少女も息を呑んで二人を見つめている。微妙に目がきらきらしているので、ひょっとしたら憧れられてしまったかもしれない。
倒れ込んだミケーロの目の前に、アクシオンは手首に巻き付いた鞭をじゃらりと落とした。
「坊やは、早く迷宮に出るべきですね」
胸板に思いっきり蹴りをぶちかましたとは思えないような穏やかな声で言う。
「魔物は平等ですよ?代々パラディンの家系のお坊っちゃんにも、スラムの少年にも、同じように攻撃してきます」
「…うるせ…説教、すんな…」
アクシオンはそのままガスッと胸の上に足を置き、起き上がりかけていたミケーロをまた仰向けに倒した。
「逆に言えば。スラムのお可哀想な子供だからって甘やかしてもくれないんですよねぇ、魔物って。死にたくないのなら、精一杯、技を習得した方がいいですよ?」
思い切り見下ろしながら言うセリフでも無い。
くすくす笑いながら足を降ろして、また所定の位置に戻るアクシオンに、金髪美女が抱きついた。
「やぁだ、君、ダークハンターに向いてるわぁ。どう?今からでも転向しなぁい?」
「いえいえ、皆様を回復することに喜びを感じていますので」
蹴りを放った時も同じくらい生き生きしていたような気もするが。
ルークは頭を縛られたままつくづくと思った。
外見ロリ美少女が女王様…ちょっと良いかもしれない、と。
業の深い男である。
それはともかく。
説教されたミケーロは鞭も取らずにアクシオンに向かって突進した。
「てんめーー!!」
「…あ、ジャンピングニーパッドが入った…」
「むぅ、続けてかかと落としとは容赦の無い…」
「あはは、俺、非力なんで、どうしても足技に偏ってまして」
「…いや、もうすでに非力とは言えない気が…」
迷宮の1階から2階をうろちょろしている程度の冒険者とはいえ、素人とは歴然の差がある。しかも、アクシオンは前衛としてATCブーストまで振っているのだから、下手をすればバードのルークよりも強いのだ。
「迷宮に入って1週間程度の俺でさえ、これですからねぇ。早く迷宮に挑めるくらい練習しなさい。そうすればすぐに俺程度になら追いつけますよ。実践に勝る練習無し、と言いますし」
金髪美女は、どうしたものか悩んでいたようだが、それを聞いて決心したようだった。手にした鞭でアクシオンを素早く戒める。
「はい、ヘッドボンテージ、続いてアームボンテージ、そしてレッグボンテージっと」
「お見事」
「そして、あたしはもっと強いのよねぇ。ミケーロ、このメディックがむかつくって言うんなら、さっさと鍛えて一人前の冒険者になりなさぁい。同じレベルならメディックよりダークハンターの方が強いんだからぁ」
ミケーロは褐色の肌に流れた血を拳で拭う。その目の輝きからするに、素直に聞き入れたとはとても言えそうになかった。
ちなみに、アクシオンもちょっと不満そうだった。どうやら同じレベルになったら自分の方が強いと思っているらしい。意外と好戦的だ。
「ま、あんたには良い勉強になったわねぇ」
ぷいっとそっぽを向くミケーロに肩をすくめて、金髪美女は声を大きくした。
「はぁい、あんたたちも練習終了!どう?役に立った?」
「え〜、もう終わり〜!?」
「もっと見たぁい!」
…どうやらアクシオン対ミケーロの方が好評だったようである。
「また来てくれるわよぉ、きっと」
えぇ!?とルークは内心悲鳴を上げたが、まあ思ったよりは怪我をしていないので報酬によっては付き合っても良い。何だかんだ言って、子供が成長していくのを見るのは、楽しいものだ。
「もうおしまいですか?あまりお役に立てませんで」
申し訳なさそうにアクシオンが頭を下げた。練習台としては、一番逸脱していたのを自覚しているのだろう。
「いいのよぉ。元はと言えば、ボンテージの一つも出来ないミケーロが悪いんだからぁ」
金髪美女がにやにやしながらアクシオンを見て、それからこてんぱんにされた少年を見つめた。
ミケーロは壁を向いたまま動かない。
「さて、と。それじゃあルーク、リヒャルト、こっちに。他に怪我をした方は?」
一人だけ、手元に戻した鞭で自分の腕を傷つけた少女が前に出る。
アクシオンはにこやかに自分が傷つけた少年に声をかけた。
「坊や、こっちにいらっしゃい。一緒に回復しますから」
ミケーロの肩がぴくんと揺れたが、ふん、という鼻息だけでこちらに来そうには無かった。
「意地を張るとね、損なことが多いですよ?どうせ回復するつもりで思い切りやりましたから、肋骨の一本くらいいってるかも知れませんし」
…何だか慈愛に満ちた声と内容が合ってないような気もしたが、ルークはこれもまた萌え!と拳を握った。
それでも動かないミケーロに、アクシオンは足音を忍ばせて近寄り、がばっと抱きついた。
「ほーら、捕まえた」
「…は、はにゃせ…よ!」
優しい声は、母親が悪戯をした小さい子供を捕まえる声を連想させたが。
「アクシー、それはスリーパーホールド…」
抵抗を意に介せずずりずりとミケーロを引きずってきたアクシオンは、左手で腰のバッグを探った。
「エリアキュア」
ふわりと漂った芳香に、傷口が塞がっていくのを感じる。理屈は不明だ。メディックの商売上の秘密らしい。
ミケーロの体力は三分の一程度になっていたが、そもそもが素人なのでこの程度で完全回復した。元よりかすり傷のルークやリヒャルトも全回復している。
「さぁ、元気になったでしょう、坊や。何なら2回戦でもしますか?」
ようやく腕を振り解いたミケーロが褐色の肌を色濃くさせて怒鳴った。
「ミケーロだ!坊やって呼ぶんじゃねぇ!」
「一人前の冒険者になったら、名前を呼んで差し上げますよ」
あ、やばい、とルークは思った。
顔を真っ赤にさせてふるふるさせているミケーロの様子は、屈辱を感じてのことにも見えるが、何となく、アクシオンに惚れちゃったんではないかな〜という気配もしたからだ。
本気で蹴り倒したくせに優しく回復。メディックの癖にダークハンターに勝るとも劣らない飴と鞭っぷりだ。
思春期のお子様には刺激が強かったかも知れない。
やばいなぁ、アクシオンはちゃんと「俺」って言ってたのに気づかなかったのか、さっさと真実を知った方がいいと思うが、もう二度と会わないのなら青春の思い出として綺麗に残しておいてやりたい気も…。
などと想いに耽っていると、別室からカーニャが戻ってきた。少し疲れているようだが、怪我はなさそうだ。
「カーニャ。覚えられましたか?」
「…まあ、何とか。ショックバイトとドレインバイトの基本だけ、教えて貰ったわ」
髪をかき上げるカーニャの口調には、隠しきれない誇りが滲んでいた。
結構なことだ、後は自分で鍛えて貰おう、とルークがカーニャから目を離すと。
褐色の肌の少年が、先ほどよりも一段と肌色を濃くして突っ立っていた。視線の先はカーニャ。
…うーむ。
普段大人の女性を見慣れているだろうに、似たような年齢の少女のダークハンター衣装は、また新鮮なのかもしれない。というか惚れっぽいのか、こいつは。
ふーむ、と考え込んでいると、カーニャの剣の師匠がちょいちょいと指で呼んでいたのでルークはそちらに向かった。
扉を閉めて、薄暗い廊下で剣使いは小声で言った。
「ま、余計なお世話だとは思うけど、言っておくわ。あの子に鞭を勧めたのよ。まだやり直しは利くからね」
「へぇ…で、どうだった?」
剣使いが両腕を組んだので、豊かな胸がぐいっと持ち上がった。
「駄目だったわ。鞭の方がパーティーの皆の助けになるって言ったんだけど、自分さえ良ければいいじゃないって言って。一番に覚えようとするのがドレインバイトですもんねぇ。説得してショックバイトも覚えさせたけど」
「んー、サンキュー」
苦笑してルークは頭を掻いた。純粋に剣を使う攻撃力としてはソードマンの方が高い。だからダークハンターは鞭を使う人間が多いのだ。そりゃギルドにどちらを入れる?と聞かれたら、攻撃力が高いとか搦め手が使える特徴がある職業を入れるだろう。
「まあ、でも、あの嬢ちゃんも悪い子じゃないし。教えてくれてありがとさん」
「休養して覚え直す気があるなら、また言って頂戴」
「助かるよ、マジで」
「礼を言うなら、あんたたちが高名な冒険者になって宣伝してよ」
「なるほど、そういう礼の仕方もあるのか。…まあ、やれるだけやってみる」
この小さな組織のお陰で凄い実力を身につけました、となったら、ここから巣立つダークハンターにも箔が付くってものだ。カーニャがそこまでの冒険者になれるのか、それともいきなり気を変えて実家に帰るのかはまだ分からなかったが、まあ、自分たちは自分たちのペースで探索していくだけだ。
部屋に戻るともうすでに3人は外に出ていたのでルークも後を追った。
建物の外に出ると、カーニャがじろりと見上げてきた。
「…なに、話してたのよ」
「ん?カーニャは筋が良いってさ」
そんなことは言ってなかったが、まあいい。どうせカーニャに嘘がばれるほど馬鹿正直でも無い。
「んで、しっかり探索に励んで、街中に知られる冒険者になったらあいつらにも箔が付くから、カーニャには期待してるってさ」
カーニャはよく分からない、と言うように唇を尖らせた。
「何でよ。強いのはあたしであって、あいつらじゃないじゃない」
「んー、それでも、さ。カーニャはカーニャだけど、ギルド<ナイトメア>のカーニャ、として知られることになるし、同時に<ダークハンター>のカーニャ、として知られることになるんだ」
「もしも、ね。俺たちがすっごく有名になるとします。その5人の中にダークハンターがいるとしたら、『うわあ、やっぱりダークハンターって強い職業なんだ〜』って思われるし、『何だ、パラディン無しでも強いんだ』とかも思われるかもしれません。そういうことです」
「…あたしは、あたしなのに」
カーニャは呟いたが、それはそんなに不服そうな響きでは無かった。むしろ、どこか不思議そうな響きを秘めていた。
カーニャにとっては、何かの<組織>に属して、自分がその<組織>の一員として考えられることは初めてであり、そんなことを想像したことも無かったのだろう。
だが、しばらく考えていて、ようやく適切な喩えが思い浮かんだらしい。
「…そうね、一頭の牛がコンテストで優勝したら、その牧場の牛はみんな優秀だと思われるようなものかしら」
凄い喩えだな〜、家は酪農家なのか?と思いつつも、ルークは素知らぬふりで頷いた。
「うん、そう。でも、逆もあるからな?」
「分かってるわよ」
そちらも身に覚えがあるのか、カーニャは唇をへの字に曲げた。
スラム街を抜け、街の中をぽてぽてと歩きながら、ルークはふとリヒャルトに聞いた。
「そういやリヒャルトはソードマンの技をどうやって覚えたんだ?」
「自分の屋敷には、ソードマンも常駐しておりましたので、自然と…」
と言いつつも、まだソードマンらしき技は一つも持っていないのだが。それどころか、報酬のハンドアックスを試しに使っているうちに斧技能まで上げてるし。
「ま、これでカーニャの実力も上がったし、そろそろ3階まで突っ込んでみるかな〜」
「鹿は避けて、ね」
クラウドのおかげでショートソードが発売され、前衛二人の攻撃力も高くなっている。
防御は相変わらず薄いが、体力が付いた分、やられにくくなっているし、鹿を避ける以上、進むしか無い。
さて、明日はいよいよ3階に降りてみるか、とルークは思った。
翌日、ついに初死亡が出ることを、ルークは知る由も無かった…。