採集組、参入
それでも何とか執政院に認められる冒険者となったギルド<ナイトメア>だったが、最大の難関が立ち塞がっていた。初心者冒険者ギルドは必ず通る道、すなわち、金銭不足、である。
そもそも、彼らはそう派手に金を使う方では無いのだが…というより昼寝で誤魔化し夜の清水狙いという時点で節約精神満開ではあるのだが、それでも新しい武器や防具を揃えたいとなるとまとまった金が欲しくなるのが人情というものである。
「いざという時のために、ある程度のお金は持っておきたいですしね」
アクシオンが呟いたが、幸い今のところ誰も死んでいない。どうした訳か、ブーツを探ってモグラに囲まれた時もダメージが前衛3人に散ったせいで平気だったし、1階にはいないはずの毒アゲハに囲まれた時など何故か毒のリンプンがことごとく外れていったので、モグラ相手よりももっとダメージが無かったし。やたらと幸運だけは持っているギルドらしい。
「もっと楽にお金稼ぎ出来る裏技とか無いの?」
ギルドの椅子に座って、カーニャがうんざりしたように言った。疲れているのか、少々足が開き気味でショートパンツとロングブーツの間の生足がモロ見えになっていて、非常に目のやり場に困る。
「そんなものあったら、とっくに誰か試してるんじゃない?」
グレーテルが残りの薬品を確認しながら答えた。錬金術師としては、術式発動の材料さえあればいいのだが、その薬品も節約しているからには暇を持て余さないためにも武器や防具が欲しいところだ。
「もうイヤ〜!あたし、柔らかいベッドに寝て、美味しいもの食べた〜い!」
普段は子供っぽい言動は避けているようなのだが、まるで駄々っ子のように足を踏み鳴らしたカーニャに、これは本当に疲れがピークなんだな、とルークは判断した。
「よし、今日は宿に泊まって普通の飯食ってよし!カーニャはきっちり休めばいいよ。ま、今まで休まず頑張ってるからな」
「いいの!?デザートも食べていい!?」
うわ、本当に子供だ、と目をきらきらさせているカーニャを見て苦笑する。ここまでストレスを感じさせていたのを気づかなかったなんて、リーダー失格だ。
ルークはアクシオンを見つめて、
「じゃあ、アクシーはカーニャに付き添って宿屋に…」
「あ、俺はいいです。別に疲れてませんし。それに、女性部屋に入れませんから、グレーテルさんが行けばいいでしょう」
さらっと返されて、あぁ、一緒に行動してくれるんだなぁ、としみじみ幸せを噛み締める。
さて、もう一人の世間知らず坊ちゃんは、とリヒャルトを見ると、いかにも困惑した顔でルークを見つめ返していた。
「自分はどうすれば良いでしょうか。女性だけで宿に泊まるのは些か危険に対して備えが足りぬようにも思いますし、さりとて男の中で自分だけが宿に泊まると言うのも…」
「あぁ、リヒャルトも宿に泊まってくれ。その方がいいだろう?」
ルークの視線を受けて、グレーテルがにやりと笑い、腰をくねらせた。
「そうねぇ。男が一人いた方が何かと安心よねぇ」
「…それに、姐さんの酒を止める奴も必要だし」
「あら、私、奢られる酒しか飲まないから財布に優しいわよ?」
まあ、ともかくは極貧生活のささやかな息抜きとして、3人を宿に泊まらせることは成功した。
後は、金稼ぎの術を考えなくてはならない。
ルークはリーダーでもあるし、他のメンバーよりも少々の経験もあるし、何より情報収集を得意とする職業なのだ。俺がやらずに誰がやるってなもんだ。
3人を宿まで送ってから、ルークはギルドに足を向けた。すぐ隣に並んで歩くアクシオンは、ルークを信頼しきった目で見上げた。
「何か、策がありますか?俺は、依頼を受けるかもっと下層に向かうかしか思いつかないんですが…」
「うん、実は、少々の小銭を稼げる道があるにはあるんだ」
まともな冒険者ギルドとして立ち上げたからには、この手は使いたくなかったのだが…自分だけで無く他のメンバーの命も預かっているからには、そんなことは言っていられない。
「レンジャーをね、雇うんだ。1階に伐採に適した広場があって…」
「あ、抜け道があったところですね?」
「そう。…冒険者がさ、まともに冒険するよりも、あそこで伐採してる方が金になるんだよな。もちろん、その伐採した物が加工されて冒険者に売られるわけだから、そもそも冒険者がいてこその稼ぎなんだけど」
そして、命を懸けて戦わなくてもその方が小銭になるのだったら、そっちに向かいたくなるのが人間だろう。そんな訳だから、冒険者たちは多いが1階でウロウロしている初心者が一番多いのも当然だ。
「伐採技能を持っているレンジャーさん、ですか…」
アクシオンは少し首を傾げてそれを吟味しているようだったが、大きな瞳でルークを見上げた。僅かに困惑しているような色を浮かべたそれに、何?と目で問いかけると、考えながら少しずつ言葉を吐く。
「でも…そんな便利な人なら、もう、どこかのギルドに所属してるんじゃないでしょうか?」
「ま、そうなんだ」
伐採技能を持ったレンジャーは、駆け出しでも結構高値でギルドに雇われている。最近では伐採技能のみの冒険者だか木こりだか分からないようなレンジャーまでいるらしい。
「それでも、まあ、俺たちが伐採を覚えるよりは雇う方が良い。ギルドに募集をかけておこうかって思って」
「そう…ですね。何だか、少しだけ…気が引けますけど」
アクシオンの苦笑は、金稼ぎを他の人間に頼らざるを得ない実力を嘆いているのか、それとも、見つかるかどうか分からない募集に対するものなのか。
それでも、やらないよりは、やってみる方がずっと良い。
たぶん。
そうして二人でギルドに戻ってくると、ちょうど受付には他の冒険者が来ているところだったので、壁にもたれて少し待つことにした。
眺めるでもなく見ていると、ルークと同い年くらいの男が一人と、10代の少女が二人、という組み合わせで、3人とも似たような緑の帽子を被り皮の服を着ていた。
主に年長の男が管理長と話しているようだ。
「…にか、なりませんか」
「って言われてもなぁ。可能性は低いと思うぜ?どいつもこいつも目先の小銭ばかりに捕らわれてやがるからな」
あう、と胸を押さえたルークの背を、アクシオンが柔らかく撫でた。
「しかし、まあ、一応貼っておいてやるがな。…っておい、こりゃ嘘じゃねぇが、限りなく詐欺に近いぜ」
管理長が眉を顰めて、手に持ったメモを見下ろしてから、掲示板に貼ろうとしてルークたちに気づいた。
「よぉ、お前ら。二人だけでどうした?」
「ん、3人は宿。こっちもちょっと募集貼らせて貰おうと思ってさ」
「どいつもこいつも」
けっ、と毒づいてから、管理長は新しい紙を取り出した。
それを見て自分たちの用件はもう済んだ…というか済まされたと分かったのだろう、3人組が受付を離れてルークたちに場所を空ける。
ルークはペンを受け取り紙に大きく「急募!」と書きかけて…肘をつんつんと引かれて振り向いた。
「ルーク!あれ!あれ!」
アクシオンが指さすのを見れば、そこには真新しいメモが一つ貼り付けられていた。「ちょーっと待った〜!」
加入出来るギルドを探しています
当方 レンジャー3人組
伐採持ってます
ルークはそのまま背後を振り返って、出ていこうとしていた3人組に叫んだ。
「すみません、お茶も無くて」
<ナイトメア>の部屋に通して、客人にクッションを勧めてからアクシオンがぺこりと頭を下げた。
というか、客用のテーブルも椅子も無いが。床に直接座らせなかっただけでもマシと思って貰おう。
部屋の真ん中にルークと3人組の一番年長の男があぐらをかいて座る。
その後ろに座ろうとした少女二人にもクッションを進めると、年少の方の娘が明るく叫んだ。
「あ〜!可愛いクッション!」
「ありがとうございます。…よろしければ、お話の邪魔にならないよう、こちらでご覧になりますか?」
「え!?まさか手作りなの!?すっごーい!」
「趣味なんです」
小さく笑って、アクシオンは部屋の隅の傾いたテーブルに少女を案内した。
引き出しから現在刺繍途中のクリーム色の布を取り出す。
「あ、かっわいい〜!ね、これ、ラーンの花だよね!」
しぃ、と唇の前に人差し指を立てたアクシオンに、快活な少女は、へへへと頭を掻いてアクシオンに顔を近づけ小声になった。もちろん、少女にとっては、アクシオンは優しい裁縫好きのお姉さんにしか見えていない。
あ〜、そんなに顔をくっつけるな〜!と心の中で叫んでから、泣く泣くルークは顔を正面に向けた。
「初めまして。ギルド<ナイトメア>の一応リーダーやってるバードのルークです。あっちはメディックのアクシオン」
「あ、これはご丁寧に。レンジャーのクラウドと言います。後ろのこれが妹のターベル、あっちが同じく妹のクゥ、どちらもレンジャーです」
ぺこりと無言で頭を下げたターベルは金髪の美人だったが、右目を黒い布で覆っていて、その下から頬まで傷跡が残っているのが僅かに見えた。
アクシオンと話しているクゥは赤い髪の元気そうな少女で、カーニャと同い年くらいのようだ。
「自分たちは、その…3人一組として雇って頂けるギルドを探しています」
ルークは黙ってクラウドを見つめた。微妙に視線を外していて、拳は白くなるまで握り締められているあたり、どうやら後ろめたいことがありそうだ。だが、こんなにあからさまにばれるようでは、嘘も役に立っていない。まあ、その分、根は正直者なんだろうなぁ、という判断は出来るが。
さて、どの部分が嘘なのか。
「えーと、エトリアには来たばかり?」
「はぁ、その…1週間ほど前に」
ということは、ある程度他のギルドに声をかける暇はあったということだ。普通なら伐採持ちのレンジャー3人なんて引く手あまたのはずだが…。
「ぶっちゃけ、何で他のギルドに断られたんだ?」
直球である。
しかし、仮にも仲間として迎え入れるのなら、腹を割ったところを話して貰わないと。
クラウドは何度か額の汗を拭ってから、下を向いてぼそぼそと答えた。
「あ〜…その…つまり…絶対3人一組で、という部分が…おそらく…」
あ、これは、嘘だ、とルークは思った。
伐採技能持ちレンジャーは多ければ多いほどいいはずだ。3人一組というのは何の枷にもならないはず。
ただし。
ちらりとルークはアクシオンと話しているクゥの方を見て…アクシオンが同じく振り返ったので目が合った。
アクシオンが柔らかな声で、さらりと言った。
「ルーク、この子の技能は伐採ではなく採取だと思います。知識が草花に偏ってますから」
さすが、我が一目惚れの相手、とルークは改めて惚れ直しかけて、また「これで女の子だったら」という苦みを噛み締めた。
まあ、それはともかく。
「そっちも、そろそろ、ぶっちゃけてくれないかなぁ。伐採技能持ってるのは、誰?」
クラウドは両の拳を膝の上でぎゅうっと握った。俯いて、ぼそりと言う。
「…俺、です」
「クゥちゃんが採取として、ターベルちゃんは?」
「………採掘」
数秒の間をおいて、ようやくクラウドは震える声で言った。
なるほどねぇ、とルークは腕を組んだ。
様子がおかしいのに気づいたのか、クゥが兄の背後に移動し、同じようにアクシオンがルークの隣に歩いてきたので、「座る?」と自分の膝を叩いてみせると「お客人の前で、それはちょっと」と断られた。客の前でなければ座るつもりだったのだろうか。
いや、それもともかく。
「伐採、採取、採掘の3人組かぁ」
「しかし!ですね!我々は、確かに1階では役に立たないかも知れませんが、真剣に迷宮に挑むギルドにとっては、可能性を秘めているというか、将来的にはとってもお買い得になってるというか!」
ぶっちゃけてしまって思い切ったのか、クラウドが顔を上げて力説した。
1階には、伐採ポイントしか無い。そして、ルークたちはまだ2階へ少し降りるのが精一杯で、凶暴な鹿をくぐり抜けることが出来ればひょっとしたら採取ポイントが見つかるかも知れないけど、少なくとも今はまだあるのかどうかすら知らないなぁ、という段階である。
正直、現時点で役に立つのはクラウド一人。
「俺たちは、弓ではなく、森に生きる者としての技能で生計を立てようと…そう決めたんです」
クラウドがちらりと背後を振り返った。俯いたターベルに、クゥが心配そうに擦り寄った。
片目では弓を扱うのは難しいだろう。事情は分からないが、おそらく妹のために弓を捨てて採集技能の道を選んだというところだろうか。
仲が良い兄妹なのは結構だが、さて。
「アクシー、どう思う?」
少し眉を寄せて彼らを見ていたアクシオンは、そりゃもうあっさりと答えた。
「どちらかと言えば、反対です。お兄さん一人なら、ともかく」
正直、意外だった。
いや、アクシオンが非常に合理的なのは知っていたが、こういう場面ではむしろお節介に走るかと思っていたのだが。
クラウドが反論しかけるのを、アクシオンは目だけで制した。
「仮に、3階に採掘ポイントがあったとします。いくら3人組で雇ったとしても、採掘場所で役立つのは1人である以上、連れていくのはターベルさんだけになります。その場合、まあ例えばルークが留守番として…」
「おい」
「その位置に妹さんが入ったとして。普段でも敵と戦うのに精一杯の我々が、妹さんを守って採掘場所に行く、それも、普段よりも戦力が少ない状態で、ということになります。…つまり、妹さんを危険に晒すことになるんです。それでもよろしいんですか?」
アクシオンの淡々とした理論的な説明に、ルークは頭を押さえながらクラウドを見て…その間抜け顔に少し驚いた。
「へ?」
いや、何でそんな寝耳に水な顔をしてるんだ、それとも何か、自分たちには危険は降りかからないとでも思っていたのか、とこっちも目をぱちくりさせていると、クラウドは呆然と呟いた。
「あの…採集ポイントまで、護衛をして下さるつもりだったんですか?」
「へ?」「は?」
今度はルークとアクシオンが間抜けな声を上げる番だった。
「いや、あの、1階の伐採ポイントならともかく、そこより奥は敵に襲われる可能性が高いだろ?」
「え、その、レンジャーだけの方が隠密行動が出来る、とかあるんですか?」
クラウドのぽかんと開いた口がぐいっと閉じられ、その代わり見開いた目からぽたぽたと涙が落ちた。それを拳で拭ってから、クラウドは軽く頭を下げた。
「す、すみません、エトリアに来てから、そんな風に言われたのは初めてで…今まで声をかけたギルドは、俺たちが休んでる間に稼いでくるのが採集組の義務だろ、と…それに、採取や採掘技能は、使える場所を自分で探せ、と…」
「うわ、そりゃまずいのに当たったなぁ…あ、いや、ひょっとしてそっちが主流なのか?今まで雇われてないってことは」
「え…でも自分たちで鍛えようにも回復役がいないと大変じゃないですか?薬で補うのも高くつきますし」
世の中、自分たちが思っているより厳しいらしい、とルークとアクシオンは顔を見合わせた。
そして、回復役も護衛役も付いていくのが当然だと考えたお互いの思考に安堵する。大丈夫、この人は仲間を大事にする人だ、と二人とも思った。
「…どうするよ」
「どうする、と言われても…せめて1人で2種類の技能を持って頂いたら、1ポイントに2人連れて行くことになって、ちょっとは安心かも知れませんけど…」
「いや、妹2人組を連れてった場合、兄ちゃんの心配は倍だろ」
「あ、それもそうですね。戦力も減りますし」
「いっそ、弓も鍛えて貰うとか?」
「本末転倒じゃないですか?さすがに。技能を磨いて貰って、一回でたくさん採集出来る方が何度も行かなくて済んで安全かも知れません」
「あぁ、そうかもなぁ。道中の方が危険だし。出かける前に糸買ってるかどうか確認して、採集出来次第糸で帰ってくるとして…」
「100en以上稼げないとマイナスですけどね。やっぱり採集技能を上げて貰った方が…」
「てことは、ちょっとは鍛えて貰わないとなぁ。一撃死されたらこっちも気が咎めるし」
「その場合、やっぱり清水付近で、俺が回復しつつ経験を積むのが一番でしょうね」
「俺たちが鹿倒せるくらいになってりゃあなぁ。もうちょっと…」
「えーと、レンジャーさんの防具は、確かバードと同レベルくらいでしたよね、3人分の防具と弓…うわぁ、しっかり稼いで貰わないと…」
どうすればレンジャー3人組を有効活用できるかについて案を出し合っている二人を交互に見て、クラウドはがばりと頭を下げた。ほとんど土下座に近い姿勢に、慌ててルークとアクシオンはそちらを見た。
「な、何だ何だ」
「あの、お顔を上げて下さい」
「俺は!もうここしかない!と思いました!こんなに俺たちのことを考えてくれるギルドなら、俺たちも喜んで命を預けられます!」
「…あ〜…」
何となく照れ臭くなって頬をぽりぽり掻きながら隣を見ると、やはり頬をうっすら染めたアクシオンがこっちを見ていたので、更に恥ずかしくなって灰色の髪を掻き回した。
「ん〜…ま、まあ、俺たちも、出来る限りバックアップするつもりはあるんだが…」
「本当によろしいんですか?そりゃ精一杯守りますけど、妹さんが怪我をする可能性も…」
「いや、俺たちも冒険者として来たからには、命の覚悟はしています!妹たちも、同じです!」
クラウドの言葉に、クゥがにっこり笑って手を振り、ターベルは無言のまま頭を下げた。
「よっろしく〜!」
「………」
ルークも頭を掻きながら改めてクラウドと握手した。
「じゃあ、よろしく頼むわ。最初は装備を調えるので精一杯で、分け前の配分とか出来ないかもしれないけど…」
「あ、いえ、結構です!俺たちは雇って貰えただけで…」
「というわけにはいかないでしょう?正直、今のところ食べるので精一杯で、装備を調えるために採集が出来るレンジャーさんを仲間にしたいと思っていたギルドなので、非常に貧乏ではありますが、こういうことはきっちり決めておかないと」
さりげなく自分たちの苦境も織り交ぜて進言するあたり、天然なのか策士なのか難しいところだ。ちなみにルークとしてはどちらでも萌えられるので問題無し。
「えーと、とりあえず、ギルドの財布には一括して入れさせて貰うとして。…でも正直、俺たちの装備を優先させて欲しいんだよなぁ…特に前衛」
そりゃレンジャーたちにも装備はさせたいが、正直本当の戦闘メンバーでは無い者にまで最高級の装備をさせるほどの余裕は無い。
だが、クラウドは首を振った。
「分かります。俺たちのことは後回しで結構です。そうやって、正直に言ってくれるギルドだって言うだけでも嬉しい」
…よほどろくでもないギルドに当たってきたらしい。
<ナイトメア>はバリバリ活動しているギルドとは言い難いが、少なくとも人間性の良さ…甘いとも言えるが…にだけは自信が持てるよなぁ、とルークはしみじみ思った。
「その代わりと言っちゃあ何だが、もちろん、俺たちが敵から手に入れたり依頼で手に入れたりした金も、一つの財布に入るから。仲間になったからには、装備以外の分け前部分に関しては、平等にすることは約束する」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げてから、クラウドは立ち上がった。
ルークも思い切り伸びをする。
「さーて、と。これからどうするかな〜」
「まず、クラウドさんにお伺いしたいことがあります」
ずいっとアクシオンがクラウドに迫った。
「え?あ、何でしょう?」
「あ、敬語でなくて良いですよ、どうせ俺が年下ですし。で、ですね、伐採が出来るのなら、クラウドさんはひょっとして、木工が出来たりしますか?」
「え、えぇ、まあ…自分たちが使える程度のものですが…」
よし、とアクシオンがガッツポーズした。
アクシオンはふわりと腕を回して部屋の中を示した。
「ご覧の通り。何も無いんですよね、ここがギルドの主な集合場所なのに。他の冒険者さんたちの残り物で何とかなってる状態で」
古ぼけて歪んだテーブルだの傾いた椅子だのは、捨てられるところを拾ってきたものだ。それでも無いよりマシだし、そんなものに金をかける余裕はない、というのが全員の一致した意見であった。
「そこで。よろしければ、お暇なときにでも、テーブルや椅子、出来れば少し体を休められるベッドかソファを作って頂けたらありがたいのですが」
「あはは、そういうことなら。皆さんが探索に出ている間の良い暇つぶしになる」
ようやく緊張が解けたのか、それともアクシオンも妹のように見えているのか、クラウドは破顔して胸を叩いた。
「おー、<狭いながらも楽しい我が家>計画、着々と進行中か?」
ついアクシオンの頭を撫でたのは、たぶんクラウドに対する<アクシオンは俺のもの>という無意識の自己主張だったのだろう。
誰彼構わず…というか男にも女にも嫉妬するのはいい加減止めておかないとなー、と自分で反省したルークは周囲を見回した。
「つーか…10人部屋を申請しよう。また掃除から始めなきゃなんないけどな」
「空いてればいいですけど」
そうして、部屋から出て受付に行くと、夜も更けたのに管理長が「ん?」と顔を上げた。
どうやら口は悪いがレンジャーたちの行く末を心配していたらしい。
「うちに入って貰うことになったから、名簿出してくれ」
「ほらよ。…まったく、ぺーぺーのくせに人数だけは一人前に」
「そ、人数だけは一人前なんで、一人前の部屋おくれ」
クラウドたちに自分で名前を書き込ませながら、ルークは今まで使っていた鍵を管理長の目の前で振った。
「嫌味も通じやしねぇ。…ま、ちょうど喧嘩別れして人数減ったギルドがあるんだ。お前らの部屋と交代させてやる」
「…それ、余計な恨みを買いませんか?」
「大丈夫だろ。ギルド内での諍いは御法度だし…正直、お前らが使った部屋の方が綺麗で居心地良いだろうよ。お前さんのおかげでな」
確かにアクシオンがまめに掃除をしたおかげで床で転がっても平気なくらいの清潔な部屋になってはいるが。
てことは、逆に言えば、そいつらの部屋は相当汚いってことだ。
「2階の左翼、奥から2番目。今は<カラカス>って汚ぇ看板が掛かってるとこだ。明日の昼までにゃ追い出しておくから、また受付に寄ってくれ」
「あいよ。…看板か、そういや掛けてるとこもあるな」
「はーいはーい!あたし作るー!」
「ありがと、クゥちゃん。じゃ、頼もうかな。念のため、うちの名前は<ナイトメア>。…単に、夜活動することが多いからってだけだけど」
悪夢なのは本人たちが見る夢か、それとも他の誰かが見る夢か。
少なくとも、敵に悪夢ってもんを見せてやるぜ、という気張った内容で無いことだけは確かだ。
「楽しみですね〜。腕が鳴ります。ターベルさんもクゥちゃんも、お掃除手伝って下さいね」
「はーい!」
「………」
そういえば、ターベルが喋ったところはまだ見ていない。まあ、色々事情もあるわな、とルークは何も言わなかった。
「ともかくは…明日、他のメンバーと顔合わせだな。それまで、俺たちはここに泊まろうと思ってたんだが…どうする?クラウドたちは宿に泊まるか?」
「いや、実は俺たちも野宿予定だったんだ。正直、金を稼ぐあてが出来るまで、余計なもんに出す金が無かったんだが」
「…あ〜、気持ちは分かるわ…」
エトリアは金が稼げるという評判だが、冒険者に強制する支出も半端でない。駆け出しは自分の口を糊することで精一杯になる。
「でも、妹さんたちは…」
アクシオンの気遣わしそうな視線を受けて、クラウドは目を細めた。純粋に妹を心配してくれる人間が嬉しいらしい。
「大丈夫、妹たちもレディじゃないから。森育ちだから、樹の上だの地面だので寝るのには慣れてるんだ」
「うん、大丈夫だよ!屋根があって壁があるってだけで、いつもより良いかも!」
…不憫だ。
いや、レンジャーとしては、硬い床で寝るよりも草原で寝る方が良いのかも知れないが。
ルークはまだ自分たちのものである部屋を思い浮かべた。そもそも5人用なので、ちょうど良いと言えばちょうど良いんだが。
「それより。とりあえず、一回、どうです?伐採」
まるで、お酒でも一杯どうです?と言うようなノリでアクシオンがにこやかに言った。
「い、今から?」
「えぇ。何となく、ルークとクラウドはお酒でも飲み明かしたいんじゃないかなーという雰囲気でしたが、先立つものが無いので。小銭を稼いでおけば、心おきなく飲めますし、妹さんたちを宿に泊まらせることも出来ます」
「…ま、こんな感じで人使い荒いかもしんないけど、よろしくな」
一応フォローしておくと、クラウドがぷっと吹き出した。
「あはは、しっかり者だなぁ。分かった、ちょっと行って来る」
「残念、行くのは全員なんだな」
どうやら一人で行くつもりだったらしいクラウドが少しだけ目を見開いてから、嬉しそうにくしゃりと笑った。
「分かった、全員で」
そうして入り口から右の方へ向かって、伐採場所への抜け道を教えたり、クラウドが伐採している間にルークが歌声を披露してみたり…と親睦を深めておいて。
結局、ギルドに戻っても酒は飲まずに寝ると言うことになった。
「…まあ…無難な並びとしては、端からアクシオン、俺、クラウド、妹たちってとこだな」
「そんなとこだな。妹たちに手を出したら、いくらリーダーでも承知しないぞ?」
「あっはっは、大丈夫、俺はアクシー一筋だから」
そんな戯れ言を言い合える程度に仲良くなって、5人は床の上で毛布にくるまって寝た。
朝になって宿から戻ってきた3人と自己紹介し合って、普通に互いを受け入れる。
「ふぅん…よく分かんないけど、お金になるんならいいわ」
そっぽを向いて刺々しく言ったカーニャに、クゥが恐れもなく駆け寄る。
「すっごーい!剣下げてる〜!お姉ちゃん、前衛なの!?」
「え?…えぇ、まあ。あたし、強いわよ?」
「うわー、かっこいい〜!」
まとわりつくクゥに悪い気はしないらしく、カーニャはぎこちない笑みを浮かべて胸を反らした。
その間にルークはクラウドにこっそり耳打ちした。
「カーニャはあんな感じで思春期まっただ中。ちょっと扱いが難しいかもしんないけど、お兄さん、よろしく」
「はは…確かに難しい年頃だなぁ。まあ、俺も伊達に3人下を構ってるわけじゃない。何とかなるよ」
「…3人?」
ルークは怪訝そうな目をクラウドに向けた。ターベルとクゥ、まさか自分を数に入れてるんじゃあるまいし、クゥより下がいるとしたらそれはまだ思春期ではないだろうし。
クラウドは少し苦い顔で頷いて、窓の方を見た。
「もう一人、俺の下に弟がいるんだ。ショークスってのが。俺たちが採集の道を選んだときに、自分はまともに戦うレンジャーになるんだ!って出ていきやがった。…今頃、どうしてるか」
「そっか…エトリアに?」
「分からない。見かけては無いな」
クラウドは、兄弟の結束を乱した弟を苦々しく思っているようだったが、やはり口調にはどこか心配そうな響きが含まれていた。どうやらとりあえず<兄貴>であることが最大の使命と任じているタイプらしい。
こういう奴は自分の恋愛は後回しになるんだよなぁ、とちょっと気の毒になって、肩をぽんぽん叩いてやったルークだった。