いざ出陣…の前の準備




 ギルドで名前を登録し、とりあえずは何もない自分たちの部屋で自己紹介をし合った。
 もう外は真っ暗になっていたが、ルークは主にカーニャを見ながら提案してみた。
 「良ければ、これから迷宮に行ってみたいんだが…もう眠いかな?」
 「子供扱いしないでよ!…でも、来たばっかりだから、休みたいのもあるわ」
 反発はしたものの、実際カーニャの活動時間は早朝4時から夜9時というものだったので既に眠い時刻であった。渋々付け加えた言葉の方が真実なのはルークも理解し、少し外を見た。
 「ん…俺たちは昼寝してるから、今からが活動時間なんだよな〜」
 「すまない、夜というのは迷宮も暗いのだろう?敵が忍び寄ってくるのも見えにくいであろうし、明るいうちに探索する方が良いと思うのでありますが」
 律儀に片手を上げてから発言するリヒャルトに頷いて、ルークは説明した。
 「ま、そうなんだがな。俺とアクシオンが夜活動してるのには、理由がある。まず第一に、俺は昼寝が好きだってこと」
 「何よ、それ!」
 「第2に、迷宮1階には夜のみ疲れを癒す力を宿す清水が湧いていること」
 「どういう理屈なの?」
 「さぁ…成分分析はしたいのですが、迷宮の外に持ち出したり朝になった途端に力を失うもので、何とも…」
 グレーテルが興味を惹かれたように聞いたが、メディックであるアクシオンが首を振った。
 「第3に、ぶっちゃけ、宿屋に夜泊まるより昼のご休憩の方が良い部屋割り振ってくれるんだ。人数少ないから」
 この世間知らずさんたちに理解できるだろうか、とルークは3本目の指を立てながら様子を窺ったが、カーニャは不機嫌そうに壁を見ているだけだった。リヒャルトの方はうんうんと頷いていたが、どこまで身にしみているかは分からない。
 「てことで、昼寝して夜に行動してたんだけどな。人数増えたし、朝から活動開始でも構わないが…」
 顔を見回すと、アクシオンは微笑み返してくれたので、たぶんルークに合わせるつもりだろうと見当づける。
 グレーテルは自分の頬を撫でながら呟いた。
 「そうねぇ、お肌のためには夜寝た方が良いんだろうけど…ま、今更だし」
 「自分は夜間訓練もしておりますので、どちらでも結構であります」
 「あ、あたしは…あたしは、今は眠いけど…でも、昼寝したら夜だって行動できると思う」
 どうやら、リーダーに合わせるつもりらしい。
 意外とまとまりの良い集団だな、と感動しつつ、ルークは頷いた。
 「ん、それじゃ、様子見のためにもちょっと行ってみようか。…大丈夫、そんなに長くは潜らないから」
 最後はカーニャに安心させるよう言って、ルークは立ち上がった。
 「あ、ちょっと聞いておきたいことあるんだけど!」
 カーニャの言葉にまた腰を下ろして、何?と目で問うと、カーニャは少し視線をウロウロさせてから睨むようにルークを見上げた。
 「あの…お金って、どうなるの?迷宮行って戦うんでしょ?お給料くれるの?」
 その基本的な質問に、ルークは顔を覆った。
 しかし冒険など無縁だった人間からすれば、どういう仕組みになっているのか知らなくて当然だろう、と思い直して、丁寧に説明する。
 「迷宮で敵が出るだろ?で、それをやっつけたら、皮を剥いだり目を取ったりするんだ。それでそれを商店に売り込んだらお金になるって寸法。ただ、カーニャがどういうイメージ持ってるかは知らないけど、結構きついのは覚悟しといてくれな」
 「きついって…何がよ。あたし、ちゃんと戦うし、血を見て悲鳴上げるような真似しないわ」
 他のメンバーには内緒にしているが、カーニャは牛牧場の娘だ。牛の皮を剥ぐところくらい何度も見ているし、売り物にならない端切れをなめして細工することだってあった。
 「うーん…まあ…一回行けば分かるか」
 身を持って経験する方が早い、とルークは判断したが、カーニャはまだ不服そうな顔をしている。
 「だから!幾らくれるのよ、一回行ったら!」
 何で分からないんだろう、馬鹿な男!と言いたそうな顔で叫んだカーニャに、ルークはもう一度顔を覆った。
 やっぱり、分かってない。
 肩を落として脱力したルークの代わりにアクシオンが柔らかな声で説明する。
 「少なくとも、俺とルークの場合は、財布は一つにしてました。入ってくるのも出ていくのもギルドの財布、という扱いです」
 「どういうこと?」
 「つまり、ですね、各人のお財布には入らない、ということです」
 「ええええ!?」
 「どう説明しましょうか。たとえば、ここに500enあったとします。各人で割れば100enですね。商店に行ったら200enの剣が売っていたとします。ところがソードマンは自分の財布では買えないので誰かに借金するか、また貯まるまで我慢するしかありません。パーティー内で金の貸し借りというのは関係が悪くなりますし、かといって、せっかくの攻撃力増加の機会をお金のせいで失うことは、パーティー全体の損失になります。ここまではお分かり頂けましたか?」
 「ま、まあね」
 「そこで、ギルドの財布で統一しますと、今日は剣を2本買って前衛に装備させよう、次の機会には後衛の防具を買おう、とパーティー全体での優先順に購入出来ます。その方が合理的ですので、財布は一つにしておいた方が良いと思うのですが、いかがでしょうか?」
 アクシオンの柔らか口調には妙な魔力があった。納得出来なくても無理矢理説得させられるというか、頷かざるを得ないような気分にさせられるのだ。
 カーニャは渋々頷きながらも、まだ口をへの字に曲げていた。
 それを見たグレーテルが助け船を出す。
 「ま、女の子には、いろいろと内緒の買い物もあるわよね。ギルド内の財布とは別にさ、お小遣い制も取り入れたら良いんじゃないの?」
 「一理ありますな。自分で使える金銭が無いというのも不安なものだ」
 視線を受けて、ルークは苦笑いした。
 「ま、何にせよ、余裕が出来てからの話だよ。行ってみりゃ分かるが…とりあえず装備を調える金すら無いってことに気づくから」
 
 まずは5人で顔見せも兼ねてシリカ商店に向かった。
 「何これ、品揃えわるーい」
 カーニャが不満そうに鼻を鳴らす。
 「ごめんねー。材料が揃わなくってさ、冒険者の皆様が素材を持って帰ってきてくれたら、頑張って新しいもの作るからさ」
 慣れているのだろう、褐色の肌の少女は両手を合わせてお願いというポーズでカーニャにウィンクした。
 「実際問題として、仮に今、豊富な武器や防具があっても、俺たちの財布では手が出ませんけどね」
 アクシオンの冷静な突っ込みは、どうやらカーニャをたしなめているようだったが、同時にルークの胸もえぐった。
 「すまないねぇ、稼ぎの悪い亭主でよぉ〜おうおうおう」
 「あはははは、俺、内職でもしましょうか?造花を作るとか」
 わざとらしく泣き声を上げたルークにアクシオンがちゃんとのってくれたのだが、シリカ商店の店主は興味津々と言った顔でルークとアクシオンを見つめた。
 「夫婦だったの?」
 「いやいやシリカちゃん、こういう伝統芸には突っ込んでくれないと」
 「あ、シリカってのは名字だよ。ボク、名前は別にあるから」
 「…あ、そう…」
 ルークが店主と漫才を繰り広げている間に、リヒャルトは生真面目な顔で剣と防具を確認していた。
 「とりあえず…自分とカーニャが前衛でしたな。前衛は防具の良いものが欲しいところでありますが」
 ふと振り返って同じく真剣な声になってルークが壁に掛かった武器を見つめた。
 「剣もな。本当なら、全員分、売ってる中では最高装備にしてやりたいのは山々なんだが…」
 「先立つものが無いってんでしょ?分かってるわよ。私の装備は後回しでいいわ。どうせ後ろから術を使うんだし」
 グレーテルの言葉に甘えて、まずは前衛の装備を揃えることにしてみたが。
 「リヒャルトもカーニャも剣か。…とは言うものの、ナイフに毛が生えたようなもんしか売ってないしなぁ。防具も…うーん、せめて全員にリーフサンダルを…」
 「あ、俺も前に出ますから」
 さらっと言ったアクシオンに全員の目が集中した。
 「回復係が前にで出てどうすんのよ!」
 「メディックというのは後衛では無かったか?」
 「あんた、前に出るの?その細い腕で?」
 「…アクシオン…せっかく前衛が出来たんだからさ…」
 皆の突っ込みに、アクシオンはきょとんとした顔で小首を傾げた。
 「的は多い方がダメージを散らせますから、生存確率が上がりますよ?」
 アクシオンの行動指針は合理的である。
 誰かの役に立ちたいとか回復出来ることに喜びを、というのとはまた別に、非常にドライに物事を判断するのは、メディックの職業病ででもあるのだろうか。
 「…ま、怪我したら交代すればいっか」
 いざとなったら自分がアクシオンと交代するつもりでルークは頷いた。どうせ現時点では装備に大した違いは無いのである。ソードマンとダークハンターが、メディックより極端に防御が高いわけでもない。
 まあ、エリアキュアが使えない時点では、ダメージを散らすのはそれはそれで不便なのだが、攻撃が集中して死んでしまうよりは遙かにマシだろう。
 「カーニャ、ともかく値札見とけ、値札。自分に必要なものを値段を覚えておくように」
 「分かったわ」
 案外と素直に頷いた。世間知らずだし自分のことしか考えてないようだが、必要なことまで拒否するほど反抗的でも無いらしい。
 「あ、カーニャは計算が出来るんですね。良いことです」
 アクシオンが悪気は無いのだろうがカーニャを見くびっていたようなことを言ったので、ルークは少しひやっとした。せっかく機嫌が良さそうなのに、また不機嫌になられてはたまらない。
 が、カーニャはむしろ誉め言葉と受け取ったのだろう、自慢そうに胸を張った。
 「当たり前よ。帳簿を付けるのはあたしの役目だったんだから」
 …どうやら商売人の娘だったらしい。今頃ご両親はどうされてるやら。
 同じことを連想したらしいカーニャが、全く違った感想を漏らした。
 「あたしがいなくなって…じゃなかった、あたしがいないところで、どうしてるのかしら、あの人たち。だから、計算くらい覚えなさいって言ったのに、頭が悪いんだから」
 「ご両親にそのようなことを言うのは…」
 「だって、覚えようともしなかったのよ?あたし、頭が悪い人って大っ嫌い」
 …あぁ、思春期特有だよなぁ、両親を毛嫌いするのって、とルークはなま暖かい笑みを浮かべた。どうやら同じくすでにその時期を通り過ぎたらしいグレーテルがルークと目を合わせてくすくすと笑った。
 「カーニャが計算出来るのは、ご両親のおかげなんでしょ?それでいいじゃない」
 そう言って、もう飽きたのか先に商店を出ようとしているグレーテルの後を慌てて追って、ともかくは装備を調えた5人は商店を出た。
 「ま、とりあえずは執政院に認められるよう頑張ってね〜」
 背後ではあまり期待してないような声で店主がひらひらと手を振っていた。
 

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