天蓋の大決戦!
今日も今日とて迷宮に潜っていた彼らは、広間の入り口で立ち竦んだ。
他の場所よりも天井も高く、床面積も広い、そんな空間でありながら、そこを通り抜けることは不可能な気がした。
何故なら。
そこでは、巨人と竜が取っ組み合いの大喧嘩をしていたのである。
「私こそが、この迷宮の盟主である!」
「くすたー!我がドラゴン一族こそ、頂点に相応しいだぎゃあ!」
オレンジ色の巨体と、輝く金色の竜の周りでは、それぞれの一族が同じようにぎゃあぎゃあと応援している。
「ここ…通らないと、進めないんだよね?」
確認するように呟いたダークマターに、クルガンが手元の手書きの地図を拡げた。
「他は埋めてるからな。先に行けるとしたら、ここ以外に無いと思うが」
しかし、さすがにここを突っ切るのは面倒だろう。
かといって、眺めていても全く事態は進展しなかった。
地響きは床を震わせ、時々ぱらぱらと天井から破片が落ちてくる。
「え〜、かち割りいかがっすか〜、かち割り〜」
「あ、6つ下さい」
通りがかりのオーガから買い取ったただの氷を囓りながら、ダークマターはその辺の岩に腰掛けた。
「よーし、そこだーっ!行け〜!」
リカルドなど、すっかり観戦モードで大剣を鞘ごと振り回している。
グレッグはどうでもよさそうに、オーガにポップコーンを追加注文していた。
がつっ!ばらばらばら。
巨人が吹き飛ばされ、壁にぶち当たった衝撃で、一段と大きな破片が上から降ってきた。
「希望的観測を言わせて貰えるなら、両者相打ちを待つって手はあるんだけど…」
「その前に、ここごと崩れそうね」
ルイが素っ気なく返事した。
サラも目の前の光景に興味なさそうに下を向いて手を動かしている。最近はまっている指だけの編み物でもしているのだろう。
目を細めて何かを見ていたクルガンが、大音響に負けないように、ダークマターの耳を引っ張って叫んだ。
「おい、あんな色のスライムを見たことがあるか?」
顔を顰めて耳を塞いだダークマターは、それでもクルガンが指さす方を見た。
壁にべちゃっとくっついているところを見るに、すでに巻き込まれて潰されてるようだが、そのべちゃべちゃの体は、紛うことなく青だった。
「ブルースライムかぁ。突然変異かな?」
よく見れば、他にも巨人と竜以外の魔物の姿も見える。たまにさっきのオーガみたいに商魂逞しく徘徊してる奴もいるが、たいていは潰れている。
中には、どっから来たんだ!みたいな、水棲の魔物までいた。ひちひちとのたうっているが、口のぱくぱくの弱り具合から見て、もう駄目だろう。
その中で、敷物のように平べったく踏み潰された黄色と黒のしましま毛皮を見て、ダークマターの水色の瞳が僅かに細められた。
冒険者が、そろそろ諦めて帰るか、と相談し始めた頃。
巨人と竜も、戦い疲れたのか、両者肩で息をしていた。
「これ以上戦っていては、ここが壊滅する!」
「そうだぎゃあ。なら、いつも通り、小さい代理人に戦わせるにゃあ」
最初からそうしろよ、と心の中で突っ込みつつも、何となく好奇心から眺めていた彼らは、巨人と竜の目が、揃って自分たちを見たのに気づいて慌てた。
「いやー、気づかれてたんだなー」
「え…代わりに戦うって、誰とさ」
どしどしと地響き立てて、彼らの前に巨人と竜がやってきた。
「ふん、お前たち虫けらに、命を賭けて戦えとまでは言わん」
「古来からの伝統に則り、棒玉転がしで決着を付けるにゃあ」
棒玉転がし、と聞いて、冒険者の顔に怪訝そうな表情が浮かんだが、彼らのリーダーは頷いた。
「あぁ、読んだことある。確かに血は見ないで決着は付くねー」
巨人が、ほぅ、という顔をした。竜の方は表情が分からないが、やはりちょっと驚いたのだろう、翼が少し震えた。
「では、どちらを選ぶ?」
「選ばれなかった方は、これからちんまいのを揃えるみゃあ」
巨人さんチームになるか。
はたまた、ドラゴンさんチームになるか。
彼らはリーダーが口を開くのを待った。
そして、ダークマターは。
「…虎さんチームが良い…」
ぼそりと呟いた。
しかし、それを聞いて巨人と竜が、はっと鼻で笑った。
「あいつなら、さっさと脱落してるにゃあ」
「あのような下品な生き物、潰れて当然だ」
ぴくっと、ダークマターの手が動いた。
刀に伸びかけたそれを、クルガンが瞬時に押さえた。
「…なんだか知らんが、落ち着け。巨人とドラゴン、10体ずつ以上も相手にするのは面倒くさい」
うぅ、とダークマターの鼻に皺が寄った。この表情は、拗ねている。分かってはいたが、クルガンは手を押さえ続けた。
しばらくして、ぶすっとした声ながらも、ダークマターはようやく呟いた。
「じゃあ、まだしも竜の方がマシ。巨人に味方するくらいなら、この場で乱闘してやる」
「はいはい、竜の方な。では、我々は、竜の味方、ということだ」
それを聞いて、巨人がまた鼻で笑った。
「良いだろう。私は、自分で調達して来よう」
去っていく巨人を睨み付けて、竜がぼそりと言った。
「まーた、金にあかせてプレイヤーを調達するつもりだぎゃあ」
そして、彼らの方に向かって、ブレスの前触れのような鼻息を吹き付けた。
「お前らは6人みたいだぎゃあ。しかし、助っ人プレイヤーは2人までと決まってるみゃあ」
「え〜?じゃ、一人足りないじゃんか」
「それでもそういう決まりだぎゃ。しゃあにゃあで」
どっすどっすと立ち去るドラゴンを後目に、ダークマターは仲間に号令をかけた。
「とりあえず、酒場に戻るよ」
酒場で各自飲み物を飲みながら、ダークマターは、ざっとルールを解説した。
「…ま、そんな感じで。一人足りない分は…どうしよ、内野を3人にしとくか、外野を2人にして走り回る覚悟するか、だね」
納得したような、出来ないような微妙な顔をしたクルガンが、あたりを見回した。
酒場にはひたすら客がいない。下手したら、マスターでさえも時々動きを止める。祈りの言葉でも口にしたら、速効で崩れそうだ。
こんな状態の酒場にいる方が物好き。
「しかし、どうするんだ。その助っ人2人とやらは」
「そうなんだよね〜」
ダークマターは溜息を吐いた。
「ある程度の体力と、ある程度の器用度、走力…それとチームプレイかぁ」
はい、とグレッグが手を挙げた。
「私は、ミシェル殿希望だが」
「……それは、確実に、あんたの趣味だ」
「いけないかね?ミシェル殿を誘えば、自動的にカザもオプションで付いてくるが」
悪びれる様子もなく、グレッグは自分のグラスに口を付けた。
ダークマターは、額を押さえて、ちょっとシミュレートしてみた。
「…全っ然、役立ちそうにないんだけど」
「無論。私が楽しいだけだ」
はっきりきっぱり言い切られて、ダークマターは撃沈した。
ルイが、、両腕を頭の後ろで組んで、のびをした。
「ダニエルも誘えば来るかもね。報酬さえ出せば」
「…ストライクゾーンが狭いのだけが取り柄だねー。いったん塁に出たら走力もありそうだけど…でも守備がなー。ただでさえ人数少ないからなぁ」
うぅ、と髪を掻きむしるダークマターの肩をリカルドが宥めるように叩いた。
「アオバンドルフェ」
「…何、そのデザートの名前みたいのは」
「ちょっとアオバ&オルフェを気取って言ってみたんだがよ」
「気取ってどうすんの。…てーか、気取ってんのか、それ」
おざなりに突っ込んでおいて、ダークマターはまたシミュレートする。
「まあ…悪くはないんだけど…基本的にうちって善属性チームだからなぁ。チームプレイになるかどうか」
それを聞いて、サラが顔を輝かせた。
「じゃあウォルフとグレースさんはどう?ウォルフは力持ちだしグレースさんも騎士だものそれなりに体力と技術があるわ」
「俺には劣るがなー」
こっそりと呟いたリカルドの言葉が聞こえたんだろう、サラが猛然とそっちに食ってかかった。
ちなみに、リカルドとしては、グレースの技術云々ではなく、ウォルフの筋力に対抗意識を燃やしたんだが、サラにその辺の微妙な男心は通じていなかった。
その間に、ダークマターはうんうん唸りながら考えた。
そして、決断した。
「んじゃ、それでいこうか。一応、恩も売ってるから、断ったりしないだろう」
てことで。
ドラゴンさんチームのメンバーは決定したのだった。
決められた日時に迷宮に潜った彼らは、驚いた。
あの広間が、綺麗に片づけられて線が引かれている。白いぽつぽつはダークマター言うところの『塁』だろう。
その両脇に、3体ずつの巨人と竜が座っている。
でもって。
正面には。
「何だい、あんたたちが相手なのかい」
ヴァーゴが立っていた。後ろに魔物を引き連れて。
「うわ、巨人チームのくせにヒールだよ」
ぼそりと呟いて、ダークマターはじろじろとヴァーゴを見た。
ヴァーゴ本体が、棒玉転がしが得意とは思えない。
コボルト3体…ま、雑魚だ。ゲイズハウンドが2体…ボールを追いかけるのはひょっとしたら得意かもしれない。ポイズンジャイアントが2体…一応人型だけど、これがきびきび動くのか?それにバイドパイパー。魔物のレベルとしては上だけど…さて。
結論。
棒玉転がしスキルとしては、こっちが上…じゃないかなぁ。
ダークマターはちょっぴり気の毒そうにオレンジ色の巨人を見た。多分、「あたしら以上の奴らはいないよ」とか何とか言われて、大金を積んだに違いない。確かに、対冒険者戦闘としては、ヴァーゴはかなりの強さを誇っている。
ただし。
彼らには劣るのだが。
「はい、こちら迷宮スタジアムからお送りする第128回棒玉転がし決戦であります。実況兼主審は、わたくし、月の僧侶。解説兼3塁塁審に炎のギムレイさんをお迎えしております。どうでしょうか、ギムレイさん、本日の見所は?」
「放送席、放送席。こちら3塁塁審ギムレイだ。そうだな、今回の戦いは、冒険者対冒険者というよりは、むしろ正義の冒険者対魔物、という図式と言って良いだろう。戦法も異なるだろう両者がどう戦うかが興味深い」
「ありがとうございました。さあ、プレイ開始です!」
マウンドにはクルガン。球威は今一つだが、抜群のコントロールと球速が武器だ。この人選は、割とすんなり決まった。
対してその忍者の投げる球を受けるのは、グレッグ。最初ダークマターが立候補していたのだが、「二人が球を投げ合うのを見つめている、そんな悲しい真似をするのは嫌だ!」とリカルドとグレッグに猛反対されたのだ。
「しかし、俺の本気の投擲を受けることが出来るのはこいつぐらいだろう」
クルガンのさりげなく本気だがとっても失礼なコメントに、グレッグが猛然と立ち向かい、『高レベル忍者の威信にかけて』捕球することが決定した。
そんなことに忍者の本気を賭けるというのも何だが。
ちなみに、残りはファーストダークマター、ショートにルイ、セカンドサラ、サードグレース。外野二人にリカルドとウォルフ、という布陣だ。男共を徹底的に走り回らせてやろうという魂胆である。
対する打者。いきなりバイドパイパーが出てきた。
「さあ、マウンドの疾風のクルガン。第一球、振りかぶって〜投げた〜!ボール!」
主審のコールに、クルガンが怒鳴る。
「そいつが勝手に動いたんだろう!」
そう、バイドパイパーは宙に浮いている。しかも、ふらりふらりと「いつもより多く回っております」状態だ。そのせいで、ボールがミットに収まった時点では、バイドパイパーの足以下を通ったのだった。
「クルガン、審判への暴言はやばいので止めて。人数減らされたら、すっごい面倒だもん」
ファーストからの投げやりな忠告に、クルガンはぐるぐると喉を鳴らして足下を蹴った。態度だけならとっくにレッドカードだ。
で、結局。
「ボール!フォアボール!さあ、立ち上がり、いきなりフォアボールを与えてしまいました、マウンドのクルガン。チームメイトが心配そうに駆け寄っております」
「落ち着きなさいって。しょーがないじゃん、ああいう魔物特性なんだから。次の打席までに対策考えとくって……て言うか……あ、ひょっとしたら、逆手にとって……クルガン、耳」
ダークマターがクルガンの耳元にぼそぼそと囁く。
頷いたクルガンがちらりとファーストを見て、にやりと笑った。
「なるほど。後は、フェイント付きの俺の投擲をお前が受けられるか否か、だが」
「誰にもの言ってんの?」
けっ、とやさぐれて見せて、ダークマターは定位置に戻った。
「さあ、プレイ再開です!セカンドバッターはゲイズハウンドの…えー…タマです!バットをくわえている姿が大変愛らしいです。さあ、マウンドのクルガン、冷静さを取り戻したか。
第一球、投げた!ストライク」
「さすがは忍者だ。このスピードを打ち返すのは大変だろう」
「ありがとうございますギムレイさん。さあ、第2球……ああっと!ファーストに牽制球です!ファーストダークマター、冷静に受けて空中に浮かぶバイドパイパーにタッチ!アウト!これは、どうでしょう、解説のギムレイさん!」
「これは良い判断だな。今度はバイドパイパーの特性を逆に利用したというところだ」
「さあ、これでワンアウト走者無し。マウンドのクルガン、軽くファーストに手を挙げてます。さあ、タマに向かって、第2球………おおっと!」
ボールを投げかけていたクルガンの体が、びしぃっと固まった。
その手から、ぽろりとボールが落ちる。
「…貴様〜!それでも忍者兵筆頭か〜!ゲイズされている場合ではないだろう!」
ここぞとばかりにグレッグが怒鳴る。さぞかし頭の中では反論が渦巻いているだろうが、クルガンは何も言えない。
「ボーク!ボークです!テイクワンベース!」
「ふむ、さすがに魔物の特性を生かした戦略を立ててくる」
のたのたのたとゲイズハウンドがファーストに走っ…歩いた。
「はーっはっは〜!どうした?疾風のクルガンさん?まだ誰も討ち取って無いじゃないか?」
ヴァーゴの哄笑が響く。ようやくゲイズが解けたクルガンが無言でそちらを向いた。
「こらーっ!集中しなさい!どうせこいつなら、走るの遅いから、すぐにアウトに出来るって!」
ファーストから檄が入った。
さっきからダークマターばかりが喋っているようだが、それもそのはず。他のメンバーはまだいまいちルールを把握してないのだ。
予定では、とりあえずクルガンが三振を取って、駄目ならダークマターから指示が飛んでくるからそれに従う、という方針だったのだが、いきなり苦戦している。
「さあ、3番ゲイズハウンドの…ゴロです。名前通りゴロに倒れるのか、それともまたゲイズが決まるか!さあ、第一球振りかぶって〜投げた!おおっと、これは狙ったようにゴロのバットに当たった!前に転がったボール、クルガンが駆け寄って…」
「この分なら、『だぶるぷれい』とやらが出来るはず」
呟いたクルガンは振り向きざまセカンドに投げた。
が、しかし。
「きゃあああっ!」
そこでは、のたのたのたっと走り寄るゲイズハウンドに恐怖を覚えていたサラが思い切りそっちを向いていて。
ボールはサラを通り越して外野に向かった。
「うわ、やっばー。リカルド拾って!それから…グレースちゃんは…いいや、俺が行くから3塁投げて!」
指示通り、慌ててリカルドが拾いに行って、それからダークマターめがけて投げる。
しかし、悲しいかな忍者でもない彼が精密な送球など出来るはずもなく、うわっちゃー!と悲鳴を上げながらもダークマターがダイビングキャッチした頃には、ゲイズハウンドはのたのたながらも3塁に辿り着いていた。ゴロの方はきっちり1塁にいる。
クルガンは、外野の方を向いていた。
3塁に走っていたダークマターが、1塁に戻りざま、クルガンの肩をぽん、と叩く。
だが、しかし。
ぷちん。
「…あ、切れた」
ダークマターは呟いた。
が、でっかい血管が切れたらフィールしよう、細いのなら3本まで大丈夫、と自分ルールで納得し、放置することにした。
マウンドのクルガンが、次のバッターを見据えた。
ゆらり、と背中に炎…もとい鬼気が立ち上る。
「さあ、3番ポイズンジャイアントの…メッキーです。ミではありません、メッキーです。キャッチャーの更に後ろにいる私にまで、その異臭が漂ってきています、キャッチャーのグレッグは大丈夫でしょうか」
「まあ、高レベルの冒険者のようだから、攻撃でも食らって皮膚が破れない限りは大丈夫だろう」
「さあ、第一球…投げた!おおっと!」
マウンドのクルガンは、にやりと笑った。
「まずは、一死…」
「ク、クルガンさん?これは、そういうゲームじゃなくて、ですね…」
「一死は、一死だ」
けろりとして言う視線の先では、ボールに頸動脈を切り裂かれて地響き立てて倒れるポイズンジャイアントと、吹き出した毒に痙攣しているグレッグ、それとついでに蹲っている月の僧侶の姿があった。
「あ〜、思ったより切れ具合ひどかったのか…」
呟きながら、タイムを取って、ダークマターはクルガンに駆け寄った。
「あのね、たぶんはこれ、ワンアウトじゃなくデッドボール扱いだと思うけど…うわ、マジで『デッド』なボールだよ」
「ダークマター、俺はな」
こめかみに見事な血管を浮き出させたままクルガンは笑った。
「ポイズンジャイアントが嫌いだ」
「…いや…好き嫌いの話じゃなく…」
「もっと嫌いなのは、格下の魔物に馬鹿にされることだっ!」
「……ああ、そうですか……」
これは何を言っても駄目だ、と判断してダークマターは肩を落とした。
「まずった…まさかボールでクリティカル出すとは思ってなかったからな〜」
「ふん、忍者をなめるな。その気になれば、便所スリッパでもクリティカルを出してみせてやる」
「……そんな死に方したくねぇ、のワースト3位以内に入ってそうですね、それは……」
あぁあ、と溜息吐いて、ファーストに戻りかけたダークマターの背中にヴァーゴの罵声が浴びせられる。
「こら〜!あんたらうちの子に何するんだい!蘇生するのが筋ってもんだろう!?」
「はぁ、蘇生?」
ダークマターとクルガンは顔を見合わせた。
そして、声を合わせて言った。
「「レベル1のカーカスで良ければ」」
「…まったく、どいつもこいつも!」
ヴァーゴは地団駄踏んで、ポイズンジャイアントの体を自陣に引っ張り込んだ。
「寺院での蘇生料金は、あんたらにつけとくからねっ!」
「…寺院でしてくれるのかなぁ…」
とりあえずこの場では蘇生しないことが分かって、まあいっか、とダークマターは定位置に戻った。
ちなみに、僧侶の端くれであることを忘れられていた月の僧侶は、こそりと安堵の溜息を吐いた。仮に失敗でもしようものなら、何をされるか分からないから、出来ればやりたく無かったのである。
「さあ、気を取り直してネクストバッターは…またポイズンジャイアントです!ポイズンジャイアントの…メニー。女性だったのでしょうか。わたくし、少し後ろに下がらせていただきまして…」
ずりずりと距離を取って、月の僧侶は口元を覆った。
「さあ、クルガン第一球…投げた!ああっ!またです!またしてもデッドボール!」
「クルガンさーん。押し出しで1点入ったって、気づいてますかー?」
先ほどデッドボール扱いだったメッキーの代わりにはコボルトが一体走者になっていた。今回も、代わりにコボルトが走ってくる。
「ふん、全滅させれば、俺の勝ちだ」
「…いや、だから…そんなゲームじゃないんだってば…」
のたのたとゲイズハウンドのタマがホームベースを踏んだ。そのまま、コボルトその2と交代し、ついでに2塁のコボルトもバイドパイパーが交代する。
「さあ、ノーアウト満塁、1対0。ここからは下位打線となります、巨人チーム。走者となっていたコボルトたちが帰ってきます。どうでしょうか、解説のギムレイさん」
「ふむ、真面目に試合になるかどうか、だな。その気になれば、コボルトも瞬殺可能だろう」
「それはもうすでに棒球転がしではありませんね。さあ、マウンドのクルガン、どう出るか。さあ、第一球振りかぶって〜投げた!ストライク!」
「おぉ、真面目にゲームに戻るつもりのようだ」
ずばあっ!
ずばぁっ!
ずばあっ!
てことで。
コボルト3体…ちなみに名前は、トムとジェリーとケンケン…は、あっさりと三振に倒れ、長かった巨人さんチームの攻撃が終了したのだった。
「すみませーん、姐御…」
「くっ…いいんだよ、悪いのは!あの!疾風のクルガンさ!」
ヴァーゴの燃え上がる視線を背に、当人は気持ちよさそうに腕を振り回しながら自陣に戻っていった。
外野からばらばらと戻ってきたリカルドは、ダークマターにこそりと聞いた。
「あのよー、想像したのと何か違うんだが…こういうゲームなのか?棒玉転がし」
ダークマターは、無言で首を振ったのだった。
「さあ、攻守交代して1回の裏。一番バッターはなんとピッチャーのクルガン」
ダークマターも、一応説得はした。普通、体力の消費が激しいピッチャーは9番あたりになるもんだ、と。
だが、聞いたとき、クルガンは鼻で笑ったのだった。
「ふん、この俺が体力切れなど起こすと思うか?」
「…はいはい、あんたはちょっとくらい体力消費した方が良いですね」
てことで、一番。
後から、動体視力も良ければ走力も高い忍者がまず出るのは正解だろう、と理由を付けてみたが、実際のところ、単純に他人の後から付いていくのが嫌いというだけ、と見た。
でもって巨人チームのピッチャーは。
「ふん、疾風のクルガンかい。ちょうどいい。メッキー、メニーのかたきはとらせて貰うよっ!」
何故、ヴァーゴ、とダークマターは思った。
しかし、確かに他のメンバーを見るに、上手にボールを投げられるとは思えない。
さあ、どんなボールを投げるんだろう、クルガンよりスピードも遅くコントロールも悪いだろうけど、と思いつつ見ていたら。
「さあ、ピッチャーヴァーゴ、第一球振りかぶって……のおおおっっ!」
確かに、ボールは投げられた。
だが、それと一緒に降り注いだのは。
「ふむ、ジャクレタを同時に唱えたな。魔術師らしい戦法だ」
「か、解説ありがとうございます、ギムレイさん」
そう、炎の玉が数十、クルガンめがけて突っ込んできたのだ。何とかそれは全部かわした。かわしたが、さすがにボールを打つ余裕は無かった。
「汚いぞ!」
「ふん、あんたに言われたか無いね」
まあ、それは確かに、とダークマターはヴァーゴの方にこっそり同意した。
「さ、さあキャッチャータマ、きっちりボールは口で受けております。判定はストライク。さあ、第二球…来たぁ!ジャクレタ!」
「くそっ!」
何とか手を出そうとするが、数十の集中業火を浴びていてはさすがに無理だった。クルガン、ツーストライク。
「クルガン、よけいな手を出すなよ〜。今のボールだったぞ〜」
「うるさいっ!」
真っ赤な顔で怒鳴るクルガンに、にたり、とヴァーゴが真紅の唇を吊り上げた。
「何だい、疾風のクルガンも、大したことないねぇ」
ぷつん
あぁ、2本目が切れた、とダークマターは冷静にカウントした。
「いいだろう!このクルガン、真っ向から勝負を受けて立つ!」
クルガンのバットがヴァーゴに向けられた。
ダークマターは溜息を吐いた。
「サラ、ルイ姉、グレースちゃん」
「はーい」「何?」「はい」
「呪文集中レンジ延ばしてフィールの用意、よろしく」
頭の中では計算に忙しい。ジャクレタを9発撃てるとして、3人分。ザクレタでもちょっと危ないかもしれない。けどまあ、多分は弾切れの方が早いんじゃないかなぁ。この試合展開で9回までやるかどうか実に微妙だが。
「さあ、爆炎のヴァーゴ、ツーストライクと追い込みました!背後には危険な炎を背負っております!しかっし、バッターボックスのクルガン負けていない!こちらも背後に殺気を背負っております!」
「高レベル魔術師対高レベル忍者。接近すれば忍者が優勢だが、この距離では魔術師有利だな」
「解説ありがとうございます!さあ、三球目、ジャクレタと共に〜投げられました!クルガン避けない!」
かきーん!
試合開始後初めて聞こえる、澄んだ金属音だった。
「抜けるか!?抜けた〜!三遊間、抜けました!ゲイズハウンドのゴロ、追いかけます!」
しゅんっ!しゅんっ!しゅんっ!しゅんっ!
「…えっ!?ラ、ランニングホーマー!クルガン、ただのヒットでランニングホームランです!」
「さすがは忍者。当てられると厄介だということか」
一応、他人に見えるよう、塁の上に来たときだけ一瞬動きを止めて、ちゃんと回ってますと主張したクルガンがホームベースを踏んで戻ってきた。
「ふん、俺が本気になれば、こんなものだ」
「……HP残り12で偉そうにしないで下さい……」
ジャクレタ集中攻撃を受けて真っ黒に焦げていながらも、クルガンは実に満足そうだった。
綺麗所がフィールをかけているのを背後に、2番バッターグレッグが出ていく。
「さあ、次も高レベル忍者。次は高レベル侍が待ち受けています。どう出るか、爆炎のヴァーゴ。さあ、第一球…ザクレタと共に、投げられました!ストライク!」
からん、とグレッグがバットを投げ捨てた。
そのまま、ずかずかとマウンドのヴァーゴに近寄っていく。
「なんだい?何か文句でもあるってのかい?あたしに手ぇ出したら退場もんだよっ!」
無言でグレッグはヴァーゴの目の前まで来た。
そして。
「何故、私にはザクレタなのだっ!」
びしぃっと自陣のクルガンを指さす。
「あ奴めがジャクレタで、何故、私はザクレタなのだ!?レベル的にはあまり変わらないし、さすがに敏捷度は劣るが運と信仰度なら私の方が上だと言うのに!!」
爆炎のヴァーゴは、はっ、と嘲笑った。
「忍者の能力にはあまり関係ないステータスを自慢するんじゃないよ」
自陣では、ダークマターが頭を抱えていた。
「あぁあ〜思っても言っちゃいけないことを〜〜」
予想通り、グレッグは絶叫した。
「貴様〜!白塗り垂れ乳女の分際で、私を愚弄する気か〜〜!」
沈黙が広間を覆った。
ぴしり、と空気が鳴った気がする。
「…念のため、聞いておくけどね。そりゃあ、誰のことだい?」
「私の目の前のおばはんのことだが?」
「あんた、命がいらないようだねぇ」
「ならジャクレタを使うかね?」
ぴしぴしぴし、と空気が割れた。
ダークマターは、はぁっと溜息を吐いた。
「ミシェルちゃん、連れて来てればよかった。しょうがないなー。俺がやるしかないのかー」
「放っておけ」
「ゲームにならないじゃん」
立ち上がって、ライン際までやってきて、口に手を当てた。
「グレッグ〜」
そりゃもう、鼻にかかった甘ったるい声であった。
「何かな?我が主君よ」
振り返ったグレッグの声も、コンデンスミルク缶をぶち込んだような響きに変わっていた。
「早くゲーム再開してくれないかなぁ。それでヒットでも打てば格好良いよね。お・ね・が・いv」
きゃるーん、なんて意味不明の効果音まで付いていそうな勢いだった。
「無論。我が主君の命とあらば、喜んで従おう」
すたすたすた、とグレッグはバッターボックスに戻っていく。
「あの…?」
怯えたような、戸惑ったような顔で、グレースが周囲を見回した。
リカルドが、疲れ果てた声で、それでも無理矢理作った笑顔で答えた。
「いや、あれは、主従ごっこを楽しんでるだけです、姫さん。本気で色仕掛けしてんでも、それに引っかかってんでもないんです。…多分」
「そうそう。大丈夫、大丈夫。ダークマターはクルガン一筋だから」
「誰がだ!」
あはは、と手を振るルイに、びしっと突っ込むクルガン。
『救国の英雄』の真の姿に、白百合の姫はめまいを感じて座り込んだ。
「さあ、再開されます、ヴァーゴ対グレッグ。爆炎のヴァーゴ、希望通りにジャクレタを使うのか。第一球…投げた!普通です!普通の球です!」
ぱくん、とゲイズハウンドが捕らえた球は残念ながらボールだったが。
「何のつもりだ、爆炎のヴァーゴ!」
「はっ、あんたにゃこれで十分さね!」
「えぇい、そっちがその気なら!」
「さあ、振りかぶって、第2球…打った!」
かきん。
打ち返された球はころころと内野を転がる。普通ならピッチャーゴロで1塁アウトくらいのボールだったが、さすがに忍者、2塁までは進んでいた。
「もうちょっと、グレッグも筋力があればなぁ」
「ひ弱いことだ」
「あんたが、言うな」
忍者は必殺の一撃には秀でているが、一発の大きさはいまいちである。
まあ、3番バッターのエルフ侍も、人のことは言えない。武器のおかげで高ダメージを与えられるだけで、本当の筋力は実に低い。
てことで、三つ編みを振り振り、細いエルフがバッターボックスに入った。
「さあ、ネクストバッターはダークマター。このメンバーで唯一ルールを理解していると言われております。能力的にはむしろ魔法よりの彼がどう攻めるか。ヴァーゴ、振りかぶって〜…来ました!ジャクレタです!」
降り注ぐ火球を避けて、ダークマターは首を傾げた。
「ふぅん、俺にもそう来るの」
「ああ、あんたをなめて痛い目にあったことがあるからねっ!」
「そりゃどうも」
目を細めてにっこり笑ってやって、ダークマターは構えた。
「さあ、ジャクレタを避け続けるのか、それともクルガンのように満身創痍で挑むのか!第2球〜ジャクレタと共に、投げた!」
「一人時間差シングルジャンプアタ〜ック!」
ダークマターの足下に緑に輝く魔法陣が現れた。思い切り空中に飛び上がり、ジャクレタは全て月の僧侶に回る。
「のおおおっ!」
「判定は…ストライクだな」
冷静に言うギムレイに、ダークマターは不満の声を上げた。
「え〜、足の下通ったのに〜」
「ピッチャーの手からボールが離れた時点では普通に立っていた。ストライクゾーンはそれを適用する」
「…ま、そうじゃなきゃ、皆しゃがめばいいだけになっちゃうか」
仕方なく納得して、ダークマターはぺろりと舌を出して、バットを構えた。
「ははは、後一つでアウトだよ!」
「…意外と、ルールをちゃんと知ってんじゃん、ヴァーゴちゃん」
「ヴァーゴちゃん、は、およし!」
「おっと、爆炎のヴァーゴ、最大級ジャクレタと共に第3球!。ダークマター、かろうじて引っかけます!ファール!」
「こらー!真面目にやれー!」
クルガンの怒鳴り声に、わざとらしく耳を塞いで、ダークマターはバットを振り回して構えた。
「さあ、第4球です。ジャクレタと共に〜おおっと!またファール!」
「えーと、これでジャクレタ消費7発、と」
ダークマターは小さく呟いた。出来れば自分のところでジャクレタとザクレタまで打ち止めにしておきたい。後に続くリカルドとウォルフはまあともかく、女の子たちに魔法が打ち込まれるのは避けたい。
一応、これでもフェミニストなのだ。
女性の心の機微は全く分からないけど。
「粘るねぇ!」
「まーねー」
てことで、更にファールが2回。
予想通り、次にやってきたザクレタ付きのボールもファールにしてやると、さすがにヴァーゴも狙いに気づいたようだ。
「なぁるほど…なら、これでどうだい!ダイバ!」
「おおっと、攻撃力強化しての第7球!これはすごい球威です!ダークマター、辛うじて引っかけ…前に転がった〜!」
「うっわー、手ぇ痺れてるよー」
ぶつぶつ呟きながら、1塁に走る。ほんの少しだけしか転がらなかった球は、却って処理しにくいようで、ゲイズハウンドが1塁に口で投げた時には、余裕で進塁できていた。
グレッグは3塁。さすがにホームまでは行けなかった。
「これはどうでしょう、解説のギムレイさん」
「うむ、ダイバ持続時間は、多分一回裏一杯まで続きそうだ。これは良い戦法だな」
「さあ、そのダイバ付き、バッターリカルドに第一球〜投げた!ボール!」
「何だって!?」
ヴァーゴが月の僧侶に詰め寄る。
「あんた、どこに目ぇ付けてんだい!そこにあるのは銀紙丸めたもんかい!?今のはストライクだろうが!」
「え…と言われましても…」
「…あんた…命がいらないようだねぇ…」
にいぃっと唇を吊り上げたヴァーゴに、月の僧侶は怯えて後ずさる。
「あ、あの!いやぁ、見間違いだったかなぁ!…って、ひぃっ!?」
「ふぅん…」
いつの間にか、1塁からダークマターが戻ってきて、月の僧侶の背後を取っていた。
「ねぇ、僧侶さん知ってるかなぁ?」
可愛らしく小首を傾げて、ダークマターは微笑んだ。…凍てつく瞳で。
「うちには、即死攻撃出来るメンバーが、3人もいるんだよvv」
世間話のようでいて、当然そんな訳はない。
月の僧侶は進退極まった。
おまけに、クルガンまで音もなく近寄って来ている。
「…便所スリッパと、このメガホン。どちらが好みだ?」
どっちも、嫌だ。
「ひええええっ!お許しを〜!」
座り込む月の僧侶に、3塁側解説は、素っ気なく言った。
「今のは、ボール。これ以上判定に不服を唱えるなら、退場」
「……ちっ!」
舌打ちして、ヴァーゴはマウンドに戻った。ダークマターとクルガンも、それぞれの場所に戻る。
「…あんたも、大変だなぁ」
リカルドに同情されて、今度こそ月の僧侶は涙をこぼした。
「うぅ、人の情けが身に染みます。さあ、そのリカルドに対して第二球!…打った〜!」
ごつん。
何となく鈍い響きを立てて、リカルドのバットがボールを捕らえた。
「サード、真っ正面!」
コボルトのケンケンが受けて、1塁に投げた。
その間にグレッグはホームを踏み、ダークマターは2塁に進んでいる。
リカルドは残念ながらアウトだった。
「しょうがないな〜。おーい!誰かウォルフにもダイバかけてやって〜!」
「はーい!」
魔法使用者人数は圧倒的に竜さんチームが有利だ。
ついでに敏捷度まで強化されたウォルフが、ぶんぶんとバットを2〜3本振り回してから、バッターボックスに入ってきた。
「さあ、意外と真っ当な対決に見えます、ヴァーゴ対ウォルフ。さあ、第一球振りかぶって…おおっと2塁に牽制。ダークマター薄ら笑いを浮かべて2塁上にいます。コボルトからボールが返って、さあ、ヴァーゴ…また牽制球!」
「なるほどな」
クルガンがぼそりと呟いた。
「何?何かやってるの?」
「いや…背中に暗殺者を背負うのは、確かに落ち着かないだろうな、と」
ダークマターは、丸腰だ。でもって、ヴァーゴは彼が暗殺者であったことを知らないはずだ。
だが、ひどく落ち着かない様子で、ちらちらと背後を気にしている様子が見え見えだ。
そのダークマターは、腹に一物抱えたような笑顔全開でヴァーゴの背中を見つめている。
「え〜?何?ヴァーゴちゃんてば、俺のことが恐いの〜?」
「お、おなめじゃないよ!…だけど、なーんか、嫌なんだよねぇ…」
ぶつぶつ言いながらも、腹を括ったのか、ヴァーゴは向き直って大きく振りかぶった。
「さあ、ウォルフに向けて第一球…剛速球来ました!そしてそれを〜打ち返す!大きい、これは大きい!」
「どぅりゃああ!」
力任せの球が、場外ホームランになる…と思いきや。
「任せて〜ん、姉さまぁぁん!」
バイドパイパーが、ぎゅんっと飛び上がった。そして、捕球。
「アウト!場外級のあたりでしたが、アウトです!」
ちゃっかり2塁から動いてなかったダークマターは、首を傾げて呟いた。
「あいつを『どうにか』しないと、厄介だなー」
で、どうにか、の中身をせっせと考える。こっそりストレイン、いや魔法だとばれるからホールドだけしてみるか、とか、こそりと麻痺毒かますのはどうだろう、とか。
「さあ、2アウトランナーは2塁。1対1で、バッターはグレース!これより竜さんチームのバッターは女性陣に入ります」
「さあ、女同士の戦い、どう来るか。ヴァーゴが手加減するか、それともむしろ熾烈な戦いとなるか」
グレースが、きびきびとした動作でバッターボックスに入っていった。
それに、ヴァーゴは嘲笑を投げつけた。
「はっ!婚約者様に捨てられた可哀想なお姫様じゃないかい。こんなところで、何をしてるんだい?」
動揺させる作戦か、はたまた本性か。
だが、グレースは顔色一つ変えずに丁寧に言った。
「あの人は、私より大義を選んだのです。私はそれに異論を唱えるつもりはありません」
「大義が聞いて呆れるよ。おぼっちゃまの戦争ごっこを大義っていうのかい?」
「瓦礫の王となる道でも、あの人は真剣に国を憂いていたです。その他大勢の行かず後家にとやかく言われる筋合いはありません」
…最後まで、丁寧な口調だった。
「おーや。今、行かず後家って言ったかい?」
「嫁き遅れ、に訂正いたしましょうか?」
びしっと空気が割れた。
空間を、ザティールの如き巨大な静電気が走り抜ける。
「なぁ、ウォルフ」
目をハートにしてグレースを見守っているウォルフに、リカルドは嫌々聞いた。
「姫さんって、あーゆー人だったのか?」
「健気だろう?」
「い、いや…健気っつーか…まあ、反逆者の婚約者なんぞ、あのっくらいの肝っ玉がなきゃ務まらないかもしれねーけどよー。あ〜、夢が壊れた」
がすっとリカルドの鳩尾に、サラの肘鉄が食い込んだ。おおう、と身を折るリカルドを無視して、サラはウォルフに声をかけた。
「ねえこのままだとグレース嬢も行かず後家になっちゃうのよ早くプロポーズしたら?」
「なっ!お、俺は…俺は…見てるだけで幸せだ!」
「意気地なしー」
ほのぼのと会話している目の前で、マウンドとバッターボックスでは、火花がぱちぱちと散っていた。
「さあ、ヴァーゴ第二球〜投げた!打った〜!ピッチャーライナー〜!」
ごう、と音を立てて投げられた球を、ぶん、とやはりもの凄い音を立ててグレースが打ち返した。球は一直線にヴァーゴの顔に向かう。
「ちぃっ!」
咄嗟に顔を庇ったヴァーゴの、腕の盾(外してなかったらしい)に弾かれてボールは転々と転がった。
「はぁっ!」
それをひっつかんで一塁に送球し、グレースはアウトになった。
「ふっ…命拾いしましたね…」
白百合の姫は、最後まで口調だけは丁寧だった。
「さあ、1対1で迎えた第2回、打順はピッチャーヴァーゴからです!さあ、クルガン対ヴァーゴ、波乱の予感です」
「クルガンがクリティカルを狙うか否かが勝負の境目だ」
「一応この棒玉転がしに最低人数の規定はありません!最後まで戦い抜くことになっています。さあ、クルガン第一球…投げた!おおっと!ヴァーゴ打ち返す素振りで……メガデスです!メガデスを放ちました!」
「おーや、打ち返そうと思ったんだけどねぇ」
にぃっと笑うヴァーゴの前には、辛うじてダークマターに引きずり倒されたクルガンの姿があった。
「貴様〜!」
顔を土まみれにしてクルガンが怒鳴る。
「何だい?何か文句があるってぇのかい?」
更に怒鳴ろうとしたクルガンの肩を、ダークマターがぐいっと引っ張った。
「何をす……」
「審判。ピッチャー交代。俺」
うふふふふふふ…とダークマターは笑いながら言った。全身からゆらりと立ち上る殺気には覚えがある、とクルガンは思った。
思い切り、本気。
ダークマターは、クルガンと違って、滅多に切れない。
しかし、切れるとなったら、徹底的に切れる。そんな時には、放って置くしかない。さもなきゃ自分もやられる。
クルガンは諦めて、すたすたとファーストに向かった。
「さあ、マウンドにはファーストダークマター。メガデスに対する秘策でもあるのでしょうか!」
「爆炎のヴァーゴ」
絶対零度の声が、奇妙に優しい響きで言った。
「メガデスは、やり過ぎだったねぇ」
「はんっ!手加減して欲しかったってぇのかい?」
「いいや?…代わりに、俺も全力で行くよ?………食らえ!趣味で覚えた、レベルマックスメガデス〜!!」
ダークマターは、あくまで侍である。
しかし、その敏捷度から後衛の司教連中よりよっぽど早く魔法を唱えられるということもあって、攻撃魔法も各種取り揃えてあるのだった。
それにしても。
「レベルマックスメガデスは、やりすぎだろうが〜〜!」
全員のツッコミを背に、ダークマターの手から青白い光が放たれた。
「やられてたまるか!迎撃メガデス!!」
ヴァーゴの手からもメガデスが放たれた。レベルを言わなかったところを見ると、マックスにはなっていないらしい。
二つのメガデスがぶつかり合った。
せめぎ合いが一瞬起こる。
そして。
閃光もかくやという光があたりを覆った。
天井が崩れ落ちる音がする。
「全員集合!リープ!」
「のおおおおおっ!実況は、月の僧侶でした〜!一部地域のみなさんとはさようなら〜〜〜!」
彼らは、迷宮入り口に佇んでいた。
目の前で、ゆっくりと迷宮が陥没していく。
「この、馬鹿者が!」
遠慮のない一撃が、ダークマターの頭にめり込んだ。
「だってー」
「だって、じゃない!まだ最下層に行ってなかったというのに!」
「まあまあ。いいじゃねぇか。あの分だとどこ歩いても巨人と竜で埋め尽くされてるって」
リカルドが宥めて、どうにかクルガンが拳を下ろす。
ダークマターの頭をよしよしと撫でながら、グレッグが呟いた。
「さて、ヴァーゴはどうなったか…」
「生きてるよ」
少し離れたところから投げやりな声が聞こえた。
「やれやれ、全く滅茶苦茶だよ」
きっちりポイズンジャイアントの死体も持って、ヴァーゴが姿を現した。もちろん、バイドパイパーやゲイズハウンド、コボルトも一緒だ。
いつもの杖をびしっと突きつけて、ヴァーゴは叫んだ。
「あんたらのリーダーは、いかれてるよ!」
「そんなことは、言われずとも分かっているとも!」
咄嗟に切り返したグレッグを、ダークマターが下から睨み付けた。
「だが、そこがいい!」
即座に付け加えたグレッグに、背後でルイが額を押さえていた。
「あぁもう、他人に恥を振りまかないで欲しいわ」
ヴァーゴは、ふんっと鼻息荒く杖を下ろした。そして、くるりと背後を振り向く。
「ま、前金で貰ってたから、さっさと終わってくれて良かったんだけどね」
「あはは、それは良かった」
軽く手を挙げて去っていくヴァーゴに、ダークマターは叫んだ。
「あのさー!もし寺院で蘇生してくれなかったら、言ってよ!うちの司教たちにカーカスとカテドラル覚えさせるからさー!」
「あいよ!そのときゃ頼むよー!」
その会話をちょっと呆然と見守って、グレースはおずおずと言った。
「あの…ひょっとして、お二方は…」
「意外と仲が良いんだよなー」
けろっとリカルドが答えた。
なんか喧嘩の末に「なかなかやるじゃないか」「お前もな」と夕日の河原で寝転がるような友情が育ったらしい。
まあ、お互いメガデスをぶっ放す仲を『友情』と言って良いのかどうかは不明だったが。
「あら…だったら、あの人とは、殺し合い以外の形で決着を付けなくてはいけませんね…」
物騒なことを静かに呟くグレースに、ダークマターが手を振った。
「今日はありがとねー。ちょっと思ったより短い時間だったけど、遊べて楽しかったよ」
「はぁ、ありがとうございます」
「また誘ってくれよな!」
ぺこりと礼をして、グレースとウォルフは去っていった。
それを見送って、リカルドがのびをした。
「さぁて、俺たちも帰って酒場で飲もうぜー」
「そうねー」
和気藹々と帰っていく中で、やたらとにこにこしているダークマターに、クルガンが疑問をぶつけた。
「おい、何がそんなに嬉しい?」
「え〜?いやー、これで来年は虎さんチームが優勝するかなーって」
「………そういう目論見だったのか………」
ちょっと巨人と竜と、ついでに月の僧侶に同情したクルガンだった。
だが、結局その後、場所を変えて今度は2種類のチームが合流しての優勝争いが始まることを、ダークマターは知らなかったのだった。
リアルタイムで読まない人のための解説:
阪○は昨年の優勝チームである。
しかし、今年は4位である。
これを書いた時点では、巨人とドラゴンが優勝争いをしている。
巨人のオーナーは辞任した。
…ま、こんなところか。