ピースオブパズル 4
次の水晶がある部屋までは、比較的近かった。
今度の扉は、あの司教の部屋と違って、付近に埋没するほど個性が無かった。
ほとんど壁と同化しているような扉に掌を当て、ダークマターは一瞬目を閉じた。
「ここも、解除されてる。ま、子供の手慰み程度じゃ、長は止められないか」
そうして、扉に手をかけ、動きを止めた。
もう一度目を閉じ、そして、開く。
「ようこそ、クイーンガード・ダークマターが育った部屋へ」
口もとは笑っているが、凍り付いた瞳でそう言って、ダークマターは恭しく一礼した。
人一人が入れる程度の隙間から、するりと室内に滑り込む。
続いて入って来た仲間は息を飲んだ。
「…何だ、この部屋は…!」
クルガンの唸るような声が低く響く。
「あまり、注視しない方がいい」
皆が室内に入ったのを確認して、ダークマターは扉を閉じた。
だが、中央に輝く水晶のせいで、室内が完全に暗くなることはなかった。
その仄かな明かりと、先ほど廊下から差し込んだ光で見えた室内は、異様であった。
とても人間が住んでいた部屋とは思えない。
他と同様石造りの床には何も置かれておらず、ベッドの一つさえ無い。隅にぼろぼろになった毛布のようなものがあるところを見ると、そこが寝所であったのか。
壁に掛けられた投擲の的は、すでに原型を留めていない。
まるで牢獄のようなこの部屋で育ったというのか。
そして、何より。
何より異様なのは。
壁と天井を埋め尽くす極彩色のうねりであった。
それは、何かの『絵』とは思えない。『文字』でもない。
ただの色の奔流でしか無いように見える。
だが、それが何だろう、と見つめていると、どんどん不安になっていくのを感じる。
リカルドは、不意に以前感じたやるせない怒りに襲われるのを自覚した。
ダークマターに出会う前。
誰も、彼の主張を分かって貰えなかったあの頃。
そう、俺が悪いんじゃない
悪いのは、全て『あの女』だ。
グレッグは、主君を見出してより耐えていた死への恐怖が甦るのを感じた。
何もない…私には何も残っていない…
何故、私が、何もないまま死なねばならないのか
全ては、『あの女』のせいなのだ。
サラは、誰も救えぬ無力な己の手を嘆いた。
何故こんなにも困っている人がいるのに誰も助けてあげないの?
私の手は何もできないの?
どうして『あの女』は全てを放り出して安穏としているのかしら?
ルイは、魔術師となることを諦め、盗賊となった頃を思い出した。
どうせ、私には才能が無い
どうせ私はちっぽけな虫けらに過ぎない
それもこれも、『あの女』が全てを搾取しているから
『あの女』が私の持つべきものまで奪っていったから
がつっばしっぽかっびしっ。
4つの音が立て続けに鳴った。
頭部への衝撃に、彼らは目を覚ましたように周囲をきょろきょろと見回した。
そして、リーダーが手を押さえてぶすっとした顔で立っているのを見つけた。
「だから、見るなって言っただろう?」
リカルドは頭をぶんっと振った。グレッグは軽く肩をすくめ、サラは自分の頬を叩いた。ルイはしかめ面で叩かれたらしい頬を撫でた。
「これは、何だ」
両腕を組み、イライラしたように指で腕を叩きつつ、クルガンが問う。
「あぁ、あんたは大丈夫だったんだ。良かったね、単純な精神構造で」
「誰がだ!これは、修行の賜物だ!」
「ま、そういうことにしといてあげてもいいけど」
どうでもよさそうにそう言って、ダークマターは彼らを水晶の前に呼び寄せた。
「司教様がね、思い切り強力な暗示を練り混んでるから。目に入っても意識を逸らせるコツが分かってないと、危険だよ。ま、水晶でも見てれば大丈夫だと思うけど」
それに、と、何でもないように付け加えた。
「今更、女王陛下への殺意が高まったところで、何が起きるわけでもないだろうけど。でも、あんまり良い気分じゃないだろ?」
言われて、『あの女』というのが女王陛下であることに気づいて、リカルドが小さく「うわ」と悲鳴を上げた。
僅かな間ではあったが、強烈に自分のコンプレックスをえぐられ、しかもその責は全て女王にある、と意識してしまったのだ。そんなはずはない、と理性で分かっていても、激しく覚えた憎しみを忘れられるとも思わなかった。
「この部屋で…育ったのか」
クルガンの呻きに似た声に、ダークマターは気の無さそうに答える。
「厳密には、『人間の』ダークマターがね」
まるで自分が二人いるような物言いに疑問を投げかける前に、水晶に影が滲んだ。
先ほどのピクシーが現れて、くるりと一回転した。
「もういいかい?見るんだろ?」
「あぁ、今回は俺も見るよ。全て思い出してる訳じゃないから」
「さあ、それじゃおいで。この部屋に強く染みついた想いを見せるよ」
「…すっごいプライバシーの侵害」
嫌そうに言って、ダークマターは目を閉じた。
最初の記憶は、雨。
柔らかな、春の雨。
その人は、パンを一欠片くれた。
そして、そこで待つように言って、身を翻した。
寺院の階段に座り込む子供が一人。雨に濡れて、小さなパンを囓り終えて、それでも待ち続ける子供が一人。
あれは、お前か?何となく面影が…
ここは俺の部屋で、想いが染みついてるって言ってんだろ?俺以外の誰だってのさ。
可愛い…
いや、やばいぞ?この雰囲気は…(捨てられたんじゃ…)
あ、意識は共有されてるみたいだから、口を閉じても思ったら筒抜けだよ?ま、別に傷ついたりしないけどさ
子供を見下ろして、寺院の僧侶たちがひそひそと言い交わす。
「また、捨て子か」
「昨年は不作であったから、近隣の村では飢える者が多い」
「さりとて栄光ある我が寺院に捨てられた者を見捨てるわけにはいかん」
張り付いたような不自然な笑顔で手を差し伸べる僧侶を、硬い顔で見上げて、子供は立ち上がった。
そして、全力でそこから走り去る。
(捨てられた…捨てられた…捨てられた…)
違う!と心の中で叫びながら、子供は走り続けた。僧侶は、追ってこなかった。
すぐに息を切らして、薄暗い路地に座り込む。
その前に、人影が立った。
「どうした?幼子よ」
あの男は…!
一見、普通に司教様に見えるからね
「お母さんが…待ってろって…」
「そうか…では、ワシのところで休むがいい。そうして、ゆっくりと体を休め、母を待てば良い」
そうして、子供は、その手を取った。
今なら分かるんだけどね。母親、とやらは、単に弱い人だったんだよね。いや、父親の方が弱かったのかな?いつまでたってもでっかい子供で、自分が一番じゃないと気が済まない男だったんだ。だから、子供なんて、自分の妻の愛情を奪うだけの憎むべき対象でしか無かった
でもって、母親も、そんな夫から子供を守ることは出来なかった。おろおろして、夫の言うようにしか出来なかった。
売り飛ばせって言われて、せめて寺院に捨てたのだけで精一杯。それで「私は悪くない、精一杯この子を守った」って思ってる。
ま、恨んだりしないけどね。ただ、一生あの人たちはあのままなのかなぁ、と思うと、可哀想なだけ。
それでも…あの頃は、子供だったから…母親が一番大事な存在だったから……
子供を地下神殿に連れて帰った司教は、優しく諭した。
「良いか?母を恨んではならぬ。恨むべきは、不作を知っていながら、何もしなかったこの国の女王だ」
何を!陛下はすぐに国庫を開かれ、出来るだけの援助はなされた!
だから~実際はとことん飢えたから手放された訳じゃないんだって
「だが、女王は自分はぬくぬくと暮らし、下々の者のことなど考えておらぬ。そのような悪しき心の者は、国の長たりえぬ。お前は、女王を断罪する剣となるのだ」
…やはり、お前は…
だから、あんたが見たら確信するって言っただろ?
母に捨てられたのには同情するが…
しなくて良いです。てーか、あんたに哀れまれると、何かむかつく
ねぇここまでだと別に女が見てどうこうじゃないんだけど
いや、これからがね…ちょっと食事がね…
最初に、司教に渡されたのは、小さなナイフだった。
「自分が食べる物は、自分で得ると良い」
何を言われているのか、最初は分からなかった。
だが、それきり司教は姿を消した。
その神殿は、常に誰かがいる気配がした。だが、近づくと何もいない。誰も、助けてくれない。
何か無いか、と探しているうちに、さらに下へと続く階段を見つけた。
そこを下ると、悪臭の立ち上るどろりとした水路があった。
最初は、普通の水を探した。
けれど、どこにも清水もなければ溜めた樽の一つも見つからなかった。
舌が上顎に貼り付く頃。
意を決して、膝を突いた。
そして、その泥水を口に含んだ。
それは奇妙な吐き気を催す匂いをしていたけれど。
初めこそ上澄みを飲もうとしていたが、ついに構わず直接啜った。
そうして、乾きは癒されたけれど。胃の腑が焼け付くような痛みは変わらない。
食べる物、と子供は念じた。
あの小さなパンの欠片でも良い。花の蜜でもいい。何か食べる物。
だが、その地下神殿は日も射さない。草の一本も生えていない。せいぜい貼り付いたような苔くらい。
子供は、ナイフを使って苔を剥がした。口に含んでみる。ほとんど土のようなそれに咳き込んで、吐き出した。
何か、食べる物。
そのとき、地下水路で、きぃ、と小さな声がした。
む、無茶苦茶だな。とても子供を養育してるようには見えない
養育してるつもりは無かったんじゃないの?
嫌だわ嫌だわ口の中が気持ち悪い~
ごめんね~ここまで再現されてるとは思わなかったよ、俺も。今からでも止める?
…見るわよ、こうなったら最後まで。少なくとも、キミはこうやって生きてきたんでしょ
水路には、何匹かのネズミが棲んでいた。痩せ細ったネズミだが、子供の目には『肉』にしか見えなかった。
子供は、ナイフを手に追いかける。だが、小さなネズミは動きが素早く、とても追いつけない。それならば、と投げつけたナイフは、当たりもせずにぽちゃりと水路に落ちた。
子供は慌ててそれを探す。今の彼にはそれしか無いのだ。
ようやく探し当てて、どっと疲れの襲った体を壁に凭れさせた。
そして、何気なく投げ出した手に、何かが触れた。
咄嗟に掴み、目の高さに持ち上げる。
小さな、子供の掌ほどのイモリが、そこで身藻掻いていた。
子供の喉が、ごくりと鳴った。
そんな物を食べたことはない。だが、胃の腑の痛みは、耐えきれないほどになっていた。
子供は泣かなかった。
ただ、目を閉じて祈りを捧げた。
そうして、口を開いて。
(きゃああああああ)←声にならない悲鳴
ごめんね~上に戻ったら何かおごるから…
今食べ物の話をするのは止めて~
子供は、一生忘れない、と思った。
噛み締めるとぱきぱきと小さく音を立てて砕ける骨の感触。
苦いような生臭いどろりとした液体の味。
びくびくと痙攣する肉。
それでも、それは彼の飢えを誤魔化してくれた。
子供は、考える。
罠を仕掛けること。ナイフを投げて獲物を仕留めること。その技術を磨くこと。
自分の境遇を嘆いている暇は無い。彼は飢えていて…そして、獲物を狩る術を上達させるのは、あまりにも時間がかかり過ぎる。
己の境遇を嘆く暇はない。
子供特有の柔軟な精神力でもって、ただあれを狩ることだけを考えることにした。
与えられた部屋には、毛布が一枚置かれていた。それを丸めて、自分で目標を決めて、ナイフを投げるのを日課とした。
思うところに投げられるようになるまで、泥水を啜り、子供でも捕らえられる小さなイモリを主食とした。
そうして、少しずつ上達し、初めて投げナイフでネズミを仕留める日がやってきた。
まだ温かいネズミの腹をナイフで裂く。
途端、嫌な匂いが立ち上ったが、気にならなかった。ぬるりと滑る内臓を取り出し、飲み込んだ。
美味とはとても言えないが、イモリよりは腹を満たしてくれた。
おいおい、下水のネズミを生で食ったのか?
ご想像通りですよ、クルガンさん。何度も熱を出しました
よくまあ、無事で…
死にかけたら…いや、死んだら司教様が復活させてくれたからね
そのうち、ネズミの内臓を生で食べると半々くらいの割合で高熱が出ることに気づいた。
火を通せば良い。
そう考えても、どこにも灯った火は無かったし、火口の一つも無い。かすかに、木を擦り合わせれば火を起こせる、という知識はあったけれど、肝心の木ぎれはどこにも無かった。
悩んでいると、久々に現れた司教が、簡単な火炎魔法の初歩を教えてくれた。
子供では扱えるとは思えないそれを、子供は必死で習得しようとした。
そうして、小さな火が灯せるようになった。しかし、燃やす物も無いので、ネズミを炙ることも出来ない。魔力を維持して、火炎をその場に保持し続けることが出来るようになるのには、更に時間がかかった。
え?そんなことが可能なの?
基礎が分かってると、意外と簡単に応用できるよ
こんな子供がよくまぁ…さすがは我が主君。オールマイティな能力だ
人間、追い込まれると何でも出来るって例です
ある日、怪我をした。仕留めたと思ったネズミがまだ生きていて、手酷く噛まれたのだ。大した傷ではなかったけれど、部屋に上がると司教が現れて、治癒魔法の初歩を教えてくれた。
それは、子供にとっては火炎魔法よりも簡単だった。
究極の自給自足ね…
いやー、一応後で投げナイフの補充とかしてくれたけど
子供が生き残るのに必死になっている頃、部屋には司教によって呪詛が塗り混まれていった。
自分がこんなに苦労するのも、全ては『あの女』のせいだ
そんな風に考えるように、子供の精神を型に填めるため、天井と壁に暗示のこもったペインティングがなされた。
もちろん、子供はすぐにそう考えるようになった。だが、同時に、原因を考えるよりも、今を生き抜くことに集中していた。
子供はじきに、憎悪を感じつつもそれを心にしまい込み、今為すべきことについて考えるという意識の持ち様を習得した。
投げナイフの飛距離が伸び、火炎魔法及び治癒魔法の初歩に慣れた頃。
今度は一振りの小剣が与えられた。
そして、広間に連れて行かれた。
そこには、目をぎょろぎょろと光らせた男がいた。奇声を上げて飛びかかろうとした男の体が硬直する。
司教は、子供の頭に手をやって、静かに言った。
「あれを殺せたら、パンをやろう」
子供はネズミを殺し、内臓をすすることに慣れても、人間を殺したことはなかった。たとえ、パンを与えると言われても、とても剣を振るう気にはなれなかった。
飢えはネズミでも満たせるし…
そんな風に考えたのが司教には知れたのだろうか。司教は声を上げて笑い。子供の手に小剣を持たせて男の前に導いた。
「殺せ。さもなくば、この男がお前を殺す」
そして、男の体が自由を取り戻した。
男は素手であった。だが、すぐに子供を殴り飛ばし、床に落ちた剣を拾い上げた。
ぎらぎらと燃える目で、転がる子供の体に斬りつける。
子供は、必死で逃げた。だが、ついに、肩が真っ赤に焼けるような感触がして、剣が己の体に食い込むのを感じた。
意識を取り戻したときには、傷は無かった。
だが、前回と同様に、彼の手には小剣が持たされ、素手の男の前に出された。
何度も何度も、殺された。
譫言のように叫ばれた言葉からするに、男は子供を殺せば上に返してやると言われているらしい。
だから、相手が子供でも迷うことなく殺そうとかかってくる。
じきに。
男の動きで、殴ろうとしているのか、蹴ろうとしているのか、あるいは、剣でどこを狙っているのか分かるようになった。
避けることを覚え、体がそれに付いていけるようになった。
そうして、ある日。
子供の小剣は、男の腹を突き抜けた。体ごと飛び込み貫いたのだ。
だが、雄叫びを上げた男は、子供を突き飛ばし、腹に刺さった剣を抜いた。そして、腹を押さえながら子供に剣を振りかざす。
子供は考えた。
一撃で、殺せる場所。
それから、子供はネズミを食べる時にも、出来るだけ生かしたまま捕らえ、内臓を丁寧に選り分けるようになった。
同時に、入室を許されるようになった司教の部屋で、書物を読みあさった。
書物の知識とネズミの内臓を照らし合わせる。
生き物が生きていくには、神経と血管と呼吸が必要なことを知った。
神経…脳味噌にダメージを与える。しかし、それは子供の腕力ではとうてい叶いそうにない。
血管…心の臓を傷つける、または首や大腿の太い血管を切り裂く。
呼吸…肺を破る、または喉を切り裂く。ただし、心臓を貫くよりも、絶命するまでに時間がかかる。
子供は、生き残るために、知識を蓄えた。
そして、ついに男の心臓に小剣を突き立てた。
これまで何度も殺されたのが嘘のように、男は簡単に絶命した。
約束通り、司教は小さなパンを与えてくれた。
それをゆっくりと囓りながらも、子供には達成感も罪悪感も無かった。
あったのは、純粋に人の肉体に関する興味。
だから、司教に頼んだ。
もう一度、やらせてくれ、と。
生き返らされた男を相手に、子供は何度も試してみる。
頸動脈を切断するには、どのくらいの力が必要なのか?首を切り離すには?
心の臓を貫くのは、肋骨のどの位置から剣を差し込むのが一番効果的なのか?
また、心の臓を外れて肺を傷つけた場合、どのくらい生きているのか?
じきに、子供の心は麻痺していった。
ただ、効率的に敵の動きを止めることだけを考えるようになった。
そんな子供に、司教は満足そうであった。
ものすごーくダイナミックな育成方法だよな…
だって司教様自体は剣を扱えないからね。教え方が分からなかったんじゃないの?
途中でカーカス失敗したらどうするつもりなのかしら…
そりゃ、別の子供を拾ってくるだけでしょ
剣を振るいながらも、子供の情熱は、知識の獲得に当てられていた。
最初は自分の読める言葉で書かれた書物のみを読んでいた。それでも十分難しかったけれど。
子供は特異な記憶力を持っていた。書物を文字としてではなく、画像として記憶するのだ。だから、意味が分からなくても読んだそのままを一字一句間違えることなく思い返すことが可能であった。
理解できなかった部分も他の書物を読んでいるうちに突然意味が分かるようになり、そんなときにはいつでも自分の脳から記憶を呼び起こして書物のページを読み返した。
解剖学や薬草の知識といったものから、ただの詩や戯曲にいたるまで、時間さえあればただただ読み耽った。
そのうち、司教に願って、ガラス瓶やランプといった道具を手に入れた。
簡単な実験道具ではあったが、毒を精製すると言えば、司教は寛大に揃えてくれた。
ある時、書物に従って、インプを召喚した。だが、子供の魔力では支配しきれず、インプは飛びかかってきた。だが、その爪が届く直前、インプの体が真っ黒の消し炭になった。
司教は、まだお前の手には余る、と言ったが、子供は頼み込み、インプを復活させて貰った。そして司教の力を借りて、そのインプの本名を得て主従を結んだ。
あのときのインプ?
そ。…てっきり、復活させてくれたんだと思いこんでたんだよね…ただの死者の影とは思って無くて…ホッテンスワンプリープには悪いことしたなー
地上の薬草やちょっとした材料は、使い魔に頼めば揃えられるようになった。子供自身に、地上に出る許可は与えられなかったので、使い魔がいるのは便利なことだった。
そうやって、毒や薬の知識を深めていった。
戦うために司教に呼び寄せられた者は、様々であった。
ある格闘家相手の時には、素手で敵を葬る術を知った。こどもの記憶力はそんなときにも発揮されて、相手の動きをトレースできるようになっていた。その技術は、剣を失っても戦い続けるのに役だった。
引退した騎士が呼ばれた時があった。その善良な男は、子供もまた地上から無理矢理戦うために呼ばれたのだと思い込んでいた。
だから、子供を殺そうとはせず、司教の目を盗んで子供に剣の技術を教えようとした。上手に打ち合っているように見せて、逃げる隙を見いだそう、と言った。
そこで、子供は完全に我流だった剣術に、ある一定の技術を取り入れるようになった。剣の持ち方から抜く動作、斬りつけ、そして第2檄に備える方法。
それは我流よりも確かに効率的であったので、砂が吸い込むように身につけていった。
もう教わることが無い、と思ったとき。
子供の剣は、鎧の隙間を通して、元騎士の頸動脈を切断した。
子供は、いつでも勝ったわけではない。むしろ、新しい相手の時には殺されることが多かった。たいていは前の相手よりも強い相手が呼ばれていたので。
そうして死んだり、またはしばらく動けないような怪我を負ったときには、司教が治癒をかけてくれた。
もちろん、簡単な怪我なら自分で治した。
だが、骨折したときに、骨の位置を直すことを知らずに治癒魔法をかけていたため、子供の骨格は歪んでいった。
歪んだ骨格には、歪んだ筋肉しか付かない。
成長する頃には、子供の体は恐ろしく不格好な姿をしていた。
そして、それも全て『あの女のせい』ということになっていたけれど。
『敵』は、人間のみならず、魔物が呼ばれることもあった。それまで姿を見せなかった魔物が子供をつけ狙うようになった。そうして、子供は敵を察知する術を覚えた。
子供の瞳から感情が消え失せ、ただ敵を効率的に殺すことだけに興味を掻き立てられるようになった頃。
司教は不死の王を召喚した。
子供はその部屋に何度も訪れた。
本当は、礼儀作法を教わり、また高位の魔物と戦うためであったろうが、何が面白かったのか、不死の王は子供を気に入り、色々な話をしてくれた。
貴族の暮らし、かつて人間だった頃の世界、魔物の魔法体系…
ロードのおかげで、それまで理解できなかった古代魔法語も読めるようになった。ロードは子供の記憶力を面白がり、『小さき友』と呼び、大層可愛がってくれた。
名字を与えてくれたのもロードだった。
「おぉ、小さき友よ。人間の王の前に出るというなら、己の出自を表す家名くらい示すものだ」
そうして付けてくれた名字の由来を聞いても、ロードは楽しそうに笑うばかりで教えてくれなかったが。
ロードの召使いや、時にはロードその人に相手をされ、剣の腕もますます上達した。また、魔法の使い方や、魔法防御のコツもロードとの戦いを通して身につけていった。
子供が青年になった時、そこにいるのは一体の幽鬼であった。
かさついて土気色の肌、ぱさついて細い褪せた色の金髪、感情を浮かべない瞳、それに、歪んだ手足。
とても醜い姿であったが、青年は自分の姿には無頓着であった。そんな『感情』は浮かんでこないのだ。
いや…『醜い』ってことは無かったがな
そうよねそりゃ確かに不健康そうな姿だけどかえって保護欲をかき立てるっていうか
十分『綺麗』だと思うがな、私は
本人がどう思ってたかを映してんでしょ、これ。本人は、自分を滅茶苦茶化け物並に醜いって思ってたってだけのこと。ま、実際、今の俺よりはちょっとあれだと思うけど
同様に、司教が望むほどには女王への憎悪も無かった。それもまた感情であったので。
青年はただ、目の前のものを効率的に殺すことだけに興味があった。殺人鬼、と言うのではない。ただ、純粋に、実験のように興味を持っているだけだった。
「お前が為すべきことは、あの女を殺すことだ」
司教は何度もそう言った。
「そうですか」
青年は、ただ、そう答えた。
そうして、司教に言われるままに、クイーンガードとなる道へと進んだ。
……何か、言いたいことはあるか?ダークマター
別に…てゆーか、あんたも知ってたでしょうが。俺が暗殺者上がりだって
薄々疑ってはいたがな、ここまではっきり証拠を見せられると…
見せられたら何だってのさ。ここから戻ったら、俺を殺す、とでも?
いいから、続き見ようぜー。実際には、ダークマターは陛下を殺さなかったんだろ?
どうだか
どうだかって…生きてんだろ?女王
長くなったので、第2水晶のみ2回に分けます。