女王陛下のプティガーヅ
クルガンの覚え書き。
まだまだ意気盛んな我々だったが、あのモンクの女が言う識別ブレスレットのことが気になる、と陛下が仰るので、いったん引き上げることにした。
迷宮の外に出て、渡されていたメモに従いヴァレー地区とやらに向かう。
さして高級とは言えぬ住宅街だが、裏通りというほどでもない。
そんな中の一つで案内を乞うと、何故かオークが出てきた。
「しーっ!儀式の最中なんだどーっ!」
儀式…苦手なんだがな。だが、陛下は頷かれて、そぅっと優雅な身のこなしで音も立てずにオークに付いて部屋へと進まれる。仕方がないので、俺もなるべく気配を殺しながら付いていった。
部屋の中では、双子らしいそっくりなエルフの少女がなにやら詠唱していた。
「ふむ、錬金術だな。かなり高度な」
感心したようにガード長が呟く。
訳の分からないことをぐだぐだと並べていた双子に合わせるように、中心にあるブレスレットが輝き…そして、ふいにその光がかき消えた。
「「ばかぁっ!」」
少女の口から、甲高い罵りの言葉が放たれる。
「あんたたち、何やってたの!?全然駄目じゃない!」
「そ、そんなこと言われても、40分も戦っただど!」
…あのときのオークか。
見覚え、どころか、区別も付かんがな、オークの個体など。
「うーん…いくら長いこと戦っても、だらだらとした思念じゃ駄目なのかしら?」
エルフの双子は、床のブレスレットを手に、同じ顔を付き合わせて相談している。
すると。
きぃぃぃぃん!
耳障りな金属音が鼓膜を震わせた。
陛下がお持ちだった、死んだ移送隊の女が持っていたブレスレットが、いきなり強い輝きを放ち始め。
脳内に、映像が映し出される。
まるで、あの水晶に触れた時のように、他人の感情が流れ込んでくる。
「ダブルスラッシュを使え」
「駄目だ、足が動かない」
「囲まれた」
幸いにして俺はまだ死んだことは無いが、このブレスレットの持ち主と思われる男が受けた傷の痛みは、致死レベルと本能的に理解できた。
そうして、視界が霞む。
魔物の叫び声も、徐々に薄れていく。
気づくと、俺たちは床に膝を突いていた。
やれやれ。あまり良い気持ちのものではないな。
双子のエルフが、俺たちをじっと見て、興奮したように囁きかわす。
その娘たちと、陛下はなにやら話し始めたが、第一物質?がどうとか錬金術がどうとかという単語が飛び交っているため、俺はさっさと諦めて、周囲の確認を始めた。
目敏く見つけて、ダークマターが寄ってくる。
「あんたもさ、ちょっとは話聞いて理解する努力くらいすれば?」
「そんなものは、ガー…レドゥアあたりに任せておけばいい」
「…まったくもー…頭使わないと、ボケ老人になるんだぞー?」
ぶつぶつ言いながらも、同じように部屋の点検をする。
「一見普通の民家だけど、ずいぶんと守りが堅いね」
カーテンを持ち上げ、窓を確認しただけでも、わざわざ高価な磨りガラスを使っているところといい、組み合わされた金属の格子だの頑丈な錠前だのと、他人の目と侵入を過剰なほどに警戒しているのが分かる。
「てことは、逃走経路として裏口がある、に、500Gold」
「それは、賭にならん」
小さな声で話しつつ、奥へと行こうとしたが、オークが立ち塞がっていて、進めない。
「こっから先は、立入禁止だどー」
無理矢理突っ切ってもいいが…そこまでする必要は、今のところはなさそうだ。
肩をすくめて戻ろうとすると、モンクの女がドアを開けて帰ってきて…と思うと、すぐにオークが一匹飛び込んできた。
「まずいど!騎士団が来るんだど!」
「君たちも、関わり合いになったら面倒なことになるぞ」
勝手に関わり合いにされた気もするが。
ちなみに、予想通り、奥の部屋からさらにその奥に裏口があり、入り組んだ路地へと続いていた。
エルフの双子とモンクの女は、それぞれ別の方向へと走っていく。
さて、どっちを尾けるか。
「俺、あっち行く」
ダークマターがモンクの女を指さしたので、俺はエルフの方を……って、ちょっと待て。
すでに走っていたダークマターを追ってその二の腕を掴み、引きずり戻して陛下たちと合流する。
「何で?あんたがあっちが良かった?」
そんな理由で引き留めるか!
「ダークマター。クルガン。単独行動は慎みなさい」
そう、陛下の仰る通り。
「お前が言ったんだろうが。俺たちは、脆弱な存在だ、と」
以前なら、単独であの女を尾けさせても問題は無い、と任せておけるが、今のレベルで治安の悪い裏路地など彷徨かせるのはまずい。
「俺なら、平気なのにー」
信用できるか!
メイスを持て余すようなか弱い腕!パーティー内で一番低い体力!魔法はと言えば、初期回復魔法が2回使えるだけ!
そんな奴は、普通、『良いカモ』と言うんだ!
金も持ってないが、それ以外に狙われる十分な理由があるだろうが、認めたくはないが!
…というのを全て込めて、とりあえず頭を殴っておいた。
「もー、クルガンさんってば、短気なんだからー」
お前が暢気なんだっ!
迷いながらもどうにか宿屋に戻ってきた我々を待っていたのは、4人部屋が一つであった。
「では、私はまた鑑定に…」
爽やかに手を挙げて、ユージンが去っていく。
…まさか、これから毎日通うつもりだろうか。少しは間を空けるのも戦術だと思うが…まあいい。俺の知ったことではない。できれば、金に余裕が出来るまでは、司教に懇意にしてもらって損は無いが。
ベッドの端に腰掛けられた陛下は、ふぅっと溜息を吐かれた。
浮かぬ顔で識別ブレスレットを撫でている。
「残留思念を刷り込むために、高価なものにも関わらず冒険者に各自これを持たせている…死者の念を、聖王オルトルードが利用しようとしているとは思いたくないのですが…」
そういう話だったのか。
やはりベッドに腰掛けたダークマターは、やけに上機嫌に足をばたつかせている。
「いーじゃないですか。おかげでダブルスラッシュ使えるようになったしー」
あ?ダブルスラッシュが使える?
…そういえば…確かに、思い出した気がするな、タイミングを。
死んだ冒険者が繰り出そうとした技を、体がなぞることが出来る。無論、俺はすでに知っていたはずのアレイドではあるのだが、今の今まで存在も思い出せなかったのに、出来そうな気がする、ということは、やはり死者の念を追体験したせいなのだろうな。
「やりたいな、やりたいな♪クルガンとやりたいな♪」
…それで浮かれてるのか…。
まあ、こいつとは何度もダブルスラッシュは繰り出したから、タイミングは併せやすいが……待て。
「お前は、後衛だろうが」
そう。今のこいつは侍ではなく僧侶だ。
…まあ、僧侶のくせに思い切り前衛に立って、メイスでダブルスラッシュする奴ではあったが。
「やだー!クルガンとダブルスラッシュするんだーっ!」
子供か、お前はっ!
「仕方ありませんね、一度だけですよ」
「はーい♪」
陛下〜!お甘い〜〜!!こいつを甘やかしてはどんどんつけ上がるというのに〜!
「ユージンとソフィアが行うよりも慣れているでしょうし、手本を見せておあげなさい」
そう言われると、拒否も出来ん。
そのままなし崩しに前衛に居座る真似だけはするな、と釘を差した上で、俺は承諾することにした。
「良いよ。だって、確か、前衛と後衛で出すアレイドもあったはずだし。そしたら、俺が後衛でもクルガンとアレイドできるもんね」
うっすらと、そんな記憶もあるが。
「クルガンと愛の共同作業だよー、ロマンだねー」
両手を組み合わせてうっとりと宙を見つめるダークマターの頭をおざなりに叩いていると(どう考えても、叩かれたくてわざと言っているとしか思えんので)、ソフィアが顰め面でダークマターに言った。
「その『愛の共同作業』とかいう表現は止めてくれないかしら」
妬いてるのかと思えば。
「これから、私とユージンが主にダブルスラッシュすると思うのよね。そのたびに思い出しては萎えそうだわ」
…萎える、のか…
「そう?ユージンとじゃイヤ?ならクルガンと愛の共同作業する?」
「だから、愛じゃないでしょ、愛じゃ。アレイドは、ただの戦術よっ!」
まー、愛の有無はともかく、息が合わないと出来んがな。
「その、『ただの戦術』の幅が拡がるといいねぇ。リーエ、これから、迷宮内で死体を見つける度に、識別ブレスレットを確認しましょうね」
いささか、不謹慎な行動ではあるが、仕方があるまい。
「ちゃんと、死体漁りしたした後には、もれなくお祈り付けてあげるから、死体も許してくれるよね、きっと」
そういう表現をされると、よけいに胡散臭いが。
それから我々は、騎士団長が言っていた『討伐隊への参加を承諾するか否か』について話し合うことにした。
「わたくしとしては、勿論、このドゥーハンを救うためなら、どのようなことでも受けるつもりではありますが…」
陛下は、承諾、と。
「む…我らも残留思念の候補として扱われるのが、いささか不満ではあるが、やむを得まい」
ガード長も渋い顔ながら承諾。
「あんまり、そーゆー公的な機関に組み入れられるのって、好きじゃないんだけど」
お前は、クイーンガードという立派な公務員を何だと思ってるんだ。
「というかさー、良いの?俺たちって、この時代からすれば異端分子なんだけど、討伐隊なんてもんに志願して。俺としては、後ろからこっそり手助けするつもりだったんだけど」
「そういう考え方もありますね」
陛下も頷かれた。
「ですが、これからもあの騎士団とは情報の交換等、何度も接触する機会があるはず。いずれ我々の実力が目立つようになるとすれば、むしろ大勢と同じく討伐隊の1チームであった方が目立たぬのでは無いでしょうか?」
ふむ、それも一理ある。
なにしろ、我らはドゥーハンきってのクイーンガード…のはず…である以上、その辺の冒険者たちの頂点に立つ存在になる…はず…だからだ。
「リーエがそう仰るなら、俺としては異論はございません」
肩をすくめて言う態度は、思い切り異論がありそうだったが、まあよしとしよう。
「私も、特には異存ありません。ひょっとしたら、討伐隊は値引きしてくれるとかの特典があるかもしれないし」
いや…それは、無いと思うぞ…。
これで、討伐隊参加は決定…ん?何故、皆、俺の顔を見る?
「あのさー、クルガン」
ダークマターが、俺の頭を両手で挟むように持ち、がしがしと揺すった。
「この中には何が入ってんの?ひょっとして空っぽ?使わなきゃ無くなるよ、マジで」
無くなるか!
が、まあ、それで皆が俺の意見を待っていたことは分かった。
ユージンを除いて皆、順に発言したからな。
「俺は、特に意見はない」
ダークマターは俺の頭を引き寄せて、熱でも測っているかのように額をこつんと当ててきた。
「ちゃんと考えてますかー?クルガンさん」
「何も、現陛下に命を捧げるという念書でもあるまいし、いつでも離脱可能なものだろうが。そんなに気合いを入れて考えるほどのものか?」
やや驚いたような顔をしたので、多少溜飲が下がったな。
「うわー、クルガンがちゃんと考えてるよー」
当たり前だ!
お前は、俺を何だと思ってるんだっ!
ダークマターの頭にヘッドロックをかけて頭をぐりぐりとやっていると、ガード長が渋い顔で口を開いた。
「さて、討伐隊に参加することは決定として。本日は、少々気になったことがある」
あ?何故、俺を睨む?
「戦闘において、クルガンが仕切ろうとしているが、我らのリーダーはあくまでオティーリエ。そのあたりをどのように考えておる?」
……。あぁ、なるほど。
確かに口を出してしまっているが…。
「だけどさー、陛下って戦闘の指揮したこと無いっしょ?特にこういう戦術レベルでは」
俺の腕の中から苦しそうに頭を上げて、ダークマターが何とかそこまで言って、また、ぱたっと頭を落とした。
仕方がない。腕を緩めてやるか。
「確かにわたくしは、戦闘の指揮を得手としていることはありません。特に、これからアレイドを複数習得した場合、どのような組み合わせで行うかについては、冒険者の心得もあるクルガンかダークマターが判断を下すのが好ましいでしょう」
陛下は鷹揚に頷かれた。
ふむ。陛下のお墨付きも頂いたことだし、俺か、こいつ、か。
まあ、こいつの指揮下で戦ったことも多々あるが、特に問題は感じられなかった。
…時に、気分屋な性格が災いして、妙な選択をして戦闘が長引くことはあったが。
「俺は、こいつでも…」
「クルガンのが向いてんじゃない?」
発言は、ほぼ同時。
俺の膝の上で俯せて、ダークマターは足をばたつかせながら続けた。
「だって、クルガンなら、絶対戦闘を早めに切り上げられるよう最適な組み合わせを使うに決まってるもん。俺は、どっちかって言うと、守りを堅くする口だから、戦闘は長引きがち」
自分で言うのも何だが、短気だからな。だらだら続く戦闘は好かん。
攻撃力重視で組むか、防御力重視で組むかの違いだが…さて。
俺たちは、陛下の方を見やった。
「そうですね…」
陛下も幾分悩まれたようだが、一つ頷いて。
「では、しばらくはクルガンが指揮を執ってください。別の階に移動して、新たな敵に出会う時には、守りを重視するダークマターに指揮を執って貰いましょう」
「「はっ」」
ダークマターは、俺の上に転がるという無理な姿勢のまま敬礼した。無礼にもほどがあるな。
「そういえば、私も気になっていたんだけど」
ソフィアが顎に指を添えながら首を傾げた。
「ダークマター、ク…クラ…」
「クラルク?」
「そう、それって何?」
あぁ、あの移送隊の女から何かを採取しながら、そんなことを言っていたな。
「クラルクは、最も原始的な毒の一つだけど」
ダークマターは、よっ、とかけ声をかけて俺の膝から起きあがり、隣に座り直した。
そして、懐からガラス瓶を取り出し、灯りに透かすように、目を細めた。
「特殊な材料は必要なし。腐ったタンパク質さえあればOK。一番簡単なのは、何か動物の肉を腐るまで放っておいて、それに刃とか矢尻とかを突っ込めば、それだけで殺傷力は段違いに上昇するよ。だけど…」
いったん切って、楽しそうに瓶を手で転がす。新しい玩具を手に入れた子供の顔だ。
「これ、相当濃縮してるね。故意に毒薬として精製したものと思われます。他の薬物も混じってるみたいだし。それが、安定性を高めるために添付されたものか、何かの儀式でもやってて混入したものかは分からないけど」
それから、もう一つ瓶を出し。
「他の死体からも採取したけど、こっちと濃縮度が異なってます。多分、こっちを塗った方にやられたら即死、あのレジーナって女をやった方は比較的濃縮が甘くて、俺らが会話する余裕があったくらい」
淡い水色の瞳を細めて、微笑みの形に緩やかに唇が吊り上がる。
「一般論からすると、敵さんは暗殺者とか、相当たちの悪い冒険者でしょうねー。…腕が鳴るなぁvv」
語尾にハートマークでも付いてそうなくらい楽しそうにくすくす笑う。
俺に言わせれば、お前の方がよっぽど『たちが悪い』。
そんなに嬉しそうに毒入りガラス瓶を抱き締めるな。
陛下は困った子供でも見るようなお顔で苦笑された。
「分かりました。騎士団や、移送隊を狙う悪しき者が存在する、ということは、心に留めておきます」
「ねー、リーエ〜」
…ものすっごいお強請り口調で、ダークマターは上目遣いに陛下を見つめた。人差し指を唇に当てて、小首を傾げるという、可憐な美少女がやればどんな男もイチコロ!というポーズだ。
見た目は愛らしいんだが…愛らしいんだが……
「対抗用に、俺も毒精製していいですかぁ?100人くらい即死させられるような強力なやつvvv」
言うことは、全然愛らしく無い。
当然ながら、ダークマターの希望は、全員一致で否決された。
ちなみに、その夜のベッド配分。
我々は6人パーティーで、ユージンが抜けて5人。ベッドは4つ。
しかし、誰も議論しようともせずに、俺とダークマターに一つのベッドをあてがった。
何故だ。
何故、俺たちは2人で1セットなのだ。
…まあ、こいつは寝相も良いし、くっついているか手でも握っておいてやれば夜中に泣き出すこともなく朝まで熟睡できるし、一緒に寝る相手としては、そう悪くもないが。
しかし、安部屋のベッドは狭い。いくら小柄で細身とはいえ、成人男子の体が半分乗っかっていると、寝苦しいぞ。
早く、レベルを上げて、ダブルベッドにゆっくり休みたいものだ。