女王陛下のプティガーヅ




 ダークマターのメモ。

 
 俺たちは、もう3度目になる迷宮に向かった。
 こうして全員が装備を調えて隊列を組むと、確かに前衛の戦士二人と盗賊野郎は、俺の倍くらいの体力があるようだった。
 ……くそー……刺してやろうか、後ろから。
 でも、不穏な空気を読みとったのか、クルガンがぱっと振り向き、こっちを胡乱そうに見たので、しょうがなく手にした投げナイフはしまい込んだ。
 見てろよー、いつか侍になって、びしばしに攻撃してやるー!
 まー、問題は。
 俺も何故か属性が悪になってて、普通には転職できないことなんだけど。
 この時代にも転職の玉ってあるのかなー。無かったら…うーん…俺も忍者にでもなるか?
 友好的に接してくる敵を見逃してたら、属性が変わるって話もあるんだけど、陛下ってば思いっきり「たとえ我々に友好的に接してきていても、他の民にまで友好的とは限りません。後顧の憂いを絶つためにも、魔物は滅するべきでしょう!」と大変に漢らしいことをのたまってくれちゃうから、俺たちすっかり悪パーティーだもんなー。
 属性変更のアイテムが手に入るのと、転職の玉が手に入るのと、どっちが先だろ。
 うー、早く侍になりたい〜…まあ、俺が転職できる頃には、クルガンも忍者になってそうな気がするんだけど。

 で、前衛がずいぶんとたくましくなったせいで、入り口付近の敵はすっかり雑魚だ。うまくいけば…ってのはクルガンが石化できればってのが主だけど…1ターンで殲滅できるようになっている。
 俺のナイフを使うまでもなく、戦闘が終わっちゃって、非常に不愉快。…敏捷度まで他の奴らに劣ってるんだもんなー。昨日まではクルガンには負けてたけど、次に早いの俺だったのになー。
 もやもやとした気分を抱えながら、階段を下りてまた上がると。
 何かビミョーな顔したエルフが独り言呟きながら迷宮の奥に向かってた。
 「あぁ、可愛いメラーニエちゃん…メラーニエちゃんが一人で心細い思いをしているときに僕が助けてあげるんだ…」
 …妄想野郎?
 てーか、メラーニエちゃんって誰だっけ?
 何となく見送ってたら…つーか、見送るしか無いっつーか、声をかけたくないっつーか…陛下が呟いた。
 「本当に、あの娘たちは迷宮に入ったのですね…クレタ一つで、大丈夫でしょうか…」
 あ、あのうじうじ小娘か。ま、逃げるの得意そうだから、大丈夫かもしんないけど…って、一体、何のために潜ってんだ、あいつら。
 「まあ…もし出会ったら保護してあげなきゃ」
 ソフィアは何だか気に入ってるみたいだけど、どこが可愛いのか、よく分かんないなー、俺には。イライラするばっかなんだけど。
 まー、でも、そーやって、あーゆーのも可愛いと思う奴がいるから、世の中うまくいってるんだろうな、うんうん。
 ちなみに、俺的にこの世で一番可愛いのはクルガンです。ちょっかい出すとすぐ怒るとこなんかもーすっごい可愛いです。
 誰も聞いてないか。

 で、へてへて進んでいくと、狭い通路をさらに狭くしてやがる樽があったんで蹴ってみたら、何か青い布が見えた。で、引っぱり出してみたら。
 …んーと…紐と三角の布…東方では死んだときに額に付けるってアオバに聞いた気もするけど。でも、確か、色は白だったような。
 「…パンツ、ではないかな?」
 ユージンが笑いを堪えているような声で俺に言ったので、俺は額に当てようとしていたその布を放り出した。
 それを拾い上げながら、ユージンは何かしみじみ感じ入った、と言う風に眺めている。 
 「いやはやこのような誰が来るとも知れぬ樽の影でいたしたのだろうか。魔物もなかなかやるものだ」
 ………何が?
 いたす?
 何が、なかなかやる?
 聞きたかったのに、クルガンがユージンを滅多打ちにしてたので、何となく聞き損ねた。
 何か、俺だけ分かってないって感じで、感じ悪い。武闘派エルフなんかより、俺の方が絶対知識があるはずなのにさー。あいつらんときもそうだったけど、「いや、ダークマターは何も知らないでいいんだっ!」って仲間外れにされるんだよなー。不愉快だなー。
 で、さっさと捨てればいいのに、何故かユージンはそれを持ち歩き。
 「いや、もし、下半身が心許ない魔物がいたら、返すのが騎士としての情けというものだろう」
 騎士って何だろう、と、ユージンを見ていると、しみじみと疑問に思う。
 まー、俺も「侍らしくない」とはよく言われてたけど。
 
 で、ちょっと進んでたら、また樽があったんで、蹴った。
 「…誰もいないよ」
 ………蹴るしかないよな、そんなこと言われたら。
 「ダークマター。そっとしておくのが、男として情けではないだろうか」
 …ふん。俺には、意味がよくわかんないもんねー。蹴っちゃえ。がしがし。
 「いねーっつってんだろがー!」
 やけにカラフルな帽子と、変なお面のこびとが飛び出してきた。
 「何だ、単に隠れていただけか」
 何故かユージンは残念そうだった。
 「お前ら、何!?傷心の俺っちが隠れてんのに、がんがん蹴ってんじゃねーよ!」
 「なるほど、寸前で逃げられたのか」
 ユージンは気の毒そうに頷いたが、今度はソフィアのアッパーカットを食らっていた。ま、丈夫そうな顎だから、平気だろう。
 「あのオーク野郎共が俺っちを秘密基地から追い出しやがったんだ!俺っちはここから動かねーぞ!」
 …別に、動かなくても、害は無いけどさ。
 「どうしても俺っちを追い出したいってんなら、何かアイテムをくれ!レアもんだぞ!じゃなきゃ動かねー!」
 レアアイテムなんぞ、あったらお前なんかにあげないけど。
 「ねー、リーエ。殺っちゃっていい?」
 「そんなに可愛らしく首を傾げても、駄目です」
 けちー。どうせ悪パーティーなくせにー。
 「ですが、レアアイテムなどというものは…」
 陛下も首を傾げて悩んでいる。
 そのうち、ユージンがごそごそと懐を探り出した。
 「オークに追い出された、と言ったか。このオークのパンツなど、どうだ?少なくとも、一人のオークには恥をかかせてやれるが…」
 …騎士として云々言ってたんじゃなかったんかい。
 「おぉ!それは、オークのおパンツ!くれ!いますぐくれ!うーん、インスピレーションが湧いてくるぜー!」
 どんなインスピレーションだろう。ま、いいや、聞きたくないし。
 で、一人でぶつぶつ言ってた仮面くんは、パンツを片手にどこかに行ってしまった。
 どーでもいいけど、今度から、オーク倒したら、折れた剣だけじゃなくパンツも剥ぎ取った方がいいんだろか。
 そして、いなくなってからも何かごそごそしていたユージンは、綺麗な鈴を見つけていた。
 やっぱり、騎士ってよく分からない。

 そこから扉に入ってみると、3本階段があり…悲鳴が聞こえてきた。
 「上、ですね!行きますよ!」
 俺的には、端っこから潰して行きたいんだけどなー。まー、仕方ないか。普通は真ん中から聞こえてきたって判断するのが妥当だもんな。
 で、階段を駆け上がりつつ、途中の魔物を粉砕して、扉を開けると。
 ちょっと気張った顔の姉ちゃんが血塗れで倒れ込んできた。
 「魔物に…襲われて…」
 あー、そうだねー、襲われてるねー。
 こんな時、悪パーティーならどうするんだろ。助けないって選択はあるのかなー。
 …と思ったのに、魔物の方が飛びかかってきた。めんどくさいことだ。
 
 2分後。
 傷一つ無い俺たちは、血塗れの姉ちゃんの介抱をしていた。…って言っても、所詮レベル1のフィールなんだけど。
 「これを…ヴァイルという女性に…」
 姉ちゃんはブレスレットを陛下に渡して、息絶えた。
 「…殿下……」
 もとい。
 今、息絶えた。
 …多分。もう死んでるよな?
 で、殿下って何だろう。やっぱ、オリアーナ女王…じゃなかった、王女のことかな。この人、王女付きの部下か何かだったのか?
 陛下が、姉ちゃんの手を組み合わせてやろうとして…あれ?
 「ちょい、タンマ」
 血塗れではっきりしないけど…いいや、やっちゃえ。死んでる人は文句言わないだろ。
 俺は、姉ちゃんの肩当てと胸当てを外して、肩から胸あたりの布を剥ぎ取った。
 「ダークマター…死者に対して無礼な真似は…」
 無視、無視。
 女性の胸の膨らみが見えたからって、動揺することは無いし。そもそも、これはもう、ただのモノだし。
 てことで、制止される前に、俺は傷口に鼻を寄せた。
 「……クラルク。ほぼ、間違いなし。確認のため、ちょい採取しときます」
 俺はその辺の肉ごと周囲の液体を削り取って、空のガラス瓶に詰めた。何故、そんなものを持っているかは、あまり突っ込まないで欲しい。元暗殺者の嗜みってやつだ。
 俺が説明しようと顔を上げるとほぼ同時に、背後の扉が開いた。
 構える俺たちの前に現れたのは、前にも会ったモンクの姉ちゃんだった。
 「遅かったか」
 モンクの姉ちゃんは、死体を見て沈痛な表情で一言言って、それから還魂の薬を使った。
 「…駄目だ」
 それから、やはり傷口に気づいたらしい。
 「刀傷…それに、これは…毒か?これが致命傷であることは間違いない」
 はい、正解。仮に、これが肺とか大きな血管に達して無くても、そう長くは持たなかったと思われます。
 「移送隊には、普通なら騎士団が付く…だが、騎士団はいない。…彼女は、何か言い残さなかったか?」
 ……俺なら、黙っておくけど、陛下はすっかり話してしまった。最後の言葉から、ブレスレットのことまで。あぁあ。クルガンのこめかみで青筋がぴくぴく立ってるよー。もし、俺が話してたなら、確実に鉄拳制裁だったなー。
 陛下とモンクがまだ何か話してるので、俺は周囲の他の死体も確認した。
 …刀傷が7割、残りは魔物、かな。でもって、刀傷の方は、100%毒あり…あ、こっちのも採取しておこう。
 戻ってくると、モンクが消えて、騎士団長が来ていた。
 彼の言い分でも、やっぱり騎士団が付いていないのはおかしいらしい。
 騎士…ねぇ。結構がちがちに着込んでるよな、こいつら。毒を塗ってても、刃系の武器で傷を与えるのは難しいよな。余程うまく鎧の隙間から通すか…霧状になる毒を噴くのが正解かな。いや、別に毒に拘る必要も無いけど。金属の塊ちゃんに対しては、雷系の魔法で…。
 「何か?」
 考え込んでたせいで、他のメンバーが扉をくぐったのに気づかなかったらしい。どうやら、ここはしばらく閉鎖になるってことのようだ。
 「別にー」
 答えて俺も行こうかと思ったけど。
 あんまり追い立てられるのも好きじゃないんで、一言だけ言い残してやった。
 「ちょっと、複数の騎士を無力化するのに効率的な方法を考えてただけ。高レベルの冒険者なら、一人でも出来るね。その気になれば」
 周りの騎士はいきり立ったけど、騎士団長は、思慮深そうな瞳で俺の目を覗き込んだ。
 「高位の魔物、ではなく?」
 おや、案外賢い。…案外ってのは失礼か。仮にも騎士団長だもんなー。
 俺は、答えずに、ばいばい、と手を振ってやった。
 騎士団長は、ばいばい、と振り返してくれた。
 うーん、意外とお茶目さんだったかー。

 それから、俺たちは両脇の階段も上がってみた。だけど、左のは外れ。
 右側のを上がってみると…何となくマーマンぽいエルフがこっちを見て肩をすくめた。
 「おぉ、嫌だ嫌だ。この辺は不死者の巣窟だ。あんたたちも、僧侶や司教がいないなら、気をつけるんだな」
 いますって。二人も。
 言われて、その部屋を見回すと、死体がごろごろしていた。一目でもうどうしようもないことが分かるくらいに白骨化してるけど。
 で、ちょっと奥の方から、何か騒がしい声がしていたので覗くと。
 「きばれーっ!パンツを上げろーっ!」
 うーんと……バンシー相手にオークがラッシュかけてる。
 物理攻撃、だよなぁ。何度やっても、バンシーは甦ってくる。
 「もうイヤだべー!40ターンも戦ったら十分だべー!」
 ……そこまで戦う前に、諦めろよ……。
 弱音を吐いたオークが逃げ出すのと同時に、オーク集団は総崩れになった。
 それは良いんだけど…あ、バンシーと目が合っちゃった。
 「はろー♪」
 手をにぎにぎして挨拶してみると、背後から殴られた。ま、誰か、なんて分かってるから振り向きもせずに位置を入れ替える。はいはい。どーせ体力がパーティーで一番低いですよ。素直に下がりますよ。ふん、だ。
 でも、バンシーが4体ってことは。
 いつもなら一番に切り込むクルガンが、手元の石化のダガーを見下ろして苦笑した。
 「不死者は、石にはならんだろうな」
 ならないでしょうな、普通。
 あえて言うなら、ゾンビとかなら石になりそうだけど、こーゆー実体無い系は、まず無理だろうねぇ。
 おおおおおおおおん!
 あらま。バンシーの嘆きの声大合唱。
 「ちぃっ!」
 舌打ちとともに攻撃したソフィアだけど、命中してもダメージは小さい。
 ようやく、俺の出番かー。うわー、ディスペルなんてするの、久々ー。
 まるで、僧侶みたーい…なんて喜んでる場合じゃないか。
 「いっせーの!いってらっしゃーい♪」
 バンシーの足下に描いた魔法陣は、一体を破壊して、3体は追い祓うにとどまった。うーん、残念。
 「ダークマター。それが、貴方のディスペルの呪文ですか?」 
 「そですけど。何か?」
 何か、おかしかったかなー?
 不死者をいるべき世界に送り返すんだから、いってらっしゃい、で良いと思うんだけど。それとも「逝って良し!」とかの方が良いかなぁ。
 「いえ…ただ、重厚さに欠ける、と思っただけです…」
 重厚さ…うーん…。
 「邪妖滅殺!とか?天にまします我らの父よ、とか?」
 「いや、私は、実に彼らしくて良いと思ったな、今の呪文は」
 ユージン、ありがとう。
 ちなみに、俺のお気に入りは、ルイ姐さんが司教のときの「天国に、逝かせてあ・げ・る♪」でした。いや、どーでもいいんだけど。
 
 帰り際、色々な呪文を試してみたので、余波で周りのバンシーが崩れていっていた。
 「武神に代わってお仕置きよ♪」は、大変に不評だったが、何故か一番効力があったな。今度から、これでいってみようかなー。
 「やめんか!」
 …何で、殴るんだよー。





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