女王陛下のプティガーヅ



 レドゥアのノート。


 錬金術ギルドに行くと、先客がいた。
 おどおどしたエルフの小娘とうるさいピクシーだ。
 「ちょっとちょっと何で魔法石創ってくれないのよぉ!」
 「いえ、ですから…材料を持ってきていただくことになっておりまして…」
 ふむ、ピクシーにきゃんきゃん喚かれているのは、あの気の弱いエルフの青年だな。
 「もう良いわよ!行くわよ、メラーニエ!」
 エルフ娘はピクシーに付いて行こうとして、ぽすん、とソフィアにぶつかった。
 「あら」
 「あ……あの……ご、ごめんなさい……」
 「うふふ、構わないわよ、可愛いお嬢ちゃん」
 エルフ娘は真っ赤になって駆け去った。
 「かーわいいーvv」
 ソフィア…お前は可愛ければ、男でも女でも何でも良いのか。
 背後のエルフ青年も、「可愛かったなぁ…」などと呟いている。
 分からぬ…あのようなおどおどした小娘のどこが良いのだ。
 やはり、同じ幼い少女でも、凛とした表情で涼やかに立つ、その姿が健気で喩えようもなく愛らしいのではないかっ!
 あぁ、私の愛しいオティーリエ…その小さな桜色の唇から紡がれるご命令に私の魂は打ち震えたのだ……。
 私が過去を振り返っている間に、エルフの青年はまだぶつぶつと呟き続けていた。
 「クレタの魔法石なんて、迷宮の1階で手に入る悪魔の角か折れた剣で簡単に創れるのに…そうだ、いっそ僕が集めてきて、彼女にプレゼントしようかなぁ…」
 そいて、呟きながら去っていく。
 ………。
 「いきなり…会話するまでもなく、情報を得られましたね」
 それもこれも陛下の御人徳の賜物でございますな。
 他にも情報を得ようとしたが、受付の女には、我々が持っている材料は蜘蛛の糸一つと言うことが分かると鼻で笑われ、「冷やかしはお断りしております」と叩き出された。
 失礼な女だ。いつの日か、究極魔法を合成する我々の叡知にひれ伏すが良い。

 宿屋に戻りしばらくすると、酒場組が戻ってきた。
 クルガンが嬉々として戦利品を拡げる。
 「護りの胸当て2つに異空から現れし剣1つ、精神の皮鎧1つに石化のダガー1本……」
 「あれ?」
 ダークマターが、不審そうに声を上げる。
 「あんた、石化のダガーどうすんの?それ、前衛でしか使えないじゃん」
 「無論、俺が前衛で使う」
 きっぱりはっきりクルガンが言い切り、ダークマターの頬が紅潮した。
 「何で!俺が前衛だって言ってんじゃんか!」
 「駄目だ。俺が前衛」
 「精神の皮鎧で多少は防御力上がったかもしれないけど、護りの胸当て装備したら俺の方がすっげ固いだろー!?俺が前衛!」
 「却下!」
 「うわーん!リーエ、何とか言ってやって下さいよー!」
 我々に冒険者の心得は無い。だから、よく理解しているはずの彼らの話し合いに口は挟まずにいたのだが…ダークマターは埒が開かぬと思ったのか、陛下に泣きついた。
 「クルガン。貴方が後衛と言うことで納得していたはず。それが、何故また前衛と?」
 膝に泣きつくダークマターの頭を撫でながら、陛下は優しくも毅然とした声でクルガンに問われた。
 クルガンは一瞬顔をしかめたが、すぐに胸を張った。
 「昨日の戦いを見ていて、各人の大体の体力や攻撃力は把握しました。それによると、体力が多い者からソフィア、俺、ユージン、ガード長、へ…リーエ、ダークマターの順です。つまり」
 びしっとダークマターを指さす。
 「つまり、こいつが一番体力が無いんです!それを前衛になど置いておけるか!」
 最後のは口調からするとダークマターに言ったのだな。
 ダークマターはがばっと顔を上げ…全然涙に濡れる気配は無いぞ、泣き真似であったか…クルガンに食ってかかった。
 「だとしても!防御が固かったら、食らうダメージ量が小さいんだから、俺の方が有利だろ!」
 「それともう一つ、俺は思いだした!」
 「…何だよー」
 「盗賊は、成長が早い!」
 堂々と胸を張るところからすると、ようやく自分が盗賊であるという自覚が出来たのか…自棄気味かもしれぬが。
 「あう」
 「つまり、今は体力も攻撃力も俺の方が多いと言っても多少の差かもしれないが、すぐに差は広がるんだ。体力のないお前は俺の後ろでナイフでも投げてろ」
 「うわーん、むかつく言い方〜!」
 じたばたと足を踏み鳴らしてダークマターは悔しがるが、クルガンはどこ吹く風で、自分の腰に巻いてあった投げナイフのベルトをダークマターに渡した。
 「さあ、使え。手入れはばっちりだ」
 「あうーあうー」
 呻きながらも、渋々と受け取る。
 「良いではないか。お前はそんなにメイスで攻撃するのが好きなのか?」
 あまりにもダークマターが後衛を嫌がるので口を挟むと、少し俯いた後、ぼそっと呟いた。
 「……クルガンが、怪我するの、やだ」
 …何だって?
 お、思わず背中が総毛立ったわ!
 言われたクルガンは、別に顔を赤らめるでもなく言い放った。
 「ふん。俺は、お前を置いては死なん。…怪我ぐらいは、諦めろ」
 …………何だって?
 や、やめろ、お前たち…何故、こんなところでフローラルな世界を作る!?
 見ろ、この見事な全身鳥肌を!
 私が悶絶している横で、ユージンは感動したように頷いていた。
 「うーむ、やはり夫婦とはこうあるべきだな」
 「「夫婦、違う!!」」
 その息の合いようが、また、恐いのだ……。

 私ののたうち様に気が咎めたのか、後にクルガンがこっそりと私に言ったことによると、ダークマターは武神を倒した後、一人で外に飛ばされた結果、他のメンバーは死んだと思い込んだらしい。実際には奇跡的に生きて(甦ってと言うべきか?本来は死んでいたのだから)いたが、それ以降、極端に仲間が怪我をするのを恐れるようになった、ということだ。
 「まあ、パニックにならないだけ、だいぶマシになったな」
 平然と言うが、あのような世界を作り出すのだけは止めて欲しいものだ…。


 結局、ダークマターは護りの胸当てを装備した上で後衛に回ることに同意した。
 「そんなにか弱くないのに…」
 ぶつぶつと文句は言ったが。
 確かに、防御力の高い護りの胸当ては、前衛のソフィアとユージンが装備するべきではないかと思ったのだが、ユージンも
 「いや、私のプレートメイルはダークマターには着けられないからな」
 と、あっさり辞退した。
 どうやら、ダークマターは護りの胸当て装備して前衛になるつもりでいたため、すでに着けていた鎖帷子を売ってしまったらしい。
 「鎖帷子くらい、またどこででも巻き上…手に入れるのにー」
 「まあ、どうしてもこれで前衛が務まらぬ場合には貸していただこうか」
 「ふん、そんなときには、また酒場で稼いで来てやるさ」
 元手があれば、と苦笑しながら付け加えたが、どうやらクルガンのユージンに対する態度も軟化したようだ。
 そういえば、オティーリエも新しいローブを身に着けていた。
 「この宿に泊まっているコンデ公と名乗る魔術師が、予備が余っているからとわたくしに下さったのです」
 …なんと。
 そのような男がいつの間に私のオティーリエに近づいていたのだ!
 「わたくしのような女性が敵に傷つけられるなどとは心が痛む、これを是非に、と言うので、受け取りました。いけませんでしたか?」
 いえ…そのようなことは…。
 おのれ、コンデ公とやら!
 私のオティーリエに甘言でもって近づきおって!
 「あー、あの、冒険者らしくない立派な身なりのじーちゃんねー」
 「何でも、御家の復興を亡き妻の墓に誓って、このドゥーハンにやってきたのだって言ってたわね」
 じーちゃんか…ふむ、年寄りなら、ライバルにはならぬか?
 「本当に…あのような御立派な方が、迷宮に行かれると思うと、胸が塞ぐ想いです」
 ……あぁ!?
 オティーリエ、何故そのような潤んだ瞳で溜息を吐くのだ!?
 し、しまった…オティーリエは、年上趣味であったか〜〜〜!!
 おのれ、コンデ公〜!許すまじ〜!!


 いつの日か、宿にいるというコンデ公を殺る、という野望を胸に秘めつつ、我々は2度目のカルマン迷宮に入った。
 まず出会ったのは、なにやらこちらを窺うような目がいやらしいオーガーであった。
 「うーん…普通のオーガーって、もっと好戦的なんだけどなー、何か、逃げる気満々?」
 ダークマターが首を傾げながら言った通り、敵はさっさと逃げ出した。
 「あぁん、せっかくこれまでのダメージの5倍は与えてやったのに!」
 ソフィアが地団駄を踏んで悔しがる。
 言葉通り、異空から現れし剣を装備したソフィアが与えたダメージはかなりのものであった。
 それでも体力が残っていて逃げていったのだから、卑屈とはいえあのオーガーの体力は相当のものであろう。
 昨日までの戦力であったなら、どのような結果になるかと思えば背筋が寒くなるな。
 次に出会ったオーク2体は、あっさりと撃破した。
 1体をソフィアが叩き割り、もう一体はクルガンの石化のダガーと後衛の投げナイフで決着が付いたのだ。
 ものの数分で片づいた戦闘に、クルガンは上機嫌であった。
 「よしよし、どんどん行くぞ!」
 貴様が仕切るな!

 数段ほどの階段を上ったところで、断髪の女冒険者がなにやら考え込んでいるところに出くわした。
 「君たちも気を付けることだ。オルトルード王の考えていることは分からぬ」
 聖王と呼ばれたオルトルード王のこと、考えがあってのことであろうが、食い詰めた犯罪者や凶悪な冒険者といった類の者たちまで、迷宮に派遣されているらしい。そのくせ聖騎士団は動いていない、という。
 確かに、きな臭い話ではあるな。
 「考え方、その1〜。どーしよーもなく切羽詰まってて、猫の手でも借りたい心境〜」
 ダークマターは、のんきな予想を披露する。
 よくもまあ、そんな性善説の塊のような考え方ができるな。それでリーダーをやってこれたとすれば大したものだ。
 …と思っていたら。
 「考え方、その2〜。王は実は閃光とか呼べる人で〜、ついでに犯罪者も一網打尽にしようと狙っている〜」
 …凄惨な予想も立ててきた。
 極端だな、お前は…。
 確かに、後者なら騎士団を温存している理由も付くのだが…前提として、王に閃光ではなくとも同レベルの攻撃方法が用いられる、という仮定がある。
 それならば、何故すでにそれを使用していないのだ、という疑問が出てくる。
 むぅ…仮定ばかりでは何も分からぬか。
 「考え方、その3」
 珍しく、クルガンが口を開いた。こういう仮定の論議は好まない男なのだが。
 「あの女の訛りが気になる。ドゥーハンの者ではないとすれば、ひょっとしたら単に、王の評判を下げるべく妄言流布を行っているのかもしれん」
 「一介の冒険者相手に?」
 ダークマターの皮肉な口調にも表情を変えず、クルガンは腕を組んだ。
 「お前たちの好きな、『可能性の論議』をしているだけだ。あの女がこの国の者ではない、ということだけは頭に置いておけ」
 肩をすくめる様子を見れば、ダークマターがそれを軽く見ていることは明らかだ。
 やはり、基本的には他人を疑わない性質らしい。
 ソフィアは、腰の剣を触りつつ、何か考え込んでいる。
 「どうした?」
 「あの人、法王庁の印が付いていたわ。でも、拳にはアイアンナックル…」
 法王庁の印?気づかなかったな。額に『法』とでも浮かんでいたか?
 「あれが、戦う僧侶、ことモンクなのね。…古文書でしか知らなかったけど…良い職業ね…」
 あぁ、段々と戦闘は戦闘、僧侶魔法使いは僧侶魔法使い、と特化していったからな。両方併せ持つ職業は廃れていってしまっている。特に、僧侶魔法を使える戦闘員は騎士という職業がすでにあることだし。
 「違う…違うのよ、騎士とは。やはり、刃など使わず、この拳で敵を倒すことこそモンクの証!私は、モンクを目指すわ!」
 ただでさえ…パーティー1の戦闘力を持っているというのに、まだ足りぬのか…。
 ソフィアは背中に轟と炎を背負い、拳を高々と突き上げた。
 「我が選択に、一片の曇り無しぃぃっ!」
 とりあえず、ダークマターが拍手をしていた。

 さて、そのような出来事も挟みつつ、我々は奥へと進んでいった。
 そして、出会う。
 女の顔と白い毛皮を持つ魔物と。
 まずはクルガンがダガーを当てるが、他の者の攻撃が当たらない。いくら良い武器でも、当たらねば同じだ。
 「クレタ!」
 結局は陛下の魔法に頼ることとなった。
 その上、クルガンが一撃食らい、出血している。
 「ふぇ……」
 「待て〜!泣くな〜!こんなかすり傷で泣くな〜〜!」
 「大丈夫よ、ダークマター!ほーら、封傷の杖で、この通り!ね、泣かないで!」
 目尻にじんわりと涙を浮かべたダークマターを、クルガンとソフィアが必死にあやしている。
 ……何なのだ、お前たちは。
 「うーむ、夫婦漫才で親子か。なかなか複雑な家族構成だな」
 ユージンの感想は、もはや私には付いていけない域に達していた。

 陛下の魔法も打ち止めとなったことだし、もう少し入り口付近まで帰るか、ときびすを返したところ。
 くすくすくすくす…小さな笑い声が聞こえた。
 「あんたたち、弱っちぃのねぇ。あははは、ここで死んじゃえ〜♪」
 「ピクシーか!」
 クルガンの顔が引き締まる。鈍った腕では、あのような俊敏な小さい的に当てるのは至難の業であろう。だが、魔法は使えぬ以上、物理攻撃で何とかせねばならぬ。
 構える我々の前に現れたピクシーは、供にオーガーを引き連れていた。どうやらその影からこちらを攻撃するつもりらしい。
 「仕方あるまい。まずは、あのでくの坊からだ!」
 だから、貴様が仕切るな、というのに。
 クルガンのダガーがチキンオーガーに食い込む。
 「い、痛いんだなー…でも、ピクシーたんのために、頑張るんだなー」
 逃げ出さないオーガーに、ソフィアの剣が肩からばっさりと袈裟掛けに走る。
 情けない悲鳴を上げ、後ろを向いたオーガーの首に、ダークマターのナイフが突き刺さった。
 「敵に後ろを向けるのは、危険だよー。…もう、聞こえないと思うけどね」
 ……にこやかに言うのは、恐いぞ。
 「よくもやったね!」
 ピクシーが前衛を擦り抜け、ダークマターに槍を振り回す。
 「かちんってね」
 くすくす笑ったまま、ダークマターは小さな盾でそれを器用に流した。
 「ちっ!」
 ピクシーは我々から離れた位置に戻る。どうやら魔法を唱えるつもりなのだろう、集中したところを、クルガンがダガーを振りかざした。
 シュピッ!
 風切り音が鋭く鳴る。
 「あはは、そのくらいで……ぎゃっ!」
 素早く身をかわしたと見えたピクシーだが、僅かに足を掠めたらしい。ただのかすり傷に見えたその傷から、灰色の部分が拡がっていく。
 「石化のダガー…ようやく真価を発揮したか」
 満足そうに、クルガンはこちらに戻ってきた。
 その背後で、ことん、と小さく何か硬質なモノが落ちる音がした。

 それ以降も、調子に乗ったクルガンのダガーは、2〜3度に一度は敵を石化した。
 「よーしよしよし!」
 それはそれは楽しそうにダガーをふるうクルガンを見て、ダークマターはぽつんと呟いた。
 「もー、クルガンのこーゆー単純なとこ、俺、だーいすき」
 本当に、お前はあれが好きなのか?
 微妙に馬鹿にしているように聞こえるのだが。

 本日は、装備を調えるのに時間を要したせいで出発が午後になっていた。それゆえ、ある程度のところで陛下が
 「本日はここまでにいたしましょう」
 と仰った通り、我々は引き上げたのだった。
 ゆっくり体を休めようとした宿では。
 「本日は、3人部屋がお一つしか空いておりません」
 「まあ……」
 陛下は悲しそうにそっと目を伏せられた。
 「まあまあ、リーエ。馬小屋に泊まるよりマシっすよー」
 「いや、冒険者風情を馬小屋に近づけるとは思えぬが…」
 他の国では、馬小屋に冒険者を泊める所もあるらしい。
 我がドゥーハンではわざわざ冒険者を雇って馬番をさせる宿もあるというのに、所違えば風習も違うものであるな。
 さて、そうして狭い3人部屋に集まった我々だが。
 「では、私はこの装備品をフィーカンティーナに鑑定して貰いに行って来る」
 ユージンは軽く手を挙げて出ていった。
 …朝までに、戻ってくるであろうか。
 まあそれはともかく、本日のベッドだが。
 「リーエ、ソフィアが使うのは、まあ当然だよねー」
 ダークマターが頭を捻っている。
 「俺もガード長も魔法は使わなかったからねー。精神力を回復しなきゃらないことはないし…まー年功序列で、ご老体が残りのベッドにお休みになられますかね」
 「誰が、ご老体か!」
 この若々しい肉体に向かって、何を言う!
 「ダークマター」
 陛下の窘めるようなお声がかかる。
 「ガード長、という呼び方も改めなさい。余計な詮索を受けます」
 「あ、そっか。はい、分かりましたー」
 ……『ご老体』部分を咎められたのではないのか……
 「まあ、『ご老体』はともかく、俺とダークマターは昨日ベッドで休んでいるからな。ガード…レドゥアが休むのに異論はない」
 結局、窓からソフィア、陛下、私と言う順でベッドを使うことにした。
 クルガンとダークマターは、ベッドの足下付近で転がって休むことになる。
 ごく普通に各自眠りに落ちた我々だったが。
 夜中に、悲鳴のような声で目を覚ました。
 ひどく早い、喘ぐような息づかい。…やーめーろー。イヤなモノを想像するな、私の脳!
 確かめるために身を起こすと、クルガンの低い声が聞こえてきた。
 「大丈夫だ。誰も、死んでいない」
 暗闇に慣れた目を凝らすと、クルガンがダークマターの頭を抱え込むように抱き締め、背をさすっているのが見えた。 
 「大丈夫だ。誰も、お前を置いてはいかない。大丈夫だ。俺は、ここにいる」
 淡々と、何度も繰り返される呪文のような声。
 「ゆっくり、息をしろ。大丈夫だ。出来るな?…そうだ。ゆっくり…」
 そのうち、夜目にも震えていたダークマターの背が静かになり。
 ひきつるような呼吸音が、緩やかになった。
 その体を床に横たえ、クルガンは私の方を見て、小さく「失礼」と苦笑して見せ、同じく床に横たわる。
 なるほど、な。
 置いては行かない、か。
 もしくは、置いては逝かない、かもしれないが。
 水晶で見た過去によれば、ダークマターは母に置いて行かれている。
 そして、仲間にも一旦は置いて逝かれた、と思いこんだ。
 あのダークマターをしてこれほどまでに怯えさせるとは、幼いときに刻みつけられた傷というのは、なかなかに癒えぬものなのだな…。
 私が考え込んでいると、同じようなことを考えられていたのか、陛下が小さく呟かれた。
 「母に捨てられるような子が増えぬよう、わたくしたちはこのドゥーハンを救わねばなりません!」
 ご立派です、陛下。
 このレドゥア、どこまでも陛下に付き従いましょうぞ!
 そして平和になったドゥーハンで、いつまでもいつまでもお側に…!!


 それにしても、ダークマターのあの発作は、若い娘がよくなる『過呼吸』というものではあるまいか。
 私の若い頃には、あれの治療法は若い男にキスをして貰う事だ、というのがまことしやかに云われていたモノだったが。まあ、自分の吐きだした息を再び吸えば治る、ということで、それもあながち間違いではないが。
 良かった…クルガンが、その治療法をしなくて、本当に良かった…。


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