女王陛下のプティガーヅ




  グレッグの口伝



 やあ、クイーンガードクルガン。
 私は君に会いたくないので、こういう形を取らせて貰う。手紙ですら無いのは、未だにこれを伝えるべきなのか、伝えるべきでないのか悩んでいるせいだ。
 私の孫たちには、私が死んでから君に伝えるよう教えてあるがね。ひょっとしたら、その気も無く孫たちも忘れるかも知れないし…そういう揺らぎに賭けようかと思ってね。
 さて、どこから話をしようか。
 まあ、順を追って説明することにしよう。恨み言もたっぷり入るので覚悟しておけ。
 まず、君たちが蠢く者とやらを倒した時からだ。
 ダークマターは私たちのところへ来て、ドゥーハンを出たい、と言った。
 そして、彼は置き手紙をして私たちと国を出た。そこまでは君の知っている通りだ。
 そこから、君が調査したのかどうかは私は知らない。少なくとも、私のところに追っ手だの情報収集だのには来なかったがね。
 リカルドとサラとは割合早く別れたよ。彼らはいつかと同じくイナカに帰って孤児院を設立すべく、とりあえずは金稼ぎのために冒険者を続けたはずだ。
 ルイとはそれより後に別れた。彼女は、適当に他国に回って、ダークマターからの手紙を少しずつドゥーハンに送ったはずだ。
 私は、最後までダークマターと一緒にいたよ。主君と二人きりで頼られる、というのは忍として最高の栄誉だとは思うが…こういう形で実現するとは思わなかったし、望まなかったはずなんだがね。
 一言で言おう。
 彼は、死地を求めていた。
 死期を悟った犬が主の家から抜け出すように、彼はドゥーハンから逃げ出したのだ。
 それを告げられたのは私とルイだけだ。リカルドとサラは真っ正直な分、君に余計な申告をしないとは限らなかったからね。
 君は、彼に何を言ったんだ?
 ダークマターは、君に自分の死を悟らせたくない、それだけを主眼に行動しているようだったよ。
 自分は死ぬけれど、行方をくらませていれば、死んだとは思われずどこかでふらふらと生きていると思ってくれるんじゃないか、と、そう言っていたよ。
 あぁ、そうだ。そもそも、彼が死ぬと確信しているという部分も話しておかねばな。
 まあ、これに関しては私も同様だったが…彼はエルフなので長命なのだと、君も思っていたんじゃないか?
 どうやらそうではないらしいよ。
 これは彼の受け売りなので、私も理解しているとは言い難いが…そもそも、寿命というものは魂に刻み込まれているのだそうだ。
 そして、彼の魂は<人間>であった。たとえ器がエルフであっても、中身はただの<人間>。彼の言葉を使うなら、付け耳を着けたところで、寿命が延びる訳じゃない、だそうだ。
 それでも、<人間>だとしても、もう少し生きるだろうと思うだろう?私にしたって随分長く生きているしね。
 これも彼の受け売りだが、彼の魂は87%しか無い。この時点で寿命も短くて当たり前。
 そして、トドメに、闇の母を倒す際に使った黒い炎とやらが、彼の魂を更に痛めつけたのだそうだ。
 ひょっとしたらドゥーハンを出ることすら間に合わないかも知れない、と彼は焦っていたよ。
 ルイと別れて、私たちは人里離れた山へと登った。
 場所は言わないよ。君なんかに私たちの墓を荒らされてたまるものか。
 私はちょっとした草庵を作ってしばらく彼とそこで暮らしたよ。
 実を言うと、旅をしている間は、まだ半信半疑だったんだがね。いくら主君が言うこととはいえ、もうじき死ぬんだ、なんて、こんなに若い外見の彼に言われてもね。
 けれど、落ち着いてみて分かったよ。旅の間は彼も気を張っていたらしいんだが、もう歩かなくて済むとなった途端に、彼は急激に弱っていった。
 ほとんど喋りもせず、水くらいしか口にせず…色々な場所からうっすらと血が滲み出て、止まらなくなり。
 主君の最期を見取らせて貰うのは、栄誉かもしれないけれどね…私は、辛かったよ。忍者失格と罵って貰って結構。
 私には、何も出来ないのだからね…ただただ、彼が弱っていくのを見守るしか無かった
 静かに静かに、彼の命の炎が薄らいでいくのを、風のそよぎと太陽の動きと共に感じているしか無かった。
 じわりじわりと死の淵へと吸い込まれていく感覚は、一定を越えると時が止まったような錯覚に襲われた。
 まるで世界に私と彼の二人きりのような気がしたよ。
 今でも思い出す。
 目を開けることもなく、忍者の聴覚を持ってしてようやく聞き取れる呼吸音のみを生の証としている彼の隣に座って、太陽が昇り、また沈む様を見つめていた時のことを。
 本当に、時が止まってしまえばいい、と思う気持ちと…私には何もできないという無力感と。
 …彼が、死んだことを知ることすら出来ない君と、死を見つめるしか無かった私の、どちらが辛いのかは分からないがね。
 そうして、どれだけ時間が経ったのか良く分からないのだが、彼がほとんど目覚めなくなったある日。
 珍しく彼が目をぱっちりと開けたのだ。
 「グレッグ。俺、もう一つ、仕事を思い出したよ」
 かすかな吐息のように私に言ったが、私はまともに受け取らなかった。だって、今更彼に何か出来るとは思わなかったし、てっきり夢でも見ているのかと思っていたからね。
 だから、私は彼の唇に水を含ませ、少し髪を梳いたくらいで済ませたんだが…彼も、それ以上は何も言わなかったしね。
 それから夜になって、また彼が囁いたのだ。
 「まだ、俺には、役目がある」
 もう、いい、と…言ってやれば良かったのかもしれないな。
 君はもう休めばいい、と言えば良かったのかも知れないが…私は、ただ「そうか」と言ったのだ。
 そんな片言を紡いだ彼が、あんまりにも透明な笑みを浮かべていたのでね。
 それから、私はいつものように彼の隣で休み…あぁ、念のため言っておくと、彼が苦しんだりしたらすぐに分かる距離、というだけで、同衾したりはしていないよ。部屋の端と端だ。
 言い訳には、ならないが、ね。
 朝まで、私は異常に気づかなかった。
 いつものように目覚め、彼の布団を覗き込み…心臓が止まるかと思ったよ。
 彼がいない。
 歩けるような体じゃないのに、彼がいなくなっていたのだ。
 私はすぐに周囲を確認した。扉が開いた気配も無く、周囲には何も無いように思えた。
 布団は体の膨らみを残しているかのようだったのに、彼はいない。
 私は上布団をめくった。
 最初は、そこにそれが存在することを認識できなかった。
 一振りの剣。
 抜き身の刃が、そこに存在する意味が分からなかった。
 ぼんやりしたままそれを見つめて、ようやくそれを思い出した。
 それは、クイーンガードの剣だった。
 あの時。
 異界との門を封じていた、あの剣だ。
 こめかみが冷えていき、目の前が暗くなるかと思ったよ。まるで死んだ時のような感覚だったが、それでも、私とて忍だ。一度見たものは忘れはしない。それは確かにあの剣だった。
 聞いてる君だって、信じられないと思うだろう?私だって同じだ。
 けれど、おそらく君も自分で分かっているだろう。
 信じられないのではなく、信じたくないだけなのだ、と。
 
 クイーンガードの剣とは、ダークマターなのだ、と。

 あり得ない。けれど、彼なら、やれる。
 新しい体を造り上げて魂を移せた彼なら、自分の体を剣に造り替えることも出来るのかも知れない。
 私はそれを思いついた自分を呪ったさ。
 怒り狂いもしたし、泣き喚きもした。
 だって、そうだろう?
 何故、彼がそこまでしなくてはならないんだ?
 冷たい器物に魂を封じてまで、私や君が死んでしまうような先の時代にまで、何故<生きて>いなければならないんだ?
 そりゃ、彼ならやれるさ。
 彼以外には出来ないだろうさ。
 老司教が繋げた異界への門を封じるだなんて、彼以外に誰が出来る。
 知性がある。持ち主のえり好みをする。回復魔法を使う。
 恐ろしいほど、彼の特性に一致しているが…それでも、信じたくなど無かったよ。
 彼に死んでは欲しくなかったが、それでももう苦しまずに休んで欲しいとも思っていたのに。
 
 けれど、ね。
 本当は教えたくなど無いが、私の推論を君にも伝えておこうと思ってね。
 そうでもなきゃ、君には永遠に彼が戻ってくる夢でも見せておこうかと思ったんだが。
 君だって、あの時のことは覚えているだろう?
 役目を終えたクイーンガードの剣は砕け散った。
 彼の魂は、ようやく解き放たれたのだ。
 そして。
 彼は言っていただろう?
 自分の魂は87%しか無いから、子孫を作ることも、輪廻転生も叶わない、ただ一代限りの存在となる、と。
 けれど、私たちは門を潜って異界に行って、彼に会った。
 オリジナルダークマターの欠片に。
 彼の残り13%に。
 オリジナルも君に謝罪したことで解放されたはずだ。
 87%の魂と、13%の魂が、解放されたのは、ほんの数分の差で、ほんの僅かな距離しか離れていなかった。
 元は一つの魂なのだ。
 それだけ近くにいたのなら、再び一つになろうとするだろう?
 絶対、そうだ。
 私に錬金術の知識も神学の知識も無いが、元々一つであるなら一つになるのが当然だということくらい分かる。
 そう。
 一つになれば、彼の魂は100%となり、神の元で安らいだ後には、また生まれ変わることが出来る。
 私たちは、また会えるのだ。
 死は全ての終わりでは無い。新たな可能性の始まりだ。
 遠い遠い未来の果て、ダークマターでもなくグレッグでもない存在かもしれないが、それでも、私たちはまた会えるのだ。
 ま、エルフの魂は随分と回転が遅いようだから、君が会えるかどうかまでは保証しないがね。
 
 さあ、私の話はこれでおしまいだ。
 本当は、彼を手放したくは無いんだけれどね、どうやらクイーンガードの剣は初代から伝えられるらしいから、どの道、彼は君の元に行く運命なんだろうな。
 私はそんな光景は見たくないから、私が死んだ後に連れて行け、と孫たちに言ってあるが。
 ではな、クイーンガードクルガン。
 



 口伝は以上です。
 祖父は、ある日、いつもと変わらない調子で冗談のように「主君の墓に行って来る」とだけ言い残して朝の散歩に出かけて、それきり戻ってきませんでした。
 もう随分と高齢でしたので、おそらくは死んだのだろうと推測はしたのですが、念のため1ヶ月待ってからこの地へ出発した次第です。
 飄々とした人でしたので、最期の嫌がらせだったのかもしれませんが。
 これで、私たちの役目を果たせました。
 お伝えすることが出来て、光栄です、クイーンガードクルガン。




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