女王陛下のプティガーヅ




 オティーリエの手記。



 わたくしは溜息を吐いて、手にした紙束を揃えた。
 もうあれから20年ほど経った。
 それでも、こうして彼らの書いたものを読んでいると、まるで昨日のことのように思い出される。
 オリアーナ女王のクイーンガードになることに、多少の抵抗があったのは否めない。わたくしこそが女王、というつもりではなく、ただ初代クイーンガードとしてわたくしの名が残るのはよろしくない事態ではないかと危惧したゆえだ。
 そのため、わたくしはただのリーエと名乗ることにした。
 そもそも、初代クイーンガードの名に因んで私の名が付けられた、という可能性もあったが。
 クイーンガードは今や7名となっている。
 まだまだわたくしも現役を退く気は無いが、若手も育てて行かねば次の世代に困るであろうから、新しい者も加えていっているのだ。
 蠢く者を討伐した際のメンバーから、まず離脱したのはダークマターであった。
 そもそものオリアーナ女王即位、その際の謁見の時点で、もう姿を消していた。
 置き手紙によると、
 「城で暮らすの、イヤなんで〜。俺には冒険者が性に合ってるし、今まで放置した元仲間への義理もあるんで、ちょっと旅に出てきま〜す。ま、気が向いたら戻ってくるけどね」
 だそうだ。
 クルガンによると、同じくこの時代に飛ばされてきていた元仲間も同時にドゥーハンから出たらしい。わたくしに付き合っていて、元の仲間への義理を欠いていたのは確かであろうから、わたくしも強くは言えなかった。
 クルガンは「俺も誘えと言ったのに」と、ぶつぶつこぼしたが、同時に二人もいなくなるのは拙いと分かっているのであろう、やはり強く「自分も出ていく」とは主張しなかった。
 ベルグラーノ騎士団長は残念がっていたが、同時に彼が冒険者として自由に出ていくことには共感したらしく、むしろ羨ましがっていて連れ戻せとは言わなかった。
 一番、ダークマターの帰還を主張したのはギョームであろう。
 ダークマターは出ていく時に全てのオートマタの機能を停止していったのだ。
 自分では起動できないギョームはそれこそ半狂乱になったが、どうやらダークマターが手紙を書いていたらしく、アウローラがオートマタであったこと、数千年使命のために生きてきたことなどをウーリと討論した結果、そのような存在を人間の(エルフも含む)エゴで造り上げて良いのか、という結論になり、今は自分だけで構築できる自動機械の研究に余念が無いようだった。
 次にいなくなったのはユージンであった。
 ある程度クイーンガードとして国の建て直しも終え、他の騎士たちにアレイドを教えて一段落してから、わたくしの元にやってきたのだ。
 「申し訳ございません。自分は、やはり、どうしても、グレースに再び会える可能性に賭けたいのです」
 ダークマターが言ったように、あちらの時代に戻ればただの屍になってしまう可能性も考慮に入れた上で、それでも。
 グレース無しの人生など意味は無い、と言い切った。
 騎士として、大勢の女性たちに囲まれていたのだが…それでも白百合の姫でなくてはならない、と。
 わたくしに、止める術も、意志も無かった。
 あえて、水晶の間に見送りはしなかった。
 騎士ユージンはカルマンの迷宮10階へと赴き、そして戻って来なかった。
 事実として存在するのは、それだけだ。
 けれど、きっとあの時代に戻ったのだと信じたい。

 わたくしはノックの音に顔を上げた。
 「どうぞ」
 「失礼します」
 クルガンがメラーニエを従えて入ってきた。
 ひどく無造作に見える動作でメラーニエの腕から赤子を取り上げ、わたくしに差し出した。
 「お見せする、と約束していたルシアです」
 「…まあ…」
 わたくしは立ち上がり、赤子を受け取った。わたくしのぎこちない手つきに赤子は少しむずかったが、すぐにわたくしの顔を見ながら口元で泡を弾けさせるような何かをぶつぶつ言った。
 驚いたことに、クルガンはメラーニエと結婚したのだ。
 ひょっとしたら、何かを世話しないと落ち着かない体質になったのかもしれない。
 クルガンは奇妙な無表情で呟いた。
 「俺は何故か…根拠は無いのに、生まれてくる子は、金髪で青い目の男では無いかと思いこんでおりました」
 それはまあ…クルガンの髪色とメラーニエの瞳(まあかなり濃い紺色だが)を受け継げばそのような可能性もあっただろうが…今わたくしが抱いている赤子は、銀の髪で赤い瞳の愛らしい女の子であった。
 「可愛らしいこと」
 赤子の柔らかな手を握ると、しっかりとわたくしの指を握り返してくる。
 この子が平和な時代に生きられるよう、わたくしたちは危険を排除せねばならない。
 クルガンは私の手から赤子を受け取り、いささか乱暴に抱き上げたが、赤子は泣くどころか喜んでいるようであった。
 「それでは、失礼いたします」
 メラーニエもわたくしに礼をしてクルガンの後を付いて出ていった。
 クルガンの赤ちゃんを見たい、と言っていたダークマターのことを思い出す。
 クイーンガードクルガンに子供が産まれた、という噂が他国にまで流れれば、帰ってくるだろうか。
 もしも会ったら、どんな顔をするのだろう。
 わたくしは一人で少しだけ笑ってから、椅子に座り直した。
 別の書簡を取り上げる。
 ソフィアからの報告だ。
 ドゥーハンの中心部ではなく鄙びた辺りでアンデッドが多数報告されつつある。
 これは…老司教が活動を始めた兆候に似ている。
 わたくしたちの手で、ケリを付けねばならない。
 出来れば、未来にまで残らぬよう老司教か武神を封印できれば良いのだが…まずは、歴史通り、武神を起動させないことが先決だ。
 わたくしたちは、彼の企みを知っている。
 少しは有利に働くはず。

 わたくしが想いを巡らせている部屋の窓から、妙な呻り声がかすかに聞こえてきた。
 どうやら、クルガンがいつものように墓場で鎮魂歌を歌っているらしい。…まあ、歌っている、というのも憚られるが。
 赤子に歌を教えているつもりなのかも知れないが…旋律も無い歌を、どのように受け継いでいくものやら。

 周囲の人間に、どんなに笑われても、クルガンは名の無い墓の前で鎮魂歌を歌うことを止めない。
 いつか帰ってくるダークマターの代わりに?
 
 それとも。

 わたくしは、その先を言葉にするのを恐れているし、クルガンも理由を口にすることは無かった。





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