女王陛下のプティガーヅ




  ダークマターの走り書き



 ま、何てーの?
 予定調和って言うのかな、こういうのって。
 ずっと考えてたんだよね〜。 
 俺は、そもそも武神を倒すために造られた存在なんだから、それが終われば存在を終了すると思ってたのに、何で生き残ってるんだろうって。
 何かの理由があるはずなんだって。
 たぶん、これが答えなんだろう。
 今度は闇の者を倒すために、俺はここまで飛ばされてきたんだろう。
 ま、それをやれるだけの力があることを、感謝するしかないな。

 俺は階段を駆け上がりながら、手の中の黒い石を意識した。
 アウローラはこれをどう使うつもりだったんだろう。どうもアウローラは魔法を使えるオートマタだから、たぶんは俺と同じことをやるんだったんだと思うんだけど。
 アウローラかぁ。
 羨ましいって言ったのは本当。
 もちろん、羨ましいのは数千年生きたことじゃない。それだけの時間を生きるだけの使命を持っていることが羨ましかったんだ。
 自分が生きていることに疑問を持たないでいられる使命をちゃんと知っていることが。
 そして、使命を果たしたら機能停止すると分かっていることが。
 考えたことがあるかい?アウローラ。
 もしも、使命を果たしたのに機能停止しなかったら…どうなると思う?
 羨ましいねぇ、アウローラ。
 君は今、使命を果たした安らぎに満ちているかな?
 だったら、いいね。
 君だけでも、使命を果たした満足感と共に、天の門を潜ると良い。

 俺は、足下に魔法陣を描いた。
 普通なら、魔力を放出してそれを描くことと、それに乗って飛ぶことは両立出来ないが…針の上に爪先立ちするようなバランスさえ保てれば、自分で乗ることも出来る。
 ふわり、と浮かび上がった俺の前には、オレンジ色の目のような亀裂。
 そこにアシラの欠片が収まり、俺を冷たく空虚な瞳で見つめていた。
 掌の黒い石をしっかり掴む。
 さて、と。
 投げつけるのはリスクが高いかな。
 やっぱ俺ごと突っ込んだ方がいっか。
 
 耳元で、声がした。

  人間よ お前は 死にたいの?

 さぁねぇ。死にたいって訳じゃないけど、使命も無しに生きるのって、結構苦痛だよ?

  使命を持たぬ人間も多いのに
 
 ま、俺は<造られし者>だから。材料的に人間の部類には入ってるけど、やっぱ<造られし者>だからさ。使命無しでは存在が無意味なんだ。

  人間は 待っている人間がいれば 帰りたいと願うものなのだと思っていたのだけれど

 いやいやいや。待ってて貰ってもね。どうせ時間軸が違うしね。

 高速機械言語のおかげで、その会話はほんの1秒で交わされた。
 魔女は姿を見せないまま、俺の耳元で溜息を吐いたようだった。

  呪文協力するわ メガデスを放ちましょう

 うわお、稀代の魔女との呪文協力メガデス?それで駄目ならホントに駄目だよね〜。

 俺は黒い石を持ったまま、メガデスを唱え始めた。
 アウローラも同時に呪文を唱えていっているのが聞こえる。
 俺が、亀裂に突っ込もうと体を傾けた瞬間。

 掌から、黒い石が飛び出した。

 思わずそれに手を伸ばしつつも唇はメガデスを唱え終えていた。
 
 目の前で、青い光が小さく収束した。
 本当に、大きな光が拡散するのではなく…ただ収束していって。
 閃光が俺の目を灼いた感覚と同時に、体が弾き飛ばされた。

 上も下も自分がどうなっているのかも分からない。
 ただ、自分の魂…ただでさえ他人の87%しかない脆い魂を、光が貫いたのだけは意識した。
 真っ白な意識の中で、ぼんやりと思考する。
 姿は見えなかったけど、たぶんはアウローラが黒い石を持って俺の代わりに突っ込んで、ついでに俺を弾き飛ばしたんだと思う。
 アウローラ。
 結局、他人に使命を任せておけずに、自分で完遂しちゃったんだな。
 やっぱ、<造られし者>は融通が利かないなぁ。人のことは言えないけど。
 
 そして。

 衝撃は、想像したほどでもなかった。あの高さからただ落ちるにしても、もっとがつっと痛いはずなんだけど。
 何がどうなってるんだろう、と思うのと、上から声が降ってくるのは同時だった。
 「この、大馬鹿者がっ!」
 …何で、いるんだよ、この人。
 だが、俺が何かを言う前に、体が浮いた。
 どうやらクルガンが俺を抱えたまま走り出したらしい。
 俺の目には見えないけど、どうも音からすると…周囲が崩れていっているような気が…。
 「自分で、走れるか!?」
 「見えないから、無理」
 「なら、暴れるなよ!」
 …どうやら、俺を置いて走れと言っても、無駄っぽかった。
 俺に出来ることと言えば、なるべく大人しくしてクルガンのバランスを崩さないようにするのと、魔法で敏捷度を上げるくらいのもの。
 クルガンは、俺を抱えて飛ぶように走っている。
 たぶん、文字通り跳ぶように、だ。どんどん世界が崩れていっている音がする。
 クルガンと無理心中する気は無かったんだけどなぁ。
 「急ぎなさい!」
 「ロープ、渡しました!」
 …何で、いるかなぁ。
 俺は危ないから逃げろって言ったのに。
 本当にやばいんだけどなぁ。帰れなかったら闇の世界で消滅するしかないってのに。

 それでも。
 転移する感覚があって、誰かの溜息が聞こえた。
 気配からして、一応全員いるみたいだけど。
 何やってんだ、この人たち。クイーンガードって言葉でくすぐっておけば、ちゃんと陛下を守って逃げると思ってたのに。
 俺が呆れていると、いきなり頬に衝撃を食らって倒れた。
 腹に重みを感じて、襟首を持って引き上げられるってことは…クルガンに馬乗りになられてるんだろうか、これって。
 「…こんの…大馬鹿者がっ!」
 「さっきも聞いたよ、それ」
 「お前は…お前は、また、俺から、かけがえのない友を奪うつもりだったのか!」
 「…や、またって言われてもさぁ、俺的には、今回しか責任は…」

 ぱたり ぱたり

 何だ、この感覚。
 熱い液体が顔の上にかかる感触。
 ぱたりぱたりと落ちてきて、俺の頬を伝って髪へと流れていく。
 「や、俺が悪かったからさぁ。涎まで垂らして怒るの止めてくんない?」
 「…馬鹿、が…!」

 マジで、目が見えない状態で、助かった。
 もし、クルガンが泣いてるとこなんて見ちゃったら、俺の心臓は止まるかもしんない。
 泣かせたかった訳じゃないんだけどなぁ。
 クルガンには笑っていて欲しいんだけどなぁ。
 …そっか…俺が死ぬと、クルガン、泣くのか。
 参ったなぁ。


 俺は、一つ墓を作った。
 名前も何も書いてない、真っ白な墓。
 迷宮に挑んで散った冒険者たちと同じところに、墓碑銘もなく周囲と代わり映えしない普通の大きさの墓を一つ。
 そうして、俺は歌う。
 どうやら監視をしているのか、あれ以来離れてくれないクルガンは、ずっと斜め後ろに立って待っていた。
 「あのさぁ、クルガン。あんたも覚えてよ」
 「はぁ!?嫌味か!?」
 「あんた、旋律は再現できないけどさ、音じゃなきゃ記憶は出来るじゃん」
 忍者なんだから、知りもしない言葉と抑揚を覚えることは得意なはずだ。クルガンの場合、それの再現に大いに問題があるんだけど。
 俺は真っ白な墓に鎮魂歌を歌う。
 たぶん、文句を言いつつ、クルガンは俺の歌を覚えるだろう。というか、今までも散々聞いてるんだから、もう覚えてるかも。

 たぶん。

 クルガンは、俺の意図を理解する。

 俺の背後で、とても<歌>とは言えない呻り声を喉で鳴らしている男を横目で見ながら、そう思った。




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