女王陛下のプティガーヅ




 クルガンの覚え書き



 「あぁ、そういえば、10階ってゲロ吐き忍者を拾ったところだったっけ」
 どんなところか分からないと思っていたが、見覚えのある風景だったので拍子抜けしたな。
 地下迷宮のくせに妙に広々とした吹き抜けに、ところどころで水晶が光る床。上の階とは異なる爽快感のある階だ。
 さて、どんな敵がいるのやら、と階段から降り立った途端に、見覚えのある二人組が目の前で喧嘩をしていた。
 「…爆炎のヴァーゴ…」
 思わず呟くと、白塗り女がこちらを振り向いた。
 「おや、あんたたち、ようやく10階にご到着かい」
 お前らはどうやってここまで来たんだ、と聞いてみたい気もするな。面倒だから聞かないが。
 「ちょうど良かった。またあんたたちに頼みがあるんだよ。せっかく元の時代に戻れると思ったのに、このブタが上の階のショックで場所を忘れちまった、なんて言いやがるんだ」
 「…お前なんかに、オラのぶるぶるハートが分かるか〜…」
 「だからさ、頼むよ、大きな水晶が部屋の中心にある場所なんだけどね、そこを探しとくれよ。あたしらは勝手に付いていくからさ」
 …お前も戦え。メガデスはどうした。
 まあ、オークと魔術師の二人組では、地下迷宮の10階を探索することは難しいだろうがな。
 「分かりました。途中で宿に帰っても、文句は言わないで下さいね」
 陛下の押しが強くなられたな…。ヴァーゴのことだ、「早くしろ」くらい言うかと思ったが…いきなり背筋を伸ばして硬直した。
 「も、もちろんでございますとも!決して、お耳障りになるような真似はいたしません!」
 …あ〜…案外、陛下に弱いのだったな…。
 メガデスの一発も手伝わせようかと思ってたが、静かに付いてこさせる方が良いような気がしてきたぞ。
 スルーの呪文でも唱えたのか、本当に気配まで消した二人のことはすぐに忘れて探索を始める。
 ふむ、セラフがアークエンジェルになり、レッサーデーモンがグレーターデーモンになり…。
 …あまり変わらんではないか。
 崩れた柱を乗り越えつつ、マップを埋めて行っていると、少し開けたところでエルフの錬金術師に会った。
 「やあ、君たちか。君たちは、アウローラという存在をどう思う?」
 知るか。
 「記録によれば、7000年前にアウローラは「私は多くの国が滅んでいくのを見た」と言ったらしい。だとすれば、更にその前からアウローラは存在することになる。そんなことがあり得るだろうか?」
 ウーリはどこか畏怖を込めつつも冷静な口調で淡々と続けた。
 長も時々やるが、どうやら自分の推論をまとめているだけで、誰が聞いていようがお構いなしらしい。
 「錬金術師にとって、不死というのは一つの研究課題だ。…まあ、正直俺も手を出したが…その結論は、不死など無い、ということだ。ゾンビなどを不死者ということはあるが、あれは理性を持ち自分の意志で行動する存在とはほど遠い。では、ヴァンパイアロードはどうか?あれはそもそもが我々とは異なる世界の存在で、こちらの世界に存在する影が不死のようだというだけで、やはり生命体とは言えぬ」
 …いい加減、探索を続けていいか?
 ソフィアは俺と同感のようだが、長やダークマターは興味深そうに聞いているし、陛下もまあ礼儀正しく聞いておられるので足を組み替えつつ聞いているふりでもしなければならないが。
 「我らエルフもせいぜい1000年の寿命がいいところだ。人間は時に不死に憧れるがエルフは数千年の寿命すら望まない。何故か?魂が耐えられないのだ。いくら肉体が数千年生きようと、精神はそれに耐えられない。永遠に続く命など、面白いのは最初のうちだけで、後は倦み疲れて腐れていくだけだ。…だが、アウローラは生きている。確固たる自分の意志を持ち、数千年を能動的に動いている。それは、あり得ないはずなのだ」
 「…もしも、時の流れを関知しない存在があるとしたら?アウローラを見ていると、一つの推論は浮かぶんだけど」
 「俺もだ。だから、確かめるために、5階に向かうことにするよ。気が向いたら、君たちも来てくれ」
 そう言って、ウーリは消えていった。
 陛下が問うようにダークマターを見てから、俺の手元の地図に視線を移す。
 「5階…古代ディアラントの建物、と言われていた場所ですね?」
 「壁に並んだオートマタが起動して襲いかかってきたところがあるでしょ?あそこに向かったんだと思いますが」
 オートマタとアウローラに何の関係が…あぁ、アウローラが起動させたとか何とか言っていたな。古代ディアラントの時代にも生きていたのか?
 まあ、とにかくわざわざ追いかけて行くほどのことでもない。俺たちは先に進むか。
 そうして、また戦いつつ進んでいくと、扉をくぐったところでインゴとかいう盗賊に会った。
 「ひえええ!…あ、あんたらか…」
 インゴは冷や汗を拭って、俺たちに何かを押しつけようとした。
 「アウローラから盗んだんだよ」
 …良く盗んだな…というか、何でそんなことに挑戦するんだ。盗賊としてのチャレンジャー精神とかなのか?
 「俺様にとっちゃ、アウローラからでさえ盗むことなんざ朝飯前なんだが…こんなもん盗るんじゃなかったぜ」
 自慢しているのか後悔しているのか微妙なところだな。
 「識別ブレスレットと同じ素材で出来てやがるんだ…オートマタの頭部用チップらしいがよ。う〜ぶるるるる、俺はあんな光景見たか無かったのによ〜」
 思わず受け取ると、陛下の識別ブレスレットが反応した。

 美しい街並み  優しい人たち
  蠢くものたちが食らっていく
   悲鳴 悲鳴 悲鳴
 燃えていく  マスターも

    閃光

 何も残っていない 何故私は生きている?
  蠢くものを倒すため


 景色が戻った途端にダークマターの方を見た。どう考えても、あの光景はまずい。こいつのトラウマをぐりぐりと剔っているはずだ。
 だが、思ったほどにはおかしくなっておらず、何か考え込んでいるかのように俯いていた。
 「…やはり、魔女は蠢くものの敵なのですね。…では、何故、それを呼び出そうとしているのでしょう」
 「呼び出さないと、倒せないからじゃないですか?人間からすれば、迷惑な話ですが」
 異界に封じ込められていて、人間に悪さをしないのならそれで良いと思うんだが、そうはいかないらしい。
 まあ…そうだな、むかつく敵が籠城してしまったら、おびき出してこの手で引導渡してくれる、という時の気分と同じだと言うのなら、理解出来るか。
 何となく納得しつつ周囲を見回すと、インゴはすでに消えていた。
 余力はあったのだが、すでに荷物がいっぱいであったので、いったん宿に帰ることにした。
 
 宿に部屋を取ってから、ユージンは商店に荷物を売り飛ばしに行き、長と陛下は魔法石を造りに行った。さて、俺はダークマターと訓練でもするかな、と思ったのだが、
 「ごめん、俺ちょっと5階行って来る」
 「一人でか?」
 「平気っしょ、あのくらい。それに、あんたウーリの話聞きたくなさそうだし」
 まあ…確かに聞きたくは無いが。
 いざとなればリープの呪文もあることだし、と説得されて、結局見送る羽目になった。
 数時間して戻ってきて報告することには、ウーリは自分の推論の確認をしたいので迷宮探索には誘ってくれ、とのことだったが…余裕は無い、と言うのに。
 そういえば、レドゥアと陛下も、ベルグラーノが待ちかまえていて仲間に入れろと言われた、とか何とか…どいつもこいつも。
 行きたきゃ、自分でパーティーを組んで行ってくれ。
 で、そんな話をしていると、ふと思い出したというようにダークマターが俺に剣を差し出した。
 異界からの剣…そういえば、メダル屋が開く時期だったか。
 「面倒だったよー。あのオーガ、1000枚以上数えられないのか、50枚まとめて寄越せって言ってるのに、金貨1000枚につき5枚のメダルっていうのを延々繰り返させられてさ〜。俺ですらイライラしたから、心底あんた連れて行かなくて良かったって思ったさ」
 …まあ、な。
 しかし、勝手に300枚もコインを集めて転職玉まで買って…まあどうせ金の使い道は無いが、それにしても、散財が過ぎる。
 「将軍になったから、俺は右手に雷神剣、左手に異界からの剣…これでソフィアに勝てる!毎回ソウルクラッシュのたびに、俺の方がダメージ少ないのが気にくわなかったんだ〜」
 …まあ、楽しそうだからいいか。

 改めて探索を開始すると、確かにダークマターは強くなっていた。ダークマター本人が、というよりは、装具を着けて大刀と剣を片腕で支えて振り回しているせいなんだがな。
 無論、俺も虎徹よりも攻撃力は増えたが…ま、レドゥアと組んでウィークスマッシュを仕掛けている分には攻撃力は関係無い。
 そうしてさくさくざくざくと敵を切り刻んでいき、マップを埋めて行って。
 すでに付いてきていることを忘れていたが、大きな水晶が部屋の中心にある部屋に入った途端に、背後から歓声が上がった。
 「ここだよ!間違いないね!」
 「そっくりだど!」
 …あ〜、そういえば、水晶の間を探すとかいう依頼を受けていたんだったな。
 ヴァーゴとキャスタは水晶に駆け寄り、それを見つめたり撫でたりしている。
 「あたしらは、これに似た場所で水晶を削ってこんな古くさい時代に来ちまったんだよ。これを削りゃ、また元の時代に戻れるんじゃないかって思ってね」
 「宝石泥棒はいけないことだけど、今回ばかりは仕方ないだど〜」
 ヴァーゴは指から青い指輪を抜き取ってダークマターに放ってよこした。さすがに陛下に投げる勇気は無かったらしい。
 「今度こそ、あんたらに会うことは無いかもしれないけど、ま、しっかりやんな。気が向いたら、あんたらも戻って来なよ」
 我々は水晶を削って来たのではなく…さて、どうやってだったか…寝ていたら気づいたらここにいた、という感じだったか…という経路だから、戻れるとは限らないがな。
 ヴァーゴは親指を立てて見せてから、ナイフを水晶に当てた。
 その途端、真っ白な光が辺りを包む。
 姿は見えないが、ヴァーゴの声だけは響いてくる。
 「そうそう、同じ感じだよ!…あぁ、もう転移しそうだ!世話んなったね!」
 光が消え失せた後には、ヴァーゴもキャスタもいなくなっていた。
 一見、他の壁だの床だのに生えている水晶と変わらないように見えるんだがな。
 ふらふらと引き寄せられるように前に出たユージンの首根っこを掴むと、夢から覚めたような顔で俺を振り返った。
 「何をするつもりだ?」
 「む…いや…」
 ユージンは自分の手と水晶を見比べ、それから頭を振った。
 「んー…止めておいた方がいいと思うよ。ヴァーゴは一応あっちの時代でも生き残ったけどさ、ユージンは死んでたから、仮にあっちに戻れたとしても、屍に戻るだけかもしんないし」
 ダークマターがユージンと水晶の間に立って、考え込むように首を傾げた。
 そうか。
 ユージンは、戻りたいのか。
 自分がそんな気が全くなかったので、気づかなかったが…ここの何が不満だ?お護りする陛下がいて、迷宮があって、共に戦う仲間がいて…ついでに、何とかいうエルフの女司教とねんごろなんだろうが。
 白百合の姫ならウォルフが何とか守ってるだろう。
 結局、ユージンは何も言わずにそこを離れたが、部屋を出るまでちらちらと水晶を振り返っていた。
 さて、更に進んでワープを抜けた小部屋で小さな袋が落ちているのを拾った。昨日同じような光景があったんだが、あの時とは違って今回は敵も出ずに普通に中身が出てきた。
 金色の鍵。
 「そういえば、金の錠前が掛かっているドアが幾つかあったな」
 「今更戻って開けて回るのも面倒くさいな〜。…あ、でも、ゲロ吐き忍者がいた場所と繋げられれば、3階からのショートカットが出来るか」
 それこそ、今更いちいち3階に行くのも面倒だがな。
 3つほどどこかのスイッチを入れたり、バイドパイパーの首を刎ねてしまって陛下に睨まれたり(盗みたかったらしい)していると。
  ぐもおぉぉん
 「死神ですね」
 「実体化したあれを倒したのに、まだ出てくるのか」
 「まあ、本体をやったわけじゃないしね〜」
 などと暢気に喋り、目の前の薄そうな壁を破壊しようと数歩下がったら。
 「…ま、待て。死神に突っ込むつもりか?」
 冷や汗だらだらなユージンに言われて初めて、死神が出現したのは、ほんの目の前だと気づいた。
 …向こう側からは距離が無くて破壊出来なかったはずだから、壊したい気はしたが…繋がったからといって、別に何も変わらんか。
 「じゃ、リープかけるね」
 目の前で剥き出しの歯をがちがちしている死神を見ながら転移の呪文が発動した。
 よく考えたら、ユージンはマーキュリーブーツを履いているんだから、仮に憑くとしたらお前以外だろうが。たぶん、レドゥア。なのに、何でそんなに青い顔になるんだろうな。
 やれやれ、後少しだろうに、なかなか進まんことだ。



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