女王陛下のプティガーヅ
ユージンの記録
何度も兜を盗んだせいですぐに荷物が一杯となり、何度か地上へと戻っていった。そんな戦い方でもそれなりにレベルは上がるので、宿に泊まってリラックスもしており…何だかんだと日数が経っていっていた。
ようやく人数分の黒頭巾も手に入り、さあワープの行き先も分かった、ようやく進める、と何やら祭壇のようなところに出てきたところで。
どこか甘ったるい饐えたような匂いが辺りに漂い、ダークマターが眉を顰めた。
「…リッチ」
呟くと同時に目の前に体の切れ端のようなものが浮かび上がった。
私には不死族の区別は付かないが、マクベイン…なのか?それとも同族の別人か?
「…ふ…ふふふ…こちらの世界は、なかなかに心地良い…あぁ、安心してくれたまえ。君たちに恨みは持っていない」
やはり、マクベインか。
「んー、大丈夫。これ、何て言うか…狭間に漂ってるただの欠片って言うか…要するに、なり損ねの哀れな末路です」
ダークマターがあっさりと言って、興味を無くしたように周囲の探索を始めた。
リッチはそれを気にした様子もなく、ふわふわと漂い、時折影を薄れさせながら自分の言いたいことだけ言っている。
「私は、確かに生きている間に非道なことをやった。だが、神は私を咎めたりしなかった。私の結論は、こうだ。…神など、いない。神がいるなら、私は許されるはずなど無いだろう?」
…馬鹿にしたように言ってはいるが…彼は、罰せられたかったのだろうか。
誰かに、自分を止めて欲しかったのであろうか。
そう考えると、哀れなものだ。
彼も愛を知れば更生できる道があったやもしれぬのに。
「…死は良い…苦しみも、悲しみも、何も無い…君たちも、早くこちらの世界に来たまえ。待っているよ…さあ、私が特別に腕を振るった料理を用意した。存分に楽しんでくれたまえ」
哄笑を上げて、マクベインは現れた時と同様に何の前触れもなく幻のように消え失せた。
「…あれは、転生出来ぬであろうな」
レドゥアが眉間に皺を寄せて、まるでそこに滓が残っているかのように床をぐりぐりと踏みつけた。
死神に食らわれて魂が消滅したのでもなく。
全き魂が次の生に輪廻するのでもなく。
ただ欠片となって永劫に存在し続けるのだとすれば。
それは、神の与えた罰では無いのだろうか。
「周囲には何もありません。転移するしか無いですね」
「料理、か。さて、何が待っているのやら」
そうして転移陣に乗ると、全く同じような場所にやってきた。単に階段の下に飛ばされただけか?と思ったが、階段の上で我々を窺っている陰がある。
「うわー、また素敵な臭いが」
「ふむ、これは私にも覚えがあるな」
一応周囲を探索してから階段を登り…フレッシュゴーレムと対峙した。
「さーて、長が造ったのとどっちが強いかなー」
「ふ、私のフレッシュゴーレムは、ひと味違うぞ」
「マジックキャンセルの必要はありますか?」
「あの肩から生えているあれが呪文を唱える可能性はあります」
「では、マジックキャンセルで」
そしていつも通りに戦ってみれば。
「…硬いわね」
「アイアンゴーレムでもなくフレッシュなくせに〜」
「ヤイバかけるか?」
「それより、ワープアタックにしとこうよ」
「了解。では、レドゥア、頼む」
一応陛下は盗みに挑戦されたようだったが、残念ながら何も持っていないようだった。
相手の防御力が高いので、ワープアタックでちっくりちっくりと削っていき。
ようやく相手が倒れた時には、前衛たちは疲れた表情で自分の手をマッサージしていた。
まあ、こちらのダメージは無いに等しかったが。
「マジックキャンセル…必要なのですか?」
「まあ…万が一のために、ですな」
呪文は唱えて来なかったので、無駄だった気もするが…ただ幸運だっただけなのかもしれぬ。
さて、また転移陣に乗ると、再びフレッシュゴーレムが立っていた。
「嫌がらせか、マクベイン」
ぶつぶつ言いながらもまた同じ戦法を取る。
今度は呪文も唱えてきたので、まあ待機しているのも無駄では無かったが。
更に転移陣を通って…三度、フレッシュゴーレム。
「…飽きたよ〜」
「仕方があるまい…呪文はブロックされる可能性が高いのだし、少しずつ削るしか」
そろそろいい加減になりつつ倒して。
さあ、次の転移陣に乗るぞ、というところで、ダークマターが手を上げた。
「帰りましょう」
速攻でクルガンに殴られているな。
「飽きた、とか言うな。訓練だと思え」
「や、そうじゃなく。そろそろレベル上がったかなって。フドウの依頼を受けられるんですよ。んで、達成したら武玄の兜が手に入るんで、俺、それ欲しいな〜と」
そういえば…酒場で依頼があるのは確認していたな。
ただ、パーティーに侍がいること…これはダークマターがいるので問題ないが…リーダーのレベルが36以上であること、という条件があって、すぐには受けられなかったのだが。
「そう…ですね。レベルも2つずつ上がることですし…エナジードレインをしてくる相手が待っていると嫌ですから、いったん帰りましょうか」
はっはっは、私はルーングレイブと妖精の小手で防御しているがな。
…エナジードレイン対策防具は、優先的に私に与えられているのだ…そんなに信用が無いのか…。
次の転移陣を踏むことなくリープで帰り、宿で休んでレベルアップする。
それから改めて酒場に向かい依頼を確認していると、フドウが席を立って我々の方へとやってきた。
「おぉ、貴殿らか。またしても世話になる」
フドウは微かに笑ったようだったが、すぐに表情を引き締めた。腰の刀に触れながら、ゆっくりと一言一言噛み締めるように告げる。
「貴殿らに鍛えて頂いたこの刀、触れるだけで力が流れ込んでくるような素晴らしき逸品ではあるのだが…何かが足りぬ気がしてならぬのだ。これまで拙者は己の力のみを信じ、己の武士道を貫いてきたつもりだ。だが、行き詰まりを感じ、ようやく気づいたのだ。他の侍の助けなどいらぬ、と思っていたが、他の侍の戦いぶりを見ることで、何か得るものがあるのではないか、とな。迷宮で待っている。頼んだぞ」
確固たる足取りで酒場を出ていったフドウの背中に、酒場の店員が叫んだ。
「おい、お代!いい加減、ツケを払ってくれよ!」
そのまま出ていったフドウに、ちっと舌打ちして我々に向かって片手を上げた。
「あんたら、また会うんだろ?なら、さっさとツケ払えって言っといてくれよ」
…何となく。
我々が払う羽目になるのではないか、という気はした。
さて、特別に何か用意するでもなく、我々は迷宮に入り、指定された部屋へと向かった。
厳しい顔のフドウの背後に6人の武士が並んでいるのが見える。…それを雇うだけの金があるのなら、酒場のツケくらい払えば良いようなものだが…武士道というものは、騎士道とはかなり異なるのだな。
「では、お願い致す。一人目!」
「…一応、確認しておきたいんだけど…戦い方を見たいのなら、ちょっと手加減して長引かせた方がいい?それとも1匹の野ウサギを狩るにも全力でって方?」
「普段通りの戦い方でお願い致す!」
「…あ、そう…良いのかな、やっちゃって…」
ダークマターは気が乗らない様子で自分の虎徹を撫でてから、すっぱり言い切った。
「じゃ、ウィークスマッシュやっちゃって」
…戦闘開始1秒で即死。
クルガンも微妙に後味が悪そうな顔をしている。
「さすがだ。では、次!」
2体の武士が迫ってきたので、1体はまたウィークスマッシュで、もう一体はソウルクラッシュで。
やはり開始5秒で瞬殺。
「次!」
3体の武士の中央をウィークスマッシュ、左右にソウルクラッシュで…同じく5秒で終了。
………。
本当に、役に立つのか、これは。
主に役立っていたのはクルガン、つまり隠密だった気もするのだが。
「素晴らしい!拙者には思いもつかぬ戦法!いや、感服つかまつった!」
フドウが喜んでいるのなら、まあ良いのかもしれんが…これを見て、どう己の武士道に反映させるのか私にはわからんな。
「閃いた!刀は刀にして、一つの使い道に非ず!発想の転換、即ち、両手で刀を扱う二刀流こそ、我が新しき武士道!」
…どう考えても、今の戦いから、何故この発想になるのか、さっぱり分からないのだが。
「拙者は早速ギルドに向かい、将軍職の申請をして来よう。さあ、これが約束の品だ。このような量産品に未練など欠片も無し!」
そうして、フドウは去っていった。
伝言を伝えるのを忘れていたのを思い出したのは、ダークマターが武玄の兜を装着した後のことだった。
せっかくここまで来ているのだから、そのまま下に向かおう、といつもの転移陣を使って下へと降りていく。
即死耐性強化のおかげか、誰も死ぬことなく9階に辿り着き、マップに従ってワープを選び、フレッシュゴーレム3連戦の続きへと向かった。
「また続けてフレッシュゴーレムが出たらイヤだな〜」
「あれ以上強化するのは難しいゆえ、前回のが最高傑作品だとは思うが…」
などと言いつつワープを抜けていくと。
私にさえ分かる暗く粘い闇の気配が濃密に漂う場所に出てきた。
警戒しながらゆっくりと進むと、目の前にアウローラが現れた。
「オルトルードは死んだわ。貴方がいるのだから、怖くない、と言って」
アウローラは心底不思議そうに首を傾げて我々を見つめた。…何となく、既視感があるな。無論、アウローラ自体にではなく…仕草…だろうか、理解できないものを観察している視線にだろうか、とにかく、見覚えがあるような気がした。
「私には、分からない…死が全ての終わりで無いというのなら、理解出来るのだけれど」
終わりでは無いだろう。
人間は、想いを受け継いでいく。オルトルード王が言うのは、アレイドという技術を受け継いでいくことだろうが…他にも、子孫という形で己の欠片が受け継がれていくのだ。
人間にとって、死とは全ての終わりでは無い。
…してみると、アウローラは人間に見えるが、人間ではない種族なのだろうか?私はその辺に疎いが…エルフ以上に長命な種族、というのはお伽噺の領域ではないだろうか。
「貴方たちは、生き残れるのかしら?オルトルードでさえ敵わなかったものに。…私は、眺めていましょう。たとえ闇の蛇でも、生まれ出る瞬間は美しいもの…」
アウローラの姿が消えたと同時に、床が波打った。
この気配と、この何度も膨れ上がる床には、覚えがある。
まさか…また、あれ、なのか?
「…美しい、かなぁ」
「私は、美しいとまでは思わないわね〜」
暢気に言って、前衛は武器を構えた。
「ま、ポイズンブレス用に散開しときますか」
…おかしいな。
相手が弱くなったのか、我々が強くなったのか。
あの腕を縛られた妙な格好の<神>の方がよっぽど手こずったな。
以前スケディムと対峙した際には死人こそ出なかったもののぼろぼろであったのに、今回はさしたる脅威もなく倒してしまった。
ダークマターが毒に冒された面々にポイズケアをかけていく。…いや、私も含む他の全員がポイズケアを唱えることは出来るのだが、いざという時のため精神力は温存しておきたいということで、普段戦闘中には僧侶魔法を唱える機会が無いダークマターが使っているのだが。
全員の治癒が済んだところで、スケディムが現れた床を越えて進む。
オルトルード王の亡骸を見つけ、手を組み合わせたところで、背後のワープから何者かが現れた。
一瞬戦闘態勢になったが、すぐにゼルとベルタンだと気づいて構えを解いた。
「陛下…!何故、俺を待ってくれなかったのか!」
「馬鹿野郎!馬鹿野郎…さっさと目を開けやがれ!俺たちはあの地獄を生き残ったんだ、今更死んじまうんじゃねぇ!…お前は、昔からそうだった、何で一人で背負いこんじまうんだよぉ!」
戦友たちが王の傍らに跪いて泣き出したので、我々は少し離れた。
王の顔は満足そうではあったが、置いて行かれた戦友にとっては慰めにはなるまい。
こういう時に茶々を入れそうなダークマターを横目でちらりと見たが、何か考え込んでいるようで、妙な顔で黙っていた。
しばらくして、ようやくゼルが王の亡骸を腕に立ち上がった。
「我々は、王を城へと連れ帰る。…ではな」
同時に消えるかと思ったベルタンは、我々の方にずかずかやってきて、陛下の手を握りしめた。
「ありがとうよ。あいつの仇をとってくれたんだな。これには間に合わなかったが、俺も闇のもんには借りがある。もし俺の力が必要なら、いつでも声を掛けてくれ」
ドワーフは偏屈だが、いったん友と認めた相手に対する忠誠心は人間の比ではない。
おそらく仮に我々が死地に誘ったとしても、さしたる知り合いでもない我々のために喜んで戦いに赴くだろう。
…まあ、彼を誘う余裕は無いが。
ベルタンがリープで消えてから、我々は顔を見合わせた。
「どうしましょう。まだまだ余裕はありますが」
「ついでに、下に向かいますか。ちょっと確認するのも悪くない」
そうして、我々は奥へと進み、何やら通路を邪魔していた遮蔽物を解除しておいてから10階へと降りたのだった。