女王陛下のプティガーヅ
レドゥアのノート。
教会の中を進んでいき、何やら若い連中が祭壇前の小さな骸骨から何か回収したりしつつ、まだ余力はあるがいったん帰ろうということになった
何せ荷物がいっぱいであったのだ。
そうして上に戻ると、オークが一匹、我々に駆け寄ってきた。
「良かっただー!やっと出てきただー!お城で王女様が待ってるんだど!」
それだけ言って、オークはまたどたどたと走って行ってしまった。
王女が我々に何の用だ?
まあお呼びとあらば、さっさと行くべきであろうな。
城に向かうと、速やかに城内に案内はされたが…何やら空気が沈んでいる。
まるで死人でも出たかのような気配だが、王女がどうかなったのか?
通された玉座には、王女が座っていた。
王女は我々を認めて、すぐに立ち上がり我々と同じところまで降りてきた。
…誰か、止めよ。王女…いや、女王たる者、そうそう簡単に下々の者と同じところまで降りてくるべきではないわ。
それを言う者はおらぬのか。
やれやれ、この時代の大臣どもは何をやっている……宰相は我々が殺したのか。まだガードは出来ておらぬようだし…。
「父が、迷宮へと向かったのです」
「存じております。地下9階でお会いいたしました」
おぉ、と呻きのようなものが王の間を満たした。
ふむ、どうやら王が迷宮に潜ったことを悲しんでいるために、このような雰囲気なのだな。
むしろ、我々など祝福しておったが。
「わたくしと、貴方とに国を残す、と…」
「最初からの契約でしたね。ですが、それは、魔女を倒した者に与えられる報酬でしょう。わたくしたちは、未だ魔女と戦ってはおりませんから」
そして、向こうから仕掛けて来ない限り、魔女と戦う気は無いな。あれは、そう悪いものではなさそうだ。むしろ、王にとっては戦友のようなものではなかろうか。
「…夢を、見るのです。とても懐かしい…とてもとても昔の世界を…。今のこの混乱は、あの数千年前にあったと言われている古代ディアラントと密接に関係しているのではないでしょうか」
王女は項垂れつつ、胸に手を当てた。
どうやら宰相のせいか、王女の中の古代ディアラントの血が活性化しているらしい。
それから、王女は母から伝えられたと言うブローチをオティーリエに差し出した。
オティーリエもディアラントに共鳴しているらしい。
王女とオティーリエの話が一段落したと思った途端に、ゼルという忍者が姿を現した。
「ふむ、お前、隠密になったのだな」
クルガンが少し顔を顰めて唸るように肯定したら、ゼルは破顔して頷いた。
「これで、俺も迷宮に赴ける。では、冒険者たちよ、王女を頼むぞ」
「うっわ、うずうずしてるよ、この人」
ダークマターが呟いた通り、もう今にも飛び出していきそうな気配でゼルは晴れやかな笑顔で我々に言った。
「そうとも。俺の魂も、未だバンクォーの地にあるのだ。これでようやく仲間の元に行ける」
地下9階に向かうのだろうな。
まあ、王にとっても忍者がいた方がオートマタだけが供よりも良いであろうが。
王女にとっては心細いことであろうがな。
父も、忍者長も、迷宮へと向かい、戻ってくる保証は無い。
いきなり女王となる海へと放り出されたも同然であろう。無論、幼い頃から教育はされていたであろうが。
お気の毒とは思うが、我々はここで王女を慰めるのが仕事ではない。
「では、わたくしたちも迷宮に向かいますゆえ…」
「どうぞ、ご無事で…」
王女がオティーリエの手をそっと握り締めた。オティーリエは安心させるように握り返し、暖かく微笑んでみせた。
まあ…オティーリエにとっては王女は祖先ではあるが…まるで姉のような雰囲気であるな。王女にとっても、頼れる相談相手となるだろう。
ともかくは、我々の手で魔女と蠢くものの件を解決せねばなるまい。
そう改めて決意しつつ城から退出すると、エルフの双子の少女が追ってきた。
「あの…あたしたち、あなた方には本当に感謝しているの」
「あなた達がいなかったら、王女はウェブスターに殺されちゃってたかもしれないし…」
「気づいてかもしれないけど、あたしたちが王女を匿っていたの。ウェブスターがおかしなことを企んでるって言っても、王も「分かった分かった」って言うだけで信じてくれてなかったみたいだったから」
「あたしたちが仮死状態にして迷宮に隠していたの。でも、迷宮も危なくて、いつ見つかるか分からなかったし」
「もうあの臭いオークの皮を被らなくていいのね。あれ以上続けてたらあたしたちの気がおかしくなっちゃってたわ」
「だからね、あなた達に力を貸そうと思って」
「あたしかリュートのどっちかがあなた達の仲間になるわ。どっちも同じ魔力で同じだけ魔法を覚えてるから、どっちを選んでもいいわ」
………。
いや…我々はこれ以上仲間は必要無いというか、むしろ邪魔だと言うか。
オティーリエも一瞬苦笑いしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「そうですか。では、リュートにお願いいたしましょう」
「分かったわ」
「あら、残念。じゃあ、あたしは城でお勉強でもしておくわ…」
「ですが、わたくしたちが力を貸して欲しいとお願いするまでは、今まで通り王女の力になってあげて下さい。王が迷宮に赴かれて、さぞかしお心を傷めておいででしょうから」
まあ、そんなところだろうな。
そうしてようやく我々は、名残惜しそうに見送るエルフたちを背にして宿へと向かったのだった。
翌朝、魔法を強化するために錬金術師の塔に行くと、ギョームがにこやかに迎えた。
「やあ、君たちか。ようやくオートマタたちの量産の目途が付いたよ。本当に感謝している」
クルガンの背中に逃げ込んでいたダークマターの手を無理矢理取ってぶんぶんと振っている。
感謝の先は、主にダークマターらしい。
「これで、陛下との約束も果たせた。オルトルード王に頼まれていたのだ。君たちも薄々知っているだろうが、オルトルード王は魔物たちのものであるアレイドを利用できないかと考えられた。そして君たちも持っているだろう識別ブレスレットという形態にして記憶を受け継ぐ方法を思いついたのだ。だが、それでは一人の究極の戦士を作り上げるのに、多大な犠牲が必要だ。だから、魂無き戦士たちを作れぬか、という命だったのだ。陛下はもう2体のオートマタを連れて迷宮に向かったよ」
「存じております。9階でお会いいたしましたゆえ…」
「おぉ、そうか!それでどうだった?我が娘たちの働きぶりは!?」
…いや、王の心配をせねばならぬところではないのか。
「そうですね…よく王を守っていると思いましたが…」
「そうかそうか。良くやっていたか。…新しく作り上げるにはまた時間がかかる。君たちも、フリーダ以外のオートマタが欲しければ、また今度来てくれ」
そう言って、ギョームは踊るような足取りで去っていった。
量産型オートマタの投入、か。
いささか遅きに失した感はあるのだが…ギョームにとっては些細なことなのだろう。
それにしても、我々の時代には当たり前と思っていたアレイドは、こうして生み出されていたのだな。
多数の屍の上に成り立つ戦術、か。
<人間>でなくては思いも付かない習得法であろうな。
そうして、ようやく迷宮に潜ったのだが、先に進むのかと思えばダークマターがオティーリエに進言した。
「レイバーロード狩りしましょう。いい加減、ソフィアが死んで上に戻るの飽きました」
まあ…実は今も9階に降りようとしたのに8階の時点で即死させられて出直して来ておるしな…。
いくら防御力を高めようと、忍者どもの即死攻撃にはかなわない。クルガンとダークマターは回避が高いが、ソフィアはモンク用の防具が少ないこともあってなかなか防御できておらんのだ。
しかし、何故レイバーロード。
「さっき友好的な侍から聞き出しました。どうやら侍の攻撃を防ぐ頭部用防具をレイバーロードが持っている、と。ただ、どうも兜マニアらしくて、それ以外の兜も色々持ってるので目当てのものが盗れるかどうか分かりませんが…」
「分かりました。それで即死が防げるのですね?」
「いえ、手に入れてみないと何とも」
幸い、レイバーロードなら9階で見かけた。やってみる価値はあるだろう。
そこで、人影と見れば向かっていき。
「えー…狂王の兜、狂王の兜、クリスタルヘルム、クリスタルヘルム、クリスタルヘルム、鋼の兜…」
駄目ではないか。
「もう一体、やってみましょう」
レイバーロードが哄笑を上げる。
「ふははははは!人間如きが、我が剣の前に立つか!」
「さ、リーエ、どうぞ」
前衛がフロントガードし、私とユージンがマジックキャンセルに備える。
どうやらオティーリエでも盗めるくらいの鈍さで助かった。これでストレインまでかけねばならぬのでは面倒だからな。
レイバーロードが斬りかかる。
かちんかちんかちんかちん。
当たっても1しか減らぬような攻撃に、ソフィアが退屈そうな顔をする。それでも避ける努力くらいせぬか。
「おのれ〜!バレッツ…」
我々が投げた石ころもまた、1しかダメージを上げられぬがな。
かちんかちんと地味な音を立てつつ、その合間にオティーリエが盗みに入る。
「貴様ら!戦士としてのプライドは無いのか!」
かちんかちんかちんかちん。
しゅわわわわわわ〜。
相手の攻撃は当たっても、自動回復のため我々の方に被害はほとんど無い。
「まだー?」
「お待ちなさい、これで…はい、6つ盗みました」
「んじゃ、ソウルクラッシュとウィークスマッシュいきまーす!」
ざっくりざっくりざっくり。
こうしてみるとレイバーロードも哀れな…我々に盗まれるためだけに存在するとは。
それはともかく。
「狂王の兜、クリスタルヘルムクリスタルヘルムクリスタルヘルム…む、黒頭巾。これがお前の目当てか?ダークマター」
「あ、それそれ。えーと、即死とか気絶とか防げるって…」
私の手から黒い布きれを取り上げたダークマターが、それをひょいっとソフィアに差し出した。
じりっとソフィアが下がる。
「ソフィア?」
「い、いやよ!そんなの着けるのいやーっ!」
「だって、即死防げるのに…」
「それでもイヤ!もっと他に無いの!?」
忍者が開発したものらしいからな…黒く顔を覆うそれは、女性として許せぬらしい。
しかし、ソフィアがすぐに即死しているのも事実。ならば、ここはやはりパーティーの一員としてある程度の我慢は必要ではないのか?
困ったように手を引っ込めたダークマターは黒頭巾を仔細に眺めた。
「でも…俺は使えないしなぁ…あ、隠密と義賊も使えるんだ」
「なら、俺が使おうか」
クルガンの手に渡しつつ、ダークマターがちらりとオティーリエを見た。
「リーエも装備出来るんですけど。忍者の手裏剣は、後衛に飛ぶこともあるんですけど」
な…オティーリエに黒頭巾を着けろ、と!?
私のオティーリエの顔をあのようなもので隠せとは…まるで押し入り強盗のようなあれを着けろとは…不敬にもほどがある。
とはいえ、即死を避けたいのも、また事実。
「わたくしが…ですか」
オティーリエは思慮深い声で呟き、数瞬おいてからソフィアに向き直った。
「わたくしが装備すれば、貴方も装備いたしますか?」
「あ…う…そ、それはもちろん…陛下だけに間抜けなお姿をさせるわけには参りませんし…」
間抜け言うな。
「では、あと2枚。盗りますよ!」
何とおいたわしい…。
命には代えられぬとはいえ、あのような姿を晒さねばならぬとは…改めて、冒険者とは厳しい職業だな…。
「…そんなに、間抜けか?」
「…まぁ…何て言うか、トータルコーディネートって意味で、忍者はそんなにおかしくないけどさ」
ちょっとショックを受けたように呟くクルガンの肩を、ダークマターがぽんぽんと慰めるように叩いた。
「ふん、だ!あんたは色が気に入らないんじゃないの!?赤と白の縞しまに染めたいんじゃない!?私が血で染めてあげましょうかぁっ!?」
「訳の分からない逆切れをするなーっ!」
ぶんぶんと振り回される剣を避けながら、クルガンが冷や汗を掻きつつ奥を指さした。
「ほら、次の獲物だ、次の!」
「来なさい、レイバーロード〜!」
………。
そんなに…イヤなのだな、黒頭巾…。