女王陛下のプティガーヅ




 ダークマターのメモ



 いつも通り宿屋からカルマンの迷宮に向かおうとしていたら、ソフィアが嬉しそうな声を上げて道端にしゃがみ込んだ。
 「見てみて!ラーンの花よ!まだ咲いてないけど…もう春なのね」
 そう言えば、頬に当たる風も少し前とは違って、刺すような冷たさが消えていた。
 <俺>の感覚ではピンとこないので、普段は使わないオリジナルの記憶を呼び起こす。
 暖かな日差し。柔らかく萌えい出る若草。それから白く小さな花や、元気いっぱいの黄色い多弁草。温く感じる小川の水や、少しぬめった石の感触。生まれてきた小動物たちの鳴き声、小鳥の大合唱。
 あぁ、そうか。
 春って、そういう感じだったっけ。
 何もかもが穏やかで、ぼんやりとした色彩に覆われた世界。
 …うーん…。
 オリジナルは好きだったし、その「綺麗な世界を守りたい」っていう感覚を、思い出すことは出来るんだけど…やっぱり、ピンとこないな。
 俺のものじゃないって言うか…俺の世界は、たぶん、白と灰色に覆われた、あの雪に閉ざされたドゥーハンなんだと思う。音すら吸い込まれる、静かな静かな世界。
 この世界は…俺のものじゃない。
 夢でも眺めているかのような気分で、ソフィアが示す草を見る。
 それに関する情報は脳裏に展開されるけど、ただそれだけのことだった。
 「そうか…もう、春になるんだな。どうもドゥーハンは石畳が多くて、春の息吹が感じられんでいかん」
 クルガンがしみじみ言ったので、思わずその顔をまじまじと見てしまった。
 「…あんたも、森の民みたいなこと、言うんだ」
 クルガンはちょっと顔を顰めて、俺を殴ろうかどうか考えたみたいだったけど、俺がからかってるつもりじゃないのが分かったのか、ゆっくり拳を解いた。
 「そりゃあな。俺だって、たまには森の樹の上で寝たい時もある」
 「へー。いやー、脳味噌が筋肉で出来てる武闘派エルフでも、やっぱエルフはエルフなんだねぇ」
 今度は即座に握り締められた拳骨が降ってきた。
 避けもせずに大人しく食らっておいて、頭をさすりながら考える。
 こんなんでも、エルフはエルフ、森の民。魂も、肉体も、エルフ族で、結局は本能に抗わない。
 じゃあ、俺はどうなるんだろう。
 この世界を、俺が属する世界だと思えない俺は、どうなるんだろう。


 迷宮の中は、地上が吹雪だろうが春だろうが関係がない。
 それにほっとしながら、俺たちは妙な金属の階に向かった。
 昨日ヴァイルと会った大広間の中心には水が張られた空間があり、覗き込むと階段と更に下の階が見えたんだけど、まあどっかにスイッチがあるだろう、と後回しにすることにした。
 それから行けるところに…って行ってると回転床がぐるんぐるんと回ってて鬱陶しいことこの上ない。何でフロートかけて浮いてるのに回っちゃうんだ。
 ある程度進んだところで、あの聖獣とやらと忍者が集団でやってきた時にソフィアがさっくりとクリティカル食らったので諦めて帰った。
 うーん、どうもソフィアがすぐにクリティカルされるんだよなー。死にやすいって言うか。忍者も集団で出てくるし、牽制射撃してもいいけどザラード唱えられたらイヤだし…。
 とか言ってると、ソフィア蘇生させて出直した時に、いきなり忍者にやられてソフィア死んでユージンが前に出てマジックキャンセルがうまく出来なかったせいかザラードまで食らって…俺と長しか生き残らなかったので、さすがに逃げてしまった。
 リープ唱えて帰ってきたけど、2人で4人を引きずっていくのは大変だった…。今度ルーシーちゃんに、迷宮入り口にレンタル台車を置くよう提案してみよう。
 なかなか進めないのにイライラしてたんだけど、それでも5階から8階への転移陣が開いたので、あの鬱陶しい生物階を通らなくて良くなったのは幸いだった。
 そして、8階に踏み込んで5日くらい経っただろうか。
 ようやく回転床部分のマッピングも完成し、スイッチを入れて水を抜くことに成功した。
 途中で酒場のメダルを借金してるインプにコイン20枚融通したりもしたけど。たまたま持ってたんだ、ホントにたまたま、きっかり20枚。
 ひょっとしたら3年も踏み倒してたんなら利子が凄いことになってるんじゃないの?とは思ったんだけど、今更トラップゲームするのもコイン屋が開くのを待つのも面倒だったので黙っておいた。
 で、大広間から階段降りて…あんまり水に濡れてないな。一体どこに排出されたんだろう。
 まあ、それはともかく。
 またソフィアがクリティカルされたりしつつも、進んでいくと、ヴァンパイアロードが扉の前に佇んでいる場所があった。何でロードともあろう者が門番よろしく扉の前に立ってるんだ。
 「…良い物、持ってそうですね」
 「えぇまあ、確かに。盗れれば、ですけど」
 仮にも相手はヴァンパイアの王だし…と思いつつ突っ込んだら。
 フロントガードしつつ後ろでマジックキャンセルして陛下が盗むフォローしてみたんだけど…やっぱりさくさくかわされた。…うん、ロード相手に盗むのは厳しいよね…かといって、フロントガード解いてエナジードレイン食らうのも真っ平御免だし。
 とか思ってる間に、ヤイバかけて足下の石を投げていたユージンとレドゥアがロードを落としてしまった。…うーん、本物じゃなかったのか…本物のロードなら、石で殺されたりしそうにないし。
 てことで、お供のヴァンパイアはさっさと殺ってしまって、がっかりしている陛下を慰めつつ先に進んだのだった。

 またあの鬱陶しい回転床に乗って、もう一つの水面下に行こうとすると。
 サンゴートの黒騎士が息も絶え絶えに転がってて、俺たちを認めて上半身を起こした。
 「殿下を…殿下を頼む…」
 ………。
 「やはり…ヴァイルは、もう闇の眷属と?」
 「まー、随分と日数経っちゃいましたからね〜」
 早くソフィアに即死耐性の防具見つけないと、面倒でしょうがないな。
 「急ぎましょう!」
 陛下の号令で、さっくりと扉を開けると。
 勢い良く入ったせいで、そこにいた者とぶつかってしまった。
 それはすぐに一歩下がって俺たちを見た。
 「サンゴートの騎士たちが、緑の水面に浮かんでいく」
 アウローラが歌うように俺たちに告げた。
 「これで門が2つ開いた。…あと一つ。私は、後一つの門も開けて、蠢くものの軍勢をこの世界に呼び寄せるつもり」
 …おかしいな、開いたのはアウローラじゃないと思ってたんだけど。
 て言うより。
 さっき、ぶつかった時に。
 「キキュキ?」
 さすがに魔女と呼ばれるだけあって、俺の突然の軋みのような言葉に眉一つ動かさなかった。さて、それが理解出来たからなのか、ただの音と判断したせいか。
 アウローラは俺をちらりと見てから、陛下を見つめてほんの少しだけ柔らかな口調で言った。
 「先に、進むの?たかが人間風情が」
 「えぇ。わたくしたちは、このドゥーハンを守りたい。ですから、たとえ相手が何であれ、この手で駆逐するのです」
 相変わらず雄々しいな〜、陛下は。
 「…そう。人間がどこまでやれるのか、私は見物しているわ」
 ふーん。
 ここで手出しはしてこないんだ。まあ、敵意は無かったから、大丈夫とは思ったけど…何か、アウローラって俺たちには攻撃してこないよな。単に、他の冒険者と違って、見たら即攻撃、とかしてないせいなのか、それとも…陛下が古代ディアラントの血を色濃く引いているせいなのかは分からないけど。
 アウローラが姿を消してから、隣のクルガンが俺に囁いた。
 「…おい、さっき、何て言ったんだ?」
 「ん?…あぁ、まあ…何て言うか…体温が無かったっていうか生物の気配が無かったっていうか…」
 
  ひょっとして、あんた、造られし者?

 鎌を掛けても引っかかってくれなかったけど。
 クルガンはまだ聞きたそうだったが、扉を開けると屍累々だったのでさすがに俺から意識を逸らした。
 サンゴートの騎士たちが積み重なっていて、助けてはあげたいけど…。
 「<門>が開く気配がします」
 まあ、さすがに普通の人間にも分かってると思う。
 階段を駆け下りると、予想したような惨劇はなく、緑色に光る魔法陣の中に、ランゴバルト枢機教がふらつきながら立っているだけだった。
 「ヴァイルは、どこです?」
 陛下もきょろきょろしていたが、ねっとりと絡みつくような濃い闇の気配と、老婆のような声に表情を引き締めた。
 「…スケディムの時よりも、更に闇が濃い気がするな」
 レドゥアが呟き、首筋を撫でた。たぶん、鳥肌が立ってるんだろう。
 ようやくランゴバルトも自分に語りかけていたのが<神>なんてものじゃないことに気づいたらしい。
 「…神よ…何故、我らを、見捨てたもうたか…」
 うわお、聖書にあるセリフそのまんま。まあ、死に直面して、自分の言葉で語れる人間は、そういないだろうけど。
 ランゴバルトもちょっと気の毒かな。どう見ても神じゃないのに生贄を捧げた挙げ句に、自分が食われるんだもんなぁ。まだしも、自分が生贄になって、神様を召喚したので世界は平和になるんだって信じて死ねたら楽だっただろうにねぇ。
 ま、それはともかく。
 「…何だ、あれは」
 クルガンがうんざりしたように呟いた。
 緑に光る魔法陣の上に出現した<神>は、手を縛られたような妙に愉快な格好をしていた。
 左右にセラフとレッサーデーモンを従えて、ゆらゆら飛んでいるそれは、無感動な目を開いて、俺たちを見つめた。
 「何でもいいよ。とにかく、殺れる相手だから。大丈夫、こっちの世界であれだけ質量感があるってことは、物理的に衝撃を与えられるってことだから」
 「ま、それが分かれば問題無いな」
 「では、みな、行きますよ!」
 
 さっさとお供は潰せたんだけど、蠢くものその2を倒すのは時間がかかった。
 あんな腕を組んで縛ったような体のくせに、べしっと平手打ちをしてきてそのせいで隊列が狂いまくったからだ。もう前列後列入り乱れて無茶苦茶。おかげで初めてユージンと組んでソニックソードなんて出してしまった。
 でも段々向こうも乗ってきたのかノックバックの頻度と方向が激しくなり、アレイドを出そうにも出す前に隊列を崩されて普通攻撃になってしまってクルガンのイライラは最高潮だった。
 「あ〜、くそっ!貴様、一撃死されろっ!」
 無茶言うなー。そんな蠢くもの、イヤだ。
 「うんうん、アレイドって大切だったんだねぇ、しみじみと」
 とは言うものの、実は後衛は全員エナジードレイン対策でルーングレイブ持ってたこともあり、後列が前に行ってもそれなりに戦えたりしたので、時間はかかったけどこっちのダメージはさしたることなく倒すことが出来た。
 「外道の胸あて…使えませんね」
 …そんな中、盗んじゃった俺たちって、ちょっと凄い。暢気とも言うけど。
 隊列を変えたり、ようやく治癒呪文使ったりしていると、ふわりとアウローラが現れた。
 「貴方たちは気づいているのかしら。貴方たちが倒したのは、古代の神の一人なのよ?」
 「たとえ、相手が神であれ、魔神であれ。わたくしたちの前に立ち塞がる者は、全て敵です」
 …一歩間違うと、すっごく悪役だなー。まあ、悪属性だけどさ。
 「貴方が…オルトルードが言っていた者なのかしら。オルトルードは、闇に蠢くものを倒す者を作り出す、と言った。だから私はあの時彼を助けたのだけれど。ただの人間に、何が出来るのかしら。私には分からない。数千年生きてきても、私には分からない」
 数千年、ねぇ。
 「キュキュキィ」
 アウローラは、俺をちらりと見た。
 反応した、と見て良いんだろうか。
 けれど、何も言わずにアウローラは消え失せた。
 「彼女は、そう悪い魔女には思えぬのだが」
 ユージンが首を傾げて呟いた。ま、ユージンはそもそも女性に対する評価が甘いんだけど。
 「彼女は何の目的で蠢くものを呼び寄せようとしているのでしょう」
 まだ、口に出すほど確信を持ってないので、黙っておいた。
 もちろん、他の誰もがその答えを持っていなかったので、結局陛下は扉を指さした。
 「では、先に進みましょう。ヴァイルのことも気になります」
 どうだろ、あれに食われてたら、欠片も残さず消えてる可能性はあるけど。
 まあ、まだ余裕だし、進むことに異議は無い。
 …って言うか、その辺の忍者の方が脅威って、蠢くもの的にどうなんだろ。





 ソフィアの日記。



 あぁあ、まだ頭がくらくらするわ…。何で私ばっかり平手打ちで気を失っちゃうのかしら。気絶耐性のある兜が欲しいわね。
 全く平気そうな顔でクルガンとダークマターが先行していって、ドラゴンゾンビを見つけてきた。
 「俺、このだるそうな動きが好きなんだよねぇ」
 ダークマターは楽しそうにドラゴンゾンビを突っついて言った。
 まあ、分からなくもないけど…臭いから、さっさとやっつけちゃいましょ。
 「…よっこいしょ…あ〜、だりぃなぁ…あぁん?…あっちぃなぁ」
 攻撃したり向こうが動く度に、ダークマターがそれに併せてドラゴンゾンビのセリフを代弁するものだから、思わず吹き出してしまった。
 「真面目にやれ、真面目に」
 「いいじゃん、どうせもう崩れるよ」
 のてっのてっと動いていたドラゴンゾンビが、ついに全く動かなくなった。
 途端に興味を無くしたらしく、ダークマターはそれを踏み崩して先に進んだ。ぱきりぺきりと骨が折れる音がして、ちょっとした道が出来る。
 「すっごい血臭がしてるんですよねー。新鮮なのがたっぷり」
 ダークマターの言葉に陛下は柳眉をきりりと上げて、扉を開くように告げた。
 クルガンとダークマターが扉を開き、中からむわっと粘い匂いが流れてきた。
 敵はいないと判断したらしく、二人が両脇に寄って道を開けたので、陛下が部屋へと踏み込んだ。
 …サンゴートの黒騎士たちね。ここまで何とか逃げ込んだんだわ。
 そして、それらの中心にヴァイルが座っていた。
 私たちを認めて、ゆっくりと立ち上がる。
 鎧の方はぼろぼろで目のやり場に困るような風体だったけど、逞しい肉体の方には傷が少ない。たぶん、騎士たちが全力で姫に癒しの呪文をかけたのだろう。…自分たちのことはさておいて。
 「…まさか…蠢くものを倒したのか?」
 「えぇ。少し時間はかかりましたが…もう大丈夫ですよ」
 陛下が慈愛に満ちた表情で微笑んで、そっと手を差し伸べたけど、ヴァイルはゆっくりと首を振った。
 「そうか…お前たちは、あれを倒せたのか…」
 数だけはいたのにねぇ、黒騎士たち。何が足りなかったのかしら。…気合いと根性?
 「私には、何も分かっていなかった…闇の眷属が、あのようなものだとは思ってもいなかった。…ふ…私は、あれを見て、恐怖に逃げ惑うしか出来なかったのだ。あれに立ち向かうどころか、皆に守られ、悲鳴を上げて逃げ惑うしか…!」
 まあ、あの圧倒的な闇の気配は、ちょっと凄かったわよね。ちょっと気を抜くと飲み込まれそうな感じで。
 私たちは慣れてるっていうか、コツが分かってるから大丈夫なのかしら。
 ヴァイルは唇を震わせて、周囲の騎士たちの屍を見回した。彼女みたいに自尊心の高い人には、己一人が生き残ったことが許せないのだろう。
 「…騎士は、姫を守ることを喜びとしている。彼らの魂は、任務を達成した恍惚と共に天へと召されただろう。彼らは黒騎士ではあるが、同じく騎士道を進む者として、私が保証する」
 ユージンが力強く頷いた。慰めようとしてるのよね、これって。
 「これから、いかがなされるおつもりですか?国に帰って、騎士たちの霊を弔いますか?」
 陛下の言葉に、ヴァイルは拳を握って顔を上げた。が、すぐに項垂れる。
 「…私は…弱い…弱かったのだ…。彼らに、いかにして報えば良いのか…」
 「んー、予備知識無しであれと対面したのに、逃げられただけ凄いと思うけどなー」
 それも、慰めてるつもりなのね。
 しょうがないわね、みんな。彼女のような武人には、こういう言い方じゃないと。
 「あのね。蠢くものも、こっちの世界に出てきたら、ちゃんと拳が通じるの。私たち、あれを切り刻んだし、魔法だって叩き込んだわ。攻撃力も大したことないから、ちゃんと回復魔法で治る程度だし…」
 「…一番、攻撃を食らって気絶していた奴が良く言う…」
 クルガンの鳩尾に拳を叩き込んでから、私はにっこり笑ってヴァイルに言った。
 「大丈夫。あなたの剣もちゃんと通じるわ。通じるって分かってたら、今度はいけるでしょ?あれは見慣れない代物だけど、決して無敵じゃ無いんだから。殴り飛ばせる肉を持ってるの。それが分かっていたら…」
 ヴァイルの目が、爛々と猛獣の輝きを宿した。
 「私は弱いが…一太刀浴びせることも可能だ、と?」
 「パーティーのメンバーによっては、一太刀どころか、倒すことだって出来るわよ」
 「忍耐力が必要だけどねー」
 ヴァイルは手に提げていた剣をぐっと握り締めた。
 それから深々と頭を下げた。あらー…彼女が頭を下げるなんて、滅多に無いんじゃないかしら。
 「礼を言う。そして、もしも私を哀れと思ってくれるのなら、私も連れていって貰いたい。次に蠢くものが出現した際には、私もそ奴めにこの剣を叩き込みたいのだ。そうでなければ、私は一歩も進めぬ」
 頭を上げたヴァイルに、長がマントを差し出した。
 「魔物から奪った炎のマントだがな。ともかくそのままの姿では地上に戻れぬだろう」
 「ありがたく受け取らせて貰う」
 ばさり、とマントを翻してヴァイルは肩に留めた。…いえ、だから、その体を隠してってば…。
 「では、私は冒険者のギルドに登録して来よう。声がかかるのを、待っているぞ」
 それから、ヴァイルは目を閉じて多分黒騎士たちの名前と思わしきものを呟きながら消えていった。
 残された私たちは、とりあえず彼らの魂に祈りを捧げてから、その部屋を出た。
 「…どうしましょう」
 「どうしましょう、と仰られても…よもや今更メンバー変更など出来ませんでしょうし」
 そうなのよねぇ。
 気持ちは分かるんだけど、私たちの中に入れるわけにもいかないし…。
 「えーと、第2パーティーどころか、第3パーティーまで出来そうな勢いなんですけど」
 ダークマターが指折り数えて呟いた。
 「リカルドたちは?」
 「いや、だからあいつらはあいつらで潜ってるし」
 いろいろと義理があると大変ねぇ。
 まあ、彼女にはゆっくりと休んで貰ってから、どこかのパーティーで絆を育んで貰うしかないわね。

 そこからすぐに下への階段を見つけたので9階に降りていって。
 何だかうって変わって人間の感覚に近い光景になったわね。
 とは言うものの。
 「…何となく、教会風味ではあるんだけど、どっかずれてるよね、これ」
 「そうね…邪教の館って言うか」
 ステンドグラスから光が入ってきて…ってどこから入った何の光なのよ…石造りの床や壁に、置かれた像や鉢も教会風味ではあるんだけど、何だか、どこか凶々しいものを感じるわ。
 眉を顰めながら進んでいくと。
 目の前にオートマタが2体立ち塞がった。
 「良い。その者たちは敵では無い」
 その言葉にオートマタが道を開けて…
 「オルトルード王!」
 陛下が驚いた声を上げる。私だって驚いたわ。確か呪いにかかって動けないとか言ってたくせに、こんな深い階層まで何しに来てるのよ。
 「ふふ…ようやく見つけたのだ、真の王を。私はこのために生き残ったのだからな」
 …ちょっと待って。嫌な予感がするわ。
 「蠢くものと戦える戦士を、作り上げるため、私はこの迷宮を解放した。悪を野放しにし、善をなせるときになさなかった。…私は、その責任を取らねばならない」
 「オルトルード」
 ふわりと魔女が降り立った。
 本来、この人たちって敵同士のはずなのに、何だかそういう感じじゃないわね。
 「やはり、これが貴方が言っていた戦士なのね。たかが人間に何が出来ると言うの?興味を惹かれたから、貴方に力は貸したけど…一人や二人、蠢くものに対抗できる人間が出来たからって、そんなもの、何の役に立つの?」
 「ふ…お前には分かるまいな。だが、私には、分かる。これは、一人の戦士では無い。魔物たちのアレイドを使いこなし、それはまた他の人間に受け継がれる。効果的な戦い方を次の世代へ繋ぐことが出来るのだ。真の王となり、また王を守る力を持った者たち。私は、それを作り上げたのだ」
 …いえ、だから。
 これって、あれ?
 陛下が、ドゥーハンの真の王って言ってる…のよね?
 いえ、そりゃ陛下は女王陛下なんだけど…この時代の王じゃなくって…よく分からないけど、まずいんじゃないかしら。
 私が悩んでいる間にも、王と魔女の会話は続けられている。
 後でダークマターに聞いたところによると、要するに、かつてのバンクォーの戦場に蠢くものが出現して2万の軍勢を壊滅させたらしい。そこへ魔女がやってきて、オルトルード王と取り引きしたってことらしい。
 そして、王は蠢くものを倒せる戦士を作り、それまで魔女は待っていた、と。
 魔女はこのドゥーハンという魔力の濃い土地を欲しがってるんだけど、王の取引のせいで今まで手は出さずにいた、と…って、何だか普通にいい人みたいなんだけど。
 でも、おかしいわね。
 王と取り引きしたってことは、魔女は蠢くものを倒したのよね。
 なのに、今はそれを召喚しようとしている。
 …何で?
 まあ、ともかく、オルトルード王は下へと進み、魔女は姿を消した。
 「…覚悟を決めておられるようですね。わたくしたちが口を挟める問題では無いようです」
 王は国も王女も後にして、蠢くものと対決しに行った。
 …せめてゼルとかあの昔の戦友とかいうドワーフとか騎士団長とか連れていけばいいのに。
 「…魂は、そこに留まっている、か」
 ダークマターが呟いた。
 聞き返すと、王が自分の魂はまだあのバンクォーの戦場にあるのだ、と言っていたのだと教えてくれた。
 「やっぱり、自分の魂があるべきところに戻りたいもんだよね」
 何か一人で納得しているけど…まあ、言ってることは分かるわね。
 本当は、部下たちと共にそこで討ち果てていたはずなのを、目的のために自分だけ生き延びたんですものね。その目的を果たしたなら、昔の戦友に会いに行きたくなるのも分かるわ。
 それは、自殺ではない。
 ただ、あるべき姿に戻るだけ。
 それに、たぶん、あの王ならそう簡単にやられはしないでしょうし。
 王に神の祝福があらんことを。



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