女王陛下のプティガーヅ




 オティーリエの手記。



 わたくしたちは少しは強くなっているのであろうか。オリアーナ王女を救い出した冒険者として、名は知られてきてはいるが、潜れば潜るほどに敵も強くなり、進みは遅々として変わらない。
 それでも着実に前に進んでいくしかあるまい、とわたくしたちは今日もカルマンの迷宮に潜った。
 今日から、クルガンが隠密に、レドゥアが司教となった。もっと早く司教となる資格はあったのだが、魔法石の合成材料の取得に問題が生じそうであったので躊躇っていたのだ。
 しかし、クルガンのクリティカル率を上げるにはこれが最善、ということで転職した。そもそも、わたくしたちは魔法よりも武力に偏ったパーティーであるし。
 さて、そうして潜ってみると、ウィークスマッシュはなかなか良い確率で発動した。ただ、残念ながらポイズンジャイアントの首を切り落とすまではいかないらしく、クルガンがふて腐れていたが。
 ともかく、クルガンの地図を埋めていっていると、ようやくスイッチを見つけて先に進めそうな気配になってきた。
 そこで何気なく入った部屋で。
 「…しーっ!」
 突如現れたオークの影に、思わず声を上げそうになって、慌てて自分の手で口を押さえた。
 この聞き覚えのある甲高い声は…確かヨッペンとかいう男だ。
 「あのねあのね!ようやくお姉さまを見つけたんだよ!…ねぇ…ちょっと手伝ってくれないかなぁ…」
 上目遣いに見上げてくるヨッペンの顎の肉が首にめり込んでいる。剃っているのではなく自然のものらしい妙な髪型といい、じっとり湿ったような質感の生白い肌といい、たるんだ肉といい…あまり好意を抱かれる姿ではない。
 それ故仕方なく一人で行動しているのではあろうが…よくぞここまで無事に迷宮探索出来ているものだ、と却って感動する。
 「…何を、でしょう?」
 わたくしの返事にヨッペンは丸ぽちゃの指を差して見せた。
 部屋の隅に黒く蟠るものは…サッキュバス?どうやら眠っているようだが…。
 「僕が近づいたら逃げちゃいそうだしぃ…ちょっと捕まえててくれないかなぁ」
 「それは構いませんが…何をするつもりですか?たとえ相手がサッキュバスであれ、不埒な行いの手助けは致しませんよ」
 「えー?お話したいだけだよっ。僕、恥ずかしがり屋さんだし…」
 もじもじと丸い体をくねらせる様子は、確かに無体な真似をしようとしている男のものではなかった。
 「まあ…話をしたいだけでしたら…」
 わたくしは頷いて、背後の者たちに目配せした。
 苦笑しながらも皆従い、そぅっとサッキュバスを囲んでいく。
 しかし、さすがに気配に気づいたのかサッキュバスが目覚めふわりと浮かび上がった。
 「…あまり、手荒な真似はしたくないのですが…」
 サッキュバスは素直に聞き入れてくれる様子は無い。
 仕方ないので、いつも通りに思い切り攻撃し、弱ったところでユージンがその体を戒めた。
 「はっはっは、あまり暴れないでくれたまえ、お嬢さん。…ちょっとそこの男が話がある、というだけでな」
 …悪人のような台詞だが、まあ仕方あるまい。
 じたばた暴れるサッキュバスの前に、もじもじしながらヨッペンが進み出る。
 「お姉さまぁ…僕、ずっとお話したかったんだぁ…」
 「お前と話すことなど、何も無い!」
 「だって僕、お姉さまのことが好きなのに…お姉さまになら、僕、夜這いをかけられてもいいし、いっぱい精気を吸われても構わないのに…」
 「誰がお前の精気など吸うか!私の血が汚れる!」
 …そこまで言いますか…。
 まあ、サッキュバスにも審美眼というものがあるのだろうが。
 「お姉さまぁ…」
 ヨッペンが世にも悲しそうに手を伸ばし、その指が触れる寸前に、サッキュバスは「いやあああ!」とかなり本気の悲鳴を上げ、その悲鳴がなにがしかの魔力を生み出したのか、忽然と姿を消した。
 「…あー、どうやらあっちの世界に戻ったようですね」
 ダークマターが暢気に呟いて、その辺りの空気を撫でるように手を動かした。
 「お姉さま…どうして…」
 ヨッペンががっくりと肩を落とし、涙をはらはらと落とした。健気ではあるのだが…いかんせん外見の魅力というものに不自由過ぎて、あまり同情できない。
 その涙に濡れた目でわたくしを見上げ、訴えるように聞いてきた。
 「そんなに…僕って嫌われてるのかなぁ」
 ………まあ…………。
 しかし、ここまで落ち込んでいる者を更に踏みつけるような真似をするのも…。
 「そんなことはありませんよ。ただ、大勢の冒険者が見守る中では、サッキュバスも身の危険を感じたのでしょう」
 「…いいよ、そんなに慰めてくれなくても…そうだ、僕には姫様がいる。サッキュバスなんてやっぱり下等なモンスターなんだ。姫様なら、僕の気持ちを分かってくれるはず!アウローラ姫様ぁ〜!」
 ……姫、と言うから、オリアーナ王女のことかと思えば……。
 いや、オリアーナ王女に懸想するのも問題があるのだから、魔女の方がまだマシと言えなくもないが。
 魔女に会いたい、となると更に下に潜るのであろうが、如何にオークの着ぐるみを着ているとはいえ、早々見逃して貰えるとは思えないのだが…大丈夫であろうか。
 
 
 さて、そこから少しして、8階へと降りる階段を見つけた。
 降りてみると、それまでの生き物の体内にいるかのような光景とは全く異なる、金属に覆われた階であった。
 ダークマターとレドゥアが興味深そうに壁や柱を調べている。
 「面白い金属だな」
 「壁であり、柱であることに変わりはないんだけど…随分と我々とは異なった感覚で作ってるみたいですね」
 床は普通に平らであったので、歩くのに支障が無いのは幸いであった。
 思う存分壁を調べている二人に飽きたのか、クルガンが少し先行した。渡り廊下のようになった場所に向かっていた時、ダークマターが、ばっと顔を上げ、クルガンの方に振り向いた。
 ダークマターに気を取られたほんの僅かな時間で、クルガンはわたくしたちのすぐ側まで戻ってきていた。
 「何が?」
 「ランゴバルドトとか言ったか、あの枢機教がいた」
 どうやら、クルガンが何か言って、ダークマターはそれに反応したらしい。わたくしの耳には何も聞こえなかったのだが。
 クルガンはわたくしに向かって解説した。
 「上でマクベインに惨殺されたと思っていた枢機教が数人の供と一緒にいました」
 高レベルの司教であろうから、自らの癒しくらい出来たのは不思議では無いが…。
 わたくしたちもそちらに向かうと、枢機教は如何にも辛そうに数人の錬金術師に支えられながら歩いていた。
 同時に、何やら老婆のような、あるいはただの軋みのような声が微かに響いてきた。
 「おぉ…聞いたか?神の声だ…我々には、神のご加護がある」
 途切れ途切れに喘ぎながら、枢機教は場に似つかわしくない朗らかな声を上げた。
 そうして、向こう側で光っていた転移陣で姿を消した。
 「…神の声じゃないわよね?」
 「んー、スケディムの時にも、ああいう感じの女の声が聞こえなかった?」
 「闇の眷属を操っている声、つまり、魔女の声が、枢機教を誘っている、ということでしょうか」
 魔女が冒険者たちの進軍を阻むべく闇の眷属を差し向けている、という類推に矛盾は無いと思ったのだが、ダークマターは少し首を傾げた。
 「でも、オートマタが起動した時の声とは違うんですよね。…声質、違うよね?」
 「あぁ、違うな。あっちが魔女なのは、間違いないか?」
 「だって、ほら、直接会った時も同じ声だったし」
 何とか言う魔導師が死ぬ場に居合わせた時に、魔女の声は確認している。確かに、さっき聞こえてきたものとは違うように思う。
 「ならば、2種類の敵が存在する、と?」
 「それは、まだ分かりませんな。魔女の部下にあの老婆がいるのやもしれませんし」
 まあ、何にせよ、あの枢機教が闇の眷属に魅入られてしまっているのは確かだ。またあのスケディムのようなものを生み出されては困る。早急に確保せねば。
 そうして、わたくしたちも転移陣に乗った。
 その先には、おかしな部屋が繋がっていた。正方形で異形の像が並んでいる部屋の連なりにうんざりしていると、ようやくそれらを確認して、廊下のような場所に出た。
 更に進むと、大きな広間になっており…何やら怒号が聞こえてきた。
 さて。
 少し進むと、全容が見えた。
 あの枢機教にサンゴートの姫が食ってかかっているのだ。
 「何を考えているのだ、ランゴバルト!お前が放った聖獣のせいで、我らの進軍まで阻まれているではないか!」
 「おぉ、いくら姫のお言葉とはいえ、それは聞けませぬ。このランゴバルト、仕えるのは神でありますゆえ」
 聖獣…とは何だろうか。
 ばさり、と翼がはためく音がした。
 出現した白い魔物たちがサンゴートの黒騎士たちを襲い…わたくしたちの方にも向かってきた。
 「迎え撃ちます!」
 「何となく、気配的には魔法タイプっぽいですね。初見ですし、マジックキャンセルをきっちり使っていきましょ」
 ダークマターの言葉通り、一見いかつい男の姿でありながらその聖獣とやらは魔法を唱えてきた。
 「…ザラードの唱え始めでしたな。キャンセル出来なければ、鬱陶しいことになりそうです」
 レドゥアが苦々しく言う。即死の魔法を唱えるとは厄介だ。あまり多勢の聖獣とは戦いたくは無い。
 だが、この程度の数なら難なく撃退できる。
 何か魔法材料になるものはないか、と死体を探っているレドゥアとダークマターの横目に、どうやらそちらも撃退したらしくヴァイルがかつかつと音を立てて歩み寄ってきた。
 「貴公らも、なかなかの腕前だな。さすがは闇の眷属を討ち滅ぼしただけのことはある。どうだ、我が国で騎士どもの長にならないか?」
 武人の姫としては、最大限の誉め言葉であろう。
 残念ながら、わたくしはサンゴートに向かう気はさらさら無いのだが。
 ヴァイルも分かっているのだろう、重ねて請うことはなく、すぐに周囲を見回し舌打ちをした。
 「ランゴバルトめ、逃げおったわ。やれやれ、血が足らずに幻覚でも見えておるのか?」
 「…いえ。わたくしたちの想像ではありますが、闇の眷属が神の名をかたって彼を呼び寄せているのではないかと」
 ヴァイルは一瞬、まじまじとわたくしを見つめた。
 だが一笑に付すことはなく、ふむ、と首を傾げ奥の扉を見つめた。
 「なるほど。では、進めば我らが闇の眷属を討ち果たすことが出来るのだな?それは良い」
 ヴァイルは高らかに笑い、黒騎士たちに手を上げ、また振り下ろした。
 「全軍、進軍!」
 「御武運を」
 黒騎士たちがこれだけいるのだから、仮にあのスケディムがいたとしても、何とかなるだろう。
 …だと思うのだが…何やら胸騒ぎがするのは、彼女があまりにも自らの力というものを疑っていないからであろうか。
 この誇り高き姫君が、打ちひしがれる姿は見たくは無いものだ。
 「わたくしたちも、先に進みますか?」
 「7階からずっと進んでおりますからな。そろそろいったん宿で休みたい頃合いではありますが」
 「そうですね。わたくしたちがすぐ後から付いて回るのも、彼女たちには迷惑でしょうし」
 地図はある程度埋めたのだから、次からはあの正方形の部屋から最短距離でここまで来られるであろう。
 冒険者には休息も必要だ。



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