女王陛下のプティガーヅ





  クルガンの覚え書き



 適当に探索を進めてから、キリの良いところで地上に上がり、城に挨拶に向かった。何やら過去の出来事をぶつくさと唱えられた気はするが、まあ俺にとってはどうでもいい。重要なのは、隠密とやら言う職業に転職出来るようになった、ということだ。
 あの時代にはすでに無かったのだが、王家直属の特別な忍者をそう呼ぶらしい。名前などどうでも良いが、好奇心で転職してみた。
 さあ、明日の探索では多少変わるだろうか、と何となく楽しみにしながら眠りについていたのだが。
 何かが神経に引っかかって、深い睡眠の底にあった意識が僅かに浮上する。
 ただの気のせいならそのまま寝てやる、とゆっくりと神経の触手を伸ばし、周囲の気配を探った。
 殺気無し、血臭無し、金属音無し………喘鳴あり。
 俺は溜息を吐いて、体を起こした。
 すでに俺たちは結構な上得意になっているらしく、最近は個室を宛われているのだ。確かダークマターの部屋はこっち隣だが…。
 最近は、発作を起こすことが無くなってきていたんだがな。あの感情を切ったとやらの時ですら大丈夫だったから、もういけるのかと思っていたんだが。
 起き上がって、さすがに廊下に出る以上は見られても良いくらいの服を引っかけてから、俺は隣の部屋に向かった。どうせ中から開けろと言っても無駄だろうから、鍵は勝手に開ける。
 扉に中からもう一度鍵を掛けてからベッドのある方向に顔を向けると、意外にもダークマターはベッドにきちんと座っていた。てっきり横になってじたばたしているのだろうと思ったんだが。
 それに、自分でも対処法は分かっているはずで、いつもなら口元を毛布で覆ったりしているのだが、今日は意識がはっきりしている癖に何も口にせず、きちんと手が膝の上に置かれていた。
 「…あぁ…ごめん…起こした?…気にせず…寝てて…くれて…いいのに…」
 短く浅い息の合間に、それだけ呟いて俺に向かって微かに微笑んだ。
 「あほぅ」
 一言だけ告げて、俺はベッドに腰掛け、空っぽの水袋でダークマターの鼻と口を覆った。
 もう片方の手でダークマターの握り締めた手を取ってみたが、完全に硬直して妙な鷲手になっていた。これは相当長い間、発作が続いていたな。
 さて。
 どうやら、今日の発作は、本人にとって不本意なものではなく、納得づくで起きているものらしいが。
 今日…と言うか昨日、何か特別なことはあったか?
 城に行ったくらいでどうこうなる奴じゃ無し…昨日は誰も死んでいないし…あぁ、死神と戦ったが…それにしても、別にその最中は気にしていないようだったしな。
 後は、と。
 こいつがダメージを受けるとなると、あの老司教関係か閃光か暗殺者か………あ、そういえば。
 オリアーナ女王がどうこうで初代クイーンガードが老司教を倒し…だとか言う歴史のおさらいをしていたな。夕食時にレドゥアが講師じみた口調で語っていたか。
 しかし、思い出したからと言って、何も好きこのんで苦しい思いをせんでもよかろうに。
 ダークマターは俺の手を振り払うことはせず、大人しく水袋をべこべこさせている。視線は俺には向かわずまっすぐ真正面。
 真っ白な顔色だな、と思ってからふと気づいて肩を触ってみたら、予想通り冷え切っていた。
 布団を取り上げてくるんでやろうかと思ったが、足が出そうな気がしたので、頭をぐりぐり撫でてから無理矢理横にならせた。
 布団をしっかり巻き込んで、皮の水袋を口に当て直していると、ダークマターがごそごそと動いてベッドの端に寄ったので遠慮なくその空間に俺も滑り込んだ。
 背中に手を回してぽんぽん叩いてやると、やはり俺の顔は見ないまま、ぽつんと言った。
 「あのさぁ…オリアーナ、殺したら…歴史は、変わるかな」
 「変わらんだろ。どうせ蘇生される」
 …いや、そんな問題でも無いような気がしたが。
 「本気でやるなら迷宮の奥深くで殺すか…いや、それでも魂の行き場所によっては蘇生されるか。魂まで砕くとなると、死神に狩らせるか、それこそ武神でも起動するか」
 王族に聞かれたら殺されそうな内容だな、我ながら。陛下に聞かれてもやばそうだが。
 「お前が何を考えているのかは、知らんが。たとえオリアーナを殺せたとしても、誰か別の人間が王になるだけだろう。…俺たちの時代の歴史が変わるかどうかは分からん」
 武神を完膚無きまでに鉄屑にしてしまうか、老司教を見つけだして魂を砕いてしまわない限り、やはり俺たちの時代に閃光は起きてしまうんじゃないかと俺は思う。
 無論、俺とて、あれを防げたら良いだろうとは思うが…ここが俺たちの直接の過去かどうかもはっきりしないのだし、ともかくは魔女の脅威という目の前のことを片づければ良いんじゃなかろうか。
 「閃光が起きてなければ、俺たちはここにはいないだろうし…そもそも、お前は生まれても無いぞ」
 「俺の存在なんて、どうでもいいよ」
 「どうでもよくはないだろうが」
 「…どうでも、いいよ」
 ふぅ、とダークマターが息を吐いた。やや長めになっているということは、少し発作は落ち着いてきたということだ。
 「…どうせ、俺は、無力だし。…なぁんにも、できないんだ…」
 お前以外の誰が、誰も知らない術を使って結界張ったり妙な呪いかけたり出来るんだ。
 オリアーナ王女をウェブスターの手から救い出したパーティーの侍、と言うだけでも、冒険者たちからは羨望の目で見られるだろうし。無力では無いだろう。
 …が、俺はそれを口には出さなかった。
 こいつが言っているのは、そういうことではないことは、俺にもよく分かっていたからだ。
 ダークマターは、まだ妙な形に強張っている手を目の前に持ってきて、かすかに笑った。
 「こんなの…何てこと、無いよ。…みんな、もっともっと…苦しかった、だろうから」
 閃光のことなら、苦しくは、無かっただろう。
 一瞬だったからな。
 苦しむ暇もない、というやつだから、問題無い。…無いことは、ないが。
 「幸せに、ね。なって欲しかったんだよ。…オリジナルは、ずっと、そう思ってた。…神様に、見守られて。太陽の光の中で。…みんな、幸せになって、欲しかったんだよ。…もちろん、俺も、その記憶は、受け継いでる」
 溜息のような、囁き声。
 泣いているのでもなく、淡々と独り言を呟いているような。
 「…でも、俺の、せい、だから」
 「お前のせいじゃない」
 「俺が、いなければ、あんなことには、ならなかった、はずだから」
 「悪いのはあのボケ老人であって、お前じゃない」
 「だから、俺は、みんなを、幸せに、しなければ、ならないんだよ」
 「だーかーらー。お前には、何の責任も無いと言っとるだろうが」
 「なのに、俺には、何も、出来ない。なぁんにも、出来やしないんだ。何のために、俺は、生き残って、いるんだろう」
 「幸せになるためだろうよ。…みんなが、じゃなくて、お前が、だ」
 「ここに、いるからには、俺には、何か、役目が、あるはず、なんだけど」
 …俺の言うことを、全く聞いてないな。
 こいつはどうしてこう…妙なところで生真面目というか頑固というか…世の中、何のために生きてるのかなぞ考えたこともないような輩が大半だろうに。それでもそいつらは生きているんだ。ともかくは魔女を倒してドゥーハンを救う、ということではいかんのか。
 「とにかく、だ」
 俺はまだ目の前にあるダークマターの手を握った。…少し、硬直はマシになっているな。
 「お前が悩むのも分からんでもないが、何にせよ、お前が苦しい目に遭ったからといって何かが変わるもんでもないだろうが。自虐は止めとけ、自虐は」
 わざわざ発作の苦しさを味わったからといって、死んだ奴らが生き返るわけでも楽しむわけでもない。
 …ま、こいつがこういう自罰に走るのは初めてでも無いがな。
 俺なんぞ、「だから、どうした」で済んでしまうから、こいつの思考に共感出来ると言ったら嘘になるが…それでも、全く理解出来ない訳でも無い。
 しかし、俺に言わせれば、そんなのは自己満足に過ぎん。死にそうに苦しい目に遭おうが、実際死んでしまおうが、過去が(いや、この時代からすれば未来だが)変わるはずもなく、死んだ部下たちが蘇るはずもない。仕方がないことは仕方がないこととして置いといて、自分に出来ることを考えれば良いんだ。
 こいつに出来ること、か。普通の人間よりは、結構多い気がするがな。
 「お前は」
 …これを言うのはやばい気はするが。
 「お前は、俺を笑わせるために生きてるんだろうが。とりあえず、そうしとけ」
 「…うわお、すごいプロポーズです、クルガンさん」
 「誰が、プロポーズしとるか!」
 でこピンすると、ダークマターは喉で笑って目を閉じた。
 「…そうだね、とりあえず、そうしとく。せめて、あんたには幸せになって欲しいから」
 「お前も幸せになってろ、馬鹿」
 答えは、無かった。
 本当に眠っているのではなく、ただ答えたくないので黙っているのは分かっていたが、俺も目を閉じて眠る体勢に入った。
 昔のこいつ、ダークマターが言うところの<オリジナル>も、どちらかというと自分のことよりも他人を優先する傾向のある奴だったが、ここまで無茶苦茶では無かったな。あいつは、見ていて不安になるようなことは無かった。ちょっと常識外れでちょっと天然ボケでちょっと歪んではいたが、それでも根本的なところでどっしりと安定していたというか、あぁこいつは真っ当な奴なんだ、と思えるタイプだったが、こいつときたら根本的に不安定というか思いもかけない行動をしそうだというか…たとえば、俺たちの中の誰かを救うためなら、悩むことなくあっさりと自分を犠牲にしそうだというか。

 お前は生きていて良いんだ、と。
 どうすれば、分からせることが出来るのか。

 翌日、のそのそと起き上がって自分の部屋に装備を整えに行こうとしたら、廊下でソフィアとすれ違って、もの凄い目で睨まれた。あぁもう、くそ、俺のせいではない。
 着替えてから食堂に降りると、先に来ていたダークマターが自然な様子で「おはよう」と言ったので、俺も「おはよう」と答える。
 いつもと同じような朝の光景だった。
 俺が気づいていなかったら、他の連中が寝ている間ずっと発作で苦しんでから、朝には何も無かったかのように振る舞っているんだろうか。
 …マゾだな。
 いや、好きこのんでそういうことをしているのではなかろうが…そういう自虐は好かん。
 ソフィアがひょいひょいと自分の皿から移しているハムまで残さず食っているダークマターを見ながら、俺も適当に食っていった。
 なあ、何だ。
 どうせ時間なら山ほどあるんだ。
 もちろん、陛下のお側からは離れないとしても、人間の寿命から言って後せいぜい50年がいいところだろう。陛下をしっかりお送りしてからなら、どこに行くのも自由なのだから、こいつと一緒に諸国を回るのも悪くない。
 他の国の色々な死生観だの常識だのに触れたら、ひょっとしたらもう少し前向きに生きる気になるかもしれんし。
 その頃にはもう少し成長して、まともに女の色恋沙汰に反応するかもしれんし。
 エルフである以上、不慮の死でも無い限りはあと短くても200年は生きるんだから、焦らず構えていれば良いんだろう。…ま、俺には向いてないがな。俺はさっさと結果が出る方が好きだが。
 そうと決まれば、俺がぐだぐだ考えていてもしょうがない。さっさと頭を切り替えよう。
 今日の目標は7階に降りることと、ウィークスマッシュだ。
 レドゥアがついに錬金術師から司教に転職したのだ。これでウィークスマッシュが使えるはず。忍者たるもの、やはり即死攻撃に限る。
 あの臭いポイズンジャイアントを即死させられれば万々歳だ。
 



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