女王陛下のプティガーヅ






 オティーリエの手記。

 わたくしたちが倉庫に不要品を片づけて迷宮に向かっていると、ちょうど通りでクルガンとダークマターに会った。いつも通りと言えばいつも通りだが、クルガンがダークマターの首を抱えて拳を押しつけているところであった。
 「痛い、痛いですったら!」
 まあ、楽しそうなので良いのだが…じゃれ合いは大通りでするものでは無いだろう。
 同じように感じたのか、ソフィアが駆けていってクルガンを殴った。
 「何やってんのよ!ダークマターを離しなさいってば!」
 「…っ!これは、こいつがっ!」
 放っておいて先を進もうかとも思ったが、ダークマターが手招きしているのでわたくしたちも通りを渡って合流した。
 「リーエを招いて来させるとは…」
 「あのですねー、サレム寺院からの依頼があって、リーダーが聞いた方が良いみたいなんで、先に寄りません?」
 レドゥアの苦言に被せるようにダークマターがのんびりと言った。髪がぐしゃぐしゃに乱れているのを見ていると、気づいたのか解いて編み直し始めた。
 「寺院からの依頼、ですか?」
 「えぇ、まあ。具体的な内容は直接司祭から聞くように、と」
 クルガンの表情からすると、あまり良い条件でもなさそうだが…まあ、聞くだけは聞いてもよかろう。
 そう思って、迷宮に向かう前に寺院に行くと、フーケという司祭がもったいぶって現れた。
 「これはようこそ。貴方がたに私が力を貸したことはございましたかな?…いえいえ、私も忙しい身、いちいち冒険者の方々の顔など覚えてはおりませんので、返答は結構です」
 その時点で、もうクルガンがうんざりした顔になった。昔から、寺院だとか信仰というものに興味の無い性質であったので、無理も無いが。
 「さて、昨今の冒険者たち、あれはいけません。自分たちで勝手に蘇生したり、あまつさえアイテムなどで蘇生したりなど、言語道断です。良いですか、蘇生とは、神の御力をお借りした偉大なる儀式であるべきなのです!そう!たとえば!」
 そこから司祭は身振り手振りで一人芝居を始めた。
 はぁはぁと息を荒げながら、満足そうに髭をひねり上げる。
 「どうです、これぞ蘇生の儀式というものでしょう!蘇生とはかくあるべし!偉大なる寺院でしか成せない技なのです!…さ、これがシナリオですから、よーく頭に叩き込んで下さい」
 「…はぁ…」
 ばさばさと手渡された紙束を背嚢にしまい込む。
 わたくしたちのひきつった顔に気づいているのかいないのか、司祭はさらっと付け加えた。
 「あぁ、リーダーの方は、本当に死んできて下さい。芝居だとばれるとまずいですからね。あぁ、それから、ちゃんと蘇生費用も負担して下さいね。こちらも慈善事業ではございませんので。では、楽しみにしておりますから」
 いつの時代も、司祭という輩は…。
 寺院を出てから、クルガンが呆れたように言った。
 「他の奴らが引き受けない訳だ」
 案外と冷静な言葉だ。最初から司祭や寺院に期待をしていないので、裏切られた気もしないのだろう。
 「しかし…依頼とは言え、リーエを死体にするなど…」
 「何も、故意に死ななくても良いじゃないですか。どうせ、死のうと思って無くても死ぬときには死ぬんだし」
 あっさりと答えたのでダークマターはレドゥアに杖で頭を叩かれていたが、本気では無いらしく、どちらも苦笑していた。
 「では、わたくしが死んでしまったら、この依頼を受ける、ということでよろしいですね?皆、その時に備えて、シナリオを確認しておいて下さい」
 迷宮への道すがら、彼らはシナリオを読んでいたが。
 「…もし、俺が笑っちゃったら、ナイフ突き刺してよ」
 「うむ…俺が笑ったら、爪先を踏んでくれ」
 …依頼失敗になりそうな気配が、ひしひしとした。

 さて、今回からショートカットが出来る…はずなのだが。
 「すみませんが、2階の鍵を外したいんですが」
 ということで、結局ショートカットは使わずに降りていった。
 5階に降りてすぐの銀の鍵で開けたドアの向こうには転移陣があり、危険では無いか、と思いつつも他の階へのショートカットであれば便利であろうと踏み込んでみると。
 「…空気が、重いですな」
 「すっごく深い階なのかも…」
 敵の影が見えればすぐにでも転移陣で戻ろう、とわたくしたちを置いてクルガンとダークマターだけが少し先に進んだ。
 崩れた床から青い光が立ち上っている。
 「おーい!誰かいるのか!?助けてくれ!」
 ………。
 聞き覚えがあるような…。
 「あ、ゲロ忍者だ」
 ダークマターが床を覗き込む。クルガンが手早く崩れた柱にロープを巻き、ピンと引っ張ってからそれを片手に巻いてからダークマターに端を手渡した。
 腰のベルトを通してから、ダークマターが下へと手を伸ばす。
 たぶん、手を掴まれたのだろう、がくりとダークマターまで前のめりになりかけ、クルガンが慌ててダークマターの腕を掴んだ。
 「まったく…侍のくせに筋力が無いな、お前は」
 「エルフだもん、しょうがないじゃん」
 それでもわたくしたちがその場に着くまでには二人がかりでテュルゴーを引き上げていた。
 「悪い、助かったよ。…まったく…何で俺がこんな目に…これも全部あの市長が悪い!」
 「はっはっは、自業自得って奴だな、テュルゴー」
 背後から転移陣を通って現れたのは、オーガの血でも引いているのかと思うような巨躯の男であった。
 「げぇ!アンガス市長!」
 テュルゴーという忍者は嫌そうに身を引いたが、隠れる場所も無いので顰め面のまま市長を睨んだ。
 「何だよ、他の奴らが逃げてっからって、何で俺がこんなことやらなきゃならねぇんだよ!市のためってんなら、あんたがやりゃあいいじゃないか!」
 「俺だって、戦えるもんなら一番に戦うさ。先の戦で腕をやられてなけりゃあな…。なぁ、テュルゴー。このドゥーハンってのは、俺たちの母ちゃんみたいなもんだ。男なら、一度くれぇ母ちゃんのために命がけで戦えねぇか?」
 「だから!俺は命がけってのは勘弁して欲しいんだよ!俺だって、死にたくねぇんだ!」
 「これは、市長じゃなく、一人の男として言わせてくれ。死にながら生きてて楽しいか?死に物狂いで叶えてぇ夢ってやつはねぇのか?このドゥーハンを救う。でっけぇ夢じゃあねぇか」
 感動的な場面だったが、ダークマターは横を向いてこっそりあくびをしていた。
 退屈とは思わないが、確かにわたくしたちとは関係が無いと言えば関係が無い説得を、延々見せられるのも困る。
 「…くそっ…分かったよ。けどなぁ、俺が死んだら…親も兄弟もねぇけどよ、俺が飼ってる犬のことだけは頼む。うまいもん食わせてやってくれ」
 「おおし!良く言った!おめぇは優しい子だよ!」
 市長はがしがしとテュルゴーの背中を叩いてから、わたくしたちの方を向いた。
 「そういうことで、これからこいつのことをよろしく頼む。一人じゃねぇなら、少しは安心だ」
 …はい?
 「上に戻ったら、冒険者ギルドに登録しておくからよ…あんたたちになら、命を賭けられる。じゃあな」
 ………。
 「…えーと…とりあえず、装備だけ頂いちゃいます?」
 ダークマターが追い剥ぎのような発言をした。
 「第2チームが出来そうな勢いですな」
 ゾンビ嫌いのモンクだのフリーダーというオートマタだのは、今頃どうしているのだろうか。
 「一応、リカルドたちに話は通しておきます」
 「何だ、あいつらも動いてるのか?」
 「まあ、そこそこに」
 どうやらダークマターも元仲間たちも冒険者として始動したらしい。そちらに組み込んで貰えば、人情的にも心が軽くなる。
 さて、それ以外には崩れた壁に囲まれた場所には何も無かったので、また5階に戻っていった。
 そこから少しずつ探索を進めていく。
 まるで城のような壁や柱だが、どろどろに溶け落ちている箇所がある。
 かと思えば豪勢な絨毯が敷かれた廊下があり、一体この迷宮はどのような造りになっているのか、と疑問に思う。
 比較的被害の少ない場所を歩いていくと、きんきんとした声が響いた。
 「あ〜もう!さっさと先に進むわよ!」
 「…うわ、あのピクシーだ」
 「あぁ、あの可愛いエルフちゃんね」
 階段を降りると、メラーニエというエルフの少女と、傍らに飛び回るピクシー、そしてクンナルが立っていた。
 おかっぱ頭を振って、クンナルがわたくしたちを振り返って、嫌な感じに笑った。
 「何、君たちよく会うね。ひょっとして、僕らの後を尾けてるんじゃないの?」
 「…んなわけあるか」
 クルガンの小さな呟きは、幸い聞こえなかったようだった。
 「あなた方も、よくぞ3人でここまで…」
 わたくしは皮肉を言ったつもりはない。3人ともどうやら魔法には習熟しているようだが、防御力などはありそうにもなかったからだ。あのスルーという魔法をフル活用しているのかもしれないが。
 「ま、エルフとしては、この区域は押さえておかないとね。ここは、古代エルフの都市、ディアラントのなれの果てだって言われてるんだ。僕はこの溶けた壁なんかは、ディアラントが滅びた原因である強大な力、武神によってもたらされたものだと思うんだけど…君たちはどう思う?」
 「…そうですね…武神によってか、閃光によってかは分かりませんが…」
 「うん、僕としても、もっとよく調べて仮説を補強しなきゃと思ってるんだけど…」
 クンナルという青年は、メラーニエに惹かれてはいるもののやはり錬金術師なのだろう。即ち、世の中のことを全て知りたがる学究の徒。
 まだ話をしたそうなクンナルを、飛び回るピクシーが苛ただしそうに遮った。
 「何言ってんの!こんなところ、さっさと先に行くわよ!ほら!」
 クンナルは、むっとしたようだったが、メラーニエが無言で歩き出したので渋々付いていった。
 「大丈夫かしら、あの子…あのクンナルって奴、あんまり頼りになりそうにないし」
 「大丈夫じゃないの?こっちに挨拶するでもない、あの図太さがあれば」
 好意的に取れば、ただの恥ずかしがり屋だろうが…。
 ユージンが顎を撫でながらフォローする。
 「いや、かすかに頭が動いていたぞ?あれは会釈をしたに違いない。いや、なかなかどうして、あと3年もすれば儚げな美少女に…」
 「…30年くらい必要そうなんだけど」
 「むぅ…エルフは不便だな」
 そういえば、その計算で行けば、あの鑑定をしてくれるエルフ女性もユージンよりもかなり年上なのであろうか。
 まあ、ユージンは気にしないだろうが。
 
 さて、更に探索を進めていると、大広間に奇妙にねじれた像が飾ってあった。
 「何だろ、これ」
 像からよく分からない物を取り出したダークマターが、しげしげとそれを見つめた。
 「んー、ギョームにあげよっと」
 ダークマターがそれをガラス瓶にしまい込んでいると、一人の女侍が近寄ってきた。
 「…これは、神の像なのだそうだ」
 侍の鎧というものは体型がよく分からないものだが、後ろにくくられた髪に飾られた大きなリボンだけが、彼女を女性らしく見せていた。
 「ふ…神など、どこにもいないがな。もしも神というものがおわすなら…私はこんなところにはいないだろう」
 彼女はどこか遠い目でねじれた像を見上げた。
 「私は…神に仕えるシスターだった。貧しく、金貨を見たことすらない村民が多かったが、皆、幸せに暮らしていた…今でも、彼らの一人一人の顔がはっきりと目に浮かぶ…」
 優しい顔で目を閉じた彼女の顔が、不意に歪んだ。
 何か、が、あったのだろう。
 シスターである彼女が神の存在を否定するようになるような、何かが。
 「アオイさん、ここにおいででしたか」
 騎士が入り口から入ってきて、部屋の中央の汚泥のような床を少し戸惑ったように見て、端の方をそろそろとこちらに向かってきた。
 「…少し…喋り過ぎたようだ」
 アオイ、と呼ばれた女侍は、軽く頭を振ってからわたくしたちには目も向けずにその騎士の方へと歩いていった。
 「…人って、案外、簡単に神の存在を否定するよね。ま、見えないからしょうがないけど」
 彼女と同じく僧侶上がりの侍であるダークマターが軽く肩をすくめながら言った。
 「見えたら鬱陶しいだろうがな」
 「そういう問題じゃないでしょ!もう、クルガンだって、神の力で蘇生してるくせに、文句だけは言うんだから」
 「別に、神の存在を否定はしてないぞ」
 ソフィアとクルガンが言い争っているが、遙か昔から繰り返された会話で、どこまで行っても平行線なのはお互いよく知っているため、すぐにどちらも口を閉じた。
 「唯一神の存在については置いておくとしても。…これが、神の像なのか?」
 レドゥアが汚らわしいものでも見たかのように顔を顰めて像を見上げた。確かに、仮にこれが神だとすれば、さぞかし我々の常識とはかけ離れた存在なのだろう。
 「ま、あの武神ですら、神の端くれですからね〜。知ってます?東国には狭い国土に800万の神がいるんですって」
 「…人間より多くないか?」
 「ちょっと記述見たけど、細かいんだよ、すっごく。竈の神様、とか、トイレの神様、とか、いちいち存在全部にそれぞれの神がいるって感じ」
 「…それは…どの神に祈りを捧げれば良いのか分からんな」
 「ユージン好みの神様もいるみたいだよー。半裸の綺麗な女性の形をしてる踊りの神様とか」
 「それは素晴らしい」
 奇妙な像を見ているときに感じた不愉快さは、ダークマターののんびりとした解説で次第に薄れていった。
 和やかな気分になったのがいけないのだろうか。
 そこで出会った敵…前面にオーガが4体、後ろにケンタウロスと僧侶という配置の輩との戦いで。
 いつも通りスタンスマッシュを仕掛けたダークマターにケンタウロスの牽制射撃が打ち込まれ、よろめいたところにオーガたちのダブルスマッシュが叩き込まれ。
 薄い皮鎧をざっくりと切り裂かれてダークマターが崩れ落ちた。
 ソフィアとユージンのソウルクラッシュが発動したため、後は苦戦することは無かったが、戦闘が終了した時点で確認すると、ダークマターは完全にこと切れていた。
 「…帰りましょう」
 「仕方無いですな」
 いつもはわたくしが死んで探索が中断するのだが、たまにはこういうこともあるのだろう。





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